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裏社会見学に銀狼族

「兄貴、俺達はどこへ向かっているんだ?」


 何が嬉しいのか、レウスは縛って纏めた男達を軽々と背負ったまま尻尾をブンブンと振り回していた。

 俺が別行動をとる場合、いつもならエミリア達の護衛で一緒に帰れと指示しているからな。それだけに一緒に来いという指示が嬉しいのかもしれない。

 何だってするぜと言わんばかりに鼻息を荒くしているが、今回お前の出番はほとんど無いと思うぞ。


「今からその男達のアジトに向かうんだが、お前は何もせず俺の後ろに控えているんだぞ」

「別に構わないけど、兄貴一人でやるのか?」

「あー……何か勘違いしているようだが、俺はアジトを潰しに行くわけじゃないぞ。話し合いに行くんだ」

「えっ!? こんな奴等がいるアジトなのにか?」


 レウスは男達に軽蔑した視線を送っている。自分と同じ銀狼族を攫った連中だから、それだけ腹が立って仕方がないのだろう。

 しかし先程の会話で男達の所属している『ドートレス』は無関係の可能性が高く、悪いのはこの男達だけだと思う。下っ端の悪事だけを見て、組織を潰していたらキリがないだろう。

 天然で猪突猛進に見えるレウスだが、決して頭の悪い子ではない。

 なので目に付くものを、片っ端に倒していけば良いわけじゃないとわからせるには……。


「何でもかんでも力で潰していると、盗賊潰しているライオルと一緒だぞ?」

「そりゃ駄目だな! 気をつけるぜ兄貴」


 事実なので謝らないぞ、爺さん。


 レウスが理解したところで今回の意図を説明し、俺のやり取りを後ろから見学していろと伝えた。


「潰すのは簡単だが、レウスにはこういう世界があると知ってほしい。いずれ必要になるかもしれないし、経験しておいて損は無いだろう」

「見るのもまた訓練ってやつだな! わかったぜ」


 張り切るレウスを宥めつつ、俺達はスラムから少し離れた路地裏へと入る。そこには目立たないように建つ小さな酒場があった。そこがドートレスのアジトであるのは昨日の時点で調べてある。

 まだ酒場に入ってすらいないが、入口付近の椅子に座って飲んでいる男達に睨むような視線を向けられ、更に周囲の建物の陰に隠れた奴から見張られているようだ。まあ、仲間である男五人を背負っていれば当然の反応だろうけど。


「兄貴……二人だな。鼻と気配の両方で調べたから、間違いないと思う」

「正解だ」


 小声で隠れている人数を当てながら酒場へと近づくと、酒場前に座っていた男の一人が立ち上がり、酒を片手に俺達へと近づいてきた。


「おいおい、こーんな所にぃ子供が何の用だよぉ……」


 ふらふらと歩く姿は正に酔っ払いであるが……これは振りだな。酒を飲んで酔っているのは間違いないが、瞳の奥に理性らしきものがちゃんと見える。なるほど、こいつは余所者への振るい落としってわけか。


「いえいえ、中で大切な話がありまして。あ、汚れが付いていますよ」


 相手の袖を払う振りをして、手に銅貨を一枚握らせた。酔っ払いは鼻を鳴らしてから俺から離れ、再び座って飲み始めた。

 絡んできたのは、来訪者が酔っ払い程度に臆すかどうか見る為だろう。銅貨は入場料みたいなものだな。

 それ以上は絡まれる事無く酒場に入ったが、やはり昼過ぎなのか人が少なく、幾つも並ぶテーブルには数人程度しか座っていなかった。とりあえず店主に伺おうとカウンターに向かっていると、レウスが小声で俺に聞いてきた。


「兄貴、本当にこいつ等は仲間なのか? 周りの連中が襲ってこないんだけど……」

「こんな所で騒いだら、アジトはここですってばらすようなものだろ? 襲ってくるとしたら更に奥だ。気を引き締めておけ」

「わかった!」


 もしくはこの男達が組織にとって、騒ぐほど重要じゃない下っ端の可能性もある。

 酒場の雰囲気や人の気配からしてアジトなのは間違いないので、俺は銀貨を一枚カウンターに置いて注文をした。ちなみにレウスは隣で物珍しげに周囲を見回している。


「マスター、ドートリアムとレスリートを一つ」

「うちは取り扱ってないな」

「ドートリアムが八で」

「……ちょっと待ってな」


 この酒場にはこの町特有のお酒が幾つかあるが、その中でメニューに載っていないこの二つを注文するのが秘密の暗号で、組織への面会希望になる。情報屋の話では、ドートリアムの割合が面会に対する重要度という意味らしい。

