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繰り返す運命

※2022年 8月25日 更新分 1/2



 ―――     ―――




『あんた、一人かい?』


 初めて出会った時、この子はもう死んでいるんじゃないかと私は思っていた。

 話し掛けても返事はしないどころか、すでに生を諦めているかのように目に力がなかったからね。

 生を諦めているなら放っておこうと思っていたのに、あの子は何故か私の後を追いかけてきた。

 死にたくないという本能と、他に頼れる者がいないからなのだろうが、その図々しさと根性に興味を持った私は、ちょっとした実験も兼ねて子供を育ててみる事にした。


『いいかい、あんたに私の知識をくれてやるよ。私の知識を糧にして、生き残る力を身につけな』


 実験の内容は、これまで私が培ってきた知識、技術を纏めたものを子供の頃から教えたら、どれだけ理解して成長出来るのか……というものだ。何せ私の数百年分の経験だから、ついでに整理もしてみようと考えていたのさ。

 教えを理解出来なければ、捨てられると思っていたんだろうね。子供は必死に私の言葉に耳を傾け、動きを真似し続けた。

 当時の私は子供なんか邪魔な存在としか思っていなかったけれど、数年も経てば愛着が湧いてきて、このままだと私の方が別れ辛くなりそうだった。

 加減がわからなかったのもあるが、少し構い過ぎたのが原因だろうね。次に子供を育てるような事があれば、もう少し放任で厳しくしようと決めたのはこの頃だったかな。

 その後、子供が青年と呼べる年齢になった頃に別れたので、私があの子の顔を見たのはそれが最後だ。


「接続……完了。いたね」


 私を魔石の柱に突き立てた事により、あの子の世界へと入り込んだ私は、エルフだった頃の姿で白い世界を歩いていた。

 ここは魔石の柱に宿る膨大な魔力の中であり、そしてその世界の中心に異様な存在感を放つ小さい光球があったので、私はゆっくりと近づいてから光球へと触れる。


「ここまで近づいているのに、攻撃どころか警戒すらしないのかい。情けないもんだねぇ」


 この光球は魔法陣によって刻まれたあの子の核……簡単に言い表すなら魂のようなものであり、今の私は他人の体内に入り込んだ不純物、病原菌みたいなもの。

 本来ならば無意識に防衛本能が働きそうなものなのに、私の手が触れてもこの子は何の反応も見せなかった。師として情けない話だが、今はその方が好都合だね。

 ここまで踏み込めば、あんたの記憶が読み取れる筈。知識だけでなく、私の言葉の一部や聖樹の名を発していたのだから、まだ他に記憶の断片が残っていてもおかしくはない。

 さあ……私と別れてから、あんたに何があったのか教えておくれ。


「…………そうかい。あんたは焦っていたんだね」


 まず判明した事は、この子が完全に記憶を失っているわけじゃないという点だ。

 人格を封じる為の魔法陣の一部に不良があったせいで、新たに記憶する事と、そして人として生きていた頃の記憶がほんの一部しか思い出せなくなっているみたいだ。

 でも外部から接続した私なら記憶を覗き見る事は出来たので、この子の人生を大雑把に確認してみたんだが、中々に苦労していたみたいだね。



『先生……ありがとうございました……』


『ふざけるな! 先生の作品で……よくも……』


『そうだ……私の使命は……』



 私と別れた後、この子が当てもなく旅を続けていると、過去に私が作った魔道具を悪用している奴を見つけたらしい。

 何だかんだで正義感が強い子だったからね。すぐに使い手を懲らしめて魔道具を回収したところで、この子に目標が出来たみたいだ。

 私が作った魔道具を探し、回収する。

 狙ったわけじゃないんだが、私が今の弟子シリウスに頼んだ内容と同じ考えに至ったわけだね。

 でも時間が経ち、外から冷静に確認した今ならわかる。

 この子は、私の魔道具が使われているのが許せなかっただけじゃなく、無意識に私を求めていたんだろうね。

 別れの時に見せたあの凛々しい姿は、私を失望させないよう必死に強がっていただけ。あの頃の私は独り立ちしろと突き放していた時期だったから、この子の本音を読みとれなかった。

 だから少しでも私に関わる物を求め、この子は世界中を旅しながら魔道具を探し続けた。



『まだ残って……先生は……どれだけ……』


『お前も……情けない……』


『ここは……こんな所が……』



 目標が出来たのはいいが、残念な事に私は結構な作品を世界中に残していた。

 途中から一人では探しきれないと判断したのか、信頼出来そうな仲間や跡を継いでくれそうな弟子も探していたみたいだけど、どうも良い出会いに恵まれなかったみたいだね。一人でいる時間の方が多かったみたいだ。

