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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十二章 銀狼族

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頑固な親子の絆

「そうか。では私と勝負してもらおうか」

 姉弟のお爺さんであるガーヴさんからそう言われている間、俺は相手を観察していた。
 レウスと同じような銀色の短髪に、精悍な顔付きには無数の傷痕が付いていて、左耳の一部が抉れて無くなっていた。すでに六十過ぎのお爺さんらしいが、その覇気溢れる立ち振る舞いは、ライオルの爺さんと負けず劣らずの迫力を放っている。
 服装は動きやすい胴着に似たような服に、左手だけ手入れの行き届いた銀色に輝く手甲を装備している。
 エアリーさんの夫であるジリアさんは己の肉体を武器とする人だったし、彼の筋肉の付き方や足運びからして、この人も素手で戦う人に違いあるまい。
 まだ戦ってすらいないが、この人は間違いなく強いと判断した。

「それは……何故ですか?」
「理由が無ければ戦えないと言うのか?」

 俺と戦う気は満々のようで、鋭い視線は俺に固定したままだ。だから、どうして後ろの孫じゃなくて俺を見ているんだよ? 気に食わない。
 それを問い質そうと俺が立ち上がると、流石に不味い状況だと気付いたジリアさんがガーヴさんの前に立ち塞がっていた。

「ちょ、ちょっと待ってくれガーヴさん! いきなり戦いなんて一体どうしたんですか!」
「お前はわからんか? この男は只者ではない。間違いなく私の壁となりえる男だ」
「気持ちはわからなくもないけど、俺達の恩人だから話し合ってからでもいいでしょうが」

 ……戦う事を止めはしないんだな。
 ジリアさんの言葉に毒気を抜かれていると、今度は姉弟が俺を庇うように間に入ってきた。

「止めて下さいお爺ちゃん!」
「そうだぜ! 何で兄貴に挑むんだよ爺ちゃん!」

 たった一言しか掛けられていないのに、姉弟はガーヴさんを肉親と認めて俺達の喧嘩を止めようとしていた。
 だが……。

「私を……そう呼ぶんじゃない!」
「「えっ!?」」

 返ってきた言葉は冷たいものだった。
 姉弟はその言葉にショックを受けていたが、それでも姉弟は俺を守ろうとその場から離れようとしなかった。複雑な気持ちだろうに、お前達の想いは本当に嬉しいと思う。
 だけどな……お前達のお爺さんは、少しばかりお話が必要そうな相手のようだ。

「この人は俺と戦わなければ気が済まないようだ。エミリア、レウス……下がっていなさい」
「ですがシリウス様。このような戦いは無意味かと」
「兄貴と爺ちゃんが戦う理由なんか無いぜ!」
「なに、これは戦いだが話し合いってやつだ。命を取り合うわけじゃないんだから大丈夫さ」

 話し合いと言っても、拳を使った話し合いだけどな。なので腰の剣を外してホクトに預かってもらった。
 姉弟の頭を軽く撫でながら間を通り抜け、広場の中央へと案内された。近くに焚き火があるが、組み手をするくらいなら十分な広さで俺達は向かい合うと、周囲からガーヴさんと応援する声が聞こえてきた。いきなり喧嘩を売ってきた人だが、同族からは慕われているようだ。
 周囲の銀狼族達は宴の余興と思っていたようだが、俺達の真面目な雰囲気に皆固唾を呑んで見守り始めていた。
 次第に火の爆ぜる音だけが聞こえ始めたそんな中……。

「兄貴ーっ! 頑張れーっ!」
「頑張ってくださいシリウスさん!」
「シリウス様! ご無事で!」
「オン!」
「おにーちゃん、がんばってー」

 弟子達とクアドからの声援が聞こえ、緊張した空気が霧散した。相手が余りにもやる気だったので、会話の前に勝負が始まるところだったので助かった。
 戦うのは決定しているが、まずは色々と理由を知っておきたい。そう思って声を掛けようとしたら、意外にも向こうから話し掛けてきたのである。

「……慕われているな」
「それは貴方も同じでは? それより、どうしても俺と戦うのですか?」
「強くなるためだ」
「他に理由がー……いえ、それについては後でお聞きするとして、戦う前に聞きたい事があります。何故……孫であるエミリアとレウスにあのような言葉を?」

 あれは姉弟を拒絶していた。それはつまり家族ではないという言い方でもあり、家族を大切にする銀狼族らしくない言動だ。本当の家族じゃないという考えも浮かんだが、最初に無事で良かったと掛けた言葉は、他人へ向けるような感じではなかった。
 俺の質問にガーヴさんの無表情だった顔が少し崩れ、口元を引きつらせて苦笑していた。

「二人が悪いわけではない。これは……私の問題なのだよ」
「では賭けをしませんか? 俺が勝ったら、ガーヴさんは孫にお爺さんと呼ばれる事を許可してください。そして、理由を全部話してもらいます」
「……良いだろう。だが、私が勝った時にも条件がある。お前達の事はある程度だがジリアとエアリーから聞いた。私の息子がいた集落へと行くそうだな?」
「そうです。二人の両親と、仲間達を弔いに」
「殊勝な心がけだな。では私が勝ったら……私もその旅に連れて行ってほしい。そしてエミリアだが……」

