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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十一章 居候

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閑話 『G』現る


 ――― ノエル ―――


 シリウス様が旅立たれてから三ヶ月が経ちました。
 私達一家は健康そのもので、エリナ食堂も変わらず盛況です。

 変わった事と言えば私のお腹でしょうか?
 まだお腹はあまり出ていませんが、シリウス様の言葉通りお腹には赤ちゃんが宿っていて、シリウス様が出発して数日後に赤ん坊がいるんだと改めて自覚できました。
 最近はとにかくお腹が減って仕方がありませんが、私の旦那様がしっかりと食事の用意をしてくださるので不満はありません。味に飽きないように色々と工夫してくれるので、本当に最高の旦那様です。

 ちなみに二人目の赤ちゃんにもシリウス様に名付け親になってもらおうと思ったのですが、流石に二度もその権利を取るのは……と断られてしまいました。
 考えてみれば、ノワールちゃんが産まれる前に候補としていた貰っていた名前がありますので、男の子だったらディラン、女の子だったら自分達で考えると決めました。 

 私の旦那様であるディーさんはとても大変そうです。私の食事の用意に食堂の経営、そして最近ではノワールちゃんに料理を教える多忙な毎日を送っています。
 大変そうですけど、夜に私のお腹を撫でながら赤ちゃんに声をかける姿はとても充実しているようです。ですが頑張った分だけ疲れが溜まっていると思いますので、私は頃合を見て休ませるようにしています。私もちゃーんと支えているんですよ。

 そして本日の営業が終了し、食堂を片付けて厨房の火を落とす前にノワールちゃんの特訓が始まります。

「今日は肉と野菜を切ってみよう。刃物を扱っている時は決して油断をするな」
「うん」
「教わっている時は、はいと答えなさい」
「はい!」

 レウ君の為に料理を教わっているノワールちゃんを眺めていると、過去のエミちゃんを思い出します。あの頃のー……いえ、今もですけど、エミちゃんはシリウス様に夢中で、立派な従者になろうと一生懸命教わっていました。
 シリウス様のお弟子さんみたいに実力方面には鍛えてあげられないけど、力が無くても支え続けてきたエリナさんみたいな子に育ててみたいと思っています。特にレウ君は鈍いから、押しが強い子にしてあげないと。
 ディーさんは一見すると厳しく教えているように見えますが、内心ではノワールちゃんに料理を教えるのが嬉しくて堪らないみたい。妻である私にはわかるんです。
 でも相手がレウ君とはいえ男の為なのが複雑らしくて、時折お酒を飲みながら娘をやりたくない……とか愚痴っています。気持ちはわからなくもないけど、レウ君ならノワールちゃんを幸せにしてくれると思うから我慢してね、お父さん。

 そんな幸せな日々が続いていたある日……それはやってきたのです。


 妊娠三ヶ月ですが、まだ体を動かすのは大丈夫ですので、無理のない範囲でウエイトレスをやっています。
 今日も常連さんと軽く談笑しながら料理を提供していると、来店ベルが鳴って新しいお客さんがやってきました。その時の私は厨房に入っていたので、ノキアちゃんがすぐさま向かったようですが……何か様子がおかしいようです。

「いらっしゃい……ませ……」

 何でしょう? 声だけしか聞こえませんでしたが、ノキアちゃんの様子がおかしいですね。今まで様々な冒険者と渡り合ってきたノキアちゃんですから、並大抵の相手では動揺しない筈なのですが……一体誰が来たのでしょう?
 店内に戻ると、ちょうどノキアちゃんがお客さんを席に案内し終わったところでした。
 どんな人だろうと視線を向けてみれば……とても大きなお爺さんでした。

 片目が潰れていますが、ディーさんに負けず劣らずの眼力に丸太のように太い筋肉を持つお爺さんです。見た目どころか存在自体も大きく、今まで見てきた冒険者が子供だと感じるくらいの迫力を感じます。実際、周囲に座っている他のお客さんが呆然とお爺さんに視線を向けていますし。
 更に自身の身長はある大剣を隣の椅子に立てかけてますが、鉄の塊としか思えない大剣を片手で持ち上げています。
 そんなお爺さんの迫力にノキアちゃんは負けそうになっていますが、何とか堪えて机にあるメニュー表を見せていました。

「そうじゃな……この店にある料理を全部くれ」

 ……そんな注文をする人なんて初めてです。
 その言葉にノキアちゃんが助けてとばかりに視線を向けてきたので、私はすぐさま隣へと向かいます。仕方がありませんね、お姉ちゃんに任せなさい。

「いらっしゃいませ。申し訳ありませんが、もう一度注文内容をお願いします」
「このメニューに載っている料理が全部ほしいのじゃ」
「全部……ですね」

 お爺さんの迫力にノキアちゃんは萎縮しちゃってるけど、私はシリウス様の御蔭で多少は慣れてますので、落ち着いて考える事ができました。
 全部と聞いてきましたけど、そろそろ閉店時間が近いので用意するのは厳しいかな……と考えていると、お爺さんは何かに気づいて腰にぶら下げていた袋をテーブルに置きました。

「もしかして金の心配か? 金ならほれ、これで十分足りるじゃろう?」

 そのまま袋の中身を無造作に広げますと、金貨がジャラジャラと音を立てて机に広がりました。
 どうしよう……流石に私も動揺が隠せなくなってきました。とりあえず軽く見ても金貨は数十枚はありますが、料理の値段を軽く計算してから金貨を数枚だけ手にとりました。

「えーと……家の料理はそこまで高くありませんから、これだけで十分ですよ」
「そうか? 別に全部持っていっても構わんぞ。誰が聞いても美味い美味い言う店じゃから、期待しておるのじゃよ」

 お爺さんは楽しみだと言いながら残りの金貨を仕舞い、豪快に笑っています。ディーさんの料理ですから期待には必ず応えられると思いますけど、ちょっと待ってほしいです。
 この常識が通じない感じ……初めて会う人なのに、似たような行動と格好をした子が凄く身近にいたような気がします。
 私が悩んでいると、ノキアちゃんが耳元で囁いてきました。

「なんだかこの人、レウス君に似ていない?」

 そう、レウ君だ!
 大きな体に筋肉が凄くて、自分の身長ぐらいの大剣を持っている雰囲気がレウ君にそっくりなんです。おまけに金貨を石貨のように扱うこの非常識っぷり。間違いなくシリウス様と関係ある人だと確信しました。
 思い出してみれば、過去にシリウス様は剛剣のライオル様に会ったと言っていましたし、レウ君はその剛剣に剣を教わったと聞いてます。
 つまりこの御方は……。

