逞しき女たち
※※※※※ 注意 ※※※※※
今回は7月28日から31日までの4日連続の更新となります。
前回までのあらすじ
サンドールの命運を賭けた戦いの火蓋が切られ、突撃部隊を三つに別けたシリウスたちは敵陣への突撃を開始した。
右翼の主力は……エミリアと剛剣ライオルにベイオルフ。
左翼の主力は……レウスとジュリア、アルベルトとキース。
中央の主力は……総大将であるサンジェルに、総指揮官であるカイエンと、一騎当千の実力者であるフォルトに、長距離スナイパーとして活躍するフィア。
開戦と同時に遊撃部隊であるシリウスとホクトが出鼻を挫き、更に敵陣全体を駆け回り、要所を攻撃して魔物たちを攪乱する中、各部隊の戦いが始まるのだった。
――― ベイオルフ ※右翼 ―――
「お爺ちゃんを左側へ移動させます!」
「了解した。第五、第六部隊を前面へ押し出せ!」
「第四弓隊、第五魔法隊、射撃準備! 剛剣の反対側へ一斉に撃ち込むぞ!」
師匠とホクトさんの意図を読んでライオルさんを巧みに誘導するエミリアさんと、それに合わせて部隊を動かす部隊長さんたちの活躍により、僕たち右翼の部隊は更に敵陣深くへと攻め込んでいました。
しかしどれだけ優秀な人たちが揃おうと、敵は無限に近い魔物たちです。
一見順調そうに見える僕たちですが、緊張による油断や、魔物の猛攻に耐え切れず部隊の一部が崩されそうになる事が何度も起こっていました。
その度に周囲の援護によって何とか切り抜けてはいましたが、今度ばかりはさすがに不味いようですね。
「くっ!? こいつ等、急に動きが……ぐあっ!」
「側面を抜かれるぞ! 気を付けろ!」
「援護だ! 足も止めるなよ!」
油断や疲労によって列が間延びしていた箇所を狙われてしまい、部隊が分断されそうになっていたのです。
更にそこは怪我人も多くいたので抗うのが厳しく、もし完全に分断されてしまえば被害は甚大となります。状況によっては本格的に立て直す必要が出てきて、中央部隊と合流する事も視野に入れなければなりません。
これ以上被害を広めない為に援護へ向かおうとしましたが、その僕をエミリアさんが止めたのです。
「待ちなさい、ベイオルフ。援護は不要です」
「ですが、あれを放っておくわけには!」
「問題はありません。すぐに片付きますから」
一体何が……と、僕が口にするよりも先に、別の場所で戦っていた筈のホクトさんが現れ、部隊を攻撃していた魔物たちを吹き飛ばしながら僕たちの横を駆け抜けていきました。
正にあっという間の出来事でしたが、その御蔭で敵の猛攻が緩み、周囲の援護も含め何とか立て直して被害を食い止める事が出来たようです。
「八番隊、立て直しました! 損害は出ましたが、移動に支障はありません」
「何とか凌げたか。だが怪我人の数を考えると、そろそろ後退も視野に入れるべきかもしれぬな」
「エミリア殿。剛剣殿の疲労も気になりますし、一旦中央まで下がって戦力を整えるべきだと思うぞ」
「いいえ、お爺ちゃんはまだ元気ですし、補充についてはすでに手を打たれていると思います」
エミリアさんの言う通り、まだ十分に戦えますので今すぐ戻る必要はありません。
しかし補給を受けられる中央へ戻る余力を残しておかなければならないので、粘り過ぎるのもよくはないと部隊長たちが口にしますが、エミリアさんが否定すると同時に一人の伝令が僕たちの下へやってきました。
「モーラ隊! ヘンリー隊! カイエン殿の命により援護に来ました。右翼の指揮下に入ります!」
「おお、ありがたい! さすがはカイエン殿だ」
「エミリア殿も見事な読みだ。よし、これなら憂いなく前進を続けられる」
「はい。お爺ちゃんに続きましょう!」
増援だけでなく怪我人を連れて戻る護衛の部隊も一緒だったので、これで右翼の戦力は大分回復したようです。
その後も僕たちの部隊は何度も奇襲されたり、不意を突かれたりはしましたが、エミリアさんの機転や皆さんの素早い対応によって何とか切り抜けて行けました。
それどころか動きの癖を読み、側面からの不意打ちを完全に防ぎ始めたところでエミリアさんが呟きます。
「……大分近づいているみたいですね」
「はい。誰が待ち受けているのでしょうか?」
大群で攻めてきている魔物たちですが、基本的にただ前進するか、近くにいる相手へ襲い掛かるばかりだったのに、明らかに指示を受けた動きが増えてきましたからね。
つまり細かい指示を出せる存在……魔物を操っていると言われる、ラムダかその仲間が近くにいる可能性が高いわけです。
ですが、未だにそれらしい相手は見当たりませんし、前で戦うライオルさんも相変わらずご機嫌に剣を振るい続けています。
疲れも全くないようですし、実は知らない内にライオルさんがそういう敵を斬っているんじゃないかと思っていると、突如嫌な感覚が僕の体を駆け抜けたのです。
これは……ライオルさんが何かやらかそうとする時と同じ?
