共に戦う者たち
前回までのあらすじ
前線基地に残っていたシリウスの前に現れたラムダと交渉をした結果、サンドールの前に広がる平原で互いの全戦力をぶつけ合う事になった。
そして前線基地からサンドールへと戻ったシリウス一行は、ラムダとの決戦に向けた会議に参加し、シリウスの提案によって魔物を操っているラムダを直接叩く大掛かりな突撃部隊を作る事になる。
その際、サンドール王の言葉によって次期王であるサンジェルが突撃部隊の総大将になり、そのまま三つに別けた部隊の配置と布陣について話し合いが一通り済んだ後、名前が挙がらなかったシリウスの配置場所について質問があり……。
「俺とホクトはどこの部隊にも属しません。単独で戦場を駆け回り、敵全体を攪乱し続けます」
俺は地図の上にある適当な駒を一つ手にし、敵がいるであろう位置に駒を端から端へ移動させながら説明を続けた。
簡単に言えば遊撃部隊であり、前線基地でレウスとジュリアが部隊を率いて行っていた攪乱を俺とホクトだけで行うというわけだが、それを聞いて難色を示す者が何人も現れた。
「ジュリア様たちと剛剣殿が攻撃に専念する以上、そういう役割が必要なのはわかるが……さすがに危険過ぎないか?」
「うむ。せめて部隊を引き連れるべきだ。敵の足並みを乱すにしても、少数では大した影響はあるまい?」
「その意見は尤もでしょうが、少数だからこそ可能な手段があり、隙を作る事が出来るのですよ」
どれだけ数が圧倒的だろうと、人を模倣する……つまり陣形を組んで攻めてくるのであればやり方はあるのだ。
とはいえ、万は超えるであろう大群に一人とホクトだけでどうにかなるとは思える筈もなく、大半の者が俺を止めようとするが、そこに冷静な口調でカイエンが割り込んできたのである。
「シリウス殿は好きにさせるべきでしょう。ここまで我が国に力を尽くしてくれた彼が、今更無意味な事をするとは思えませんからな」
「私も同感だ。それにシリウス殿に兵を回そうにも、彼とホクト殿の動きについて行ける者がいないのだぞ?」
俺に追従出来る者は他の部隊の主力を担っているので、適当な人を集めても逆に足手纏いになるだろう。
こちらからは言い辛い内容をカイエンとジュリアが説明してくれたので、それ以上は追及されなかった。
戦力の要である二人の言葉と、俺がいない間に伝わった剛剣の爺さんと肩を並べた話を思い出したからかもしれない。
その後、戦力の正確な算出が終わってから再び会議をすると告げたところで解散となったので、俺たちはすぐに部屋へ戻ってから皆に会議の内容を報告した。
俺とホクトが単独で動く内容で皆は多少動揺していたが、前線基地から戻る前にある程度説明しておいた御蔭か、あまり反論もなく納得してもらえたので何よりである。
そして後は向こうの指示待ちだと伝えたところで、先程から気になって仕方がない話題へと切り替えた。
「それで? あれはどういう状況なんだ?」
「私たちもまだよくわからないの。シリウスさんが戻る少し前に声を掛けてみたけど、判断がつかないからしばらく待っててほしいって」
部屋に戻るなり三竜に声を掛けられたゼノドラも含め、現在竜族たち全員がベッドで眠っているカレンとヒナを真剣な様子で眺めているのだ。
サンドールへ戻る前にヒナの事は軽く話しており、その時は『それはないだろう』とあまり信じていない様子だったが、実際に近づいたところで何かに気付いたのかもしれない。
まあ、危害を加える様子はなさそうなので俺たちも大人しく様子を見ているわけだが、そろそろ説明くらいしてもらいたいものである。
「最初はカレンの寝顔を見て笑っていたけど、ヒナちゃんを見るなり雰囲気が急に変わったのよ」
