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本日から、この物語が完結するまで連日投稿となります。
全て合わせると書籍一冊分に近い量となったので、ある程度は文量を調整、分割しての更新となります。
話によっては内容や区切りの問題で、一日に時間を空けて2回更新する予定もありますので、読み飛ばし等に気をつけてください。
各話の前書きに、更新日付と更新回数も書いていますので、そちらを参考にどうぞ。
※2022年 8月23日 更新分 1/1
「兄貴ーっ!」
「おお! 全員無事だぞ!」
「油断は禁物です! 側面、後方に兵を回して、周囲の安全確保を!」
気付けば、そろそろ日が沈み始める時間帯。
激戦となった戦いに決着がつき、瀕死のラムダから新たな情報を幾つか得た頃、離れた所で魔物を倒し続けていたレウスたちがやってきた。
その姿はエミリアと同じく皆ボロボロで、今にも崩れ落ちてしまいそうで心配になるが、レウスたちの表情は明るい。
周囲を囲んでいた根だけでなく、あれだけ動きを見せていた触手が動かなくなったので、ラムダが倒されたと理解出来たのだろう。
「ふん、小僧共も生き残ったようじゃな」
「ええ、皆さんも無事で良かったです。特にレウスはお爺ちゃんも気になさっていたのでは? あの子から聞きましたよ、ようやく名前を呼ばれたって」
「……知らんのう」
まだ碌に動けず座ったままでいるエミリアの言葉に、爺さんはすっとぼけながら顔を逸らしていた。
これまで色々と厳しく接してきたとはいえ、自分の技を伝授した弟子のような男が強くなった証拠なんだから、そんな恥ずかしがらなくてもいいだろうに。
やはり素直じゃない爺さんに苦笑をしていると、俺の目の前まで来たレウスたちが馬を下りるなり一斉に詰め寄ってきた。
「あいつをやったんだな、兄貴!」
「あの巨体を倒した一撃は一体!? 私に説明してほしい!」
「先生! 止めは刺したのでしょうか?」
「わかったから、全員ちょっと落ち着け」
数人から様々な感情が入り混じった言葉がぶつけられるが、何とか彼等を宥めながらラムダについて説明した。
目の前に聳える巨大な樹の中にラムダは一人もいないので、触手も動かせず栄養も得られないので、放っておけば自然と倒壊するようだ。とりあえず無害にはなったが、倒壊すると周囲の影響が大きいのでいずれは処置する必要があるだろう。
まあその辺りはサンドールの上層部に任せるとして、最後に瀕死のラムダは向こうで転がっていると伝えれば、笑みを浮かべていた彼等の表情が一気に引き締まる。
「まだ生きている!? シリウス殿、何故奴を放っているのです!」
「あんな状態でも、あの野郎なら何をするのかわからねえだろ!」
「気持ちはわかるが、奴はもう無力だよ。それに、誰よりもラムダと語らなければならない者もいる。間に合えばの話だが」
仰向けで寝ているだけで身動き一つしないラムダであるが、もういつ命が火が消えてもおかしくはない状態である。だがお前の頼みを聞いてやる代わりに、もう少し生き続けろと俺に言われたので、まだ辛うじて命の火を繋いでいる……という状況だ。
一応、ラムダの近くに爺さんを置いて見張らせているので皆は納得してくれたが、それも無駄に終わるかもしれない。
前線をゆっくりと押し上げている中央部隊は未だ遠く、ラムダが倒されたとはいえ戦場に魔物はまだ数多く残っており、このままでは待ち人が到着する前にラムダの命が尽きてしまいそうなのだ。
半ば諦めを覚えつつ、ジュリアの部隊から分けてもらった水を口にしていると、雄叫びを上げながら単騎で突撃してくる者がいる事に気付く。
