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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十三章 闘武祭

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 ――― レウス ―――



「レウス選手! そろそろ試合が始まりますので試合場へお願いします」

 兄貴と別れ、試合場へ向かった俺に闘武祭のスタッフが声を掛けてきたので、俺は試合場の舞台へと上がった。
 すでに俺の相手であるジキルが剣を抜いて待っていて、俺の顔を見るなり笑みを浮かべていた。
 強い相手と戦える喜びはわかるけど、あそこまではっきりと喜べる奴ってのも珍しいよなぁ。こういう人ってライオルの爺ちゃんだけかと思ったよ。

「おう、来たな。ようやく歯応えがありそうな戦いになりそうだ」
「そうだな。だけど次に兄貴が控えているから、一気に決めさせてもらうぜ」
「やれるもんならやってみな。しかしよ……お前の兄貴は本気で化物だな。あのベイオルフが子供扱いだぜ? どうすればあんなに強くなれるんだよ」
「兄貴は赤ん坊の頃から訓練を始めたらしいぜ? 最初聞いた時は冗談かと思ったけど……」
「ああ……冗談に聞こえねえよな」

 やっぱり皆そう思うよな? 兄貴が異常過ぎるんだって。
 でも……そんな兄貴に並ぶ為に俺はここまできた。いや、歩いている途中だ。だから少しでも近づく為にこいつを倒して兄貴と戦わないとな。
 視線を横へ向けて兄貴が選手用の席に座って眺めているのを確認していると、ジキルも同じように兄貴を見ていた。

「どう見ても普通の男なのに……正直言って俺は勝てる気がしねえぜ。ライオルさんに挑む気分だよ」
「じゃあ大人しく負けていろよ。俺は兄貴と戦いたいんだからな」
「いやいや、あれだけの強者と戦う機会なんて滅多にないんだ。勝てる気がしなくても挑みたいのは当然だろ?」
「そりゃあそうか」

『皆様お待たせしました。試合場の整備が終わりましたので、準決勝二試合目を始めたいと思います』

 実況の声を聞いて、俺は相棒を背中から抜いてから剛天の構えをとった。もちろんジキルも同じ構えをとっている。

『構えからわかるように、この試合は剛破一刀流同士の戦いになります。そして両選手の実力も今までの試合から皆様も承知している筈です。私の予想ですが、力と力による勝負になると思っています』

 ジキルの装備を確認すれば、急所以外は皮で覆われた黒色の全身鎧と、俺の相棒より刀身が短くて妙に厚みがある大剣だ。あの大剣から妙な気配がするから気を付けた方がいいかもしれない。
 相手の装備と自分の装備を確認してから、俺は静かに体内に魔力を巡らせながら試合開始を待った。

『それでは……ジキル選手とレウス選手の試合を始めたいと思います。準決勝二試合……始め!』

「どらっしゃーっ!」
「おらああぁぁーっ!」

 銅鑼が鳴った瞬間、俺達は同時に『ブースト』を発動させながら地を蹴って前へ飛び出した。
 剛破一刀流の基本技、剛天に加減なんて一切存在しない。全力で剣を振り下ろしてお互いの剣がぶつかれば剣が折れてもおかしくない程の轟音を立てた。

『す、凄まじい音です! 実は剣じゃなくてハンマーで打ち合っているのではないかと錯覚しそうな音ですよ!』

 あまりの衝撃に互いの剣が大きく弾かれ、俺もジキルも踏ん張れず一歩下がっていたが、すぐさま前へ踏み出して剣を振るった。今の俺達に後退なんてない。
 二度目の剣もまた同時だったが、今度は弾かれず剣による押し合いとなっていた。

「想像以上の力だなぁ! 楽しいぜぇ!」
「お前こそ!」

 正直に言わせてもらうなら俺も楽しい。
 兄貴相手だったら今の一撃は回避されるか、絶妙な角度に逸らされて反撃を食らうからだ。俺が放つ全力の一撃を正面から受け止める相手は滅多にいないので、今は凄く新鮮な気分だよ。

