誰にも負けない気持ち
『遂に決っ着! レウス選手が戦闘不能により、シリウス選手の勝利です! 同時に今年の闘武祭の優勝者が決定しました!』
興奮した実況の声で試合終了と優勝者が告げられ、闘技場を揺らすほどの歓声が響き渡った。
思わず耳を塞ぎたくなる歓声に応えるべきだろうが、俺は倒れているレウスに『スキャン』を発動させていた。
ナイフで斬った傷が無数にあり、骨は折れていないが罅が入った個所があちこちに目立つ。こんな状態でよく俺を攻撃できたものだ。
まあ、俺が言いたい事はつまりー……。
「……やり過ぎた。すまん」
もっと手加減してやるべきだったが、予想以上にレウスが手強くて加減が難しかったのだ。それ以前にレウスの成長が嬉しく、つい本気を出してしまったのである。
殺気を放ってまで非情に戦った理由は複数あるが、一番の理由はレウスの成長を見る為だった。
俺の殺気に臆さず全力を出せれば十分だと思っていたが、レウスは俺の受け流しを突破し、左腕の骨に罅を入れる結果を出した。ちょっと腕は痛いが、予想以上の結果を出した弟子に思わず笑みが零れる。
この年でここまで来れるのならば、将来は確実に俺を抜くだろう。まあ俺は妙な方向に特化しているから、直接的な強さとは別になるだろうが。
再生活性でレウスに治療を施していると、リースが闘武祭の治療スタッフと一緒に俺達の前にやってきた。
「シリウスさん! レウスは大丈夫ですか!?」
「レウスの生命力から考えて命に別状はないだろう。致命的な部分は終えたから、後の処置は任せる」
「わかりました」
「あの、我々もー……」
「いえ、私一人で大丈夫です。癒しの水よ、私に力を貸して……」
リースが治療魔法を発動すると同時にレウスの全身が治療作用を含んだ水で覆われ、汚れと共に傷が癒えていく。
治療の早さにスタッフ達が驚く様子を眺めていると、リースと一緒にきていたジキルとベイオルフが俺の横にやってきた。
「まずは優勝おめでとさん。強いとは思っていたが、予想以上の強さだったな」
「僕からもおめでとうございます。数日前の僕がいかに愚かだったか、恥ずかしい限りです」
確かベイオルフは、僕の本気が出せるように頑張ってくれー……とか言ってたからな。情けなさそうに頭を掻きたくもなるか。
そんな二人から祝福されて返事をしていると、ベイオルフが治療を受けているレウスに目を向けながら不思議そうな表情をしていた。
「少し質問があるんですが、シリウスさんはどこでそのような強さを得たのですか?」
「おお! それ俺も聞きたかったんだよ。レウスは化物みたいなお前さんに鍛えられてるからってわかるけどよ、肝心のシリウスはどうやって強くなったんだ? 何かコツがあるなら教えてくれよ!」
「私もお聞きしたいです!」
突如横から聞こえた声に振り向けば、実況をしていた女性が魔道具を二つ持って、満面の笑みを浮かべながら俺の前までやってきたのである。
彼女の年齢は二十代前半で妙に色っぽくて人気者だと言われてもおかしくないが、スイッチが入ると暴走するのはすでに理解済みだ。
「実況はもういいのですか?」
「これから表彰式と、貴方に簡単な質問等を行うので舞台へ降りてきたのです。それにしても、近くで見ると本当に堪りませんね! 一見細い体なのに、あの圧倒的な力が秘められているかと思うと……滾ります! よろしければ、その逞しい腕で私を抱きしめてみませんか?」
「だ、駄目です!」
目を爛々と輝かせながら鼻息荒く実況の女性が迫ってきたが、リースが横から飛び込んできて俺の左腕に抱きついてきた。
「リース……痛いからもう少し加減を頼む」
「あっ!? ご、ごめんなさい!」
痛みは我慢できるし、嫉妬で抱きついてくるのは構わないのだが、まさかレウスの治療を放ってまでくるとは思わなかった。
それでも治療はほとんど終わっているようなので、後は安静にしていれば大丈夫だろう。今はスタッフによって担架に乗せられているところだ。
「あら、もしかして貴方が紹介に載っていた恋人ですか? ですが恋人さん、英雄色を好むと言いますし、女性の一人や二人は寛容に見るべきだと思いますよ。貴族様も子孫の為に二人や三人の結婚相手は普通ですし」
「申し訳ないが、俺はすでに隣の彼女を含めて三人の恋人がいますので、貴方を抱きしめるのは遠慮しておきます」
「……なっ!? すでに三人ですと!? さ、流石は優勝するだけはありますね!」
闘武祭の優勝と恋人の数は関係ないと思う。そしてリースは俺の腕に治療魔法をかけるのに集中しているらしく、俺達の話を聞いていないようである。
周りを見ればジキルは楽しそうに口笛を吹き、ベイオルフは明らかに落胆した表情で溜息を吐いていた。
「それより表彰式はどうしたんですか? 観客が待っていると思いますが」
「そ、そうでした! 表彰式が終わったら幾つか質問しますので、答えられる範囲で答えてくださいね」