特にライオルさんに怪しい動きは見当たりませんが、過去の経験から無視は出来ないと周囲へ注意を促そうとしたその時、僕と同じく警戒を高めていたエミリアさんが叫びました。
「皆さん、防御を!」
「っ!? 了解した。防御陣形!」
「全隊、守りを固めろ! 重装兵、急げ!」
この戦いが始まってから初めて焦りを見せたエミリアさんが、魔力を集中させながら指示を出したその時、ライオルさんの少し前方の地面に光の線が走り始めたのです。
光の線は広範囲に亘って入り乱れ、そのあまりの大きさにそれが魔法陣であると気づくのが遅れました。何せ普段から見る魔法陣より数十倍という規模ですから。
その大きさに誰もが危険だと判断する中、最も早く動いたエミリアさんが風の魔法で防御しようとしましたが……結果的に防御は必要ありませんでした。
「小賢しいわああぁぁぁぁぁ――――っ!」
炎が一瞬見えたかと思ったら、ライオルさんが『衝破』で魔法陣ごと炎を吹き飛ばしていたからです。
おそらく魔法陣の大きさからして、上級魔法をも軽く超える威力だったと思うのですが、本当に出鱈目な人ですね。あの人に通じる魔法ってあるんでしょうか?
まあ、その御蔭で被害はなかったので僕たちが安堵の息を漏らす中、ライオルさんだけは怒りを露わにしながら吠えたのです。
「おのれぇ……埃でエミリアの可愛い顔が汚れたらどうする気じゃ! さっさと面を見せい!」
「面を見せろって、まだ何かいるのか?」
「あれじゃあ、もうやられてんだろ」
怒鳴るライオルさんに、兵士や冒険者の皆さんが呆れた表情で呟いています。
確かに地形すら変える程の衝撃波でしたし、巻き込まれてやられていてもおかしくはありませんが、ライオルさんは未だに身構えたままでした。
あの人の感覚は並でありませんのでエミリアさんと僕も警戒を高めていると、突然視界を塞いでいた土煙が風の魔法によって払われ、そこには全身を黒く染めた一人の女性が悠然と立っていたのです。
「全く、酷いものね。私のとっておきをこんなあっさりと吹き飛ばすなんて」
「ほざけ小娘が! エミリアを狙いおって……許さんぞ!」
「別にエミリアさんだけを狙ったわけじゃないんですけどね」
反射的にライオルさんに突っ込みながら相手の女性を観察してみたところ、多少土埃で汚れてはいますが傷らしきものは一切見当たりません。
あの衝撃波を受けて平然としているのも驚きですが、それも彼女の姿を見れば納得出来るかもしれません。彼女の頭には竜と思われる角が三本、背中から四枚の翼が生えており、更に全身が黒い鱗で覆われていたのですから。
人の身でありながら竜に近い女性……つまりあの女性がラムダの部下であるルカというわけですか。
僕たちの優先目的の一つであるルカは、自身の罠を破壊されてライオルさんを不機嫌そうに睨みつけていました。
「許す許さないなんて知らないわ。私はラムダ様の命令で貴方たち全員を殺さなければならないのだから、これ以上邪魔はしないでくれる?」
「ふん、やれるものならやってみるがいい。じゃがその前に小娘よ、あの痴れ者はどこにおる?」
「誰の事?」
「エミリアに手を出そうとした愚か者じゃ! 天丼剣とかふざけた事も抜かしていたそうじゃな」
