かつて最強と呼ばれた男
今回も少し残酷な描写があります。
「それらしき相手を見た!?」
鮮血のドラゴンの話を聞いた俺は、貴族二人が連れていた全身ローブ姿の冒険者達の事を話した。
「はい、一瞬だけですが、手の甲に赤い竜の刺青が見えました」
「それが本当なら非常事態です。すぐに人を送って確認をしなければ。しかし、そんな危険な奴らが何故こんな所まで?」
ヴィル先生は原因を考え始めるが、俺は目を閉じて『サーチ』を発動させていた。
「ヴィル先生、まだ報告があります。グレゴリを見張っていた先生が……先ほど死体で発見されました」
「そうですか……惜しい御方を亡くしました。遺体は?」
「はい、すでに回収しましたが、弄ばれたような傷が無数もあり、欠損している部位もあります」
「殺人鬼らしい犯行ですね。丁寧に埋葬しておきなさい。それにしてもグレゴリ先生を見張っていた先生がそうなると……非常に怪しい」
「私的意見ですが、私は彼が手引きしたと思っております。そうでなければ、学校まで侵入を許す筈がありません」
「ええ、私もそう思っています。すぐにグレゴリ先生を……いや、グレゴリを確保しなさい。同時に迷宮へ警備隊を送るように。シリウス君は……」
―――捉えた!
「ヴィル先生!」
「はい!? 何ですか?」
「迷宮において最短で九階へ行けるルートはどこですか?」
「確か……九番ですね。分かれ道も無くただ進むだけのルートですが、ゴーレムが山ほどー……シリウス君?」
距離はあったが、弟子達の魔力を頼りに『サーチ』すれば捉えるのに成功した。反応は迷宮のかなり下……おそらく九階辺りだ。
最短で向かうルートが聞ければ、後は何も問題はない。俺はヴィル先生の話を最後まで聞かず、途中である物を回収しつつ窓へと歩み寄った。
「私は先に向かいますので、すぐに警備隊に連絡を。あと、これをお借りします」
「シリウス君! ここは一階では――……」
背後から何か聞こえるが一切無視して窓から飛び出した。マグナ先生の職員室は建物の高さからして四階程だが、隣の屋根へ飛び移って徐々に下へ降りていく。途中『エアステップ』で足場を作りつつ、ようやく地面に降り立ち全力で駆け出した。
もはや俺に実力を隠すつもりなど無い。『ブースト』を発動させ、地面を抉る勢いで駆けて行く。
ものの数分で迷宮前へ着き、警備の人を飛び越えて九番と書かれた入口に飛び込んだ。背後で何か騒いでいたが無視だ。
迷宮へ入ってすぐにゴーレムが現れたが、警備の人と同じように飛び越えて先を急ぐ。ゴーレムは動きが遅いから、クリアするだけなら無視して進めばいい。
走りながらも俺は『サーチ』を常時発動させ、弟子達を捉え続けていた。
弟子達は今、得体の知れない複数の魔力反応と交戦しているようで、今の所は無事なようだ。この知らない魔力反応が例の奴らに違いない。
途中で『コール』してみようと思ったが、集中している時に俺の声を聞けば油断してしまうかもしれない。口惜しいが我慢してひたすら走り続ける。
ゴーレムが長い列を作って飛び越えるのが難しいなら壁を蹴って進み、道を塞ぐほどの巨大なゴーレムが出れば、『マグナム』で魔法陣を撃ち抜き突破する。
七階……エミリアがとある魔力反応に大きく吹っ飛ばされ動かなくなった。そしてリースの魔力が徐々に小さくなっていく。
八階……レウスの魔力が膨れ上がったが、すぐに小さくなり危険な状態になっていた。
九階……レウスが一人の反応に食らい付いて振り回されている。そして吹っ飛ばされ、三人は一塊になって動かなくなっていた。
その頃になってようやく、俺は壁一枚向こうまで迫っていた。少し先に見えるあの壁の向こうにあいつらが居る。しかし弟子達に迫る魔力反応の方が速く、壁に沿って走れば間に合わない。
正面突破だ。