「うん。特にメジアさんの様子が変かも」
そんな事を話している間に結論が出たのだろう、ゼノドラがどこか複雑そうな表情を浮かべながら戻ってきて説明をしてくれた。
「碌に説明もせず、すまなかった。確証を得る為に皆と話し合う必要があったのだ」
「凄え真剣だったけど、何があったんだよ?」
「シリウスが予想していた通り、あのヒナと呼ばれる幼子は竜族の血を引いているようだ。あり得ぬと言いたいところだが、こうして目の前に存在する以上はな」
彼等はヒナに触れてすらいないのだが、あそこまで近づけば竜族の感覚でわかるらしい。
ただでさえ竜族は子供が生まれ辛い上に、人の身でありながら竜族の血を引いているという子供は奇跡に近い存在らしく、普段は冷静なゼノドラでさえ動揺が隠し切れないようだ。
深く息を吐きながら冷静になろうとしているゼノドラに悪いとは思うが、俺としては気になる点を早く解消したかったので質問させてもらった。
「先に一つ聞かせてほしい。竜族たちはヒナのような存在は許せないのだろうか?」
「いや……それはない。どれだけ姿が違うとしても、我等の血が流れているのであれば同胞みたいなものだ」
「それは良かった。この騒ぎが落ち着いたら、あの子はゼノドラたちに預けるべきだと考えていたからさ」
「うむ。竜族の力は無闇に外へ出すものではないし、それが一番正しい判断だろう」
本人が望むかどうかはまだわからないが、拒絶はされなかったようで何よりだ。
これでヒナの目途が付きそうだと安堵している間に三竜たちもこちらへ戻ってきたのだが、メジアだけがベッドの傍から離れない事に気付く。
子供たちの眠りが深いとはいえ、あまり傍にいると起こしてしまう可能性があるので声を掛けようとすると、ゼノドラが静かに首を横に振りながら止めてきたのである。
「少しでいい。あいつはそっとしておいてくれ」
「彼に何かあったのか? 異様なくらい真剣なんだが」
「あの幼子からメジアと似た気配を感じたのだ。私ですらそう感じたのだから、本人からすれば肉親としか思えぬのだろう」
「っ!? メジアの親類って事は……そういうわけか」
そもそも、何故竜族の血を引いた子供が外にいるのか?
予想もしない偶然が重なったとか、何代も遡れば竜族と関りがあった突然変異……先祖返りのようなものだと考えてはいたが、あのメジアの様子から色々と腑に落ちた。
数年前、エリュシオンの学校にて大いに暴れ、俺の手によって死んだメジアの兄……ゴラオン。
複雑な経緯により、ゴラオンは竜族でありながら外の世界に出るだけでなく大陸を超えて暴れ回っていたので、どこかで子供を……なんて可能性も十分にあり得るのだ。まあ奴の残忍な性格からして自ら望んで子を残したとは思えないので、若気の至り等で本人は知らないまま生まれたという気がする。
そんな様々な憶測が浮かぶが、これ以上ヒナの出自を気にしても仕方がなさそうだな。
何故なら、複雑ながらも家族へ向ける優しい目をしたメジアの姿を見れば十分だと思ったからだ。
「ヒナを引き取る相手は決まったようだな」
「そうだな。何とも言えぬ表情をしているが、奴以外に適任はあるまい」
残る問題はヒナの気持ち次第だが、そこは彼女が目覚めてから考えるとしよう。
続いて、前線基地にいる間に解決した……なんてはっきりとは言えないが、すでに終息した問題について聞いてみた。
「そういえば、フィア。彼女はどんな風になったんだろうか?」
「ええ。すぐに持ってくるわ」
彼女とは、ラムダたちの実験に利用され、心を壊されて生き人形のようになったエルフの女性の事である。
