友人・服部の話
Ⅳ 友人・服部の話
「お前、最近なんかあった?」
弁当のウィンナーをつっついていると友人の服部 想太が唐突に尋ねてきた。
昼休みはよく奴と弁当を食べている。服部は小学校の頃から自分とつきあっている、いわゆる腐れ縁だ。
最初、同じクラスになったときも服部は一人だった自分によくちょっかいを出しては話を振ったりしていた。しかし、最近は服部も僕の話下手をつっつかないようにしているのか、お互い沈黙を保っていることが多かった。
そのため、久しぶりの服部の問いかけには少しだけ驚いてしまった。
喉の調子が悪いのと、話初めに咳払いをしてから声を整える。
「別に」
「ふうん……でも、俺から見ればお前ちょっと変わったよ。先生の変なジョークにも笑うし、弁当の残しがなくなってきたし。今日も残したものないのか?」
「カリフラワーならあるよ」
「それはいらん。触感が柔らかすぎて嫌いだ」
「じゃあ残す」
「いや、ちゃんと食え。大きくなれんぞ」
残したものがないか聞いてきたのはそっちのくせにと、心の中で呟いたがその言葉は図星だった。
身長のことを言われるとどことなく腹が立つのは自分だけだろうか。
仕方なくカリフラワーを口の中に放り込んで噛み砕いた。服部の言う通り、カリフラワーの妙な歯ざわりが僕もあまり好きではない。
服部はふと思い出したように目を泳がせた。僕の瞳に着陸するとこちらに顔を寄せてにやりと笑った。
「なるほど女関係か?」
「まさかっ」
息を潜めていたものの、自分の声は思ってもみないほど裏返っていたのだろう。服部が驚いたように瞬間的に身を捩じらせたからだ。
「おいそんなムキになるなよ、冗談だってば。びっくりした」
「そんな子供っぽい真似はしないよ」
「そうかなあ? お前いつも妙なところでつっかかるくせに」
服部はそう言って、右の頬をくっと上げた。
笑いやら嘲笑のとき使われる服部特有の仕草だ。この表情を見るたびに自分は心が燻られてしまう。だがその日の右頬はすぐに引っ込められた。
「なあ、正直に吐いちゃおうぜ。なにがあったかを。ここ最近、お前本当に変だぞ」
「変ってなにが」
「お前らしくない」
「別に普通だし」
「いや、マジでおかしいよ。だって今のお前ってまるで……」
服部の言葉が止まり僕は首を傾げた。いつもマシンガンのように一方的に弾丸を放つ彼に沈黙が走ったため僕は妙な気分になった。
僕の頬に微かな冷や汗が伝った。
その言葉の続きが気になった。
その思いは、歯にカリフラワーが挟まったのと同時だった。僕は舌で挟まったカリフラワーの破片を転がしながら尋ねた。
「まるで、なんだ?」
「ああ、いや、前言撤回だ。今のことは忘れてくれ。たんなる戯言だから」
「そう言われるとますます気になる」
「そうか、それは大変だ。でも教えない」
「気になって夜も眠れなくて寝不足になってもいいのか」
「羊数えて寝ろ」
「ご飯も喉を通らなくて栄養失調になってもいいのか」
「押し込め」
「おいはっきりしないのは嫌いだって言っているお前がそんなんじゃ」
本末転倒じゃないか。
最後の言葉を言い切らないうちに今度は僕が押し黙ってしまった。服部の姿を見て、心臓を鷲づかみされたように目を丸くしてしまった。
服部は俯いて自分の右の親指と人差し指の爪をちきちきと鳴らしあっていた。これは服部が苛立ちを覚えている兆候だった。
黙ったままの僕に対し、突然、服部は顔をあげ、真剣そうな顔つきに変わった。
「聞いたらお前は不幸になって、五人にその話を回さないと命が助からなくなるが、それでもいいのか」
「なんだそれ」
僕の軽いツッコミで、昼休み終了の合図が鳴り響く。
その日の言葉の行き交いは、呆気なく終わった。
だけれど、僕は服部の沈黙には疑問を覚えたままだったし、奴のまるで……の後に作られた無の表情がとても不気味に感じられた。
その表情は、この週の月曜日に見たばかりだったからだろうか。
「お前の心臓には爆弾が埋め込まれている」
ドラマの熱血刑事主人公が、とある犯罪者に言われた時の顔に酷似していた。
テレビで見た表情はどんなに切羽詰ったように見えても結局は作り物、芝居に過ぎない。
けれど服部の表情は芝居ではなく、現実での産物だった。
この日の服部の言葉は、僕に微かな不吉を確実に植え付けていったのだった。