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ただ勝つ為に



 ――― シリウス ―――




 爺さんの暴走で多少出鼻は挫かれたものの、サンジェルの号令と共に戦いの火蓋は切られた。

 前線基地の時と違い、守るのではなく攻めの為の部隊が一斉に突撃を始めたわけだが、部隊の編制と作戦により各部隊の速度は大きく違う。

 従って、三つに分けた部隊の中で騎馬が中心となる左翼……レウスとジュリアがいる部隊が真っ先に魔物たちとぶつかる筈だが、最も先に攻撃を始めたのは俺とホクトだった。

 遊撃部隊である俺とホクトが中央部隊の先頭より更に前方へいたのもあるが、誰も引き連れずホクトの背中に乗って突撃したのだから当然だろう。

 馬の加速でも数十秒はかかる距離を一息で詰めたところで、己の射程内に入ると同時に俺はホクトの背中から飛び降りた。


「さて、始めるか。手筈通りに頼むぞ」

「オン!」


 飛び降りた先にあるホクトの尻尾に足を乗せた俺は、以前にもやったようにカタパルトの要領で空へ向かって撃ち出される。

 地上だけでなく空からも手を出し辛い絶妙な高さを飛ぶ俺は、地上を埋め尽くす魔物たちを遠くまで見下ろしながら、『マルチタスク』で思考を高速化させながら戦闘準備を進めた。


「いい高さだ。敵陣の深くまでよく見える」

『魔物の布陣……優先目標……』

『各部隊の移動ルート……援護箇所……』

『弱点……敵の行動範囲……』


 並列思考で敵全体の把握と己の行動を決めた後、前線基地でも使った魔石をカード状に加工した物を三枚取り出した俺は、それに己の周囲に放ってから伸ばした『ストリング』を接続する。


『アルファ接続……目標ターゲット……距離、百……『スナイプ』照準ロック

『ブラボー接続……目標ターゲット……距離、二十……『ガトリング』掃射……照準ロック

『チャーリィ―接続……目標ターゲット……距離、五……『マグナム』六連射……照準ロック


 光の玉へと変わったカードに『ストリング』を通して指示を出し、突撃部隊の障害となる遠距離攻撃を持つ魔物や、騎馬の足を止めそうな大型の魔物に照準を次々と合わせていく。

 前線基地ではこの方法で『アンチマテリアル』を三発同時に放っていたが、今回のは個別に指示を与えて状況に合わせた魔法を放てるようにしたのだ。

 このやり方により、ようやく『マルチタスク』の真価を発揮出来るようになったと思う。

 何故なら高速思考で最適な行動を予想出来たとしても、俺の体は一つなので行動に限界があったからだ。

 故にこれまでは必要以上に己の安全や、弟子の様子を確認する為に思考を割いていたのだが、仮の腕となる三つの発動体が増えた事によってその余分だったものが消えたので、俺は本当の意味で全力全開で戦えるようになったわけだ。

 カードの材料となる魔石が潤沢だからこそ使える手段ではあるが、これが決戦用に取っておいた俺の切り札の一つである。


「全武装……照準完了ロックオン。掃射!」


 そして全ての照準が済んだところで、俺自身と三つの光の玉から様々な種類の弾丸……魔法が一斉に放たれた。

 遠くにいる大型の魔物を貫通力に特化した魔力の弾丸が急所を撃ち抜き、集団で移動している小型の魔物を無数の弾丸で薙ぎ払い、近くの魔物たちを普段の弾丸で仕留める。

 この初手だけで相当な数を仕留めたわけだが、全体から見ればほんの僅かに過ぎないだろう。

 だが俺の仕事は数を減らす事ではないので、地上へ落ちるまでに一斉掃射を繰り返し続けた俺は、着地箇所にいる魔物を『マグナム』で仕留めてから敵陣の真っただ中に着地した。

 もちろん着地と同時に四方から魔物が襲い掛かってきたが『ショットガン』を連射して吹き飛ばした後、深く呼吸をしながら魔力を回復させた。


「ふぅ……さすがにここまでの数に囲まれたのは初めてかもしれないな」


 俺が落ちた場所は、敵陣の先頭集団からかなり離れた位置のようだ。大体の位置を指示した後はホクトに任せていたとはいえ、予想以上に飛ばしたものである。

 さて、本来なら集団戦を生かす為に俺は味方の方角へ移動し、敵の先頭集団を裏から攻撃して味方が突撃し易いように穴を開けるべきかもしれないが……その必要はなさそうだ。


「アオオオオォォォォ――――ンッ」


 それはホクトの雄叫びと共に生まれた巨大な炎の波が、敵の先頭集団を襲っているからだ。

 その熱量は凄まじく、炎の波に呑まれた魔物は消し炭と化し、槍を構えて待ち受けていた最前線の魔物たちを次々と燃やし尽くしていく。

 我が相棒ながら恐ろしい攻撃だと思うが、大群を相手には非常に優秀な攻撃だろう。何でもあれはホクトがかつて戦った炎狼の技らしく、自身を炎の波に変身させる技だとレウスを通してホクトから聞いた。

