終わりと始まり
※2022年 8月27日 更新分 1/1
「ちょっと待て、カイエン。今のはどういう意味だ?」
「そういえば、昨晩の話し合いの時点で、お前だけはシリウス殿に関しては色々と難色を示していたな」
カイエン様が放った不穏な言葉に会議室の空気も変化し始め、サンドールの重鎮たちは動揺しながらお互いの顔を見合っています。
彼が何故このような事を口にするのか理解出来ないのもありますが、王族二人と対峙しているので、彼等はどう対応するべきか悩んでいるようでした。
「どういう意味も何も言葉通りです。彼は……危険です。状況次第では、第二のラムダになる可能性もあります」
「そんなわけねえだろうが! あいつは俺たちとは全く関係ないのに、身を犠牲にしてくれてまで国を救ってくれた英雄だぞ!」
「ラムダの時もそうだったではありませんか」
「あの男と違い、シリウス殿は我々を憎む理由はない。たとえ知らない内に恨みを買っていたとしても、我々が誠意ある対応すればいいのだ」
声を荒げるサンジェル様を後押しするようジュリア様も語りますが、カイエン様はあくまで冷静に語ります。
「確かにその通りかもしれませんが、私はあの戦いが終わってからずっと考えていたのですよ。シリウス殿の実力もですが、彼にはホクト殿だけでなく優れた弟子たちもいます。つまり、一人の冒険者が持つには過剰な力なのです。それは隣で見てきたジュリア様が一番理解しているのでは?」
「それは……わからなくもない。だがシリウス殿の実力は努力を怠らなかっただけであり、弟子たちが強いのは彼が親身に育ててきたからだ」
「第一よ、個人が強くてもラムダみたいなとんでもねえ魔道具は持ってねえだろうが」
「では、魔物を操作出来る魔道具を手にし、ラムダが研究をしていたという魔大陸へ向かったのは誰でしょうかな? あの危険な技術を彼が密かに手に入れていたとしたら?」
味方だとしても、人々は巨大過ぎる存在には恐れを抱いてしまうものです。
それはシリウス様もよくご理解されていますので、魔大陸へ一人で向かった理由の一つが、カイエン殿が仰ったような疑いを私たちに向けさせない為もあったのかもしれません。
ただそれを口にしたところで、今のカイエン様の考えが変わるとは思えませんでした。
次第にサンジェル様とジュリア様の口数は減り、レウスも難しい表情で黙る中で反論をしたのは……。
「あの者がラムダの技術を手にしたとは限らないだろう。せめて本人に聞いてから判断したらどうだ?」
「聞いたところで答えてくれるとは思いませんね。力を手に入れた彼が、支配者になりたいという野心を秘めていたとしたら……」
「そんな野心ないわよ。もしシリウスがそんな考えを持っていたら、私はここにいないからね」
怒りを胸にしながらも冷静に語る、獣王様とリーフェル様でした。
特にリーフェル様の言葉は何よりの証明になると思います。もしシリウス様が支配者になるのを望んでいれば、リーフェル様どころかエリュシオンはシリウス様のものになっていたでしょうから。
二人の王族に正面から問い詰められ、さすがのカイエン様も返事に詰まっておりますが、ここには二人以上に怒りに満ち溢れた方がいらっしゃいました。
「のう、そこの爺よ。シリウスがお主の想像通りの男であれば、何をするつもりじゃ?」
「……私は危険だと提案しているだけで、まだどうするとかまでは考えておりませぬ」
「ふむ、密かに始末でも考えておるのではないか? まあどれだけ数を揃えようと、あの男を仕留めるのは無理じゃろうがな」
どちらも人生において経験豊富なお爺ちゃんたちです。
並の方であれば、恐怖で呼吸すら忘れそうなお爺ちゃんの殺気を受けながらも、カイエン様は一切臆する事もなく睨み返していました。
「お主がくだらん事を考えるのは好きにせい。じゃがのう、彼奴の敵になるのであればわしも敵になるのを覚えておくんじゃな」
