好敵手
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
相変わらず更新が碌でもない作者ですが、今年もよろしくお願いします。
※前回のあらすじ
魔物の大群を相手に善戦し、前線基地を守ってきたシリウスたちだが、尽きない魔物と疲労が重なり、遂に前線基地を放棄して逃げる決断が下されそうになっていた。
その時……かつて友誼を結んだ上竜種……ゼノドラ、メジア、三竜たちが援軍として現れるが、ついでに剛剣ライオルまで現れたのだった。
『全部隊へ通達! 正門前に剛剣ライオル! 繰り返す、剛剣ライオルが援軍に来たぞ!』
俺の『コール』によってライオルの爺さんが現れた事が広まり、部隊全体に大きな衝撃が走った。
中には本当に来たのかと疑問に思う者もいたが、魔物よりも響き渡る爺さんの雄叫びと破壊音により、嫌でも理解したようである。
「はっはっは! 斬り放題じゃなぁ! ぬりゃああああぁぁぁぁ――――っ!」
そして空中では上竜種であるメジアと三竜が自在に飛び回り、空から攻めてくる魔物を次々と叩き落としていた。
『行くぞ! ただ飛べるだけの連中に、我等の力を見せてやれ!』
『御意に!』
『数が多かろうと』
『我々の敵ではございませぬ!』
爺さんは予定外だったが、彼等の登場に戦況が大きく変化していた。
特に空からの魔物が減った御蔭で俺たちの負担は大きく減り、じっくりと呼吸を整えられるくらいの余裕が生まれたくらいだ。
その間に魔力を回復させながら水分補給をしていると、上竜種たちの中で唯一戦闘に参加していなかった青の竜……ゼノドラが、こちらに向かってゆっくりと降下してきたのである。
「こっちへ来るか!? 皆、備えよ!」
「待ってください! あの青の竜は仲間です。おそらく話をしに来たと思うので、攻撃は決してしないでください」
反射的に獣王が号令を出すが、俺が慌てて止めに入ったのでゼノドラが攻撃されるのは何とか防げた。事前に味方だと聞いていようと、目の前に巨大な竜が迫ってくれば仕方がない反応だろう。
危険がないと判断したゼノドラは俺たちの前で静かに着地するが、その背中に一人の青年を乗せている事に気付いた。
「もしかして、ベイオルフか?」
「はい、お久しぶりです」
剣の達人である剣聖と呼ばれた男の息子であり、闘武祭で戦った事が切っ掛けで俺の弟子入りを希望してきた青年だ。
確か父親の最後を教えてもらう為に、ライオルの爺さんに会ってから俺と合流すると言っていたが、爺さんと一緒に現れたという事は無事に合流……。
「いや、無事……ってわけじゃなさそうだな」
「ええ……まあ、色々とありまして」
ゼノドラの背中から飛び降りてきたベイオルフの表情は、どこか荒んでいるというか……とにかく、一年前に見た爽やかさがほとんど消えていた。
野生という言葉が合いそうな変わりぶりなのだが、これは爺さんと一緒に行動していたせいだろうか? とにかく心労が募っているのだけは嫌でもわかる。
それでも俺に笑みを浮かべながら語り掛けてきた様子からして、性格は大きく変わっていないようで安心した。
「こんな状況ですが、再会出来て嬉しいです。ライオルさんは寄り道が本当に多くて、中々皆さんへ追いつけなかったので……」
「大変なのはよくわかったが、二人は何故竜の背中に乗っていたんだ?」
俺たちを追いかけて、有翼人の集落まで押しかけたのだろうか? 普通の人なら危険だと避ける場所でも、あの戦闘狂の爺さんが一緒なら十分あり得るからな。
どのような経緯なのかと聞いてみれば、三竜の背中からこちらへやってきたホクトと、竜から人の姿へと変わったゼノドラが事情を簡単に説明してくれた。
「ここへ来る途中、ホクトが地上を歩く彼等を見つけてな、知り合いだから一緒に連れて行くべきだと言ったのだよ」
「そうか、ホクトがベイオルフに気付いたわけか。良い判断だったぞ、ホクト」
「オン!」
ほぼ半日以上は走り続けたであろうホクトを労うように頭を撫でていると、ゼノドラが俺の顔を見ながらゆっくりと手を差し伸べてきたので、その手を取って握手を交わす。
「改めて……久しぶりだな、シリウスよ」
「ゼノドラ様、助けに来ていただき感謝します」
「友の呼び掛けだからな。もう一つ付け加えるなら、カレンを救い、私たちに料理を教えてくれた借りを返しに来ただけだ。お前が遠慮する必要はない」
「ありがとうございます。それにしても、まさか五人も送ってくれるとは思ってもいませんでした」
「本当はメジアがいなかったのだが……まあ、その辺りは追々説明するとしよう」
何せ竜種の中で一際強い上竜種が五体である。傍から見れば、国を取りに来ていると思われても過言ではない戦力だろう。
もちろん彼等と関係のない戦いに巻き込んで申し訳ない気持ちもあるが、種族による考え方の違いのせいかゼノドラも気にしていないようだし、ここは素直に甘えておくとしよう。
「それで、我々は空の連中を減らせばいいのだな?」
「お願いします。俺は地上の援護へ回る予定なので」
「うむ、空は任せておくがいい」
頼もしい笑みを浮かべながら再び竜の姿になったゼノドラは、メジアと三竜たちが戦う空の戦場へと飛び込んでいく。
これで空からの敵はしばらく問題はないが、地上は今どうなっているのだろうか?