「うおおおおぉぉぉぉ―――――っ! どきやがれええぇぇ――っ!」
「お、お待ちくだされ!」
「一人にさせてはならぬ! 遅れるな!」
「あれは……に、兄さん!?」
それは俺が待ち望んでいたサンジェル本人であり、彼の少し後を護衛の兵たちが慌てた様子で追いかけていた。
総大将である彼がこんな危険な真似をするなんて愚の骨頂とも言えるかもしれないが、決して無謀な突撃をしているわけじゃなさそうだ。
戦闘前に聞いた通り中々の剣捌きを見せているのもあるが、ラムダが倒された事によって正気を取り戻した魔物たちが同士討ちや共喰いを始めており、敵の陣形が崩れて全体が混乱状態になっているからだ。
その中で魔物の層が薄くなっている箇所を本能的に狙っているのか、サンジェルは一騎でありながらも実に安定した突破力を見せていた。彼の父親も前線で武器を振るう武闘派だったそうだが、その血は色濃く受け継がれているようである。
「兄さん、何故一人でこんな無茶な真似を!」
「今だからこそ、無茶でも来たんじゃねえのかな? ほら、今のジュリアの兄ちゃん、何か俺と似たような感じがするし」
「直感……というものかい? 君が言うと不思議と納得出来てしまうな」
「周りの連中に怒られるだろうが、俺はああいう奴は好きだぜ。後ろでただ見守っている奴よりもずっと信用出来らぁ」
レウスが口にした通り、サンジェルは直感のまま突撃してきたと思う。魔物の混乱のどさくさもあるだろうが、おそらくラムダの命が尽きかけているのを本能で察したのかもしれない。
その行動力に感心している間に敵陣を突破したサンジェルは、俺たちの下まで到着すると同時に馬から飛び降りた。
「あの野郎はどこだ! まだ生きているのか!?」
「ええ、向こうにいます。急いだ方がよろしいかと」
俺の視線を向けた先にいるラムダの姿を確認すると、そのまま殴りかかりそうな勢いでサンジェルは駆け寄っていく。
だが残り数歩のところで勢いは落ち、目の前に立ってラムダを見下ろした頃には、先程までの荒々しい感情が嘘だったかのように穏やかな声で語り掛けていた。
「よお。随分と変わっちまったな……お前」
『…………』
見下ろされているラムダは何も語らず、ただ虚ろな目でサンジェルを見つめている。
そんなラムダに向けて拳を向けるサンジェルだが、すぐにその手を下ろしていた。
「ちっ……そんな成りじゃ、もう殴る場所もねえじゃねえか」
『……やれば……いいでしょう? 貴方は……勝者です』
「ああ!? そんなわけあるか! 俺がこうしていられるのは、俺じゃなくここにいる連中等の御蔭だろうが!」
『馬鹿なのは……変わりませんね』
本人が認めなかろうが、ラムダとの勝負は総大将として上に立っているサンジェルの勝利である。
それでも自分の無力さを嘆く男へ心底馬鹿にした感情をぶつけるラムダだが、サンジェルは気にした様子もなく話し掛け続ける。
「まあ俺の事はいいさ。それで、お前は後どれくらい生きていられるんだ?」
『望みとあれば……すぐに……』
「そうか。ならその前に耳をかっぽじって聞けよ」
『ふ……早く……殺せば……』
「……ありがとよ」
『っ!?』
突如伝えられた感謝の言葉に、無表情であるがラムダは驚いた様子を見せた。
まあ殴ってやると言われた奴からこんな言葉をぶつけられたら無理もあるまい。
『一体……何を……』
「俺は確かにお前に裏切られた。それでもよ、お前から教わったもんはあるし、へこんでいた時に救われた事もあった」
『それは……』
「わかってる。それは俺を騙して、利用する為だったんだろ? んな事はわかった上で言ってんだよ。もう二度と言わねえからな」
