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現在と未来の為の交渉

 前回のあらすじ



 前線基地に迫る魔物たちの猛攻に追い込まれつつあったシリウスたちだが、援軍として現れた上竜種……ゼノドラたちと、剛剣ライオルの御蔭で何とか押し返す事に成功した。

 しかし前線基地の防備も限界を迎えていたので、兵たちをサンドール本国へ下がらせる事が決まったが、シリウスたちと一部の者はとある理由により、もう一日だけ前線基地に残る事にした。

 そして夜になり、シリウスが魔物の死骸が転がる戦場でとある作業をしていると、彼の前に敵であるラムダが現れるのだった。



「……もう少し早く姿を見せてほしかったな」

「何故貴方の都合に合わせる必要があるのでしょうか?」


 目の前の地面から突如現れたラムダ。

 全身が植物で形成されている点から先日ジュリアを襲った存在と同じ可能性が高く、自爆を警戒するべき相手なのだが、それでも俺の言葉には反応しているので会話は可能な筈である。

 前線基地内にいる他の者たちが気配や匂いでラムダの存在に気付き始める中、俺は落ち着いた口調でラムダへ語り掛け続けた。


「確かにその通りだが、お前にどうしても聞きたい事があったんだ。文句の一つくらい言うさ」

「そんな事は知りませんし、私は貴方と話す事なんてありません……と思っていましたが、そうもいかない状況でしてね」


 サンドール国を滅ぼしたいと願うラムダとそれを止める俺となれば、互いの考えは平行線なので話し合う余地はない。

 だが俺と同じくラムダの方も話があるのか、こちらに攻撃を加えてくる様子はなさそうなので、皆に手を出さないでほしいと『コール』で密かに伝えていると、ラムダが溜息を吐きながら前線基地を見上げていた。


「それにしても、ここまで大胆な行動に移るとは思いませんでした。まさか前線基地から全ての兵たちを退かせるとは」

「元からの予定を早めただけだ。大胆と呼ぶ程じゃない」

「いいえ、あの死にたがりたちが素直に退いた時点で私は信じられないのですよ。あの知将と言われた老人も誇りがどうとか似たような考えを持っていますから、これは貴方の仕業でしょう。素晴らしい話術をお持ちなようで」


 かつてサンドールに仕えていたので彼等の性格をよく知っているのか、呆れだけでなく本気で感心しているようだ。

 体が植物で作られていても、人らしき感情をしっかりと表現出来るのが実に不思議だが、それを考えるのは後回しである。


「誉めているようだが、そんな事を伝える為にわざわざやってきたのか?」

「もちろん違います。私が来たのは交渉の為ですよ」

「交渉……ね」


 普通に考えて、交渉ではなく何らかの意図があって現れたと考えるべきだろう。

 先程のように魔物の死骸を喰らって現れる事が可能ならば、建物内へ忍び込んだり、与しやすい相手と接触して内側から崩すなんて事も可能な筈だ。

 だが、ほぼ無人となった現在の前線基地に策を仕込む理由はないので、交渉に来た点だけは間違いなさそうである。


「嫌とは言わないが、これだけの事をしておきながら今更交渉か? 相応の理由がない限り、簡単に応じるとは思えないぞ」

「でしょうね。しかし私が交渉する相手はサンドールではなく、シリウス殿……貴方個人にです」


 怒りや焦り等は一切見られなかったラムダだが、俺個人に用があると口にした時だけは明らかに雰囲気が変わっていた。最早人を辞めている存在であるが、言葉の節々から真剣な思いだけは伝わってくる。


「正直、私は貴方の力を侮り過ぎていました。本来ならとっくに陥落していた筈の前線基地を今日まで守り続けたのですから」

「俺だけの力じゃない。皆が必死に戦い続けたからこそ守る事が出来た」

「ですが、そんな彼等を密かに支え続けていたのは貴方であり、最も重要な存在であると私は思っています。だからこそ、貴方個人へお願いするのです。どうかあの愚かな国に加担するのを止めてください。何故そこまでして他国の為に戦うのでしょうか?」

「原因はお前だろう?」


 作戦の邪魔になるからと俺たちを国から追い出すだけにしとけば良かったのに、フィアを人質にして重鎮の暗殺まで頼んだのだからな。

 全ては自分が蒔いた種だとはっきり言い返してやるが、ラムダは涼しい顔のまま首を横に振るだけである。


「私が悪いのは認めますが、もう十分ではありませんか? たかがエルフ一つの命で、私が長年費やした計画を潰すどころか、ここまで予定を崩されるなんて割に合いませんよ」

「フィアの価値をお前が決めるな。つまり何だ、俺たちの排除が難しいから手を引けと?」

「いいえ、やろうと思えば可能ですよ。ただサンドールを絶望させる計画を狂わされるのが嫌なのです。私の目的は貴方たちではありませんので」

「生憎だが、俺はもう仕返しではなく自分の意思でこの戦いに参加しているんだ。こちらは気にせず攻めてくればいい。何やら理由を付けて俺たちと戦う事を避けようとしているようだが、まさか剛剣と上竜種たちに怖気づいたとでも言うんじゃないだろうな?」