「ライオルさんから! 剣を教わっているのは! 本当みてえだな!」
「あったりまえだろ! 何度! 殺されかけた事か!」

 ライオルの爺ちゃんは時折加減を間違えるから本気で怖かった。
 言葉をぶつけながら剣を振るい、その度に鉄がぶつかり合う音が響いて闘技場全体が盛り上がっているようだ。

 俺とジキルの力はほぼ互角ー……いや、俺の方がほんの少しだけ押していると気づき、応酬が十回目を超えた時にジキルの剣に違和感を覚えた。

「「散破!」」

 やはり技を放つ前兆だったらしく、ほぼ同時に放たれた六つの斬撃がぶつかり合って相殺された。
 ちなみに兄貴が放てば七つで、ライオルの爺ちゃんは八つだ。六つから上が酷く難しい技なんだよな。

「はっは! 見事だぜぇ!」

 散破を放ち終わった瞬間、ジキルは大きく踏み出しながら蹴りを放ってきたので俺は手甲で受け止めた。
 危ねぇ……足があるのを忘れてた。ベイオルフの試合を見ていなかったら防御が間に合わなかったかもしれない。

「中々良い手甲じゃねえか!」
「爺ちゃんのだからな!」

 適度な重さで丈夫だから本当に助かっているよ。
 ジキルは剛破一刀流だけじゃなく体術も使うようだな。ライオルの爺ちゃんに憧れているなら剣だけ使えと思うけど、あれは意地でも剣しか使わない爺ちゃんがおかしいんだよ。
 ちなみに俺は剛破一刀流に兄貴とガーヴ爺ちゃん譲りの体術、そして炎の魔法だ。
 種類があって迷う時があるけど、兄貴からどんな場面でも対応できるように満遍無く鍛えておけと言われている。むしろ、普段の模擬戦で使わざるを得ない状況にさせられるので自然と鍛えられているけど。

「今度は俺の番だ! 『炎拳フレイムナックル』」
「無詠唱だぁ!?」

 蹴りを防御した腕で、俺はカウンターとばかりに『炎拳フレイムナックル』を放った。
 無詠唱でしかも見た事のない炎の拳にジキルは驚きつつも、即座に剣を盾にして拳を受け止めていた。俺より年上で冒険者の経験があるせいか対応が早い。
 俺の放った拳は爆風を起こして剣ごとジキルを吹っ飛ばしたけど、危なげなく両足で着地している点からダメージはほとんど無さそうだ。

「ったく、剣も魔法もそこまで使えるようになって、一体お前は何になりたいんだよ?」
「兄貴と並ぶ為だ。それに兄貴は何だってできるから俺なんか軽い方だよ」
「はぁ……師匠がああなら弟子もこうかよ。こりゃあ……勿体ぶってる場合じゃねえな」

 ジキルが仕方なさそうに頭を掻いて剣に魔力を注ぎ始めると、ジキルの剣から風が巻き起こった。

「悔しいが、力も含め剛破一刀流に関してはお前の方が上だ。だからちょっと卑怯だが、こいつを使わせてもらうぜ」
「これは戦いだから卑怯なんて思わねえよ。遠慮なくかかってこい!」
「へっ、ありがとうよ! そんじゃま、ここから本番だ!」

 獰猛な笑みを浮かべたジキルが剣を振り上げて突撃してきたので、俺もそれに合わせて剣を振り下ろした。
 あの大剣……風を纏っている以外に何も変化は見えないけど、攻めてきたのなら俺は全力でぶつかるだけだ。
 そして俺とジキルの剣がぶつかる瞬間ー……。

「発動!」

 ジキルの剣から爆発する勢いで風が吹き出したのだ。
 大剣に風の勢いが加わり、俺は力負けして剣が弾かれてしまったが、幸いな事にジキルの剣は逸れて俺は無傷で済んだ。

「ちっ! 外したか……」
「何だそりゃ!?」

 今のは一体何だ? 風の魔法を発動させたのはわかるけど、詠唱が無いのに発動していたぞ?
 俺の魔法に驚いていた様子からジキルが無詠唱出来ると思えないし、秘密があるとしたら……。