「あの、失礼を承知でお聞きしたいのですが、貴方はもしかして剛剣と言われたライオル様でしょうか?」
「いや よく似ていると言われるが、わしは剛剣なんぞではないわ。名前はイッキトウセンで、ただの旅人じゃよ」

 周囲は私が発した剛剣と聞いて驚いていましたが、お爺さんに違うと言われて明らかに落胆していました。剛剣と聞けば最強ですから、大抵の人は会ってみたいと思いますので当然の反応でしょうね。
 でも、間違いないと思ったんだけどなぁ。もしかして名前を隠しているのかな? だったら少し方向性を変えてみようと思い、小さな声で聞いてみました。

「ではシリウス様を知っておられますか? 黒髪で料理が上手で、凄ーく強い子供なんですけど……」
「どこでその名を聞いたのじゃ?」
「私はそのシリウス様の従者でして、レウ君ー……じゃなかった、レウス君の先輩なんです」
「ほほう! 彼奴と小僧の関係者か。こんな所で会えるとは思わなかったわい」
「という事は、貴方はやはり……」
「うむ。お前さんが思っておる通りじゃが、秘密で頼む」

 どうやらこの御方はライオル様で間違いないようです。名前を隠している理由はわかりませんが、とりあえず合わせておきましょう。
 更に会話を続けようとしたら、ノキアちゃんが肩を叩いてきました。

「ちょっとお姉ちゃん、知り合いなのはわかったから仕事しようよ」
「おっといけません。えーと、料理を全部となると時間がかかりますので、一品ずつでよろしいでしょうか?」
「それで構わん。あやつが関係しておるなら、美味いと言われるのも納得じゃな。楽しみじゃのう」

 お互いにまだまだ聞きたい事がありましたが、まだ仕事中なので一度離れて、注文内容を伝える為に厨房へ向かいました。
 全部と言われてディーさんも驚いていましたが、シリウス様の関係者だと知ると納得し、はりきって調理をしています。

 後で詳しい話を聞こうと思ったので、最初の料理であるエリナサンドを運んだ際に、閉店時間になっても残っているようにお願いしました。

「了解じゃ。わしも聞きたい事があるしのう」
「ありがとうございます。では家のメインであるエリナサンドからどうぞ」
「おお、これじゃこれじゃ! 懐かしいのう。あやつがよく持ってきおったやつじゃ」

 ライオル様は顔を綻ばせながら、一切れを一口で食べてしまいました。うーん……シリウス様が言っていた通り、本当に豪快な御方ですね。
 って、のんびり眺めている場合じゃありません。このままじゃすぐに食べ終わってしまいます。

「お姉ちゃん、カレー持ってきたよ。他のお客さんは私が対応するから、お姉ちゃんはこの人をお願い」
「流石ノキアちゃん!」
「そろそろお客さんも帰り始めているし平気よ。お姉ちゃんは無理しない程度にね」

 閉店時間が迫ってますから、後は人が減るだけですからね。なので遠慮なくノキアちゃんに任せて、私はライオル様に集中する事にしました。

「こちらはカレーになります。少々辛いですが、とても美味しいですよ」
「何じゃこれは? 緑のスープに白い粒とは変な料理じゃのう…………美味い! 次をくれ!」
「はやっ!?」

 私が次の料理を取りに行って帰ってくる間には食べ終わっていますので、予想以上に大変です。それを何度か繰り返している内に閉店時間が過ぎ、ようやく他のお客さんがいなくなりました。
 後はライオル様に専念すればいいので、ボリュームのある料理を運んでいると……テーブルでは意外な光景が広がっていました。

「それでね、レウス様が剣をぶんぶん振り回して私を助けてくれたの!」
「ほほう、小僧も中々やるようになったではないか」

 何故かノワールちゃんが、ライオル様の対面に座って話しているのです。
 人見知りとまでは言いませんが、初対面の相手にここまで接近するなんて珍しいですね。レウ君と似た空気を感じ取ったのでしょうか?
 ですがノワールちゃんはライオル様の答えに納得がいかないのか、机を何度か叩きながら怒り始めました。

「小僧じゃなくてレウス様だよ! ちゃんと名前で呼んで!」
「じゃがのう、わしは認めた相手にしか名前で呼ばんのだ。すまんが諦めてくれい」
「レウス様、レウス様、レ・ウ・ス様!」
「ぬおお……勘弁しておくれお嬢ちゃん」

 流石は私の娘です。口喧嘩ですがあの剛剣に勝ってしまいました。胸を張りたくなるのを我慢しながら、私は料理を提供するために二人の間に入りました。

「お待たせしました、次の料理になります。それと、家の子が邪魔をして申し訳ありません」
「なに、気にしとらんよ。それよりこれも美味いのう。この店の料理は最高じゃわい」
「でしょ! お父さんのご飯は最高なんだから!」
「ああ、最高の最高じゃ。はっはっは!」

 なんだか妙に相性が良い二人ですね。
 レウ君に聞いた話では、とにかく剣を振り回す危険なお爺さんと聞いていましたが、今の感じはただの孫想いなお爺ちゃんにしか見えません。
 ノキアちゃんが店内の掃除をしながら聞き耳を立てる中、ディーさんが一度厨房を抜けて私達の前へやってきました。ライオル様だけではなく、私達の分まで飲み物を用意してくるのが流石です。

「お初に目にかかります、シリウス様の従者であるディーマスと申します」
「ほう、お主がこの料理を作った者か。実に素晴らしい味じゃ」
「ありがとうございます。満足していただけたようでなによりです」
「うむ、満足しておる。それで次の料理はまだかのう?」
「ただいま煮込んでおりますので、少々お待ちください」

 すでに数十人分は食べているのですが、全く衰える気がしませんね。リースちゃんもそれくらい食べますし、シリウス様の周りに集まる人々は本当に食べる人が多いです。
 それから家族用の大きな煮込みうどんを食べて、ようやくライオル様は満足ー……。

「これ以上は迷惑じゃろうし、この辺りで止めておくかのう。明日は残りの料理を頼むぞい」

 ……されてませんでした。
 ですが美味しい料理を食べて気分が良いらしく、ディーさんが用意したワインをコップに注がずそのまま飲んで笑っています。
 私達も仕事も終わって食事も終えましたし、ようやく腰を落ち着けて会話が出来そうです。飲み物を持ってきた私達一家は、ライオル様のテーブルに椅子を持ってきて相席しました。