「これを使えって事ですね」
渡された魔道具には周囲に声を響かせる『風響』の魔法陣が描かれているので、魔力を流せばマイクとスピーカーの代わりになるわけである。
魔道具を発動させる魔力を流す別のスタッフが近くにいたが、俺の魔力は十分なので助力は断った。
「申し訳ありませんが、優勝者以外の人は舞台を降りてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだな。それじゃあ俺はレウスを見張ってくらぁ。お前さんは安心して表彰受けときな」
「悪いな」
「あいつとは戦いで満足させてもらったから気にすんなって。ほらベイオルフ、いつまでも呆けていないでお前もこいよ」
「はぁ……わかりましたよ」
レウスに賭けていた者達が腹いせに寝込みを襲う可能性もあるので、それを察して見張ってくれるのは非常に助かる。
二人は担架で運ばれたレウスを追いかけて舞台を降りていたが、リースは俺の腕から離れようとしなかった。
「レウスを頼む。まだ治療が終わったわけじゃないだろ?」
「でもシリウスさんの腕も治さないと」
「俺はそこまで酷くないし、インタビューを受けながら治すからさ」
「……わかりました。でも、あの人には気をつけてくださいね」
痛みは大分和らいだが、リースの治療魔法でも骨の罅はすぐに治らないので、今はレウスに専念してもらいたい。
渋々俺から離れ、何度もこちらに振り返るリースが舞台を降りたのを確認して、俺は表彰式を受けようと実況の女性に先を促そうとしたがー……。
「ジキル選手の筋肉に、ベイオルフ選手のすらっとした肉体の美しさ……堪りませんね!」
「おーい、帰ってこい」
「はっ!? し、失礼しました。ではそろそろ本番と行きましょうか」
彼女の意識がどこかへ飛んでいたようだが、正気を取り戻してすぐに魔道具を起動させていたので、俺も続いて魔道具を起動させた。
『皆様、お待たせしました。今から闘武祭の表彰式を始めます』
表彰式と聞いて闘技場全体が大いに盛り上がる中で気づいたが、観客から、特に女性達から熱い視線が向けられている気がする。
闘武祭のある町だけあって、強い男に惹かれる人が多いのかもしれないな。
『今年の優勝者は、冒険者であるシリウス選手に決定しました! シリウス選手には賞金として、白金貨が一枚授与されます』
白金貨はミスリル製で作られた希少な硬貨で、これ一枚で金貨が二十枚分……前世で換算すると二百万にもなる硬貨だ。
平民は滅多に使わず、主に貴族や王族が使う物らしい。金貨で貰う事も出来るそうだが、俺はあえて白金貨で貰う事にした。
『今年は剛剣様が参加したような盛り上がりを見せた年でしたね。続いて、優勝者であるシリウス選手に幾つか質問してみようと思います!』
それから簡単な質問をされたので答えていると、途中でジキルとベイオルフから質問された内容になった。
『優勝者には毎年聞いているのですが、シリウス選手はどのようにして強くなったのでしょうか? もちろん無理に答えなくても結構ですよ』
『そうですね……自分の限界を知り、それを超える直前まで何度も自分を追い込む事です。そして休む時には休む事ですね』
『休む……ですか?』
『体というのは鍛えるだけでなく、休んで回復する事により大きく成長するのです。体を壊さない適度な訓練と、しっかりとした休憩。それが私の基本です』
『なるほど。剛剣様はとにかく剣を振れとしか言わなかったので、勉強になる話ですね』
『他には、戦いに備えて常に万全の状態でいるように心掛けると言ったところですね。この町で見つけた風の岬亭という宿でしっかりと休めたから、私は試合で実力を十分に発揮できたのですから』
すでに風の岬亭を脅かす存在は無いだろうが、一度広まった噂を吹き飛ばす程度に宣伝をしてみた。いずれ優勝者である俺が泊まった宿だと知れ渡り、徐々に人気を取り戻していくだろう。
他にも具体的な訓練法を聞いてきたので、過去にエリュシオンの学校で行っていた話を幾つか説明すると、観客の大半が唖然としている様子だった。中には無理だろとか呟いている人もいたが、その訓練を行った学校の生徒はしっかり成果を出せたし、その完成系である俺とレウスがここにいるから無理じゃない話だ。
『シリウス選手が強い理由がわかった気がします。最後にシリウス選手から何かありますか?』
『では一つだけ言わせてもらいます。私は今、世界を巡っている最中ですので、誰かの下に着くつもりはありません。なので勧誘はお断りしておくのを、予め伝えておきます』
貴賓席があるように、貴族がかなり見に来ているから試合後に勧誘がくる可能性は高い。
エリュシオンではリースの姉であるリーフェル姫が色々と手段を講じてくれたが、ここは違う大陸だから通じにくいだろうし、この場ではっきりと言っておくのが一番だろう。