瞬時に判断し、走りながら右手を構え、貫通力に特化した徹甲弾をイメージしつつ『マグナム』を連射した。
壁はまるで紙の様に貫かれ、丸い切り取り線を描くように撃ち抜いていく。そして円が一周したところで、壁に向かって飛び蹴りを食らわせた。
くり貫かれた壁は敵と思われる魔力反応へ飛んでいったが、確認せず弟子達に迫る反応へ走った。
金髪の狼耳……金狼族か何かだろうか? いや、何だっていい。こいつはレウスが食らい付いた奴で、そして弟子達を痛めつけた罪人だ。
「何だてめぇ!?」
こっちの台詞だ。てめえこそ……俺の弟子に何をしやがった。
繰り出してきた拳を避け、足を払い、回し蹴りを叩き込んでやる。
「……あに……き」
振り返れば、ボロボロになった弟子達の姿がある。
エミリアは倒れ、リースは魔力枯渇により顔を青白く染め、そしてレウスは満身創痍だった。
ここへ来るまでずっと捉えていたからわかる。
レウス……お前は必死にエミリアとリースを守っていたんだな。
「……よく耐えたぞ、レウス」
「あにきぃ……」
昔のように涙を流すレウスに少し安堵すると、何かが飛んでくる反応を『サーチ』が捉えた。
岩の砲弾……『岩弾』か。数は三つだが、全て『インパクト』で迎撃し粉砕する。だがもう一つ大きいのが飛んできた。
「よくもやりやがったなぁ!」
さっき蹴飛ばした奴か。異様に伸びた右の爪で斬りかかって来るが、脇が開きすぎて隙だらけだ。達人相手に挑んだ事の無い証拠だな。
その脇を左手で突き上げると相手の右腕は強引に止まり、その驚いた顔面目掛け右の拳を叩き込んだ。
「邪魔をするな狼がぁっ!」
怒りを込めた拳により、相手の顔面から何か砕けるような感触がしたが、弟子達に比べたら些細な事だった。死ななければそれでいい。じゃないと……後悔させられないだろ?
……駄目だ、まだ早い。まずは弟子達の確認からだ。
頭を振るい、攻撃が無いのを確認してから倒れたレウスに近寄った。
「シリウスさん! レウス君が私達を守る為に! それにエミリアが私を庇って!」
「シリウス様……レウスを……」
「ああ、わかっている」
二人を安心させるように笑いかけ、レウスの体に触れて『スキャン』を発動させる。
……肋骨が数本ひび割れ、内臓と筋肉が傷ついている。岩の破片が転がっているので、内臓は先ほどの『岩弾』によるものだが、筋肉は違うようだ。変身して限界を超えた反動だろうか?
どちらにしろ放っておくと危険だ。俺は再生活性を行いつつ、マグナ先生の職員室から借りてきた液体の詰った容器をリースに渡した。
「あの、私なんかよりレウス君をお願いします!」
「それを飲めば魔力の回復が速くなるぞ」
「っ!?」
魔力とは人によって微妙に違うらしく、摂取すればすぐに回復するような物は存在しない。だが回復を促進させる物はあり、彼女に渡したのがそれだ。
俺の話を聞いてリースはすぐに飲み干すが、非常に苦い顔をしていた。
「苦い……ですね。でもこれで」
「素直な子は好きだよ。ちょっと失礼」
その間にリースの頭に触れて『スキャン』するが、彼女は魔力枯渇と軽い打ち身で済んでいるようだ。突然俺に触れられて、リースの頬が赤く染まる。
「あの……シリウスさん?」
「ああ、ごめんな。怪我の有無を調べてるだけなんだ。うん、リースが無事でよかったよ」
「そんな……私なんか大して役に立てなくて、今もこんな……何も出来なくて」
「君が出来る事はある。いいかい、レウスの怪我だが……」
リースは人を癒す事に関して貪欲だった。
だから俺は彼女に前世の医療知識を理解出来る範囲で教え込んだ。骨や筋肉等の、回復魔法に頼った世界では知りうる必要のない体の仕組みを彼女は知っている。場所がわかれば治療箇所を集中させる事が出来るので、回復が得意な彼女には最適であった。