悪意があろうと結局は相手の捉え方次第とはいうが、相手は裏切るどころか国までも滅ぼそうとする復讐者だ。
だがそれでも彼は……礼の言葉を口にした。
馬鹿だと言われてもおかしくはないが、それだけ以前はラムダに救われ、頼りにしていたのだろう。まずはその辺りの筋を通さないと気が済まない男なわけだ。
そして……サンジェルが強引にでもここまでやってきた本題はこれからだと思う。
「でだ、お前さっきから怒るどころか笑いもしねえが、もう復讐は諦めたのか?」
『諦めるなど……私は今でも……あの腐った国を……』
「やっぱそうだよな。ならお前の復讐……俺が代わりにやってやるよ」
『……代わ……る?』
「ああ。お前が憎んでいる連中とそれに関わった者たち全員、俺がきっちり裁いてやる。お前みたいにこんな無茶苦茶な方法じゃなく、馬鹿な連中だけをな」
俺がラムダの復讐で許せなかった点は、関係のない者を大勢巻き込んでいる事だった。
復讐は悪いイメージばかり浮かぶが、それでも許される、許されないという区別くらいはあると思う。人によってはそれが生きる糧になる者もいるからな。
だから怒りで捻じ曲がってしまったラムダの復讐を、真っ当なものへと戻そうとするサンジェルを止める者は誰もいなかった。
「だからお前を嵌めた連中を全員教えろ。全てが憎いとか、考えるのを止めた言い方なんかしてんじゃねえ」
『…………』
「何だよ、出来ねえとか思っているのか? 生憎だが、お前がいない間に俺は次の王になる事が決まったんだ。権力どころか親父を利用してでも、やり遂げてやるよ。俺が諦めの悪い男なのは、てめえもよく知ってるだろうが」
そもそもの話、大陸間会合によって国一つどころか他所の国にまで知れ渡る大災害となったのだから、戦いの後について話し合う必要がある。ラムダの責任だと広めようと、人々を完全に納得させたり、金を得られるわけじゃないからな。
何よりラムダを嵌めた者たちが、この騒ぎの根本的な原因でもあるのだ。その連中をお咎めなしで済ませるわけにはいかないだろう。
そうしてお互いの視線がぶつかり合うこと数分後。このまま息を引き取りそうなラムダが、ようやく口を開いた。
『ハミルトン……ロド……』
「あいつ等か。無関係そうな面をしといて、随分と関わっていたようだな。ふざけやがって!」
最早死が近いのか、言葉が途切れ途切れだったり、一人語る度に間が空くが、それでも辛抱強くラムダは耳を傾け、決して忘れないようにと復唱しながら記憶していく。
その頃になると、ようやく中央の部隊の主力である獣王やフォルトも到着していたが、サンジェルたちの状況を察したのだろう、部下に指示を飛ばしながら、彼等の邪魔はせず遠巻きに見守るだけだった。
「これで全員か?」
『ええ……』
「わかった。ここまで言ったのなら、お前はもう俺に託したって事だ。だからもう……楽になれ、ラムダ」
『本当に……貴方は……』
「ああ、馬鹿だよ。じゃあな」
サンジェルのその言葉を最後に、残ったラムダの肉体が静かに崩壊を始め、朽ちた木片へと変わっていく。
こうして……復讐に生きたラムダの生涯は終わりを告げた。
完全に納得したとは思えないが、最後に聞こえたラムダの声には穏やかなものが感じられ、ほんの僅かであるが救われていたような気がする。
「……ったく。最後くらい、俺の名前を呼べってんだよ」
ラムダの最後を見送り、顔を上げたサンジェルの表情には勝利の余韻も、悲しさも感じられない。
だが、友との関係に区切りを付けた心の成長は感じられ、すぐに気持ちを切り替えたサンジェルは周辺を警戒しているフォルトへと指示を出していた。
「カイエンはまだか?」
「少し後方ですが、もうすぐ到着されるかと」