『もし直接的な行動をしてきたり、私の仲間や恋人に手を出した場合……遠慮なく潰します。それだけは肝に銘ずるようお願いします」
駄目押しとして、周囲に殺気を放ちながらしっかりと釘を刺しておいた。エリュシオンの次期女王に目を付けられていますと宣言すれば早いかもしれないが、俺の行動が迷惑を掛ける可能性もあるので、必要な時以外は黙っているつもりである。
しかしこの町も数日で出発する予定なので、そこまで気にする必要もないかもしれないけどな。まあこれでも仕掛けてくるなら有名税として受け入れ、手を出した際の見本となってもらうとしよう。
『はぁぁ……シリウス選手の殺気が目前で……た、堪りません! あの、すでに恋人がいるそうですが、私も恋人にー……』
『お断りします』
『はぅ!?』
女性を選り好みするみたいで気が引けるが、俺はどうも彼女と性格が合わない気がするのではっきり断ることにする。俺に振られて落ち込んだが、すぐに笑みを浮かべて復活していた。
何と言うか……プロだな。性格は色々と特殊だが、その切り替えの早さだけは称賛したい。
『あっさり振られてしまいましたが、これにて今年の闘武祭を終了したいと思います。皆様、また来年にお会いしましょう!』
最後に観客席から割れんばかりの拍手によって、闘武祭は終了となった。
「おめでとうございます、シリウス様!」
闘武祭が終了して観客が粗方帰った頃、俺は仲間達が観戦していた席へとやってきた。
俺の姿を見るなりエミリアは尻尾を振りながら走ってきて、両手を胸の前で組んで目を輝かせながら俺を見上げていた。
「シリウス様なら優勝すると信じていました。それでこそ私達の御主人様です」
「ありがとうな。でも、あの時みたいに少しレウスをやり過ぎてしまったようだ。すまないなエミリア」
「いいえ、シリウス様がお気になさる必要はありません。最初はちょっと複雑な気分でしたけど、今はレウスの成長を見れて嬉しいですし、あの子も本望でしょうから」
「そうか。エミリアやレウスのような理解ある従者がいて俺も嬉しいよ」
心から嬉しそうにしているエミリアの頭を撫でてやれば、目を細め尻尾を千切れんばかりに振り回して喜びを表していた。
「それより、色々と頼んで悪かったな。祭りで賑わう町中を往復するのも大変だっただろう?」
「シリウス様の御言葉ですから手間などとは全く思いません。むしろもっと命令してほしいくらいです」
「善処するよ」
実はレウスとの試合の前に一度ここへきて、エミリアに頼み事をしていたのだ。
内容としては風の岬亭へ戻り、祝勝会の準備を宿の人達に伝えてきてほしいといったところだ。その時点で俺とレウスが優勝と準優勝は確実だったしな。
資金も渡しておいたので、今頃宿では買い出しやらで忙しくしているかもしれない。
「クゥーン……」
「ふふ、予想通りだったわね。優勝おめでとう」
エミリアが定位置である俺の後ろに移動すると、続いてホクトが俺の胸に鼻を擦りつけ、フィアが笑みを浮かべながら俺の前へやってきた。
「ありがとう。こっちも何事もないようで安心したよ」
「私達よりレウスは本当に大丈夫なの? 普通なら死んでもおかしくなかったわよ、あれ」
「あー……まあやり過ぎた感はあるけど、リースが治療しているから大丈夫さ。直に目を覚ますだろう」
ここへ来る前に様子を見てきたが、レウスの呼吸は安定していたし、リースも安心するように笑っていたから問題はないだろう。
「ではレウスが目覚め次第、宿へ戻られるんですよね? 今日は祝勝会ですし、私も何か料理を作ってシリウス様とレウスをお祝いしたいです」
「そうだな、俺も料理作って落ち着きたいものだが、その前にー……」
まだ始末を付けていない件が残っているからな。
片付けを始めている試合場を眺めながら『サーチ』を発動させると、目的の人物がこちらに近づいているのを確認した。
同時に俺に擦り寄っていたホクトが通路に向かって警戒を露わにしていたので、頭を撫でて落ち着かせた。ホクトとはお互いに面識もなく軽く倒せる相手なのだが、主人である俺への態度から個人的に気に食わないらしい。
「おーい、連れてきたぜ」
その声と共に通路から現れたのはジキルだが、彼は案内役に過ぎない。
用があるのはジキルの背後にいる人物ー……。
「……ジーク?」
俺が闘武祭の参加を決める切っ掛けとなったジークだ。
ジークの登場にフィアは首を傾げていたが、すぐに思い出したのか俺の右腕に抱きついて腕を組んできた。本人を見るまでジークの存在を本気で忘れていたようなので、ちょっと哀れだと思った。
ここに来るまでジキルの背後にいたが、俺達の姿を確認するなり前へ出て不機嫌そうな表情を向けてきた。
「エミリア……」
「はい。私は先に宿へ戻っています。セシルさん達と一緒にご馳走を作ってお帰りをお待ちしています」
「オン!」
