互いの手札
※今回は二日連続更新となります。
「『PAS』……発動」
その瞬間、俺の放つ雰囲気が変化した事に気付いたのだろう、様子を窺っていたラムダが一斉に触手を動かす。
『まだ何か隠していましたか』
『ではこの包囲をどう逃れます?』
『まあどのような攻撃だろうと、私には通じないー……むっ!?』
前後左右だけでなく、上空と地面からも突き出される触手の槍……いや、最早壁と言うべき触手の群れを、俺は正面から力技で突破していた。
はっきり言ってただ突破するだけなら『アンチマテリアル』で穴を作り、そこから抜け出せばいい。
だが俺は魔法を放たずただ前へ飛び出し、迫る触手が体に命中しながらも強引に掻き分けて抜けたのである。
無駄に怪我を増やす危険な行為だと呆れているラムダだが、触手を突破した俺に傷が一つも増えていなかった点に驚きが隠せなかったようだ。
『人の肉くらい軽々と抉れる筈……』
『避けた? いや、確実に当たっていた』
『まさか弾いたのか? そのような防具は……』
動揺しつつも、他のラムダはしっかりと働いているのだろう、触手の壁を抜けた俺を追尾してきた触手が再び背後や側面から襲い掛かってくる。
前方にはこちらを絡め取ろうと待ち受ける触手の壁が作られ、俺は再び包囲されてしまう。
逃げ場がなくなったところで、全方位からの攻撃と共に触手を束ねて作った縄のような鞭が振るわれるが、その触手を俺は拳で殴って弾き返す。
明らかに俺より重量のある触手を普通に殴り返し、更に周囲の触手の攻撃を多少受けながらも無傷でいる様子に、ラムダは警戒を更に強めていた。
『あり得ない。人族の身でこれ程の力が?』
『何らかの魔法には違いないでしょう』
向こうが思考している間も俺は『マグナム』を樹へと撃ち込みながら、追尾してくる触手を『エアステップ』で空を蹴りながら逃れる。
飛んでいると逆に警戒すべき方角が増えてしまうが、地上だと地面で見えない位置から出てくる触手に反応が遅れそうになるので、今はなるべく空中で戦う方がいい。
案の定、また触手の包囲網を張られるが、先程と変わらず正面から堂々とぶつかって切り抜ける。相手が何度も同じ攻撃を繰り返すのは、俺の能力を探ろうとしているのだろう。
まあ種明かしをする理由もないので、気にせずに俺は魔力の調整を済ませていく。すでにある程度の能力を発揮している『PAS』だが、魔力調整が精密過ぎるので全開になるまで少々時間が必要なのだ。
「魔力供給……固定化……人工関節……可動域……」
そして今の俺がやっている事だが、簡単に言えば前世で開発された装備を魔力で再現しているのである。
もし魔力が可視化出来たなら、今の俺は様々な機械が内蔵された全身鎧……いや、正確に言うならば全身スーツを装着しているように見えただろう。
人体の骨格、個々の筋肉に合わせた補助用の機械と関節が無数に備えられており、装備者の身体能力を何倍も高める。更に軽火器程度なら軽く防げる防御力を得られる上に、全体的に丸みを帯びた表面装甲の御蔭で銃弾をも受け流してしまう。
正式名称『パワーアシストスーツ』……通称『PAS』と呼ばれた強化スーツを再現した事により、俺は触手の壁を正面から掻い潜っても傷を負わなかったわけだ。
『理解出来ません。ですが……』
『ええ、ただ対処すればいいんです』
『このまま追い込み続けましょう』
とはいえ、関節等の脆い部分を集中的に狙われると不味いので、可能な限り触手の直撃は避けるべきである。
故に回避、受ける攻撃を見極めつつ、空を自在に飛び交いながら無数の触手から逃れ続けていたのだが、ラムダもまた学習しているのか攻撃を変化させて追い込んでくる。