 本当なら最大である十と答えてやりたいところだが、最悪は回避できたので八にしておいた。しばらくして奥に引っ込んでいた店主が戻り、俺達は従業員によって奥の扉へと案内された。


 薄暗い階段を降りると扉が複数並んでいて、その内の一つへ入った。ソファーが二つと机が一つだけの殺風景な部屋だが、暗闇や物陰に数人程潜んでいるのがわかる。子供の頃にジュエルタートルの宝石を売った組織、メリッサを思い出すな。

 すでに片方のソファーには男が座っているので、俺はその対面に座り、レウスは男達を床に放ってから背後に控えた。

 男が俺を見る目に侮蔑など一切なかった。流石に組織内部になると、見た目で侮るようなアホとは違うらしい。


「聞いてた通り若いな。俺達に何の用だ?」

「用件の前に一つ。実は私達がそちらの仲間に絡まれたので返却しに来ました」

「あん? あー……確かに仲間だな。あまり見覚えがないが、最近入った奴か?」


 ソファーに座った男が背後に控えている女性に声をかけると、女性は持っていた紙を確認して頷いていた。おそらく秘書みたいなものだろう。


「最近入った者で合ってます。ですが、入ってすぐに姿を見せなくなったので、死んだと思われてました」

「そっか。うちのが迷惑かけちまったようだが、わざわざ返却とはどういう事だ? 慰謝料でもよこせってか?」


 その瞬間、周囲に潜んでいた男達が殺気立ち、レウスが思わず剣を握っていたが、俺は視線で合図して警戒を解かせた。殺気程度で暴れてはいかんよ。


「お金については何一つ要りません。ここからが本題ですが、貴方に報告とお願いをしにきました」

「報告にお願いだぁ? 余所者に報告されるとは俺達も落ちたもんだな。んで、何を報告してくれんだよ?」

「その男達が銀狼族を攫ってきた……と言っても?」

「何だとっ!?」


 男は驚きながら立ち上がり、床に転がっている仲間を見下ろした。先程までの余裕は消え、信じられないとこちらを見るが、銀狼族であるレウスが立っているので嘘と思えないらしい。


「おい! そいつを起こせ!」


 男が指示を飛ばすと、控えていた女が水差しの水をぶっ掛け、頬を叩いて強引に起こしていた。中々に過激であるが、状況を考えればわからなくもない。


「あ……ぐ。り、リーダー?」

「てめえら……いや、そんなのはどうでもいい。おい、お前はそこの子供に何でやられた?」

「あ……ああ! そうだリーダー! その餓鬼が邪魔してきたんだよ! 大金を稼げるチャンスだったのによ!」

「どうやって稼ぐつもりだったんだ。答えろ」

「銀狼族だよ! 俺達に直接依頼してきた奴がよ、銀狼族の女性に金貨五十枚出すって言うんだ!」

「……で、もちろん攫ってきたんだろうな?」

「森を探していたら偶然見つけたんだよ。んで町に帰ってきたら逃げられて、追いかけたらそこの餓鬼がー……」

「もういい。寝てろ」


 この男がリーダーだと判明したどころか、あっさりと自供して俺の報告が真実だと判明した。呆れ果てたリーダーは男の顔を蹴飛ばして再び眠らせ、溜息を吐きながらソファーに座っていた。


「くそ、確かこの馬鹿共は余所者だったな?」

「そうです。先日他の大陸から……ですね。まさかルールを教える前に接触してしまうとは……」

「糞が! すぐに送り返さないと……」


 リーダーがこんなにも慌てる理由……それは銀狼族を無理矢理攫ってしまったからだ。

 銀狼族は同種族の絆が強く、仲間や家族を何よりも大切にする種族だ。一度結婚すれば、二度と別れないとも言われている。

 過去にとある国の王族が欲望のまま銀狼族を誘拐したそうだが、その仲間と家族を取り返そうと百にも満たない銀狼族が国を襲ったらしい。

 銀狼族は全体的に身体能力が高く、数が少なくとも多くの兵士を葬ったそうだ。数の差で何とか退けたそうだが、被害の大きさに国は弱体化し、また戦闘の引き金を引いた王族の悪事が晒され、最終的にその国は滅んだ。

 それ以来、銀狼族を無理矢理攫うのは禁忌とされており、連れ歩くなら本人と深い絆を結び、家族から認められなければならないのだ。

 町で話しかけてきた奴隷商人が、俺に『上手くやったな』と言ってきたのはそういう事である。一度絆を結んでしまえば、奴隷にしても同族に見られない限りは襲われないのだから。