 相手の反応を窺う為の言葉ではあるが、今日から加わった戦力は桁が違うので、強ち冗談と言えなくもない。

 さすがに本気で追い込まれているわけじゃなかろうと挑発するような俺の言葉に、ラムダは残念そうな感情を表すように深い溜息を吐いていた。

 この余裕……虚勢ではない。やはり向こうの戦力はまだ十分残っていると考えるべきか。


「貴方の考えが理解出来ません。何故危険な状況であると身をもって知り、苦しみながらも戦おうとするのでしょうか? この国とは縁もゆかりもないというのに」

「その理由を教える前に聞きたい事がある。この印に見覚えはないか?」


 そう質問しながら『ライト』で明かりを作った俺は、懐から取り出した紙に描かれた印をラムダへと見せた。

 それが前世にあった花弁とナイフを組み合わせた不吉そうな印……師匠が作る魔道具の刻印だと気付くなり、ラムダは僅かな動揺を見せる。


「……それがどうかしたのでしょうか?」

「こいつは魔道具の作者を表す刻印だ。実はこの印を刻んだ者だが、俺の師匠でもあるんだ」

「弟子? そんな筈が……いえ、貴方の異様さを考えると……」

「信じるかどうかはどちらでもいい。とにかくその師匠から聞いた話だが、かつて魔物を操るような魔道具を作った事があるらしい」


 操ると言っても、魔物の意識に僅かながら干渉して特定の場所から遠ざけたり、誘導させる魔除けのようなものらしいが、飢えていたり怒っていたりすると効果がなかったそうだ。しかも燃料となる魔石の消耗も激しく、そもそも師匠が魔物から逃げる性格ではなかったので試作品を作ってそのままだったとか。

 つまりその魔道具……刻まれた魔法陣を改良した物が、今回使われているのではないかと俺は睨んでいる。

 そんな都合の良過ぎる魔道具が作れるのかと疑問には思うが、理由が何であろうと熱意がある限り人の技術は進歩し続けるものなので不可能だとも言い切れまい。


「魔大陸で生き延びていながらすぐに復讐しなかったのは、師匠の魔道具を研究していたんじゃないか? あるいは、誰かがやっていた研究を引き継いだ可能性もあるな」

「…………」

「もちろん研究だけでなく、大掛かりな実験も行った筈だ。例えば、魔物の大群を操ってアドロード大陸の町を襲わせてみる……とかな」


 一年前、アルベルトが住んでいた町……パラードとロマニオを魔物の大群が襲う事件があった。

 それはラムダの片腕であるルナの仕業だったが、彼女の狙いは町の壊滅ではなくこの時に備えた実験だと睨んでいる。


「その反応、あながち外れってわけでもなさそうだ。しかし俺にとって重要なのは、お前たちが師匠の魔道具を利用したかどうかなんだ」

「では、私が持っていたとしたらどうすると? 仮にそれを利用したとすれば?」

「破壊させてもらう。師匠の作った物がくだらん事に利用されるのは見過ごせん」

「くだらない……ですか。確かに貴方のような人からすれば、復讐なんてくだらない事なんでしょうね」

「それは違う。言っておくが俺は復讐をするなと言いたいわけじゃないぞ」


 世界とは厳しく、復讐を糧にしなければ生きていけない者も存在するからだ。結果的に空しくなるので捨てるべきだと考えはするが、完全に否定はしない。

 そもそもラムダがこれ程までに歪んでしまったのは、サンドールの一部の者たちによる傲慢な行いのせいなのだ。更に本人どころか彼が愛していた家族の命まで奪っているので、復讐されるのも仕方がないとも言える。

 つまり自業自得なわけだが……。


「城内で暗躍していたんだ。お前を貶めた者たちは全て把握しているんだろう? そういう連中だけを狙っているのであれば、俺もここまで介入しようと思わなかったさ」


 正確な人数は知らないが、主犯とその関係者を含めてもそうはいない筈だ。

 その少数へ復讐する為に、剣を向けていないどころか事情すら知らないサンドールの国民全てを巻き込むのは間違っている。


「お前のは復讐でも何でもなく、怒りをぶつけているだけの虐殺に過ぎない。その筋が通らない行動……くだらん事に師匠の魔道具が使われている事が許せないから俺はお前と戦っているわけだ」

