決戦に向けて
前回のあらすじ
数日に亘り、魔物の大群を食い止めていた前線基地であるが、兵の疲労と物資類の消耗が限界を迎えた事により、前線基地は放棄する事が決まった。
そしてとある事情で前線基地に残っていたシリウスの前に、敵であるラムダが現れてサンドールから手を引けと言い放つが、シリウスはそれを否定する。
更に会話を交わす内にラムダが聖樹に並々ならぬ興味を持っている事が判明したので、シリウスは師匠のナイフを餌にしてラムダと交渉をし、次の戦いの舞台であるサンドール前の平原で総力戦を挑むように仕向けるのだった。
ラムダとの交渉が無事に終わり、前線基地に残る理由が無くなった俺たちは、ゼノドラたちの背に乗ってサンドールへと向かっていた。
俺たちの家でもある馬車はメジアに運んでもらいつつ、あっという間にサンドールに到着出来そうであるが、突然巨大な竜が飛んでくれば兵たちも正常な対応が出来ない可能性が高いので、町を守る防壁が見えた手前で降りるべきだろう。
どの辺りが着地に適しているか地上を眺めていると、ゼノドラが何かに気付いて俺に教えてくれた。
『シリウスよ、あの場所な何だと思う? 町の外だというのに随分と火が多いのだが』
「それだ! 多分あの火が着地場所の合図だと思うから、その手前で降りてくれ」
『心得た』
防壁から少し離れた地点に見つけろと言わんばかりに多くの篝火が焚かれていたので、あの位置から前へ出ない方がいいだろう。俺の指示にゼノドラは地響きをほとんど立てず地上へ着地し、他の者たち乗せたメジアと三竜たちも彼に続き、やや小さめな地響きを立て着陸した。
暗闇でよく見えなくとも巨大な何かがやってきたこと自体には気付いたのだろう。防壁の正門にいる見張りの兵たちが慌ただしく正門を守ろうとしていたが、ゼノドラの背中から真っ先に飛び降りたジュリアが己の存在を知らしめるように声を張り上げる。
「皆、慌てる必要はない。私だ、ジュリアが戻ってきたぞ!」
「そ、その声は!?」
「おお、ジュリア様! 帰りをお待ちしておりましたぞ!」
俺が『ライト』を発動させてジュリアの姿をよく見える様にすれば、他の兵たちも気付いて警戒を解き、安堵するように彼女の名前を呼び始めた。
それと同時に現場の隊長と思われる男が駆け寄ってきたので、ジュリアが状況を簡単に説明すれば、隊長は驚きながらもすぐに防壁の門を開ける様に部下へ命じていた。
「すぐに門を開かせますのでお待ちください。ところで……そちらの方々は?」
「我々に力を貸してくれる心強い仲間だ。彼等も通してくれ」
「はっ!」
着陸して早々に人の姿に変わっているとはいえ、角や尻尾が生えた竜族の見た目は中々警戒を抱かせてしまうものだが、ジュリアの一言によって全てまかり通ったようだ。
そして兵たちの注目を集めながら開かれた門を通り、カイエンが事前に用意させていた馬車に乗ってサンドールの城へと向かう俺たちだが、その道中でジュリアがとある提案をしてきたのである。
「カイエンが戻っているならば父上たちも起きている筈だ。城に戻ればすぐに会議室へ向かう事になると思うが、シリウス殿たちは先に家族へ顔を見せに行ってはどうだろうか?」
「お気持ちはありがたいのですが、まずは報告を優先するべきだと思います」
少し前に『コール』で帰還する事を伝えてはいるので、そこまで急ぐ必要はない。
本音を言えばすぐにフィアとカレンの下へ行きたいところだが、ラムダに本気を出させる流れに変えてしまった以上、俺が証人として説明する義務があるだろう。
それに伴って、姉弟は会議室へ連れて行こうと思う。リースにフィアへ諸々の説明を頼もうかと考えていると、俺の返答がお気に召さなかったらしいジュリアが真剣な表情で首を横に振ったのである。
「いや、シリウス殿は少し遅れて来ないとまずい。作戦とはいえ、敵であるラムダと交渉した事で感情的になる者も出てくると思うから、私が事前に話を通しておこう」
「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
「元々は私たちから始まった問題なのだ。シリウス殿はもっと自分と家族の方を優先してくれたら嬉しい。後で使いの者を送るよ」
確かにジュリアの言う通りだな。
状況的に優先すべき事はあると思うのだが、だからと言って家族を疎かにするのはよろしくない。特に俺たちには幼い子もいるのだから。
そのままレウスに話し掛けているジュリアから視線を外した俺は、城の方角を眺めながら帰りを待つ家族の様子を思い浮かべた。
「フィアは起きていたようだが、カレンはもう眠っているだろうな」
「先程フィアさんに魔法で伝えていましたよね? 向こうの様子は聞かなかったのですか?」
「ちゃんと顔を見て話したいからって、無事という点以外はあまり話していないんだ。最後に気を付けて帰ってきなさい……て、まるで母親みたいだったよ」
「ふふ、だって本当の母親になるもんね。フィアさんとカレンちゃんの顔が早く見たいな」