 アドロード大陸では広く伝わる話だが、リーダーと女の会話を聞くに色々と失敗したようだ。

 このまま放っておいたら、数日以内に攫われた仲間を取り返そうと銀狼族が町を襲うかもしれないので、リーダーの焦りは相当であろう。

 現状が理解できたところで、俺は次の話へと移った。


「焦っているところに申し訳ありませんが、俺達はそういう理由があって貴方の仲間を倒し、銀狼族を保護しました。組織に喧嘩を売ったわけではないと、理解していただけたでしょうか?」

「ああ、わかった。寧ろ助かったぜ。放っておいたら俺達が知る前に依頼人へ銀狼族を渡してる可能性もあったからな。そうなったら、送り返すのが手遅れになったかもしれねえ」

「ですよね? それで頼みがあるのですが、攫われた銀狼族は私に送り返させてくれませんか?」

「……理由は? てめえに何の利益がある?」

「後ろに控えている彼は銀狼族です。俺はとある理由があって彼を拾い、共に成長し、今では大切な存在になりました。その彼が心配する、同族の為に動くのは理由にならないと?」


 本音は銀狼族の集落へ行きたいだけだが、俺にとって姉弟はもはや無くてはならない存在であるので、言っている事に間違いは無い。もちろんリースもホクトもそうだし、俺の大切な仲間だ。

 レウスは黙って見学しているが、俺の言葉を聞いてにやけそうになる表情を必死に堪えていた。しかし尻尾が激しく動いているので、あまり意味が無い気がする。


「明日の朝には町を出発して集落へ向かいます。攫われた銀狼族に道案内をしてもらい、他の同族に事情を説明して進攻を止めてみせましょう。どうです、お互いに悪くない話でしょう?」

「てめえがその銀狼族を連れて、どっかに逃げる可能性があるだろ? 同族がいりゃあ、仲を深めるのは難しくない筈だ」

「ならここへ来る必要はないでしょう? ここへ来たのは、貴方達への情報提供と後始末の依頼です」

「後始末は言われなくてもやるつもりだ」


 俺がここへ来たのはレウスへの経験が主だが、実は他に二つある。

 一つは先程言ったように組織への忠告。

 ドートレスは裏組織だが、ある程度のルールは守っているらしく、また余所から来る悪を蔓延させないようにして町の秩序を守っている一面もあるからだ。くだらない下のミスで、潰れるには惜しいと思った。

 もう一つは元凶の始末である。

 銀狼族を攫ってきたのはそこで寝ている男達だろうが、そもそもこのアドロードにおいて禁忌である依頼をする奴が問題なのだ。

 こいつを放っておけば同じ奴が現れる可能性があるので、確実に始末しておくべきである。俺の仲間に銀狼族がいる以上、目に付いた雑草は刈り取っておく方が良い。

 俺がやるのも構わないが、明日には町を出発するし、町を危険に晒そうとした上に組織の面子を潰したアホはその町の者達に任せておくべきだろう。


「依頼者はアドロードではない者か、銀狼族に興味がある貴族や上の存在ですね。ある程度目星が付いているのでは?」

「そうだな、馬鹿を止めた礼に教えてやろう。実はすでに接触してんだよ。数日前に、銀狼族を手に入れて欲しいって接触してきた馬鹿貴族がいたんだ。もちろん理由を説明して断ったが、馬鹿はそれを理解できなかったわけだ」


 他に説明してくれた内容によると、その貴族は別の大陸出身の貴族で、わざわざアドロード大陸までやってくる程に銀狼族が欲しかったらしい。そんな奴が駄目と言われて理解出来る筈もない。

 結局貴族は諦めず、適当な冒険者に手当たり次第に声をかけて、依頼を受けてくれる相手を探していた。この大陸で受けるような馬鹿はいないと思っていたが、ドートレスも見かねて動くつもりだったらしい。