「そんな理由で命を懸ける方がくだらない気がしますけどね」

「自分を偽る事はしたくないし、やれる事を精一杯やるからこそ生きている実感が湧くものさ。もう一つ理由を言わせてもらうなら、お前の暴走を許せば無慈悲に家族を奪われる者たちが大勢生まれてしまうからだ。かつてのラムダみたいにな」

「……だから何でしょう? それで私が止まると思っているのですか?」

「サンドールの王は、ラムダを嵌めた連中を全て差し出して構わないと口にしていたし、求めるのであれば己の首をも差し出す覚悟もある。それで納得は出来ないのか?」

「出来ません」


 その後も、前線基地へ向かう前の会議で話題に挙がったサンドール側の譲歩点を伝えてみたものの、ラムダの反応は芳しくない。

 一方、俺が諦めないと確認したところで用件は済んだのか、不敵な笑みを浮かべたラムダは話を打ち切るように背中を向けた。


「そうそう。最後に伝えておきますが、どれ程強力な戦力を得ようと無意味ですよ。貴方たちがこの数日で倒し続けた魔物は、魔大陸ではほんの一握りに過ぎませんので」

「だろうな。なら俺から一つ提案があるんだが、もう回りくどい持久戦は止めて一気に勝負を決めないか?」


 これまでのやり取りとは明らかに違う一方的な提案に、さすがのラムダも困惑した様子で振り返る。

 しかしその反応も当然だろう。己の優位を捨てろという、あまりにも都合のいい事を言っているのだから。


「冗談……ではなさそうですね。貴方からそんな情けない言葉が出てくるとは思いませんでした」

「別に一騎打ちとかじゃないぞ。お互いの全戦力を出し合い、ここから後方のサンドールが見える平原でぶつけようって話だ。お前たちと本気で戦いたいのさ」

「かつて剛剣は戦いに狂った剣士と呼ばれていましたが、貴方もそういう人でしたか」

「いや、あの爺さんは剣の腕を鍛える為に戦いを欲しているだけだ。俺たちはルカとヒルガンに借りがあるんでな」


 我ながらわかりやすい挑発なのは理解しているが、ラムダたちを前線へ引っ張り出す確率を少しでも上げる為に色々試しておいて損はあるまい。

 そのまま次の手を打つ為に、俺は事前に用意しておいた小さな枝をラムダへと向かって投げた。

 攻撃かと思い警戒するラムダだが、それがただの枝じゃないと即座に気付くなり凄まじい勢いで枝を掴み取ったのである。


「こ、これは!?」

「植物を扱っているのなら、名前くらいは聞いた事があるんじゃないのか? それは聖樹と呼ばれる木の枝だ」

「聖樹だと!?」


 この反応、植物を扱うのなら聖樹に興味を持つだろうという考えは間違っていなかったようだ。

 まるで長年追い求めていた代物を手に入れたかのように、ラムダは驚きと喜びが入り混じった感情を見せながら聖樹の枝を一心に眺めている。


「これが……聖樹? こんな端切れだというのに、何と凄まじい活力。一体これをどこで!?」

「その聖樹と会った事があるからさ。ちなみにその枝を生み出したのがこれだ」


 正確には師匠から貰った聖樹製のナイフが生み出した枝なのだが、秘められた魔力と神秘性は本物と変わらない。

 更に普段は目立つからと、抑え気味な魔力を解放してもらった師匠のナイフを見せびらかしてみれば、ラムダは目を見開きながら固まっていた。


「こいつは聖樹の一部で作られたナイフだ。その枝なんかとは桁が違う代物だぞ」

「あ、ああ……」

「これが欲しいようだな? ならば俺の提案を飲んでもらおうか。言っておくが、あまりくだらない策ばかり弄しているとこいつはー……」

「それを……そレヲ……ヨコセエエェェ―――!」


 総力戦で来なければナイフを破壊する事も厭わない……と、脅しを含めた駆け引きを試みようとしたのだが、ラムダの反応は予想を遥かに超えていた。

 まるで獣のような雄叫びを発したかと思えば、地面から一斉に生やした無数の蔓を俺へと伸ばしてきたのである。

 狙いは師匠のナイフだとしても、あの蔓は俺の体を易々と貫く威力がありそうなので身構えていると……。


「シリウス様!」

「どらっしゃあああぁぁぁ――っ!」


 前線基地の上から飛び降りてきた姉弟が迫る蔓を剣と魔法で全て切り裂き、同時に俺を守るように立ちはだかっていた。

 待機していろと言った筈なのだが、俺の危機と敵の豹変振りに我慢出来なかったらしい。しかし向こうが我を失って話し合いどころではなくなったので、俺を守ろうとした判断は間違ってはいない。