状況を察したエミリアとホクトは、ジーク達がやってきた通路から静かに去って行った。皆まで言わずとも理解してくれる自慢の忠臣と忠犬だよ。
さて、数日前の続きと行きますか。
「……まずは一人の観客として、おめでとうと言っておこう」
「ああ、ありがとう。それで、約束は覚えているよな?」
ジークが護衛として連れていたジキルとベイオルフに俺が勝てば、フィアに言い寄らないと約束させたのだ。ジキルとは戦っていないが、優勝しているから文句の付けようもあるまい。
悔しげに俺を睨んでいるが、こっちはフィアが困っているから遠慮なく行かせてもらうつもりである。
「覚えているさ。貴様の強さをあそこまで見せつけられたら、シェミフィアーさんを守れないとは言えん。これ以上突っかかれば、私が恥を掻くだけだ」
それでも諦めない……と言うかと思いきや、予想以上に素直だ。
ちょっと拍子抜けな気分でいると、フィアがこっそりと耳打ちしてきた。
「どういう事かしら? あんなにも積極的だったのに、変わり過ぎと思わない?」
運命の相手だとか言って、あんなにも情熱的に愛を説いていた相手がこの有り様である。
フィアは不思議そうに首を傾げているが、俺はこの変わりように覚えがある。前世でもいた奴だ。
「私はシェミフィアーさんを愛している! だが、貴様のような強者がシェミフィアーさんを狙ったと考えたら、私は無理だと思ってしまった。貴様に絶対勝てないと……思ってしまったのだ」
「彼女を諦めるのか?」
「こんな男にシェミフィアーさんを守る価値などない。だったら私はシェミフィアーさんの幸せを願おうと思う。貴様に彼女を託そう」
「別に貴方のものになったわけじゃないわよ……」
全くもってフィアの言う通りだが、ジークは自分に酔っているので放っておくのが一番かもしれない。結局は俺に負けてフィアを諦めたというわけなのだから。
やり過ぎたとは思わない。俺の殺気に屈して諦めるような奴にフィアを任せたくないからな。
「じゃあこれからフィアに手を出すなよ」
「舐めるな! 私は約束を違えるような恥知らずな真似はせん。シェミフィアーさん……どうかお幸せに」
「もちろんよ。私にとってシリウスは運命の相手だからね」
満面の笑みを浮かべるフィアを見て苦笑したジークは、背中を向けて去って行った。
失恋して哀愁を漂わせるジークの背中を見送ったところで、黙って推移を見守っていたジキルが手を振っていた。
「俺が言うのもなんだが、脈が無いって認められなかった雇い主さんが悪いと思うぜ。だから気にするなよ」
「それはわかるんだけど、私を好いてくれた人だからちょっと悪いと思っちゃうわね」
「優しいこって。ま、後は俺に任せときな。ああいう男には効果的な方法があるからよ」
「レウスの事といい、色々と悪いな」
「雇い主がしっかりしないと金が貰えねえからな。お前さん達が気にする必要はねえよ」
ジキルはこっちに悪気を感じさせないさっぱりとした笑みを浮かべていた。人生経験が豊富なのか、色んな意味で大人である。
「私からも礼を言わせてもらうわ、ありがとう」
「はっはっは! やっぱり美人に礼を言われるってのは嬉しいもんだな。そんじゃお二人さん、ごゆっくりとな」
ジキルが去るのを見送ったところで、フィアは体を伸ばしながら大きく息を吐いて緊張を解いていた。
これでフィアにちょっかいを掛ける相手はいなくなったが……最後に俺から彼女に聞いておきたい事があった。
「はぁ……これで終わりね」
「いや、まだ終わりじゃない。フィア、改めて君に聞きたい事がある」
俺はフィアに組まれていた腕を解き、彼女の肩に手を置いてから目を覗き込んだ。
「何かしら? あ、口付けならいつでも構わないわよ」
「それはちゃんとした場所でな。それよりフィアはレウスとの試合で俺の殺気を感じた筈だ。あれが怖いと思わなかったのか?」
エミリア達とは子供の頃からの付き合いで俺の本質を知っているせいもあり、俺の殺気を知ろうが慕って付いてきてくれるが……フィアもそうなるとは限らない。
お互いに想いあっていても、こればかりは別な可能性もあるのだ。初めて出会った時は殺気なんて放たなかったし、これから俺達の仲間になるのならば、一端とはいえ俺の殺気を感じたフィアの本音を聞いておきたい。
例え好きだとしても、俺が本気を出す度に怯えるってのも嫌だしな。
俺の真剣な問いにフィアは目を閉じて考えていたが、すぐに目を開いて手を振り上げー……。
「てい!」
平手で俺の額を叩いてきたのだ。
痛くも痒くもなかったが、良い音を立てた自分の額を擦っていると、笑みを浮かべたフィアが顔を近づけてきた。
「やっぱり。じゃあ私の答えはこれよ」
そして……俺の口にフィアの口が触れた。
しばらく口付けを続け、ゆっくりと離れたフィアは満足気に笑いながら俺の頬に手で触れてきた。