やはり数人分の思考に加え、その全員が自在に操れる無数の触手があるので、こちらの方が不利か。
それでも回避の合間に『マグナム』や『ショットガン』を何発も放つが、やはり効いている様子はない。
巨大な樹の化物となった奴に正面というものがあるかどうかわからないが、攻撃しつつ側面へと回り込もうとしていたその時、今度は攻撃ではなく触手を網のようにして俺を捕らえようとしていた。
網は複数かつ広範囲に展開され、さすがにこれを突破するのは厳しいが……こちらの準備も何とか間に合ったようだ。
「魔力伝達……全行程完了。『PAS』……制限解除」
時間を掛けて細かく調整し、完全となった魔力の強化スーツを全開にさせたその瞬間、俺の動きが更に変化する。
まるで背中にジェットエンジンが搭載されたかのように移動速度が倍近く跳ね上がり、一気に最高速へ達する急加速や、空気の壁にぶつかったかのような急停止が可能となり、人の身とは思えぬ動きで網の包囲網を抜けていた。
今の俺は、人の身では決して挑んではならない領域の加速に至っている。どれだけ『ブースト』で肉体を強化しようと、このままでは加速による負荷で筋肉や骨どころか内臓さえ潰れてすぐに絶命するだろう。
それが人の身である以上、どうしても越えられない限界……壁なのだ。
だがその壁を、銃弾を弾けるような防御面だけでなく、加速による負荷を大幅に吸収、軽減可能な『PAS』によって超えたのである。身体強化の『ブースト』との相乗効果もあり、少なくとも今の俺は人単体で出せる世界最高速度を叩き出していると思う。
その後も、追尾してくる触手や先を見越した網による罠を張られたりもしたが、人外の加速と『エアステップ』や触手を足場にした自在な動きで逃れ続ける。
この時、俺から魔力スーツから僅かに零れる魔力の残滓による光や残像が生み出され、傍目からすれば空中に幾何学的な模様が描かれているように見えたかもしれない。
『あの隙間を抜けますか』
『なるほど、一人で挑んでくるわけですね』
相手は人の身を捨てて化物の力を得たのだから、こちらも人の限界を越えた力で戦うしかあるまい。
巨大になり、人数を増やして思考し、手数を揃えようと、それを上回る速度で避けてしまえばいい。
一見すると俺は善戦しているように感じるが、こちらが不利なのは未だ変わらないし、余裕なんか微塵もなかった。
それをラムダも理解しているのだろう、どれだけ俺が攻撃を避け続けようと冷静かつ、着実な攻撃を続けている。
『裏を取ろうとしても無駄です』
『私に背後という概念はありません』
そうして触手から逃れながらラムダの側面へと周り、数発攻撃を加えてから後方へと移動したその時、『エアステップ』の魔力形成が不十分で足場が緩くなり、一瞬だけ動きに乱れが生じた。
その隙を逃さず触手が群がってくるが、周囲を飛んでいた師匠が防いでくれた。
「ぐっ……助かった」
『ふん、油断したねぇ』
今のは本気で危なかった。
攻撃だけでなく『PAS』を維持する必要があるので、たった数分の間に魔力枯渇からの回復を何度も繰り返しているせいか、体力と精神力が凄まじい勢いで削れている。更に『PAS』があろうと体への負担は大きく、肉体が悲鳴を上げているが泣き言を口にする余裕すらない。
奥歯を噛み締め痛みに堪えながら『マグナム』を数発叩き込んでいると、さすがに不審に思い始めたラムダが攻撃の手を緩めずに語り出した。
『実に涙ぐましい攻撃ですが、何を企んでいるのです?』
『なるほど、魔力で特殊な鎧を作っているのですね。興味深いです』
『それにこの動き、何かの作戦でしょうか? しかしその力、人の身でどれくらい保つのでしょう?』
