褒賞式
※2022年 8月26日 更新分 1/1
求めていた主の姿を見つけた事により、私の視界が涙でぼやけていましたが、残念ながらその感動に浸る暇はありませんでした。
何故ならシリウス様は流れ着いた流木のように浜辺で力なく倒れており、そのシリウス様を守るように体を丸めているホクトさんも意識がないのか、先程から尻尾すら動かないのです。
リースは……まだ距離はありますが、きちんと追いかけてくれていますね。
ですがその前にシリウス様の状態を確認しようと一歩踏み出すなり、追い付いたレウスが普段では到底あり得ない力で私の肩を掴んできました。
「待て、姉ちゃん! それ以上近づくな!」
「何を言っているのですか! あんなにも傷付いたシリウス様が目の前に……早く!」
「いいから近づくなって! マリーナも手伝ってくれ!」
「わ、わかった! エミリアさん、よくわからないけど一度落ち着いて!」
色々と抜けている面がありますが、その本能と勘の良さには信頼を置いているレウスが本気で止めてきたのです。
更にマリーナも背中からしがみ付いてきたので、少し冷静になれた私は何とか踏み止まり、大きく深呼吸をしてからレウスへと振り返りました。
「ふぅ……それで何事ですか?」
「あのさ、よくわからねえけど、今は兄貴に近づいたら駄目な気がするんだよ」
「何となくでは駄目です。シリウス様が目の前にいらっしゃるー……」
「レウス君! そちらに一体行きましたよ!」
私たちを追うリースとフィアさんを狙う数体の魔物がいたらしく、ベイオルフが対応してくれたみたいですが、どうやらその内の一体が逃げ出したようです。
逃げた魔物がこちらに向かってきたので、即座にレウスが前に出て剣を……何故か抜かず、それどころか魔物を素手で捕まえて放り投げました。
その行動に首を傾げたくもなりますが、呆けている場合ではありません。この弟はあろう事か、魔物をシリウス様がいる方向へと投げたのですから。
しかしここでようやく私もレウスの行動の意図と周囲の違和感に気付けたので、反射的に後ろへ飛んでいました。
「ちょ!? あんた何をしてー……きゃ!?」
「俺の後から出るなよ!」
投げられた魔物はシリウス様の頭上を飛び越える筈だったのですが、飛んでいる途中で急に炎に包まれたのです。その炎の勢いは激しく、最終的には爆発もして魔物を跡形もなく消してしまったのです。
これは、レウスが本気で止めてくれた御蔭で助かりましたね。後で何か考えておきましょう。
冷静に観察してみれば、無防備なシリウス様がいらっしゃるのに魔物が周囲に全くいなかったり、地面に残った黒い焦げ部分を見れば判断出来たと思います。シリウス様を目の前にして焦り過ぎていました。
それにしても、今の炎は凄まじい威力でした。外部からの攻撃とは思えないので、ホクトさんがやったのでしょう。
一旦距離を取り、どうするか考えている内にリースたちが追い付きましたが、どうやら彼女たちも魔物が炎に包まれる光景は遠目で見ていたようです。
「さっきのあれ、ホクトがやったん……だよね?」
「それにしては強過ぎだわ。あの子にしては不器用というか、余裕がない感じね」
「シリウスさんを守る為に必死なのでは? だから僕たちだって気付けば、攻撃なんかしませんよ」
「それが先程から何度も声を掛けているのですが、全く反応がありません。ホクトさんが気付かない以上、私たちは魔物と変わらないでしょう」
試しにシリウス様へ当たらないように小石を投げてみたのですが、やはり一定範囲内に入ると炎で攻撃されて石は消滅しました。更にリースが水を鞭のように伸ばして遠距離からの治療を試みましたが、結果は同じでした。
魔物どころか生物ですらないものまで攻撃するという事は、今のホクトさんは意識を完全に失っており、近づく存在を無差別に攻撃しているのです。
もちろんベイオルフの言葉通り、もっと近づけば私たちに気付いて攻撃を止めてくださる可能性はあります。しかしその予想が外れていれば、私たちはホクトさんにやられるという最悪の事態を迎えてしまうでしょう。それだけは避けなければなりません。
かといって、このまま黙って見ているわけにもいかないのです。ここから確認出来るシリウス様は多くの傷を負ったのか乾いた血で汚れており、すぐにでも治療を始めなければならない状態なのですから。