「では、改めて紹介したいと思います。私の名前はノエルと言いまして、こっちが娘のノワールです」
「ノワールです。よろしくお爺ちゃん」
「お爺ちゃん……ええのう。っと、いかんいかん。お主達はわかっておると思うが、わしは剛剣と呼ばれたライオルじゃ。さっきも言ったが、今はイッキトウセンと名乗っておる」
「「ええっ!?」」

 近くで聞いていたノキアちゃんとアラドが何か騒いでいます。あ、そうか。二人はシリウス様がライオル様の知り合いだって知らなかったから当然だね。
 アラドが最強が目の前に……とか呟いてますけど、ライオル様はその言葉を聞いて笑い出しました。

「はっはっは! わしはもはや最強ではないわい。今のわしは新たなる最強に挑む爺に過ぎんよ。じゃからわしの事はイッキトウセンかトウセンとでも呼んでくれい」

 なるほど、名前が違うのは負けて生まれ変わったようなものなんですね。ややこしいから考えている時はライオル様でいいとして、言葉にする時は気をつけないと。

 それからライオル様はシリウス様との出会いから敗北についてまで……は良かったのですが、何故かご自分の酷かった過去話まで上機嫌に語ってくれました。
 いくらシリウス様の関係者だからって、出会って間もない私達にここまで語ってよいものなのでしょうか? いえ、話自体は面白かったんですけど。

「えーと、ご自分の過去や敗北話をそこまで私達に語ってよろしいのでしょうか?」
「別に隠すものではないわい。まあ一言で纏めるなら、わしが弱くて彼奴が強かった……それだけの話じゃよ」
「つまりお爺ちゃんは、シリウス様に負けたから勝とうとしているんだね?」
「うむ! その通りじゃよ。お嬢ちゃんは理解が早くて助かるのう。あと、お爺ちゃんともっと呼んでおくれ」

 むふーと鼻息荒くノワールちゃんは胸を張っています。流石はノワールちゃん……と褒めてあげたいのですが、初対面の人に失礼な事は言っちゃいけませんと後で教育しておかないと。
 ライオル様は豪快な人だから良かったけど、悪い冒険者は平然と斬りかかってきますからね。

「まあわしとあやつの話はこんなところじゃ。良ければお主達の事も聞かせてくれぬか?」
「わかりました。私達とシリウス様は生まれた直後からのお付き合いでして……」

 続いて私達とシリウス様の関係を説明しました。ライオル様がそこまで語ってくださったのなら、私達も負けていられません。
 聞くも涙、語るも涙。アリア様がお産みになってからの出会いに始まり、教育するどころか教育してもらうようになり、そしてエリナさんの別れも含めて語り尽くしてやりました。

「以前ならそんな人いるわけないと思ってたけど、直接会うとそれが間違いだって気付かされる御方だったわ」
「俺はもっと色々教わりたかったなぁ……」
「すー……」

 ノキアちゃんとアラドには何度か話していますし、ノワールちゃんは時間が遅いので眠っちゃってますね。
 さて、ライオル様はどのような反応でしょうか?

「うむぅ……そのエリナという従者は素晴らしき信念を持った女性だったのだな。彼奴が何度も口にしておったが、一度会ってみたかったものよ」

 ありゃ、シリウス様よりエリナさんに反応されてますね。というか、剛剣に会ってみたいと言われるエリナさんが凄い。

「決めたわい! わしもそのエリナの墓参りに行くとしよう」
「えっ!? それは嬉しいんですけど、シリウス様を追わないのですか?」
「おお! そうじゃった、それを聞こうとしたんじゃった! 彼奴はどこへ行ったのじゃ? 学校は五年と言っておったし、彼奴と合流したくて来たのじゃが」
「残念ですが、三ヶ月前にアドロード大陸へと……」

 目的はエミちゃんとレウ君と同じ銀狼族を探しに行くと仰ってました。とりあえず知っている範囲で説明したのですが、ライオル様は明らかに肩を落として残念がっていました。

「はぁ……一足遅かったようじゃな。エミリアに会いたかったのう……」
「エミちゃん、凄く成長してましたよ。すぐに向かえば会えるのでは?」

 シリウス様って目立たないようにしてますけど、エミちゃんやレウ君が目立ちますから探しやすいと思います。ですがライオル様は首を横に振っていますね。

「そうしたいのじゃが、わしはエリュシオンへ向かわねばならん。そこに住んどるチビで偏屈な糞爺に相棒を鍛えなおしてもらわないといかんのでな」
「確かに武器は大切ですね」

 元冒険者なので、ライオル様の言葉にディーさんも頷いていました。
 そこで情報交換が終わったので、ライオル様は明日また来ると言って帰ろうとしましたが、ちょっと気になる事があったので呼び止めました。

「宿はもう決めているんですか?」
「いや、今からじゃな。駄目じゃったらそこら辺で寝るわい」
「でしたら家の部屋が一つ空いていますので、そこに泊まりませんか? ちょっと狭いですけど、シリウス様が滞在されていた間に泊まってた部屋なんです」
「ふむ……そちらが良いならお願いしようかのう」

 豪快な分、決断も早いですね。
 決まったのなら早速部屋に案内しようとしたのですが、ライオル様は一度立ち止まって私達に袋を渡してきました。

「これは宿代じゃ。遠慮なく持っていくがよい」
「重っ!?」

 よく見たらこれ、先程テーブルに広げた金貨袋じゃありませんか! 三十枚くらい余裕で入ってますよ!

「こんなにいりません! 一枚でも十分ですよ」
「明日の食事代も込めれば、これくらいあっても良かろう?」
「必要な分は明日計算して頂きますので、今は仕舞っておいてください!」
「別に全部やってもいいんじゃがなぁ……」

 何でしょう……強い筈なのに、色んな意味で心配になる御方です。



 次の日。
 今日も朝早くから仕込みをしているディーさんが、合間を縫って私達の朝食を作っています。私がその準備を手伝っていると、ノワールちゃんが私の袖を引っ張ってきました。

「お爺ちゃんって早起きさんだね。裏の広場で、レウス様みたいに剣を振っていたよ」
「あら、起こす必要は無かったようね。そろそろ朝食ができるし、呼びに行く?」
「うん」

 ノワールちゃんを連れて、エリナ食堂の裏手にある広場にやってきました。
 ここでよくシリウス様とエミちゃん達がフリスビーをしていたり、訓練をなさっていた場所ですが、今日はライオル様が黙々と素振りをしています。
 それにしても、やはり剛剣と呼ばれる御方ですね。私は剣についてよくわかりませんけど、レウ君とは明らかに違うのがわかります。
 剣を上段に構えて振り下ろしているだけのようですが、腕と剣がぶれたかと思ったら剣は元の位置に戻っているのです。足元の雑草が揺れているので、振っているのは確かなようですね。
 誰が見ても達人な御方ですが、シリウス様はどうやってこんな人に勝ったのでしょうか?