あの爺さんが存分に暴れ回っていると思うので、レウスたちの負担が減った筈だと思うが……。
「爺ちゃん、前へ出過ぎだって! もう少し周りを片付けてから出ろよ!」
「ぬりゃあああああぁぁぁぁ―――っ!」
「剛剣殿! 先程の技をもう一度東側へお願いしたい! 壁に取り付かれている魔物が多いのだ」
「もっとじゃ! もっと掛かってこぬかっ!」
……残念な事に、爺さんが制御不能のようだ。
魔物を次々と薙ぎ払ってくれるのだが、敵が密集する場所ばかり突撃するだけで、爺さんが地上へ下りた(落ちた)時に見せた、広範囲を薙ぎ払うような技を使ってくれないのだ。
単体ならまだしも集団戦においては効率が悪く、更に味方の連携を考えず動き回るので、レウスたちの精神的な負担が逆に増えた気がする。
とにかく本能のまま剣を振り回し、狂戦士と呼ぶに相応しい暴れっぷりだ。
「あの爺さん、ここまで見境なかったか? 前はもう少し冷静だったと思うんだが。ベイオルフ、一緒にいたのなら何か知らないか?」
「おそらく、ホクトさんやゼノドラさんと出会った事が原因ですね」
ホクトがベイオルフと爺さんを発見して話し掛けた時、爺さんは強者の登場に笑いながら即座に剣を抜いたらしい。
続けてゼノドラたちも現れたので、爺さんの興奮も最高潮に達したわけだが、事情を説明されて仕方なく剣を納める事になったそうだ。
要するに、強者と戦えなかったやり場のない葛藤を魔物へぶつけているわけか。
「ライオルさんを止めるのが本当に大変でした。ホクトさんが遅れたら、シリウスさんたちに迷惑が掛かると伝えてようやく大人しくなったんです」
「おそらく俺じゃなくて、エミリアがいるからだろうな」
「否定は……しません。詳しい話は後にするとして、僕も下りて戦ってきますね」
「いいのか? 別にベイオルフが戦う必要はないし、今の地上は相当激しいぞ?」
「貴方の弟子であるレウス君が戦っているのに、僕が戦わないなんてあり得ませんよ。それに……ああいうのは慣れてますので」
慣れてます……か。
その一言には、理由もなく相手を納得させる重みを感じさせた。その内、酒の席に誘って爺さんへの愚痴を聞いてやった方がいいかもしれない。
「では、行ってきます!」
「おい!? そこの兄ちゃん、そっちはー……」
周りの兵の横を通り抜けたベイオルフは躊躇なく防壁から飛び下り、壁をよじ登っている魔物を足場にしながら地上へと下りて行った。
そして危なげなく地上へと辿りついたベイオルフは、迫る魔物を二本の剣で斬り捨てながらレウスたちの下へ向かう。
「腕だけじゃなく、状況判断も見事なものだ。以前より格段に強くなっているようだな」
爺さんと修羅場を潜り抜けて色々失ったものはあるようだが、きちんと得ているものはあったようだ。
遠目であるが、以前は足りないと感じていた腕力だけでなく、剣を振るう速度と技術も洗練されているのがよくわかる。
レウスも腕を上げたが、今のベイオルフと戦って勝つのは難しいだろう。今は無理だが、あの二人による模擬戦が楽しみだな。
『気を緩めるな! まだ戦いは終わっておらんぞ! 援軍が奮闘している間に、各隊の再編成と装備の確認を急げ!』
「我々もだ! 怪我人を集め、交代で装備の点検を済ませるのだ!」
そして指揮官であるカイエンの檄が飛ぶと、獣王もまた部隊全体の再編と被害状況の確認を急がせていた。
俺も装備を確認しながら地上を眺めていると、指示を飛ばし終えた獣王がこちらへ近づいてきたのである。
「ただの援軍とは思っていなかったが、まさか上竜種と剛剣とはな。相変わらずお主は驚かせてくれる」
「剛剣に至っては完全に計算外ですね。しかし……これで戦況が大きく変わりますね」
「ああ。希望が見えてきたな」
短いながらも魔力と体力の回復を済ませた俺は、地上の爺さんを眺めているエミリアに視線を向けながら獣王へ声を掛けた。
「準備を済ませたら俺も地上へ行きますので、後はお願いします」
「うむ。存分に暴れてくるといい」
こちらの意図を読んだ獣王が快く送り出してくれたので、俺は爺さんの動きを観察しながらエミリアの下へ向かうのだった。