「問題を起こしそうだから、近々襲って忠告しようと思っていたんだが、うちの何も知らん下っ端が受けてしまったどころか、ここまで早く捕獲されるとは思わなかったぜ」

「色々と運が悪かったとしか言いようがないですね。では貴族の後始末は任せるとして、攫われた銀狼族についてはどうですか?」

「……仕方ねえな。考えてみれば、攫った仲間の人間なんか見たくもないだろうし、同族を連れてるお前さんに頼むのが一番だな。確実に届けろよ?」

「任せてください。話は以上ですので失礼します」


 言質も貰ったし、後は向こうに任せておけばいいだろう。

 話し合いは終わったので帰ろうとすると、リーダーが銀貨と銅貨を一枚投げてきたので空中で掴み取った。


「俺は余所者に借りを作らない主義だ。ここまでの入場料は返すし、情報提供してくれたなら情報で返してやるよ」


 予想通り、貸し借りはきっちり清算する性格のようだな。情報を与えて忠告した甲斐がある。


「さっき話した貴族の周辺に、性質の悪い冒険者が集まっているとのことだ。そんでお前等は今日一日町中を歩き回っている。後は……わかるな?」

「予想はしていましたが、行動が早いですね」

「それだけ銀狼族を欲しているんだよ。ったく、その熱意を他に向けろってんだ。ああ、俺達の仲間は入ってねえぞ。つーか、いたとしてもそんな馬鹿はどうなろうと知らん」

「わかりました。では遠慮なく」

「好きにしろ。おい! この馬鹿達から洗いざらい吐かせるぞ。遠慮はいらねえからな」


 借りを返せば終わりらしく、リーダーはもう俺達を見ていなかった。転がっていた男達を蹴飛ばし、他の奴に指示を飛ばし始めたので、俺とレウスはドートレスのアジトを後にした。



 そしてアジトを出て、人通りが多くなったところでレウスは息を吐いて緊張を解いていた。やはり黙って見ているのは慣れないようだな。


「もう普通にして大丈夫だぞレウス。でだ、組織とのやり取りを見てどう思った?」

「大切な存在って言われて、凄い嬉しかったよ」

「いや、そうじゃなくてだな。暴れる以外にも道があるってのがわかっただろう?」

「うん。俺には難しい事ばかりだったけど、ただ潰す以外にも色々あるんだなってのがわかったよ」


 裏組織との会話は難しかったようだが、レウスなりに何かを得たらしい。歯を見せるように笑って俺の隣を歩いていた。


「悪い奴等だからって斬っちゃ駄目なんだな。明らかなアホ以外は少し考えて斬るよ」

「今回はそれがわかっただけで十分だ。いいか、お前が歩もうとしている道は様々な経験が必要になるだろう。だから俺は連れてきたわけだが、焦る事はない。一歩一歩、確実に学び成長していくんだぞ」

「ああ! 兄貴の期待に応えて見せるぜ」


 本能だけで悪を斬っていたらライオルと一緒だからな。しかしライオルと同じくレウスの勘は並ではないので、本能に任せて斬るというのも間違いとも言えない。匙加減が難しい弟子だ。


「でもさ兄貴。あいつ等がもし兄貴の提案を聞かなくて、襲ってきたらどうするつもりだったんだ?」

「その時は潰すだけさ。状況を理解できない、欲望だけの組織に遠慮なんか一切必要ない」

「それでこそ兄貴だぜ」

「俺達が悪いってなら別だが、理由も無くお前達を狙う相手に容赦はせんよ」

「何だか兄貴の方が銀狼族みたいだな」

「おいおい、俺に狼の耳は無いだろ」


 嬉しそうに尻尾を振るレウスと一緒に歩きながら、俺達は宿へと帰るのだった。


 宿では二人部屋を二つ取っていたが、エミリア達には一つを止めて四人部屋に変えるように言っておいた。ちなみにホクトは馬車の見張りも兼ねて馬小屋で待機している。さっき様子を見たが、流石は神の御使いと呼ばれる狼だな。小屋にいた数頭の馬にも崇められていた。

 宿に入り、親子を休ませている部屋の扉をノックすると、エミリアがすぐに開けて中に案内してくれた。


「おかえりなさいませシリウス様」

「ただいま。こっちは終わったが、親子の様子はどうだ?」

「私達の事を説明をしたら落ち着いてくれたので、今はリースの治療を終えて安静にしています。とにかくシリウス様にお礼が言いたいと」

「見つけたのは俺じゃなくてお前達なんだがな。とにかく話をしてみようか」


 部屋に入るとベッドで寝ていた母親が上半身を起こし、俺に向かって頭を下げてきた。その隣のベッドにはリースと子供が座っていて、屋台で買ってきたであろう串肉を子供と一緒に食べていた。楽しそうに串肉の美味しさを語り合っているので仲は良好らしい。これもリースの人徳ゆえかね。