「正直に言うと、シリウスの放っていた殺気が怖いって私は思ったわ。私なんかじゃ絶対に敵わない、恐ろしい程の力を持っているってのもね。だけどシリウスはその力に溺れず、理解して振るう人だと私は知っているわ。今日のレウスだって必要だからそうしただけ……そうでしょ?」
「ああ。フィアの言う通り、今日の殺気はレウスの本気を見る為と、フィアに俺の事を知ってもらいたくて見せたようなものだ」
「それに、今さっき私が叩いた額も貴方なら簡単に避けれたのに、避けようともしなかったでしょ? つまりそれだけ私に心を許してくれている証拠よね」
「当然だろう。恋人に心を許せなくてどうするんだって話だ」
「まだ私とシリウスの付き合いは短いけど、貴方の優しさはエミリアやリースを見ていれば凄くわかるわ。だからもうシリウスは怖くないから、返事はこれなのよ」
フィアは再び顔を寄せ、俺に口付けをしてきた。
全く……情熱的で、懐の大きい女性だよ君は。
「昔も思ったけど、色んな意味で君に敵いそうにないな」
「力じゃあ負けるけど、愛する事だけは貴方に負けないわよ。もちろんエミリアやリースにもね」
「二人にもか。喧嘩をするなとは言わないけど、揉めたらちゃんと俺に教えてくれよ? 一人を選んでいない俺が悪いんだからな」
「ふふ、心配しなくても喧嘩をするつもりはないから安心して。私達は本音で話し合って、同じ人を好きになった姉妹みたいなものよ。だから……私達を平等に愛してね」
「ああ、お前達を幸せにできるように頑張るよ」
そして再び腕を組んできたフィアと共にレウスの治療室に向かっていたが、途中で何かを思い出したフィアは俺の腕を引っ張ってきた。
「あ、そうそう。子供は沢山ほしいから、シリウスが産んでも良いと思ったらすぐに教えてちょうだい。少なくとも四人は欲しいって私は思っているからね」
今は世界を巡っている最中なので、子供を作る余裕はないとしっかり伝えているし、彼女達もそれは了承している。
だがー……。
「……気が早くないか?」
「別に早くないわよ。だって私はエルフよ? シリウスに若い肉体を捧げてあげられるけど、いつか貴方に置いて行かれちゃうんだからね」
「おいおい……」
言いにくい事をさらりと言ってきたな。
確かに人族の俺と長寿の種族であるエルフのフィアだと、確実に俺の方が先に寿命で死ぬからな。いつか話をしなければならないと思っていたが、ここまで簡単に言ってくるとは思わなかった。
しかしその御蔭で俺も負い目を感じにくい。彼女から振ってくれた気遣いに感謝しなければ。
「だけど子供が沢山いれば寂しさも薄れるでしょ? その時が来たら頑張って産むからお願いね。ちなみにエミリアは男の子と女の子の二人に、リースは女の子が一人が理想だそうよ」
覚悟は決めていたが……これはもう一段階くらい覚悟の上乗せをしておいた方が良さそうだな。
「色々大変そうだが、俺は精一杯頑張るだけさ。俺に付いてきてくれた事を、決して後悔させないよう約束するよ」
「期待しているわ。でもね、私はシリウスに寄りかかるだけの女になるつもりはないわ。貴方を支えられる良い女になれるように、私も頑張るからね」
守る者が増えたが……俺のやる事はこれまでと変わらない。
組まれた腕からの温もりを感じながら、俺達は自然と笑みを浮かべていた。
「それでは、シリウス様とレウスの優勝と準優勝を記念してー……乾杯!」
「「「乾杯!」」」
その日の夜、風の岬亭に戻った俺達は宿の従業員達と協力して準備を済ませ、宿の酒場でささやかな祝勝会を行っていた。
二つのテーブルをくっ付けて広くしたテーブルには、セシルさんが作った料理だけでなく、エミリアとリースが作った料理が所狭しと並んでいる。
ちなみに参加メンバーは俺達と、親の許可を得て混じっている宿の娘であるカチアだ。
「美味しい! これ何て料理なの!?」
「シリウスさんから教わった料理で唐揚げって言うのよ。だけど、セシルさんの料理も美味しいわね」
「そりゃあお母さんの料理だもん。でも……ちょっとお母さん張り切り過ぎだよ。これ、軽く十人分はあるよね?」
「そう? これくらい普通に食べられるわよ?」
「えっ!?」
カチアは弟子達が作った初めて見る料理に夢中で、リースと並んで口一杯に詰め込んで楽しそうにしている。
そして俺の隣にはエミリアが待機していて、負傷して包帯と棒で固定している左腕を使わせないよう、俺を甲斐甲斐しく世話をしている。まあ……概ねいつも通りだ。
「シリウス様。どうぞ、口をお開けください」
「うん……美味い。いつもすまんな」
「うふふ、これが私の幸せですからお気になさる必要はありません。ささ、次はこちらをどうぞ」
右腕は無事だから一人で食べるのにあまり支障はないのだが、俺の世話をエミリアは望んでいるし、今日は頼み事もしたのでなるべく要望に応えようと思っていた。