 ガーヴさんが向けた視線の先に三人の若者が立っていた。全員屈強な肉体を持ち、顔付きも悪くない爽やかそうな好青年達である。もしかして……。

「エミリアはこの集落へ置いていくがいい。そして、あそこにいる者達の誰かと契りを交わすように言ってやってほしい」
「「「えっ!?」」」

 俺は何となく予想はしていたから声は出なかったが、弟子達の驚きの声が響き渡った。当然ながら姉弟から反対の声が挙がる。

「私はシリウス様のお傍を離れません!」
「そうだ、姉ちゃんは兄貴のものだ! 手を出すなら爺ちゃんだろうが仲間だろうが許せねえぞ!」
「お座り!」
「ワン!」
「オン!」

 エミリアは捨てられた子犬の様な目になり、レウスは姉の前に立って青年達に殺気を放ち始めているので無理矢理座らせた。
 ちなみにホクトも反射的にお座りしたり、振られた青年達は顔をガックリと落としていた。エミリアは俺から見ても美人だし、青年達は結構本気だったらしい。

「シリウスさん、エミリアの気持ちは……」
「わかっているさリース。ガーヴさん、貴方のお孫さんはああ言っていますので……」
「ガーヴでよい。君はあの子に危険な目に遭わせたくないのだろう? だったらここで同族の男と結ばれ、平和に暮らすのが一番と思わんか?」
「彼女の幸せを考えるならそれも一つの道ですね。ですが、俺は本人の自主性に任せていますので、主人だろうとそういう命令はしたくありません」

 弟子達は自ら望んで付いて来てくれているので、俺自身の意思も含めてそれに応えているのだ。そしてエミリアが俺を好いて離れないと言うならば、その意思を尊重して応えるのが俺だ。

「二人はすでに大きくなり、自分の生き方は自分で決められます。なのでその条件は呑めません」
「ならばお前がこの集落に住むがいい。人族だが、お前のような者なら歓迎されるだろうし、エミリアも望むであろう」

 ふむ、そう来たか。確かにそれなら弟子達も不満が無さそうな気がするが、それは俺に夢を諦めろって事だ。弟子達は俺の隣で良いと言うし、悪いが俺は自分の夢を追わせてもらおうと思う。

「…………子供は二人欲しいです」

 そしてエミリアがニヤニヤしているのは、おそらく俺との将来をイメージしているに違いあるまい。子供を産み、俺の隣で笑っているとかそんなところだろうか。

「申し訳ないが、俺には俺の道があります。それに、こんな条件を付けられては負けるつもりはありませんので」
「仕方あるまい。だがこちらも負けるつもりはない。私は強くならなければならないのだ!」

 その強くなろうとする理由も勝ってからじっくりと聞いてやろうじゃないか。俺とガーヴは互いに構えを取って戦闘態勢になった。

「あの手甲、反対だけど父ちゃんが持っていた物と同じだ」

 レウスの呟きが耳に届いたが、ふとレウスに関しては何も言っていない事に気付いた。忘れている……なんて事はないと思うが、一応聞いてみるか。

「最後に一つ。レウスには何も言わないのですか?」
「あの子はすでに一人前の戦士だ。そしてお前に忠誠を誓っているなら、私が止める必要は無い」

 男だからって事じゃないよな? 息子はどうでも良くて娘にはどこまでも甘い王様を知っているから、それと同じ空気を感じた。とにかく、ちゃんと気にはかけているようだ。
 それ以上の会話は不要とばかりに集中し始めたので、俺もスイッチを切り替えた。



 基本的に銀狼族はあまり武器を使おうとしない。
 武器に頼らなくとも己の強靭な肉体があるので、速度を殺す武器を好んで使おうとしないのだ。
 レウスの場合は俺の素振りを見たのが切っ掛けだが、剛剣も見込みがあると呟いていた点から、素手より剣の方が性に合っていたのだろう。銀狼族から見て変わり者の部類に入るだろうが、忌避されているわけでもないので良しとする。

 さて、余計な考えをしている間にガーヴは地を蹴って右拳を振るってきたので、『ブースト』を発動させて身構える。
 ジリアとは比べ物にならない速度だが、ライオルの剣速ほどでは無いので何とか見切れる。その迫力と拳に込められた一撃から、俺が人族だとか、子供だからという油断は一切無いのがわかる。
 振られた右拳を受け流そうとした瞬間、ガーヴは大きく足を踏み込んで右拳を止め、手甲を装備した左拳を放ってきた。防御用の手甲かと思えば武器用の手甲であり、更に初っ端からフェイントとは戦い慣れしている証拠だろうが、こっちは剣の変態と散々戦い続けてきた身だ。
 相手の力を強引に流そうとせず、自分の脇腹を通り抜けるように誘導させて回避する。すかさずその腕を抱くように掴み、顔面を狙って体ごと持ち上げる蹴りを放ったが、体と首を反らして回避された。
 空中に飛び上がった隙だらけの俺に、打ち上げるような鋭い右アッパーを放ってくるが、その拳の側面を掴んで、腕を抱きしめるように体を動かして避ける。遅れて足の爪先を相手の脳天に目掛け振り下ろしたが、相手は大きく飛びのいて避け、俺の爪先は地面を砕くだけだった。
 お互いに距離が取られて俺達は再び睨み合うが、爺さんは楽しそうに笑って拳を打ち鳴らしてきた。