「剛剣殿も彼の味方というわけですか?」
「味方ではない。あの男はわしと対等に戦える男であり、獲物じゃ! わしの獲物を奪う者は彼奴より先にわしが斬る!」
もっと素直に言えないのかとは思いますが、残念ながらこれがお爺ちゃんなんですね。
自分は本気だと言わんばかりに殺気を全方位に放ち、慣れていない方が怯えたり椅子から転げ落ち始めたので、もう会議どころではありませんでした。
さすがのカイエン様も困ったのか、私にお爺ちゃんを止めてほしいと視線で合図を送ってきた時、ずっと静かだったレウスがゆっくりと口を開きました。
「なあ、俺からも一つ言わせてもらうけどさ、もし兄貴があんたの考えるようなくだらない事をしたら、俺は自分の命を賭けてでも兄貴を斬るつもりだ」
「見事な心意気ですな。ですが、貴方は本当に師である彼を斬れるのですか?」
「やれるさ。それが兄貴の望みだからな」
「……わかりました。そこまで考えているのであれば、これ以上は言いませぬ。サンジェル様、ジュリア様、余計な口で場を荒らしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、後腐れなしと言ったのは私だからな。気にしなくていい」
「あまりいい気はしねえが、お前もこの国を考えての発言なんだろ? 謝罪はいらねえ」
まだ完全には納得していない様子のカイエン様ですが、これ以上言い合いを続けても無意味だと判断したのでしょう。素直に謝罪をし、以降はシリウス様については何も語らなくなりました。
幸いな事に、先程のやり取りでシリウス様を恐れている方は少ないようです。中にはシリウス様への褒賞を上げて、何としても自国に取り込むべきだと熱く語る方もいらっしゃいました。
ただ、やはりカイエン様が発した言葉が不安の種となり、複雑な表情を浮かべている方も僅かですが見られたのです。
お爺ちゃんの殺気を知ったのなら直接的な手を出してくるとは思いませんが、シリウス様が目覚めるまでは警戒を強めるべきだと私は心に刻むのでした。
まだ予定とはいえ、各々の褒賞の内容が書かれた目録をいただいたので、私たちはそれを手にシリウス様の下へ戻りました。何かある可能性も考え、情報の共有も兼ねて信頼のおける皆さんを一部屋に集めていたので、中々の人数となっていますね。
それでも広い部屋ですから問題なく寛げますので、部屋のテーブルに着いて会議の内容を皆さんに報告していましたが、会話の切れ目でリーフェル様が軽い溜息を吐きながらぼやき始めました。
「まさか私にも褒賞をくれるとは思わなかったわ。これ絶対にエリュシオンの体面を気にしてよね?」
「それだけじゃないと思うよ。私を守るだけじゃなく、混乱しそうな兵士の皆さんを上手く整えていたじゃない。姉さまだって皆を支えていたんだよ」
「まあ、やれる事をやってはいたけど、私より活躍している人がいるのに選ばれているのがすっきりしないのよ。ほら、貴方のお兄さんとか、もっと称賛されるべきじゃない?」
「えっ!? えーと……兄上はその為に戦っていたわけじゃないですから、あまり気にしないと思いますよ」
先程の会議では主に私やレウスたちの褒賞が発表されましたが、合間にアルベルトの名前も呼ばれてはいたのです。
現在彼はキース様と共に魔物の討伐を手伝っていてこの城にいなかったので、彼の褒賞が書かれた目録は私が代わりに受け取り、今はマリーナの手にあるのですが、その目録を眺めていたマリーナが複雑な表情で唸っています。
「でも、本当に凄いね。兄上がこんな沢山の金貨を貰えるなんて初めてかも」
「そんだけアルは頑張ったからな。そういえば獣王様とキースもアルを気に入っているし、今回の戦いで色々世話になったから、アービトレイからも何か送るつもりらしいぜ?」