――― レウス ―――
俺たちの頑張りも力及ばず、そろそろ撤退の合図が出されそうな頃、兄貴が呼んだゼノドラさんたちが援軍としてやって来てくれた。
空を自在に飛べるゼノドラさんたちの活躍は凄まじく、倒すのが面倒だった空の魔物たちが次々と倒されていく。御蔭で兄貴とマリーナと姉ちゃんたちが大分楽になったみたいだな。
一方、俺たちの方は完全に予想していなかった剛剣……ライオルの爺ちゃんがやってきた。
もうかなりの年齢なのに、衰えるどころか元気満々な爺ちゃんは、ゼノドラさんたちに負けない勢いで魔物を斬り捨ててくれるけど……正直あまり良い状況とは言えなかったりする。
「ぬははははははは! 今度はそっちが多そうじゃなぁ!」
「皆、下がれ! 剛剣殿にそれ以上近づくな!」
「あの爺さんから離れろ! 巻き込まれるぞ!」
だって爺ちゃんが滅茶苦茶に暴れ回るから、俺たちも斬られそうになっているからだ。
巻き込まれないよう、急いで離れてみたものの、それでも安心は全く出来ない。
あの爺ちゃんは魔物が多い場所に突撃しては剣を振るっているので、爺ちゃんを避けて攻めてきた魔物たちと戦っていると、その魔物の背後から爺ちゃんの剣による衝撃波や斬撃が飛んでくるからだ。実際、俺とキースに至ってはすでに髪の毛を数本持っていかれている。
「なあ、レウス。あの人は本当に味方なのかい?」
「……たぶん」
「何だそりゃ!? もっとはっきり答えろよ!」
そう言われても、俺だって怪しいんだよな。
あの爺ちゃんの場合は助けに来たって言うより、ただ暴れたいから来たと言われた方が納得出来るし。
「ああ……何と豪快で美しい剣技なのだ。噂に違わぬ……いや、それ以上の剣技、是非とも教わらなければ!」
ちなみに、ジュリアに至っては爺ちゃんの剣技に夢中みたいだ。
それでも近づいてくる魔物はちゃんと斬っているので文句は言えないが、こんな時でも変わらねえな。
そんな呆れている俺の視線に気付いたのか、ジュリアは照れ臭そうに笑いながら振り返った。
「安心してくれ。どれだけ剛剣殿の剣に見惚れようが、私が女性として好きなのはレウスだけだ」
よくわからねえけど、ジュリアが何か勘違いしているのだけはわかる。
そんな事を考えている間に、前方から再び爺ちゃんの剣による衝撃波が飛んできたので、巻き込まれそうになっていたキースが慌てて避けた。
「うおっ!? あの爺さん、こっちの事なんか全く見ちゃいねえぞ。剛剣って言ったらお前の師なんだから、早くあれを止めろよ!」
「止まるなら苦労しねえよ。それに俺は兄貴の弟子だ!」
さっきから何度も声を掛けているのに、爺ちゃんは全く聞いてくれない。
ある意味敵が増えた状況に俺たちが困り果てていると、何かが物凄い勢いでこちらへ近づいてきている事に気付いた。
俺と同じくジュリアたちも身構える中、走りながら次々と魔物を斬り捨てながら現れたのは……二本の剣を自在に振るう男だった。
前より色々と変わってはいるけど、あの舞うように振るわれる二本の剣技には見覚えがある。
「久しぶりですね、レウス君。随分と大変そうじゃないですか」
「えっと……べ……べー……何だっけ?」
「君がそういう人だとわかってはいましたが、名前くらいはもう少し覚えていてほしかったですね。ベイオルフですよ」
「おお! そうだ、ベイオルフだった。久しぶりだな!」
困った表情を浮かべていたけど、名前を呼ぶと笑みを浮かべながら俺の隣へとやってきた。
その動きで敵じゃないと理解したジュリアたちが首を傾げていたので、俺はベイオルフの事を皆へ簡単に紹介した。
「……つまり、ベイオルフ殿はレウスの親友なのだな?」
「どちらかと言えば倒すべき相手……ですね。失礼ですが、貴方はレウス君の仲間でしょうか?」
「将来、レウスの妻になる予定のジュリアだ。ベイオルフ殿のような剣士に出会えて、本当に嬉しく思っているぞ」
「それはどうもー……え? つ、妻!?」
援軍だけでなくベイオルフの剣技に興味が湧いたのか、ジュリアは爽やかな笑みを浮かべながらベイオルフへ熱い視線を送っていた。あれは……うん、後で戦いたいと思っている目だな。