「おお、お前達か。今日は良い鍛錬日和じゃな」
「おはよう、お爺ちゃん!」
「おはようございます。そろそろ朝食が出来ますので、ライー……じゃなかった、トウセンさんもいかがですか?」
「もちろんいただこう。朝食は大切じゃからのう」

 それからライオル様は、リースちゃんに負けないくらいに朝食のパンやおかずを平らげました。

 予定を聞くと、今日中に旅立つ予定だったそうですが、ディーさんの食事をもっと食べたいそうなので出発は明日に延期にすると決めたそうです。
 ですがエリナ食堂は昼から開店なので、それまで暇だったライオル様は剣だけ背負って外出されました。

「ちょっと鍛錬と町を見てくるわい」

 そう言って町を散策しに出かけられましたが、買い食いもするそうですし、放っておいたら金貨を使い切ってしまいそうなので、金貨袋は私が一時預かって金貨を二枚だけ持たせました。
 これは本人の物なのに、私がお小遣いをあげている気分です。


 ライオル様を見送った後、私はノワールちゃんを連れて買い物に出かけました。
 ちょっと必要な物があったので、午前中に済ませようと二人で町に出たのですが……そこで事件が起こったのです。

「はい、すぐにお願いしますね」

 予想以上に食材の消耗が早かったので、私はガルガン商会に追加注文を頼んでいました。すでにお互いに慣れていますので、店先での簡単な口頭で済みます。その間、ノワールちゃんには後ろの屋台で串肉を買ってきてと頼んでいました。
 屋台はすぐ後ろなので、注文を終えて振り返った私はノワールちゃんを呼ぼうとしたのですが、その前にノワールちゃんの大きな声が響き渡りました。

「お母さ――んっ! この人怪しいー……よぉ……」

 ノワールちゃんの前に見慣れない男がいると思った時には、何か粉のような物を嗅がされて眠らされたのです。
 あの男の雰囲気……私を苦しめた奴隷狩りや奴隷商人と同じ感じがします。 
 男は眠らせたノワールちゃんを抱えて逃げ出そうとしましたので、私はすぐに魔法を使おうと集中しました。こういう時に備えてシリウス様に色々教わり、一緒に開発してきたのです。
 魔法で足止めしようとしたその時、ノワールの声で気付いた周囲の人々が怒声をあげました。

「おらぁ! ノワールちゃんを放せやコラァ!」
「何っ!? てめぇ、何やってんだ!」
「こんな白昼堂々からふざけた野郎だ!」

 その声で周囲に居た人々が更に気付き、怒鳴りながら男を追い回し始めたのです。あの人達は……私達の店に食べにきてくれる常連さん達ですね。
 ノワールちゃんを抱えた男は驚きながら逃げ出しましたが、逃げ続ける間にどんどん追う人が増えていきました。

「そっち行ったぞ! 回りこめ!」
「姉御の孫さんを傷つけたらただじゃおかねえぞ!」
「あんたのせいで、エリナサンドが食べられなくなったらどうするのよ!」
「な、何なんだよこいつ等!?」

 気付けばお母さんのお弟子さんである屈強な男性や女性も混ざっています。お腹に赤ちゃんがいる私はおもいっきり走れず絶望しそうになりましたが、皆さんが追ってくれるのでどこへ逃げたのかすぐにわかります。
 ノワールちゃんが攫われる大変な状況なのに……皆さんの暖かさに涙が零れそうです。
 でも泣くのは後。今はノワールちゃんを助けるのに全力を尽くさないと……。

 私が男に追いついた時には、集団は二十人近くに膨れ上がっていました。
 ですが男は捕まえられず、皆さんは遠巻きに様子を窺っている状況です。それもその筈、男は塀を背にしてノワールちゃんに刃物を突きつけていたからです。

「ち、近づくんじゃねえ! くそ、どうなっているんだこの町は!?」

 町の人達が助けてくださったのは嬉しいのですが、非常に不味い状況です。
 周囲の殺気に男は完全に怯えて混乱していますから、今にもノワールちゃんを傷つけてしまいそうです。まずは安全を確保しないと。

「おお、ノエルちゃん来たか。見ての通り往生際が悪いんだが、どうやってノワールちゃんを助ける?」
「私に考えがあります。ですからあの男の注意を逸らしてもらえませんか?」

 子供の頃から知っている近所のおじさんがいたので、私は気を引くように頼みました。突然の頼みにおじさんは不思議な顔をしましたが、すぐに快く引き受けてくださいました。

「おいお前! そんな子供を人質にして恥ずかしくないのか!」
「う、うるせえ! 一人でも多く連れて行かないと、リーダーに殺されるんだよ!」

 良い感じです。その間に私は魔力を集中させて魔法の準備に入りました。
 狙うのは刃物を持っている右腕。
 おそらくこの魔法を放てば男の腕は使い物にならなくなる可能性が高いでしょう。ですが我が子の為ならば、私は非道な手段だってやってみせます。
 そして魔法を発動させようとしたその時……。


「その前にわしが殺してやろうか?」


 思わず竦みあがるような声が聞こえたと思った瞬間、後ろの塀から腕が生えてきて男の右腕を掴んだのです。掴まれた腕がミシミシと音を立てると刃物は地面に落ち、更に塀からもう一本腕が生えてきて男の首を絞めていました。
 塀から生えた腕が男を拘束する奇妙な光景を、私を含め皆さんも呆然と眺めるしかできませんでした。

「どうしたのじゃ? 早くお嬢ちゃんを確保せんかい」
「あ……そうでした! ノワールちゃん!」

 塀をぶち抜いた腕の持ち主はライオル様でした。
 男を完全に抑えている間にノワールちゃんを救出しましたが、眠らされただけで傷一つありません。ああ……本当に良かった。

「ありがとうございます、皆さん、そしてトウセンさん」
「無事で良かったよ」
「そうそう、エリナ食堂の天使に何かあったら大変だ」
「こんなくだらない事で、食堂が休業になったら困るしね」
「うむ。もしお嬢ちゃんを傷つけていたら、こやつの頭を握りつぶしておったわい」