 人族に襲われたのだから睨まれるくらいは覚悟していたが、子供と母親の表情から忌避される心配はなさそうだ。


「この度は本当にありがとうございます。皆様の御蔭で、私とこの子は助かりました」

「助けようと言い出したのはこの二人ですので、俺に感謝はいりませんよ」

「いいえ。エミリアから聞けば私達だけではなく、仲間であるこちらの二人を救ってくださったとの事。一族を代表して貴方にお礼を」


 流石は絆が強いと言われる銀狼族だな。血の繋がりはないのに、エミリアとレウスについてまで礼を述べている。


「俺は自分がやりたいからそうしたまでです。それより俺は年下ですから、敬語なんて必要ありませんよ。普通に話してください」

「そう……ね。だけど貴方もお願いできるかしら? 堅苦しいのは止めにしましょう」

「じゃあお言葉に甘えて。とにかく二人が無事で良かったよ。礼も受け取ったし、まずはお互いに自己紹介をしておこうか」

「そうね。私の名前はエアリー。こっちは私の子のクアドよ。ほら、挨拶をしなさい」

「クアドです。ありがとう兄ちゃん!」


 ノワールみたいに警戒してくるかと思いきや、笑みを浮かべて素直にお礼を言ってきた。エミリアやレウスを含め、俺が初めて会う子供って警戒されまくってきたから凄く新鮮な気持ちだ。

 と思いきや、エミリアが満足気に頷いているので何か言い聞かせたっぽい。まあ……母親が何も言わないなら別にいいか。


「散々彼女に聞かされたと思うけど、俺の名前はシリウス。全員のー……師匠ってところかな」

「俺はレウスだ。よろしくエアリーさん、クアド」


 考えてみれば、俺はこいつ等の師匠で、主人で、リーダーと色んな立場があるな。面倒だから師匠の一括りにしておこう。

 続いてレウスが紹介したが、エアリーさんはレウスの顔に視線を向けたまま、何かを思い出そうと口元に手を当てていたので、レウスが近づいて手を振っていた。


「俺の顔に何か付いているのか?」

「ああ、ごめんね。改めて見ると貴方の顔が誰かに似ている気がして。よかったら家名を教えてくれるかしら?」

「シルバリオンだな。俺の父ちゃんは集落の族長をしていたんだぜ」

「まあ!? なら貴方達はガーヴさんのお孫さんね!」


 エアリーさんはエミリアとレウスに優しい笑みを向けていたが、肝心の姉弟はガーヴという名前に心当たりがないようで首を傾げていた。


「つまり、エアリーさんの村にエミリア達の家族がいるわけですね?」

「そうよ。ガーヴさんは、私達の集落の前族長だった人なのよ。数年前に、お子さんの集落が魔物に襲われて壊滅したって聞いたけど……良かった、生きていてくれたのね」


 涙を流しながら、エアリーさんは近づいていたレウスを抱きしめていた。

 偶然とはいえ、エミリア達の繋がりが見つかったな。エアリーさんの集落へ行けば、エミリア達が住んでいた集落の位置も判明しそうである。


「良かったなお前達。にしては反応が薄いが、本当に知らないのか?」

「はい。そんな人がいると父も母も言っていませんでした」

「俺も聞いてない。エアリーさん、そのガーヴってどんな人なの?」

「かなりのお年寄りね。でも、貴方達が知らないと言っても無理はないかも。ガーヴさん凄く頑固であまり身内の事を話さないし、唯一聞いた話はお酒を飲んで酔っ払った時に、お子さんと喧嘩別れしたってくらいね」

「私達のお爺さん……ですか」

「うん……良かったな姉ちゃん! 俺達に爺ちゃんがいたんだ!」


 姉弟は家族がいたという事実を徐々に受け入れ始めたのだが、何故か俺に抱きついて喜び始めた。お前達の家族が残っているのは俺も嬉しいと思うが、姉弟の力で抱き潰されるとちょっと痛い。