「予想通りの強さだ! 今の一撃を避けたどころか反撃までしてくるとは……実に良い。私はまた上へと登れそうだ」
「俺は踏み台じゃない。それに強さ云々より、まずエミリアとレウスへの態度に謝れってんだ!」

 何か理由があるのだろうが、孫が平和に暮らすだとか口にした時点で、姉弟が気になってるのはばれているんだよ。言葉が苦手って言うなら、抱きしめるなりして態度で表せってんだ。
 そして拒絶するなら、後腐れが無いくらいに非情になれと言いたい。どっちつかずで一番困っているのはエミリアとレウスなんだからな。

「武器を使わぬのか? その胸にあるナイフや、魔法があるなら使ってもかまわないぞ」
「必要ありません。今のを見てわかったでしょうが、体術には自信がありますので」
「ならば使わせてくれよう!」

 師匠が言っていた流儀の一つにこういうのがある。
 相手の得意分野で戦って勝てば、反論なんざ黙殺できる……という力技以外に何でもない流儀だが、俺はそれに賛同して引き継いでいる。
 なので俺は体術を使う相手に体術で制し、問答無用でお爺ちゃんと呼ばせてやろうとしているのだ。

 再び迫ってくる相手の攻撃を避け、カウンターを繰り出す。言葉にすればそれだけなのだが、ライオルの剣と違って今回は拳だ。
 遅いと言ってもそれは僅かな差であり、攻撃の軌道が変幻自在に動き、鞭の様にしなり、両腕と両足を余す事無く使うので手数も多い。
 ライオルは相性が良かったゆえに勝ち越せていたが、ガーヴは俺と似たような戦闘スタイルなので拮抗している。銀狼族ゆえの強靭な身体能力を生かし、人では難しい動きを簡単にやってくるので若干不利か。

「……シリウスさんが苦戦している姿を初めて見たわ」
「私達のお爺ちゃん、こんなにも凄い人なんですね」
「……兄貴!」

 お互いに一発も攻撃が当たっていないが、その間はほぼ無呼吸で応酬を続けていた。
 まだ大丈夫だが、種族的に体力が優れる銀狼族と違って俺は人族なので、いずれ差が出てくるだろう。
 大振りの一撃を屈んで避けると同時に足払いを放つが、あっさり回避される。だが俺の狙いは、乱れた呼吸を整える為に距離を離したかっただけだ。

「どうした! いくら自信があろうがこれはお前本来のスタイルでは無い筈だ。遠慮せず武器を使うがいい!」
「ふぅ……お断りだ」
「あくまで本気を出さないか。なら……決めてやろう」

 ガーヴが力を込めると、体全体から濃密な魔力を放ち始めた。それは徐々に左腕へ集まり始め、あまりの濃密さに大気が歪んで見える程だ。
 本来無色透明である魔力が視認出来る程という事は、それだけ魔力が込められている証でもある。食らったら……洒落にならないだろうな。

「何をやっているんだガーヴさん! それをやったら死んじまうぜ!」
「な、なあジリアさん。爺ちゃんのあれは一体何だ?」
「あれはガーヴさんの『ウルフファング』だ。岩を砕き、鉄すらもぶち抜く必殺技だよ」

 己の魔力を限界まで高め、それを利き腕に集めて殴りつけるという……単純かつ一撃必殺の技らしい。膨大な魔力が注ぎ込まれ、拳が大きく見えるような錯覚を起こしている。
 剛破一刀流の剛天に似た技っぽいが、こんなのをまともに受けたら骨が折れるどころじゃない気がするな。
 弟子達に説明してくれるジリアさんの声を聞きながらどう対処するか悩んでいると、ガーヴは周囲に注意を呼びかけるために叫んでいた。

「皆の者! 危険だから下がっておれ!」

 その声に俺達を囲んでいた輪が、弟子達を除いてかなり大きく広がったので、予想以上の一撃だと理解させられた。
 避けてしまえばいいんだろうが、当てられる自信があるのだろう。じゃなきゃこうも堂々と見せる筈があるまい。

「避けられるものなら避けてみせろ。だが……回避できると思うなよ?」
「そうか。ならば正面から受けるとしよう」
「何だと?」

 この一撃を耐えれば、ガーヴは確実に負けを認める筈だ。俺の言葉に驚いているガーヴを他所に受け止める構えを取っていると、弟子達が声を荒らげていた。

「シリウス様! 無茶は止めてください!」
「そうだぜ兄貴! いくら『ブースト』があっても体格の差を埋めるのは難しいぜ!」
「わ、私の魔法で治せるのかな!?」

 心配させて申し訳ないが、今は返事をする余裕がないので無視させてもらう。下手をすれば本気で死ぬかもしれないので、半身に構えてからいつも以上に深く……深く集中する。

「来ないのですか? その一撃……受けると言っている」
「自信があるようだな。ならば受けてみろ!」

 腰を深く落とし、地を砕きながら飛び出したガーヴの速度は今までの数倍だった。なるほど、この急激に跳ね上がる加速の一撃を初見で避けろってのも難しいものだ。だが……こっちは前世を含め弾丸や剣の暴風の中を駆け抜けてきたんだ。この程度の速度に対応できなくてどうする?
 余計な力を限界まで削ぎ、刀のように鋭く全神経を集中させ……。