 協力してくれた皆さんは笑みを浮かべて無事を喜んでくれました。町の人達からこんなにも愛されて……私達は幸せ者ですね。

 しばらくして町の自警団が駆けつけ、ライオル様が抑えていた男が引き渡されました。
 その前にライオル様が男を拷問して幾つか情報を得ていたのですが、どうやら男は最近この町へ来た奴隷商人の下っ端らしいです。
 見慣れないと思ったら、そういうわけですね。しかも攫ってまで奴隷を補充しようとしているので、相当な悪徳商人です。
 下っ端にはノルマがあるらしく、少し目を離していたノワールちゃんが目に入り、路地裏に連れ込んでこっそり攫おうとしたそうですが、ノワールちゃんが怪しいと思って大きな声を出したところで焦り、思わず眠り粉を撒いてしまったようです。
 すぐそことはいえ、娘から目を離した私の不注意です。反省しないと。
 でも、怪しい男がいたら叫んでくれたように、色々と教育しておいて良かった。ですが今度は自分の身を守るために、魔法を教えておくべきですね。

 それからライオル様と家に帰り、真相を知ったディーさんがノワールちゃんを痛いほど抱きしめ、ライオル様に何度も礼を述べていました。

「はっはっは! 礼なら今日の食事で頼むわい。そうじゃ、一緒にお嬢ちゃんを助けようとした奴等に飯を奢ってやるがいい。金ならわしの金貨から持っていけい」

 その言葉に、心配して付いてきてくれた皆さんが歓声を上げました。
 ちょっと早いですがエリナ食堂を開店させて皆さんに食事を振舞い、仕事がある人にはエリナサンドや持ち運びできる物を持たせました。
 皆さんは口を揃えて良かったと言い、笑みを浮かべて帰られました。
 こんなにも皆さんから好かれるなんて、頑張ってきて本当に良かったなぁ……。
 その後、目を覚ましたノワールちゃんは眠らされたせいか何が起こったのかよくわかっておらず、いつもと変わらない笑みを浮かべて皆を安心させました。

 かくして誘拐騒ぎは無事に解決しました。



 ですが……事件は終わっていませんでした。

 その日の夜、ノワールちゃんを寝かしつけてからノキアちゃんとアラドに食堂の留守番を任せた私達は、食堂から少し離れた物陰に隠れていました。
 服装は動きやすい格好で、誰だかわからないように顔と髪を布で隠している怪しい格好の私達ですが、食堂から出てきたライオル様を確認するとゆっくりと表に出ました。

「何じゃ、お主等? そんな怪しい格好をしおって、一体何の用じゃ?」
「行かれるのですね?」

 ライオル様が向かうのは、おそらく奴隷商人のアジトです。
 午前中に男を尋問していましたが、その奴隷商人が根城にしている空き家の位置も吐かせていたのです。ですがそれを自警団に報告していなかったので、この人はおそらく……と思ったのです。

「ふむ……気付いておったか。じゃがお主等のお嬢ちゃんは無事なんじゃから、余計な事に首を突っ込む必要はなかろう」
「いえ、あのような輩は許せませんので、何か手伝える事があるならば……と」
「私達はこの町に詳しいですし、少しなら戦えます。それに、シリウス様が仰っていた言葉にこうあります。身内が傷つけられ、明確な敵になれば容赦はするな……と」

 夕方……店にやってきた自警団に勤めている弟は、まだアジトが特定できてないと言っていました。それもその筈、ライオル様が漏らすなと脅していましたからね。
 それは悪い事ですが、奴等は私達の可愛いノワールちゃんを攫おうとした愚かな連中です。自警団の人達に対処してもらうより、圧倒的な人に制圧してもらう方が後悔させられそうなので私も黙っていました。つまり私達も共犯ですね。

「はっはっは、真に彼奴の従者よのう。しかし、お主等はこのような事を毎度やるつもりか?」
「いいえ、今回はライオル様がいらっしゃるからです。普段は絶対やらないです」

 それ以前にディーさんが全力で止めますからね。今回だって自分だけが行くと言って私を止めようとしましたが、ライオル様が許可すればという条件でここにいますし。
 私の素直な言葉に、ライオル様は獰猛な笑みを浮かべて歩き出しました。

「よかろう、付いてくるがよい。わしは前へ出て剣を振るしか出来ぬから、討ち漏らしや逃げ出す奴がおったら頼むわい」
「ありがとうございます。さあ、行きましょうあなた」
「ああ。ノエルは俺の前に出るんじゃないぞ」

 シリウス様とは違う頼り甲斐のある背中を追いかけ、私達は奴隷商人が潜むアジトへと向かいました。


 奴隷商人達がアジトにしている場所は、ちょっと町外れにある没落した貴族の屋敷です。人が出て行っただけなので屋敷の門も健在ですが、私にはちゃんと秘策があります。

「私の出番ですね。シリウス様直伝、『バーナー』で焼き切ってあげます」

 消耗が激しいですが、短い炎のナイフを生み出して鉄ですら焼き切る魔法です。戦闘に関してはディーさんとライオル様がいるので、私はこういう場面でこそ活躍しなければと思っていたのですが……。

「必要ないわい」

 ライオル様が剣を振ると門が真っ二つです。
 あれ……鉄製だよね? でもレウ君もこれくらい出来たし、珍しい事じゃないかも。

「何だ何だ!? 何事だよ!」

 門が倒れた物音で屋敷から一人の男が出てきたのですが、空き家の筈なのに人がいる時点で怪し過ぎですね。ですが万が一に備え確認は取ろうと声をかけようとしたら、ライオル様が前に出て男の頭を鷲掴みにしました。

「質問じゃが、お主等は奴隷商人の仲間で合っておるかのう?」
「ぐっ!? な、何を……言って……ぐああぁぁっ!」
「答えはすぐにじゃ。さーん……にーい……」
「あ、ああぁ!? そ、そうですぅ! 俺は仲間です!」

 うーん……シリウス様のアイアンクローが可愛く見えてきますね。ミシミシと音を立てて、男の頭が今にも握り潰されそうです。

「で、お主は今まで子供を攫った事があるかのう?」
「それは……ぎゃああぁぁっ! ありますぅ! 今まで三人程攫ってきましたぁ!」
「そうか、ご苦労」

 その言葉と共に、ライオル様は男を屋敷の扉に向かって投げました。投げられた男は屋敷の扉をぶち抜き、その騒ぎで屋敷から何人かの男達が飛び出てきます。
 この町に狼藉者がこんなにも集まっているなんて。これは後で上の人に報告しないといけませんね。