「うわぁ……これでうちの財政状況は潤いそうだけど、こんな一気に増える方が逆に怖いかも」
「財政状況って、家の為に使うって事か? アルが貰えるお金なんだし、何か欲しい物とか買えばいいのに」
「うーん、パメラ義姉さんや家族にお土産くらい……かな? とにかく一人が持つには身に余りそうな金額だし、兄上なら故郷の為に回すと思うんだよね。そういう貴方の褒賞はどうなのよ?」
「俺か? 俺はこれくらいだな」
そう質問されたレウスは、自分が貰った目録をマリーナへと手渡していました。
普通は揉め事を防ぐ為に、身内にしか見せるべきではないものを平然と渡してくるレウスに呆れつつもマリーナは目録を確認しますが、彼女の目が動く度にその表情が引き攣っていくがわかります。
「何……これ? 金品類はまあ別として、望めば好きな土地や爵位も授けるとか書いてあるんだけど、これ全部貰ったら町の領主くらいにはなれるんじゃない?」
おそらくジュリア様と結ばれる可能性を考え、レウスに相応の権力を与える意図があるのかもしれません。それでも望めばとも書かれてはいるので、私たちを気遣ってくれているのがわかります。
ただの冒険者には破格とも言える内容ですが、予想通りレウスの反応は薄いようです。
「そうなのか? でも俺は領主とかそんなの興味ねえからなぁ。とりあえず貰った金は兄貴とマリーナに半分ずつかな?」
「シリウスさんはわかるけど、何で私なのよ?」
「だって俺たちの金になるんだろ? なら上手な使い方がわかっているマリーナに預けた方がいいじゃないか」
「ぐっ!?」
本来ならシリウス様に全てお預けするのが当然かもしれませんが、貴方はもう伴侶と認めている相手がいる身です。レウスにしては中々の判断でしょう。
言葉の意味を理解したマリーナは頬を染めて何も言い返せずにいるようですが、そんな彼女の様子も気にせずレウスはある事に気付いて手を叩いていました。
「あ、そうだ。土地とかそういうものの代わりに、鉱石を貰うか! エリュシオンに戻ったら、新しい剣を打ってもらう予定だからさ」
「ごほん……け、剣ね。それならかなり費用がかかりそうだし、褒賞の一部はそれに充てると考えておくわ」
「何じゃ、剣に金は必要なかろう。貴様の腕に耐えられぬ鈍を打ったあの爺が悪いんじゃから、文句を言えば勝手に打ってくれるわい」
「いや、そんなの駄目だし、あの剣が鈍だなんて思った事ねえよ。俺がここまで来るまで、ずっと頑張ってくれた相棒なんだぞ!」
「それ以上声が大きくなるなら、外でやってくださいね」
「「…………」」
お爺ちゃんも加わって少し騒がしくなってきたので、私は二人に笑顔を向けながら黙らせました。全く、シリウス様が目覚めないからといって、さすがに騒ぎ過ぎです。
静かになったところで改めて会議の内容について皆さんに意見を聞いてみましたが、やはり気になる点は共通しているようでした。
「わかってはいたけど、そこが気になる人が出て来たわけね」
「はい、会議に参加した方々は概ねシリウス様には好意的な考えでしたが、サンドールで有名なカイエン様のお言葉という事もあって同意してしまう方もいそうです」
「ったく、聞けば聞く程ふざけた話だぜ。兄貴がそんな小さい真似なんかする筈なんかねえのにさ」
「でもシリウスさんの性格は、私たちみたいに近い人じゃないとわからないからね」
「それにシリウスが魔大陸で何を見たかは直接聞かないとわからないから、不安になるのも仕方がないわ」
とはいえ、もしシリウス様がラムダの魔道具や技術は何も見なかったと説明はしても、納得出来ない方は出て来るでしょう。
嘘を吐き、技術を独り占めにして何かを企んでいる……という、恐れや危機感によって過剰な考えに至る方が現れてもおかしくありません。