「……その大剣か?」
「何だよ、もう気づいたのか」
「似たような物を見た事があるからな。確か魔剣とか言ったっけ?」

 兄貴がディー兄から貰った剣も不思議な紋様が描かれていたしな。
 今みたいな魔法を発動させる魔法陣を描いた剣を魔剣って呼ぶらしいけど、魔法陣を剣に描くとなると凄く難しいし、威力も微妙だから数があまり存在しない。
 しかし稀に大昔の遺跡から見つかった魔剣だと強力な物があるから、ジキルのは遺跡で見つけた物の可能性が高そうだ。

「そうか、ばれちまってるなら教えてやるよ。こいつはとある洞窟で見つけた物でな、魔力を流すとさっきのような風が起こる仕組みなんだよ」
「確かに凄いけど、まだ上手く扱えてないようだな?」
「当たり前だ。こいつは制御が難しいんだぞ?」

 実際、さっきの剣が当たらなかったのはジキルが風の制御に失敗したせいだ。
 それにしても厄介だな。つまり姉ちゃんが風の魔法を使って高く、遠くへ飛ぶような事を剣でやっているわけだろ? 兄貴がそういうのをじぇっとだとか言っていたけど、このままじゃ押し負けるばかりだ。
 だけどあれほどの風を爆発させるのだから、十回くらい耐えれば魔力が底を突きそうな気がー……。

「いや、兄貴にそんな情けない戦いなんか見せられねえ! 正面からぶち破る!」
「そうこなくっちゃな! こっちも後がねえからよ、あと数回でお前を斬ってやらぁ!」

 再び同時に地を蹴って俺達は全力で剣を振るった。
 もっと他の技や魔法を使えば魔剣なんかあっても勝てそうだけど、俺はジキルに正面から戦って勝ちたい。次の試合まで少しでも強くなっておきたいのだ。
 なので俺とジキルの戦いは力の押し合いになり、ほんの僅かでも負ければ斬られる単純な戦いとなる。
 先程以上の力を込めて振り下ろしたものの、やはり風の推進力を得たジキルの剣に押し負けた。
 今度は風の制御に失敗しておらず、俺は斬られそうになっていた。

「もらったー……」
「どらっしゃぁーっ!」

 剣を握っていた片手を離し、手甲の部分でジキルの剣をぶん殴って軌道を強引に逸らした。爺ちゃんの手甲だからこそ可能なやり方だろう。
 逸らした剣が俺の肩を掠って少しだけ血が出たが、直撃に比べたら遥かにましだ。

「何だそりゃ!?」
「まだ終わってねえ!」

 片手で握っていた剣を強引に振るったが、ジキルはあえて俺の横を通り抜けて剣を避けていた。
 くそ、兄貴みたいな回避をする奴だな!

「かぁーっ! 本当にとんでもねえ奴だな。剣を殴るか普通?」

 ジキルは驚いているが、ライオルの爺ちゃんは普通にやっていたし、兄貴は理解不能な動きで受け流したと思うぞ。

『正に力のぶつかり合いです! レウス選手を押しているようですが、ジキル選手の方は消耗が激しいようです!』

 そこでお互いに距離をとり、一度仕切り直しとなった。
 俺は肩を浅く斬られたけど出血は少ないし、体力と魔力はまだ余裕は残っている。
 だけど実況が言っているように、ジキルの方は呼吸を少し荒くして額に汗を滲ませていた。

「なあ……ばてるの早くないか?」
「当たり前だろうが! こっちは『ブースト』と魔剣に魔力を持っていかれてんだぞ」
「そうか? 俺だって『ブースト』使いっぱなしだぞ?」
「お前が異常なんだよ! 楽しいけど、やっぱりこいつを使うときついぜ」
「ライオルの爺ちゃんなら、きついって事すら喜ぶと思うぞ?」

 兄貴というライバルが出来てから、六十歳過ぎても全盛期の体力に戻すどころか、それ以上の強さになれたと本人が言っていたからなぁ。
 そして体の痛みですら、自分が強くなれる一つだとか言って喜ぶ変態だぞ。

「ああ……確かにライオルさんはそうだな。いかんな、くだらねえ事を言っていたな」
「いいからさっさとかかってきやがれ。次こそ負けねえぞ!」
「二度も負けようがまだ食らいつくか。いいねぇ……だが、次はどう捌くつもりだ?」
「……どうすっかな」

 気持ちは負けてないが、まだあの風の大剣に対する術が思いつかない。
 今度は剣を殴ろうとしても対応するだろうし、あえて斬らせてカウンターを狙ってみるか?
 いや、斬らせるぐらいならあれを試してみよう。
 兄貴と違ってジキルとは純粋な力勝負だから、上手くできれば……勝てる!