 そして護衛と思われる者達と戦いになりましたが……圧倒的としか言い様がありませんでした。

「この爺! 一体何の用ー……」
「痛い目に遭いたくなければー……」
「ぬりゃああぁぁっ!」
「「ぎゃああぁぁっ!」」

 ライオル様が剣を振るう度に、人がまるで木の葉のように飛んでいます。こんなにも人がポンポン空を飛ぶ光景って、シリウス様と訓練しているレウ君だけかと思ってましたよ。

「こっちにも敵がいるぞ!」

 ライオル様を避けて私達を狙ってくる相手もいましたが、シリウス様と模擬戦を繰り返したディーさんの敵ではありませんでした。相手の動きを読み、危なげなく敵の武器を弾き飛ばしてからお腹を殴って気絶させています。

「私だって! 『炎鞭フレイムウイップ』」

 一方私は、本日何度も不発になっている魔法を今度こそ発動させて戦っています。
 シリウス様には到底及びませんが、多少強くなった『ストリング』を飛ばして相手の腕に絡めます。そして相手が違和感を覚えた瞬間に『ストリング』が燃え上がって火傷を負わせる魔法です。
 他にも鞭みたいに振るう事が出来ますけど、私はそんな技術はありませんので、これが基本的な使い方です。
 火傷して悶えている間にディーさんが気絶させ、ライオル様と同じく私達の方も問題なく対処できています。
 そもそもこちらに来る敵が少なすぎるのです。敵は二十もいたのですが、私達が相手をしたのは三人程度で、残りはライオル様が笑いながら薙ぎ払ってしまいました。
 それから最後に残った一人の頭を鷲掴みにし、ライオル様はボスの元へ案内させようと持ち上げました。

「さてと、お主等のボスはどこじゃ? ついでに攫われた子供や奴隷がいるなら吐いてもらおうかのう」
「その必要はありません」

 屋敷の入口から聞こえた声に振り向けば、細い体型をした一人の青年が立っていました。柔和な笑みを浮かべていて、一見するとどこにでもいそうな好青年みたいですが、私は騙されません。あの笑みの奥に、奴隷狩りや奴隷商人が発する闇を感じるのです。それもとびきり強く、すでに傷が癒えた私でも身震いするくらいに。
 そんな相手にライオル様は掴んでいた男を放り捨て、剣の切っ先を向けていました。

「おうおう、中々に黒い奴が現れたのう。という事はお主がこやつ等のリーダーかのう?」
「はい。私が彼等のリーダーで、奴隷を使って商売させてもらっているものです。初めまして、私はー……」
「ああ、いらんいらん。今から斬る相手の名前なんか聞きたくもないわい」
「これはせっかちな御方だ。ですが一応聞いておきますが、私達の仲間になりまー……」

 勧誘しようとした奴隷商人の言葉を、ライオル様は聞きたくないとばかりに剣を地に突き立てて遮りました。

「わしは挑んでくる相手は好きじゃが、お主みたいなアホは嫌いじゃ。死んで出なおして来い」
「そうですか、ではこれでどうでしょう?」

 奴隷商人は後ろに控えていた大きな男に目配せすると、大きな皮袋がライオル様の前に投げられました。大きな音を立てて地面に落ちた袋の中身は……金貨でした。それも昨日ライオル様が出した何倍もある金貨が地面に飛び散っています。

「百枚はあります。本当なら白金貨でも良いのですが、こういうのはわかりやすい方がよろしいでしょう?」

 うーん……あれ一枚稼ぐだけでも凄く大変なのに、昨日のライオル様といい、何だか色んな意味で感覚が狂っちゃいそうです。
 勧誘にはお金が一番わかりやすいけど、ライオル様ってお金には無頓着ですから、あまり効果が無さそうな気が。

「私どもの仕事は上質な奴隷を調教し、お得意先である貴族に売りつける事です。ですが敵も多く、貴方のような強者がー……」
「面倒な奴じゃなぁ。ほれ、返事はこれじゃ」

 剣を抜いて肩に乗せたライオル様は、床に飛び散った金貨を踏みつけていました。効果が無さそうどころじゃなく、皆無です。
 完全な拒絶に奴隷商人は驚いていましたが、すぐに取り繕って仕方が無さそうに溜息を吐いていました。

「やれやれ、ここまでお金に無頓着な人も珍しい。仕方がない……やれ」

 奴隷商人が横へずれると、奥から金貨袋を投げた大男と小柄な男が現れました。この二人は、そこら辺に気絶している男達とは一味違う雰囲気ですね。
 私達も手伝おうとしましたが、ライオル様が必要ないとばかりに手を振っています。強引に介入する事も出来そうだけど、もしやったら本気で怒鳴られそうなので私とディーさんは少し後ろに下がりました。

「彼等は毒の兄弟と呼ばれ、裏の世界で生きぬいてきた者です。その兄弟に勝てたら、私は降参してあげましょう」
「ほう? つまりそれだけ強いというわけじゃな。お主の降参はどうでもよいから、さっさとかかってこぬか」

 ライオル様が楽しそうに剣を構えると、毒の兄弟と呼ばれた男達が襲い掛かってきました。
 先に攻めてきたのは背中に袋を背負った大柄な男で、自身の身長ほどはある大剣を振りかぶってきました。大柄と言っても、ライオル様の剣よりは小さいですけど。

「ほう! 中々の力じゃな!」

 それを正面から受け止めたライオル様は、心底楽しそうに笑みを浮かべていました。シリウス様が戦闘狂と言われてましたが、現状を見て納得です。
 ですが相手はもう一人いて、大柄な男を受け止めている間に、残った小柄な男がナイフを振りかざしながら足元から迫ってきていました。
 ライオル様は剣から片手を離し、空いた手で小柄な男の顔面を掴みましたが、それでも男の手は止まらずナイフで腕を斬りつけられました。ライオル様は舌打ちしながら掴んでいた小柄な男を横へ放り投げます。
 そして一気に力を込めて大柄な男を押し切ったのですが、大柄な男が背負っていた袋からナイフが飛び出し、ライオル様の腕に突き刺さったのです。
 何故ナイフが? と思っていたら、更に小柄な男が袋から頭を出して笑みを浮かべていました。

「兄弟と聞いて二人と思っていましたか? 何にしろ、終わったようですね」
「この程度の傷で何を言っておる?」
「いいえ、終わりなんですよ。ほら」
「むっ!?」

 ライオル様が腕に刺さったナイフを抜いて放り投げると、それと同時に握っていた剣が地面に落ちていました。すぐさま手を開いたり閉じたりして確認していますが、手が細かく震えていてやりづらそうにしています。