「急がせろ! あいつの作戦通りここに拠点を作るぞ!」
「御意!」
「サンジェル殿。我々は周辺の魔物を掃討してこよう」
「頼んだぜ。俺たちは準備を始めるぞ!」
敵の総大将であるラムダは消えたが、戦場の魔物はまだ大量に残っているので、ここからは掃討戦となる。
被害を考えると一度防壁まで退いて籠城するべきかもしれないが、一旦ここに拠点を作って魔物を減らし、更に散り散りとなった者たちの救出や合流を行う予定らしい。
そんなわけで仮の拠点を作る為に、獣王たちが魔物の撃破へ向かおうとしたその時、感覚の鋭い者たちの動きが一斉に止まる。
「「「上だ!」」」
「何か降ってくるぞ!」
「そっちだ! 衝撃に備えろ!」
複数の巨大な塊が上空から降ってきたが、少し離れた場所に落ちるようなので俺たちが移動する必要はなさそうだ。
そして激しい衝撃と揺れを起こしながら落ちてきたそれは、上空を舞っていた竜……いや、かつて俺たちが獣王の国で戦った、複数の竜を無理矢理くっ付けた姿をした合成魔獣だった。
しかも落ちてきたのは二体で、その異様な姿に兵たちは一斉にどよめき、かつて見た事があるレウスたちと獣王は武器を構えて警戒を強めていた。
「皆、離れろ! そいつは落下した程度で死ぬ魔物ではない!」
「爺ちゃん! 姉ちゃんをー……ん?」
「何だぁ? 前みたいに治らねえぞ?」
下手な傷どころか、首が斬り飛ばされてもラムダと同じく即座に再生していた竜の合成魔獣だが、落ちてきた二体に再生する気配がない。
しかしそれも当然かもしれない。よく見ると二体の合成魔獣の胴体には大きな穴が開けられており、生命活動と自己再生の源である核が破壊されていたからだ。
この二体は空中から降ってきたので、仕留めた者は考えるまでもあるまい。
だが戦闘の途中で調べた『サーチ』の反応では竜の合成魔獣は三体だった筈だ。そう考えている内に続けて最後の一体が降ってきたのだが、同時にゼノドラとメジアも一緒に落下してきたのである。
『ぬぐっ! 急げゼノドラ!』
『眠れっ!』
メジアが合成魔獣の翼や首に絡みついて動きを封じ、胴体に組み付いていたゼノドラが敵の胸元へ噛みつくと同時に、一塊となった三体は地上へと激突した。
その後、顔を上げたゼノドラは咥えていた魔石らしきものを噛み砕き、完全に沈黙した合成魔獣を見下ろしながら深く息を吐く。
『ふぅ……何とか片付いたな』
『ああ。早く空へ……くっ!』
激戦により血の汚れだけでなく傷も負っている様子から、さすがのゼノドラたちもかなり消耗しているようだ。メジアに至っては翼がやられてしまったのか飛ぶ事も厳しいようで、悔しそうに空へ視線を向けている。
そこでようやく俺たちの存在に気付いたのか、ゆっくりと起き上がったゼノドラとメジアがこちらへ近づいてきた。
『お主たちも無事だったようだな。ところで、このような所に皆が集まってどうしたのだ?』
「魔物を操っている連中を全員倒したから、一旦集まっているところだ。これも竜族のお前たちが空で踏ん張ってくれていた御蔭だよ」
「だな! 残っているのは魔物だけだぜ!」
『それはありがたい情報だ。はっきり言って、我々も少し厳しい状況なのでな』
「なら少しでも傷を治していくといい。誰か、治療魔法を!」
空の状況が気になっているようだが、地上と同じく空の魔物たちも混乱状態に陥っているようなので、多少の余裕はあると思う。
ジュリアの指示により治療魔法を使える者が呼ばれる中、水分補給に続き手作りの携帯食料を食べ始めた俺に、サンジェルが少し呆れた様子で声を掛けてきた。
「凄えな、あんた。こんな状況でも食えるのかよ」