「おっ、覚悟が決まったみたいだな」
「ああ、決まったよ。それよりその魔剣……下手したら壊しそうだから先に謝っておくよ」
「おうおう、大きく出たな。だけど謝る必要はねえよ。戦いで壊れるのなら剣も本望ってやつだ。気にせずかかってきな」
「そっか。じゃあ遠慮なく……行くぜ!」

 俺には呪い子と呼ばれる変身能力がある。
 全身が狼の姿になって傷の治りが早くなって力が数倍に膨れ上がる凄い能力だけど、興奮状態になって冷静な行動が難しくなる欠点がある。
 なので兄貴や爺ちゃん、そしてジキルような強敵相手には変身しないようにしているんだけど……あの力が自由に使えないのは惜しいと前々から思っていたのだ。
 だから俺はー……。

「どらっしゃーっ!」

 剣を握る両腕だけを変身させた。
 全身を変身させるよりかは劣るだろうけど、ジキル相手にはほんの少しだけ力が上乗せできればそれでいいんだ。
 腕だけが別の存在になったような熱い感覚の中、振り下ろした俺の剣とジキルの魔剣がぶつかったその瞬間……。

「おいおい! こりゃあ……」

 ジキルの魔剣が……折れた。
 俺の剣も折れる覚悟はしていたが、まさか魔剣だけ折れるとは思わなかったよ。流石はライオルの爺ちゃんが持つ剣を打った爺ちゃんの剣だな。
 手甲によってある程度は隠れているが、肘までびっしりと生えた毛を隠しつつ俺は変身を解こうと気を落ち着かせていた。変身した自分の姿は、兄貴や家族以外にあまり見られたくない。
 そんな俺にジキルは折れた剣を見せ、笑みを浮かべてから両手を挙げた。

「……はっ、こりゃあ完全に負けだな。降参だよ」

『け、決着です! ジキル選手の宣言により、レウス選手の勝利に決まりました!』

 歓声が響き渡る中、ようやく腕の変身が解けた俺の元へジキルが握手をしに近づいてきた。

「おめでとさん。次は師匠との戦いだな」
「ありがとう。それと剣だけどー……」
「ん? ああ、さっきも言ったがお前が気にする必要はねえよ」

 剣士にとって剣は相棒で凄く大切な物だ。いくらジキルが気にするなと言っても、折っちゃったら流石に悪いと思う。
 そんな俺の雰囲気が伝わったのか、ジキルは俺の肩を叩きながら大声で笑っていた。

「ライオルさんが強いのは剣じゃなくライオルさん自身だ。こいつに頼ってる時点で駄目だって気づかされたぜ」
「……そっか。だけど一応謝っておくよ。剣を折ってごめんな」
「おう! こいつもお前のような奴に折られて本望だろうぜ!」
「俺もお前と戦えて楽しかったよ」
「「はっはっは!」」

 気づけば俺とジキルは握手をしたまま笑い合っていた。
 俺と似ている部分があるのか、妙に気が合うんだよなぁ。

「決勝戦は楽しみにしているぞ。あの化物級にどこまで戦えるか見せてもらうぜ」
「任せとけ!」

 俺とジキルが揃って舞台を降りると、選手用の席に座っていた兄貴が笑みを浮かべて俺の前までやってきた。
 次に戦う相手なのに、兄貴が嬉しそうにしていると俺も何だか嬉しくなる。

「おめでとうレウス。まあお前なら勝つと思っていたけどな」
「当たり前だろ。兄貴の弟子として負けていられねえよ!」
「ふふ、頼もしい言葉だ。さて、次は俺達による決勝戦だが……ちょっと相談したい事がある」
「ん?」
「お、何だ何だ?」

 隣で興味深げに話を聞いているジキルがいるが、兄貴は気にせず説明を続けた。
 内容としては、決勝戦が始まるまで多少の休憩時間があるが、それを闘武祭のスタッフに掛け合って延ばしてもらおうというのだ。