リースに直すべき箇所を説明し、魔力が回復次第取り掛かるように指示を出した。
「任せてください!」
何も出来なかったとリースは嘆いているが、彼女の回復の御蔭で二人の怪我は悪化せずに済んでいるのだ。俺としては十分感謝しているし、レウスを任せておけば自信を取り戻すだろう。
その間も『サーチ』で奴らを警戒しているが、何故か何もしてこないので次の処置に移る。
「待たせたなエミリア」
「シリウス様……」
エミリアはどこかぼんやりとしていて、こちらから問い掛けても反応が薄い。脳に何か異常があるかもしれないので、体を動かさないように『スキャン』を実行する。
「シリウス様……ごめん……なさい」
「何を謝るんだ? お前はリースを庇ったんだろう? レウスもだが、お前もよく頑張ったな」
頬を優しく撫でてやると、彼女は気持ち良さそうに柔らかい笑みを浮かべていた。
診断の結果、彼女は激しい打ち身があるが骨に異常を来たすほどではなく、それらもリースの治療によって大分治っていた。この意識の薄さは軽い脳震盪らしく、念入りに調べてみたが血管の破裂や後遺症になりそうな箇所は見当たらない。このまま安静にしていれば回復するだろう。
魔力の回復に集中しているリースに悪いが、エミリアの診断を報告しておく。
「本当ですか! 良かった……本当に良かったよぉ……」
「泣かなくても……いいじゃない」
「泣くに決まってるよ。私を庇ってエミリアに何かあったら一生後悔するじゃない!」
「ほら、泣くのは後にしてレウスを頼む。俺はやらないといけない事があるからな」
「はい!」
少し回復したのか、リースは魔法を発動させてレウスの治療を始めた。
俺はもう一度エミリアの顔を覗き込むと、彼女は震える手を動かして俺の裾を掴んできた。
「こら、安静にしていなさい」
「ですが……相手は四人も……シリウス様……お一人で……」
「あんな奴ら問題無い。すぐに終らせるから、少しだけ待っていなさい」
「……はい」
エミリアの手をそっと外し、俺は着ていたローブを脱いで彼女に被せた。今日も迷宮に潜るつもりだったので、戦闘服を着ていて本当によかったと思う。武器は胸元に仕込んだミスリルナイフだけだが、奴ら相手には十分だ。
立ち上がり、数歩前に出て俺は弟子達に宣言する。
「お前達には一瞬たりとも触れさせん。そこで見ていなさい」
「シリウス様」
「シリウスさん」
「……兄貴」
「今から見せるのは……本当の俺だからな。怖いと思ったら目を閉じていろ」
返事を聞く必要は無い。
俺は弟子達を背にし、前へと歩き出した。
奴らをはっきり視認できる位置まで進むと、狼の男は人族の男から治療を受けているようだった。
俺の存在に気付いた竜族と思われる男は、こちらに振り向いて人懐こそうな笑みを浮かべて俺を迎えてくれる。
「おや、ようやく終ったのかな? 正直見ていて吐き気がしたから、何度襲おうか我慢するの大変だったんだよ? でも喜んだ後で絶望する表情って最高だから我慢したんだ」
「……そうか」
「それより見てよ。さっきの攻撃でアッシュの鼻が折れちゃったんだ。どうしてくれるの?」
「……知らん」
「そっか。ところで僕達が誰か知った上で話してるの? あっちの子達にはしたけど、自己紹介してあげようか? 僕はゴラオンって言ってー……」
「名前なんかどうでもいい。お前らは鮮血のドラゴンだろ?」
「知っていたかぁ……残念。じゃあさー……」
「一つ質問があるんだが」
どうでもいい事をべらべら語るので、俺はシンプルに一つだけ問い質すことにする。
話を遮られて不快そうな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべて俺を指差してきた。
「人の話は最後まで聞こうよぉ。大人の僕だから許してあげないけど、質問には答えてあげようか。一体何かな?」