そしてその隣では、もう一人の主賓であるレウスが椅子に座ってフィアに料理を食べさせてもらっていた。
「美味い! けどフィア姉、野菜より肉! もっと肉が食いたいよ!」
「駄目よ。治療中は野菜と肉をバランス良く摂れってシリウスが言っていたでしょ。だからほら、まずは野菜を食べなさい」
「食べさせてくれるのは嬉しいけどさ、野菜ばかりは嫌だよ! ほら、野菜は食べたから次は肉だろ?」
「あ、この野菜は骨に良いやつよね? はい、あーん……」
「だから肉をくれよフィア姉!」
美人のエルフに食べさせてもらうという、大抵の男が羨みそうな状態なのだが、傍目には飼い犬に躾をしている飼い主のようなやり取りである。
ちなみにレウスは夕方前に目を覚まし、俺とリースの治療によって歩ける程度には回復していた。しかし両腕の状態はかなり深刻だったので、今日一日は絶対動かさないようにレウスの両腕は包帯と棒でしっかりと固定していた。
なので料理は食べさせてもらうしかなく、初めはエミリアが食べさせようとしたのだが、フィアが立候補して今に至るわけだ。本人曰く、闘技場で俺と触れあったので、次は弟分とのスキンシップだとか。
それからようやく肉を食べさせてもらってご満悦なレウスを眺めていると、酒場の入口から新たな客がやってきた。
「おっす、約束通り来たぜ」
「この度は呼んでくださり、ありがとうございます」
現れたのはジキルとベイオルフだ。
二人はジークと一緒に違う宿に泊まっているのだが、ジークが許可すれば俺の祝勝会に来ないかと闘技場で誘っていたのだ。
雇い主であるジークに嫌われているから駄目元で誘ってみたのだが、本当に来られるとは思わなかった。
「来てくれてありがとう。飲み物はー……」
「どうぞ、飲み物と追加の料理をお持ちしました」
「オン!」
まずは飲み物を渡そうとテーブルに目を向けたところで、ちょうどセシルさんが料理と飲み物を運んできてくれた。
その隣では、頭にお盆を載せたホクトがセシルさんの給仕を手伝っていた。確かにホクトの技術に掛かれば、水の入ったコップでも溢さず運べるだろう。今の俺にはエミリアが付きっきりなので、暇だったホクトは給仕を手伝う事にしたらしい。
セシルさんから飲み物を受け取った二人は、テーブルに並ぶ料理を見て笑みを浮かべていた。
「ありがとさん。ほほう、美味そうな料理が並んでいるじゃねえか」
「そうですね。見た事のない料理ばかりですよ」
「初めて見る方の味は保証するから、遠慮なく食べて行ってくれ」
給仕をするホクトに驚きつつも、二人は俺に祝いの言葉を送ってから料理に手を付け始めた。
「おお、美味ぇな! これだけでも来て良かったと思うぜ」
「それは良かった。ところで、呼んでおいて何だがよく来れたな。ジークは納得していたのか?」
「ん? ああ、上の空だったけど許可はしてたぜ。それに、今頃お楽しみ中じゃねえかな?」
「どういう事かしら?」
「フィア姉、俺の口はもっと下!」
ジークの事が多少気になるのか、フィアはレウスに食事を与えながらこちらに顔を向けていた。どうでもいいがちゃんと食べさせてやれ。レウスの鼻に唐揚げは入らんぞ。
「お前達と別れてから雇い主さんは目に見えて落ち込んでよ、宿に戻ったら一人で酒に溺れそうだったから、俺が娼婦を連れてきてやったんだよ」
そっち方面も詳しいジキルは、何度も通って親しくなった店から包容力のあるお勧めの娼婦を紹介したそうだ。
「失恋したショックってのは人によって違うだろうが、思いっきり女を抱けばスッキリする時もあるからな」
「最初は困惑していましたけど、結局二人で仲良く部屋に向かっていましたよね」
「そりゃあ俺が厳選した娼婦だからな。事情も簡単に説明したし、あの姉ちゃんならしっかり雇い主さんを慰めてくれるだろうさ。お、これも美味ぇ!」
「うーん……元気になるならそれでいいわ。娼婦もそれが仕事でしょうし」
説明を終えたジキルは、料理と酒を口にしながらレウスにちょっかいを掛け始めていた。
「それにしても……綺麗な姉ちゃん達に囲まれて、美味い料理を食える。お前のいる所って実は最高じゃねえのか?」
「姉ちゃん達は兄貴のものだからちょっと違うと思う。でも、料理は美味いし兄貴がいるから最高なのは確かだな」
「それもそうか。はっはっは!」
「年齢が子供と大人みたいに離れているのに、仲が良い二人ですね」
仲良く会話している二人を眺めていると、俺の近くに座ってきたベイオルフが呆れた様子で呟いていた。
「似た者同士なのさ。ベイオルフも気兼ねなく楽しんで行くといい」
「はい、楽しませていただいています。ですがその前に、シリウスさんに報告したい事があるんです」
急に畏まったかと思えば、ベイオルフは真剣な表情になって頭を下げてきた。
「今日僕はシリウスさんと戦って負け、そして父さんの真実を教えていただきました。力に驕り、色々と迷っていた僕にとって今日は生まれ変わった日だと思います」