 とはいえ、あれ程の炎となれば後に通る味方部隊にまで被害が出そうであるが、その辺りは問題ないだろう。

 敵の先頭をしっかり対処してくれているホクトを確認したところで、不意に俺の背後から中型の魔物である一体のオークが勢いよく迫ってきたのである。

 すぐさまオークを迎撃しようとした俺だが、それよりも早くベルトに付いたナイフが飛び出し、魔物の頭部へ刺さって絶命させていた。

 ちなみに飛んだナイフだが、俺は先程から一切触れていない。触ってもいないのに勝手に動き、中型の魔物すら一突きで倒したそのナイフは……。


「……ようやくお目覚めか?」

『うるさいねぇ。早朝から始まるのがいけないのさ』


 そう、聖樹の枝……師匠から貰ったナイフである。

 普段は喋るどころか勝手に動く事すら出来ない師匠のナイフは、魔石と共に地面へ突き刺す事によってようやく語る事が出来る存在だった。

 だが今は、地面に触れていないのに勝手に動いてオークを仕留めたり、俺と会話も可能になっている。

 別に師匠が進化したとかではなく、俺が作ったある物を使う事によってその制限を取り払ったのだ。


『ふーむ、悪くはないけど、まだ動き辛い箇所があるね。後でしっかり駄目出ししてやるよ』

「急ごしらえなんだから仕方がないだろうが。口だけじゃなくちゃんと働け」


 仕留めたオークから抜け、浮遊するように俺のすぐ横まで戻ってきた師匠のナイフには、柄の部分に魔石と同じ光を放つ装飾品が嵌め込まれており、更にそこから俺の背中から伸びる『ストリング』と繋がっていた。

 細かく説明すると複雑過ぎるので省くが、何度も試行錯誤して作られたその装飾品が地面……土と魔力の代わりとなっており、そこに『ストリング』で繋ぐ事により自在に動けるようになっているわけだ。なので師匠の声も繋がっている俺にしか聞こえない。

 そして一番の特徴であるが、俺が動かさなくとも師匠は自らの意思によって動く事が出来る点だ。つまり俺は『ストリング』の維持をしているだけで、勝手に師匠が暴れてくれるというわけである。

 俺自身に加え、三つの光の玉である魔法発動体と、自在に動く師匠のナイフ。

 これが現時点で俺が出せる最高の戦闘能力パフォーマンスだ。


「すぐに移動するぞ。あまり同じ所に構い過ぎるなよ」

『はいよ。マスター』


 まあ俺と繋がっていなければ動けないので、その呼び方は間違ってはいないだろう。

 そんな敬意もへったくれもない返事と同時に動き出した俺は、ナイフを逆手で握りながら立ち塞がる魔物たちへと突撃する。


「まずは左翼……だな」


 騎馬中心となる左翼のレウスとジュリアたちの動きが予想以上に速いので、先にそちらからだな。

 進む方角を決めた後、俺自身と発動体が放つ魔法で道を切り開きながら魔物の群れを強引に突破していく。

 敵陣で孤立している以上、足を止めた時点で終わりだ。

 故に邪魔な魔物を魔法で薙ぎ払うだけでなく、すれ違い様にナイフで相手の首を一閃したり、避けるだけで相手にしなかったりと、無駄を最小限に抑えて体力と魔力を常に意識しながら進み続ける。


『『ショットガン』継続射撃……魔力残量五十……』

『ブラボー、魔力低下……切り離し(パージ)……三……二……』

『『スナイプ』発射……『マグナム』切り替え……順次発射……』


 とはいえ、合間に魔力を回復出来る俺と違い、元は魔石である発動体の方には限界がある。

 初手の『ガトリング』掃射でかなり消耗していた発動体の魔力が切れそうになったところで、俺は『ストリング』を操りその発動体を魔物が最も密集している部分へ飛ばす。

 不意に飛んできた発動体を敵だと認識したのだろう、魔物が攻撃しようと群がった瞬間、『ストリング』から切断された発動体は周囲に凄まじい衝撃波を放って多くの魔物を巻き込みながら消滅した。所謂、最後の魔力を使った小型爆弾みたいなものだな。

 これで一つ発動体を失ったが、すぐさま新しいカードを取り出して補充する。

 カードはあるだけ全部持ってきたので余裕はあるものの、この戦いは長くなりそうなのでなるべく節約していかないとな。


『あははははははは! 動けるってのは楽しいねぇ!』


 そして動けるようになった師匠ナイフであるが、それはもう凄まじいの一言だ。

 たかがナイフ一本でありながら、師匠は細かい関節によるフレキシブルな『ストリング』によって俺の周囲を自在に飛び回り、魔物の急所を的確に斬り裂いて仕留めていく。

 斬るだけでなく刺さって貫通したり、大きい魔物の場合は体内に入り込んで回転したりと、高らかな笑い声を上げながら存分に暴れ回っていた。

 しかもこれだけ大暴れしていながら、俺の動きを一切邪魔していないのだ。師匠の技術か聖樹の力なのかは不明だが、色んな意味で恐ろしいものである。


「よし、この辺りはもう十分だ。次へ行くぞ!」

『まだあの魔物の臓物を味わってないんだが……仕方がないねぇ』


 狙っていた獲物を前に文句を垂れる師匠を引っ張ってやれば、渋々とだが諦めてくれた。普段なら絶対人の命令を聞かない師匠だが、さすがに今は俺と繋がっているせいか多少なら言う事を聞いてくれるみたいだ。