 なので姉弟へ感謝を告げようとしていると、少し遅れておまけも降ってきた。


「ぬりゃああああぁぁぁ―――っ!」


 いつもの雄叫びを上げながら上空から落下してきた爺さんは、更なる蔓を生み出そうとしているラムダへと躊躇なく剣を振り下ろした。

 落下の勢いと爺さんの腕力による斬撃が凄まじい衝撃波を生み出し、最早斬るどころか辺り一面が木っ端微塵である。止める間もないとは正にこの事だろう。

 やり過ぎだと文句を言おうとしたのだが、当の爺さんが不思議そうな表情を浮かべている事に気付く。


「ぬう……仕留めた気がせんのう」

「仕留めたって、もうそこに誰もいねえだろ?」

「じゃかましい! わしが生きておると言ったら生きておるんじゃ!」


 すでにラムダの影も形もないのだが、実際爺さんの勘は当たっていた。

 『サーチ』で調べてみたところ、偽物がいた足元……衝撃波が届かなかった地中深くに敵の核らしき反応を感じたからだ。

 ラムダがそういう存在であると教えた覚えはないのに、本能で倒せていないと感じ取ったらしい。本当に出鱈目な爺さんである。

 とにかく油断は禁物だと皆へ伝えている間にベイオルフもやってきたのだが、そこで爺さんは剣を上段に構えながらレウスとベイオルフに命令していた。


「そうか……下じゃな! 小僧ども、穴を掘れい! こちらから斬りに行ってくれる!」

「掘る道具なんか持ってねえよ」

「つまり地中にいるんですよね? トウセンさんの腕力で地面ごと吹っ飛ばせばいいと思うんですけど」

「落ち着け。一旦、向こうの出方を待つべきだ」


 やろうと思えば再び攻撃出来る筈なのに、妙に大人しいのが気になる。

 相手の位置は把握しているので、いつでも弾丸を叩き込めるように構えていると、そこから植物の球根みたいなものが地面を掻き分けながら現れたので、真っ先に爺さんが吠えた。


「はっはっは! 戯け者め。のこのこ出てくるとはのう!」

「何か爺ちゃんの方が敵みたいだな」

「お爺ちゃん、剣はそのままです」

「ぬう!?」


 球根の大きさは成人男性の頭部くらいで、無数の触手と人の口みたいなものが付いていた。

 異様な存在でも敵意は感じられず、爺さんも大人しくなったので反応を待っていると、球根の口らしき箇所から声が聞こえてきたのである。


『ふぅ……剛剣の名に相応しい見事な一撃でした。御蔭で冷静になれましたよ』

「随分と取り乱していたようだが、それがお前の正体か?」

『はい。栄養さえあれば、私の分身を何度も生み出せる素晴らしい肉体です』


 如何にも狙うべき存在だと思うが、これ程の相手がわざわざ弱点を晒しに来るとは思えないので、下手に仕掛けるのは危険だろう。

 それに俺の提案を伝えに戻ってもらわないと困るので、今にも斬りかかりそうなレウスを宥めていると、初めて相対する敵にベイオルフが緊張した面持ちで呟いた。


「人の身を捨てたとは聞きましたが、まさかこれ程とは思いませんでした。偽物がこれだとしたら、本物のラムダはどんな姿をしているんでしょうか」

『何か勘違いしているようですが、私は本物のラムダですよ。正確に言うのであれば、複数存在する内の一つ……というべきですかね』

「複数の一つ? よくわからねえけどラムダは一人だし、お前は偽物だろうが」

「いや、こいつを人と同じように考えない方がいい」


 今の内容から推測するに、生まれた分身が母体となるラムダ本体と繋がったまま連絡をし合う個体群……前世のサンゴ等で見られる群体と呼ばれるものだろうか?

 察するに、こうして俺たちの前に堂々と姿を見せたという事は、これがやられても全く問題がないのかもしれない。


「どちらにしろ、ラムダと同じ存在が複数いるという考えは間違っていなかったわけだ。それにしても今回は随分とお喋りだが、そんなにも己の秘密を語って大丈夫なのか?」

『知られたところで問題はありませんし、この内容をサンドールへ伝えてほしいからです。これまで戦ってきたのは魔大陸にいる魔物たちのほんの一部であり、貴方たちを複数のラムダが狙っている……と』