「俺の弟子……後ろにいる子達なんだが、お前らに何かしたか?」
俺の質問に奴らは顔を見合わせ、狼を除き笑い出した。
「んー? なーんにもしてないよ? あの子達を泣き叫ばしたり、切り刻んだりするのが楽しそうだと思っただけさ」
「俺はあるぞ! 人の腕を噛み千切りやがって! あの小僧はズタズタにしなきゃ治まらねぇ!」
「餓鬼の叫び声は格別だからな。一日一回聞かないと気が済まんわい」
「良い声で鳴いてほしいと思っていますよ」
確認はとった。
こちらに一切落ち度はない。
こいつらは明確に……俺の敵だ。
「で、それが何なの? まさか一人で僕達と戦うつもり? いや、来て欲しいな。どんな声で鳴いてくれるかな?」
「ああ、望み通り戦ってやる。そしてお前等全員……」
すでに戦闘スイッチは入っている。
俺は一歩前に出つつ、魔力を高めていった。
「生きていた事を……後悔させてやる」
第三のスイッチが――。
――― ―――
波紋が広がるように目覚める。
実に久しぶりの目覚め。
目覚めたと言うが、私はシリウスと一体なので状況は理解している。
今回の罪人は四人。
私から見ても彼等は断罪すべき者だ。
慈悲無き裁きを下すとしよう。
さて……私が何者かと問われれば、ただ思考するだけの存在だ。
名前が存在せず、表層に出る事は絶対に無いので便宜上、私と呼ばせてもらう。
二重人格とは少し違う。
知識は共有しているし、私はあくまで私の補助装置に過ぎないからだ。
説明するには、私の昔……前世を語らなければなるまい。
私は幼少の頃、育った施設が襲われて師匠に拾われた。
この時はどこにでもいる普通の子で、負けず嫌いが異常に強いただの子供だった。
拾われた私は、師匠に鍛えられるようになり、何度も師匠と戦った。
だがどう足掻いても、卑怯な戦法をしようが師匠に勝つどころか足元にさえ及ばなかった。
連敗に次ぐ連敗に、負けず嫌いであった私は勝つ方法を必死に模索した。
身体能力は当然として、まるで予知したかのように先を読まれてやられるパターンが多い。身体能力はいずれ高めるとして、私は思考速度に着目した。
そして……全てを超速度で同時に考えるという、あまりにも子供らしい馬鹿げた結論を出した。
当然やろうと思って出来る筈が無い。だが師匠に勝とうと躍起になっていた私はひたすら反復し、数年の試行錯誤によりついに至った。
私はこれを並列思考と呼んだ。
あらゆる物事を並列に思考して機械並みに処理し、たとえ数人同時に相手にしようと全ての相手を見切る思考速度を得たのだ。
それは師匠を大きく驚かせ、後にも先にも師匠を驚かせたのはそれだけだった。
ちなみに、連敗は変わらなかった。
その後大きく成長した私は、師匠によって鍛え抜かれた身体能力に、幾多の戦場を潜り抜けた経験と勘、そして並列思考によって敵は皆無であった。
かつて私が最強と呼ばれた所以はここにある。
私にはスイッチが三つある。
一つ目は通常時。
まるで休日のお父さんみたいに弟子達に接し、朗らかに笑い好奇心の赴くまま行動する子供の様な私。
二つ目は戦闘時。
並列思考を含め自身の能力を最大限に駆使し、冷酷に相手と戦うエージェント時代の私。
三つ目は今の状態を指す。
わかりやすく言えばぶち切れた状態で、前世で何度か起こった事だ。
あれはとある組織に三人目の弟子が攫われ、ぶち切れた私がその組織を完全に壊滅させたのだが、その際に感情的になり過ぎて関係の無い者を大量に殺めてしまったのである。
再発を恐れた私は、物事を第三者視点で冷静に見るべき存在が必要と悟った。
そう……私はその並列思考によって生み出された存在なのだ。
第三のスイッチとは、私が全体を統括し、意思の無い並列思考が補助し、そして私が第三者のように全体を把握する状態だ。