「戦いというのはいつ起こるかわからないし、今のお前のように消耗した状態で戦う事は多い。だから本来は休憩無しで戦うべきだろうが……今回は完全な状態でお前と戦いたいんだ」
「ひゅう! すげえ自信だなぁ。で、レウスはどうするんだ?」
「俺もそうしたい。兄貴と全力で戦いたい!」
「わかった。それじゃあ早速掛け合ってみるとするか」

 満足そうに頷いた兄貴は、俺の治療をしにきたスタッフに事情を説明した。
 スタッフはあまりにも休憩が長いと観客から文句がくるからと渋っていたが、兄貴の説得とジキルが手を貸してくれたので要望は通った。

『観客席に座ってるお前等ぁ! 決勝も楽しみだよなぁ! もちろん俺も楽しみだぁ! だがな、どうせなら俺と戦って疲れたレウスより、回復して全力で戦えるレウスとシリウスの戦いが見たいと思わねえか!』

 俺の肩の傷を治している間に、ジキルは実況用の魔道具を借りて観客達に説明してくれたのだ。
 場の空気を操る術が上手いと兄貴が言うように、ジキルの説得力のある言葉によって観客から目立った反発もなく、全員ノリノリで許可してくれた。

「ありがとうなジキル。これでレウスが十分回復できる」
「俺も見たいから礼なんかいらねえけどよ、ちょっと延びたくらいで大丈夫なのか?」

 休憩時間は兄貴の時間換算で一時間が二時間になったぐらいだ。
 倍になったくらいで体調が万全になるとは思わないが……俺と兄貴なら十分過ぎる時間だ。

「問題ないさ。よし、レウス行くぞ」
「おう!」

 相変わらず俺達に付いてくるジキルを引き連れ、兄貴と俺は闘技場の治療室へとやってきた。
 俺は早速装備を外して治療室のベッドに寝転がると、隣のベッドで寝ていたベイオルフが不思議そうな顔をしていた。

「おめでとうレウス君。それよりどうしたんですか? 見たところ、酷い怪我をしているように見えませんが……」
「何って……寝るんだよ。それじゃあおやすみ」
「えっ? ちょっと!?」

 余裕があるとはいえ時間が勿体ない。
 ベイオルフへの説明は兄貴に任せて、俺は全身の力を抜いて意識を切り替えた。

「……と言うわけだ。ところでベイオルフとジキルに頼みがあるんだがー……」
「はい。僕でよければ」
「おう、何だって言ってみな」

 隣から聞こえる兄貴達の声を聞きながら俺の意識は徐々に遠ざかり、眠りへと落ちていった。





「……ウス。レウス、そろそろ時間よ」
「……ん?」

 体を揺すられる感覚に俺は目覚め、大きく欠伸をしながらベッドから体を起こした。
 そのまま大きく体を伸ばして体調を確認するが、体の違和感と疲労感は全く見当たらない。ここまで回復しているのは、寝ている俺に兄貴が『再生活性』をしてくれた御蔭だ。
 治療スタッフが表面上だけ塞いだ肩の傷だって完璧に治っているし、正に今の俺は絶好調と言えるだろう。

「おはようレウス。体調はどう?」
「リース姉? あれ……兄貴は?」
「すでに控室で待っているみたいよ。それより傷はどう? 変な感覚とか無い?」
「大丈夫、朝起きたみたいにばっちりだぜ」

 ベッドから降りて体を解しながら時間を聞いてみれば、もう少しで試合が始まる時間だった。
 ところで、ここって選手と関係者しか入れないのに何でリース姉がいるんだろう?

「シリウスさんがスタッフに説明して、私だけ特別に入れてもらったのよ。治療魔法が使えるからって上手く説得してね」
「ええ、治療は大切ですね。それにしても、リースさんの治療は本当に素晴らしいです」

 やっぱり肩の傷はリース姉が治療してくれたんだな。
 隣を見ればベイオルフの細かい傷も治っていて、更に顔色も良くなっているのでリース姉が診てくれたんだと思う。

「ふふ、ありがとう。それよりベイオルフ君はもう立っても大丈夫と思うわ。だけどあまり無理をしたら駄目だからね」
「は、はい」

 何だかベイオルフが嬉しそうに顔を赤くしているけど、それ以上は駄目だぞ。リース姉は兄貴のものだからな!