ラムダたちの裏切りが判明された際に捨てられるように置いて行かれたのだが、重要参考人でありながらも全く意思疎通が出来ないので、俺たちが前線基地へ向かう時には安全の面から彼女は地下牢に入れられていた。
一応、サンドール王から彼女の身柄を預かる約束は取り付けたので、俺たちが戦っている間にフィアが色々と試していたそうだが、彼女の意思が戻る事はなかった。
しかし、師匠から貰った聖樹の枝で作られた弓……アルシェリオンの力を使った際に一つだけ判明した事があるらしく、『コール』でお互いの状況を報告している時にフィアが教えてくれたのだ。
『怒り……いえ、無念と言うべきかしら? とにかくラムダたちへの悔しさみたいなものを感じたのよ』
同族同士だからこそ感じ取れた、そういう残留思念のようなものを感じ取ったらしい。
もちろん戦いの合間に師匠のナイフに相談もしてみたが、肉体を取り込んで同じ姿をしたエルフを生み出せても、積み重ねてきた個々の記憶までは再現出来ないと言われてしまった。
俺の『スキャン』でもどうにもならないと理解は出来ており、そんな残酷な現実にフィアは数日間悩み続けたが、とある決断を出したので俺はそれを受け入れて後は彼女に全てを委ねたのだ。
その結果……。
「これが今の彼女よ。せめて名前くらいは知りたかったわね」
フィアが持ってきた弓から短く伸びた一本の短い枝。それが……名も知らないエルフの姿だった。
事前に聞いていたとはいえ、実際に聖樹の枝と同化した一つの命を見ていると複雑な気持ちである。
仕方がなかったとはいえ、これで本当に良かったのか、何か別の方法があったのではないかと悲しそうな表情を浮かべるエミリアたちに、フィアが迷いを断ち切るように語り始めた。
「何時までもあんな無防備な姿を晒すのも嫌だろうし、それなら彼女の思いと一緒に戦おうと思ったの。それに……エルフが聖樹様と共にあるのは凄く名誉な事よ」
彼女はもう答える事すら出来ないのだから、これはただの自己満足であり、独り善がりみたいなものだ。
だがそれでも、彼女から感じた唯一の心残りを少しでも晴らしたいとフィアは思い、己の武器に宿して共に戦う事を選んだのだ。
そんな彼女の思いを背負ったフィアは、決意を秘めた目を俺へと向けた。
「そういうわけだから、次の戦闘は私も参加するわよ。遠くから魔法と弓の援護だけなら問題ないでしょ?」
「ないとは言わないが、仕方がないか。無理だけはしないようにな」
先程『スキャン』で調べたところ、妊娠の初期段階で若干乱れていたフィアの体調は大分回復しており、前線で暴れない限りは大丈夫そうである。
ここで控えてほしい……とは言えなかったので、せめて後方援護だけを約束に許可を出した。
「休んでいた分、援護は任せてちょうだい。あー……でもカレンとヒナちゃんはどうしよう?」
「仕方がないわね。あの二人は私たちが見てあげるわ。でも、これは貸し一つだから」
リースを見守ってくれる件といい、本当にリーフェル姫たちがいてくれて助かっている。
まあ最後に呟いた貸し一つとやらが少々怖いところだが、とにかくこれで俺たちも戦闘に集中出来そうだ。
「よし。向こうから呼び出しが来るまでに、細部を詰めるとしようか。明日の戦いだが……」
「待てよ、兄貴。それならライオルの爺ちゃんを起こそうぜ」
「放っておけ。あの爺さんの場合、あれこれ言うより好きにさせるのが一番だ」
「よくわかっていますね。シリウスさん」
小難しい話は面倒だと、気付けば奥の部屋のベッドでいびきをかいている爺さんは無視しろと伝えれば、ベイオルフだけが感慨深そうに頷いている。