私に行動の決定権は無い。
私は全体を見据えて思考し助言する……ただそれだけの存在なのだから。
私の前に弟子達をボロボロにした罪人が並んでいる。
ゴラオンと名乗った竜族に、金狼にドワーフ、そして人族の男。装備や気配から相当な腕前を持つのはわかる。油断はするべきではない。
「へぇ……生きていた事を後悔させるかぁ。やれるなら是非ともやってもらいたいな」
「妙な服を着やがって、後悔するのはそっちだろ」
「いいから来い。その口は飾りか?」
「けっ、まぐれが何度も続くと思うなよ!」
私の挑発に金狼が飛び掛ってくる。その後ろにドワーフが続き、人族の男が後方で詠唱している。竜族の男は……こちらを楽しそうに眺めているだけだった。
「っと、こっちだ馬鹿が!」
怒っているように見えて冷静……いや、性根が腐っているだけか。
金狼は私を避けるように迂回し、背後にいる弟子達を狙っていたのである。ここで下手に金狼を追えば私は挟み撃ちにされ、更に魔法の餌食になる。
だから私はそれを見送り、前方から迫るドワーフへ視線を向けたままでいた。
「格好良く登場した割に見捨てるのか! 情けない奴だ」
「なら仕方ねえ。可愛い断末魔を聞かせてやるぜ!」
金狼はあと数歩の所で爪を振りかざす。すでに戦えない弟子達は無抵抗のまま爪の餌食になるであろう。
「ひっ!?」
「大丈夫よ……リース」
……そんな事を予測してなかったと思うか?
「おらぁぁぁ―……うぐぉっ!?」
歩く時に仕掛けておいた地雷式の『インパクト』により、金狼は足元から放たれた衝撃を受けて空中に吹っ飛ばされた。
更に空中にも無数の『インパクト』が仕掛けてあり、『ストリング』で繋いだ遠隔爆破により金狼は空中をまるでピンボールの様に何度も跳ね回っていた。
その様子を背景に私はドワーフへと走り、振り下ろされた斧を回避しつつドワーフの盾を死角にして背後へ回り込んだ。回り込んですぐに髪を掴んで後ろに引っ張り、同時に膝の裏を蹴飛ばして仰向けに倒す。それによって後頭部を強打したドワーフの動きが一瞬止まった。
「エドから離れなさい! 岩の礫よ穿て……『岩弾』」
仲間の危機に、後方で詠唱していた男の魔法が放たれる。全部で十個の岩が飛んでくるが、そちらへ振り向きもせず片手を向け『インパクト』で全て迎撃した。それと並行して残った片腕をドワーフの腹に置き、魔力を高めていく。
「くっ、この餓鬼が―……」
「まずは一発な。『インパクト』」
零距離から放たれた衝撃はドワーフの体を突き抜けて床を揺らした。床に罅が走るほどの衝撃を食らい、ドワーフは口から泡を吹き出す程に悶絶していた。
「が……ふ……餓鬼……がぁ」
「まだだ」
続けて『インパクト』を放ち、その度にドワーフの体は大きく跳ね上がる。散々人殺しをやってきた分、死なない加減は理解しているから安心するといい。
それから何度も……何度も……たとえ骨が砕ける音が聞こえようが、口から血を吐き出そうが止まらない。止められない。
「あがっ!? ぐはっ!? もうー……がっ! 止めー……でぇっ!」
「おぐっ! ごめんなー……がはっ! 許してー……おごぉ!」
「この! 岩の礫よ穿て……『岩弾』」
誰が想像できるだろう。
たった一人の男が『インパクト』を遠隔爆破して金狼を空中でお手玉にし、倒れたドワーフに『インパクト』を零距離で叩き込みつつ、遠距離から放たれる魔法を全て『インパクト』で迎撃する。
無詠唱を極め、魔法名すら省略し、並列処理があるからこそ出来る芸当だった。
タイミングを見計らい私が止める様に助言すると、ようやく私は止めた。散々痛めつけられた二人は完全に沈黙している。
ドワーフは白目をむいて口や鼻から血を流し、そのすぐ隣に落ちてきた金狼は身体中に大量の痣が出来ており、一部の骨がおかしな方向に曲がっていた。