「ホクトが攻撃出来なくなるまで待つ……わけにはいかないよね?」
「あの方は意識を失ってもシリウス様を守っているのです。炎が出せなくなった時は命が尽きる時かもしれません」
「なら、やるしかないね」
「……はい」
炎の攻撃を正面から突破し、ホクトさんからシリウス様を強引にでも確保する。少なくともそれで共倒れはしませんし、あまり考えたくはありませんがホクトさんも本望でしょう。
問題は魔物が一瞬で消し炭になる程の威力ですから、近づけるかという点です。
こういう場合はリースの水で防ぐのが一番ですが、ホクトさんが相手では心許ないので、風で炎を受け流す為に私も一緒に行くしかありません。
「待てよ、姉ちゃん。こういう時こそ俺の出番だろ! 俺一人で兄貴に近づくから、姉ちゃんたちが後ろから守ってくれよ」
「それは駄目。離れた状態だと、防御力を最大に発揮出来ないの」
「そして人数が多ければ負担も増えます。ここは私とリースだけで行くべきなのです」
風の魔法ならフィアさんですが、彼女にこれ以上危険な真似はさせられません。
止めようとする皆さんの声を振り切るように、私はリースと手を繋ぎ、水で覆う面積を減らすように体をくっ付けながら一歩踏み出します。
そんな中、唯一私たちを止めようとしなかったフィアさんは、悲痛な表情を浮かべつつも風の精霊に語り掛けていました。
「後で何でもしてあげるから、あの子たちに力を貸してあげて。もちろん全力でよ!」
「くそ! 盾に出来るようなものはねえのか?」
「盾があっても熱が防げませんよ!」
「何か……何か出来る事は……」
まず深呼吸を済ませたリースは、精霊のナイアに語り掛けてから水を集め始めました。
水は私たちの全身を包む込む巨大な水の玉となり、その上にフィアさんが発動させた風の防壁が重ねられたのを確認したところで、私たちはホクトさんの攻撃範囲に入りました。
その瞬間、予想した通り凄まじい炎と衝撃が私たちを襲い、その一撃の重さは水と風で守られている体でも痛みと熱を感じる程でした。
「ん……くっ……うぅ……」
リースは水の守りを維持する事に専念しているので、彼女を引っ張りながら前に出るのは私の役割です。
しかしホクトさんは対象を燃やすだけでなく、炎の壁を叩きつけるようにして吹き飛ばそうとするので、私たちは後ろへ下がらないように踏み止まるのが精一杯でした。
何と重い攻撃。ですが、直接受けた事でホクトさんの状況が少しだけわかった気がします。
私たちと別れてからどのような危機を乗り越えてきたのかはわかりませんが、ここに到着した時点で貴方は本当に余裕がなかったのでしょう。きっとシリウス様を運ぶどころか、動く事すらままならならず意識を失ったんだと思います。
それでもシリウス様を守りたいが為に、無意識に防衛本能を働かせた結果がこれなのですね。余力がない筈なのにこれ程の攻撃を放てるのは、命を削って魔力を生み出しているのかもしれません。
こんな攻撃を繰り返していたらホクトさんが消滅してしまいそうなので、早く終わらせるべきなのはわかっているのですが……。
「不味い、姉ちゃんたちの足が止まっているぞ!」
「熱っ! でも僕たちにはどうする事も……」
「せめて攻撃の手を緩めさせる事が出来れば……」
まだホクトさんまで距離があるのに、炎の圧が強過ぎてこれ以上前に進めないのです。
私たちを守る水はすでにお湯となっており、途中からリースは熱を逃がすようにしてはいるのですが、このままでは熱湯に変わるのも時間の問題でしょう。
フィアさんの風の魔法による守りも私が補う事で辛うじて維持出来ている状態で、もう手詰まりに近い状態でもありました。
それでも、ここで下がるわけには行きません。
「負け……ない……からぁ!」
シリウス様の為に……そして私の手を握り返すリースも諦めていないのですから。
力を振り絞り、一歩……もう一歩……そして三歩目を踏み出そうとしたその時、大きな変化がありました。
あれ程激しかったホクトの攻撃が、ほんの一瞬だけ緩んだのです。
「やっぱり、幻でも魔力だから反応してるわ! 二人とも、攻撃を分散させて!」