「天王剣ですよ」
「ん? ああ……もしかしてヒルガンの事かしら? どこかその辺にでもいるんじゃない?」
情報を与えない為に誤魔化しているように見えますが、あれは本当に興味がないという感じですね。
話すだけ無駄だと悟ったのでしょう、それ以上は口にせずライオルさんは剣を振り上げますが、同時にルカが背中の翼を大きく広げて空へと飛び上がったのです。
「貴方の強さは認めるわ。でも、その剣がここまで届く?」
「ぬう!?」
そして剣が届かない高さから、腕を振るってライオルさんへ向かって何かを放ってきたのです。
無数に放たれたそれをライオルさんは剣で弾きますが、その内の一つが僕たちの前に落ちたところで、ルカが放ったのは自身の黒い鱗であるという事が判明しました。
「皆さん、あの方は鱗を全身から一斉に飛ばす攻撃もしていました。巻き込まれないように気をつけてください」
「了解した!」
「盾を持たない者は少し下がるか、重装兵の後に隠れろ!」
鎧でも容易く貫通しそうな鱗ですから、巻き添えを食らわないように守りを固めながら僕たちは隙を伺い続けました。
幸いな事にルカはライオルさん一人に集中しており、ライオルさんも平然と攻撃を防ぎ続けているので、こちらの攻撃準備は落ち着いて整える事が出来ました。
「自慢の剣はどうしたの? ほら、私を斬ってみなさい」
「ほざけ! 小娘こそ下りて戦う度胸もないか!」
「あるわけないでしょ?」
「……よし、敵は未知数だ。最初から全力で攻めるぞ!」
「魔法隊、放て! 弓隊も続け!」
そしてルカの隙を突き、部隊長の号令によって兵たちが魔法や矢を放ちました。
強敵に備え魔力を温存していた者たちによる上級魔法……巨大な火球や岩石が次々と直撃し、その後に矢の雨がルカへと一斉に降り注ぎます。
さすがにこれだけ攻撃を集中させれば一溜まりもないとは思いますが、相手はライオルさんの『衝破』を受けても平然としていた相手です。一度では気を抜かず更に追撃しようとしますが、それよりも先に魔法で生まれた爆風に紛れて鱗がこちらへと飛んできました。
「ベイオルフ!」
「はい!」
咄嗟にエミリアさんと僕で防ぎましたが、爆風が晴れた先にいたルカは無傷のままでした。
今ので倒せるとは考えてはいませんでしたが、ここまで手応えがないのは驚きです。しかも鱗を飛ばしながらも相手の体に変化が見当たらないので、彼女の鱗は再生しているのかもしれないとエミリアさんが呟いていました。
その凄まじい鱗の再生能力と防御力の高さに加え、剣士にとって不利な空を飛ぶ相手。
そんな強敵を相手にどう攻めるべきかと悩んでいたその時、気が逸れた瞬間を狙っていたのでしょう。ライオルさんが前線基地で何度も放った『剛破一刀』を放ったのです。
「ぬりゃあああぁぁぁ――――っ!」
魔力で刀身を一時的に伸ばし、山のように巨大な魔物すら真っ二つにしたあの一撃ならば、相手が空だろうと届きそうですね。
しかし不意まで突いたその一撃ですが、ルカは翼を羽ばたかせて事もなげに避けたのです。
「残念。速くても、来るとわかっていれば簡単よ」
何という反応速度……いや、今のはまさか……ライオルさんの技を知っていた?