考えてみれば、フィアと再会してからこんなにも離れて過ごしたのは初めてかもしれない。
彼女のお腹には俺の子供がいる事だし、今後は傍にいて心身の負担をもっと減らすようにしなければな。
そんな事を話している内に城へ到着し、親衛隊を連れたジュリアと別れた俺たちは、リーフェル姫たちとゼノドラたち、そして爺さんとベイオルフを連れて二人がいる部屋へと向かった。
カレンが眠っている事を考え、なるべく音を立てないように部屋の扉へ近づいていると、俺たちの接近に気付いたフィアが扉を開けて出迎えてくれたのである。
「おかえり」
「……ああ、ただいま」
穏やかな笑みで迎えてくれたフィアの姿に安堵を覚えていると、唐突にフィアが両手を広げて俺を包み込むように抱き締めてきたのである。そういえば、帰ってきたら優しく抱き締めてあげるとか出発前に言っていたな。
少し恥ずかしいが、彼女の体温と鼓動を感じていると不思議なくらい心が落ち着いてくる。この世界では俺の故郷は存在しないようなものだが、まるで我が家へ帰ってきたかのような気分だ。
「皆もおかえり。はい、ぎゅーっとしてあげるわね」
「ただいま戻りー……わぷ!? も、もう少し優しくお願いします」
「ただいま。フィアさんの方は何事もなかったみたいだね」
「ええ。今はいないけど、あの王子様が色々と頑張ってくれたから」
サンドールの第一王子……サンジェルがフィアたちの面倒を見ると言ってくれたが、彼女の様子から約束はしっかりと守ってくれたようだ。
何でも個人的な思惑でフィアに近づこうとしたり、カレンやヒナに手を出そうとする連中を片っ端から追い払っていたらしい。
そんなサンジェルも今は会議室で父親と一緒にいるそうなので、後で礼を伝えようかと考えていると、リースとレウスにも抱擁を済ませたフィアが爺さんとベイオルフへと近づいていた。
「貴方は確か……ベイオルフよね? 久しぶりね」
「は、はい! 色々とありましたが、ようやく追いつけました。これからお世話になります」
「ええ、よろしく。それで、こっちのお爺さんは誰かしら? 随分と強そうな人だけど、もしかして話に聞いた剛剣とか?」
「わしはトウセンじゃ。剛剣なぞ知らぬ!」
「こんな事言っているけど、剛剣に間違いないぜ。それよりフィア姉、マリーナを見てくれよ。色々大きくなったと思わねえか?」
「大雑把に説明し過ぎよ!」
出発前に比べ随分と人数が増えてしまったので、各々が会話を交わしたり再会を懐かしんでいる中、俺は部屋にいる筈のカレンを探していた。
すると俺の様子に気付いたのだろう、フィアが口元に人差し指を当ててから部屋の奥を指したのでそちらに視線を向けてみれば、隣部屋のベッドに座って本を読むカレンの姿があった。
まさかまだ起きていたのかと密かに驚いた。ただ、それにしては皆が帰ってきても反応が薄いなと思いつつカレンに近づいてみれば……。
「ん、んぅ……」
カレンは本を開いたまま眠っていたのである。
いや……時折首を横に振っているので辛うじて起きているようだが、最早いつ寝落ちしてもおかしくはない。どうりで反応をしないわけだ。
「ただいま、カレン。皆、無事に帰ってきたぞ」
「んぁ……まだぁ……」
「もう相手がわからないくらい眠たいみたいね。抱っこしてあげたらどう?」
フィアの説明によると『コール』で俺たちが戻ってくると知ったカレンは、起きたまま俺たちを出迎えようと必死に眠気と戦い続けていたらしい。しかしお気に入りの本で誤魔化していても限界はあったようで、何度も寝落ちしかけては取り直していたそうだ。
寝不足が少し心配にはなったが、その健気な優しさに頬が自然と緩んでしまう。
俺はなるべく優しくカレンの体を抱き上げると、ようやく気付いたのか寝ぼけ眼でこちらの顔をぼんやりと眺めてきた。
「……せん……せぇ?」
「ああ、先生だぞ。いい子にしていたか?」
「……おかぁ……りぃ」
「ただいま。ほら、皆帰ってきたから、もう眠っても平気だぞ」
「ん……」
そのまま頭を撫でてやれば安心したのか、カレンの全身から力が抜け、目を閉じて穏やかな寝息を立て始めた。
隣を見ればラムダが置いて行った少女……ヒナが眠っていた。ヒナの横へカレンをそっと寝かせていると、先程まで聞こえていた周囲の会話がほとんど聞こえなくなったのである。フィアが音を阻害する魔法を使ってくれたようだな。
「後で添い寝でもしてあげてね。口にはしなかったけど、ずっと寂しそうにしていたから」
「……そうだな。やる事をさっさと済ませて、ゆっくり休むとしよう」
最後にもう一度だけカレンの頭を撫でた俺はフィアと微笑みを交わし、静かにその場から離れるのだった。
それからフィアに前線基地での出来事を説明し、今後について話そうとしたところで部屋の扉がノックされた。
どうやら俺たちを呼びに来た使いのようだが、現れたのは会議室にいる筈のサンジェルだったのである。