「食べないと、今後の動きに影響しますからね。申し訳ありませんが、部隊に持たせた水や携帯食料等を少し分けてもらえませんか?」
「はあ!? まだ食うのか?」
「それもありますが、これからまだ動く必要がありますので」
「師匠。そんなに急がずとも、もう少しここで休んではどうでしょうか?」
「うむ。貴方はこの戦いにおいて最大の戦果を上げたのだ。しばらくはフォルトやカイエンに任せて、下がってはどうだろうか?」
こちらを気遣っての言葉だが、俺にはまだやるべき事が多く残っている。
その事を知っているエミリアは俺の荷物のチェックや水筒の準備だったりと、無言で準備を進めていた。
そんな彼女と俺の様子に違和感を覚えたのだろう、レウスが神妙な面持ちで俺へと向き直る。
「なあ、兄貴。何か……その……」
「ああ、皆にはまだ説明していなかったな。俺はこれから魔大陸へ向かう予定なんだ」
「「「は?」」」
この状況で魔物の巣窟とも言われる魔大陸へ向かうという、正気を疑いたくなるような内容を平然と語る俺に、皆は理解出来ないとばかりに口を開けていた。
すぐに全員から止めろと言われそうだが、それよりも先に俺は命が尽きたラムダへと近づき、朽ちた木片と化したその肉体へと手を突っ込んで、とある物を取り出す。
それは俺の掌サイズはある、血のように真っ赤な石だった。
「もしかしてそれ、魔石ですか? こんな禍々しい色の魔石なんて初めて見ましたよ」
「待て待て! そいつの体の中にあったもんがまともなものなわけねえだろ。さっさと破壊しちまえ!」
「落ち着けって、キース。なあ兄貴、もしかしてそれが魔物を……」
「そうだ。魔物を操る魔法陣を刻んだ魔石だよ」
魔石には魔道具の知識がある俺でも理解を放棄したくなるくらいに高度で、複雑な魔法陣が描かれている。
これはラムダに質問をしていた時に知った代物であり、効果や使い方も同時に教わっていると皆へ伝えたところで、大半の者が俺のやりたい事を理解したようだ。
「そうか! それを使って魔物たちを魔大陸へ戻すわけか!」
「ですね。考えてみれば、僕たちは魔物を全滅させる為に戦っているわけではないのですからね」
「……そう上手くいくだろうか?」
だがラムダたちの行動を思い出したのか、疑問を浮かべる者たちも見られた。
奴等は確かに魔物を操ってはいたが、この魔法陣による効果には有効範囲があった。だからこそ敵は、同じ魔法陣を刻んだ合成魔獣を戦場の至る所に配置していたのだから。
更に問題は他にもある点に気付いているのか、冷静に状況を見据えている者も複数見られた。
「魔物に帰れと命令したところで、その効果が届く範囲外に出たら元に戻ってしまうのでは?」
「ええ。実際、戦場にいる魔物たちが混乱しているのはそのせいですから」
「つまり、魔大陸へ送り返すならずっと魔物の近くにいないとー……って、兄貴!?」
そう、ある程度近くにいなければ魔物の誘導が出来なくなるので、結局は魔物と一緒に魔大陸へ向かう必要がある。
先程俺が口にした言葉を本当の意味で理解したレウスたちが慌てた様子で詰め寄ってくるが、アルベルトがある事に気付いて提案してきた。
「師匠! それで魔物の動きを止めてしまえば、どれ程数が多くても安全に倒せるのでは?」
「そう出来ればいいんだが、残念ながらこの魔石が怪しくてな」
近くで見ないとわからないが、実は魔石の一部が破損して小さな罅が入っているのだ。
おそらく魔石を酷使していたせいか、あるいは俺の放った『ライトニング・バレット』の余波で傷付いてしまったのかもしれない。
「重要な魔法陣の部分は無事だから発動はすると思うが、これでは一日か二日か、あるいは半日も保たず壊れる可能性もある。その確証のない時間内で、ここから魔大陸まで続く魔物たちをどれだけ片付けられる?」