「それにしても、本当にちょっと寝ただけで回復しているな。お前の体はどうなってんだよ」
「あれ、いたのか?」
「いたっての! お前の兄貴に頼まれて、お前が何かされないか見張ってたんだよ」

 気づけば近くのベッドに座っていたジキルが呆れた声で説明してくれた。
 試合に細工しようとするアホが現れ、寝ている俺に手を出そうとしたら守ってほしいと兄貴から頼まれたそうだ。
 そんな奴いるのかと思ったが、どこでもアホは出てくるから兄貴は正しいってジキルも納得しているからその通りかもしれない。幸いながら、そんなアホは現れなかったそうだけど。

「ちなみにお前の兄貴だが、今から俺は師匠じゃなくて対戦相手だから近くにいない方がいい……だとよ。徹底しているよな」
「それだけ本気なのでしょう。僕でさえ手も足も出なかった御方です、本気になったらどれほど強いか測り知れませんね」

 そうだ、今から兄貴は俺の対戦相手だ。あまり考えたくないけど、兄貴と思わないくらいに戦うのもいいかもしれないな。

「許可は貰ったから、私は試合場の近くに控えているからね。だけどなるべく怪我しないで帰ってきてほしいわ」
「おう、リース姉がいるなら多少の無茶は大丈夫だな!」
「はぁ……本当に困った子ね。エミリアも連れてくるべきだったかな?」

 溜息を吐きながら、仕方なさそうに苦笑しているリース姉には悪いけど、俺は腕の一本くらいは覚悟している。
 もし姉ちゃんがいたらそれに勘付いてたかもしれないから、ここに来てなくて良かったよ。
 俺がこっそりと安堵していると、ベイオルフが少し渋い顔をしていた。

「レウス君、あまりリースさんを困らせては駄目ですよ」
「言っておくけど、リース姉は将来兄貴の奥さんで俺の姉ちゃんだ。お前にはやらねえぞ!」
「はいっ!?」
「ちょっとレウス! いきなり何を言っているの!?」
「はっはっは! 楽しいなお前等は!」

 妙に騒がしくなった治療室で、俺は軽く体を解しつつ試合への準備を進めた。
 外していた防具と剣を点検しながら身に着け、起き上がれるようになったベイオルフを連れて俺達は試合場に向かった。

 途中で闘武祭のスタッフに回復した事を告げて試合場に入れば、舞台では二人の選手が試合を行っていた。
 二時間も待たせる観客に悪いと思ったのか、本戦のトーナメントで戦えなかった選手同士による特別試合が行われたらしい。
 勝ったところで何もないが、腕試しもあって希望する選手が数人いたらしく、中々盛り上がっていたようだ。
 俺が顔を出すと同時に試合が終わったらしく、勝った選手が手を挙げて喜んでいた。あれは……一回戦で兄貴と戦った槍使いだな。他の選手も舞台の外にいるけど……俺と戦ったコンって奴が見当たらないな?

『ゴドジン選手の勝利です! 対戦相手を近づけさせない見事な槍捌きでした。そして皆様……お待たせしました。レウス選手が回復したとの事で、今から決勝戦を始めたいと思います!』

 おっと、コンより俺だ。今から本番なんだから集中しないと。
 兄貴と戦う場合、ほんの一瞬の油断が負けに繋がるからな。

「その……頑張ってねレウス。無事に帰ってくるのよ」
「僕みたいな試合にならないのを祈っていますよ」
「あれとどう戦うのか、見させてもらうぜ?」
「おう、じゃあ行ってくるぜ!」

『まずはレウス選手、舞台へどうぞ!』

 リース姉の困った表情が気になったけど、実況に呼ばれたので俺は通路を歩いて舞台へと立った。
 決勝戦かつ観客から響き渡る歓声に緊張するかと思ったけど、不思議と俺の心は静かだった。

『レウス選手の実力はもはや説明の必要がないでしょう。あのジキル選手の大剣を叩き折る力を持つレウス選手が、素早いシリウス選手相手にどう戦うのか非常に楽しみです!』

 だって、俺はもう観客も試合なんて関係ない。
 今はただ、俺はこんなにも成長したんだって、兄貴に伝える為に本気で戦うだけだ。

『続いて、シリウス選手の入場です!』













 ―――――ッ!?