その後、俺たちは休憩を挟みつつ話し合いを続け、一通り纏まったところで眠りに付いたのだった。
そして朝となり、部屋で準備を進めていた俺たちの下に一人の兵がカイエンからの指示を届けに来たのである。
何でも少し経ったら戦争で稼ぐ為にサンドールに残っていた冒険者や傭兵たちを集めるので、その時に剛剣の力を借りたいそうだ。
「一部はすでに離れてしまいましたが、この国にはまだ外部の者たちが多く残っています。しかし魔物たちが前線基地をも突破する程の大群だと知れば、国を離れる者が大勢出てくるでしょう」
「なるほど。そういう連中を引き入れる為に剛剣ライオルの名を借りたいと?」
「はい。あの剛剣殿と共に戦えるとわかれば、多くの者が戦闘に加わりたいと言い出すでしょう。ですが、彼等が剛剣の存在を口頭だけで信用するとは思いませんので、皆の前でその力を見せつけてほしいのです」
サンドールが故郷とかならば別だが、他国の甘い言葉を簡単に鵜呑みにしていては冒険者や傭兵なんてやっていられないからな。
立っているだけで迫力十分な爺さんに頼る事は間違ってはいないだろうが、爺さんの本性を知る俺たちの心配を代弁するようにベイオルフが口を挟んできた。
「あの、一つよろしいですか。あの人が力を見せつけてしまうと、戦力を集めるどころか逆に減ると思いますよ?」
「え? それはどういう……」
「つまり、怪我人が大量に生まれるという事だな」
こう……『わしに挑んで来い!』とか言って片っ端から模擬戦を繰り返し、下手したら集まった全員を叩きのめしてしまう可能性もある。
故にベイオルフの心配は尤もだろうが、それは爺さん一人に任せていたらの話なので問題はあるまい。
「というわけで、爺さんを頼むぞ。エミリア」
「お任せください」
「それとレウスとベイオルフも一緒に行ってくれ。状況次第では、軽く剣を打ち合う必要も出てくるかもしれないからな」
「おう!」
「わかりました。お二人がいれば心強いですよ」
この三人であれば、羽目を外した爺さんを完全に止められるであろう。
というわけで、ベッドにいる爺さんを起こして説明しようとしたのだが、こちらが声を掛ける前に爺さんは目覚めていた。
「ありゃ、爺ちゃん起きてたのか?」
「当たり前じゃ。いつまでも寝ておったら、素振りの時間が減るじゃろうが」
鼻息を荒くする爺さんは言葉通り愛用の剣を手に外へ出ようとしていたので、先程の三人も同行させて説明を頼んでおいた。
色々と文句は出てきそうだが、エミリアさえいれば断る事はなさそうだし、後は任せて問題ないだろう。
数時間後……サンドールの城壁前にある広場にて、様々な装備や恰好をする冒険者や傭兵たちが集められた。
彼等の前にはちょっとした壇上が用意されており、そこには説明役である一人の部隊長と剛剣の爺さん。そして姉弟とベイオルフの姿がある。
その光景を俺は城壁の上から眺めているのだが、ぱっと見たところ集まったのは軽く五百人くらいだろうか? こんな状況でもこれだけ大勢残っているのは、それだけ国が大きく、見返りが期待出来ると思われているのだろう。
個々の事情はともかく、これなら多くの戦力が確保出来そうなのだが、魔物の規模を知って尻込みしている者や、剛剣の名が出て驚いたり怪しむ者がいたりと、簡単には収まりそうにない騒ぎになっていた。
「おいおい。魔物の大群だけじゃなく、剛剣だって?」
「もしかしてあの爺さんか? 確かに只者じゃなさそうだが……」
「でも剛剣はもう死んだって聞いたぜ? あれは偽者だろ」
堂々と仁王立ちをする爺さんを怪しむ会話が飛び交う中、腕組みを解いた爺さんが取った行動は至極単純だった。