 俺たちがどう足掻こうと、決して負けない自信と実力があるのだろう。実際のところ、未だにラムダどころか腹心のようなルナとヒルガンの本気すら見ていないのだ。

 更に恐怖を煽るような伝言を頼んできたが、それはつまり……。


「伝えはするが、それは俺の提案を受けたと考えていいのか?」

『ええ、そこまで言うのでしたら全力で攻めましょう。私の計画をここまで阻止した貴方への敬意と、それを手に入れる為にもね』

「わかった。最後にもう一つ聞くが、何故お前は聖樹を欲しがる? すでに国をも滅ぼせる力を持っているのに、これ以上の力を求める理由は何だ?」

『……一日だけ時間を差し上げましょう。二日後の早朝までによく考えておいてください』


 再び暴走しそうになったのか、なるべく師匠のナイフを意識しないようにラムダは地面へと潜った。あんなにも欲しがっていながら素直に退いたのは、今の状況でナイフを手に入れるのは不可能だと判断したからだろう。

 そして完全にラムダの気配が遠ざかったところで、少し不満気な表情をしたレウスとアルベルトが剣を仕舞いながら俺に訴えてきた。


「シリウスさん、本当に奴を逃がして良かったのですか?」

「何か沢山いるみたいだし、あれも今の内に倒しておいた方が良かったと思うぜ」

「二人とも、落ち着きなさい。彼を見逃さないと、シリウス様の提案が向こうに伝わらないでしょう?」

「そういうわけだ。複数の内の一つというのであればすでに伝わっているかもしれないが、万が一を考えてな」


 あの球根は地中を高速で移動していたのだが、自身が動いているというより引っ張られている……おそらくラムダ本体から伸びた何かに引っ張られているような動きに感じた。

 植物なので根だとは思うが、繋がっているのであれば先程の状況は伝わっていると考えるべきだろう。


「とりあえず、これで持久戦ではなく短期決戦に持ち込めそうだな。断られる可能性は高かったが、このナイフの御蔭でヒルガンとルナも現れそうだ」

「しかし、何故ラムダは聖樹様の品物を欲しがったのでしょうか? 先程見せたあの執着は、復讐とは別の異様さを感じました」

「はぐらかしていたが、少なくとも俺たちにとって良い事じゃなさそうだ。負けられない理由がまた一つ増えたな」


 ラムダに渡した聖樹の枝は時間が経てば自壊するようになっていたし、そもそも爺さんの一撃により粉々に吹き飛んだので問題はあるまい。

 色々ありつつも交渉は成功したので、もうここでの作業は必要なさそうだ。

 新たな情報も入って纏める必要もあるので、一度基地内に戻ろうと皆に告げてから俺は爺さんへ恨みがましい目を向けた。


「全く、結果が良かったとはいえやり過ぎだぞ。もう少し考えて剣を振れ」

「奴を斬る事には変わりあるまい」

「物事には順序ってものがあるんだよ。それで……何故そのポーズで固まっているんだ?」

「エミリアに言われたからじゃ」


 確かにエミリアに止められていたが、何も剣を振り下ろす途中で止める必要はないだろうに。

 それに爺さんの剣は鉄の塊よりも遥かに重く、最早振り上げている方が楽だというのに、震えるどころか姿勢が全くぶれていない点は流石と言うべきだろうか。


「奴はもう去ったようじゃし、そろそろ振り下ろしてもいいかのう?」

「罰として、しばらくそのままな」

「わかりました。お爺ちゃん、もう少しそのままでお願いしますね」

「ふむ、腕の鍛錬になりそうじゃし、まあいいじゃろう。というわけで小僧もやれい!」

「今は勘弁してくれよ……」


 罰どころか、己の鍛錬として受け入れている爺さんにへこたれるという言葉はないらしい。

 仕舞いにはレウスとベイオルフまで巻き込まれそうになったので、すぐに切り上げさせて俺たちは基地内へと戻るのだった。




 その後、前線基地に残った者たちを食堂に集めた俺は、先程の内容について詳しく説明した。

 ちなみにラムダの登場で真っ先に飛び出しそうだったジュリアだが、親衛隊に止められて我慢していたらしく、今はラムダからの伝言を聞かされて難しい表情を浮かべていた。


「く……あれ程の魔物がほんの一部どころか、偽物ではなく本物が複数だと? 目の前で見ていなければとても信じられない話だ」

「それだけではありません。先程のやり取りから俺たちと戦うのを避けているようには感じましたが、剛剣殿や上竜種たちを恐れている様子は全くありませんでした。つまりそれ相応の実力を隠している証拠でしょう」


 上竜種どころか剛剣の力に動じていない事に、ジュリアと共に残った親衛隊の一部は明らかな困惑を見せていた。普段からジュリアを見ているので強い者は見慣れているようだが、やはり剛剣は別格らしい。