彼女と会うのは初めてな筈ですが、あの避け方はライオルさんの『剛破一刀』を知らなければ出来ない動きでした。
距離は十分離れていても魔力で伸びた刀身がそう遅れるわけではありませんし、そもそも空にいれば剣が届かないと思って判断が遅れると思いますから。
その状況に驚きを隠せない中、僕たちは脅威ではないと判断したのでしょう。再びライオルさんを狙い始めたルカへの対処に僕たちが悩む中、冷静に相手を分析していたエミリアさんが口を開きました。
「おそらく前線基地での戦いを観察していたのかもしれません。挑発には決して乗らず、相手との相性を考えて優位な位置を崩さず攻め続ける。自身の能力だけでなく知略も優れた相手のようですね」
「なら僕も援護に向かいます! エミリアさん、あの人の説得をお願いしますね」
自身の剣を避けられた事で、いつもの負けん気が出てきたのでしょう。
これ以上は手出しするなと言わんばかりの気迫をライオルさんが放っていたので、エミリアさんに落ち着かせてもらおうと思ったのですが、前へ出ようとする僕を再び彼女は止めました。
「お待ちなさい。ここは私が行きますので、貴方は皆さんと奥にいるー……」
そのまま今後の動きについて色々と説明されたのですが、一つだけどうしても納得出来ない事があったので、僕だけでなく部隊長たちも反論していました。
何故なら、エミリアさんがルカの相手を自分一人でやると言い出したからです。
「待て、いきなり何を言っているのだ!」
「我々の攻撃は通じていないように見えたが、まだ試していない手はある筈だろう」
「ですが彼女の撃破が重要とはいえ、一人を相手にこれ以上時間を割くのはよろしくありません。ですから皆さんは、奥にいる魔物たちを優先してもらいたいのです」
エミリアさんの指摘通り、ライオルさんの『衝破』が届かなかった更に奥には、実に存在感のある巨大な魔物や合成魔獣が何体も見られました。
ルカの周辺にいる点からして、あれは彼女が率いる特別な魔物なのでしょう。だから魔物たちの統率力が高まって細かい指示を飛ばせるようになり、僕たちの隙を突いていたわけですね。
その状況から部隊を分ける理由はわからなくもないのですが、別に一人じゃなくてもライオルさんか僕と協力した方がいいに決まっています。
それを必死に伝えてはみたものの、エミリアさんは冷静に現状を語るだけでした。
「では、誰か空中戦が出来る方はいらっしゃいますか? 失礼に聞こえたら申し訳ありませんが、私は相手が空にいても戦う事が出来ます」
「それでも援護くらいは出来ますよ!」
「この戦いは彼女を倒したら終わりではありません。今後に備えてこちらの被害を減らす為にも、各々が適した戦闘をするべきなのです」
確かに、ライオルさんが負けるとは思いませんが、このままだと時間が掛かりそうです。
一方、エミリアさんは風の魔法で高く飛ぶだけでなく多少なら移動も出来るので、空を飛ぶ敵の相手だけでなく、足止め役としても適任でしょう。
ゼノドラさんたちは空の魔物たちで手一杯ですし、適材適所が重要なのはわかりますが、だからといってエミリアさんだけを置いていくのは……。
「それに私の戦いは少々荒っぽくなりそうなので、皆さんが近くにいると巻き込んでしまいます。離れていただいた方が全力で戦えるのですよ」
「何か秘策や作戦があるのですか?」
「ええ、勝算がなければこのような事を言いません。私は足止めではなく、彼女を倒すつもりですから」
「……わかった」
「向こうは我々に任せてくれ。終わった後は我々の判断で動くとしよう」
自信満々に答えるエミリアさんに、部隊長たちも苦い表情を浮かべながらも受け入れました。
それだけエミリアさんを信頼しているのもありますが、部隊で動く以上は非情な選択も受け入れなければならないと判断したのでしょう。
僕も完全に納得はしていませんけど、シリウスさんの弟子である彼女がこんな嘘を吐くとは思えませんので、信じてみようと思います。
「ではお爺ちゃんを説得してきますので、皆さんはいつでも動けるようにしておいてください」
ライオルさんの力を最も発揮させる為に、エミリアさんは頑張っているんだ。
頼もし気な笑みと共にライオルさんの下へ向かう彼女の後姿を見送った僕は、負けていられないと決意を改めていました。