 その代わりなのか、誰もが欲しがりそうなこの魔石の洞窟を一人で見つけちまったんだから、本当に皮肉な話だよ。



『誰も……信じられない……裏切る……』


『私の跡を……誰か……』


『これで……私の……理論は……』



 齢を重ね、徐々に性能が落ちていく肉体。

 相変わらず己の意思を継いてくれる者は見つからず、まだ探していない場所も多かった。

 その焦りや葛藤で心も擦り減らしていくこの子が選んだ道は、己を魔石に移植するという方法だった。

 研究や移植に適した魔石は潤沢なので、長生きして跡継ぎを待とうと決めたわけだ。過去に私が軽く教えた事のある、聖樹の話を参考にしたのかもね。

 そして研究を重ね、魔石の柱に人格を移植する魔法陣を描き終わったところで肉体が息を引き取ったので、私が確認出来た記憶はここまでだ。

 自信はあったんだろうね。体力の限界まで何度も実験を繰り返し、細部を突き詰めて完成した魔法陣は、私から見ても見事なものだった。



『後は……託し……先生……』


『会いたい……もう一度……あいたい……』


『……あ……い……』



 なのに……失敗した。

 実験用のと違い触媒となった魔石の柱が大き過ぎたせいなのか、老いと焦りで魔法陣が僅かに歪んでしまったのかはわからないが、とにかく移植は失敗してしまった。

 結果、跡継ぎを求めて知識を押し付け、僅かな単語しか思い出せない、機械のような魔石の柱が残ってしまったわけだ。


「馬鹿な子だよ。最後の最後でやらかしちまったのかい」


 いや、あの子を強く突き放さず、私への依存を完全に断ち切らなかったのも悪いか。

 後悔はしない性質だけど、こうも現実を見せられると堪えるねぇ。本当に……ままならないものだよ。


「それにあんたは運も悪いよ。せっかく私がここまで来たってのにさ……」


 最後にこの子は、もう一度だけ私に会いたいと何度も願っていた。

 それが叶っているのに、この子は目の前に私がいても気付く事すら出来ない。

 せめて私の手で終わらせてあげようと、両手を魂へと伸ばしたその時……不意に記憶が蘇る。


『ああ、そうだった。あんたの名前……イオスだったね』


 悪かったね。少し遅れちまったけど、ようやく思い出せたよ。


『あ……ああぁ……~~……~~~~……~~~~……』


 発音が難しくて上手く言葉に出来てはいないが、そうかい……あんたも思い出したんだね。

 自分のイメージに合わず、呼ばれるのが嫌で数える程しか口にした事のない……私の名前

 あんたには、子供の頃に教えてやったね。一度冗談で呼んだ時、半殺ししてやってからは二度と呼ばなくなったもんだが、今は壊れた機械みたいに何度も、何度も叫んでいる。

 やっぱり癪に障る名前だけどさ、今だけは許してあげるよ。

 もうその名前を知っているのは、イオス……あんただけだからね。


「疲れただろう? 私の胸を貸してやるから、ゆっくりと眠りな」





 ――― シリウス    ―――




 聖樹のナイフを魔石の柱に突き刺してから数秒後、何かが砕ける音と共に柱へ小さな罅が入った。

 同時に魔法陣が放っていた淡い光も消えたので、師匠はきっちり終わらせたというわけだ。


「……戻るか。帰るべき場所に」


 これでもう、ラムダのような存在は生まれまい。

 しかしここには師匠の魔道具と、非人道的な行為も平然と行えるラムダの研究成果が残っているかもしれないので、洞窟の入口だけでなくこの広間も確実に吹き飛ばしておきたいところだ。本当は師匠の魔道具を細かく見たいところだが、それはさすがに諦めるとしよう。

 拠点破壊用の道具はすでに使い切ってしまったが、この辺りの魔石で爆弾のような物を複数作れば十分だろう。

 早速作業に入ろうと柱に刺さった師匠を回収しようとするが、何故かナイフが抜けなかった。

 引っかかるにしてはびくともしないので、まさか師匠が抵抗しているのか?