相手からすれば、無意味に近い攻撃を愚直に繰り返し続けているのだ。余程の阿保でもない限り、何かの作戦であると思うだろう。
しかも相手は力ではなく知識のみで高みに到達した者であるので、すでに俺がやろうとしている事を察しているのかもしれない。
だからといって、今更止めるつもりもない。
口の中に鉄の味を感じながら、暴風とも言える触手の中で俺は必死に抗い続けるのだった。
――― レウス ―――
「レウス、下がれ! 君は前へ出なくていいんだ!」
「俺は大丈夫だ! それより早く行かねえと、爺ちゃんに追い付けねえぞ!」
強敵だったヒルガンを倒した後、俺たちは敵陣の奥深くに突如現れた巨大な樹の下へ、兄貴が戦っている場所へと向かっていた。
ルカを倒した姉ちゃんとも合流し、魔物だらけの戦場を走り続けていたが、何故か俺が先頭に出ようとすると皆が止めてくる。
「頼むから、これ以上無茶はするな。道を開くのは他の人たちに任せてくれ」
「そうだそうだ。俺もそこの王女さんも我慢してんだから、少しはお前も大人しくしてろっての!」
「ふふ、私はレウスがいるから冷静になれているだけさ」
「全く……レウス、いいから早く下がりなさい。皆さん、落ち着きのない弟で申し訳ありません」
「エミリアさんは悪くありませんよ。とにかくレウス君、今は僕より前に出ないでくださいね」
くそ……姉ちゃんに言われたら大人しく下がるしかねえか。
でもよ、今回は剛剣の爺ちゃんが悪いだろ。さっきまで俺たちのちょっと前で剣を振っていたくせに、急に俺たちを置いて一人だけで先へ行っちゃうんだからな。
不満を口にしながら姉ちゃんたちの横に並び、先頭で魔物を蹴散らすジュリアの親衛隊たちの後を大人しく進んでいると、戦場全体を見ていたアルが呟いた。
「剛剣殿はまだ見えないな。あの人はどこまで先に行ったのか」
「つーか、馬に乗ってる俺らより速いって何だよ? もう何度も言ってるけどよ、あの爺さんは本当にどうなっていやがるんだ?」
「ふ、剛剣殿の事だ。もうあの樹に到達して、ラムダ相手に剣を振るっているのかもしれないな」
「お爺ちゃんがシリウス様と合流していれば、誰が相手でも敵はいないでしょう。ですが……」
「おう! 俺たちにも何かやれる事はあると思う」
まだ元気な爺ちゃんと違って俺たちはボロボロだけど、少しでも戦えるなら兄貴の援護くらいは出来る筈だ。
痛む体で馬を走らせ続け、ようやく見上げても樹の天辺が見えないくらい近づいた俺たちだが、そこには予想外の光景が広がっていた。
まるでこれ以上入るなと言わんばかりに、樹を囲むように巨大な根が無数に生えていて柵のようなものが作られていたのだ。
隙間なんかほとんどないし、しかも時折そこから新しい根が伸びてきては、近くの魔物に襲い掛かっている。
そして根で貫かれた魔物は血や体液を吸われているのか、あっという間に干からびて骨と皮だけに……いや、根に包み込まれている様子からして骨と皮も食われているみたいだ。
魔物を食って栄養にしていると理解したその時、根の柵の前に剛剣の爺ちゃんがいる事に気付いた。爺ちゃんの方も俺たちが来た事に気付いたみたいだが、何か様子が変だな。
「ふん、ようやく来おったか」
「あ、ああ。ていうか、そこで何やってんだよ爺ちゃん」
兄貴と並んで剣を振り回しているのかと思いきや、何故か爺ちゃんは根の柵から少し離れた場所で立っているだけだった。
あそこにいたら危険だろと思うが、根に近づかなければ攻撃はされないみたいで、周りにいた魔物も全部食われてしまったのか、敵陣のど真ん中だというのに爺ちゃんが肩に剣を乗せてのんびりと出来るくらいの場所になっていた。
まさかあの爺ちゃんが疲れたのか?