――― エミリア ―――
「ふふ、もう攻撃は終わり?」
「ぬう……」
部隊の皆さんと話を付けた後、ルカの放つ鱗を弾き続けるライオルお爺ちゃんの背中へ隠れるように近づけば、お爺ちゃんは正面を向いたまま声を掛けてきました。
「おお、エミリアか! すまんのう、あの小娘ならすぐに斬るからもう少し待っておれ!」
「いえ、彼女の相手は私がしますので、お爺ちゃんは皆さんと一緒に向こうの魔物をお願いします」
「何じゃと!?」
予想通り、お爺ちゃんは信じられないとばかりに顔だけこちらへ向けてきました。それでも飛んでくる無数の鱗を平然と防いでいるのですから、本当に桁が違う方なのだと感心させられます。
すぐに私の考えと勝算がある点を簡単に説明したのですが、それでも我慢出来ないとお爺ちゃんは騒ぎ始めました。
「ええい、駄目じゃ駄目じゃ! わしが斬るから待っておれ!」
「これ以上、お爺ちゃんが防衛に回る姿をあまり見たくありません。それにお爺ちゃんが振るう剣は彼女ではなく、もっと相応しい方がいらっしゃるのではありませんか?」
「む……」
「私の予想ですが、お爺ちゃんが斬りたい相手は左翼側か中央にいると思いますよ」
敵の主力でありラムダの片腕であるルカを右翼の中心に配置しているのなら、ヒルガンはその反対側か、敵総大将の護衛をしている可能性が高い。
とにかく今後もお爺ちゃんの本領を発揮してもらう為にも、これ以上ルカの相手をさせるわけにはいかないのです。
「ですから奥の魔物たちを倒したら、後は中央か左翼側へ向かって思うがままに進んでください」
この戦いが始まってから私がお爺ちゃんの進む方角を決めていましたが、目の前のルカと奥の魔物たちを倒せば右翼側の主力はいなくなると思いますので、今後はお爺ちゃんの独断で動いても問題はないと思います。
強い相手に向かっていく本能に関しては誰よりも強い御方ですから、後は放っておいてもラムダやヒルガンの下へと向かっていくでしょう。
「私もこちらが片付き次第、お爺ちゃんの後を追います。重ねてお願いしますが、彼女の相手は私に任せてくれませんか?」
「……エミリアには、あの小娘と戦わなければならぬ理由があるのか?」
「はい。とても個人的な理由ですが」
「よかろう、ならばあの小娘はエミリアに任せるとしよう。そうか……これが彼奴の言っていた、子の成長を喜ぶやつか……くっ!」
お爺ちゃんにとって私は守るべき存在なのでしょうが、真摯に伝えればきっとわかってくれると思いました。
普段は我が道を進むお爺ちゃんですけど、本当に真っ直ぐな思いをぶつければしっかりと認めてくれる御方なんですよね。
それから感動の涙を流し続けるお爺ちゃんを落ち着かせたところで、私は魔力を集中させながら機を伺います。
「…………今です!」
「うむ!」
鱗を放つ合間の僅かな隙を突き、私は『エアショット』で牽制しながら合図を出しました。
その私の声と同時にお爺ちゃんが奥の魔物へ向かって駆け出し、それに合わせてベイオルフや部隊長さんたちが率いる部隊が動き出しますが、こちらの意図に気付いたルカは嘲るような笑みを浮かべながら翼を広げたのです。
「あら、つまらないわね。私を斬るんじゃなかったの?」
「進めい! 全て斬り捨てるのじゃ!」
「そう……私を無視するわけね。なら遠慮なくー……ん?」
「させません!」
私を信じ、一切振り返らずに走るお爺ちゃんの背中を狙おうとするルカですが、私は即座に『エアショット』を放って止めました。
同時に魔法で上昇気流を生み出して地を蹴り、ルカと同じ高さまで飛んだところで『エアショットガン』を連射すれば、さすがに無視出来ないと判断して狙いを私に移したようです。
「鬱陶しい。さっさと私の下で這いつくばれ!」
「結構です。貴方こそ人を見下すのを止めては?」
私の返事を碌に聞かずルカは鱗を放ってきましたが、私は横へ大きく動いて避けました。
しかしその動きを読んでいたのか、避けた先にも鱗が放たれていたので、私は魔力で作った足場を蹴って落下するように下へと逃れます。
「どこまでも逃げなさい! 動きを止めたら最後ー……んっ!?」
地上に着地する隙を狙っていたのでしょう。大きく体を捻ったルカが一斉射撃の動きを見せていたのですが、突如その動きを止めました。