「ご、剛剣殿でさえも?」

「そのような相手に我々の力が通じるのだろうか?」

「しかし次の戦いはサンドールの目の前となる。もう後がないのなら、我々の全力をぶつける他あるまい」

「ですが、もしラムダの強さが我々どころか剛剣殿を超えていたとしたら……」


 一人の親衛隊が呟いたその言葉に、辺りに僅かな沈黙が生まれる。

 ラムダに俺たちの力が通じないという可能性を完全に否定出来ない事に加え、話題に挙がった爺さんが妙に静かだからだ。

 こういう時こそ、あの無駄に大きい高笑いで重い空気を吹き飛ばしてもらいたいものだが……。


「……ぐぅ」

「寝てねえか、これ?」

「長い話になるといつもこうですよ」


 さっきまであんなにも騒いでいたくせに、まるでスイッチを切り替えたかの様に眠っていた。

 まあこの爺さんの場合は相手が強い程やる気が増す御仁なので、敵がどうとか話し合う事が退屈で仕方がないのだろう。

 静かなのは結構だが、皆の戦意が下がるのはあまりよろしくない。すぐに爺さんを起こすべきか悩んでいると、先程から目を閉じて思案していたリーフェル姫が俺へ質問してきたのである。


「一つ聞きたいんだけど、何故全力で挑ませるように仕向けたの? ラムダを誘い出す為とはいえ、少しやり過ぎというか、貴方にしては極端な気がするわ」


 交渉次第では全戦力ではなく、一部だけを誘い出せたのではないかとリーフェル姫は言いたいのだろう。

 実際、聖樹への執着心を利用すればラムダのみを誘い出せたかもしれないし、そこで眠る爺さんのようにわざわざ危険な道を選ぶ必要はないとも言える。

 それでも全戦力を吐き出させようとした理由は……。


「最優先はラムダですが、同時に仕留めておきたい相手がいるからです」

「そういえば、ラムダに知恵を授けた黒幕がいるかもしれない……とか言っていたわね」

「それもありますが、俺が狙っているのはヒルガンですよ」


 ヒルガンはラムダの側近であり、剛剣と同等以上の力を持つと言われる剣士である。

 レウスの剣を素手で受け止めたりと、それが冗談ではないと思わせる実力者なのは間違いないのだが、女を見れば自分のものにしようと迫る欲望に忠実な男でもあった。

 ここでヒルガンの名前が挙がると思わなかったのか、レウスとジュリアが不思議そうに首を傾げていた。


「ヒルガン? あの男が強敵なのは認めるが、ラムダより優先すべき相手だと思わないぞ」

「俺は絶対倒すべき相手だと思う。ジュリアの髪を引っ張ったり、姉ちゃんたちを狙った野郎だからな」

「何じゃとっ!?」


 そこで寝ていた筈の爺さんが急に目覚めたかと思えば、レウスの胸倉を掴みながら詰め寄っていた。

 突然の状況に皆も困惑しているが、自分に怒っているわけではないとすぐに理解したレウスは冷静に爺さんを宥め始める。


「落ち着けって、爺ちゃん。別に姉ちゃんたちが何かされたわけじゃねえからさ」

けがれた目でエミリアを見たんじゃろうが! 一応聞くが、そのよくわからん阿呆はどういう奴なんじゃ?」

「ヒルガンの事か? えーと……とにかく腹が立つ奴だな!」

「……サンドールにおいて英雄と呼ばれる剣士だが、全ての女性は己のものだと思い込んでいる男だ」


 ラムダの手によって心を破壊されたエルフの女性を、ヒルガンはかなり乱暴に扱っていた。

 もちろんそれだけではなく、英雄と呼ばれる裏では多くの女性を性的に食い散らかす罪深き奴でもある。後に判明した話だが、ラムダの仕業だけでなく、一部の貴族が縁を結ぼうと率先して身目麗しい女性を流していたのだから笑えない。

 そんな奴にエミリアが狙われたと知った爺さんは、レウスの胸倉から手を放しながら笑みを浮かべた。いつもの豪快な笑い声ではなく、地獄の底から聞こえてきそうな低い声を出しながらだ。


「そうか……そうか。その阿呆は腕と足だけでなく、指から斬るとしよう」

「待てよ。俺も斬るんだから少しは残しておいてくれよ」

「私の分もお願いする」

「貴方たちね……」


 そんな似た者同士のシュールなやり取りに、リーフェル姫も頭を抱えているようだ。しかし爺さんが放つ殺気により、親衛隊たちの弱気も吹き飛んだので悪い事ばかりではあるまい。