そうとは知らず、ジュリアの言葉に混乱し始めるベイオルフだが、そこでキースとアルベルトが少し強引に割り込んできた。
「驚いているところ悪いが、お前はあの爺さんの仲間なんだろ。あれを早く何とかしてくれねえか?」
「こちらにも被害が出始めているんだ。あの人を止める方法はないのかい?」
「ライオルさんを止める……ですか」
そう口にしながら爺ちゃんを見るベイオルフだけど、その反応からして駄目な気がする。
だってベイオルフの視線は爺ちゃんじゃなく、どこか遠くを見ているし。
「無理ですね。何だかんだ一年近く一緒にいますが、今のように興奮している時は絶対に止まりません。何度か止めようとした事はありましたが、その度に殺されそうになりました」
「何か……すまん。聞いたら不味い事だったかもしれねえ」
「やはり私たちが下がるしかないのか?」
「しかしそうすれば剛剣殿は魔物に囲まれ、いずれ疲弊してしまう。ほんの少しでもいい、私たちの隊に合わせて動いてもらいたいのだが……」
魔物と爺ちゃんの剣に気を付けつつ、この場から下がるかどうか悩む俺たちだけど、突如聞こえてきた『エコー』の声によって爺ちゃんに大きな変化が見られた。
『お爺ちゃん!』
「はっ!?」
あれだけ暴れ回っていた爺ちゃんの動きが突然止まったかと思えば、周りの魔物を完全に無視する勢いで防壁の方へと振り返ったのだ。
遠くてよく見えねえけど、爺ちゃんの視線の先には防壁の上に立つ姉ちゃんがいて、その姿を確認するなり爺ちゃんは周りの魔物を一瞬にして斬り飛ばしてから涙を流し始めていた。
「お、おお……エミリア! 何と……何と成長しおって。輝いておるではないか!」
あ、あの爺ちゃんが、魔物から目を離すどころか、子供みたいに手を無茶苦茶に振りながら喜んでいるぞ。どれだけ姉ちゃんに会いたかったんだ?
皆が何事かと慌てる中、爺ちゃんの性格を知っている俺とベイオルフは呆然とその姿を見ていた。
「今まで何度もエミリアさんの名前を叫んでいましたが、まさかここまで反応するとは……」
「そもそも成長って、ちゃんと姉ちゃんの姿が見えているのか? ここからだと姉ちゃんがよく見えねえだろ」
「たわけ者が! あのエミリアが放つ輝きを見ればわかるじゃろうが!」
ライオルの爺ちゃんからすると、姉ちゃんは『ライト』を常に発動しているように見えるらしい。後に聞いた兄貴の感想によると、後光かよ……とか、よくわからねえ言葉を呟いていたな。
それより、ようやく爺ちゃんが俺の言葉を聞いてくれたぞ
姉ちゃんを見た事でちょっとだけ冷静になってくれたようなので、俺は改めて爺ちゃんに頼んだ。
「爺ちゃん、向こうにさっきの『衝破』を放ってくれ! かなり押されているんだ」
「甘ったれるな、小僧! 突撃して己の剣で斬るのが剛破一刀流じゃろうが!」
確かにそうだとは思うけどさ、今はそういう状況じゃねえだろ。会話が出来ても結局のところ何も変わらねえ。
でも……爺ちゃんの言う通り、頼るのも俺らしくない。
ベイオルフも来てくれて戦力が増えたし、少し余分に魔力を使って俺が『衝破』を放とうとしたその時、いつの間にか姉ちゃんの隣に兄貴が立って何か伝えている事に気付いた。
『お爺ちゃん。お爺ちゃんから向かって、あちらの方角へさっきの技をお願いします。もちろん、壁を傷つけたら駄目ですからね』
「ぬりゃああああぁぁ―――っ!」
そんな姉ちゃんの声を聞くなり、爺ちゃんは即座に『衝破』を放ち、姉ちゃんが指した東側の魔物を纏めて吹き飛ばしていた。
空から降ってきた時に放ったのも含め、とんでもない威力なんだけど……。
「剛破一刀流は突撃して斬るんじゃねえのかよ?」
「エミリアに頼まれたのであれば仕方があるまい。どうじゃ、エミリアよ! わしは凄いじゃろ!」
俺の文句を当然のように受け流し、姉ちゃんへ向かって褒めてくれとばかりに手を振った爺ちゃんは、再び周りの魔物へ剣を振るい始めた。
ったく、相変わらず話すだけで疲れる爺ちゃんだけど、色んな意味で変わってねえな。懐かしいというか、逆に安心するくらいだ。