「さすがマリーナだぜ! ベイオルフ、両側から岩を押し込むぞ!」
「全く、鍛えた腕力がこんな所で役に立つなんて思わなかったですよ!」
炎の激しさで外の音は聞こえませんが、きっとあの子たちが何かしてくれたのでしょう。
とにかく今が好機です。
再びホクトさんの攻撃が緩んだ隙に、私はリースを抱えながら大きく前へ飛びました。
「ホクトさん!」
「ホクト!」
そして二人でホクトさんに触れながら名前を叫べば、あれだけ激しかった炎は何事もなかったかのように消えたのです。
ここまで接近すればシリウス様が巻き添えになりますから、炎を出せる筈もありません。
「はぁ……はぁ……リース、シリウス様は?」
「あ……ああ……そんな、息を……息をして……」
「落ち着きなさい! 心臓を、胸の音を!」
かつてシリウス様から、死に近い重傷を負っても、意図的に肉体の機能だけでなく呼吸と心臓の動きまでも限界まで落とし、少しでも長く生き延びる技術があると聞いた事があります。
その様子は亡くなっていると周囲に誤解させてしまう程だとも仰られていたので、もしかしたら……。
「あ……動いてる。凄く小さいけど、ちゃんと動いて……」
「ならやるべき事はわかりますね?」
「うん! ナイア、もう少しだけ力を貸して! まずは水で治療、刺激を与えて蘇生も……」
以前聞いた話から考えるに、今のシリウス様は自力で蘇生が出来ないと思うのです。
でもシリウス様から異世界の医学を教わったリースならば、魔法を上手く使って対処は可能でしょう。この状況を見越していたのかまではわかりませんが、シリウス様は本当に最後の最後まで生き延びる事を諦めていなかったのですね。
シリウス様の容体は気になりますが、後はリースに任せる他ありませんので、私は未だに動かないホクトさんの体に触れながら語り掛けました。
「ホクトさん、お待たせしました」
先程のは必要のない争いだったかもしれませんが、ホクトさんはただ主を守る為の道具になっていただけなのです。恨むとかそんな感情は一切なく、その忠誠心に感服するばかりでした。
意識がないので返事はありませんが、触れた先から貴方の想いが伝わってきます。
後は頼む……と。
「はい。貴方が守り抜いたシリウス様は私たちにお任せください。本当に……お疲れ様でした」
命を削り続け、このまま消えてしまいそうなホクトさんではありますが、残念ながら私は百狼様を治す術を知りません。
ですが、貴方はそんな柔な存在ではありませんよね?
後はゆっくりと休んで、シリウス様と共に元気な姿を私たちに見せてください。
「兄貴! 兄貴ーっ!」
「ああもう! こんなボロボロで……本当によく生きて……」
「治療が終わり次第、どこか安全な所に運びたいですね。僕がゼノドラさんを呼んできます」
「ちょっと待って、こっちに気付いて来てくれたみたい。兄上! こちらです!」
二日前にラムダが倒された事で、サンドールの命運を賭けた戦いは終わっても、私たちの戦いはまだ続いていました。
しかし、これでようやく私たちの戦いは終わったのでしょう。
ゼノドラ様の背から手を振ってくる皆の姿を見上げながら、私は安堵の息を吐くのでした。
※※※※※
シリウス様とホクトさんを見つけ、サンドールへ連れ帰ってから、早くも二日が経過しました。
サンドールが戦いの勝利で浮かれていたのも初日までで、今は数多くの事後処理によって国全体が忙しそうにしています。
とはいえ、外からの冒険者である私たちにはサンドールの内政事情は関係ないので、私たちは比較的のんびりと過ごせていました。
ただ、レウスやお爺ちゃんといった武闘派の方々は腕が鈍るからと、怪我が治って飛べるようになった三竜たちの力を借りて魔物の掃討を手伝っていました。まだ先日の戦いの疲労も完全に癒えていないのに、本当に元気なものですね。
そして、この戦いで最も活躍していたシリウス様とホクトさんは、城内の一番大きな客間で過ごしているのですが……。
「おはようございます、シリウス様」
残念ながら、救出されてから一度も目覚めていません。
リースの魔法によって外傷だけでなく体内の傷もしっかりと治療をしたのに、未だに意識だけが戻らないのです。