 しかし魔物の臓物を味わうって、どれだけ楽しんでいるんだよ? この師匠ナイフは血に飢えているんじゃないかと以前想像した事はあるが、やはり間違いではなかったらしい。


 こうして左翼側の作業が一通り済んだので、今度は右翼側へ向かう為に再び魔物の群れの中を進んで行く。

 途中、俺とは違う位置で動いていたホクトの様子も確認したところ、あちらは特に問題はなさそうだ。前線基地では空中戦を主にしていたせいかあまり使わなかった炎の能力を駆使し、敵陣の至る所に大打撃を与えているようである。

 もちろん合流してホクトの背中に乗る手もあるが、俺が乗っているとホクトの攻撃が制限されてしまうし、何より戦場が広いので今回は別れて行動する事にしていた。


「師匠、向こうの集団は任せた」

『自分でやりな!』

「そんな余裕はない。通り抜ける間に済ませてくれ」

『人使いが荒いねぇ……』

「あんたはもう人じゃないだろ?」


 何だろうな……ほんの僅かな油断が致命的な状況だというのに、不思議な程に俺は高揚していた。

 師匠と一緒に戦っているせいかもしれないが、それ以上に俺の魂が前世を思い出しているからだろう。

 弟子や後ろを気にせず、ただ勝利の為に動く一人の戦士……エージェントとして動いていたあの頃をだ。


「更に攻めるぞ!」

『はいよ!』


 こうして鍛えてきた技と能力を惜しみなく使いながら、俺は一人敵陣を突破し続けた。




 ――― ベイオルフ ※右翼 ―――




「ぬおおおおおおおぉぉぉぉぉ―――っ!」


 トウセンさん……いえ、剛剣として戦場に立ったライオルさんは、開戦の号令を待たず先走ってしまいました。

 ただまあ、サンジェル様の号令とほとんど同じだった上に、全く動じていないエミリアさんが冷静に動き出したので、僕たちも一歩遅れながらも突撃を開始しました。

 それに落ち着いて考えてみれば、元々ライオルさんとは距離を置いてついて行くつもりだったので、先に行かれても問題はありませんね。


「そろそろですよ。身構えなさい」


 そんなエミリアさんの言葉と同時に、先を走るライオルさんが敵の先頭とぶつかりました。

 走っていた僕たちと違って歩きで迫っていた魔物たちですが、例のラムダという存在に操られているのでしょう。本来なら持った武器を適当に振り回す筈の魔物たちが途中で一旦立ち止まり、槍を一斉に構えてライオルさんがぶつかるのを待っていたのです。シリウスさんが作戦前に言っていた槍衾というものですね。

 ここは僕の後ろにいる兵たちに魔法を放ってもらい、あの槍衾を崩してからだとは思いますが、エミリアさんは何も指示を出しません。

 そして衝撃波を放つ『衝破』を使う素振りすら見せないライオルさんは……。


「ぬりゃああああああぁぁぁぁぁ――――っ!」


 必殺技も何もないただの一振りで、槍どころか百に近い魔物すら吹っ飛ばしていました。今まで何も援護をしなかったのは、この程度なら手助けなんか必要ないというわけですね。

 その後、前線基地でも見せた剣の暴風を巻き起こし、一切立ち止まらず魔物を斬り飛ばし続けるライオルさんに少し遅れて僕たちも攻撃を始めました。


「剛剣殿に続けぇ!」

「陣形を維持しつつ、穴を広げろ! この勢いで一気に崩すのだ!」

「前は剛剣殿に任せておけばいい。確実に殲滅しろ!」


 ライオルさんが突破口を開き、僕たちはその口を広げながら魔物たちを殲滅する。

 開戦目前になっても檄も何もしなかったのに、ライオルさんの力強さが部隊全体に影響を与えているのか、この一年で無茶苦茶な経験をしてきた僕でも驚くくらいに部隊の士気は高い。

 魔法はなるべく温存という事で武器の戦闘が主になっていますが、皆さんの勢いは本当に凄まじく、最早蹂躙と呼べるくらいに魔物が一方的にやられています。


「お爺ちゃん、もう少し左です! それと右側を一度纏めてお願いします!』

「任せておけい! ふんぬっ!」


 そんな中、エミリアさんはライオルさんへ指示を飛ばしながら、時折迫る魔物へナイフを振るっていました。

 魔法ではなく武器で戦うエミリアさんの姿を初めて見たのですが、思わず見惚れてしまうような戦いぶりです。

 無駄な動きを省き、勢いを殺さぬように回転……いえ、舞うようにナイフで魔物の急所を斬り裂く姿は、光を放つ銀髪が靡く姿も相まって美しいの一言です。

 同じシリウスさんの弟子であるレウス君が力であるなら、エミリアさんは技に磨きをかけているという事でしょう。

 しかし戦いながら指示を飛ばさなければならないので、僕がエミリアさんを守るように戦っていると、遠くを見据えていたエミリアさんが走る速度を落としながら声を張り上げました。


「皆さん、もう少し進んだら止まります。流壁りゅうへきの準備を!」

「え!? 今からですか?」

「りょ、了解した。流壁りゅうへきの陣! 準備を急げ!」

「第三、第四部隊の魔法隊は詠唱を開始! 合図を待て!」


 エミリアさんが口にしたのは開戦前に決めた作戦の一つで、内容は一旦部隊の足を止めて魔物の殲滅に専念するものです。

 千に近い集団だからこそ可能な作戦で、大きな盾を持った兵士たちが全体を守るように移動を始め、魔法を使う小隊が詠唱を始める中、エミリアさんは再びライオルさんへ声を掛けていました。