でも……剣の腕だけは違う。
以前より遥かに強くなっているのが嫌でもわかり、少しは追いついていたと思っていた剛剣の背中が、近づくどころか逆に遠ざかっているような気がする。
「けど……絶対超えてやる。見てろよ」
兄貴の隣に並ぶ為、ライオルの爺ちゃんは超えるべき壁であり、俺の踏み台みたいなものだ。臆していても何も変わらねえ。
なので爺ちゃんの動きを観察しながら近づいてくる魔物と戦っていると、突然動きを止めた爺ちゃんが空を見上げたかと思えば、上空から無数の魔力の塊が降ってきた。
それは落下すると同時に衝撃波を放って魔物を吹き飛ばし、俺たちだけでなく爺ちゃんの周りにいた魔物をほとんど片付けたのだ。
何事かと皆が警戒を強める中、最後に落ちてきたのは……兄貴だった。つまり今のは兄貴の『インパクト』だったんだな。
すると剣に付いた魔物の血を払っていた爺ちゃんが、獲物を奪われて怒るどころか、実に楽しそうな笑みを浮かべながら兄貴へ振り返っていた。
「はっはっは! 見事なものじゃな。わしの想像以上に強くなっておるようで安心したわい」
「挨拶もなしに戦力分析は結構だが、あまり俺の弟子たちを無視しないでくれ」
「ふん! 何故わしが小僧共の言う事を聞かねばならんのじゃ」
「全く、あんたは変わらないな。まあ状況が状況だし、挨拶は後回しにするとしよう」
場所のせいもあるのか、親友同士が再会した……という感じには見えない。どちらかと言えば、このまま兄貴と爺ちゃんによる戦いが始まりそうな雰囲気だった。
俺の心配を余所に、魔物じゃなく相手へ向かって同時に駆け出した二人は……。
「はあっ!」
「ぬうんっ!」
お互いの背中から迫っていた魔物を魔法と剣でぶっ飛ばしてから、兄貴と爺ちゃんは背中合わせになりながら笑った。
「まだ暴れ足りないだろう? いい所へ案内してやるから、ちょっと遠出しないか?」
「よかろう! そろそろ手応えがありそうな相手が欲しかったところじゃ!」
特別な姉ちゃんは別として、普段は誰の言う事を聞かない爺ちゃんがあっさりと頷いていた。
理不尽な気もするけど、それも当然かもしれない。だって兄貴は爺ちゃんと何度も戦い、互いに認め合っている存在だからだ。ちなみに忘れちゃいけないのは、兄貴の方が勝ち越しているという点だな。
そんな二人が魔物の大群へと駆け出したその時、俺たちは真の強者というものを見た。
「左翼から崩すぞ! しっかりついて来いよ」
「ぬはははは! お主こそふざけた動きなんかしおったら、わしが纏めて斬ってやるわい!」
正面から魔物の群れを突破するのは俺たちもやっていたけど、兄貴と爺ちゃんの勢いは明らかに違っていた。
まず気付いたのは、爺ちゃんの剣を振る速度が更に上がった事だ。
さっきまでのは、溜まっていたものを吐き出すだけの乱暴な剣で、今見せているのが爺ちゃんの本当の剣技なんだと思う。
魔物を蹴散らしながら走る兄貴を追いながら振るわれる剣は暴風のようで、魔物で埋め尽くされた平地に屍の山を築きながら一本の道を作っていく。
「何だ……ありゃ? 親父と母上みたいに……いや、それ以上か?」
「師匠と剛剣殿の力は、私たちとここまで違うのか」
どれだけ魔物に囲まれようと笑いながら剣を振るう爺ちゃんも凄いが、一番驚かされるのは兄貴だろう。
案内する為なのはわかるけど、明らかに爺ちゃんの剣が届いてもおかしくない位置を保ちながら前へ進み続けているからだ。
「おいおい、何で先生はあんな場所で戦っていやがるんだ? 危険過ぎるぞ」
昨日俺が使った『剛破一刀』を短くした技を使っているのか、爺ちゃんの剣は刃が届いていない魔物さえも斬っていた。奥義にするとか言ってたくせに、呼吸するように使いまくっているんだから恐ろしい。
つまり爺ちゃんの剣が届かない位置まで離れると、魔物が間に入って分断されてしまうわけか。
だから兄貴はあまり離れようとせず、爺ちゃんの剣を避けながら前へ進み続けているんだ。しかも振り返りもせずにである。
「し、師匠は背中に目でも付いているのだろうか?」