でも、弱々しかった心音と呼吸も普段と同じくらいに戻ってはいますし、寝たきりの人が数日経って突然目覚めるという話を聞いた事がありますので、そこまで悲観するような状況ではありませんでした。
それでも、眠り続けたままなのは不安であり、早くシリウス様の声が聞きたいという思いが募っています。
「ホクトさんも、お加減は如何でしょうか?」
ベッドだと小さいので、シリウス様のすぐ横の床に敷かれた毛布の上でホクトさんは眠っていました。
一時はそのまま消えてしまいそうな気がする淡い光を放っていましたが、今は何とか落ち着いているので安心したものです。
「様子はどうかな?」
「いえ、残念ながら……」
「だ、大丈夫だって! それじゃあ、先に診させてもらうね」
朝食等を済ませてやってきたリースが、シリウス様の診察を始めました。
呼吸や心音の乱れから始まり、全身を再確認して傷が開いたり化膿をしていないかと、実に手慣れた様子でリースはシリウス様の状態を調べています。身内贔屓かもしれませんが、その手際を見ていると何だか医術に関わる人たちよりそれっぽく見えてしまいますね。
「うん、変わりなし……と。はぁ、体の方は全く問題ないんだけどな。やっぱり何かショックが必要なのかも?」
「危険な事はしたくないのですが、そろそろ考える必要がありそうですね」
「フィアさんと後で話し合おう。じゃあ、交代だね」
続いて寝たきりで体が硬くならないよう、私が全身のマッサージを行いました。
今は痛みを口に出来ないので加減は必要ですが、やはりシリウス様のお世話をしていると心が落ち着きますね。
最後にお湯で絞った布で全身を拭き、体の手入れを済ませたところでフィアさんがカレンを連れて現れました。
「お疲れ様。しばらく私たちが見ているから、貴方も食事と休憩に行ってらっしゃい」
「はい、お願いします」
「先生もホクトも、まだお疲れなんだね」
本来ならシリウス様の従者としてずっと傍にいたいところですが、それはフィアさんの提案で止める事となりました。
『ずっと傍にいると、気が落ち込みやすくなるわ。だから私たちは適度に交代して、休憩をしながら彼が起きるのを気長に待ちましょう』
やはりシリウス様がこのような状態ですから、私はどうしても気が急いたり、落ち着けない部分が出てしまうのです。ですからフィアさんが程よく力を抜くようにと、何度も私を気に掛けてくれるので本当に助かっていました。
眠るホクトさんにカレンが優しくブラッシングをかけ始めたところで私が部屋を出ると、通路の奥から歩いてきたサンジェル様が私に向かって手を振ってきたのです。
「サンジェル様。どうかされましたか?」
「いや、今からそっちの部屋に行こうと思っていたんだが、あいつの様子はどうだ?」
「残念ながら、シリウス様はまだ目覚めておりません」
「そう……か。なら今俺が行っても意味はないか。じゃあ一仕事済んだら、また様子を見に行くぜ」
「お気遣い、ありがとうございます。サンジェル様も忙しそうですが、あまり無理はなさらないでくださいね」
「へ、一番無茶してた連中に言われたくねえよ」
ぶっきらぼうな口調ですが、私たちを信頼し、心からシリウス様を心配する気持ちが言葉の節々から感じられました。
サンドールの次期王……いえ、すでに王の肩書きを持つ身として、国を救ってくれたシリウス様に早くお礼を言いたいのか、何度も様子を見に来てくださるのです。
事後処理で忙しいというのに、本当に律儀で義理を大切する方です。
「シリウス様が何度も助言するわけですね」
昨日、サンジェル様は町の中心にて、サンドールの方々に今回の顛末や、己が王になった際の意気込みについて演説されていました。
傍から見れば親の贔屓で選ばれただけの王と思われても仕方がないのに、彼が発する声には不思議な力があり、多くの方々が聞き惚れているような気がしました。
彼を気に掛けていたシリウス様の目は正しかったというわけですね。
サンジェル様と別れて食堂へと到着すると、テーブルにて人型の姿をしたゼノドラ様とメジア様がヒナちゃんと一緒に食事をされていました。
とはいえもう食べ終わったらしく、私に挨拶とシリウス様の様子を聞いたら立ち上がって食堂から出て行きました。
「サンジェル様……忙しそう……」