 その瞬間……俺は確かに呼吸をするのを忘れていた。

 異常は俺だけじゃなく視界の端に見える観客にも影響を与えていて、ほとんどが首を傾げながら体を擦るか、何かに怯えるように落ち着きのない様子だった。

 そんな状況で通路から現れた兄貴の姿は、いつものロングコートを脱いだ戦闘服の状態……つまり完全装備である。

 兄貴のこの状態は、学校の迷宮で怒った時と、学校長と本気で戦った時しか俺は見た事がない。

 そして何より異常なのは兄貴の雰囲気だ。
 いつも朗らかに笑っている兄貴が、自然と体が震えてしまう程の濃密な殺気を放っているのだ。
 直接向けられていない観客ですら影響を与える殺気を放つ兄貴に、俺は物語で見た死神という存在を思い出していた。

「……なん……で?」

 口が上手く動かない。
 何で……何でそんなに殺気を放っているんだよ?
 わけもわからず呆然と立つ俺の前までやってきた兄貴は、冷酷な目を向けたまま口を開いた。

「レウス。一つ上の戦いだ、殺す気でこい」

 ああ……そういう事か。
 今の一言で……本気だとか、腕の一本だとかそんな甘い考えじゃ駄目だと気づかされた。



 兄貴を殺す気で戦わなければ、俺が殺される。

 本能で……理解した。


 決勝戦前日の夜、シリウスとエミリア達の会話の一部分。


「明日の試合でレウスが決勝まで来たら……俺は本気を出す予定だ」
「そうですね、レウスもシリウス様に自分を見てもらおうと一生懸命戦うと思います。あの子なら手加減する方が嫌がるでしょう」
「手加減どころか、俺は殺す気で戦うつもりだよ」
「殺すって……物騒ね。もちろん理由があるんでしょ?」
「ああ、そろそろ本気で戦おうかと考えていたし、一つ上を見せる時が来たと思ってな。だから明日はレウスを殺す気で戦う」
「べ、別に試合じゃなくても良いのでは?」
「試合だからこそだ。人に見られて集中を乱すようじゃ話にならんし、他にも別な理由もある。下手したらレウスが死ぬ可能性もあるから、エミリア……その時は俺をー……」
「シリウス様、私の事は気にしないで存分に戦ってください。レウスが自分で選んだ道ですし、もしそうなったとしてもあの子も……そして私も決してシリウス様を恨みません」
「止めるのは無理ー……ですよね? だから、無事に試合が終わるのを祈っています」
「シリウスもレウスも男だもの、私が口を挟むのも失礼よね。だから、私は貴方達の戦いをしっかりと見届けさせてもらうわ」
「……ありがとう」






 おまけ ※本編のシリアスを壊しますのでご注意ください。



「……なん……で?」

 口が上手く動かない。
 何で……何でそんなに殺気を放っているんだよ?
 わけもわからず呆然と立つ俺の前までやってきた兄貴は、冷酷な目を向けたまま口を開いた。

「レウス、昨日熟成の為に置いておいたカレー……食べただろ?」

「ひいいぃぃぃぃ――――っ!?」


「きゃあああぁぁぁ――っ!」
「どうしたんですか、リースさん!?」


 食べ物に関する恨みは深い、シリウス母ちゃんであった。




※今回のホクトは試合を眺めているだけなので、『今日のホクト』はお休みになります。



 ジキルの戦いがあっさり終わったのは申し訳ないと思いますが、やはりジキルは前座に過ぎません。
 何となく予想した人もいるでしょうが、この章はシリウスとレウスのガチバトルをやりたかっただけです。

 補足ですが、レウスがシリウスの殺気を受けて動揺していたのは……。

 レウスにとっての本気 ………… 全力で力を出し切る戦い。
 シリウスにとっての本気 ………… 殺し合い。

 ……という、本気の価値観の違いによります。


 ちょっとフィアの存在が薄れかけていますが……彼女はこれからですので、長い目で見てやってください。

 次回の更新も六日後になります。
+注意+
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