「はああぁぁぁっ!」

 技名を叫ばず、ただ己の力を叩きつける左正拳突きを俺は右の掌で受け止めると同時に、指向性を持たせるように『ブースト』を全力で発動させた。
 その瞬間……足元の地面が砕け、俺の後方を巨大な衝撃が駆け抜けて地を抉った。
 結果、背後に大きな穴が開いたが、俺は直立のままガーヴの拳を受け止めたままだった。

「な……に?」

 ガーヴだけでなく周囲が驚愕する中、俺は一瞬で懐へ潜り込んで左の掌でガーヴの顎を打ち上げた。その一撃はガーヴの体を浮かせる程で、意識を失った老体は仰向けで地面に倒れた。

「痛っ……まだまだ甘いか」

 痺れている右腕を振りながら周囲を確認するが、弟子達や他の銀狼族を巻き込んでなくて本当に良かった。後方に爆弾が破裂したような穴が開いているのを確認して、改めてガーヴが放った必殺技の威力を思い知った。
 そして倒れたガーヴの状態を確認していると、ようやく動き出した弟子達が俺の名前を叫びながら駆け寄ってきた。他にも数人の銀狼族も近づいてきたので、ガーヴの処置を任せて俺は弟子達を迎えた。

「シリウス様、ご無事で何よりです。それで……お爺ちゃんは?」
「脳を揺らされて気絶しているだけだ。少し経てば問題なく起きれるから、魔法を使うまでもないさ」
「良かった。あ、でもシリウスさんは腕を見せてください。怪我が無いか確認しますから」

 ガーヴは問題ないと伝えれば、姉弟は安堵の息を吐いて運ばれていく家族を見送った。彼は他の仲間から慕われているので、倒したら険悪な状況になるかもしれないと思ったが……他の銀狼族は拍手をしながら俺を称えてくれた。
 後で聞いた話だと、銀狼族は人格的に問題が無ければ強い者を敬う傾向らしい。師がやられて弟子が次々挑んでくる……なんて事にならなくてなによりだ。
 拍手に手を振って応えていると、目をキラキラとさせたレウスが俺を一心に見つめていた。

「凄ぇぜ兄貴! どうやったら、兄貴は無傷で地面に穴が開くんだよ!」
「名前は特に無いが、受け流しの極みでもある技術の一つだな。つまり俺がやったのは、相手の攻撃による衝撃を足元に流したんだよ」

 前世で俺の師匠が使っていた技の一つだ。
 正面からの攻撃を受け止め、体にかかる負荷を最低限に抑えながら地面へと流す荒業だ。例えるなら、電気を地面に流すアースの衝撃版と言ったところか。俺自身には全体の二割程の負荷が襲うが、それくらいなら『ブースト』による強化で耐え切れる。
 ちなみに師匠はこの技を極めていて、走る大型バイクを正面から受け止めて欠伸をしていたくらいだ。
 師匠は簡単に説明していたが、人間の肉体には限界があるし、実際にやれと言われれば不可能だろう。事実、前世の俺は一度も出来なかったし、晩年は存在すら忘れていた技だ。

 だが、この世界に転生して魔法を知り、『ブースト』を完全にコントロール出来るようになったある日、ふとこの技を思い出したので挑戦してみたのだ。
 ライオルの爺さんを相手に何度も失敗して骨を折ったりしたが、結果は見ての通りだ。今では木剣越しで可能で、今回は素手だったのでやり易かった。しかし予想以上の一撃だったので右腕が痺れているし、逃がし損ねた衝撃が少しだけ体内を傷つけていた。これくらいならすぐに治るし、リースが治療してくれたので問題はないが。
 師匠はこの技を平然と使っていたので、やはり異世界の出身だったのではないかと思えてきた。まあ、師匠が何者だろうと俺には関係ない話か。

 それより教えて欲しいとせがんでくるレウスへの対応が困った。
 言葉にしろと言われても難しく、体全体の流れや動きを完全にコントロール出来てこそ使える技なのだから。体で覚える他にないのだ。
 とりあえず『ブースト』が俺と同レベルになるまで出来ないと言っておいた。

「そっか……わかったよ兄貴。でも、いつか絶対にやってみせるからな!」

 レウスは言葉で説明できない勘と、何度負けてもへこたれない根性がある。この子ならいつか到達できるかもしれないな。
 やる気で鼻息を荒くするレウスを宥め、俺はリースの治療を受けながら緊張を解くのだった。