 話が逸れ始めたので、一旦咳払いをしたリーフェル姫は軌道を修正するように質問を重ねてきた。


「まだ聞きたい事はあるわ。ジュリアと同じ疑問だけど、ヒルガンをそこまで気にするのは何故かしら?」

「危険度の高さではラムダの方が上でしょう。しかし首尾よくラムダを撃破したとしても、魔物を操る知識等が残されていたり、それを悪用する者がいればもっと酷い状況になるかもしれません」

「ああ……だからヒルガンなのね。確かにあの男なら、世界中の女を欲しいとか考えそうだわ」


 あくまでラムダの目的はサンドールの破壊であり、世界征服ではない。万が一の話だが、サンドールさえ滅べばそれ以上の破壊活動を止める可能性がある。

 故に欲深い者があの技術や知識を継がないよう、相手の全戦力を吐き出させて潰す必要があったわけだ。


「もう一人の側近であるルカも忘れてはいけません。ラムダを倒せば、彼女は復讐の為に形振り構わない手段に出ると思いますので」

「うん、あの人が傷つく度に凄い剣幕だったもの。気持ちはわかるけど、あんなにも怒る人は初めて見たかも」

「その方は人族と竜のハーフだと聞きましたが、厄介な相手なんですか?」

「強そうだけど、まだよくわからねえな。でも怒った時が凄くてよ、姉ちゃんに怒られた時と似たような怖さが……はっ!?」


 ベイオルフの質問に思わず口を滑らせてしまったレウスが冷や汗を流すが、考え事をしていたエミリアの耳には届いていなかったらしい。

 何も言わない姉にレウスが安堵の息を吐く中、リースが苦笑しながら話を続けた。


「でも、確かにエミリアと似ている部分はあるよね。シリウスさんに何かあるとエミリアって凄く怒るし」

「それだけ尊き主を持つ者なのでしょう。私と同じ……いえ、それ以上の従者かもしれませんね」


 ラムダの身に危害が及ぶとなれば、ルカは己の命をも軽々と捨てられる意思を感じられた。

 その主君への絶対たる忠誠心は従者として最も重要とされる点なので、エミリアも少し思うところがあるらしい。別に倒すのを戸惑っているわけではなさそうだが、後で少し話をしておく必要があるかもしれない。


「とまあ、色々と理由はありますが、やはり一番の目的は持久戦ではなく短期決戦の為です。これまでの戦いから、防衛戦では勝てないと理解したので」

「そう……納得したわ。となると、もうこの基地に残っている意味はないわけね?」

「ええ。ですが奴の動きを見る為に、明日の朝まで待ってからサンドールへ戻ろうと思います。先に向かった者たちも到着していないでしょうし」


 次の襲撃が二日後ならまだ余裕はあるし、まず獣王やカイエンたちに事情を説明してもらってから戻った方が良さそうである。

 それにゼノドラたちに運んでもらえれば、半日どころか一時間もあれば戻れそうだからな。


「なあ、兄貴。全力を出すとか言いながら、二日後とか変じゃねえか? 全力なら休まず攻めてくると思うけど」

「考える時間を与える為とか言っていたが、本当は準備が必要なのかもしれないな」

「気にはなるけど、少しは落ち着いて休めるって事だよね? 皆の疲れも溜まっているし、凄くありがたいよ」

「戻っても話し合いや準備もあるから、そう休んでいられないとは思うけどな」


 前線基地とサンドールの状況は逐一報告し合っており、最新の情報によるとサンドールの統制と戦力は着実に整いつつあるそうだ。

 しかし戦う準備は十分でも、俺の提案した作戦をどこまで受け入れてくれるかが問題である。戦いに誇りを持つ前線基地の兵たちと違い、サンドールの重鎮たちは国の行く末や民の事を考えなければならないので説得に時間が掛かりそうである。