「けど、兄貴や爺ちゃん、俺たちで一気にやれば……」
「なら聞くが、お前たちは後どれくらい戦えるんだ?」
ここにいる者たちの大半はすでに満身創痍であり、ゼノドラとメジアもまた限界が近い。空で戦っている三竜たちも似たような状況だろう。
他の兵たちに任せて休もうにも、今のお前たちは一日近くゆっくりと体を休まなければ碌に回復はするまい。
「俺がやろうとしているのは魔物の殲滅ではなく、状況を変える為の工作だ。故に敵陣で生き残る機動力と咄嗟の判断力と経験、そして持久力が求められる。この際だからはっきりと言うが、今のお前たちでは足手纏いだ」
「で、でもよ。あいつとの戦いで兄貴も疲れてるだろうが」
「万全とは言えないが、これくらいの無茶は何度も経験済みだ。それに俺も一人で行くつもりはない」
そこで軽く指笛を吹けば、攪乱の為に周辺の魔物を蹴散らしていたホクトが戻ってきた。
早朝からずっと戦い続けてきたせいかホクトの毛並みは大分崩れており、返り血といった汚れで中々の歴戦たる姿だ。
とはいえ怪我を負っている様子はないので、一安心しつつ傍までやってきたホクトの頭を撫でながら、複雑な表情を浮かべているレウスたちを一瞥する。
「ホクトの足があれば、魔物から逃げ続けるのも難しくはない。犠牲になるつもりなんて考えていないから、少しは安心してくれ」
「なら、せめてそこの爺さんくらい連れて行けよ。まだやる気満々だぞ」
「そうですよ! 魔物ばかりの大陸へ向かうのですから、戦力は多い方がいいです」
「爺さんの力が必要なのはこっちだ。魔石の命令が効かず、残る魔物がいる筈だからな」
そもそもの話、あの爺さんは潜入工作といった裏方に向いていない。
今後の動き、そしてお前たちがゆっくりと休む為にも、こちらには十分な戦力を残すべきだと説明し終えたところで、誰もが言葉に詰まっていた。
頭では理解出来ても、完全に納得は出来ない……という表情である。
「何で、何で兄貴がそこまで……」
「誰かがやらなければならない事だ。そしてこの中で、魔大陸から生きて戻れる可能性が最も高いのは俺だと思う」
「「「…………」」」
無駄な犠牲を減らせる手段がありながらも、我が身可愛さに何もしない男にはなりたくはないし、そんな背中を俺は弟子たちに見せたくはない。
何も言い返せずにいるレウスたちを他所に、部隊から分けてもらった携帯食料と水を鞄に詰め終わったエミリアが俺のすぐ横に立った。
「シリウス様、必要な物は一通り揃いました」
「ありがとう。手間をかけた」
「姉ちゃん! 姉ちゃんは……いいのかよ?」
「全てはシリウス様がお決めになった事。だから私は……主を信じて見送るだけです」
淡々と語るエミリアだが、彼女の耳と尻尾が僅かに震えている事にレウスたちは気付いたらしい。
それで本当に何も言えなくなったレウスの感情を汲み取った、少しだけ口元を緩めながらエミリアは続いて口にする。
「ですが一つだけ、従者としてではなく、妻としての我儘を言わせていただきました」
「え?」
「少しだけお時間をいただく事です。前線をここまで押し上げたのであればすぐに……良かった。間に合ったようですね」
エミリアがサンドールの方角へと視線を向けたその時、空の魔物に狙われない高さで飛んでくる二つの影だった。
それは風の精霊の力で空を飛んできたフィアとリースであり、カレンもまたフィアの胸元に抱かれて運ばれていたのである。
「ふぅ……魔物だらけだったけど、怖くなかった?」
「平気だよ!」
「ふふ、頼もしいね」
「リースさん!? それにフィアさんやカレンちゃんまで何故ここに?」