「どうしたんだ、師匠。もう終わったんだろう?」

『ああ、終わったよ。だからあんたはさっさと帰りな』

「もちろん帰るさ。だから早く行こう」

『断るよ。何せ私を抜いたら、この洞窟が崩れちまうからさ。ったく、こいつはラムダの仕業かねぇ』


 兄弟子の人格を刻んだ魔法陣が消えると、この魔石の柱は自壊するようになっていたそうだ。

 だが処置を終えて冷静になった師匠が調べたところ、柱が崩れるのに連動して広間の随所に隠された魔法陣が発動し、洞窟を崩壊させると同時に魔道具を破壊する為の特殊な波動が放たれるそうだ。

 己以外に渡したくないという独占欲か、師の尊厳を守る為なのかは知る由もないが、随分と念の入った証拠隠滅だな。


『範囲は洞窟内だけだが、波動を受けると魔法陣が完全に破壊されるみたいだ。良かったねぇ、後始末の手間が省けそうじゃないか』

「軽口叩いている場合か! 手間が省ける以上に厄介な状況じゃねえか!」

『落ち着きなって。今は私が食い止めているから、すぐに発動はしないよ。歩きながら戻っても十分間に合うから、あんたはさっさと行きな』

「歩くって、それは師匠を置いて行った場合の話だろう?」


 今の俺は体調が万全ではないし、皆の下へ生きて戻りたいのであれば、ここは師匠に任せて脱出するのが最適解だろう。

 だがそれでも……。


「どうしたんだよ、師匠。そんな殊勝な言葉なんて今まで言った事ないだろうが」

『そっちこそ何を甘ったれた事を言っているんだい。心配せずとも、地中に埋まったところで私は死にゃしないさ。何を惜しんでいるんだい』

「たとえ死ななくても、こんな所に埋まっていたら簡単に見つかるか!」

『だったら本体に言って新しいのを貰ってくればいいさ! 事情を説明すれば、またくれるー……』

「俺たちと一緒に旅をした師匠はあんただけだ!」


 目の前の師匠は聖樹の欠片であり、消耗品のような感覚でいられるんだろうが、俺たちはそう思っちゃいないんだ。

 それにいつもの師匠だったら、多少強引でも一緒に脱出する方法を真っ先に挙げると思う。自らの手で終わらせた兄弟子にそれだけ思い入れがあったのか、どうもらしくない。


「それに俺とフィアの子供が生まれる瞬間を傍で見たいと思わないのかよ。血は繋がっちゃいないが、俺たちとあんたの関係からすれば孫みたいなものじゃないか?」

『…………ふん! 孫で喜ぶのはあの爺さんだけだよ。でも、あんたたちからどんな子供が生まれるかは興味あるね』

「なら一緒に帰るぞ。情報を共有してくれ」


 少しは調子が戻ってきたみたいだし、後は師匠と一緒に洞窟を出る方法を模索するだけである。

 最も安全なのは洞窟の崩壊を止めてしまえばいいのだろうが、すでにスイッチが入っているのを師匠が強引に止めている状態なので、崩壊そのものを防ぐのは厳しいらしい。

 それに、せっかくラムダが手間暇かけて用意した証拠隠滅の仕掛けなのだ。後始末が増えるのも面倒なので、ここは敢えて選択肢から外しておこう。


「となると、逃げの一択だな。師匠の目から見て、どれくらい猶予がある?」


 洞窟が崩壊する前に脱出なんて、普通に考えて無謀としか思えないだろう。

 だがこの洞窟は魔物を完全に阻む仕掛けがあるせいか、内部は複雑な迷路になっておらず、罠も仕掛けられていない。

 何より入口までの距離があまり遠くはないので、最短かつ全力で駆け抜ければ、洞窟全体が崩壊する前に脱出が可能かもしれないのだ。


『私が抜けると柱が崩れて崩壊が始まっても、まずこの広間が完全に潰れてから外へ広がっていくだろうから、外へ向かって進んでいれば多少の猶予はあるだろうね。それでも数秒程度だろうけどさ』

