塀の傍の友人
あの日以来私はちょくちょく中庭で高坂くんと相談がてらお昼寝している。
と、言うのも私と郡の時間が以前にも増して合わなくなってしまったからだ。
魔法科の生徒は精霊魔法を、普通科の生徒は精霊魔法の理論だけを一般教養として学ぶのだが、特別科に在籍しているほとんどの生徒は古代魔法の中でも下位である肉体を強化する魔法を主に学んでいる。
が、この魔法は獣化した身体を更に強化する魔法であるため一年次では精々体術の授業を獣化した状態で行うくらいで、普通科の生徒が精霊魔法を学んでいる時間に代わりに古代魔法の理論を学んでいる以外は普通科の生徒と変わらない。この生徒たちは比較的血が薄く、大型の獣に獣化し、卒業後は兵としてその能力を発揮することとなっている。
対して特別科に所属している生徒の中でも血が濃いとされる旧家の数名の生徒は、一年次から古代魔法の実践が始まる。
彼らは旧家の中でも「先祖返り」と呼ばれる存在で獣人としての血が強く、感情による暴発以外にも魔力切れでの強制獣化があることが特徴で、一度魔力が切れてしまうと脆弱な小型の獣の姿に変わってしまうという弱点を持っている。だからこそ万万が一、国に無茶ぶりされて前線に駆り出された時にもギリギリを見極めて魔法を使うことができるように早期から様々な事を叩きこまれるのだ。
郡は先祖返りで血が濃いことと惣火の直系という要素が重なったからか、古代魔法の中でも上位の属性魔法が使えるらしい。
が、その魔法を使うために覚えなければいけない理論は膨大。コントロールも鬼ムズだ。
多くのことを叩きこまなければならないのにそのほとんどが難解であり、精霊魔法と同じレベルにまで引き上げるだけでも通常の教育の倍は叩き込む必要があるというのに更にそれ以上のことを教えなければならない。
普通に考えて、通常のカリキュラムのままでは授業時間が足らないのだ。
だからこそ、特別科の中でも属性魔法を扱える数名の生徒は一年次から特別なカリキュラムを組まれ、その他の特別科や普通科の生徒たちとは異なった時間割で過ごす。日によっては昼休み返上。休日登校なんてザラだ。
しかし、私はそんな状態に耐えきれなかった。
以前の相談により多少はマシになったものの、私は今でも入学してしばらくの間向けられ続けた生徒からの怯えた視線が忘れられず、未だ彼らを信じ切れていない状態でいる。なんの気兼ねもなく無条件に全幅の信頼を預けられる郡がいないことで不安定さも加速し、ともすると「どうせ私なんて」というネガティブな私が顔を出してしまうのだ。
けれど、出会いがしら早々に泣きついてしまった高坂くんなら、呆れこそすれ怯えはしないだろうと、信じることができた。
怪我の功名、とでもいうやつだろうか。あれだけ情けない姿を見せてしまってなお受け入れてくれたのだから、この人なら大丈夫、という思いが私に働いたのだ。
そんなわけで。
「…郡が今日もいません」
『はいはい。わーったよ』
唇をとがらせて拗ねたようにもふもふの背中に飛び乗ると、高坂くんは伏せの姿勢のままべしりと尻尾で私を一度叩くと、お昼寝を続行し始めた。うつ伏せで寝転がっている男子生徒の上に覆いかぶさる女子生徒、なんて人の姿でやったら下手をすれば教育指導ものだが、今の高坂くんは真黒な狼の姿なので心温まる触れ合いにしか見えない、―はずだ。たぶん。
「郡は最近毎日忙しそうなんです。一緒にいられる時間も随分減っちゃいました。寂しいです…」
『ンなこと言うなら会いに行け』
「家は同じです」
『だったら少しは我慢しろ。…顎撫でんな!』
ぎゅう、と抱きついて顎の下をもふもふ弄っていると高坂くんは煩わしげに軽く頭を振った。でもぶんぶん揺れてる尻尾とぐるぐるなってる喉で感情は丸わかりだ。高坂くんは世にいうツンデレというやつなのだろう。かわいい。
「高坂くんは世話焼きさんの良い人ですね。私、高坂くんのおかげでどうにか立ち直れている気がします」
『…そーかよ』
「あ、照れてます?」
『照れてねぇっ!!』
それでも私を背中から振り落としたりしないところが愛だな、って思う。
「高坂くん、高坂くん」
『ンだよ』
「だいすきです。高坂くん」
べしん。
尻尾が私を叩きましたが、これはぶんぶん揺れすぎて当たってしまっただけのようだ。
『…べつに、うれしくなんてねーし』
そういうところがかわいいなぁ、と私は人知れず笑みをもらした。