でも見たところそんな感じはしないし、飽きたってわけでもない。皆も俺と同じ気持ちなのか、そんな爺ちゃんを見て不思議そうに首を傾げている。
「もしかして、剛剣殿は我々と合流する為に待っていてくれたのですか?」
「何を言っておる。小僧共を待つ程わしは暇ではないわい」
「だったら何で爺さんはこんな所でぼーっと立っているんだよ!」
「そうだ。早く兄貴を探しに行くぞ!」
「騒がしいのう。彼奴ならあそこじゃ」
爺ちゃんが向いている先には、ラムダが関係していると思う巨大な樹がある。大分近づいてきたけれど、あの大きさからすると根元まではまだまだ遠い筈だ。
そんな樹の周囲に一つの小さな光が飛び交っており、地面や樹から生える無数の蔓がその光を攻撃していた。
もう数えるのも馬鹿らしい数の蔓を前に、光の線を描きながら凄まじい速さで避け続けているそれは正しく……。
「シリウス様!」
「兄貴だ! 皆、助けに行くぞ!」
「ああ! 後続の部隊にも突撃の号令をー……」
「待ってください!」
一人で戦っている兄貴に皆も気付いたようで、すぐに飛び出そうとする俺たちだが、ジュリアの号令を遮るようにベイオルフが大声で俺たちを止めた。
「少し冷静になってください! あの攻撃の中に飛び込むのは危険過ぎます」
「だからって怯んでいられるかよ。先生の下へ急ぐぞ!」
「待つんだ、キース。ここは彼の言う通りだよ。あそこに向かうべき者は限定するべきだ」
確かにあんな数の蔓が待ち受ける中へ突っ込んだら、俺たちの被害はとんでもない事になる。
いや、そもそもの話……。
「いいえ、限定どころではありません。誰が行っても援護どころか、すぐに全員食われて敵の糧になるだけです」
臆病者だと怒鳴られてもおかしくはない言葉だけど、少し冷静になれた俺もベイオルフの言いたい事は理解出来た。
普段から兄貴や爺ちゃんという強者と一緒にいるからこそわかる。体も武器もボロボロな俺たちが助けに向かったとしても、あの数の暴力に負けて兄貴の援護どころか全滅すると。
だからこそ、兄貴に関して真っ先に飛び出す筈の姉ちゃんが静かなんだ。さっきからずっと兄貴を目で追いながら、必死に何か考え続けている。
「おそらく、この中で一番余力が残っている僕でも、あの蔓を凌いで近づける自信がありません」
「だが、このままただ眺めているだけなんて私に出来る筈もない。誰か! 魔法を使える者をすぐに集めろ!」
「魔法で何とかなる大きさかよ? くそ、いざとなったら俺は無茶でも突撃するからな!」
「遠距離からの援護もいいですが、その前に確認する事がありませんか?」
ベイオルフの言葉により、皆の視線が爺ちゃんへと向けられる。
そうだ、この中で一人でもあの中へ突撃出来そうなのが爺ちゃんなのに、未だに爺ちゃんは剣を構えるどころか兄貴と巨大な樹を見たまま動こうとしない。
こうなったら、姉ちゃんから何か言ってもらうか?
そんな事を考えていると、不意に爺ちゃんは戦場とは思えないゆっくりとした声で語り出した。
「……この戦が始まる前に、わしは彼奴から頼まれた」
「頼まれたって、何をだよ?」
「もし、彼奴が敵の総大将と戦っていた場合、何か指示があるまでわしに手を出すな……とな」
「はあ!? だからってぼけっとしてんのかよ! いつもの我儘っぷりはどうした爺さん!」
「騒がしいぞ、猫小僧。彼奴はわしに勝った男。敗者が勝者の言葉を聞く事は当然じゃし、何より決死の覚悟を決めた男の頼みじゃ。聞いてやるのは当然じゃろうが」
爺ちゃんを待たせるのが兄貴の作戦だってのかよ。でもそれにしては、たった一人で戦うなんて変だろ!
そういえば……姉ちゃんから聞いたが、兄貴は前世という所でラムダのような敵と因縁があるらしい。
だから一人で戦いたくて、ラムダとの決着は誰にも邪魔されたくないって意味じゃ……。
「レウス。今の貴方が何を考えているかわかりますが、それは違うと思います」
「え? でも兄貴がやりたい事を邪魔するのは……」
「本当にシリウス様が一人で決着をつけたいのであれば、お爺ちゃんに指示があるまで……とは言いませんよ。あの御方はこの戦いを勝つ為に動いている筈です」
「うむ、さすがはエミリアじゃな! それに比べて小僧はまだまだじゃのう。手を出すなと言われたのはわしだけで、小僧共までは知らんわい」
「あ……」
「そうです、何も言われていない私たちは独自に動けばいいのです。無駄に犠牲を増やさず、シリウス様の力になる方法は必ずあります。先程、貴方たちも似たような事をしていませんでしたか?」
似たような事って、ヒルガンと戦っていた時か?
