覚醒
「ゆまちゃーん。おじいちゃんよー」
「あい!」
そういって引き合わされたのは金髪に透き通った黒い瞳のお兄さんだった。
幼かったゆまは混乱した。
この若い、―どう考えても自らの父と同程度の年齢にしか見えないお兄さんが父の親なのだという。
「…お父さん。お願いします」
「なにも今見せずとも…」
「いずれ向き合わねばならぬ問題です」
そして。
溜息とともに、お兄さんは大きな狐になった。
つややかな金の毛並みにつぶらな黒い瞳。よくよく見ればとても美しい狐であったが、如何せんその体は見上げるほどに大きかった。
「おにーしゃ、…じーちゃ?…え?じーちゃ、…きつねしゃ?」
おじいちゃんかと思ったらお兄さんだった。
お兄さんかと思ったらいきなり狐になった。
幼女の脳には、とてもではないが衝撃が大きすぎた。
そして。
「あう…」
ゆまは、―惣火ゆまは、失神した。
***
「ゆまちゃん?…大丈夫?」
「おかーしゃ」
ゆまはしょんぼりと項垂れていた。
失神したゆまには、前世の記憶なるものが蘇っていた。
推定前世のゆまは大人の女性であり、いきなり目の前で失神してしまったことを酷く気に病んでいた。社会人にあるまじき失態…!なお人がいきなり動物になったことに関することに対する突っ込みはない。父とて耳と尾があった。今更である。
「おかーしゃ。じーちゃにごめんなさいしたいの」
くいくい袖を引っ張ってアピール。謝罪は早めにしないとね!いわゆる鉄は熱いうちに打て、というやつである。
「どうして?」
「じーちゃ、きっとびっくりしたの」
「…ゆまちゃんはおじいちゃんが怖くないの?」
「なんで?」
「えっと…。怖いから倒れちゃったんじゃないの?」
「んーん。ゆま、じーちゃがいきなりおっきくなったから、びっくりしたの」
実際、純度100%の幼女ゆまもいきなり大きくなったという急な変化に驚いてひっくり返ったのであり、「人間が狐になるとか不気味。やだ怖い…!」なんてことはちっとも思っていやしなかった。
「ゆまちゃん。おじいちゃんはね、狐さんなの」
「ふーん」
「…それだけ?」
「おっきかったね」
「そうね」
「えっと、…つよそうだった!」
「…そうね」
何かを期待されていたのかなんなのか多少しつこかったが、当のゆまは自分の正直な感想を告げることしかできなかった。大きくて強そう。実に幼女並な回答である。が、逆に考えてもみよう。あの一瞬でそれ以外のなにをわかれと。こてりと首を傾げるゆまに、母親は安心したように笑んで見せた。どうやら悪くない答えであったらしい。
「今度、一緒にごめんなさいしにいきましょうか」
「あい!」
おじいちゃん。今度はひっくり返らないからね。
…しかし、それを抜きにしてもあの若さはなんなのだろうか。