 俺とガーヴの決着が決まると同時に宴も終わり、銀狼族はそれぞれの家へと戻っていった。
 妻と子と一緒に家へ帰るジリアさん一家を見送った俺達は、ガーヴの家に集まっていた。理由はガーヴが目覚めた後で、すぐに姉弟と話し合ってもらう為である。
 それから部屋で寝かされたガーヴを見守っていると、玄関から声がして一人の男が家に入ってきたのだ。その男はガーヴの後輩らしく、今はこの集落の長だと紹介してくれた。

「全く……無茶ばかりして困ったもんだ」

 ガーヴより一回り年下で、そろそろおじさんと呼ばれそうな年頃である。
 彼は所用があったので、宴には後半から参加して挨拶に行けなかったのを詫び、俺の手をとってエアリー親子と姉弟を救った事を感謝してきた。
 そして気絶しているガーヴを一瞥して溜息を吐いた後、姉弟を見て懐かしそうに目を細めていた。

「君達がエミリアとレウスだね。うーむ……本当にフェリオスとローナに似ているな」
「父と母を知っているのですか?」
「そりゃあそうさ。私とフェリオスは幼馴染でね、二人の事も手紙で知っていたんだよ」

 姉弟の父親は別の集落で長をしていたので、幼馴染かつ長同士による近況報告等で連絡を取り合っていたらしい。
 違う集落の長であるこの人でも姉弟の事を知っているのに、何故エミリアとレウスの父親はガーヴの事を話さなかったのだろうか? そしてガーヴが孫を拒絶している理由は?
 俺の疑問は姉弟も同じなので、エミリアが代表して口を開いた。

「あの……どうしてこの人は私達にお爺ちゃんと呼ぶなと言ったのでしょうか? 他にも幾つか……」
「うん、私はそれを教えるために来たんだよ。爺さんが説明しない可能性もあったし、何よりも二人は知るべきだと思うんだ」

 家族の込み入った話になりそうなので、俺はリースと目で合図して席を外そうとしたが……姉弟は俺の服を掴んでそれを止めた。
 ここに居てほしいと懇願する目に負けた俺は座りなおし、リースもまた俺と同じように服を引っ張られていたので座っていた。そんな光景を長は楽しそうに眺めていた。

「ははは、君達は二人に好かれているんだな。本当の家族みたいだよ」
「はい! 私達の大切な人ですから」
「へへ、俺の兄貴とリース姉だからな」
「なら一緒でも構わないか。まずは……君達の父親であるフェリオスが生まれた頃から話そうかな?」

 エミリアは俺の服を掴んだままだが、俺達はガーヴの過去と、姉弟の両親であるフェリオスとローナの昔話に耳を傾けた。


 仲間を先導するカリスマに、下の者への面倒見が良く、なにより集落の中で類稀なる強さを持っていたガーヴは、若くして集落の長となっていた。
 そして集落に住んでいた女性と結婚し、二人の間に産まれた息子が姉弟の父親であるフェリオスだった。
 しかしガーヴの妻はフェリオスを産むと同時に亡くなってしまった。悲しみに沈むガーヴだが、残された息子の為にと立ち直り、周囲の助けを受けながら息子を育てていた。
 そしてフェリオスを強い男へと育てる為に、同年代の子と一緒に鍛錬を始めるのだった。

「自分に厳しいけど、他人にも厳しい人でね。普段は優しくても鍛錬の時だけは怖かったな。私もフェリオスも何度泣かされた事やら……」

 ガーヴによって鍛えられたフェリオスは大きく成長し、親に引けを取らない戦士となった。周囲からは長を継ぐのは確実だろうと言われていたらしい。
 だが……ここで事件が起こる。

「私とフェリオスが狩りをしに森へ出ると、怪しげな集団を発見したんだ。それは奴隷商人でね、どうやら魔物に襲われて道に迷ったようだったんだ。だけど奴等が連れていた商品が……銀狼族だったんだよ」

 連れていたのは二人で、成人を迎えたばかりの女性だった。二人はすぐさま救出しようと奇襲したが、相手が奴隷にしていた銀狼族を盾にしてきたのだ。
 そして隷属の首輪による苦痛を発動させて脅してきたが、片方の女性はすでに限界だったらしく、その場で……。

「……悲惨だった。背後に回っていた私が奴等を全滅させた頃、フェリオスは事切れたその女性を抱いたまま泣き叫んでいた。そんなフェリオスを慰めたのが、もう一人の女性だったんだ」

 その女性が姉弟の母親であるローナだったそうだ。
 亡くなった女性は彼女の妹で、元より病気になって長くなかったらしく、最後に妹を解放してくれたフェリオスを抱きしめながらありがとうと伝え続けた。
 何とか立ち直って集落へ連れ帰ったそうだが、すぐにその女性……ローナを誰が引き取るかの話し合いになった。ある夫婦が引き取る事にしたようだが、責任を取ると言ってフェリオスが無理矢理引き取ったらしい。

「もちろん周囲は反対したけど、フェリオスは頑として譲らなかった。ガーヴさんって変な所で頑固だったけど、フェリオスもそれを引き継いでいたわけだな」

 それはお互いの傷を舐め合うようなものだったのだろう。
 だがフェリオスの心の強さとローナの優しさと前向きさに心の傷は次第に癒え、傷の舐め合いはいつしか恋心へと変わっていた。そして数年後……二人はお互いを愛し合うようになった。