「お爺ちゃん、少し止まってください。向こうから魔物が来ますよ」

「来たか! 待ちくたびれたわい!」


 妙に嬉しそうなライオルさんが立ち止まると同時に部隊の人たちによる魔法が発動すれば、ライオルさんより少し前方の地面が盛り上がって二枚の長い壁が作られました。

 あの土壁はライオルさんを起点に扇形……左右斜め前方に伸びていますので、防御としてはほとんど意味がないでしょう。

 ですが大半の魔物が壁に沿って流れるようになるので、自然と力の有り余るライオルさんへ集める事が出来るわけです。完全にライオルさん任せな作戦ですが、あの人が戦闘中に疲れ果てた事は一度もありませんし、何より本人がやる気満々だったので問題はないでしょう。

 ただ、一つだけ気になる事がありました。


「ですが、何故この場所で? 魔物に壁が壊される可能性もありますし、もう少し攻め込んでからにした方が……」

「あの周辺には厄介な魔物が固まっているので、綺麗に掃除しておかないと私たちの足が鈍ります。それに周りをよく見てみなさい。この周辺に貴方が気にするような魔物はいますか?」

「それは……」


 言われてみれば、あの壁を壊せそうな大型の魔物がほとんど見当たりませんね。

 体が大きい分だけ目立つので、突入前は戦場全体に点々と存在していたのを確認しましたが、いつの間にか右翼側では大きく数が減っているのです。

 作戦の為に部隊が陣形を整えている中、軽く一息を吐いていた僕は周囲を注意深く観察し続けているエミリアさんに聞いてみました。


「もしかして、シリウスさんの指示ですか?」

「いいえ。今回のシリウス様はご自身のみに集中するそうなので、これは私の判断です。今は不要な声を掛けて邪魔をしたくありませんから」

「ですが情報を伝える事は大切では?」

「これくらいならば私たちでも十分対処出来ますし、何より伝えずともわかりますので」


 どこを向いても魔物の大群しか見えませんが、エミリアさんの視線の先にはシリウスさんかホクトさんが攻撃したと思われる跡が残されていました。

 魔物に埋もれてあの方たちの姿は見えませんが、常に戦場を駆け回っているのは確かなようです。


「意図的に多く削られた魔物や、攻撃によって足並みを乱している箇所。姿は見えずとも、シリウス様とホクトさんが動いた結果は戦場を見ればわかります。簡単に言うのであれば、あの御方たちが最適な道を幾つか作ってくださるので、私はそれを選んでいるだけなのですよ」

「そうは言いますけど……」


 選んでいるだけとは言いますが、現場を見ただけで相手の意図を理解し、更に実行へ移せる事が簡単な筈がありません。

 お互いに信頼しているだけではなく、お二人の実力と経験と勘を培っていなければ到底不可能でしょう。

 絆の強さというものを見せられて呆気に取られていると、エミリアさんが微笑みながら声を掛けてくれました。


「あの御方と共にいれば、貴方もすぐわかるようになりますよ。さあ、お爺ちゃんがある程度片付けたら動きますよ。いつでも走れるように気を引き締めておきなさい」

「はい!」


 あのライオルさんを一声で制御出来るのではなく、指揮官としても本当に頼もしい女性です。

 そんなエミリアさんと共に戦える事を誇らしく思う中、僕は迫る魔物へ剣を振るいました。




 ――― アルベルト ※左翼 ―――




 二千に及ぶ兵士たちを率いた私たち左翼の部隊は、無数に並ぶ魔物の群れへと正面から突撃していた。

 最早肉の壁と言いたくなる程に魔物の数は多いが、サンドールの精鋭を集めたこちらの突破力は凄まじく、魔物は枯れ葉のように次々と薙ぎ払われていく。

 前線基地でも何度も行われた行動だが、今回はあの時の突撃が比較にならない程の勢いと力強さを見せていた。

 部隊の規模が大きいので当然だろうが、それ以上に……。


「どらっしゃああああぁぁぁ―――っ!」

「はあああぁぁぁぁ―――っ!」


 左翼の要である二人……レウスとジュリア様が先頭に並んで戦っているからだろう。

 もちろんこれまで一緒に戦ってきた事はあるが、交代で休憩をしていたり、基本的にジュリア様が前に出てレウスは援護に回っていたので、こうして肩を並べて戦うのは初めてだと思う。前線基地で師匠と剛剣殿を追いかけた時は一緒だったかもしれないが、あの時は一頭の馬に二人が乗っていたから全力は出せなかった筈だ。