「いえ、あの人の剣は見えていたとしても簡単には避けられませんよ。純粋にシリウスさんの実力でしょう」
もう一つ付け加えるのなら、爺ちゃんは一切手加減なんかしていない。
攻撃範囲に味方がいるなら自然と加減するものなのに、爺ちゃんの場合は寧ろ兄貴を狙っているんじゃないかと思うくらい、剣の振り方に迷いがなかった。
ふざけた動きをすれば斬る……何て言っていたけど、あれは本気だったみたいだ。良い意味でも、悪い意味でも嘘だけは吐かねえ爺ちゃんだからな。
「こりゃあ、俺たちが突撃する必要はなさそうだな」
「私たちが下手に介入しても足手纏いになるだけだ。ジュリア様、こちらは一旦下がって態勢を整え……」
もっと……もっと見たい。
俺が目指す背中の強さを、もっと近くで見ていたい。
次第に兄貴たちの姿が見えなくなりそうだと気付いた俺は、慌てて振り返りながら皆へ謝っていた。
「すまねえ! 俺は兄貴を追うよ!」
「待てって。あの二人なら放っておいても平然と戻って来るだろ」
「心配とかじゃなくて、見たいんだよ! あの二人を追いかけないと後悔しそうなんだ!」
「ならば、私たちと行くか?」
皆がいなかったら走り出していたかもしれない俺の前に、いつの間にかいなくなっていたジュリアが馬に乗って現れた。
護衛を数人引き連れている上に突撃するとしか思えない装備なので、アルベルトとキースが慌てて止めに入る。
「おいおい!? 姫さんは無茶すんなって言われてんだろ?」
「私は剛剣殿の後を追うだけだ。なに、あの二人の後を進めば魔物の攻撃もそこまで苛烈ではあるまい」
「確かにそうかもしれませんが、危険なのは変わりません。それにここの守りを疎かにするわけには……」
「不謹慎なのは理解している。だが私には、どうしてもあの二人の戦いを見過ごす事が出来ないのだ!」
どうやらジュリアも俺と同じ気持ちだったらしい。
問題は俺とジュリアが抜けると正門前の守りが気になる点だが、そこは何とかなりそうだ。
「ベイオルフ殿が一緒に戦ってくれるのだ。彼が加わってくれるのならば、ここの守りも十分だろう」
「だな。お前なら安心して任せられるぜ」
「そのつもりで来ましたし、頼りにされて悪い気はしませんけど、そんなすぐに信頼されるような事をしましたかね?」
「「剣を見ればわかる」」
「……本当にお似合いですよ」
ベイオルフだけじゃなく他の皆も溜息を吐いているみたいだけど、何が変なんだ?
まあ、それについて考えるのは後だ。一緒に兄貴たちを追いかけると決めたところで、馬上のジュリアが俺に向かって手を差し伸べている事に気付く。
「では急いで追いかけるとしよう。レウス、君は私の後ろへ乗るといい」
「別の馬はねえのか? 俺は結構重たいぞ」
「馬はなるべく温存しておきたいし、私の馬はそんなに柔ではない。そして私の背中を預けられるのはお前だけだからな」
何だろう……別に嫌じゃないんだけど、一緒に乗らなくちゃいけない雰囲気になっている気がする。
そんな不思議な気分の中、俺はジュリアと同じ馬に乗って兄貴と爺ちゃんを追いかけた。
兄貴と爺ちゃんが作った道は周りの魔物によって埋められていたけど、ジュリアの予想通り数が減っていたので、俺たちは大した苦労もなく兄貴たちに追いつく事が出来た。
相変わらずどちらも凄まじい勢いで魔物を倒し続けており、近づいて来た魔物を『ショットガン』で吹き飛ばした兄貴が爺ちゃんへ指示を出していた。
「爺さん、向こうにさっきの衝撃波だ」
「ええい、貴様もか! わしの斬る獲物が減るじゃろうが!」
「なら比べてみないか? 俺も似たような魔法が使えるんだ」
「ほう……面白い! 乗ったぞ!」
爺ちゃんを巧みに誘導し、皆が巻き込まれない方角へ『衝破』を使わせ、同時に兄貴が『アンチマテリアル』を放って面倒な魔物を倒していく。
そんな風に出来た道を進み続ける兄貴たちを追う俺たちだが、不意にジュリアが馬を操りながら呟いた。
「シリウス殿はどこへ向かっているのだろうか? 厄介な魔物は向こう側にもいた筈だが」
「兄貴が狙っているのは、魔物に影響を与えている奴だ。数が多過ぎてわかり辛いけど、色んな所にいるらしい」