「それで結婚するってガーヴさんに報告したんだけど、そこで寝てる爺さんはそれを認めようとしなかったのさ」

 早く妻を亡くしたせいか、男手一つで育てていたせいなのか、当時のガーヴは妙に凝り固まっていて、フェリオスはローナの妹を助けられなかった負い目で結婚して、責任をとろうとしていると思いこんでいたそうだ。
 本気で殴りあう親子喧嘩をしてもガーヴは認めないので、二人は無視して契りを交わし、遠くの集落へと逃げるように出て行ったわけだ。

「フェリオスが向こうの集落で長になった頃に、私もこの集落の長になったんだ。あいつから届いた手紙に親父なんか知らんと書かれていたが、まさか我が子に話さない程とは思わなかったな」
「……父はお爺ちゃんが嫌いになってしまったのでしょうか? そしてお爺ちゃんも……」
「それは無いんじゃないか?」

 あくまで俺の予想だが、嫌いになったわけじゃないと思う。俺とガーヴが戦う前にレウスは、ガーヴの手甲を父親と同じ手甲だ……と、言っていたのを思い出した。

「レウス。ガーヴが左手に装備している手甲、お前の父親も付けていたんだよな? それは右手だけじゃなかったか?」
「え? うん……そうだよ。これと同じで右だったと思う」
「私もそう記憶しています。父は夜になると大切そうに磨いてまして、手入れを怠る日はありませんでした」
「何だ、やっぱり親子だな。爺さんと一緒じゃないか」

 さっき調べたらこの手甲は希少なミスリルが使われているので、そう簡単に入手できるものではない。それを片方ずつ親子が持っている偶然があるとは思えない。元々この手甲は対であり、それを親子が分けていたわけだ。
 そしてお互い大切そうに手入れをしていたという事は……。

「つまり、喧嘩別れしたけど、お互い素直になれなかった……てなわけか?」
「鋭いなシリウス君は。そう、親子揃って頑固過ぎるのがいけないのさ」

 そう聞いて姉弟は安心するように息を吐き、リースはエミリアの肩に手を置いて笑いかけていた。

「お父さんもお爺さんも、お互いが嫌いじゃなくて良かったわね」
「うん……ちょっと人騒がせだけど安心したわ」
「そういえば父ちゃんって時折、手甲眺めながらぼんやりしていたし、あれってそういう事だったんだな」
「ははは、良かったじゃないか爺さん。フェリオスも仲良くしたがっていたようだぜ?」

 長が眠っているガーヴに話しかけると、ガーヴは鼻を鳴らしながら俺達に背を向けてしまった。途中から起きていたのは気付いていたが、口を挟む様子は無かったので放置しておいたのである。

「お爺ちゃん! 目が覚めたのですね?」
「大丈夫か爺ちゃん?」
「痛いなら、私の魔法で和らげましょうか?」
「だから私をそう呼ぶんじゃない。それとお嬢ちゃん、気持ちだけ貰っておく」

 それ以上は知らんと、拒絶するように背中を向けたままだった。長は溜息を吐きながらガーヴの体を揺すりながら声をかけていた。

「なあ爺さん、孫が困っているぞ? 説明してやれよ」
「…………」
「はぁ、じゃあ俺が説明するぞ。見ていて可哀想だからな」
「…………勝手にしろ」

 ガーヴの許可も得たので、長は姉弟の両親が出て行ったその後を語り始めた
 息子が出ていってしまったガーヴは前と変わらぬ生活をしていたが、どこか抜け殻のようにぼんやりとしている時間が増えたそうだ。
 目の前の彼に長を引き継いだ頃に、フェリオスが離れた集落の長をやっていると知り、手紙が届く度に息子の近況を面倒な振りをしながらしつこく聞いてくるので、若干鬱陶しかったらしい。

「それから数年経ち、エミリアとレウスが産まれて幸せだって手紙に書いてあったよ。そして、そろそろ父親を許そうかと書かれた手紙が届いたのを最後に……」

 それは姉弟にとって忘れられない運命の日。長は悲しげに目を伏せながら、ゆっくりと口を開いた。

「お前達の集落が……魔物の群れに襲われた。俺達がそれを知ったのは、襲われてから数日後だった。なにせお前達以外は全滅していて、その集落へ偶然向かった仲間が命からがら帰ってきて判明したのだから……な。本当に、すまない」
「いえ……仕方が無いと思います」

 気付けばエミリアは俺の服ではなく腕を握り締めていたので、俺は頭を撫でて落ち着かせた。長はそんな様子を苦笑しながら眺めた後、ガーヴへと視線を向けた。

「フェリオスのいた集落が襲われた報告を聞いた瞬間、そこの爺さんは脇目も振らず飛び出そうとしたよ。だけど準備も無く向かうのは危険だから、爺さんを仲間総出で止めたのは大変だった」

 姉弟が住んでいた集落へは、ここから全力で森を突っ切っても数日はかかるそうだ。とにかく長はガーヴを宥めながら戦士を選抜して準備を整え、すぐにエミリア達の集落へと送り込んだそうだが……。