「ならば、今夜だけでもゆっくりとお休みください。仮眠ではなく、シリウス様には本格的な睡眠が必要な筈です」

「体調は崩していなくても、疲れが溜まっているのがわかるよ。フィアさんとカレンちゃんにそんな顔は見せちゃ駄目だからね」

「わかったよ」


 今後の方針はすでに決まっているし、エミリアとリースにこれ以上叱られたくはないので、今日はもう大人しく休むとしよう。


「オン!」

「ホクトさんだけじゃなく、僕とトウセンさんも見張っていますからゆっくりー……」

「ええい! エミリアに言われなければ、その阿呆めを斬りに行ったものの。素振りもやるなと言われたし……わしは寝るぞ!」

「……僕が見張っていますから、ゆっくり休んでいてください」

「……無理のない程度にな」


 いざとなれば本能的に目覚めて暴れるだろうから、爺さんは放っておいても問題はあるまい。エミリアが言い聞かせているので、敵陣へ勝手に乗り込む事はなさそうだしな。

 それにしても、たった数日離れていただけなのに、フィアとカレンが妙に懐かしく感じる。

 優しく包み込んでくれるようなフィアの笑みと、カレンの無邪気な姿を思い出しながら俺は食堂を後にするのだった。






 数時間後、そろそろ夜明けを迎えるであろう時間帯に目覚めた俺はゆっくりと身嗜みを整え、エミリアが作ってくれたエリナサンドを摘みながら屋上で外の景色を眺めていた。

 ここ数日は、暗くて何も見えなくとも、遠くから魔物たちの気配をずっと感じていたのだが……。


「……こんなにも静かな夜は久しぶりだな」

「はい。ですが、これが普通なんですよね」


 魔物たちの呻きや物音が聞こえてこず、これまでの襲撃が嘘だったかのように思える静かさだ。

 俺たちが下がるのを邪魔しないどころか魔物を遠ざけている点からして、ラムダは俺の提案を呑んだという事なのだろう。


「あの向こうで、ラムダは準備を進めているのでしょうか?」

「だろうな。それにしても……また腕を上げたな、エミリア」

「ふふ。シリウス様が作ってくださる料理には敵いませんが、これだけは負けませんよ」


 様々な面で未知数であるラムダであるが、ここまでくれば後は全力でぶつかるのみだ。

 母さんが得意だったエリナサンドを平らげてエミリアの頭を撫でた俺は、竜の姿になって待つゼノドラたちへと視線を向けた。


「行くか。決戦の地で待つとしよう」

「はい!」




 おまけ 剛剣の証



「小僧。彼奴から聞いたが、わしの作った証を貰ったそうじゃな」

「証? 爺ちゃんからそんな物を貰った覚えはねえぞ?」

「何じゃと!? 木で作ったあれを彼奴から渡されたじゃろうが!」

「あ……そうだったな」


 証とは、剛剣が本気で挑んでも大丈夫という、実力を認められた許可証みたいなものだ。

 ライオルに怒鳴られてようやくその存在を思い出したレウスであるが、その表情は明るいとは言い難く、隣にいるベイオルフも哀れみの目を向けていた。


「よし、ならばこの戦いが終わったらわしと斬り合うぞ。訓練用の剣じゃなく、互いの剣で殺し合おうではないか!」

「これから国や世界の危機を決める戦いが控えているのに、ただの前哨戦になりそうですね」

「お、おう。でもよ、いずれは超えなきゃいけない壁なんだ。怖がってる場合じゃねえぜ!」

「その意気じゃ! ではその証を見せるがいい!」

「ちょっと待ってくれ。どこかに失くしそうだったから、姉ちゃんに預けておいたんだ」

「何じゃと!?」

「ええぇ……」


 木を削っただけの簡単な作りではあるが、剛破一刀流の免許皆伝とも言える重要な品物である。

 それを他人に預けるのはどうかと思うベイオルフだが……。


「見事じゃ、小僧。エミリアなら安心じゃな!」

「だろ?」

「えええぇ……」


 しかしエミリア贔屓の爺さんにとっては最良の選択だったらしい。

 笑顔でサムズアップをする二人に、ベイオルフは様々な意味で呆れていた。

 そして……。 


「お爺ちゃんの証ですか? その……実は先日荷物整理していたら、落として壊しちゃいまして……」

「全て許す! もう面倒じゃから証はいいわい。やるぞ小僧!」

「だから戦いが終わってからだって!」

「証の意味は!?」


 一緒に行動して一年は経つが、未だに剛剣の破天荒さに驚かされるベイオルフだった。



※本編で実際にあった話ではないのですが、ネタが浮かんだので書いてみました。

 理由……レウスは証を他人に預けないし、エミリアは壊さないと思うので。





 ようやくの更新となりました。

 その……先の展開へ向けた辻褄合わせが上手く浮かばないどころか、敵も味方もこんな選択をするだろうか……と、書いている内に穴が見つかったりしたので、全く作業が進まない日がありました。

 故に話の展開と交渉が強引じゃないかなぁ……と、不安たっぷりの更新だったりします。


 とにかく決戦の地は決まりましたが、もう少しだけ話し合いが続きます。

 最終決戦前夜……というものですね。

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[良い点] 3日間一気読みさせて頂きました 更新お待ちしております [気になる点] 既にオールスターキャストでの大戦となってますがラムダを倒したとしてその裏にいる黒幕のハードルかなり上がってますが大…
[良い点] 良き [気になる点] 切に続きを [一言] 更新求む
[良い点] 安定の爺ちゃん。 [一言] 次回ホクトさんの活躍を期待してます!
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