結論として私たちが警戒すべき事は、シリウス様から知識や技術を奪おうと強引に身柄を確保しようとする方や、カイエン様が口にしたようにその強大な力を恐れて排除しようとする方たちです。
正面からぶつかってくるのであれば対処も容易でしょうが、そんな考えに至った方たちは己が正義だと信じ、見境のない行動を選びやすいものですから。
「やはり、この国から早く離れるべきかもしれませんね」
「そうね。若干寂しくはあるけど、長く居座る理由もないもの」
シリウス様が眠り続けている以上、私たちで方針を定めて動かなければなりません。
現時点で優先すべき内容はシリウス様と私たち全員の安全確保なので、少しでも襲われる可能性が低い場所へ向かうべきでしょう。幸いな事にシリウス様は眠り続けているだけで、馬車さえあれば移動は難しくありません。
皆さんもその考えに同意してくれたので、元々の予定でもあったエリュシオンへと向かう事に決めましたが、私は敢えてとある質問をリーフェル様にしていました。
「失礼を承知ですが、お聞かせください。リーフェル様はシリウス様の力を欲していますか?」
「欲するというか、何かあったら助けてくれとお願いくらいはするつもりよ。少なくとも、彼の意思を無視して強引に利用するつもりはないわ」
「では、恐れてはいませんか? あの御方は今や、一国をも滅ぼす力や知識をお持ちになられているかもしれないのですよ?」
「その辺りは今更って感じね。これが別の人なら違ったかもしれないけど、シリウスは力の使い方やその危険性、そして人の本質による善悪も理解しているもの。敵対でもしない限り理不尽な暴力は振るわないのもわかっているから、本気で怖いと思った事はないわよ」
「ふふ、さすがは姉様です」
会議の時にシリウス様を庇ってくださった時点で無駄な質問だったかもしれませんが、シリウス様の従者として私はどうしても確認しておかねばなりませんでした。
ですが……やはりリーフェル様は思った通りの御方でしたね。
初めて出会った時から変わっていません。大胆でありながも冷静で、身内には凄く甘い、心優しき女性のままでした。
「それに今の私は彼のお義姉さんだからね。何だかんだで身内には甘い子だから、色々と便宜も計ってくれるでしょ。優秀な彼を掴まえてくれて本当に助かったわよ、リース。この私が褒めて遣わす!」
「そんなつもりで私は……あうぅ……」
もちろん優秀な部下が手に入ったという打算もあるかもしれませんが、リーフェル様の場合はそれだけではないでしょう。何故ならリース程ではありませんが、シリウス様の事を語る時のリーフェル様は家族へ向けるような優しい目をしていますから。
とにかく、これでエリュシオンへ向かうのに憂いはなくなりました。
「なら、手早く褒賞をいただいてから、サンドールを離れる……で、いいわけね?」
「はい。本来なら褒賞を気にせず旅立つべきかもしれませんが、将来を考えるとさすがに無視は出来ないですから」
「正当な報酬だもの、遠慮なく貰っておきなさい。そういえば、シリウスの褒賞が書かれた目録はないの?」
「実はそれについて色々とありまして……」
私たちが目録を貰う時、内容を読み上げてサンジェル様から受け取るという、簡単な儀式を行いながらいただきました。
当然ながらその場にいなかったシリウス様はそれが出来なかったので、特別にこの部屋で儀式を行い、目録を渡したいとカイエン様が提案したのです。
「はあ? そんなの彼が目覚めてからでいいじゃない。うちだって事情があれば日程を延ばすわよ」
「シリウス様は特殊故に褒賞が多く、早く仮の儀式を済ませて準備に入りたいそうです。それに複雑な事情がありそうで、断り辛い雰囲気ではありました」
「まあ、寝てる人を玉座の前まで引っ張り出すとか言い出さないだけましかしらね」
「代わりの人じゃ駄目なの?」