何故なら、地上へと落下していた筈の私が弧を描くようにして上昇を始め、彼女と同じように空中で静止していたからです。
「へぇ……貴方も飛べるのね。さすがに驚いたわ」
「これで貴方だけが有利ではありませんよ」
「それで? もしかして私と対等とでも言うつもり?」
動揺から立ち直ったルカが不敵な笑みを浮かべて両腕を広げると、彼女の体中に刻まれていた魔法陣が怪しい光を放ち始めました。
すると、私たちの更に上空を飛んでいた魔物たちが次々と降下し始め、ルカを中心に集まり始めたのです。
これまで空の魔物たちは地上の部隊に対しほとんど見向きもせず、サンドールを守る防壁へと進むばかりでしたが、今のは明らかにルカの指示によって呼ばれたようですね。
「たった一人で挑んでくる勇ましさは褒めてあげる。でも残念だけど、私は貴方と対等になるつもりはないの。全力で嬲り殺してあげる」
「主の命を守る為には、誇りや尊厳は関係ないという事ですか?」
「よくわかっているじゃない。殺し合いに誇りなんて何の役に立つのかしら?」
「……確かにそうですね。私も卑怯とは言いませんよ」
私もシリウス様の為ならば汚名を被る事に迷いはありませんし、結果的に生き残れなければ意味がないという点も理解しています。
故に文句は言いませんが、多勢に無勢なこの状況はよろしくありません。
真っ当に戦えるとは思っていませんでしたが、相手がそのつもりであるのなら……。
「ですから、私も全力で挑ませていただきます。それと一つ勘違いしていると思いますが、貴方と戦うのは私一人ではありませんよ?」
「どこに? まさかさっきの爺や、下を走る連中に助けを求めるつもり?」
「違います。共に戦うのは……私の家族です!」
そんな私の言葉と同時に地上から大量の水が噴き出し、ルカの周囲にいた魔物たちを次々と地上へと叩き落としていました。
魔物を襲っているのは、水の塊から放たれる拳程の水の礫ですが、凄まじい勢いで発射されているので岩とほとんど変わらない威力になっています。
突然の攻撃にルカが目を見開いている間に水は徐々に形を変え始め、巨大な水のゴーレムとなってから私の横に並びました。
「リース、無理だと思ったらすぐに報告を」
『私は大丈夫だよ。周りは任せて!』
魔道具を通じてリースの声が聞こえてきましたが、正直に言わせていただくと少し心配です。
リース自身は防壁の近くにいるので危険は少なくとも、今の彼女はその場で怪我人の治療をしながら、水のゴーレムを生み出して私の援護までしてくれているのですから。
更にここまで距離がある分、水のゴーレムを操作する負担は並大抵ではない筈。それでも私と一緒に戦ってくれるリースに頼もしさを覚えながら、私はもう一人の家族に確認を取ります。
「フィアさん、しばらく負担が増えそうですが、よろしくお願いします」
『了解。遠慮なくやっちゃいなさい!』
中央の部隊に入って、超遠距離から弓で魔物を狙撃しているフィアさんですが、私は彼女の力も借りていました。
本来、私の魔法では高く飛び上がる事は出来ても、空を自在に飛んだり留まる事は出来ません。
しかし、かつて私たちが戦った炎の精霊が見える男性が炎狼の力を増幅していたように、フィアさんを通して風の精霊の力を借りる事によって私は自在に飛べる事が可能となったのです。
もちろん空を飛べるだけでなく……。
「これで貴方と本当の意味で対等です。『エアショット』」
「そんな魔法が私にー……ぎゃっ!?」
魔法の威力も数倍に跳ね上がっています。
上級魔法を受けても平然としていたルカですが、精霊によって増幅された私の魔法は彼女を大きく吹き飛ばす程の威力になっていました。
しかしルカを傷つけるには至らず、すぐに体勢を立て直してこちらへと戻ってきました。
「なるほど。貴方は色々と調べる価値がありそうね」
「その必要はございません。貴方の研究は今日で終わりますから」
「面白い返答だわ。なら、やってみなさいよ」
そしてルカが忌々しそうに私を睨みながら四枚の翼を広げると、体中に刻まれた魔法陣も光を放ち始めたのです。
ここからが本気……という事でしょう。
私は大きく深呼吸をしながら、愛用のナイフを手に身構えました。
次回の更新は、特に問題がなければ明日の17時を予定しています。