 剣が振り辛いからと言って馬に乗ろうとしなかったレウスも、ジュリア様から借りた立派な馬と相性が良かったのか、あまり気にせず剣を振り回せているようだ。

 そんな彼の少し後方で全体を細かく確認しながら続いていると、私の隣でハルバードを振り回すキースが呟いた。


「全く……どうなってんだ、あの二人は?」

「ああ。本当に驚かされるよ」


 お互いに剣が届く距離なので振り辛い筈なのに、二人は全く意に介していないとばかりに振り回しているのだ。

 あれだけ長い二本の剣が全く干渉しないどころか、互いの隙を埋めるように振られているのだから、キースがそう口にするのも当然だと思う。


「何か前線基地の時より凄くなってねえか? 明らかに強くなっている気がするんだが」

「気がするんじゃなくて、本当に強くなっているのさ。おそらく師匠と剛剣殿の戦いぶりを見たからだと思う」


 前線基地で師匠と剛剣が敵陣で暴れ回った時、レウスとジュリア様は異様なくらい真剣な表情でその戦いぶりを見に行った。

 連日の激戦で疲れていた筈なのに、それが絶対だと言わんばかりの行動だったわけだが……その結果がこれなのだろう。

 つまり見ただけで成長したという、傍から見れば冗談としか思えない話ではあるが、レウスの場合はそれが十分にあり得るのだ。

 以前、師匠はレウスについてこう語っていた。


『レウスは全ての基礎を……土台をしっかりと鍛えさせた。だから何かの切っ掛けで突然変わってもおかしくはないし、実際に何度もレウスは己の限界を越えてきたからな』


 期間は短いが私も師匠の訓練を受けていたので、レウスがどれだけ努力を重ねてきたのかはよく知っている。だから突然強くなっている事にあまり驚きはしない。

 私が一番驚かされているのは、あんな状態でもレウスは師匠に合わせて動いている点だ。

 先程、師匠が魔物の群れの中で戦っている姿が確認出来たが、気付けば移動して見えなくなっている。だが師匠がいた場所の魔物がある程度倒されており、戦場の至る所でその跡が見られた。

 事前に聞いた通り敵陣を攪乱しているのであろう。けれどよく見ていると、それは全て計画された動きというのがわかったのだ。

 弓矢や投石といった遠距離攻撃を持つ魔物を優先して狙うだけでなく、要所を掻き乱し魔物の気を逸らして私たちの部隊が突撃し易いようにしたりと、私たち部隊への恩恵はとても大きい。

 しかしその師匠の活躍については、私が先頭より少し後方……部隊全体の状況や周囲を見渡せる余裕があるから理解出来た事だ。


「ジュリア、向こうのでかい奴だ!」

「了解した! 皆の者、更に深く攻め入るぞ。しっかりついて来い!」


 しかしレウスに至ってはジュリア様とあれ程息が合った剣舞を見せながらも、明らかに師匠の意図に気付いている。理解していなければ気付けない敵陣の隙を見逃さず、大声で部隊の進む先を示しているのだ。

 その素早い判断の御蔭か、私たちは合成魔獣キメラを狙う為に敵陣の中で進む方角を何度も変えているのに、部隊の被害は想像以上に少なかった。


「左だ! 行くぞ!」

「うむ、あれだな!」


 更に驚かされるのは、左翼の大将はジュリア様な筈なのに、気付けばレウスが率いているようになっている点だ。

 戦闘前、部隊での戦闘はあまり経験はないからと作戦会議ではほとんど口は出さなかったレウスだが、今は部隊を率いる事が当たり前だと思えるくらい、皆が彼の背中に惹きつけられている。

 剣の腕だけでは決して出来ない、信頼や実績といった様々な要素が絡む人を惹きつける……部隊を率いる将としての輝きをレウスは放っていた。

 そういえば、レウスから自分の父親と祖父は集落の長をしていたと聞いた事がある。二代に亘りそうなのだから、レウスにもそういう才能があってもおかしくはないかもしれないな。

 そして急激に成長しているのはレウスだけではない。


「「右だ!」」


 レウスを見てジュリア様も師匠の意図を理解し始めたのか、気付けば二人同時に声を上げて同じ方角へ馬を走らせ始めたのである。

 だがジュリア様は前へ出ようとはせず、レウスとの距離を維持しながら共に剣を振り続けていた。その光景は正に、二人で一つという言葉を体現するような光景だった。


「本当に息の合った者同士の力というのは、二人どころかそれ以上の強さを発揮するのだな」

「けっ……途中で代わるつもりだったのに、あれじゃあ入る余地もねえよ」


 二人の凄まじさに己の力不足を嘆くキースだが、本人は気付いていないようだけど君もまた大きく成長していると私は思う。

 性格もあって常に最前線で戦おうとしていた君が、今はいつでも二人を助けられる距離を自然と維持するようになっているからね。

 私も出来れば二人と並んで戦いたいとは思う。だが、正直に言って今の私では二人との実力の差が開き過ぎており、下手に手助けしても邪魔にしかならないだろう。

 自身の未熟を悔しくは思うが、今の私でもやれる事は十分にある。

 周囲を見渡している内に、右端にいる部隊の消耗を確認した私は、近くにいる各部隊長や伝達係へ指示を出した。


「少し右側の負担が大きいようです。交代を急いでください!」

「了解した!」

「第三部隊の皆さん、準備はよろしいですか?」

「ようやく出番ですかな。我々はいつでも行けますぞ!」

「わかりました。では第二部隊、後退してください! 第三部隊、前進!」


 他国の者であるというのに、私に一部の指揮権を委ねてくれたジュリア様や皆の期待に応える為、そして将来の義弟おとうととなるレウスの為にも私は全力を尽くそう。


「ジュリア、まだ行けるよな?」

「もちろんだ! レウスとの剣舞ならいつまでも続けられるさ!」


 だから……君たちは前だけ見て走れ。

 二人が輝き続ける限り私たちはどこまでも追いかけ、その背中を守り続けるから。




 ――― シェミフィアー ※中央 ―――




 サンドールの命運を賭けた戦いが始まる中、私は中央部隊の中心にあるやぐらの上にいた。

 馬車を改造して作られたその櫓は移動させる事が可能で、これに乗っていればどこでも戦場を見下ろせるからとても便利なのよね。それなりに高く作られているので足元が時々揺れるのが難点だけど、まあその辺りは慣れでしょ。