「強引に押し通せば代表でも行けそうな気配はしましたが、実はある考えがあって今は保留にしていただいているのです」
危険かつ少し強引なのは理解していますので、皆さんの意見も聞いておきたかった策が浮かんだのです。
そうして私の考えを伝えたところ、皆さんは止めるべきだと口を揃えていましたが、説明を続けている内に呆れや苦笑といった様々な表情へと変わっていくのでした。
「あー……なるほど。よく考えてみたらあり得るかもしれないわね」
「別に悪いわけじゃないんだけど、普通じゃないからなぁ」
「やってみる価値はあるんじゃねえか? 俺たちがいれば何とかなりそうだしさ」
様々な意味がある信頼によって私の案は通り、代表ではなくこの部屋での儀式を選びました。
その内容をサンジェル様とジュリア様に伝えに行くとお二人は難色を示しましたが、私たち全員が覚悟を決めているという事で、この部屋で儀式が行われるのが決定したのです。
次の日……やはりシリウス様は目覚めませんでしたので、この部屋でシリウス様の褒賞の授与式が行われました。
部屋に入ってきたのはサンジェル様と儀礼用の服装をした三人でしたが、何故か儀式について言い出したカイエン様の姿が見えません。そしてこの御三方ですが……どこかで見たかと思ったら、昨日の朝にカイエン様と一緒にいらした三人の男性ですね。
シリウス様の眠るベッドから少し離れた箇所で見守っている私たちは、褒賞の内容を読み上げる進行役の声を聞きながら警戒を強めていました。
「……以上の功績により、シリウス殿にはここに書かれた金貨と、土地と爵位を授ける」
本来であれば、このような状況になるのを防ぐべきでした。
狙われているという可能性がある中、見知らぬ方を眠り続けるシリウス様に近づけるなんて危険過ぎる行為ですから。
それでも私たちは……。
「不服があれば、後に申し立てよ。代理人……目録を」
そして読み上げが終わり、差し出された目録を私が片膝を突きながら受け取ったその瞬間……空気が変わったのです。
「危険な男め!」
「そのまま眠っていろ!」
「これ以上!」
三人から放たれる明確な殺意。
それぞれが懐に隠した武器を取り出してシリウス様へ狙いを付けたと同時に、私は受け取った目録から手を放して一番近くの男性へ踏み込み、彼が吹き矢を持つ手首を捻り上げながら床へと倒します。
もう一人は何らかの魔法陣が刻まれた魔石を握っていましたが、即座にレウスの拳で殴り飛ばされ、手から落ちた魔石はベイオルフの双剣によって破壊されました。
最後の男性は吹き矢とナイフを手にシリウス様へとぶつかる勢いで踏み込んでおり、リースとフィアさんが魔法で無力化させようと手を伸ばしていましたが、二人の魔法が発動する事はありませんでした。
だって……。
「我が国を好き勝手にー……うおっ!?」
必要……ありませんでしたから。
放たれた吹き矢は白く輝く尻尾に弾かれ、突き出されるナイフよりも早く男性の手首が掴まれたかと思えば、彼は魔法のように軽々と宙を舞っていたからです。
合気道と呼ばれる技で投げ飛ばされた男性がセニアさんの手で縛られた後、私がゆっくりと立ち上がりながらベッドへ近づくと、決して聞き逃す事のない掠れた声が部屋に響き渡りました。
「……状況……は?」
「もう……大丈夫です。敵は……いません」
「ホクト……は……」
「クゥーン……」
「無事です! 貴方と同じく目覚められました!」
「そう……か……」
この御方たちが覚醒するには、何らかの衝撃や切っ掛けが必要だと考えた結果が……これでした。
今の私たちでは決して放つ事は出来ない、貴方を本気で狙う殺気で……ようやくお目覚めになられたのです。本当に……殺気というのが信じられないというか、不思議な御方たちです。
意識は朦朧としており、視線も定まっていないようですが、本当の意味でシリウス様とホクトさんは私たちの下へと帰られたのです。