言われてみれば、魔物を食べて回復している点は一緒だし、あの時ヒルガンと戦っていた俺たちが今の兄貴だとしたら……。
「周りの魔物……ジュリア!」
「うむ! 部隊を二つに分けるぞ! 火魔法を使える者は均等にだ!」
「左は俺の部隊だ! 一体でも多く仕留めに行くぞ!」
「火矢の用意を! 念の為、ここにも小隊を一つ残しておきましょう」
ラムダへの攻撃が難しい今の俺たちがやれるとしたら、あの野郎の回復を少しでも邪魔してやるって事だ。
死んだ魔物だけでなく、ここからでは見えない位置にいる魔物も食っているようだし、俺たちがやる事はほとんど意味がないかもしれないが、何もやらないよりはましだ。
すぐに俺の考えを察してくれたジュリアたちの動きにより、両翼が合流して一つになっていた部隊が再び二つとなる。
火魔法で完全に燃やし尽くせばラムダもさすがに食えないので、火を使った攻撃が出来る奴を均等に分け、根の柵に沿いながら魔物を撃破しつつ左右から後方へ回り込む流れだ。
隙があればラムダへ遠距離攻撃も行い、少しでも兄貴から目をこちらへ向けさせようと話し合っていると、気付けば爺ちゃんの隣に立っていた姉ちゃんが真剣な顔で告げてきた。
「皆さん。申し訳ありませんが、私はここに残ってお爺ちゃんの傍にいます」
「そうですね。僕たちと一緒にいるよりかは、ライオルさんの隣の方が安全だと思いますし」
「わかった! 魔物は俺たちがやるから、姉ちゃんは爺ちゃんの事を頼むぜ」
「ええい、いつまでも遊んでおらんでさっさと行けい!」
手をひらひらと動かしながら追い払おうとする爺ちゃんに苦笑しながら、俺はジュリアと兵士の皆を連れて根の柵に沿って馬を走らせた。
後は根から攻撃されないように距離を取りつつ、途中で見かける魔物を出来る限り倒していた俺たちだが、巨大な樹の側面まで進んだところである事に気付く。
「……やはりそうだ。レウス、あの辺りを見てくれ。先程から魔物の動きが大きく変わっている」
「ああ。まるで俺たちの事が見えていないみたいだ」
さっきまでこちらに襲い掛かってきていた魔物たちが、まるで吸い込まれるようにラムダへ……巨大な樹へと向かっていた。
餌に集まる獣のように近づく魔物が、逆に餌にされて次々と消えていくという不気味な状況だが、これもラムダが魔物を操っているからだな。
「ったく、さすがに食い過ぎだろ。少しは遠慮しやがれってんだ! 『フレイムナックル』」
「レウス、君まで魔法を使う必要はない。このままでは倒れてしまうぞ」
「無茶でも何でも今はやらなきゃ駄目だ! もし俺が倒れたら……頼む」
「ふぅ……わかった。もし倒れたとしても、君は私が背負ってでも連れて帰ってみせよう」
「すまねえ……」
体力どころか魔力も尽きそうで、手に集めた炎を飛ばす度に意識が飛びそうになる。それでも背中を預けられるジュリアがいるから、俺はまだ力を振り絞れる。
剛剣の爺ちゃんが言ったように、兄貴は決死の覚悟でラムダと戦っているんだ。なら俺も全てを出し尽くさなきゃならねえだろ。
あんなでかいのを相手にどうやって勝つつもりかわからねえけど、兄貴が戦い続けているなら俺も最後まで戦い続ける。
だからよ、勝って戻ってきてくれよ……兄貴!