 そんな櫓には私だけじゃなく、この部隊の総大将であるサンジェルと、中央部隊の士気を全て担うカイエンも乗っていて、前進を始めた各部隊を真剣な面持ちで見守っていた。


「遂に始まったわね。ところで、本当に二人はここでいいの? 多少離れているとはいえ、安心は出来ない距離よ」

「今更どこにいても同じだろ? それに奴が来た以上、一番後ろで縮こまるなんて情けなくて出来るわけがねえ」

「頼もしいけど、部下を困らせる総大将ね。もう貴方はそれでいいと思うけど、指揮官はそうじゃないでしょ?」

「時には見るだけではわからぬ事がありますし、今回に至っては戦場の空気を肌で感じたいのですよ」


 後方の防壁の上にいた方が安全だし、櫓より高いから戦場を見渡すには十分だと思うのだけど、彼もレウスが見せる直感のようなものを大事にする人のようね。

 ただ、カイエンの場合は他にも理由があるみたい。すでにわかっている事をわざわざ口に出す場面が何度もあったので、次代の王たるサンジェルへ色々教える為だと思う。

 そういうところがどこかシリウスっぽいなと心の中で笑っていると、どの部隊よりも早く動いたシリウスとホクトが魔物たちへ攻撃を始めていた。


「おお……凄いとは聞いちゃいたが、予想以上だな。百狼ってのはあんな上級魔法に匹敵する炎を使えるのかよ」

「確かに凄いけど、あれはホクトが特殊過ぎるとも言えるわね」


 大きな炎の波へと姿を変え、槍を構えて待つ先頭の魔物たちを次々と焼き尽くしていくホクトの凄まじさにサンジェルが息を呑む。

 そして突撃において厄介な槍部隊がほとんど消えたのを確認したカイエンは、次に中央部隊の最前線に鋭い視線を向けながら呟く。


「これでフォルトたちへの負担が減ったでしょう。フィア殿、首尾はどうですかな?」

「ええ、もう発動させているわ」

「了解した。全隊、前進を続け!」


 しかし敵の数を減らしたのはいいけど、あれ程の炎となればしばらく近づけない程の熱が残るでしょうね。おそらく立っているだけで喉が焼けるくらいに。

 でも私が魔法で追い風を起こして熱を吹き飛ばしてあげれば、味方が到着するまでには通れるようになっているでしょう。ついでに熱風で魔物たちを攻撃出来ているし、シリウスが偶に言う一石二鳥というやつね。


 その後、エミリアとレウスのいる両翼の部隊が敵陣へと突入して暴れ始めた頃、ゆっくりと前進を続けていた中央の部隊も遂に魔物たちとぶつかった。

 地平線までいる魔物の群れを目の前にすれば、多少なりとも心が挫けそうになるけど……。


「ぬうんっ!」

「せいやあああぁぁぁぁ―――っ!」


 拳ではなく巨大な斧を一振りする度に大量の魔物を吹き飛ばす獣王の豪快さと、身の丈はある巨大な盾で全ての攻撃を防ぎ、返す槍で次々と魔物の体に風穴を開けていくフォルトの勢いにより、部隊の士気は下がるどころかむしろ上がり続けているようね。

 獣王の実力は前にアービトレイの城で見たから知ってはいるけど、フォルトは予想を遥かに超える実力者だと思う。

 何せフォルトより数倍大きいオーガの拳を正面から軽々と受け止めているし、更にそのオーガを突き刺したままの槍を振り回して周囲の魔物も薙ぎ払っているもの。

 以前、とある作戦の為にシリウスはフォルトを捕獲しようとした。

 何重にも仕掛けた罠によって成功はしたものの、もしフォルトが護身用の剣じゃなく愛用の武器を使っていたら捕獲は無理だったかもしれない……と、シリウスに言わせるだけはあるようね。


「将軍と呼ばれるわけだわ。レウスが戦ってみたがるわけね」

「世話役も嫌いではないようですが、戦う方が得意な奴ですからな。ここ最近は鬱憤が溜まっておりましたから、随分と張り切っておるようです」


 こんな状況でも軽い口調で語るカイエンだけど、彼の指示に緩みは一切ないし指示も的確だわ。

 その証拠に、大軍同士の戦いは至る所で予想もつかない動きが起こるものなのに、全ての部隊を効率的に動かして成果を次々と上げているもの。


「フォルト隊、盾の陣! 獣王隊を回り込ませろ!」


 たとえば、簡単には崩せそうにない中型の魔物が固まっている場合、フォルトがいる部隊が守りを固めて足止めをし、その左右から前進をした獣王の部隊が側面を突くと同時にフォルトの部隊が攻めへ転ずる……つまり挟撃によって一気に殲滅している。

 もちろん、獣王とフォルトの部隊が強いってのもある。それでもこちらの被害を最小限に抑え、相手には最大限の被害を与えるという、言葉は単純でも一番難しい事を次々とこなすのだから。

 頼りになると皆が口にするのも納得だと思っていると、私の視線に気付いたカイエンが戦場に目を向けたまま呟く。


「ふむ……すでに爺の身ですが、貴方のような美人からの熱い視線は堪りませぬな」

「あら、お世辞まで言える余裕もあるのね。ただサンドールの指揮官は頼りになるなって思っていただけよ」

「いえいえ、皆が期待以上の動きをしてくれるからこそ冷静になれますし、私の指示が生きるのですよ。左翼に至ってはジュリア様ではなくレウス殿が率いているので、実質両翼を動かしているのは貴方のお仲間のようですな」