「おい、全員いるか? 親父が呼んでいるぞ」
「わかりました。しかし……サンジェル様がどうしてここに?」
「そうね。他の人に任せればいいのに、何で貴方がやっているのよ?」
「うるせえな。俺が来たら不味いのかよ」
俺たちがいない間に仲を深め、今ではちょっとした酒飲み仲間になっているらしく、フィアとサンジェルの間には遠慮がなくなっているようだ。
様子からして自ら名乗り出たとは思うが、国の第一王子かつ次代の王様でもある男が使い走りのような事をしているとはな。会議の収拾がつかなくなっているかもしれないし、どうしたものやら。
どう反応すればいいか少し困っていると、徐に部屋へ入って来たサンジェルが何かを探すように辺りを見渡している事に気付いた。
「それより、ちびたちはどうなった?」
「心配しなくても、皆が帰ってきたからぐっすり眠っているわよ。寝顔くらい見ていく?」
「いや、眠ったのならそれでいい。起こしたら可哀相だしな」
「ちびたちってカレンとヒナの事か?」
「何だその目は! ちびのくせに我慢している姿が気にいらんかっただけだ!」
周りの視線が途端に気になり怒鳴るサンジェルだが、残念ながら全く怖さも凄みも感じなかった。
どうも、時間があればサンジェルは頻繁に様子を見に来ていたらしい。カレンとヒナと遊んだり、城の図書室を案内したりと、まるで保父さんのように子供たちの世話を焼いていたそうだ。
前線基地へ向かう前は、ラムダの件で怒りや後悔の感情で苦しんでいたものだが、今のサンジェルは随分と表情と雰囲気が柔らかくなっていた。
時間が経って落ち着いたのもあるだろうが、無邪気な子供の相手している内に心の余裕が生まれたのだろう。
「俺の事はいいから、さっさと行くぞ。あまり遅くなると小言が増えるぞ」
「わかりました。じゃあ行ってくるから、皆は休んでいてくれ」
「うん。いってらっしゃい」
「そうさせてもらうわ。リースの魔法で体を洗ってもらうのもいいけど、そろそろお湯に浸かりたいところね」
夜襲に備え、交代で見張りながら休憩していた前線基地ではゆっくりと休めたとは言えなかったからな。
ラムダが攻めてくる二日後……いや、すでに彼と会ってから日が昇っているので、明日の朝までにしっかりと休んでおきたいところだが、まだやるべき事は多いので関係者への説明を手早く済ませるとしよう。
律儀に待っていてくれるサンジェルと共に、俺は姉弟と援軍の代表であるゼノドラを連れて会議室へと向かうのだった。
そしてサンジェルと一緒に会議室へ到着するなり、様々な感情が入り混じった視線が俺たちへ一斉に刺さった。
竜族のゼノドラへ対する興味や緊張もあるが、向けられる視線の大半は俺であり、怒りや戸惑い等とあまりよろしくない感情がぶつけられている。まあ、俺の勝手な行動を考えれば当然だろうな。
無数の視線を適当に受け流しつつ、獣王とカイエンに目礼しながら指定された席へ着けば、上座で腕を組んでいたサンドール王が俺たちを一瞥してから口を開いた。
「揃ったか。なら、会議を続けるとするか」
「お待ちください。剛剣殿がいらっしゃらないようですが、彼はどこに?」
名声と実力の高い爺さんがいない点を臣下に指摘され、サンドール王がどうなんだと言わんばかりな視線を向けてきたが、俺は首を横に振りながら爺さんの意向を伝えた。
「剛剣殿ですが、彼に断られました」
「ひ、非常事態だぞ!? せめて顔くらいは出すべきではないのか?」
「『自分は前に出て剣を振るだけなので、話を聞いたところで関係はない。それに昔を思い出して暴れたくなる』と言って立ち去りました」
「「「…………」」」
この場に関わっている者がいるかわからないが、かつてサンドール国の貴族たちが爺さんの怒りを買った事は知っているのか、それ以上口を挟む事はなかった。
静かになったところで、改めてサンドール王は場を仕切るように語り出す。
「さて……ジュリアとカイエンの報告を纏めたところ、前線基地は完全に放棄する事になったわけだな」
「申し訳ございません、父上」
「わかったから、もう頭を下げるな。今は後悔するより先を考えるぞ」
「はい!」
以前のサンドールであれば現状を把握すら出来ずに喚く以上の阿呆がいたかもしれないが、今はそういう連中はこの会議場にいないだろう。少なくとも、ジュリアやカイエンを責めるような者はいなかった。
「王よ。先を考えるとすれば、先程ジュリア様から聞いた内容について真っ先に話し合うべきです」
「ただでさえ窮地だというのに、シリウス殿は何を考えているのだ?」
「理由があるそうだが、我々を納得させるものであろうな?」
代わりに俺への風当たりが強い。
事前にジュリアが伝えていなければ説明を終えることすら出来ず、怒鳴られたり、胸倉を掴まれてもおかしくなかっただろう。
しかし、勝手な事をしたのは事実である。あらかじめ非難される事は予想していたので、小言程度は受け入れるつもりなのだが、そもそもジュリアはどこまで説明したのだろうか?