「ふふ……本当に慕われているのね。シリウス君達がこの大陸へ来た理由はエミリアから聞いたわ。救ってくれた恩も含めて、私達一族は貴方に協力を惜しまないつもりよ」

「助かるよ。まずは貴方達を集落へ送り届けてからだけど」

「ええ、案内は任せて。皆には是非私達の集落へ来てほしいわ」

「頼む。けど今日はもう遅いから、ゆっくり療養していてほしい。明日の朝には出発するからさ」

「そう……ね。今の私じゃ足を引っ張るものね。大人しく寝ているわ」


 リースの魔法で怪我は治せても、体力だけは戻らないのだ。明日に備えて体力を少しでも回復させる為に、エアリーさんは素直に従ってベッドへ横になった。

 本当なら強行軍でも帰りたいところだろうが、俺達に助けられた以上は無理を言えないようだ。クアドも串肉を食べて眠くなったのか、母親の隣に潜り込んで寝息を立てていた。

 太陽の動きから見て時刻は夕方前だろう。俺達は静かに部屋を抜け出し、これからの予定を話し合った。


「今日中に必要な物を買い揃えておこう。俺とリースは買い物で、エミリアとレウスは二人の護衛を頼む」

「わかりました。私はエアリーさんの為に軽食を作っておきます。レウスはここで二人を見ていなさいね」

「わかったぜ姉ちゃん。番犬になれってことだな!」


 ドートレスの情報では、銀狼族を手に入れる為に冒険者を集めているとの話だ。なので途中で絡まれないように、俺とリースだけで買出しを済ませてしまおう。

 場所がばれるのは時間の問題だろうが、正面はエミリアとレウスに、裏はホクトに任せておけば守りに問題はあるまい。

 あとレウスよ、狼が混ざっているお前だから間違ってはいないが、あまり大声で言う台詞じゃないから止めておきなさい。


「最後に、戦闘準備をしておけ。町中だが襲撃される可能性が出てきた」

「「「はい」」」


 レウスはとにかく、エミリアとリースも何故かと聞いてこないのは成長した証かな?

 全員への指示は済んだので、早速行動へ移すとしよう。


「じゃあ行こうかリース。さっき食べていた串肉が美味そうだったから案内してくれよ」

「美味しかったですよ。もう少し食べたかったので、是非」

「行ってらっしゃいませ。リース、楽しんできてね」

「え? 楽しむってー……あっ!?」


 買出しは俺とリースだけになるとようやく気付いたらしい。頬を染めてこちらを窺ってくるので、エスコートをする為に手を差し出した。


「ほら、行くぞリース」

「は、はい! えへへ……」


 俺の手を取ったリースは恥ずかしがりながらも、輝くような笑みを向けてくれたのだった。




 深夜。

 とある宿を目指して、柄の悪そうな男達が人目を避けるように路地裏を歩いていた。

 数は十人。全員目は鋭く獲物を狙う獣のようであり、普通の冒険者とは明らかに異質であった。


「目標は銀狼族だったな。何人かいたようだが、全員か?」

「特に女は優先だそうだ。物好きな貴族様だぜ」

「他にも雄雄しくて立派な狼がいたそうだぞ。あれも連れていけば買い取ってくれるってよ」

「へっ! 本当に物好きだな」


 目的を考えると無駄口を叩かず行動すべきだろうが、男達は会話を続けながら歩く。

 他にも依頼が終わって金を貰ったら、すぐに別の大陸へ逃げる算段を立てていた。つまり銀狼族と禁忌を知っていて、依頼を受けたというわけだ。


「守っている奴がいるそうだが、相手は餓鬼だそうだ。十人で一斉に奇襲をすれば問題ないだろ」

「そうだな。ところで中には可愛い銀狼族の女の子と青髪の女の子もいたぞ。お持ち帰りとかどうだ?」

「何だぁ? 金より女ってか?」

「俺も金より女だが、餓鬼には興味ねえな」


 そして目的の宿が見えたところで、男達は段取りを確認するように顔を合わせたが、そこで異常に気付いた。


「……ちょっと待て。人数が減ってないか?」

「どこか行ったのか? さっきまでいたんだが……」

「ああ、さっき物陰に引き摺りこんだぞ。それと……後ろ」

「あん?」


 男達が振り返ると、雄雄しくて立派な狼の手が振り下ろされる瞬間であった。男は叫び声をあげる前に叩き潰され、もう一人が尻尾の薙ぎ払いによって吹っ飛ばされる。


「な、何だこいつは!?」

「距離を取れ! 何やってんだ、お前も離れろ!」

「必要ないさ。だってこいつは……俺の相棒だからな」


 ホクトは俺の傍に寄り、首を摺り寄せてくる。残りは六人……いや、俺を除けて五人か。


「てめえ、もしかして……」

「そういう事。適当な冒険者を集めていたのが仇となったな」


 あれからリースと買い物を済ませ宿に戻った後、俺達を襲おうとしている者達が、とある場所で集まっているとの情報がドートレスよりもたらされたのである。貸し借りは清算した筈なのだが、あのリーダーは銀狼族を送ろうとする俺達に何かあったら困るので、わざわざ情報をくれたってわけだ。

 おそらくさっさと出発しろって意味だったんだろうが、あいにくとエアリーさんはまだお疲れだ。弟子達の訓練にもなるし、迎え撃つ事に決めた。しかし受けに回るのもなんなので、今回はちょっと攻めてみた。逆に奇襲をしてやろうと、こっそりと紛れ込んでみたわけである。