 そこで新たな指示を出し終えたカイエンは、すぐ隣で戦場を真剣な面持ちで眺めているサンジェルへ聞かせるように語り出した。


「サンジェル様。見ての通りシリウス殿が戦場を攪乱して隙を作り、そこを左右の部隊が的確に狙っているわけですが、この意味がわかりますかな?」

「あ、ああ。お前みたいに理解はしてねえが、とんでもなく難しい事をやっているのはわかるぜ」

「今はそれで充分です。そもそも部隊同士の連携は難しいもので、特に今回のような大部隊であれば更に厳しいでしょう。ですがあの前線で戦う彼等の連携は、正に完璧と呼ぶに相応しい出来です。お互いに離れているのに、まるで魂は繋がっているかのような一体感とも言えますな」


 それはもう、幼い頃から一緒に育った家族だもの。魂で繋がっていると言われても何もおかしくはないわね。

 別に自分の事じゃないのに、あの子たちが褒められると私も嬉しくなってくるわ。


「故に説明したところで出来るものではないので、今の私では不可能でしょうね」

「いや、不可能とか言いながらお前もあいつ等の動きに合わせられているじゃねえか。両翼へ向けて援護や補充の兵を送っているのは、お前があの連携を理解しているからだろ?」

「それは私が担う中央部隊の進みが遅く、後方から全体の動きをじっくりと見る事が出来るからです。あれだけ敵陣の中で戦いながらではとても……」


 謙遜しているけど、常に状況が変わる戦場の先を読み、各部隊に的確な指示を出せる時点で十分過ぎると思うわよ。

 そんなカイエンと皆の活躍により、こちらの快進撃の報告がしばらく続いた。


「報告! ハイド隊が指定目標の撃破に成功。損害は軽微です!」

「ロイ隊の消耗も想定以下! 引き続き戦闘を継続中!」

「順調なようね。正直に言って、あの魔物の大群にここまで上手く事が進むとは思わなかったわ」

「確かに数を揃え、私たちのように陣形を使って攻めてくるのは脅威と言えましょう。ですが、人を模倣しているからこそ弱点が見つけやすいのです」


 だからカイエンも先が読みやすく、シリウスの陣形を乱すという行動が大きな意味を持っているのよね。

 下手な策を軽々と打ち崩す数の暴力を、こちらは飛び抜けた力を持つ有志たちと連携によって何とか勝負に持ち込めているのが現状なのだから、今は順調でも油断は出来ない。膨大な魔物だけでなく、警戒すべき存在が未だ健在なのだから。

 私と同じ事を考えているのか、あの男がいるであろう場所を見据えていたサンジェルが呟いた。


「あの野郎……何を考えていやがる。やられっぱなしなんてあり得ねえだろ」

「やはり気付かれましたか。そう、明らかに上手く行き過ぎています。あれだけサンドール内で策略をしていた者が、この状況で未だ静観しているなんてあり得ませぬ」


 数の暴力で攻めるのであれば、全ての魔物を本能のまま攻めさせた方が一番効率的だとシリウスは言っていた。

 サンドールを恐怖で染める為にじっくり攻めるつもりとはいえ、ここまで一方的にやられていたら何かしてくる筈よね。


「考えられるとしたら、こちらが予想以上の攻めだったので対応を検討中か、何らかの策がある……という事でしょう」

「くそ、あいつなら十分あるな」

「かといって魔物を無視は出来ませんから、後手に回るしかありません。シリウス殿もそれを理解しておられるのか、先程から探るような動きが時々見られますな」


 言われてシリウスの動きに注視してみれば、攪乱だけでなく仕掛けてこいとばかりに大きく前へ出る事がある。

 全くもう、囮までやるなんて頑張り過ぎよ。


「私も引き続き警戒はしておりますが、サンジェル様も何か気付いたら遠慮なく言ってくだされ」

「碌に実戦の経験がない俺の考えなんて邪魔になるだろうし、そもそも何を気付けってんだ?」

「あの男と一緒にいた時間は貴方が最も長いではありませぬか。それに内容については私も検討しますし、恐れずに申されよ。貴方の御父上も実戦を通して成長されたのですから」

「っ!?」


 本人を前にそんな素振りは見せないけど、父親を心から慕っているサンジェルだからこそ今の言葉は効いたみたい。返事はせず静かに頷いたサンジェルは、行動で示すと言わんばかりに戦場へと再び視線を向けていた。