「だがやってみる価値はある……か」

『なら外れる瞬間にちょっと小細工をしてみるよ。それで更に数秒は稼げるかもね』

「十分だ!」


 もう僅かしか残っていなかった水と保存食を胃に収め、体に括りつけていた小物入れを捨てた俺は、師匠のナイフを握ったまま広間の入口へと向き直る。

 強引に崩壊を止めていても洞窟全体が僅かに振動し始める中、冷静に呼吸を整えながら魔力をゆっくりと全身に流し、肉体を強化しつつ呼吸を整える。

 やはり……魔力を流す速さも含め、疲労で全体的な効率が半減しているな。だが脱出までは最高速度が維持出来る筈。

 秒読みは……必要ない。師匠なら俺の動きに完全に合わせられるからだ。


「……行くぞ!」


 ナイフを回収しつつ足元の岩を蹴って駆け出し、俺は一気に広間を飛び出す。

 師匠の押さえが消えた事により、崩壊の魔法陣が発動して洞窟の崩壊が始まり、振動によって天井から石や魔石の欠片が落ちてくるが、まだ細かいのばかりなので大丈夫だ。

 途中、何度か通路が曲がっている箇所があるが、壁を駆け上がるような動きで速度を極力落とさないように走り続ける。


「左……直進……右……」


 魔力不足で『サーチ』は使えず、『ライト』の光が非常に乏しくほんの少し先しか見えないが、道順はしっかり記憶してあるので問題はない。

 記憶違いでなければ、次の分かれ道を左に曲がり、緩い登り坂をしばらく進めば出口が見えてくる筈。

 先程から俺を追いかけてくるように後方通路の天井が崩れていっているのを肌で感じるが、師匠の小細工とやらが聞いたのか、完全な崩壊にはまだ余裕がある。

 この勢いならば……。


「行ける!」


 行きも通った地底湖の横を通ったところで最後の分かれ道が見えてきたので、壁を蹴る箇所に狙いを付けたその時……突如猛烈な違和感を覚えた俺は、ほぼ無意識に走る速度を落としていた。

 こんな状況で自殺行為としか思えないのだが、その判断は間違っていなかった。

 何故なら左へ曲がった先の通路に、通路を塞ぐように中型の魔物が数体もいたからだ。


「なっ!? くっ!?」


 普通に考えて、こんな崩れる間際の洞窟に入ってくるなんてあり得る筈もない。どれだけ知性が低い魔物だろうと、本能で危険を察知するものだからな。

 だが俺の前に立ち塞がった魔物たちは、通路の狭さから碌に動けないくせに、明確に俺を狙っているのである。

 まるで獲物を前にした空腹の獣……まさか!


「洞窟の前にいた奴等か!」


 魔大陸まで魔物を誘導する為に使っていた魔石が壊れる際に、その影響を受けた魔物が数体いた。

 そいつ等は魔物除けの仕掛けがされた洞窟前で俺を追うのを諦めていたが、魔石の柱が壊れた事で魔物除けの効果が切れてしまい、こうして本能の赴くままに俺を追いかけてきたのだ。

 正面突破は……駄目だ。隙間を抜けようにも、魔物という肉の壁が通路を埋めるように広がっているので、足を止めず抜ける事は不可能だ。『アンチマテリアル』で吹っ飛ばそうにも、この距離では魔力を集中させる時間が足りない。

 速度を落としながら必死に対策を練るが、崩落と魔物たちが着々と迫ってくる。

 僅かに迷いつつも俺が選んだ道は……引き返す事だった。


「どちらも分の悪い賭けなら……」


 目指しているのは、先程曲がった逆方向の先にある地底湖だ。

 そこは大して広くはない地底湖があるだけで、侵入者から見れば行き止まりとしか思えない場所である。

 だが、洞窟内を調べる際の『サーチ』で発見したのだが、この地底湖の水没した部分には大きな穴があり、その穴はかなり奥まで広がっているようなのだ。

 そしてその方角から、ほんの僅かだけ潮の香りもしていた。海水と淡水が地下水等で混ざった湖……汽水湖と呼ばれるものがあり、あの地底湖はその可能性が高い。

 つまり地底湖を潜って行けば海に出られる可能性があるわけだ。

 繋がっている確証はないし、碌な道具もないので危険なのは変わらないが、少なくとも魔物と落盤に挟まれる状態より生き残れる確率が高いとは思う。


「せめて外に出られれば……」


 そして走った勢いのまま地底湖へ飛び込んだ瞬間、俺の頭部に鈍い痛みが走り……。







『――……が――……――とう……応答しろ!』


 何……だ……懐かしい……声……。


『無事か!? 状況を報告しろ!』


 ああ……お前か。

 その老いてもなお魂をぶつけるような声……随分と久しく聞いた。

 まさかお前もこっちに来ていたとはな。


『待て! それは最後の手段だろう。早く脱出しろ!』


 いや……違うか。

 これは前世の最後で相棒と通信した時の記憶だ。

 意識が混濁して記憶もあやふやだが、思考が出来るという事は少なくとも死んだわけじゃないらしい。

 ただ、目を開いても視界は真っ暗であり、耳鳴りも酷くて音が何も聞こえない。

 自分がどこにいるのかさえわからない状況なので、意識を内側に向けて体の状態を確認してみるが、俺は妙に納得してしまった。


「思い出す……わけだな……」


 骨折や内臓出血が腹部に数か所、左手と左足の感覚がほとんどないこの状態は、あの時の記憶とほとんど同じだったからだ。更に言うなら、何らかの壁に背中を預けて座っているこの姿勢もまた同じだ。