「私がお呼びしました。シリウス様の事もすでに説明済みです」
俺が魔大陸へ向かうと聞くなり、エミリアはすぐに『コール』の魔法陣を刻んだ魔道具でリースとフィアに現状を伝えていたのである。その時は少し距離を取っていたので内容はよく聞き取れなかったが、かなり詳しく状況の説明をしていたようだった。
ついでにこちらの魔物の動きも教え、その情報を元に上手く魔物を避けて飛んできたのだろう、三人は無事に来られたようだ。
驚く皆を他所に俺の前へ着地した三人だが、リースだけがかなり疲労している事に気付く。
「リースも随分と無茶をしたようだな」
「それは姉様にも言われたし、無茶なのは皆も一緒でしょ? だから、ちょっとだけでいいから診せてね」
「ああ……」
俺はラムダとの戦いによって無数の傷を負ったが、すでに止血は済ませているし、魔力で肉体を活性化させているので放っておけばすぐに治る。
だからこれ以上無理はしてほしくないので断るべきだろうが、今回はリースの好きにさせたいと思う。
彼女の手から伸びた水が俺の体を包み、傷の治療だけでなく体の汚れを落とし終わったところで力が尽きたのか、今にも倒れてしまいそうなリースを俺は抱き寄せた。
「ありがとう。もう十分だ」
「うん。ねえ、本当に……行くの?」
「ああ。ここまで来たら、やれるところまでやりたい。それに魔物との戦闘が減らせる事が出来れば、怪我人どころかリースの負担も減るし」
怪我人をどうしても放っておけない、心優しき妻であるリース。
彼女の温もりを心へ刻むように少し強く抱き締めた後、目を潤ませながら見上げているリースの額にそっと口付けをする。本当は口にするべきだろうが、まだこういう事に慣れていないリースには少し控え目にするべきだろう。
「わわっ!?」
「少し気障だが、こういう時はきちんと想いを伝えておかないとな」
「当然ね。というわけで、次はこっち向いてちょうだい。あ、悪いけどエミリア……」
「どうぞ」
「何でカレンばかり!」
「ふふ、さすがね。じゃあ遠慮なく……と」
そっとカレンの目を塞いでいるエミリアを確認したところで、半ば強引に顔を横へ向けさせられたかと思えば、フィアから奪うような口付けをされた。
相変わらず情熱的だなと内心で苦笑していると、笑みを浮かべていたフィアの表情が真剣なものへと変わる。
「行かないで……とは言わないわ。もし貴方に何かあったとしても、私は一人でも……いえ、私たちでこの子をしっかりと育てる覚悟は出来ているわ」
「強いな……フィアは」
「前にも言ったけれど、母親になるんだからね。でも、これだけは言わせてちょうだい。この子を父親がいない子にはしないで。この子は……貴方の血を受け継いだ子供なんだから」
「もちろんだ。ところでエミリアに何を言われたのかは知らないが、俺は死にに行くつもりは全くないぞ」
「それでもよ。貴方とホクトが強くても、魔物ばかりの島へ向かうと聞いて安心なんか出来る筈ないでしょ」
リースも同意するように何度も頷いたところで、ようやくエミリアから解放されたカレンが俺の背中に飛びついてきた。
詳しい状況はわからなくとも、俺が危険な場所へ向かうという点は理解しているのか、離さないとばかりに力強く俺を抱き締めている。周囲の空気を感じで不安が拭えないのか、普段より数倍増しの積極さだな。
「危ない所へ行っちゃ駄目ってカレンには言ったのに、先生は何で何回も行くの?」
「はは、行かないと皆が大変になるからね」
リースから離れ、背中から下ろしたカレンを胸の前まで持ち上げた俺は、優しく諭しながら有翼の少女の目を覗きこむ。
その目からは、上手く言葉に出来ない不安や悲しみを感じられるが、行かないでほしいという言葉だけは口にしない。いや、フィアたちの様子を見て言えないのだろう。