「ぬうんっ!」
抜いた剣を振り下ろす……つまりただの素振りである。
だがそのたった一振りは凄まじい風圧を放ち、周辺の小物だけでなく集まった連中の一部さえも吹き飛ばしていた。
「明日、わしは魔物を斬りに行く! 付いてきたければ勝手にせい!」
そして腹の底から震わせる怒号を放つと、爺さんは剣を仕舞って再び腕組みの姿に戻っていた。
説明が面倒だからって、とても助力を求めているとは思えぬ言動だったが……。
「「「おおおおおおぉぉぉぉ―――っ!」」」
戦いに身を置いている者たちだからこそ、それだけで十分だったらしい。
爺さんの怒号に負けない程の歓声が沸き、集まったほぼ全員が子供のようにはしゃぎながらやる気を漲らせていた。
「よっしゃあ! 俺はあんたについて行くぜ!」
「す、凄ぇ! 剛剣と共に戦えるなんて思えなかったぞ!」
「金も得られて、剛剣と共に戦った箔も付く……か。悪くない話だ」
さすがに簡単過ぎるだろと思うが、それだけ剛剣という名が有名であり、爺さんの剣が凄まじかったようだ。
それにしても、爺さんの強みを生かした良いやり方だと感心していたが、間違いなくエミリアの作戦だろうな。実際、爺さんが褒めてほしいとばかりにエミリアへと振り返っているし。
しかし中には打算のみで動く連中もいるので、部隊へ組み込むときには要注意だと考えていると、不意に爺さんが冒険者たちへ語り始めたのである。
「よいか貴様ら! わしと共に行動する以上、ここにいるエミリアの言う事を聞くんじゃぞ!」
「は? エミリアってその女の事か? 何でそんな女の言う事を……」
「貴様! 馴れ馴れしくエミリアの名を口にするでないわ!」
「「「ひいっ!?」」」
「お爺ちゃん、私は別に構いませんから。というか、そんな強制させる必要はありませんよ」
「いいや! こ奴等には誰に従うべきかを教えておくべきじゃ!」
明日の戦闘ではエミリアの指示に沿って戦えと説明してあるので、爺さんなりに考えての発言のようだ。
確かに統制を考えると間違っているとは思えないが、今の言い方はさすがに傍若無人過ぎだろう。
普通に考えて、初対面である若者の指示を聞けと言われたら文句の一つや二つ上がるものだが、何故かそういう反論は起こらなかった。
「まさか!? あの女は剛剣の孫なのか!?」
「いや、そもそも剛剣に子供がいるなんて聞いた事もないぞ!?」
「だがあれ程大事にしているのであれば……」
「ええい、ごちゃごちゃとやかましいのう。とにかくエミリアの言葉はわしの言葉じゃ。心しておけい!」
どうやら先程の会話から、エミリアが爺さんの孫だと思われたせいのようだ。
とはいえ、訂正しても利点があるわけもないのでエミリアは黙ったままなのだが、爺さんが言いたい事はまだあるらしい。
「それと言っておくが、エミリアに手を出せば魔物より先にわしが斬る! 一太刀ではなく、腕や足から念入りにじゃ!」
「「「…………」」」
「いや、爺ちゃんより先に俺が斬るし、まずは兄貴の許可を得てからだろ」
「わしがやるんじゃ!」
「だから何で怒るんだよ。ベイオルフ、ちょっと手伝ってくれ」
「結局こうなるんですね……」
爺さんを宥める為にレウスたちが模擬戦を始めたので、爺さんの殺気による殺伐とした空気も何とか和らいだようだ。
先程より騒ぎが大きくなっているが、模擬戦で爺さんの実力を見せる予定は元からあったので、これも結果オーライだろう。エミリアもそれを理解しているのか、特に止めようとしないし。
最早見世物になっている光景を苦笑しながら眺めていると、少数の護衛を連れたサンジェルが俺の下へやってきたのである。
「よう。お前もいたんだな」