死んでいるかどうかは確認しない。どうでもいいからだ。
それにしても、人を殺すのに快感を覚える割には許しを請うのが早かった気がする。自身の才能に溺れ、強者と出会わず敗北を知らなかったせいだろうか。
そして未だ魔法を放ち続ける男は……。
「はぁ……はぁ……岩の礫よ穿て『岩弾』」
今の『岩弾』で五十八発目だったか? 流石に初級とはいえ、連発したせいか魔力枯渇の兆候が見られる。
「お前も懲りないな。いい加減、効かないと理解したらどうだ?」
「何故ですか! 何故……魔力が尽きない!?」
飛んでくる岩の塊を『インパクト』で作業のように全て叩き落す。
岩を固めて飛ばす『岩弾』と違い、純粋な魔力を固める『インパクト』の方が魔力消耗が高い。普通に考えればこちらの方が先に魔力が尽きる筈なのだが、私は八年近くに亘り魔力枯渇からの回復を何万回と繰り返し行ってきたのだ。魔力総量は男の数倍は確実にあると思ってほしい。
「終りか? 初級ではなく、もっと違う魔法を使うべきだったな」
「くっ、だがまだ終ってません! 岩の礫よ穿て『岩弾』」
飽きもせず同じ魔法を繰り返すが、今度はこちらにではなく的外れな方角へ放った。その軌道を目で追いかけると射線上に倒れた貴族の姿があり、岩の塊は貴族のすぐ横の床を直撃し砕け散った。
「ふふ、気付きましたか? 今度は当てますよ」
「人質……か?」
「ええその通りです。君は確かに強いですが、後ろの子達を守る甘い男です。そんな君が無関係の子を見殺しに出来ますか?」
そこの貴族と私の関係をよく知らない癖によくやろうとしたものだ。
おそらく動揺させるつもりだったのだろうが……。
「出来るさ」
「は?」
男は岩の塊を浮かせて発射準備しているが、私は気にせず一歩進む。
「私が守るのは弟子だけだ。そいつらは自業自得でそうなったに過ぎないのに、何故私が守らなければならない?」
「ぬっ、く……ならば見ていなさい!」
「それに……」
自棄になったのか、岩の塊が貴族目掛け発射される。
貴族の頭を狙った岩の塊は、当たれば確実に命を奪う一撃になるだろう。だが私はそれを『インパクト』で叩き落し、更に『マグナム』で男の右腕を狙って撃った。着弾した弾丸は破裂し、男の右腕が爆ぜるように弾け飛ぶ。
「ぎゃああああぁぁぁぁ――っ!」
「お前が何をしようと対処は簡単だ。いい加減、実力差を理解しろ」
「ひいぃぃ――っ! 私の腕が! み、水の癒しをー……」
「聞いているのか? おい、もう片方がそうなりたくなければ私の質問に答えろ」
「ひっ!? は、はい!」
男は座り込んで回復魔法の詠唱を始めるが、私は目前に立って指を男の額に突きつけた。この手の破壊力を身を持って知った男は、怯えた目でこちらを見上げていた。
「私の後ろにいる弟子……あの男の子に魔法を撃ち込んだのはお前だな?」
「ち、違います! あそこに倒れている狼がやったんですよ!」
「お前がさっきまで放っていた岩の塊が、あの子の胸から見つかった岩の欠片と酷似しているんだが……本当だな? 嘘だったら……」
「……わ、私がやりました」
「よろしい。撃つのは止めてやろう」
少し指に魔力を込めて脅せばすぐに吐いた。私は約束どおり額から指を放し……。
「代わりに、あの子と同じ痛みをくれてやる」
男の胸元に手を当て、零距離『インパクト』を放つ。男は何か言う前に吹っ飛ばされ、背後の壁に激突し意識を失った。
残りはあと一人だが、相手は最初の位置から全く動いていなかった。楽しそうにこちらをずっと眺めており、私と目が合うと手を叩いてはしゃぎ始めた。
「すごいすごい! 僕の仲間が全く相手にならないじゃないか。君は一体何者なんだい?」
「私はあの子達の師匠だ。それ以外の何者でもない」