「お前達の集落は魔物だらけだったんだ。しかも強い種が多くてな、倒しても倒しても出て来るから撤退せざるを得なかった」

 生き残りはいないだろうが、同族の墓を作るために何度も戦士を派遣したが……魔物の群れに押し負けて撤退を繰り返すだけだった。
 ガーヴが俺と勝負して強くなりたいと言っていた理由はこれか。
 彼は強くなって魔物を全滅させ、集落を取り戻して息子を弔いたいのだろう。

「息子の敵どころか、墓すら建てられぬ自分が孫に爺さんと呼ばれる資格はないってわけさ。全く……あれだけ孫に会いたがってたくせに」
「お爺ちゃん……」
「爺ちゃん……」
「……だから私をそう呼ぶな」

 ガーヴは集落を襲った魔物が憎いだろうが、それ以上に自分が許せないのだ。
 結婚に反対せずこの集落で一緒に過ごしていれば、息子は無事でエミリア達も魔物に襲われなかったかもしれない。そして何より、永遠に息子と仲直りできなくなってしまったのが悔しいのだろう。
 会いたがっていた孫に家族として接さない点から、それだけ彼は自分を戒めているわけだが……俺にそんなのは関係ないな。

「いや、爺さんと呼ばれてもらうぞガーヴ。俺が勝った場合の約束、覚えているよな?」
「ふん、仕方あるまい。約束……だったな」
「そういうわけだ。二人共、爺さんと遠慮なく呼んでやりなさい」

 依然と背中を向けたままだが、ガーヴは約束通り拒絶しなかったので、俺は腰が引けている姉弟の背中を押してガーヴの前へと押し出した。

「あの……お爺ちゃん」
「……何だ?」
「お父さんの話……聞かせてほしいな」
「……気が向いたらな」
「じゃあ爺ちゃん、俺にあの技教えてくれよ。うるふなんちゃらってやつをさ」
「……考えておこう。あと、ウルフファングだ」

 ほんの少しだが会話が出来るようになった家族を背にし、俺とリースは静かに外へと抜け出した。後は孫の二人がガーヴの心を解してくれるだろう。今はただ、家族との会話を楽しんでほしい。
 外に出た俺達はすぐに寄ってきたホクトを連れ、月の光が照らす集落を散歩していた。すでに他の住民は家に戻って休んでいるのか、集落内は僅かな生活音と風や虫が奏でる音しか聞こえない穏やかな世界であった。
 目的もなく歩き回る俺達は途中で見つけた岩に並んで座り、月を見上げながらのんびりと会話を楽しんでいた。

「気持ちはわからなくもないが、中々頑固な爺さんだったな。でもまあ、これからはしばらく一緒なんだ。可愛い孫と触れ合っていれば、あの頑固さも解れるだろう」
「しばらく一緒とは……やはりガーヴさんを連れて行くんですか?」
「そのつもりだ。二人が喜ぶだろうし、ガーヴの目的も果たせて、戦力の増強で問題が見当たらないしな。自分が勝てたら連れて行けと言っていたし、誘えば間違いなく付いてくるさ」
「誰も損はしませんし、なにより家族は一緒が一番ですしね」
「そうだな。ホクトもそう思うだろう?」
「オン!」

 擦り寄ってきたホクトを二人で撫で、俺達は穏やかな空気を楽しみながら時間を潰したのだった。



 それから数日間、俺達は集落に滞在してのんびりと過ごしていた。
 農耕や狩りを手伝ったり、ホクトは拝まれたり、レウスが受け流しの極みを失敗して悶えたり、ホクトが拝まれたりと、中々充実した日々を過ごしていたと思う。
 銀狼族の暮らしを堪能し、そろそろ出発しようかと思った頃にガーヴを俺達の旅に誘ってみた。

「俺達に付いてくるんだな?」
「……若い者に頼る恥知らずと言われようが、私はお前達に付いて行きたい。どうか……私を連れて行ってほしい」

 年齢の差はかなりあるが、ガーヴの家に厄介となって話す内に、俺とガーヴは同年代の仲間のようになっていた。
 孫と爺さんにしか見えない俺達だが、今ではほとんどタメ口で、集落の住民にはガーヴに勝る実力を見せているので反論する者はいなかった。

 そしてガーヴが俺達と一緒に行く話が集落全体へと伝わり、他にも俺達に付いてこようとした者もいたが、先日に仲間が人族に攫われたので、しばらくは警戒するべきだと長とガーヴに言われて諦めていた。

 準備を整え、特に疲れたわけじゃないが英気をしっかりと養った俺達は、背後で手を振る銀狼族達に見守られながら集落を発った。
 案内役であるガーヴを先頭に俺達は森を進むが、姉弟はそんなガーヴの横に引っ付いて笑みを浮かべていた。

「ふふ……道案内、お願いしますねお爺ちゃん」
「頼んだぜ、爺ちゃん!」
「……うむ」

 爺ちゃんと呼ぶのは許可したが、孫に対する態度はまだ固いように見える。が……それはあくまで表面上だけである。
 息子を弔う為に集落を解放できるまでは二人を孫と見ない……と、酒の席で決意していたのだが、姉弟が甘えるように頼ってくるのが嬉しいらしく、早くもその決意が砕けそうになっていたりする。口元緩んでいるぞ爺さん、早く隠せ。