――― シリウス ―――
『本当に予想外ですね』
『ええ。ここまで粘るとは……』
群がる触手を避けつつ、大きく移動しながら攻撃も続けていた俺は、すでにラムダの周りを三周もしていた。
その間、『マグナム』に『ショットガン』、そして『スナイプ』をラムダの体全体へ撃ち込んだ数は四百発を超えているが、未だに弱点と思われる核どころか手応えすら感じられない。
それでも攻撃を止めない俺にラムダは警戒を強めているが、攻めの手を変える事はしなかった。おそらく俺の狙いに確証が持てないからと、この『PAS』の弱点に気付いて焦る必要はないと判断したからだろう。
『ですがそろそろ……』
『限界が近いようですね』
前世において人の限界を越える『PAS』は、世界の紛争事情を変える発明品とも言われていたが、実は大きな欠陥を抱える装備でもあった。
使いこなせる人材の不足と、精密機械の集合体によるコストの高さもあるが、一番の問題は加速に耐え得る柔軟かつ頑丈な金属が存在しなかったからだ。大型殲滅兵器ならばとにかく、数十億単位の個人用装備がたった一、二回で使えなくなるのは割に合うまい。
その欠点を、魔力の濃密圧縮による固定化で乗り越えたわけだが、ラムダが呟いていた通り長時間の維持が難しく、すでに想定していた使用時間を過ぎて気合と根性の域に達していた。
『右腕部出力低下……再強化……』
『左脚部……危険域……補強……強化……不足……再強化……』
『二十三発着弾……再生速度……予想地点算出……』
『マルチタスク』の大部分は『PAS』の維持と調整にほぼ回しているので魔法の発動体が使えず、俺の周囲を飛んでいるのは師匠のナイフのみだ。
致命的な攻撃は避けられているので、まだ動く事は出来る。だが『PAS』の制御による複雑かつ高速の情報処理によって脳が熱く、先程から頭痛が止まらないし鼻血も出ている。
俺は確実に追い込まれており、詰みの時が迫っていた。
『貴方は立派に戦いました。敵ながら、賞賛させていただきます』
『その魔力の鎧、面白かったですよ』
『ところで、私たちの本体がどこにいるかわかりましたか?』
『このままでは、答え合わせも出来ないまま終わりますよ?』
やはり俺が乱雑に撃ち込んだ攻撃で敵の核を探している事と、そろそろ勝負に出ようとしているのを察していたか。
相手が感付いているのなら一旦退いて立て直すべきだろうが、前世の全盛期は一度飛び込んだら殲滅まで戻れない作戦ばかりやってきた身だ。
最早博打とも言える勝ち筋ではあるが、仕込みは済んだので後は前へ進むのみ。
俺が培ってきた戦闘経験と、ラムダが培ってきた知識。そして互いが隠し持つ手札の数。
そのどちらが上回るか……決着の時は目の前まで迫っていた。
・『PAS』の小話
そもそも身体強化の『ブースト』と差がない感じもしますが、『ブースト』は内側メインの強化で、『PAS』は外側メインからの強化となります。
内側が強ければ、外側に無理が出来るので、戦闘力は二倍ではなく、三倍、四倍にも跳ね上がると考えています。
そして『PAS』によるシリウスの回避描写ですが、〇〇のエ〇シアが使うトラ〇ザムや、第二回スーパーなロボットオリジナル外伝の『ライジングなメテオ』で見せるジグザグ飛びをイメージしてます。※わからない人はスルーしてください。
シリウスの能力がこういう方向性になるのは、作者が好きなのもありますが、やはり魔法がない世界からの転生者という理由がありますね。
特に詳しい説明はしておりませんが、シリウスは前世にロボットアニメや漫画に詳しい仕事仲間がいたので、その辺りの知識は多少ある設定となっています。
それと流れ的に語るのを省きましたが、『PAS』を全開にしたシリウスは加速だけでなく、レウスと正面から殴り合える事も可能となります。
こう……回避はなしで、交互に一発ずつ殴り合う根性試しのようなやつで。
ちなみに作者は英語関係が壊滅的なので、『PAS』を『パス』と読むのは変ですかね? 特に問題がなければそのままで進める予定です。
この戦いの決着まで書いたのですが、長くなったので二話に分けての投稿となります。
特に問題がなければ、続きは次の日の17時を予定です。