「ふーん、まあ君が強いってわかればそれでいいし、正体なんかどうでもいいや。それより久々に僕の本気が出せそうだよ」
「本気でもなんでもいいから来い。戦闘中なのに余計なお喋りが多すぎるぞお前等」
「それじゃあ……お披露目だよ!」
剣を捨て、ゴラオンが力を込めると体が一回り大きくなり、体の色が真っ赤に染まっていく。更に爪と角が伸び、顔も人間寄りの顔から竜へと変貌していく。
レウスと似たような特性だろうか? しばらくすると翼は無いが、ゴラオンは赤い人型の竜へと変身したのである。
「僕は過去に十の戦場を乗り越えている。つまりそれだけ強い証拠なんだよ?」
「奇遇だな。私も戦場を乗り越えているんだ」
「張り合いたいからって嘘を言うなよ。それじゃあ……行くよ!」
思い出すだけでも五十近くの戦場を経験しているが……こいつに説明したところで無駄か。
私より数倍も大きい巨体だが、その動きは金狼以上の速さを持っていた。私の目前まで一足で飛び込み、繰り出される爪の一撃をバックステップで避ける。
「君のような強者とは戦場で何度も戦った! だけど、最終的に僕が勝つんだ! それは何故だと思う?」
連続で振られる爪を並列思考で見切り、危なげなく回避し続ける。そして大振りの攻撃を避けると同時にミスリルナイフで腕を切り裂いた。
だが飛ばされた腕は瞬時に再生し、私に再び襲い掛かる。
「それはこの再生能力さ! 僕はいくら斬られようが、魔法を受けようがすぐに回復するんだ。無限に回復出来る僕に敵う相手は居ない! 僕は無敵なんだ!」
自身の回復力を生かし、防御は一切必要ないわけか。
攻撃を避けつつ何度か『マグナム』を撃ったが、避ける素振りを見せるどころかわざと受け止めていた。体に無数の弾痕が出来るが瞬時に塞がり、続いて頭にも撃ち込んだがすぐに再生してしまう。
なるほど、無敵と言いたくなるのもわかる気がする。
「だから無駄だって! ほらほら、いつまで僕の攻撃を回避できるのかな? 無限に回復できる僕と一緒で、無限に回避できたらいいのにねぇ!」
奴の言う通り、このままではジリ貧だった。
少し戦法を変えようと大きく後方へ跳躍し、私は距離を取った。
「逃がすと思っているのかい?」
「いや、場所を変えるだけだ」
私は後ろへと振り返り、広間にある無数の通路の一つに入った。
「そっちは通路だよ? わざわざ避けづらい狭い所へ行くなんて馬鹿じゃないの?」
「先に言っておくが、追ってきたらお前は終りだ。よく考えて決断するんだな」
「何それ? 挑発のつもりかい? いいよぉ、何をやらかすか楽しみだねぇ!」
自分に絶対の自信を持つゴラオンは、わかりやすい挑発にあっさりと乗った。弟子達を襲わないのを確認して通路の奥へ飛び込むと、ゴラオンも当然追ってきた。
長い直線通路の途中で立ち止まり、とある処置を施す。時間にしてほんの数秒であったが、処置を終えると同時にゴラオンが笑いながら迫ってきた。
「ほーら、追いついたよ!」
ゴラオンは腕を振りかぶるが、その腕は何かに引っ掛かったように動きが止まった。動揺しつつもすぐに反対の腕を振りかぶったが、同じように引っ掛かって振り切ることが出来ない。
「何だ? 何かが僕に巻きついているのか?」
すでにゴラオンは罠に嵌っていた。
もし奴に魔力が見えたなら、この通路に無数に張り巡らされた『ストリング』が体に巻きついているのに気付いたであろう。
私はゴラオンの周辺を走り、更に『ストリング』を伸ばし絡めていく。
「何だか知らないけど、こんなの引き千切ってやる!」
「させん!」
力を込める前に『ストリング』を関節に巻きつかせ、人間の構造上、力が入りにくい姿勢に無理矢理変えていく。
私はさながら獲物を捕らえた蜘蛛のように何度も『ストリング』を往復させ、ついにゴラオンは空中にぶら下がったまま完全に動けない状況となった。
