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もふもふ!【改訂版】  作者: min
高校編(一年生)
14/39

穏やかな日常

「おはようございます」

「おはようございます、ゆまさん」


 穏やかな朝の一時。

 クラスメートと挨拶を交わしつつ席に着くと、つい最近友達になった夏樹さんが笑みを浮かべながら挨拶をしてくれた。

 こうなるまでにも、実は紆余曲折あったのだ。


 私は惣火で、旧家の血筋で、おまけに獣化しない。

 だからだろうか。後々の混乱を防ごうと考えたのだろう。なんと校長が魔法科以外の学科生へ例の作戦を含めた私の処遇についての諸々を全てぶちまけてしまったのだ。

 おかげで入学してしばらくは一応『人間』の区分である私に差別の目を向けられることを怖れて、彼らは私のことを避けまくってしまい大変だった。

 直球で言おう、―割と長い間ぼっちだった。

 昼休みや放課後に中庭で郡のもふもふに癒してもらっていたけど、あの頃はとても辛かった…。まぁ、ちょっとしたきっかけで打ち解けることができてからは、今はそれなりの仲を築けているのだが。


「ゆまさんもご出身で苦労していらっしゃるのね」


 そう言って目を細めた夏樹さんは見た目黒髪黒目の大和撫子なのだが、びっくりすると猫耳と尻尾が出る女の子だ。夏樹さんをはじめ、こちらの教棟で生活する生徒のほとんどは最初こそ差別の目を怖れ私の存在に怯えていたが、打ち解けた今では私の事情を理解し、案じてくれさえしている。なんでも、獣人として生まれた人は多かれ少なかれ差別の目を向けられてきたため、教会の怖さは身に染みて分かっているのだとか。


「そうですね…。惣火の名は思っていたより背負うものが多く、少し戸惑っています」

「特にゆまさんは待望していた『人間』の子ですもの。本家からもなにか言われたのではないですか?」

「特には聞いていませんが…」


 もしかすると、おじいちゃんが握りつぶしたかも―、と言いかけて私は口を噤んだ。

不安そうな声音に、思い当たることがないのだと誤解した夏樹さんは「気にしないでください」と言ってくれたが、私はその誤解をそのままにしておくことに決めた。

 彼らは私が『旧家初の旧家出の人間』であることを知ってはいても、あの『惣火の猛将』の孫娘だという事実はあまり知っていないようだから。知らないままの方が、精神衛生上いいだろう。ここはお口チャックだ。


「おはよう、ゆま!」


 爽やかに声をかけてくれたのは私がクラスのみんなと打ち解ける機会を作ってくれた春日井くんだ。

春日井くん自身にもちょっとしたトラウマがあったようなのだが、例の機会でそれが軽減されたらしく、今では感謝の気持ち、ということで何かと世話を焼いてくれている。


「おはようございます、春日井くん」

「かたっくるしいなー。謙斗でいいって!」


 今日も爽やかな笑顔が眩しい。私は自然と笑みを浮かべながらくすくすと笑った。


「郡が拗ねてしまいますから」

「郡さんはゆまさんにべったりですからね」


 夏樹さんもくすくすと笑いながら微笑ましそうな目でこちらを見てきた。そんな私たちを見て、春日井くんはむっと唇をとがらせてしまった。


「えー…。でも惣火ばっかずるくね?」

「狡くねーしイトコだし」

「郡!」


 言うが早いか郡は飛び上がると同時に子狐になり、私の腕の中に飛び込んだ。


「惣火授業あんじゃん。早く戻れよ」

『…うっせーし。ゆま、ギリギリまで居ていい?充電』

「なにかありましたか?」

『こっち、もう一部の間では実技始まってるから。魔法すげー疲れる…』

「あらあら。ご愁傷様です」


 狐姿のままくてん、と腕の中で項垂れる郡を見て、夏樹さんは目を丸くして気の毒そうな顔で口元に手をあてた。私はといえば、ぐりぐりと頭を押し付けて懐く郡をいつものように撫でまわしていた。ちくしょう子狐かわいい。

 こんな風に周囲を気にせずに狐姿の郡を撫で繰りまわせるのも、ここにいるみんなが獣人だからなのだ。

 外に出れば気を抜くことは許されず、うっかり人ではない姿になってしまったら害されることさえ覚悟しなくてはならない。それが獣人たちの現状だ。


「ああ、郡さん。予鈴ですよ?」

『ゆまー…』

「お昼休みに、いつもの場所で。…でしょう?」

『うー…』


 ぶつぶつ言いながらも郡は人の姿に戻ると、自分のクラスに帰っていった。子狐の小さな手足じゃあ、とてもじゃないけど授業に間に合わないからね。


「いいなー、惣火。なぁゆま。俺のことも撫でてよ」

「いいですよ?」

「やった」


 くすくすと笑いながら、私と夏樹さんは教科書を開いた。少し席が離れている春日井くんは、慌てて自分の席まで戻っていく。


 ―こんな穏やかな日々が、いつまでも続けばいい。


 私はどこか優しい気持ちになりながら、窓の外から抜けるような青空を見つめていた。


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