「そう思ってくれたなら、教えた甲斐があるものだ」
「はい、あれは僕にとって必要な処置でした。そして生まれ変わった僕は決めた事があるんです」
「俺が聞いていいのか?」
「貴方だからこそ聞いてほしいのです。僕は雇い主さんの護衛が終わったら、剛剣ライオルを探す旅に出ようと思います」
ベイオルフのスッキリとした表情から、父の仇討ちってわけではなさそうだ。
今の実力で挑んでも間違いなく返り討ちされるだろうから、少し安心した。
「シリウスさんから聞きましたが、父さんの話を剛剣本人からも聞いてみたいんです。父さんの最後を看取った人ですから」
「お前が選んだ道だから、好きに生きるべきだろう。だけど、強そうだからって下手に剛剣へ挑むなよ。中途半端な気持ちで挑めば、軽く骨の一本や二本は折ってくる爺さんだからな」
「善処します」
まあ……こちらから挑まなくても、向こうから無理矢理挑んできそうな気がするけどな。
「そして剛剣と出会い、シリウスさんと再会できたら……僕を貴方の弟子にしてもらえないでしょうか?」
「……俺の弟子になるって事は、今日のレウスみたいな目に遭うって事だぞ?」
「覚悟の上です。それに、剣聖の息子として僕はどこまで強くなれるか試したいんです。誰でもない、僕自身で決めた事です」
「そうか……俺はやる気のある奴は拒まないつもりでいる。いつになるかわからないが、ベイオルフと再会し、直接教えられる日を待っていよう」
「ありがとうございます」
「シリウス様、どうぞ」
俺の返答にベイオルフが喜んでいると、エミリアがワインを注いだコップを俺達に渡してくれた。
なるほど、今日の記念として乾杯しろってわけだな。エミリアのさり気ない行動に俺は頭を撫でて褒めてやった。
「それじゃあ、ベイオルフの新たな門出を記念して乾杯だな」
「はい」
俺とベイオルフはコップを軽くぶつけ合い、一気に中身を飲み干した。
この世界ではもう飲んでも構わない年齢だが、あまり酒を飲んでこなかったので体が一気に熱くなった。でもまあ、悪い気分じゃない。
アルコールによる程良い酩酊気分を味わっていると、ベイオルフはワインを飲み干したまま固まり、そしてー……。
「ごふっ!?」
……机に頭を打ちつけながら気絶していた。
どうやらベイオルフは下戸だったようだが、ワイン一杯で倒れるとは思わなかった。
「シリウス様、ワインに合う肉を用意しました。すぐに切り分けますね」
「セシルさん、これのお代わりお願いします」
「まだ食べるのお姉ちゃん!?」
「両腕が使えないから、耳を交互に動かせたら肉をあげるわ。ほら、やってみなさい」
「よっ……ほっ……どうだフィア姉?」
「はっはっは! 今日は最高だな!」
しかし皆マイペースで、ベイオルフが気絶した事すら気付いていないようである。
一応『スキャン』で容体を確認しておいたが、予想通り酒が駄目だっただけのようだ。
「後で毛布を持ってきますので、シリウス様は気にせずにこちらをお食べください」
「……そうするか」
そんな騒がしい祝勝会は、夜遅くまで続くのだった。
おまけ
祝勝会の途中……俺達の元にとある人物が訪れた。
「どうもこんにちは。祝勝会という事で、私もお祝いを持ってきました」
「なっ!? 何故貴方がここへ!?」
「嫌ですね、インタビューでここに宿泊していると言われたじゃありませんか」
それは闘武祭の実況をしていた女性だった。
現れると同時にエミリアは俺の前に立ち塞がり、警戒を露わにしていた。
「ありゃりゃ……凄い警戒されていますね。私はただ、強い人とお近づきになりたいだけなのに」
「確認ですが、どの程度かお聞きしても?」
「そりゃあもう! デートは当然として、そのままベッドまでお近づきにー……」
「絶対に駄目ですっ!」
耳と尻尾を逆立て、エミリアは滅多に見ないくらいに威嚇していた。闘技場で俺ははっきりと告白を断ったから、エミリアも遠慮していないようである。
襲いかかるとは思わないが、とりあえず宥めてやろうとエミリアを引き寄せ、胸元に抱えて頭を撫でてやった。
「あぁ……幸せでふぅ……」
「こ、これは入る余地がなさそうです」
尻尾を振りまわして幸せそうなエミリアを見て、実況の女性は諦めたようだ。
「では次の強い人をー……」
そして彼女とレウスの視線が合った瞬間、レウスは慌てた様子で両腕を振り上げた。
「ほ、ほら! 俺は腕がこんなんだから無理だよ!」
「安心しなさい。私が全てやるから貴方が動く必要はないわ!」
「兄貴助けてっ!」
レウスが本気で怯えて俺の背中に隠れたので、彼女は無理だと諦めたようだ。言動はあれだが、無理強いはしないようである。何だかアンバランスな女性だな。
「仕方ありません。他に強い人はー……」
そして次の目標を探し始め……とある一点で彼女の動きが止まった。