「彼等は毒の兄弟だと言ったでしょう? ああ、無理はしない方がよろしいですよ。今のナイフにはパリアリザードの麻痺毒がたっぷり塗られていますから、そろそろ立っているのも辛いでしょう」
「パリアリザードじゃと?」
「ええ、致死性はありませんが、一度盛られたら数時間は動けない麻痺毒です。さて、後はじっくり彼等からいたぶられてー……」
「そうか、懐かしい痺れと思ったらあの魔物じゃったか。麻痺以外は弱すぎて、てんで駄目な魔物じゃったがな」
「……は?」

 ライオル様は落ちた剣を拾いなおすと、試しとばかりに何度も振り回し始めました。先程より若干ですが音が違いますので、麻痺の影響が多少はあるみたいです。
 まあつまり……ライオル様にはその麻痺毒の耐性があり、剣を振るには問題無いというわけですね。驚いている私達や奴隷商人達を他所に、ライオル様は不機嫌そうに毒の兄弟達を睨みつけました。

「それにしてもお主等はバカにしておるのか! こんなチンケなナイフで斬ったり刺したり程度で笑ってどうするのじゃ!」

 不機嫌な顔のまま一歩前へ進むと、その迫力に飲まれた大柄な男が剣を振り下ろしてきましたが、ライオル様は片手で受け止めてー……って、あれっ!? どうみても素手なのに止めちゃいましたよ?

「剣の重さに頼りすぎて技術が足りぬ。わしの手を斬れぬのが証拠じゃ」

 いえいえいえ! それでもおかしいですから!
 って、よく見たら刃を受け止めているわけじゃなくて、指で挟んで止めただけみたいです。なるほど、それなら納得ー……出来ますか!

「何を驚いておる? こんなもの『ブースト』と相手の動きを読めば難しいものではないわい。わしの知っておる奴なら最初の一撃を放った時点で終わっておるわい」

 確かにシリウス様なら初見でも軽く避けて、反撃で倒しちゃいそうです。それだけあの御方の避ける技術はレベルが違います。
 ライオル様はそんなシリウス様に攻撃が当たらないので、ここ数年で細かい技術をとにかく鍛え続けたと昨日は仰ってました。あれがその片鱗なのでしょうか?
 敵は一瞬だけ動きを止めたものの、すぐさま攻撃を再開してライオル様の足元を狙います。

「そして、足元を狙うのは良いが、せめて背後から狙わんか!」

 足元から迫った小柄な男の顔面に、ライオル様の膝がめり込んでいました。
 最後に、大柄な男の荷物に潜んでいた男がナイフを構えた時には……。

「斬るというのは……こういう事じゃ!」

 空いた手で握っていた剣を袈裟切りで振り下ろし、大柄な男共々真っ二つです。ついでに、膝を喰らって倒れそうだった小柄な男も一緒に斬られ、たった一振りで全滅させてしまいました。
 恐ろしいのは三人同時に斬りながらも、全く抵抗無く剣を振り切った事ですね。私では計り知れない力と技術による一撃でしょう。

 ねえレウ君。どう考えてもこの人に勝つイメージが見つからないんだけど……どうやって勝つつもりなのかな? 

「さてと、次はお主のー……むっ、どこへ行きおった?」
「ここですよ」

 気付けば扉前に立っていた奴隷商人は、二階のバルコニーらしき場所に立っていました。戦っている間に移動したようですが、ライオル様の力を目の当たりにしたわりには妙に余裕がありますね。
 よく見れば奴隷商人の隣には従魔と思われる中型の鳥型魔物が控えているので、おそらくあの鳥で逃げるつもりなんでしょう。

「貴方の予想以上の力にびっくりですよ。ですから、私は逃げさせてもらいましょう」
「何じゃい、逃げるのか? さっき降参するとか言っておったではないか?」
「ふふ、裏の世界でも約束は大切ですが、命より大切な約束はありません。貴方の顔は覚えましたので、いずれまた会いましょう。それではー……」
「させませんよ!」

 その瞬間、私が隠れて伸ばし続けていた『ストリング』を男の足に絡ませ、ディーさんと一緒に思いっきり引っ張りました。一瞬の抵抗感の後に『ストリング』は千切れちゃいましたが、ちょうど魔物に飛び乗ろうとしていた直前だったので、不意を突かれた奴隷商人は魔物から落ちるどころか、ベランダから落ちていました。
 ここまで上手くいくとは思わなかったけど、ナイスですね私!
 そして無防備に落下してくる奴隷商人を見据えながら、ライオル様は獰猛な笑みを浮かべて剣を振り上げました。

「はっはっは! やりおるではないかノエルにディーよ! さて、冥土の土産に剛破一刀流の極みを見せてやろう」
「ご、剛破ー……だと!? ではお前はー……っ!?」
「ぬおおおぉぉぉぉっ!」

 剛破一刀流の極みと仰られた剣は、見た目はただの振り下ろしでした。
 ですがその一撃は……。



 その後、ライオル様が奴隷商人を斬り捨てた後、私達はこっそりと町の自警団に屋敷へ向かうように連絡し、誰にも見つからないように家に帰りました。
 そこから先はどうなったのかわかりませんが、次の日に自警団で働いている弟からその後の結末を聞きました。

 謎の連絡を受けて、自警団が屋敷に到着して目に飛び込んできたのは、災害に遭ったとしか思えない程に荒れ果てた屋敷でした。
 門は真っ二つにされ、怪しい男達が頭を残して地面に埋められ呻いていたので、尋問する為に掘り返すのが大変だったとぼやいてました。

 そして極めつけは……屋敷が真っ二つに分かれていたそうです。まるで境界線のように屋敷の中央部分が綺麗に消え去っていて、一体何があったのかわからないままだそうです。うん、あれは直に見ないとわからないよね。
 それら全てはライオル様の剣によるものですが、もしその範囲に関係の無い人がいたらどうするつもりだったのでしょうか?