「これはサンジェル様。何かあったのでしょうか?」
「いや、ちょっと休憩がてらに剛剣の様子を見にきただけだ。妙に騒がしいが、上手く連中を取り込めたのか?」
「おそらく大丈夫でしょう。剛剣が倒れない限り、彼等も存分に力を振るってくれると思います」
間違いなく爺さんは先頭で敵を蹴散らし続けるから、後に続く者たちの士気が落ちる事はあるまい。
それでも過度な期待はしないようにと釘を刺していると、下の光景を眺めているサンジェルの表情が異様なくらい張り詰めている事に気付く。
要するに余裕が全くないという表情なのだが、そうなるのも当然かもしれない。
「あれだけ派手に暴れているのに、目を輝かせる連中ばかりだ。俺もこれくらい出来ればな……」
明日、彼は全部隊の総大将として戦場に立ち、開戦の号令を出す事となるのだから。
とはいえ、細かい指示等はカイエンと各部隊長が行うので、実質サンジェルはただの御旗みたいなものであり、下手をすれば最初の号令を出すだけで終わる可能性があった。
それでも己の号令によって多くの者が傷付き、そして命を失う事にもなるのだから、彼の重圧は相当なものだろう。
「やはり総大将の任が重たいですか?」
「……ああ。今更俺が何をしようと大して変わらねえし、親父の前じゃ開き直ってはみたが……いきなり大将ってのも中々な」
「それは当然の反応でしょう。ですが……」
「わかっているよ。あの野郎を殴るまで、俺は出来る事を精一杯やるだけさ。そうだろう?」
親友だと思っていたジラード……ラムダの裏切りによって感情がままならない状況だったので、今はラムダを殴ってやる事だけに専念しろと俺は以前告げた。
その時の言葉をしっかりと覚えていてくれたのか、愚痴りながらも笑みを浮かべるサンジェルに、俺も笑いかけながら頷いた。
「その調子です。今の貴方に一番必要なのは自信であり、その自信に溢れた姿を皆へ見せなければなりません。それが王としての振る舞いでしょう」
敵に振り回されてばかりで、どこか頼りのない印象があるサンジェルであるが、彼はただ運が悪かった上に巡り合わせが良くなかっただけだ。
ラムダたちではなく他の優れた人材が傍にいれば、彼は王として立派に成長していてもおかしくなかったと俺は思うのだ。実際、父親が倒れてから続いた逆境の中でも、彼は屈さずに己の意思を通し続けていたのだからな。
そんな彼も今はフォルトとカイエンと言った優れた者が傍にいるので、この戦いを生き残る事が出来れば大きく成長していくだろう。
「自信……か。そういうのは親父を見てりゃわかるんだが、今回の相手は未知数過ぎてカイエンが頭を抱えるくらいだぞ? 勝てるかどうかはわからねえって会議でも言っていたじゃねえか」
「確かに今回の勝負は実際に戦わなければわかりません。ですが現時点で確実に言える事は、貴方と共に戦う者たちは全員が強いという事です」
「それもわかっているよ。お前たちが強いって事は十分に……」
「いいえ、彼等は貴方が想像する以上に強いのです。そして彼等が加わった軍隊は、正に最強と呼ぶに相応しい存在でしょう」
少し自意識過剰な言葉かもしれないが、一国の軍隊に加え剛剣や竜族も加わるのだからあながち間違いとは言えまい。
強気で自信に満ち溢れた俺の言葉にサンジェルは目を見開き茫然としていたが、更に俺は畳みかけるように告げる。
「その最強の軍隊が、貴方と共に戦うのです。どれ程強大な敵だろうと恐れるに足りません」
「…………」
「ですから、明日は盛大な号令をお願いしますよ。皆でこれまでの鬱憤を盛大にぶつけてやりましょう」
これで少しは励ませただろうか?