「あんなにも強い男がこんなにも無防備に……堪りませんね!」
酒を飲んで気絶してしまったベイオルフである。
「はぁ……はぁ……堪りません! 是非お持ち帰りさせていただきましょう。なあに……事後承諾で結構ですから」
誰に言っているのかわからないが、彼女は女性とは思えぬ力を発揮し、ベイオルフを抱えて俺達の前から立ち去った。
「「「…………」」」
それを……誰も止めようとしなかった。
彼女が発したあまりの迫力に、皆動けなかったのだ。
その後、酒と料理に夢中だったジキルが気づいて追いかけ、ベイオルフの貞操は守られたそうな。
今夜のホクト(ホクトと言うより、ちょっとした裏話)
深夜……一部を除き寝静まった風の岬亭にて、ホクトは何かに気付いて目を覚ました。
自分が気づいたのなら主人も気づいて起きているだろう。ホクトは音を立てないように体を起こし、隣のベッドで目を閉じている主人の顔を覗き込んだ。
「そうか……頼む」
自分がやると伝わったらしく、主人は許可してくれた。
圧勝だったものの、闘武祭で主人も疲れている筈だ。ホクトは主人に軽く鼻を擦りつけてから、レウスを起こさないように部屋を出た。
「ホクトさん」
部屋を出ると、廊下にエミリアが立っていた。
どこか真剣な表情から、主人への夜這いではなさそうである。どうやら彼女も何かに気付いて起きてきたらしい。
『私も手伝います』
同じ主人を持つ者同士、アイコンタクトで会話して頷き合った一人と一匹は宿の外へ向かって歩き出した。
そしてエミリアを先頭に、廊下の曲がり角を曲がったところで……突如エミリアの背後から凶刃が迫ってきた。
「……甘いですね」
しかしそれを読んでいたエミリアは一瞬にして回り込み、逆にナイフを襲撃者の喉元に突きつけていた。
「殺気を隠し切れていませんでしたね。狙いは私達ですか? シリウス様を従わせようと、その毒付きナイフで攫おうとしたところでしょうか?」
エミリアの尋問が始まったところで、少し離れた物陰から飛び出す影を捉えた。
こっちに攻めてくるかと思いきや、影は窓に向かって走っているので逃げだそうとしているのだろう。
そして男が体ごと突っ込んで窓を突き破ろうとしたその時……窓が自然と開いたのである。影は疑問に思いつつも窓から飛び出し、着地しようと体勢を整えたが……違和感に気付いた。
何時まで経っても体が落下しないのである。
「どこに行くのかしら?」
聞こえた声に振り向けば、月光を反射する美しい髪を靡かせた、エルフの女性……フィアが空中に浮かんでいたのである。
ありえない現象に影は驚くが、まだ終わりではなかった。
今度は影の体を覆うように水が集まり始め、気づけば顔以外が水の玉に包まれて身動きが取れなくなっていたのだ。
「これで動けませんね」
「じゃあ降ろすわよ」
フィアは窓から顔を出したリースと視線を交わし、風を操って水の玉に包んだ影をゆっくりと地面へと降ろした。
そして二人も宿の外へ出て、影に近づいたその時……近くの藪から二人を狙った凶刃が飛び出してきた。
しかし……。
「オン!」
すかさずそこへホクトが割り込み、前足と尻尾で凶刃を打ち払った。
勝てぬと判断した襲撃者は藪から飛び出して近くの塀を蹴り、高く飛んで逃げ出した。
「なっ!?」
しかしホクトはすでに着地地点に回り込んでいた。
空中で何もできない襲撃者は、ホクトの肉球で叩き落とされて沈黙するのだった。
そしてロープで縛った襲撃者三人を前に、女性陣とホクトは話し合っていた。
「襲撃者は三人ですね。何者かわかりませんが、シリウス様の言葉通りでした」
「この人達はどうしますか? 憲兵に渡すべきですよね」
「うーん……裏の世界の人かもしれないし、憲兵に突き出すより晒す方が効果的かもね。というわけで……」
フィアは宿から取ってきた紙に、インクで大きく言葉を書いて男達の頭に張り付けた。
「この者達、女性を攫おうと返り討ちにあった者なり……ですか。事実ですから問題ありませんね」
「こういう相手って目立つのを嫌うだろうしね。まだ闘武祭の名残で人も多いし、広場に放れば効果覿面でしょ。ホクト、お願いしてもいい?」
「オン!」
そして襲撃者達を咥えたホクトは屋根伝いで町の広場へと向かい、死なない程度に襲撃者達を広場へと放り投げた。
それから襲撃者達がしっかりと憲兵に連行されるのを確認して、ホクトはその場から去るのだった。
ごめんなさい。
ちょっと遅れましたが、何とか今日中に更新できました。
先程書き上がったばかりで、特に最後の『夜のホクト』はほとんど見直ししていないので、本当におまけ程度に捉えてください。
そして異常に長いおまけですが、前回と前々回の反動と思ってください。
予想以上に長くなり、その他書いていない問題はありますが、次の幕間で書きたいと思います。
次の更新は六日後です。