「勘ではいなかったとわかっておったわい。それに最後のは麻痺しておったから、力加減を間違えたんじゃよ」

 ……あまり反省していないようでした。

 そして屋敷の地下で数人の奴隷を発見し、自警団の人によって保護されて然るべき対処をするそうです。家があるならば送り、すでに無ければこの町で引き取ると決定したそうです。色々と費用がかかりそうですが、お金ならあの奴隷商人が蓄えていた物を使うので心配する必要はなさそうです。

 更に調べた結果、あの奴隷商人は相当な悪者で、ギルドで指名手配されているのに、各地を転々としていて捕まえる事が困難だったそうです。
 数ヶ月前からここを拠点にしていたらしく、怪しまれない為にあえて私達の町人は狙わなかったそうです。ですが、いつかはばれるので時期を見計らい、ノワールちゃんを攫おうとした男を囮にしてから逃げる予定だったようです。
 しかしライオル様の尋問により男はあっさり自供し、ちょうど逃げようとしたところで私達が現れて阻止された……というわけですね。

 最後に埋められていた男達の証言により、顔を隠していた私達はともかく、一連の解決はライオル様の御蔭だと判明し、指名手配者の討伐も含めて町から特別報酬をもらったそうです。
 金貨が大量に詰まった袋をどうでもよさ気に振りながら戻ってきたライオル様ですが、非常に面倒そうな顔をしていました。
 報酬を貰った際に、町の貴族様が夜にパーティーを主催するので参加しろと言われたそうです。表向きは感謝の為でしょうが、おそらく貴族が強者と顔を繋ぐ為のパーティーだと思います。
 そしてその肝心のライオル様ですが……。

「うむ……美味い! この蒲焼はタレが最高じゃな」

 空は茜色でパーティーが始まる直前だというのに、エリナ食堂でご飯を食べていました。向かい側に座ったノワールちゃんが、同じ料理を摘まみながら首を傾げています。

「ねえねえお爺ちゃん、ぱーてぃーに出席しないの?」
「面倒じゃ。じゃからこれを食べたら町を出る予定なんじゃよ」

 根なし草な冒険者が貴族のパーティーに呼ばれるのは相当な名誉だと言われます。
 現時点では剛剣のライオルだとばれていないので、それに該当するのですが……ライオル様は本気で参加する気が無いようです。
 その証拠にすぐにでも旅立てるように、パンパンに詰まった皮袋が横に置いてありますし。ちなみに中身は全てディーさんが作った日持ちする料理です。

「そうなんだ、行ってらっしゃい」
「何じゃい、もっと悲しそうにしてくれても良いじゃろう? ほれ、抱きついてきても構わんぞ」
「んー……ごめんなさい」

 ライオル様が両手を広げて待っていますが、ノワールちゃんは首を横に振って拒否していました。これは……きついですね。私がそう言われたら、食事が喉を通らないかもしれません。

「お爺ちゃんは何があっても平気そうだと思うんだ。それに、私が抱きつくのはお父さんとレウス様だけなの」

 何という事でしょう。この年ですでに貞操を守ろうとしています。私はノワールちゃんの成長に涙が零れそうになりました。
 私が感動しているのに対し、ライオル様は両手で頭を抱えて天を仰いでいました。

「ぬおおおっ! 小僧のせいかぁ!」
「レウス様だよ!」
「それは言えぬ! エミリアという姉がいながらノワールまで! 今度会ったら…………するかのう」

 レウ君……命だけは助かってほしいと、祈る事しかできない私を許して。

 それから一頻り叫んでスッキリしたのか、ライオル様は再び食事を再開し、結局メニューに載っている全種類を食べ終わってようやく満足されました。

「……ふう、食ったわい。では行くとしようかのう」
「ちょっと待ってください、お金忘れてますよ」
「やるわい」
「駄目です! はい、ちゃんと腰に付けてくださいね」
「仕方ないのう……」

 昨日の奢り分やライオル様が食べた分を引いていますが、それでも金貨は十枚以上は残っています。大金ですからちゃんと持ったのを確認しなければ。
 預かっていた金貨袋を強引に返し、腰に吊るのを確認してようやく安心しました。
 いえ、まだ心配事はありました。

「ところで……本当に今から出発するんですか? そろそろ暗くなりますし、パーティーが面倒ならばそれを蹴って明日出発された方が……」
「はっはっは、夜の道も悪くないぞ? 魔物の気配があちこちからして退屈せんからのう」

 はぁ……ノワールちゃんの言う通り、心配するだけ無駄ですね。
 私達は食堂前まで見送り、ライオル様は最後にノワールちゃんの頭を撫でてから歩き出しました。

「では達者でのう。また飯を食いにくるぞい」
「はい、本当にありがとうございました」
「今度はもっと種類を増やしておきます」
「ばいばい、お爺ちゃん」

 来た時も突然ですが、去るのも突然です。
 こうしてライオル様は、振り向きもせず去ってしまわれました。

 シリウス様から豪快な人だとは聞いてましたが、実際に会うと豪快過ぎて付いていけませんね。
 ですが……嫌にならないのは裏表が全くないからでしょう。
 何とも不思議な魅力がある御方でした。




 その後、本日の営業が終わって私がテーブルを片付けていると、ノワールちゃんが私の前へやってきました。

「お母さーん。はい、これあげる」
「あら? 何かしら……って、これ!?」

 ノワールちゃんの手には、ライオル様がどうでもよさ気に振るっていた金貨袋が握られています。
 何故……ここに?

「これね、町からのほうしゅー分だけど、いらないからあげるってお爺ちゃんがくれたの。夜になったらお母さんに渡してくれって」
「トウセンさ――んっ! お金――っ!」
 『G』……それは剛剣の『G』でした。

 シリウスの関連者同士という事で、気付いたら今までの投稿で最大のボリュームになってしまいました。何か色々とネタが浮かび、妙に冗長してしまったが……後悔はしていない、うん。


 ちなみに……もしライオルがノエル達の元へ来なければ、ノワールはノエルの手で普通に助けられ、奴隷商人は町からいなくなるだけです。

 余計な事に足を突っ込まなければ何事もなく過ぎ去った日々なのですが、ライオルと言う存在があると色々と変化します。
 下っ端を拷問してアジトへ突撃したはいいが、予想以上に相手が強大だった。
 藪をつついて蛇を出すような状況ですが、蛇が出た先には何倍も大きい竜が大口開けて待っていた……てな感じですね。




おまけその一


ノエル「頂いた金貨はノワールちゃんの将来と、ノキアちゃんの結婚に備えてとっておきましょう。だから早く夫を探してねノキアちゃん。じゃないとノワールちゃんが先に結婚ー……」
ノキア「お姉ちゃん……喧嘩売っているんだよね? いいよ、買うよ? だから裏に行こうか?」




おまけその二


ライオル「エミリアという姉がいながらノワールまで! 今度会ったら…………するかのう」


レウス「ひっ!?」
シリウス「うわっ!? どうして俺のベッドへ入ってくる?」
レウス「わからねえ! よくわからないけど、助けてくれ兄貴!」




 今回で十一章は終わりになります。

 次回の更新は五日後です。
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