 次第に意識が回復してきたので、こんな重傷になった経緯を思い出せた。

 あの時、俺が地底湖へ飛び込むと同時に、天井からの落石が頭に直撃してしまったのだ。

 更に洞窟の崩壊によって地底湖の水が海側へと流れ始めたのか、水は濁流となって俺を呑み込んだ。更に落石の一撃で思考が鈍くなっていたので碌な抵抗が出来ず、流されている間に体中を岩盤で何度も打つ羽目となった。体中の怪我はこれが原因だ。

 それでも何とか意識だけは保ち、途中で運よく岩に体が引っかかったので、手探りで見つけた小さな陸地へと登ったところで俺は完全に意識を失った。


「まだ……洞窟内……か……」


 幸いな事に、気絶していた時間は短かったようだ。

 未だに洞窟全体が僅かに振動し、いつ天井が崩れてもおかしくないのに俺がまだ無事でいるからな。ここがまだ崩れていないのは、水に大きく流されて崩壊の中心から離れたせいかもしれない。

 何とか一命を取り留めたはいいが、出血も酷く、せっかく戻った意識もすぐに落ちそうなこの状態で、俺は海まで出られるのだろうか?

 ホクトは……さすがに無理だろうな。

 洞窟前で別れたホクトには、二つの大陸を繋いでいた岩の橋の破壊を命じていた。膨大な魔力の衝撃波を口から放つホクトの必殺技は、巨大な建造物を壊すのにうってつけだからだ。

 ただあれ程の規模となれば時間も掛かるし、魔力の消耗も激しい。すでに作業が終わっていたとしても疲労困憊な筈だし、そもそもこんな洞窟の奥底の小さな空洞にいる俺を見つけるのは無理な話だろう。

 そんな絶望的な状況も大概であるが、とある現実が俺の心を蝕んでいく。


「ったく……嫌な……状況で……見たな……」


 こういうのを、運命とでも言うのだろうか? 

 前世と同じ傷を負い、あの時は高層ビルの倒壊に巻き込まれ、今回は洞窟の崩壊。

 死ぬ前に戦った黒幕と似た思想を持つラムダといい、生まれ変わっても……俺の最後は同じだと……。


「はは……いかんなぁ。心が……折れかけて……冷静に……考えろ」


 そうだ……血塗れな上にすでに痛みすら感じない左足だが、完全に膝から下を失っていた前世と違い今回はちゃんとくっ付いているので、魔力を上手く使えばまだ動かせる。

 こんな状態だから嫌な思考ばかり浮かんでしまうだけで、決して前世と同じではないのだ。

 何より、愛した彼女たちを……妻たちを幸せにしてやらなければ、男として最高に情けないじゃないか


「まず……止血だ。次に……足を……」


 意識のスイッチを切り替え、改めて生き残る為に最善を尽くす。

 体内の切れた血管を『ストリング』で縫合して止血し、罅の入った骨は魔力で補強。更に師匠のナイフとフィアから貰ったミスリルナイフを添え木のようにして『ストリング』で固定し、左手と左足を少しでも動けるようにする。

 魔力の維持が出来なくなれば、出血多量とショックで命が尽きてしまいそうだが、これで先へ進めるので俺は再び水の中へと飛び込んだ。

 相変わらず流れは激しいが、今度は意識があるので上手く水の流れに逆らって岩盤に体を打ちつける回数も減らせたし、衝撃を受け流す事も出来た。その時間は一分も満たなかったと思うが、今の俺には永遠とも思えるような時間と苦しみである。

 そして呼吸がそろそろ危険域に入ったその時、不意に体にかかる水の抵抗が大きく減った。

 地下水路を抜け、遂に海へ出たのか?

 後は浮上すればと思っても、ここまで散々水中内で振り回されていたので、どの方角が水面なのか分かる筈もない。時間を考えるとまだ夜なので、太陽の光で知る事も出来なかった。

 しかしそれを何とかしようにも、俺にはもう時間がなかった。


「……う……ぐっ……」


 息が……不味い……意識も……。

 ここまで……あと……少し……。

 手を……あい…………。



本日1回目の更新で、続きは17時頃の更新予定です。


シリウスの軽率な面が見られますが、疲労が溜まっており、少々判断力や反応速度が鈍っている面もあります。

それでも、そんな行動はないだろう……という感じはなるべく思わせないように書いてはみましたが、どうでしょうかね?

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― 新着の感想 ―
[良い点] この話のシリウスはなんだか若いように感じますね。明確な弟子がいないというひとりぼっちの状況ゆえのようにも感じます。 [一言] 最後まで読みます!
[気になる点] ナイフを糸か何かで引っ張れば距離稼げたのでは?
感想一覧
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