 ちなみに一緒にいた二人はここに来るまでの間にこっそり物陰に引きずり込み、意識を奪って転がしてある。

 隣に座るホクトの頭を撫でつつ、俺は被っていたフードを取って男達に笑いかけた。


「お前達がどうしようもないアホだってのは、目の前で聞かせてもらったよ。子供だと油断して相手の戦力を知ろうともせず、ぺチャクチャ喋りながら奇襲とは……お粗末にも程がある」

「けっ! 元々俺達は奇襲だとか苦手なんだよ。正面からやりゃあ餓鬼と魔物一匹なんぞ……」

「一人ではありませんよ」


 宿の入口からエミリアとレウスが現れ、俺達は相手を挟み込んだ。しかし男達に焦りは感じられず、武器を握って冷静にこちらを観察していた。

 さっきの四人はあっさり倒せたが、この五人はパーティーを組んでいて、それなりに実力を持っている奴等だと判明している。弟子達の練習にと狙って残したのだ。


「おい、目標が出てきたぞ。こりゃあ手間が省けたってもんだ」

「お前等は後ろの狼と餓鬼を抑えろ。あの銀狼族を捕まえて目標の確保と人質にしろ」


 奇襲に関しては本当に駄目だったが、咄嗟の状況判断は悪くない。俺とホクトに二人、エミリアとレウスへ三人の男達が向かう。

 エミリアを捕まえようと二人の男がロープと網を投げるが、エミリアは風を操って高く飛んで避け、男達の頭を踏んでから背後に回りこんだ。


「この女、素早いー……なっ!?」 

「貴方達が遅いだけですよ」


 振り返ろうとした男の一人がエミリアの足によって払われ無様に倒される。その間に振り返ったもう一人の男が武器を振り下ろしてきたが、エミリアはあえて懐に飛び込んでその一撃を避けた。

 男の目前にはエミリアの流れるような銀髪と、自分の顔に向けられた掌が見えていることだろう。そこでエミリアの魔法が放たれる。


「『風衝撃エアインパクト』」


 威力を調整した風の衝撃が男の顎を打ち抜き、山なりを描いて飛んだ男は近くの植木に落下して気絶した。


「もう一つ!」


 足払いで倒された男にも『風衝撃エアインパクト』を放って完全に気絶させていた。相手は完全に無力化させるまで油断するなと言っているので、ちゃんと実践しているようでなによりである。

 一方、レウスに向かった一人の男だが……。


「立派な剣を持っているが、飾りかおい!」

「…………」


 レウスは何故か大剣を抜かず、相手の剣を回避し続けているだけだった。相手はその行動に疑問を持ちつつも武器を振るうが、レウスはやはり回避を続けるだけである。

 明らかにおかしいと男が思ったその時、レウスは独り言を呟きながら剣を握った。


「この状態で攻撃……難しいなー……っと」

「ようやくやる気を出したか! だがそんなでかい剣でー……」


 男が言い終わる前に、レウスの大剣は相手の片腕を斬り飛ばしていた。呆気にとられているその隙に脳天を剣の腹で殴り、男は呻き声をあげながら沈んだ。


「はぁ……駄目だ。やっぱり姉ちゃんしか見れねえや。せめてリース姉もいる状況で戦えないと、兄貴に近づけねぇ」

「頑張るのよレウス。さあ、縛っておきましょう」


 レウスがやっていたのは、戦いながら他の人を気遣う俺のやり方だった。確かに俺は目前の敵と戦いながら他の人を守ったり、狙われそうな相手を優先的に守っていたりしている。だがそれは俺の能力である並列思考マルチタスクがあるからこそ可能な話であり、いくら『ブースト』で身体能力を強化しようが簡単に出来るものではない。

 それでもレウスはやるつもりなのだ。俺を目指し、大切な者を守る為の努力を惜しむつもりはないらしい。

 姉弟によってあっさり無力化された三人の男達は、縛ろうとして投げたロープに、逆に縛られる結果となった。


 姉弟の戦いが終わる頃にはホクトの方も終わっていた。

 ホクトに迫ってきたのは身の丈以上はあるハルバードを持つ男だった。相当鍛えているらしく、重そうなハルバードを自在に操ってホクトへと振り下ろしたが、ホクトは避ける事なく右腕を振るった。