『何だ、ヒナはあの小僧に会いたいのか? では行くとしよう』
「でも……いいの?」
『私はよく知らんが、あれは幼子の頼みを聞けぬような小さき男ではあるまい』
『とはいえ向こうも忙しいかもしれぬ。会うのはいいが、無理は言わぬようにな』
最初は竜族を怖がっていたヒナちゃんも、今ではメジア様に我儘を口にしたり、肩車してもらう程に仲良くなれているので、もう心配はいらないようですね。
そんなヒナちゃんたちを見送り、用意していただいた食事を終えて部屋に戻ろうとしたところで、部下と打ち合わせしながら歩く獣王様が目の前を通ったのです。
「うむ。準備は出来たが、苦情は出ていないか。ではもう少しー……おお、エミリア殿ではないか!」
「おはようございます、獣王様。ご帰還の準備は順調のようですね」
「うむ、準備は昨日の時点で済んだので、多くの部隊はすでに帰還させた。しかし妻たちとサンドール側には悪いが、私はもう数日滞在する予定だ」
獣王様はアービトレイの現国王ですから可能な限り早く自国へ戻るべきでしょうが、獣王様は個人的な事情でサンドールに滞在するのを決めたみたいです。
「友が眠り続けたままで別れるのは落ち着かぬからな。その様子だと、まだあの者は目覚めておらぬようだな」
「はい。シリウス様も、獣王様と別れる前に話をしたいと思っていらっしゃるでしょう」
「ですが、王よ。これ以上の滞在は二日を目途にしてください。我々もシリウス殿は気にはなりますが、貴方は王なのですから」
「わかっておる。まあ彼の事であれば、妻と娘もわかってくれるだろう」
個人的な見解ですが、確かに獣王様の奥様と娘さんなら、何で安否を確認せず戻ってくるんだと怒りそうな気がしますね。
そのまま軽くお互いの近況を話し合ってから獣王様たちと別れたのですが、まるで私が一人になるのを待っていたかのように、とある方たちが私へと近づいてきました。
妙に真剣な表情をした四人で、その内の一人が先の戦いで活躍されたカイエン様でした。彼は信頼出来る方だと思ってはいますが、連れている方たちが私たちにあまり良い感情を抱いていないような気がします。
彼等がカイエン様と一緒にいるのが不思議に感じ、自然と私の警戒が高まる中、彼等は挨拶もそこそこに本題に入りました。
「エミリア殿。本日の昼食後に、城内で重要な会議が行われるのが決まったのだ。その会議に貴方とレウス殿に出てほしい」
「……わかりました。しかし私たちが必要な会議となると、一体どのような話し合いになるのでしょうか?」
「うむ。簡単に説明するなら、サンドールの今後と英雄である皆さんへの報償に関してだ。貴方たちには面倒をかけてしまうが、どうかよろしくお願いする」
口調は丁寧ですが有無を言わさない迫力を感じましたので、私は素直に頷きました。会議の内容が気にはなりますが、私とレウスだけならシリウス様の守りに関しては問題なさそうです。
その後は必要な事だけを告げてすぐに立ち去った彼等を不審には思いましたが、とにかく先程の内容と、私が感じた疑問を伝える為に急いでシリウス様の下へと戻るのでした。
そして簡単に話し合いを済ませた後、私はレウスと共に城内の会議室へとやってきました。
会議に参加している中で見知っている方は、王であるサンジェル様とジュリア様は当然として、私を呼んだカイエン様ですが、何故か獣王様だけでなくリーフェル様の姿もありました。
後は私の知らないサンドールの重役と思われる方が数十人程なのですが、この中で一番不思議と感じた参席者は剛剣のお爺ちゃんです。
心から面倒そうな表情をしているのに、リーフェル様の隣の席で大人しく座っているお爺ちゃんが少し不気味にも感じました。
「全員、揃ったようだな。それじゃあ会議を始めるとするか。カイエン!」
「はっ! 忙しい中、急遽集まっていただき感謝する。本日は各現場の経過報告と、サンドールの危機において活躍した者の褒美について話し合うつもりである」
カイエン様が進行係となり、まずはサンドールの重役の方々から作業の進捗や問題点を報告させていました。
とはいえそちらが会議の主題ではないのか報告等は簡単に終わらせ、すぐに褒賞の話となりました。
「此度の件、我が国と関係のない多くの方々に助けられました。情けない話ですが、彼等がいなければこの国は滅んでいたでしょう」