その点について聞いてみれば、俺がラムダと交渉し、奴等を前線に引っ張り出させた点以外はあまり話していないらしい。
「これはシリウス殿が考えた策なのだから、詳細は貴方が語るべきだと思ったんだ。そうそう、私がシリウス殿の考えに同意していることはたっぷり伝えてあるぞ」
「お前が納得しているのはわかったから、ちょっと静かにしていろ。なあ、シリウスの兄ちゃんよ。別に文句は言わねえが、お前さんの考えをここで全部ぶちまけてほしいもんだな」
事前に伝えておくと言っていた割には説明不足である気がするが、ジュリアなりに俺を尊重したようだ。
とはいえ、早く説明しろとサンドール王が促すので、前線基地でも説明した内容をほぼそのまま語る事になった。
魔物を操っている大元……ラムダか黒幕らしき者を倒さなければ、魔大陸から押し寄せる魔物の増援は尽きない事。
そして魔物を操る知識と技術が存在するのなら、ラムダだけでなく欲望に忠実なヒルガンと、復讐に燃えそうなルカも確実に仕留めなければ、サンドールどころか世界の危機を招きかねない可能性……等々、考え得る最悪の事態を俺は淡々と語った。
「……というわけで、敵の全戦力を吐き出す為に全力で来いと伝えました。そして首尾良くラムダを誘い出せたので、明日の朝に前線基地方面の平原にて正面からぶつかる予定です」
「理由はわかったが、こちらから打って出るのはやり過ぎだろう」
「はい。強固な防壁を生かすべきだとは思いますが、それでは前線基地の繰り返しになりますので」
守る側が有利だとしても、敵はそれを上回る兵力……魔物を保有しているのだ。持久戦では活路を見出せないのである。
その点については毎日送っていた報告から理解はしているようだが、稼いだ時間で戦力を整えた上に剛剣と竜族たちが加わったせいか、一部の者は保守的で独善的な考えが強いみたいだ。
「言いたい事はわかるが、同じ結果にはなるまい。近隣の兵たちも招集して装備も整えたし、もう数日持ち堪えればアービトレイの援軍も到着する筈だ。そうであろう、獣王殿?」
「うむ。大軍故に正確な時間はわからぬが、近々到着するだろう。だが私の意見を正直に言わせてもらうのであれば、我が軍が加わったとしても守りに徹していては何も変わらぬだろうな」
「獣王殿までそのような事を? それ程の敵か」
「いや、だからこそ正面からぶつかるのは避けるべきだ。あの剛剣とそちらの竜族たちが力を貸してくれるのなら、もっと効率的に運用するべきだろう」
戦いに理解と誇りを持つ前線基地の者たちはすぐに賛同してくれたが、現場を見ていない城内の文官たちは反対のようだ。
まあ彼等の場合、戦いが終わった後の経済を考えなければならない立場なので、守りの利点を捨ててまで突撃するという思い切った手段を選び辛いのもある。
被害を少しでも減らしたい気持ちはわからなくもないが、そうも言っていられない状況だとはっきり告げようとしたその時、静かに状況を窺っていたゼノドラが溜息を吐きながら口を開いたのである。
「すまぬが、少し口を挟ませてもらおう。我々がここにいるのは友に呼ばれたからであり、この国を救う為ではない。関係のない者の指示を受けるつもりはないと宣言しておく」
「「「なっ!?」」」
「へ、確かに竜の兄ちゃんの言う通りだな。お前等、言いたい事はわかるが他に何かいい考えは浮かんだのか?」
「そ、それは……」
「簡単に策が浮かぶような状況ではありませんし……」
「つまり考え中ってわけだろ。ならすぐに反論しようとせず、もっと考えてから口を開け。それに兄ちゃんの話はまだ終わっていないみたいだしな」
ゼノドラの発言に一部の者が動揺していたが、サンドール王が上手く宥めながらも視線で早くしろと促してくるので、俺は目礼を返しつつ続きを語る。
「確かに正面から挑むのは危険です。ですが目標であるラムダたちが姿を見せたとしても、わざわざ前へ出てくるとは限りません」
「だから余力を残している内に、正面突破で連中の首を取るってわけかよ?」
「はい。それ故にゼノドラたちの力を借りる事となりましたが、今は彼等だけでなくあの剛剣ライオルもいます。決して無謀な策ではないでしょう」
空の魔物はゼノドラたちに任せられるし、地上では無類の強さを誇る爺さんがいるのだ。
そして剛剣が最も活躍出来る場所が敵陣に突撃する事だと追加で説明すると、分の悪い賭けではないと気付いて頷く者も出てきたが、やはり否定的な表情をした者は多い。
そんな彼等を眺めていたサンドール王は、先程から一言も発さずにいる息子を一瞥してから俺へ鋭い視線を向けてきた。
「なるほど、兄ちゃんの理屈はわかるぜ。だが防壁を捨ててまで突撃するってのは、犠牲を増やす馬鹿な選択とは思えないのか?」
「そう思われても仕方がないと思います。ですが、今はその馬鹿な行動が必要な筈です」
「損害を増やす行動のどこが必要なんだ?」
「この際はっきり言います。世界に名高きサンドールが、余所者の力で窮地を脱した国だと思われていいのでしょうか?」
ラムダが国を破壊しようとするのは、一部の者たちによる傲慢な行動による復讐である。
つまり自業自得によって生まれた状況なのに、余所者たちの力だけで解決してしまうのは情けないにも程がないだろうか?