本当に聡い子だと感心しつつ、俺は安心させるようにカレンを高く持ち上げた。親が子供によくやっている、高い高いってやつである。
「ホクトと一緒に行くから俺は大丈夫だ。だからカレンは皆と一緒にいるんだぞ」
「うん……」
「それと、こういう時くらい我慢せず泣いたっていい」
「……うん」
声は出さず静かに涙を流し始めるカレンをそっと自分の胸に抱き寄せ、あやすように頭をゆっくりと撫でてやる。
本当はもう少し泣かせてやりたいが、時間もそこまで余裕があるわけではないのでそろそろ下ろそうかと考えていると、俺たちの会話を黙って眺めていたレウスが苦い表情で呻き始めた。
「もう……止めてくれよ兄貴。これじゃあ、最後の別れみたいじゃねえか」
「それは違いますよ、レウス。帰る場所があるのだと、シリウス様の心に刻む為です」
「そうだとしてもさ……」
「やらないより、やってから後悔するべき。シリウス様の言葉の一つですよ」
「う……」
「レウス、確かに不謹慎かもしれないが、話せる時に話しておいて損はない」
どれだけ無事に帰ろうと心に刻もうとも、予想外の事態というものはある。だから俺は妻たちを呼ぼうとするエミリアの行動を止めなかったし、伝える事をしっかりと口にしていた。
もちろんレウスにも伝えるべき事はあるので、弟子であり弟分でもある男へと向かって俺はゆっくりと拳を突き出した。
「これは師としてではなく、一人の男としての言葉だ」
「兄貴……」
「少しの間、家族を頼む」
「…………おう」
まだ気持ちは纏まらないレウスだが、俺の言葉をしっかり受け止めようと、突き出した拳に自分の拳をぶつけてくれた。
「とはいえ、今は合間を見てしっかりと休め。細かい事はエミリアに伝えてある」
「……わかった」
「爺さんも、余裕があったら皆を見てやってくれ」
「ふん、エミリアと嬢ちゃんたち以外は知らんぞ」
まあ爺さんが頼りになるのは魔物の掃除くらいだから、これ以上何も言う事はない。
その後も申し訳なさそうに歯噛みするジュリアやサンジェルと、アルベルトたちと軽く言葉を交わしたところで、周囲の魔物を蹴散らしていた獣王たちや、各所で戦う部隊による伝達兵たちが戻ってきた。
「報告! 魔物の排除は進んでいますが、一部の部隊に被害が広がっているとの事です!」
「全てではないが、空の魔物たちが我々を狙っているようだ。今後は上にも気を配れ!」
「そろそろ時間だな」
ラムダの支配が解けて相手にする魔物は減っても、愚直に防壁に向かっていた空の魔物たちが地上にも攻撃するようにもなったので、別な意味で危険が増えてしまっている。
簡単ではあるが皆との挨拶を済ませ、ホクトに乗ろうと振り返ったその時 何かが俺の背中に抱き着くと同時に肩に僅かな痛みを感じた。
「……行ってらっしゃいませ」
「ああ」
銀狼族が愛情を伝えるのに用いる、エミリアの甘噛みを受けてから俺はホクトの背中に飛び乗った。
シリウスが魔大陸へ行かなければならない理由を、何かこう……それは変だろ……と思われないように描写する事にかなり苦戦していました。
故にこの辺りで、結構長く悩んでいたものです。
そして……5ヶ月くらい、音沙汰なしで申し訳ありませんでした。
書籍の締め切りに追われ、完全にこちらを放置していましたが、何とか一段落したのでこちらを済ませに戻ってまいりました。
一応、書籍化作業の方はほとんど済んでいますので、そちらについては追々。
現時点において、更新回数は9回……9話分となり、途中で1日2話更新の予定が2回あるので、特に問題がなければ1週間で完結になると思います。