「そうだな。もちろん彼等だけでなく、サンドールの皆が全力で戦った御蔭だ。王として改めて皆に礼を言わせてくれ。ありがとうな!」
サンジェル様が席を立って頭を下げた事で室内に動揺が走りましたが、顔を上げた彼は自然な笑みを浮かべていました。
上に立つ者は軽々と頭を下げるべきではないと聞きますが、サンジェル様の笑みは自慢の我が子たちだと言わんばかりに誇らし気なので、彼を侮るような気持ちがあまり湧いてこないですね。
「つーわけでだ。褒賞については人数が多いので、ここでは外部の者のみを発表しようと思う」
「これはあくまで仮の決定であり、正式な授与式典は後日行う予定だ。そして人選も褒賞内容も私たちが独断で決めた事なので、その者の褒賞が相応しくないと感じたのであれば遠慮なく進言するといい。あと腐れなく行こうではないか」
「では……まず一人目、アービトレイの獣王様。王としての立場もありながら最前線で何度も戦い抜き、多くの兵を鼓舞して戦場全体を支えた立役者の一人であります」
私たちが直接見る機会は少なかったのですが、獣王様が全体を支えてくれたからこそ私たちは全力で戦えたのです。
他国の王ではありますが、今回は個人への報酬として勲章やかなりの金品が授けられる事となり、獣王様は粛々と頷いていました。
「ここで遠慮するのは失礼だろうな。ありがたく賜るとしよう」
「続いて、剛剣殿とレウス殿である。正確に言えばジュリア様だけでなくキース様とアルベルト殿もだが、今回は代表として二人を選ばせていただいた。彼等もまた獣王殿と同じく最前線で戦い抜き、多くの敵を斬り捨てた。更にラムダの片腕であるヒルガンを倒し、戦況に大きく貢献した」
おそらく、この数日で魔物を斬った数はお爺ちゃんが一番でしょう。
もちろんレウスとジュリア様も負けてはいないとは思いますが、知名度といった様々な事情でお爺ちゃんとレウスが選ばれたと思います。まあ当の本人は、貰える者は貰っておくかのう……と、どうでも良さ気な態度ですが。
「そして、そちらにいるエミリア殿だ。彼女は非常に厄介でもあった、ラムダの片腕であるルカを討ち取ってくれた。後に説明するシリウス殿の従者だとしても、彼女の活躍は他にもまだあるので、主従を考えず個人に褒賞を与えたいと思う」
「……わかりました。謹んで賜ります」
従者の活躍は主のものと一緒にされるのが普通ですが、活躍の大きさから特別に私個人に授けてくれるそうです。どちらにしろ私の褒賞はシリウス様に捧げるつもりですし、結局は一緒になりますので素直に受け取る事にしました。
後はホクトさんですが、さすがに従魔への褒賞はどうなのかと判断がつかず、一旦保留にすると決めたようです。
そして遂に……。
「最後に、未だ眠っているのでここにはいませんが、シリウス殿です。彼がもたらした功績は、もう語るまでもないでしょう。正に英雄と呼ぶに相応しい者だと思います」
私だけでなくリーフェル様やジュリア様は満足気に頷き、隣にいるレウスに至っては嬉しそうに拳を叩いておりました。
シリウス様はあまり良い顔をしないとは思いますが、あの御方がの素晴らしさが広まると私は嬉しいですし、何より誇らしい気持ちでいっぱいです。
ただの冒険者には身に余るそうな報酬の内容に、周りの反応は本当に様々でしたが、概ねは受け入れられているようですね。
そしてこういう状況でよくある、自国へ取り込む為に爵位等の権力を授ける……と、カイエン様が口にしたところで……。
「……望めば爵位や土地をも授与する予定ですが、正直なところ私は反対であります。彼に権力を与えるのは避けるべきと思うのです」
突然、カイエン様の様子が変わったのでした。
弟子たち最後の戦いの相手は、主を守ろうと暴走したホクトでした。
ちなみに、もしエミリアたちがホクトの余力がなくなるまで待ち続けていた場合、ホクトはその後も二日は主を守り続けて消滅し、シリウスも治療が出来ず息を引き取っていた最悪な結末……という流れでした。
もう一つの選択である、適当な攻撃でホクトをわざと消耗させていた場合、全ての力を使い果たしたホクトは消滅し、シリウスは治療が間に合い生き延びる……という結末でした。