「お爺ちゃん、あの植物って何ですか?」
「爺ちゃん、早くウルフファングを教えてくれよ」
「……ええい、教えてやるから一人ずつ喋らんか!」

 集落を解放するのが先か、ガーヴが姉弟に落ちるのが先か……どちらにしろ見物である。
 そんな微笑ましい光景を眺めながら、俺達はエミリアとレウスの故郷を目指すのだった。

 おまけ


 各お父さん(お爺さん)が自分の子供(孫)に対するツンデレ度。


 ガーヴ → エミリアとレウス……ツンデレ度・レベルC(現在成長中)

 カーディアス → リース……ツンデレ度・レベルA(初期レベルD)

 ライオル → エミリア……ツンデレ度・レベルEX




 レベルE……「誰だ貴様?」

 レベルD……「べ、別に気にしていないんだからね!」

 レベルC……「お、お爺ちゃん(お父さん)って呼んだっていいんだからね!」

 レベルB……「べ、別に子供(孫)の事が好きじゃないんだからね!」

 レベルA……「何だって買ってあげるし、目に入れても痛くないんだからね!」

 レベルEX……「本物でなくても、わしの孫じゃ!」






 今日のホクト


 今日も元気よくご主人様の後ろを付いていくホクト君。
 色々とありまして、本日は銀狼族の集落へとやってきました。
 後輩の仲間達が沢山いる中、ホクト君は沢山の人に崇められながら宴に参加していました。
 ホクト君は食べなくても平気なのですが、銀狼族の人達は沢山の食料をお供えしてきます。必要ないと言っているのですが、それでもお供えしてくるので困り果ててしまいます。
 勿体ないのでご主人様に献上しました。後輩であるレウス君と、ご主人様の仲間で自分を可愛がってくれるリースちゃんが綺麗に食べてくれたので一安心です。

 それから数日ほど集落へ滞在しましたが、ホクト君を崇める人は後を絶ちませんでした。

 そんなある日、ご主人様にブラッシングをしてもらい、ご機嫌で集落を歩いていると、赤ちゃんを抱えた母親の銀狼族がホクト君の前にやってきました。
 どうやら少し前に生まれた赤ちゃんらしく、ホクト君に報告したかったそうです。百狼様に報告する事によって、強い子に育つと言われているとか。
 その時はよくわからず、ホクト君は首を傾げて可愛らしい赤ちゃんを見ていましたが、ふと前世で似たような事があったのを思い出しました。

 ご主人様と一緒にとある国を訪れた時、祝福を授けると言って、人や家畜に十字を切っているとっても偉ーい人を思い出したのです。

 でもホクト君は狼なので十字を切るのは違うと思い、自分の手を赤ちゃんのお腹に乗せる事にしました。もちろん、体重を乗せるなんてもっての他。絶妙な力加減なんか朝飯前のホクト君は、触れるか触れないかのソフトタッチで肉球をお腹に乗せます。
 そして、祝福を……と軽く吼えて完了です。
 何となく満足したホクト君が顔を上げると、母親は感動して咽び泣きながらホクト君に感謝していました。ちょっと引いちゃったのは内緒です。

 次の日、自分の子供や赤ちゃんを連れた母親が列を成してホクト君の前にやってきました。
 どうやら昨日の件が広まったらしく、皆ホクト君の祝福を貰いにきたようです。
 思わず溜息が漏れそうになる数ですが、ご主人様の仕える狼として逃げるわけにいかず、ホクト君は全員に祝福を授けました。中途半端はいけません。オラオラです。

 精神的にとっても疲れたホクト君でしたが、ご主人様はちゃんと頑張っているのを見ていてくれたので、その日は念入りにブラッシングをしてくれました。
 とっても嬉しかったのですが、崇められるのは大変なんだなと思う、ホクト君でした。







 没というか、学校編の最後を書いていた頃に考えていた、銀狼族達の出会いはこんな感じでした。

 シリウスとリースは友好的に受け入れられず、銀狼族から滅茶苦茶睨まれる。
 神の御使いであるホクトがこき使われていると思い、解放しようと勘違いのまま襲ってくるが、全て返り討ち。
 更にエミリアに惚れた数人の男性に喧嘩を売られ、シリウスが男気を見せながら男達を叩きのめす。エミリア、目からハートマーク。
 そして元ではなく、現集落の長であるガーヴが現れて銀狼族達を宥め、エミリア達の両親や向こうの集落について説明してもらう。
 しばらく集落へ滞在し、シリウスが受け入れられたのを機に、ガーヴは仲間にならず旅立つ。

 ……という、簡単な流れを考えていました。
 しかし現時点でもかなり単純なアホっぽい銀狼族が更にアホになりますし、他にも様々な理由があって今回の流れに落ち着きました。


 銀狼族編もようやく折り返し地点。
 ここで章を一旦変えようかと思いましたが、とりあえず続けようと思っています。
 長くなったら、章を分けようかなと考えてたりと、ちょっと曖昧な部分がありますが、次もよろしくお願いします。

 次の更新は六日後です。
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