一体何の為の国であり戦力なのだと、国民の不信感が募ってしまうかもしれない。
「すでに事が他国の主要人物に露見している上に大勢の人に目撃されているので、情報統制等で誤魔化すのは不可能に近いと思います。故に一部の戦力だけでなく、国全体が挑む姿勢を国民たちに見せなければならないのでは?」
「ふん、痛いくらいの正論だぜ」
「わ、我々もそれくらいはわかっている!」
「だがそう簡単に決められる話では……」
「……つまりよ、お前たちと一緒に馬鹿をやる連中を集めているって事だよな?」
すると判断に迷う文官たちの言葉を遮るように、突如サンジェルが発言したのである。
他の音で掻き消されてしまいそうな独り言だというのに、不思議と彼の声は皆の耳に通り、気付けば誰もが黙ってサンジェルへと注目していたのである。
「はい。前線基地で戦った皆さんは同意していますが、確実にラムダたちを倒す為にもっと戦力が欲しいところですね」
「なら俺もお前の案に乗らせてくれ。ジュリア程じゃねえが、多少なら剣の腕に覚えはある」
「なっ!? それはなりませんぞ!」
「まだ継承の儀が済んでいないとはいえ、次代の王が軽々しく前線へ出るなど!」
「なら尚更だろうが! こういう事態だからこそ皆の先頭に立って導き、戦うのが王じゃねえのかよ?」
ただ現れただけで場を制した父親程ではないが、今のサンジェルには間違いなく王としての威厳を放っていた。
その証拠に、サンジェルの勢いに呑まれて言い返す者が現れないからだ。
ラムダに裏切られた怒りと後悔を乗り越えて精神的に大きく成長したのか、たった二、三の言葉で場を制し始めているサンジェルに、サンドール王は感情を殺した声で息子へ問いかけた。
「威勢はいいが、お前がやるべき事はわかってんのか?」
「ああ、生きて帰れってんだろ? 心配しなくても親父より立派な王だと認められるまで死ぬつもりはねえよ」
「……ならいい。お前の好きにしろ」
「よ、よろしいのですか!?」
「戦場では何が起こるかわかりません! ましてや、今回の敵は前線基地ですら止められなかった戦力ですし」
「だからこそだ。守っていても物量で押されちまうし、この作戦はそこまで悪い話でもねえ。それにちょいと大変そうだが、こいつが俺の跡に相応しいか見極められる最高の状況じゃねえか」
サンドール王の性格からして、こういう場では積極的に発言をしていた筈の彼が妙に大人しかったのは、跡継ぎであるサンジェルが動くのを待っていたのかもしれない。
そして、それに応える様に息子は堂々とした振る舞いを見せたので、このような事態でもサンドール王は満足そうな笑みを浮かべていた。幼い頃から見守ってきた弟子を持つ身として、子の成長が誇らしい気持ちはよくわかる。
「次代の王が行くってのなら、俺たちも全力で乗っからねえとな。剛剣と竜族たちと協力して派手にやってやろうじゃねえか!」
「はあ……王がそう仰るのであれば。ですが本当に大丈夫なのでしょうか?」
「それに打って出るのであれば、防衛の為に用意した策が幾つか無駄に……」
「若い連中がここまでやる気出してんだ。細かい事をぐだぐだ言っていないで、てめえ等も腹を括りやがれ。獣王もやる気なんだろ?」
「当然だ。放っておけば我が国の脅威となる存在を放置など出来ぬし、何よりシリウス殿には色々と世話になったのだ。共に戦ってほしいと頼まれれば、我々は喜んで戦おう」
不敵な笑みを浮かべながら俺に賛同するサンドール王と獣王の姿に、反対していた者たちも覚悟を決めたようだ。
それで重苦しかった会議室の雰囲気が少しだけ軽くはなったが、作戦内容や布陣等と話し合う事はまだ沢山ある。
まずは戦況に大きく影響を与える実力者たちの配置について話そうとしたのだが、サンドール王の話にはまだ続きがあった。
「つーわけで、突撃部隊の総大将はサンジェル……お前だ。俺は後方で息子の活躍をしっかり眺めさせてもらうぞ」
「はあ!? 親父がやるんじゃねえのか?」
「馬鹿野郎。病み上がりの俺に戦場へ出ろってのか?」
「何が病み上がりだ! そろそろ暴れたいとかぼやいていたくせによ!」
サンジェルの言葉に同意するように臣下たちも何度も頷いているが、やる気はないと言わんばかりにサンドール王は手をひらひらと振っていた。
実際のところ、彼はラムダの策略で半年近く眠り続けていたので体が鈍っている理由もあると思うが、本命は別にあると思われる。
「さっきも言っただろ? お前が跡継ぎに相応しいか皆に見てもらえってな。次代の王が率いる軍で、連中をどうにかしてこい」
「……そういう事か。上等だ! この戦に勝って、俺の名を親父より広めてやるよ!」
「ははは、その意気だ。けどまあ、戦場では素人のお前に指揮を取れってのは厳しいから、俺から餞別をくれてやる。フォルト! カイエン!」
「「は!」」
「現在の任を解き、お前たちをサンジェルの直属に任命する。己が力を振るい、次代の王へ尽くせ!」
「「御意!」」
ジュリアの指導係であるフォルトに、前線基地の総指揮官であるカイエン。
サンドール国において名だけでなく実力も優れた二人を息子に預けたという事は、それだけ期待しているだけでなく、全てを託したという意味なのかもしれない。
その事を誰よりも理解しているであろうサンジェルは、臣下の礼を向けてくる二人を茫然と眺めていたが、やがて両手で己の頬を叩いて気合を入れていた。
「ふぅ……色々足りねえ部分はあると思うが、俺も死ぬ気でやるから頼んだぜ!」