「な、何だよこれ!? 何で体が動かないんだ! くそっ! 力が……入らない!」
「いくら無限に再生しようが……動けないと全く意味がないわけだ」
空中にぶら下がったゴラオンの後方に立ち、私は彼の後頭部に触れて『スキャン』を発動させた。
魔法を通しゴラオンの情報が流れ込むが、一際強い反応を放つ因子を感じた。体にかかる負荷を消し去る謎の因子が身体中を巡っている。
「……なるほど、竜だけでなく自己再生の強い別の因子も入っているな。これが驚異的な再生スピードの理由か」
「何をするんだ! くそ、僕に触れるな、放せ!」
「……実験するにはちょうどいいか」
「な、何を……がっ、あ……ああああぁぁぁぁぁ――――っ!」
触れた箇所から私が膨大な魔力を流し込むとゴラオンは絶叫した。
再生活性と違い攻撃的に魔力を流すと、身体中の痛覚を一斉に刺激して耐え難い痛みを全身に走らせるのだ。分かりやすく言えば、普通の人に気絶出来ないスタンガンを当て続けるようなものである。
しばらくその状態を続け、ようやく処置を終えた私は手を放してミスリルナイフを取り出した。
「は……はは、残念だったね。僕にいくらダメージを与えようが無意味だよ。ほら、さっきまでの痛みなんか一切消えているんだから」
「ああ、調べさせてもらったよ。お前は切り傷どころか、衝撃による痛みでさえ一瞬で消える体質なんだな。痛覚まで消してしまうなんて本当に厄介だ。まるで呪いだな」
「君の言う通り呪いみたいなものさ。不死に近い肉体だから、僕を拷問したり殺そうとしたって無駄だよ?」
「だが……それもさっきまでだ」
徐にミスリルナイフをゴラオンに突き立てる。当然血が流れるが、その血はすぐに……止まらなかった。その現実にゴラオンの表情が凍りついた。
「な……んで? 血が止まらない! 痛みが消えない! 何だよ! どういう事だよ!」
「お前の再生因子を破壊したからだ」
「何をわけのわからない事を言っているんだ! 返せ! 僕の力を返せ!」
すでに気付いているだろうが、先ほど魔力を流し込んだのは苦しめる為ではなくゴラオンの再生因子を破壊する為だった。たった一つでも残っていれば復活してしまうので、身体中に染み渡らせる為に膨大な魔力と多少の時間がかかったが、実験は成功したようだ。
常人にやれば確実に殺す方法だが、こいつには丁度いい。それに再生因子は完全に破壊したので、戻せと言われても不可能である。
「もはや無理だ。さて……わけがわからないと言っていたが、一つ教えてやる」
喚き散らすゴラオンの顔を殴る。変身したせいで多少硬かったが『ブースト』で強化した拳なら問題なく通じた。消えない痛みに苦しみつつ、口から血を流すゴラオンの頭を掴んだ。
「お前はもう無敵じゃないって事だ。さて……覚悟はいいな?」
「な……何を?」
こいつには色々聞かなければならない事がある。
ヴィル先生が話していたグレゴリとの癒着に、犠牲となった人々の所在、そして犯罪の自白と様々だ。
広間から離れたこの通路なら弟子達に見られる心配もないし、遠慮なく尋問を行える。
だがそんな事より私はやらなければならない事がある。
それは尋問なんかより最優先で行うべき事だった。
実際に見てはいないが、『サーチ』で捉えていたので把握している。
こいつが……エミリアをあんな風にしたのだ。
あの可愛いエミリアを傷つけた奴を、私は許す筈が無い。
もはや私が止めようが止まらないので、本能の赴くままに任せた。
「エミリアの分だ。簡単に……折れるなよ?」
私は拳を振りかぶった。
説明もルビも多く作者涙目です。
彼はヒーローではなく、人を殺めるエージェントなのです。正義が悪を滅する爽快感を期待された方々には申し訳ありません。
この話を投稿した夕方か夜にでも、活動報告を上げたいと思います。