皆さんが駆け寄ってくる中、私は涙を拭う事も忘れて愛しき主の手を両手で包み込みました。
「俺は……帰って……これたのか?」
「はい! おかえりなさいませ……シリウス様」
「ああ…………ただいま」
――― サンジェル ―――
「ったく、これで本当に目覚めるとはな。弟子たちといい、どうなってんだこいつ等は」
昨日、銀狼族の姉ちゃんから、殺気を受けたら反応があるかもしれないから儀式を了承する……と言い出した時は何を言ってんだと怒鳴っちまったもんだが、その通りになっちまうとはな。
まあ付き合いの長さは、あいつ等の方が遥かに上なんだ。何にしろ、あいつが起きたなら文句はねえし、とにかく俺の仕事をさっさと済ませるとするか。
三人の内二人は気絶しているが、リーフェル王女の従者に縛られた奴は意識を奪われていないので、俺は怒りの表情でそいつへと近づいた。
「おい、俺の前で随分と勝手な真似をしやがったな」
「お、お待ちください! あの男は、あの男は危険過ぎるのです!」
「だからってこんな不意打ちをして恥ずかしくねえのかよ?」
「カイエン殿も危険視していたではないですか! もしあの男が第二のラムダのようになれば、サンドールだけでなく世界の危機が訪れるやもしれないのですぞ!」
国や世界の危機……か。
だからこそ自分が正しいって思い、こうやって命を賭けてでもあいつを仕留めようとしたわけだ。
でもよ、国の為だとか世界を守る為だとか随分とご立派な大義名分を掲げちゃいるが、結局はあいつが敵になるのを勝手に妄想して怖がっているようなもんじゃねえのか?
せめてもう少し相手を知ってから動けと言おうとしたところで、騒ぎを聞きつけて数人の兵を連れてカイエンが部屋に入ってきた。部屋と俺の様子からすぐにカイエンは状況を悟ったようだが、随分とまあ涼しい顔でいやがる。
「おい、カイエン。どうしてくれんだ? この馬鹿たちを選んだのはてめえだぞ?」
「申し訳ございません。国を救った英雄を讃えたいと、熱意だけは溢れておりましたので。すぐに私の方で処分させていただきます」
「……わかった、さっさと連れてけ。これ以上、客人に恥を晒すんじゃねえぞ!」
「……御意」
さっきから睨み続けているのに、表情一つ変えやしねえ。
その一方で、あいつを襲った馬鹿野郎はカイエンに助けてもらえると思って口元が緩んじゃいるが、やっぱりこいつは何もわかっちゃいねえんだな。
カイエンが味方だとお前等は思っているようだが、真実はその逆だ。
お前等は、カイエンの掌で踊らされているんだよ。
始まりは、シリウスの野郎が魔大陸へと向かった直後だった。
魔物の掃討が粗方終わり、一旦サンドール城へと戻ろうとした時に、突然カイエンが人払いをしてから話し始めたんだ。
『もし……彼が戻ってきたら、面倒な事になるでしょうな』
あまり見ない真剣な表情で奴が語った内容は、魔大陸でラムダの知識や技術を得たかもしれないシリウスが畏怖の対象となり、排除しようと動く者が現れる可能性だった。
『ですから、今後の私はシリウス殿の敵のように振る舞います。可能な限り彼とは会わず、糾弾もして周囲に敵対していると思わせるのです』
反対組織ってのは、何度潰しても虫のように生まれちまうものだ。
だから潰し回るのではなく、敢えて中心の人物となって上手く制御してしまえばいいとカイエンは考えたわけか。悪くない考えだが、こんな面倒なのはお前くらいしか出来ねえよな。
『でもよ、お前はどうなんだ? お前みたいに賢い奴なら、国や世界をも脅かす存在がいると知ったら無視出来ないだろ?』
『彼は力の使い方を理解していますからな。それに強き者と良き関係を築ければ、恐れる必要などありませぬ。そもそもの話、世界には己より強い存在はいくらでもいるのですから、よくも知らない相手を勝手に恐れている時点で精神が未熟なのですよ』