「お任せを! このフォルト、貴方の敵を薙ぎ払う槍と、全てから守る盾になりましょう!」
「この戦いで完全に隠居しようと考えておったのですが、新たな王の為ならば力を振るうとしましょう」
「隠居だとか腑抜けた事を抜かすな。お前は参謀として、サンジェル様を勝利に導く事だけを考えておればいい」
「わかっておる。若き王の為、存分に力を振るうとしよう。早速だが、突撃部隊の布陣について決めるとしよう」
溜息を吐きながらも、やる気に満ち溢れた笑みを浮かべるカイエンは、会議室の中央に置かれた地図に木彫りの駒を幾つか用意した。
「今回の突撃部隊には、魔物の大軍を突破して強敵を討ち取る相応の実力と速さが必要となる。そして敵の主力たちが別々に配置されていると考えて部隊は三つに別ける予定だが、続きは作戦の立案者であるシリウス殿に説明してもらおうと思う」
「彼に? いや、ジュリア様たちを納得させた内容であるのならば気になるな。早速だが頼む」
「わかりました。エミリア、手伝ってくれ」
「はい!」
前線基地でも説明したように、俺はエミリアの手を借りながら地図の上に用意された駒を並べていく。
防壁の外に広がる平原に大きい駒を三つ並べ、その周囲に兵たちを現す小さい駒を数個置いてから説明を始めた。
「この作戦を簡単に説明しますと、地図に置いた駒のように三つに分けた部隊……左翼と右翼、そして中央から同時に突撃して大軍を突破します。そしてラムダたちを仕留めるという流れになりますが、実は他にも倒す必要がある目標が存在するのです」
「ラムダたち以外にも優先すべき敵がいるのか?」
「報告が届いていると思いますが、周囲の魔物を活性化させる能力を持った人工的に作られた魔物です。おそらく魔物を操る力も効果範囲が決まっているのか、その人工魔物を中継して魔物を細かく操っているようなのです」
戦場のあちこちに紛れる複数の魔物をくっ付けた合成魔獣のような存在を倒せば、周囲の魔物の動きが大きく乱れたり、共食いをしている姿も確認されていたので、前線基地では合成魔獣を優先的に倒して魔物たちの統率を崩していたのだ。
事前にジュリアとカイエンから聞いてもわからない部分があったのか、俺の説明を聞いて首を傾げたりする者が見られた。
「人の手で作られた魔物……か。俄かには信じられんが、どのような姿をしているのやら」
「様々な魔物を無理矢理繋ぎ合わせた、得体の知れない姿だったぞ。私も何体か斬ったが、見ているだけで気分が悪くなる姿だった」
「とりあえず俺は合成魔獣と呼んでいます。その合成魔獣を出来る限り撃破し、ラムダたちを仕留めれば無限に近い増援を止める事が出来ると思うので、その時こそ籠城戦が有効になるでしょう。細かい部分は皆と話し合う予定ですが、これが突撃作戦の流れとなりますね」
「そういう単純なやり方や考えは嫌いじゃねえが、話だけ聞くと随分と乱暴な作戦だな」
「敵の戦力が未知数ですし、乱暴なのは否定しません。ただ、この作戦を可能とする人材は揃っていますし、不可能では決してありません。各隊の連携や動きは作戦に参加する者たちが確定してから決めたいと思っていますが、俺から各部隊の核となる者の配分を提案させてもらいます」
兵を率いる隊長のようなものではなく戦力として重要な者の配置を説明する為に、俺はまず左翼側に置かれた大きい駒を指差した。
「まずこの左翼を中心とするのは、剛剣ライオル殿です。ただし彼と共にする兵の数は少なくするべきでしょう」
「何故だ? 報告によると剛剣殿の力は以前より遥かに増しているそうだが、戦力を少なくさせる理由にはなるまい」
「彼の場合は、周りに味方がいると巻き込んでしまう可能性が高いのです。その辺りはジュリア様とカイエン殿がよくわかっているかと」
そこでジュリアとカイエンに注目が集まると、二人はあまり語りたくないとばかりに渇いた笑いを漏らしていた。
そんな様子だけで爺さんの凄まじさが伝わったのか、誰も内容について触れたりしなかった。
「理由はわかるが、連れて行く兵士は多い方がいいだろう。兵たちを指揮する者もな」
「もちろんです。そちらから部隊長を数人程選んでもらいたいのですが、剛剣を補佐する者は私の方から二人出します」
爺さんの強さは群を抜いているので、魔物の群れに一人放り込んでも平気そうではある。
問題は、あの爺さんが戦場に適した動きをしてくれるかどうかなのだが、その点に置いては最も適任な人物がいるのだ。
「ここにいませんが、しばらく剛剣と旅をしていたベイオルフと呼ばれる私の弟子です。そしてもう一人は……こちらのエミリアです。戦い始めると周囲の声が聞こえなくなる剛剣ですが、彼女の言葉ならしっかり届きますので」
「その子が? 剛剣と何の関係があるのだ?」
「血の繋がりはありませんが、孫のように可愛がられているからです。そして彼女なら剛剣の暴走を止めるだけでなく、様々な面で活躍してくれるでしょう」
「シリウス様の弟子として当然でございます」
弟子でありながらも従者として俺を支え続けているエミリアは、主を様々な面で支える補佐としての能力が高い。彼女ならば冷静に戦況を見極め、あの爺さんを上手く誘導してくれるだろう。
とはいえこの場にエミリアの事を知らない者が多く、大半が彼女を不思議そうに眺めていたが、すぐにカイエンが補足してくれた。
「エミリア殿ならば問題ないでしょう。実力面だけでなく、彼女の的確な行動によって命を救われた兵がいたのを私は何度も見ておりますので」
「私もだ。エミリア殿に任せておけば問題あるまい」