 酒飲み仲間がこんなに頑張ろうとしているのだから、私も負けていられないわね。

 皆も頑張っているし、さすがに出番が待ち遠しくなってきた頃……遂に合図が届いた。


『フィア。正面、少し左翼寄りだ』

「ええ、見えたわ。後は任せて」


 『コール』によるシリウスの声に導かれて視線を向けてみれば、敵陣の真っ只中に『ライト』の光が打ち上げられた。

 そこを中心に周囲へ目を凝らすと、背の高い魔物に囲まれた合成魔獣キメラの姿が確認出来たので、私は聖樹の枝で作られた弓……アルシェリオンを構える。


「なるほど、確かにあの位置は私向きね」


 続いてアルシェリオンが生み出した矢を引き絞ったところで、あの合成魔獣キメラを私に任せた理由も判明した。

 両翼から微妙に離れた位置なだけでなく、魔物が密集しているせいで守りが堅いからシリウスが通りすがりで仕留めるのは少し面倒なのね。


「ほう、遂に出番ですか。しかし随分と射角が低い気もしますが、それで届くのですかな?」

「あまり高過ぎると空の魔物に当たるからね。まあ見ていなさいって」


 シリウスの魔法とは勝手は違うけど、遠くの相手を狙う訓練はしてきたもの。

 まあ、私の場合は風の精霊たちに頼んで矢の軌道を操作する事は出来るから、そこまで正確に狙う必要はないんだけどね。でもきちんと狙わないとそれだけ精霊たちの負担が増えるから、私自身が怠るわけにはいかない。

 そして微調整を終えて矢を放とうとしたその時、不意に弓から不思議な感覚が流れてきた。

 そう……貴方も気付いたようね。


「焦らなくても、必ずその時は来るわ。だから今は大人しく言う事を聞いてちょうだい」


 アルシェリオンに取り込まれた名もなきエルフが落ち着いたところで、私は少しだけ息を止めてから矢を放つ。

 本来なら完全に射程外となる距離も、アルシェリオンの能力と風の精霊によって飛翔を続ける矢は、狙い通りに合成魔獣キメラの体へと突き刺さった。

 とはいえ、目標の合成魔獣キメラは中型の魔物と同等の大きさなので、私の矢なんて小さな針に刺されたとしか感じないでしょうね。

 本来なら目とか急所を狙うべきかもしれないけど、この矢なら体に刺さっただけで十分よ。


「聖樹様の魔力は如何かしら?」


 刺さった矢からアルシェリオンの魔力が流れ込むと同時に、合成魔獣キメラは力なく崩れ落ちて完全に沈黙していた。

 様々な魔物の死体をくっ付けている合成魔獣キメラは魔法陣によって動いているから、それを矢の魔力によって破壊したのだから動かなくなるのも当然よ。少し不本意な言い方だけど、合成魔獣キメラにとって聖樹様の魔力は最高の毒なわけ。

 私の矢を目で追っていたのかしら、目標を仕留めたのを確認したカイエンは満足そうに笑みを浮かべ、サンジェルは口を開けて驚いていた。


「お見事です。すぐにあの地点へフォルトを押し出すとしましょう」

「何だありゃ? うちの弓の名手が霞んで見える腕前じゃねえか」

「私の場合はこの弓と魔法の御蔭だから、他の弓手と一緒に考えない方がいいわね」


 私のように遠くの標的を撃ち抜いていく人の事を、シリウスの言葉では狙撃手スナイパーって呼ぶみたい。

 ちなみにこの言葉の響きは結構気に入っていたりするので、今度からそう名乗ろうかなって考えている。


『フィア、もう一体頼む』

「了解。こっちは気にせずじゃんじゃん来なさい!」


 うん……お腹への負担もほとんどないし、これなら問題なく皆と一緒に戦える。

 けれど、決して無理だけはしないように気をつけないとね。今の私には家族である皆だけじゃなく、守るべき新たな命も抱えているのだから。


「頼んだわよ、貴方たち」


 風の精霊たちとアルシェリオン。そして名もなきエルフに語り掛けながら、私は次の矢を番えた。




 視点変更はあまりしないように考えているのですが、今回は部隊を複数に別けているので少し多めにさせていただきました。

 次からは部隊別の戦いで一話、二話分を使って書いていく予定です。

 ちなみにリースたちや、空の敵を担当している竜たちが完全に空気ですが、そこは後でちょいちょいと……。


 ところでシリウスが発動体の事を『アルファ』や『ブラボー』と呼んでいるのをフォネティックコードと言うんですが、これって著作権とか大丈夫なのかな?

 世界共通なので大丈夫とは思いますが、不味ければ変更するつもりですので、わかる人がいれば是非教えていただけたらと。



 以下、ちょっとした補足や、何となく説明したかった小話となります。


・シリウスの動きを察している姉弟は、エミリアは培った経験と知識と観察から、レウスは本能や勘で察しているという感じですね。


・今回レウスは単身で馬に乗っておりますが、彼は剣を振り辛いから避けているだけで、今は普通に乗れます。

 最初はシリウスだけが遊撃で、レウスはホクトに乗って突撃……とか考えておりましたが、その後の展開から没になりました。

 強い存在の立ち位置や、活躍のさせ方を考えるのがとにかく悩ましいこの頃です。


・シリウスの新武装ですが、わかる人にはすぐわかる某ロボットの武器を元に考えました。

 細かく言うとシリウスは、ピン全倒しで自由なガ〇〇ムに、悪魔で狼王なガ〇〇ムのテイルアタック(狂戦士版)を追加してる感じです。※わからなければスルーしてください。



 というわけで、今回はこの辺りで。

 おまけは……特に浮かばなかったのでご勘弁を。


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― 新着の感想 ―
[一言] ホーミング師匠怖すぎるw
[一言] この戦いの位置づけがよくわからない。 世界を巻き込んだ大戦なのか、国同士の戦いレベルなのか? 更新待ってます
[一言]  フォネティックコードですが、結論から言うと著作権云々は気にしなくても良いかと。  これは、アルファベットの読み替え方でアルファはA、ブラボーはB、チャーリーならCを表しています。  話言葉…
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