『言われてみれば、剛剣の爺さんも恐ろしい存在だったな』
『それにシリウス殿は王や貴方たちだけでなく、この国をも救ってくれた恩人です。その恩に応えねば、この国に仕える者として情けないにも程がありませぬ』
『ならよ、もし……もしもだ。魔大陸から帰ってきたあいつが、お前が想像している最悪な奴に変わっていたら?』
『その時は、私が本当の敵になるだけです』
口調は真剣だが、そんな事はならないだろうと言わんばかりにカイエンは穏やかに笑っていた。何だかんだでお前もあいつの事をとことん気にいってんだな。
『サンジェル様。私の方で敵対する者たちの情報を集め、可能な限り動きを密かに報告します。彼等への説明と繋ぎは頼みましたぞ』
『……わかった』
『いずれはこの役をサンジェル様に引き継いでもらう予定ですからな。国の立て直しだけでなく、そちらの勉強も怠らぬように』
こうして、カイエンはシリウスの敵役になったわけだ。
つまり今回の件は、シリウスを危険視する奴を炙り出す為にカイエンが一芝居を打ち、味方だと思わせて自分の下へ集めていたに過ぎなかったってわけだ。本当はこの部屋へ連れて行く前に対処するつもりだったが、銀狼の姉ちゃんからの提案もあって今回はここまで連中を招き入れたわけだ。
シリウスが目覚めた事で多くの仲間がベッドに集まる中、少し距離を置いてその光景を眺めていたエルフの姉ちゃんが俺に声を掛けてきた。
「ねえ、事前に聞いてはいたけど、本当に大丈夫なのかしら?」
「今更信頼もへったくれもねえとは思うが、安心しろ。もうあの連中が手を出す事はねえよ」
順番は変わったが、あの三人はこの後で誰にも知られずにカイエンに消されるだろうさ。考えが過激というか扱いに困っていた連中でもあったし、カイエンが言ったように精神が未熟な連中としか思えないから、処分する事に抵抗はあまりない。
我ながら、随分と簡単に切り捨てられるもんだなとは思うが、俺はもうこの国の王なんだ。
全体の足並みを揃えられねえどころか、妄想に怯えてくだらねえ真似をするような奴は遠慮なく切り捨ててやる。
俺は……血で濡れた道を歩く覚悟は出来ているんだ。
「さて、あいつから色々話を聞きたいところだが、この様子じゃしばらくは無理そうだな」
「そうね。あれはしばらく落ち着きそうにないわね」
「仕方がねえ。俺も予定が詰まっているし、後で顔を出すと伝えておいてくれ」
随分と気安くなったこのエルフの姉ちゃんもシリウスが気になっているようだし、俺は伝言をしてから部屋を出た。
これから俺が向かう場所は、魔大陸が目の前にある第一防壁だ。以前から進めていた計画が、今朝になってようやく整ったと報告があったのだ。
普通なら数日は必要な距離であるが、今の俺にはそんなの大した距離ではない。
何故なら……。
「すまねえな。散々世話になっているあんたに、こんな真似までさせちまってよ」
『ふん! ヒナの頼みで仕方なくだ』
「……ありがとう、メジアおじさん」
傷が癒えて飛べるようになった、竜族のメジアに乗せてもらっているからだ。
一緒にいるのはチビのヒナと、俺の護衛である数人の供だけなので速度もかなり出しているらしく、この調子なら昼前には到着しそうだな。
「……ねえ、サンジェル」
「ん、何だ?」
「……メジアおじさん……速いよね」
「だな。色々あって俺の所の竜は一体もいなくなっちまったが、やっぱり仲間にいると楽だな」
しかし、このチビもわからねえもんだな。
ラムダと関わってしまった同情もあって何度か遊んでやっただけなのに、何か妙に懐かれちまった。今では勝手に俺の膝へ乗ってくるぐらいだし、やっぱ子供ってのはよくわからねえ。
まあ子供に好かれるのは悪くはねえんだが、時折向けられるメジアからの圧力だけは勘弁してもらいたいもんだ。