この数日の戦いで、操っている魔物へ細かい指示を出す為なのか、戦場のあちこちに特殊な魔物を配置している……と、兄貴は言っていたからな。
そんな魔物がいたかと首を傾げるジュリアだが、しばらく追いかけていると、それを裏付けるように他とは明らかに雰囲気が違う魔物がいる事に気付く。
大きな奴に紛れてわかり辛いけど、あの魔物は昔アルベルトと一緒に戦った合成獣に雰囲気が似ている気がする。
「止まらず進む。あれは確実に仕留めろ!」
「要は手当たり次第斬ればいいんじゃろうが! ぬりゃああああぁぁぁぁ―――っ!」
兄貴が合成獣の頭を踏みながら飛び越えて気を逸らし、すぐ迫ってきた爺ちゃんが合成獣を真っ二つにする。
更に兄貴は飛び越えている間も空中で回転しながら魔法を連射し、近くだけでなく遠くの岩を投げる厄介な魔物も同時に撃ち抜いていく。
本当……兄貴の動きには無駄がない。
ただ突撃して道を切り開くだけでなく、常に先を読んで動いているんだ。
例えば、魔法では倒し辛い大きい魔物は爺ちゃんへ押し付けるようにしているが、剣で斬るには面倒そうな小さい魔物とかは兄貴が優先して倒していた。そのせいか爺ちゃんは一人で暴れていた時よりも元気がいいと言うか、凄く満足気に剣を振っている気もするのだ。
さっきまで剛剣の剣に見惚れていたジュリアも兄貴の特殊な動きに気付いたのか、凄く真剣な様子で俺に聞いてきた。
「レウス。シリウス殿は、一体何者なのだろうか?」
「何って、兄貴は兄貴だろ」
「剛剣殿が強いのは、あの年齢まで剣の腕を磨き続けたからだとわかる。だがシリウス殿は私とそう年齢が変わらないのに、何故あれ程強くなれたのだろうか?」
「理由なんて簡単だ。兄貴も爺ちゃんに負けないくらいに鍛え続けてきたからだよ」
前世の記憶……知識があるとか兄貴は言っていたけど、それはあまり関係ないと思う。
だってどれだけ覚えていようと、その通りに体を動かせるようになるのは簡単じゃないからだ。
それに兄貴だって様々な失敗をしたり、血反吐を吐くような訓練をしているのを俺は知っている。俺が模擬戦で負け続けても諦めないのは、兄貴のそんな努力を知っているからだ。
つまり何があろうと己の鍛練は決して怠らず、諦めず前へ進み続ける。だからこそ兄貴は強い……いや、強くなったんだ。
「本当に強くなるって事は、特別な力も近道もないんだ。あの二人を見ていればわかるだろ?」
「……ああ!」
曖昧でも俺の言いたい事を理解してくれたのか、ジュリアは満足気に頷きながら馬を走らせ続けた。
その後も兄貴たちの後に続けば、爺ちゃんの剣が届かない距離でも魔物たちの攻撃は緩く、俺たちはじっくりと戦いを見学する事は出来たが、こちらの脅威に気付いた二体のギガティエントが迫ってきたので、さすがに見ている場合じゃなくなった。
「やはり追いかけて正解だったかもしれぬな。微力ながら、我々も手伝うとしよう」
「ジュリア様、準備は万全でございます」
この状況を想定していたのか、ジュリアの護衛たちがギガティエントを倒す為の鉄杭を取り出し号令を待っていた。
後は手分けして倒す内容を兄貴たちへ伝えようとしたその時……遠くから更に三体のギガティエントが現れた事に気付く。
「く……これは本気で不味いな。すぐに私たちも加勢へ向かうぞ!」
「いや、行く必要はなさそうだぜ」
ジュリアが馬に鞭を入れようとしたその時、爺ちゃんの剣を一際高く飛んで避けた兄貴が俺たちを見ていたからだ。
あの目は……手出しは無用だと言っている気がする。
「少し離れる。あの大きいのは頼んだぞ」
「はっはっは! こいつは中々斬り応えがありそうではないか!」
そのまま『エアステップ』で空を蹴り続けた兄貴は魔物たちの頭上を飛び越えて、追加で現れた三体のギガティエントへと向かったのである。
そして三体の頭上まで迫った兄貴が真下へ向かって『マグナム』を連射すれば、ジュリアたちが鉄杭で倒した時と同じように、ギガティエントは体を硬直させながら崩れ落ちた。
「なっ!? い、一体何をしたのだ! それ程強力な魔法を放ったとは思えないのだが」