将来の義姉だからな……と言わんばかりに、誇らしげな表情で語るジュリアの後押しによって左翼の主力は決定した。
選んだ三人と共にする兵たちは後で決める事にし、続いて右翼の陣地を指しながら説明を続ける。
「そして右翼ですが、こちらは機動力を重視とした者たちとなります。ジュリア様に獣王様のご子息であるキース様と、レウスと彼の親友であるアルベルトの四人を筆頭に編成するべきかと」
前線基地で最も危険な場所で戦い続けただけでなく、何度も敵の大群へ突撃し攪乱までしていた四人の連携は相当に高い。
何より個々の実力も申し分ないので、この四人で組ませるのが一番だろう。
「左翼の兵を少なくした分、こちらに兵力を少し多めに割り振るべきでしょう。敵陣を一気に駆け抜ける分だけ危険ですが、ジュリア様たちならば可能と思います」
「うむ! 向こうで散々やってきた事だし、今回は突撃に専念出来る分だけ気が楽だな」
「だな。あの連中がどこにいるかは知らねえけど、俺たちが探し出して斬ってやるさ」
「全く……頼もしい妹とその婚約者だな。この戦いが終わったら、さっさと結婚しちまえ」
「今のは良い事を言ったぞ、兄上。もっと言ってほしい!」
どこかずれた兄妹のやり取りに、僅かだが笑い声が部屋に響き渡った。
大事な場面ではあっても、緊張し過ぎたり集中していると視界が狭まって作戦の穴が出てくる可能性もあるので、緊張が解れたのは良い事だと思う。
「最後に中央ですが、サンジェル様を中心に獣王様とフォルト殿にお願いしたいと思っています。速さよりも魔物を確実に殲滅する部隊なので、兵の数も一番多くするべきでしょう」
中央に兵士を集中させる理由は、首尾良く魔物を操る能力や魔道具を無力化出来たとしても、残った魔物が消えたり逃げたりしないからだ。
故に敵主力の撃破は左翼と右翼……両翼に任せ、中央は少しでも魔物の数を減らす事に専念させるのである。
他にも両翼の休憩場所や、逃げ道を確保する重大な役割もあるので、中央の規模は出来る限り大きくしておきたい。
「以上が、俺が提案する布陣です。前線基地にいた方々は賛同してくれましたが、他の皆さんは気になる点はありますか?」
「うーむ……カイエン殿が納得しているのであれば、我々があまり口を出す点はなさそうだな」
「私も特に。そういえば、そちらの竜族たちはどこに配置するのだ?」
「彼等は空から迫る魔物に専念していただく予定です。前線基地よりも激しさが増す上に、地上の戦いが主になるのでそちらへの援護が厳しいとは思いますが……」
「心配はいらぬ。どれだけ数が増えようと、我々の敵ではない」
妙に自信たっぷりかつ威厳のある言い方なのは、前線基地にいなかった者たちを安心させる為だろう。
実際、その威厳ある言葉によって安堵の表情を浮かべている者が何人も見られた。
「ただ、おそらく両翼から零れた魔物が後方の防壁を狙う可能性もあるので、壁を守る兵も残さなければなりません。それについては皆さんと話し合うつもりです」
「うむ。集まった兵の数が判明してから決めたいところだが、とりあえずは全兵力の半分に壁を守らせ、残りを突撃部隊に回すのが妥当でしょう」
そこから更に細かく決めた結果……突撃部隊に回した兵力の内、エミリアと爺さんがいる左翼に一割、レウスたち右翼に三割、そして中央に六割を配置する事に決まった。
その内容を手元の紙にメモをしていたカイエンだが、一度手を止めてから唸るように呟く。
「各隊の陣形と号令はこれから決めるとして、後はどれだけ兵を集められるかですな」
「剛剣が共にいると知れ渡れば、冒険者や義勇兵は更に集まりそうですぞ。状況はあれですが、流れは悪くありません」
「義勇兵? そういえば住民たちの避難はどうなっているのでしょうか?」
馬車で移動中に広範囲の『サーチ』で簡単に調べてみたのだが、住民の数は前線基地へ向かう前とほとんど変わっていなかった。
話によると、この状況を完全に隠す事は不可能なので、俺たちが時間を稼いでいる間に魔物の大群が迫っていると国民へ説明したそうだが……。
「これが驚いた事に、国から出て行った奴はほんの一部だけだ。それだけ信頼されているのか、逃げる宛がないせいなのかはわからねえが、負けたら世界中に知れ渡る恥と大惨事になるな」
「そのせいか、民からの義勇兵も結構集まったみたいだぜ。あの野郎を恨んでいる奴が大半ってのが複雑だが……」
「ラムダがやってきた悪事を全て晒し、見事な悪役に仕立て上げていましたからな。長き眠りの後でも、王の口車は健在なようで何よりです」
「色々気に食わねえやり方だが、完全に俺たちの敵になったんだからとことん悪役にしてやっただけだ。それに奴のせいで人生を狂わされた連中も多いし、怒りを発散させる場も用意してやらねえとな」
守るべき民を動員するのは非情とも言えるが、いざとなればそういう判断をしなければならないのも王だと思う。
あるいはこれから起こるであろう批判や悪い部分を全て己が背負い、サンジェルへ王位を継がせようとも考えているのかもしれない。
王だけでなく子の為に動く父親の姿に感銘を受けていると、隣から欠伸を堪えるような音が聞こえてきた。
小さい音であるが、ちょうど会話が途切れた瞬間だったので注目を集めてしまい、レウスは慌てて口元を抑えながら頭を下げていた。
「ははは、さすがに眠たいようだな」
「ごめー……も、申し訳ありません」
「気にするな。今日も存分に戦っただけでなく、すでに夜中を過ぎているのだ。眠たいのも当然だろ」