そんな若干気まずい空気の中で空の旅は続き、予想通り昼前には第一防壁へと辿り着いた俺は、第一防壁にいたフォルトと合流し、船に乗って魔大陸の近くまで来ていた。
「船の固定、完了です!」
「サンジェル様、全ての準備が整いました」
「あのチビはついてきていないな?」
「はっ! 遠目ですが竜の姿は見えるので、あのお嬢さんが向こうにいるのは間違いないでしょう」
これから行うのを子供に見せるわけにはいかないからな。ヒナとメジアが第一防壁にいるのを確認してから、俺は指示を飛ばした。
「よし、小舟を下ろせ! 一人も逃さないように監視を怠るなよ!」
「「「はっ!」」」
俺が乗る大型船から、十人は乗れる小舟が何艘も海へ下ろされて魔大陸へと続々と進んで行く。
あの小舟に乗ってるのは兵ではなく、手足を縛られて動けなくさせた罪人しか乗っていない。正確に言うなら、まだ普通に過ごしていた頃のラムダを陥れた連中だ。
風の魔法で魔大陸へと進んで行く小舟を眺めていると、俺の隣に控えたカイエンが不意に呆れた様子で呟いた。
「彼等も皮肉なものですな。遊戯として楽しんでいたものに、己が参加する事になるとは」
「けっ……」
かつてサンドールで非公式に行われていた処刑法の一つで、罪人を魔大陸へ流して魔物に襲わせるというものがあった。
その様子を、今の俺たちのように遠くから眺めて楽しむという、聞いただけで胸糞悪くなりそうな行為を、あの船に乗せられた馬鹿共がラムダにやったのだ。死に際のラムダ本人からの証言と、俺たちが尋問してまで突き止めた連中なので、今回の原因を作った奴はあれで全員だろう。
布を噛ませているので泣き言や叫ぶ事も出来ず、呻き声を必死に上げて助命を請うているようだが、その姿を見ても何も思わねえ。
そうこうしている間に船が魔大陸の浜辺へと乗り上げると、異変と匂いに気付いて続々と魔物が集まり始めた。
「逃げる奴がいないか、しっかり見ていろよ。あんな連中がラムダみたいに生き延びられるとは思えないが、念の為だ」
「ご安心を。すでに逃れる隙間すらないでしょう」
目の良い数人で監視させているが、はっきり言ってもう確認する必要もないくらい魔物に群がられている。
何かの衝撃で口の布が外れたのか断末魔も聞こえ始め、浜辺が血で染まっていく光景に、俺は段々と腹が立ってきていた。
「……くだらねえな。こんなものを見物して楽しむ連中の気が知れねえよ」
「同感です。しかし、ああいうのを好む者がいるのも事実ですからな」
「わかっているよ。でもな、俺は気に食わねえんだ。この処刑方法は完全に撤廃させるぞ。もし勝手に行おうとする馬鹿がいたら、問答無用で首を刎ねる!」
「御意!」
次第に食べる箇所がなくなったのか、魔物が離れて半壊した船と血しか残っていない現場を確認したところで俺は帰還命令を出す。
「これで……終わりだな」
最後に見た、あの野郎の面を思い出しながら俺は空を見上げた。
「どうだ? 約束は守ったぜ」
見ての通り、お前を嵌めた連中はこうして全員処分したぞ。
でもよ、その代わりお前が散々滅ぼそうとしたサンドールは、俺が更に発展させるからな。
お前が聞いたら腸煮えくり返りそうだがよ、それが俺を長年利用し、裏切ったてめえへの復讐ってわけだ。文句なんか言わせねえぞ。
だからあの世で悔しがりながら、俺が来るのを待っているんだな……ラムダ。
強過ぎる力を持つ者が追われ、世界中から命を狙われてしまう話がありますが、その辺りを書いてみたく思い、どのように対処すればいいのか……というのが今回の話でした。
完全には無理でしょうが、敢えて上手くコントロールさえすれば……という結論で、この結果となりました。
そして、本当の意味でこれがサンドール編の最後の話となります。
次から大きく話が動かして最後へ向けて動きますので、もう少しお付き合いくださいませ。