「あ……れ?」


 ホクトの手が振るわれた瞬間、ハルバードは柄を残して四つに分かれていた。

 普段は危険なので使わない、ホクトの爪によって切り裂かれたのである。つまり普段は指先を丸めて殴っているわけだ。

 武器を失って呆然としている男にホクトは腕を振り上げ、鉄をも引き裂く爪が振り下ろされー……る事はなく、男の鼻先で寸止めされていた。


「ガルルッ!」

「ひぃっ!?」


 目前に可愛い肉球が広がっているというのに、男はホクトの威圧によってその場に崩れ落ちるように気絶した。

 そしてホクトが小さく吼えると、すぐさまエミリアとレウスが駆け寄って男達を縛り上げていた。何ともわかりやすい上下関係が見えた。


 一方……俺であるが。


「ふむ……エミリアもレウスも頑張っているな」

「この野郎! 何を余所見していやがる!」

「え?」


 目の前の男と斬り結びながら、姉弟やホクトの戦いを眺めていた。

 余所見するなと言われても、お前の剣が単調過ぎるから横目でも捉えられるんだよ。


「何故だ!? 何故俺の剣がこんな小さな剣で受けきれる!」

「力に頼り過ぎだ。ほら、そこが甘いぞ」


 大人が両手で振り回す大剣を、俺はディーから貰ったショートソードで受けているのだ。正確に言えば受けているのではなく流していると言うが。

 コツとしては相手の力が乗り切る前にこちらの攻撃を当てて、剣の軌道を誘導する事だ。これがライオルやレウスなら勘や技術で対応するが、目の前の男は剣の重みと力のみで振るっているので流すのも容易い。更に言わせてもらうなら、小さくてもグラビライト製だからお前の剣より遥かに頑丈だよ。

 相手から見れば、振るう剣が全て俺を勝手に避けているように感じるであろう。


「もっと詳しく言おうか? その大剣をこれほどの速度で振れるのは立派だが、技術が疎かって事だ。強者と戦ってこなかった証拠だな」

「糞が! 餓鬼の癖に教育者気取りかよ!」


 俺の指摘を理解したくないのか、男は懲りずに思い切り大剣を振り上げていた。おそらく力が足りないと思い、更なる力で叩き潰すつもりなのだろう。振り上げた瞬間が隙だらけだったが、あえて攻撃を待つとする。


「こいつでお前の剣ごとー……おおっ!?」


 大剣が振り下ろされると同時に背後へ回りこみ、そして相手の重心が最も前方に乗った瞬間に足を払い、最後に浮いた足の裏に剣を差し込んで掬い上げてやった。重心も相まって男は前へ飛ぶように空中へ投げ出され、仰向けになって地面に落下していた。


「忘れ物だ」


 男が思わず手から離してしまっていた大剣を回収し、顔面のすぐ横へ突き刺した。エリュシオンの学生はこれで気絶したが、男は冒険者だけはあり一瞬だけ身を固める程度だった。

 中々の胆力だが……もう意味は無い。

 俺は男の腹に手を乗せて、別れの言葉を告げた。


「恨むなら依頼主を恨め。まあ、生きてるかどうかわからないけどな」


 銀狼族との戦争を招く奴なぞ町の害でしかない。

 おそらく依頼主は、今頃ドートレスによって始末されているだろう。

 本日の安眠を得る為に、俺は零距離の『インパクト』で男の意識を刈り取るのだった。



 おまけその一


「いいですかクアド君。シリウス様は私達を救ってくださった素晴らしい御方で、とてもお強くて、料理が上手でー……」

「おお! すげー兄ちゃんだな!」

「ああ……またエミリアの悪い癖が。ごめんなさいエアリーさん、すぐに止めさせますので」

「別に構わないわ。うちの子も楽しそうだし、エミリアが幸せそうだからいいわよ」



「――というわけで、クアド君もシリウス様に忠誠をー……」

「うん、ボクモ……シリウスサマノー……」

「あわわ!? やっぱり!」

「本当に、楽しい子達だわ」


 その後、リースが水をかけたら治ったそうです。





 おまけその二


「兄貴! あの男の剣を捌いていた技すげーな! ほとんど力入れていなかったし、どうすれば出来るんだ?」

「ライオルの爺さんの剣を受け続けていたら、自然に出来るようになるぞ」

「お……おう! よーし、今度会ったら俺も……」

「更に八つの斬撃を同時に放つ、散破を全て捌けるようになれば完璧だな。一つ外す度に、骨が確実に折れるけどな」

「…………」


 実際に何度か骨を折ったし。

 あの時は木剣で戦っていたが、お互いの力と技が高過ぎるので、死ぬ可能性は常にあった気がする。


 その時レウスが見せた、驚きと恐怖と畏敬が全て入り混じった表情は非常に印象的だった。






 申し訳ありませんが、次の更新も六日後になりそうです。

 予想はしていると思いますが、その辺を含めた活動報告を夜にでも投稿したいと思います。

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