伝えたい事を全て語り終わると、『そうだな……』と一言告げてからサンジェルは天を仰ぎ始め、しばらく経ってから不意に呟いたのである。
「……ありがとうな。また気合が入ったぜ」
「それは良かった。ですが、皆が頼りになるからって油断は禁物ですよ。敵の放った流れ矢とかには気をつけてくださいね」
「わかってるさ。だからお前も絶対に生き残れよ。弟子になるつもりはないが、お前からはもっと色々と教わりたいんだ。勝利の酒を飲みながら……な」
「その時は喜んでお付き合いしますよ」
最後に歯を見せる豪快な笑みを見せてから去るサンジェルを見送ってから、俺は彼に言われた事を思い出しながら目を閉じた。
「生き残れ……か。言われるまでもないさ」
すでに放っておいても大丈夫な自慢の弟子たちだが、俺はこれからも弟子たちの事は見守り続けたいし、何より妻たちを……家族の幸せの為に頑張らないとな。
「それにしても、不思議なものだ。これも巡り合わせってやつなのかね」
最後は仕事をやりきったと満足気に死んでしまった前世の俺だが、結局は妻のように支えてくれた彼女だけでなく、お腹に宿った己の子供さえ置いて逝ってしまった。
今にして思えば本当に情けない話であり、生き残れなかった……つまり俺が越える事が出来なかった壁なのだろう。
そして現在。今の俺には前世のように子供を身籠った妻がいるだけでなく、様々な意味で未知数な戦場へ向かう事になった。
これまで鍛えてきた己の実力に不安があるわけではないが、この前世と妙に似通った状況からして、嫌な予感がして堪らないのだ。想定をはるかに上回る戦力があるかもしれないし、予想もしない事故が起こる可能性も十分ある。
だが……それ以上に違う点は多い。
碌な援護もなく、たった一人で敵陣で暴れていた前世と違い、今は頼りになる弟子たちと仲間たちがいるのだ。
だからこそ、今回ばかりは少しだけ師としての活動は控えさせてもらい、かつての俺で戦おうと決めたのだ。
同じ轍は二度と踏まない。そしてどのような事態が起ころうと、必ず生き残ってみせる。
そんな決意を新たに、俺は明日へ向けて準備を進めるのだった。
おまけ 剛剣が返り咲く時
剛剣の名前を使って戦の志願者を募る話になり、朝の素振りを始めた剛剣ライオルへ姉弟とベイオルフが状況を説明した。
「ふむ……要するに剛剣の名前を使いたいわけか。しかしわしはすでに剛剣の名は捨てた身じゃ」
「うーん、私としては剛剣を名乗ってくれるとありがたいですが」
「そうか。では剛剣に戻すとしよう」
「戻すって、妙に軽過ぎねえか?」
「そうですよ。僕は出会ってから一年くらいしか知りませんけど、少なくとも数年以上は否定していたんでしょ?」
剛剣と呼ばれる度に、自分はトウセンだと訂正させていたのだ。レウスとベイオルフの突っ込みも当然であろう。
そんな二人の突っ込みはスルーされるかと思いきや、不意にライオルは首を横に振り始めたのである。
「いや、すまぬが剛剣を名乗るのはやはり勘弁してほしいのじゃ。剣士として、せめて好敵手に勝ち越してから名乗りたいわい」
「剣士としての誇り……ですね? さすがのトウセンさんもそれくらいは持っていてくれましたか」
「わかりました。無理強いはしませんが、せめて皆の前ではその強さを見せつけてくださいね」
「任せておけい!」
「でもよ、人が多く集まれば、それだけ姉ちゃんの守りが増えるだろ? 剛剣の名前使った方がもっと集まりそうじゃねえか?」
「ぬう!? 確かにそうじゃな! 肉の壁は多ければ多い程良いじゃろうし、わしは今日から剛剣に戻るぞい!」
「肉の壁とか呼ぶの止めましょうよ! というか剣士としての誇りは!?」
基本的にレウスは姉を優先する(調教されている)ので、結局ツッコミを入れたのはベイオルフだけだったとさ。
いやぁ……ほぼ五か月振りの更新でございます。本当に申し訳ない。
普段より少し短めですが、生存報告も兼ねて投稿しました。
今後は速度を上げて……というか、上げないと話にならんので集中していきたいと思います。
そして本編での余談が一つ。
フィアの弓に同化した名もなきエルフですが、彼女の対応に関しては別の案がありました。
シリウスが持つ聖樹のナイフを刺す……つまりカードを差し込むようにすれば、師匠がエルフの肉体を操って共に戦う……なんて設定も考えていたのです。
借り物の肉体故に、力は制限されてはいても強過ぎる。そして先の展開で扱いに悩んだから没にしたのですが、もしこちらの案で進めていたらどう扱っていたのでしょうかね?
今回はこの辺で。