サンドール王は軽く笑い飛ばしながらレウスを労うと、会議を一度中断するように告げてから俺とジュリアに視線を向けてきた。
「後は俺たちだけで十分だ。前線基地から戻ってきた連中はもう休め」
「父上、私はまだ大丈夫です。それにサンドールの命運を決める会議であるならば、王女として席を外すー……」
「やかましい! 前に出るお前たちは休むのも戦いだろうが。いいからとっとと寝ろ!」
尻でも蹴っ飛ばしそうな勢いで怒鳴られれば、さすがのジュリアも正論だと思ったのか口を噤んでいた。
まだ続く会議の内容が気になるところではあるが、俺もそろそろ姉弟を休ませたいと思っていたので素直に頷き立ち上がろうとしたその時、ある事に気付いたサンジェルが俺へ質問してきたのである。
「ちょっと待ってくれ。そういやお前とあのホクトって狼はどこで戦うんだよ?」
「確かにそうだな。向こうでは魔法による後方援護ばかりだったが、剛剣と肩を並べて戦ったとも聞いたぞ。俺はてっきり左翼と思っていたんだが、まさか後方か?」
「ああ、すいません。後で説明するつもりで忘れていたのですが、俺とホクトは……」
そして俺とホクトの位置を表す駒を置き、その役割について説明すると……会議室に大きな動揺が走るのだった。
今日のホクトと剛剣
ホクトと剛剣が初めて出会ってから半日くらい経過し、シリウス君とラムダ君が交渉する少し前の話です。
夕食を終えた後、剛剣がレウス君たちと模擬戦をして全員を軽く(剛剣の基準では)揉んだ後、剛剣は手にした木剣を眺めながら不満そうに呟きました。
「ふむ……悪くはないが、やはりこの獲物(木剣)では物足りんのう」
「今はやるなって言われているし、真剣だと死人が出るだろ?」
「わかっておるわ。どこか歯応えがありそうな奴が……む!?」
その時、剛剣は偶然近くを通りかかったホクト君に気付きました。
先程までご主人様にブラッシングしてもらっていたので、とてもご機嫌な様子です。
「おお、あやつならば木剣でも面白くなりそうじゃ! そこの狼よ、今度こそわしと一勝負せぬか?」
「……オン?」
今は急ぎの用はないので、呼ばれたホクト君はとりあえず剛剣の下へやってきました。
「そうか、わしと戦ってくれるのじゃな!」
「呼ばれたから来ただけだと思うぜ」
「関係ないわ! ぬりゃあああぁぁぁ―――っ!」
そしてレウス君の静止を他所に、剛剣は問答無用でホクト君へ斬りかかりました。
とても鋭い太刀筋ですが、ホクト君の反応速度は伊達ではありません。
放たれた剣を華麗避け、続けて放たれた剣も余裕を持って回避しました。
「ぬはは、見事な動きじゃ。じゃが、何故反撃をせぬ?」
「勝手に爺ちゃんが始めただけで戦う気がねえからだよ」
「ええい、そのでかい図体は飾りか! わしに一撃当ててみよ!」
好敵手となりそうな相手に剛剣は興奮しているのか、思いつくまま口にする安い挑発を放ちます。
しかしホクト君は冷静なので、剛剣の挑発を適当に流していました。
「ぬう……奴の身内のくせに情けないのう。お主の主ならば、わしを笑顔で殴り飛ばしてくるんじゃが」
「それ、爺ちゃんがやり過ぎて兄貴に怒られた時の話だろ? ホクトさんが情けないとか関係ねえよ」
「じゃかましい! 強者であれば戦いたくなるのが獣じゃろうが! 主の名が泣くぞ!」
「兄貴も関係ねえって!」
ホクト君は微妙にイラっとしました。
挑発なのは理解していても、ご主人様の犬である事を馬鹿にされている気がしたからです。
そもそもいきなり攻撃してきたのは向こうなので……。
「オン!」
「ぬおっ!?」
お望み通り、ホクト君は目にも止まらぬ速度で尻尾を振るって剛剣をぶっ飛ばしました。
その威力は剛剣が盾にした木剣を軽くへし折り、飛ばされた巨体が背後にある石の壁を崩す程です。
突然の状況にレウス君たちが茫然とする中、瓦礫と埃の奥に消えた剛剣ですが……。
「はっはっは! そうじゃ、やりおるではないか!」
全く効いていないようでした。
高笑いと共に埃と瓦礫を吹き飛ばしながら現れ、愛用の剣を手に目を爛々と輝かせながら歩いてきます。
模擬戦では済みそうにない戦いが始まりそうな空気にレウス君たちは慌て始めましたが、そこに救世主が現れました。
「ホクト。ハウス!」
「お爺ちゃんもハウスです!」
「オン!?」
「ぬう!?」
破壊音に気付いてやってきた、ご主人様とエミリアちゃんです。
ハウスと言われ、ご主人様の前に駆け寄っておすわりをするホクト君ですが、安い挑発に乗ってしまった事を深く反省するのでした。
一方……。
「もう! やり過ぎては駄目だと言ったではありませんか!」
「だってあの狼が強そうじゃったから……」
「それは理由になりません! 言う事を聞かないと、明日はご飯を作りませんよ」
「おぉ……すまぬのじゃ……」
剛剣もまた、エミリアちゃんの前で正座をして説教を受ける事になったとさ。
そして余談ですが……。
「小僧。エミリアが言っておった『ハウス』とは何じゃ?」
「え? わからねえのに姉ちゃんの前で正座していたのかよ」
「そうしろと言われた気がしてのう」
剛剣は獣より勘が鋭いと判明したそうな。
お待たせしました。
こんなにも間が開いたのは、ちょっと個人的な事情で心が萎えていた時期があったので、何度書き直しても納得出来なかったからです。
とりかく少しずつ進め、調子を上向きにしながら書いております。
次の更新はいつになるかわかりませぬが、手だけは止めないように頑張っていきますので、長――い目で見守っててください。