「多分、ジュリアがやった方法と同じじゃねえかな?」
兄貴の魔法『アンチマテリアル』なら頭部を完全に吹き飛ばせたとは思うが、それだと魔力の消耗が大きい。
かと言って『マグナム』だと肉の壁に阻まれて急所まで届かない。
だから兄貴は三発の魔法を全て同じ場所へ撃ち込み、穴を掘るようにして急所まで届かせたんだ。確かこういうのをワンホールショット……とか、兄貴は言っていた気がする。
そうしてすれ違いざまに次々とギガティエントを倒していく兄貴に対し、ライオルの爺ちゃんは……。
「ぬりゃあああああああぁぁぁぁぁ―――っ!」
あの動く山みたいなギガティエントでさえも、一振りで真っ二つにしていた。
しかも俺みたいに側面へ回り込んで首を斬るとかじゃなく、正面から真っ二つにだ。
剣よりも数十倍長い魔物を斬った爺ちゃんは、左右に別れて崩れる巨大な肉塊を見ながら呟いていた。
「ふむ……ちょっと右寄りに斬ってしもうたが、まあいいじゃろ。次じゃ!」
「「「…………」」」
さすがのジュリアも、後ろの護衛たちと同じく言葉がないみたいだ。
皆が半ば呆然と馬を走らせている間に、爺ちゃんはもう片方のギガティエントも真っ二つにし、その頃になると三体の大型を無事に片付けた兄貴が戻ってきていた。
「次は右翼側だ。まだ疲れていないだろうな?」
「抜かせ! わしはまだまだ斬り足りぬぞ!」
何か……わかってきた気がする。
あの二人は、俺とアルベルトのような背中を預けられる相棒……って感じじゃない。
お互いの実力を知っており、全力をぶつけても平気だと確信している好敵手なんだ。だから爺ちゃんも、兄貴が目の前にいようが遠慮なく剣を振れる。
あれもまた、俺の目指す場所の一つなのかもしれない。
そこへ少しでも近づけるように……そして前へ進む為に、俺は兄貴と爺ちゃんの戦いを心に刻み続けた。
おまけその1 ○○○○が足りない ※小ネタゆえに本編とは別と考えてください
空から降ってきた剛剣の爺さんが、本能のまま暴れ回っていた。
「ぬははははは! どうしたどうした。この程度か!」
「うおっ!? 敵は向こうだって……ああくそ、言う事聞かねえ!」
「賢くなる種を二十個くらい食わせたら、言う事を聞いてくれるのだろうか?」
「お爺ちゃんの賢さはゼロという事ですか?」
「何でエミリアがそれを知っている?」
おまけその2 ○○○が足りない ※もう一度言いますが、本編とは別と考えてください
空から降ってきた剛剣の爺さんが、本能のまま暴れ回っていた。
「うはははは! そうら、今度はこっちの魔物を斬るぞ!」
「くそ! そっぽを向いてばかりで、全然言う事を聞いてくれねえぞ!」
「バッヂが足りないのか? 爺さんの場合、八つ集めないと無理そうだな」
「あれはお爺ちゃんの特性かもしれませんので、全部集めても言う事は聞かないと思います」
「だから何でエミリアがそれを知っている?」
おまけその3 ○○が足りない ※くどいようですが、本編とは……以下略
空から降ってきた剛剣の爺さんが……以下略。
「むう!? 次の獲物はどこじゃ! どいつを狙えばいい!」
「どういう事だ? 急に首を振ったかと思えば、魔物の攻撃が当たり易くなっているぞ」
「やはり忠誠値が低いせいか、意味不明な行動が多いな」
「誰も育てるどころか、自活していますからね。あるいは円盤から出てきて間もないのかもしれません」
「エミリア、実は前世の記憶があるのか?」
「シリウス様の従者ですので」
「……オン」(訳……私の声を代弁しているだけです)
※おまけ1〜3の○○に入る単語は、各人でお調べください。
おまけ話に、ホクトとライオルが出会った時の話を書こうと思いましたが、ちょっと長くなりそうなので次に回します。
今回の、爺さんズ(前世も含めるとシリウスも爺さん)による暴れっぷりですが、如何でしたか?
もうこの二人がいれば問題ねえだろ……という感じではありますが、さすがに無限に湧く魔物相手には体力が厳しいので、二人が暴れるだけの流れはしないつもりです。
ちなみに過去の設定では、マジックマスターのロードヴェルの参加も考えていましたが、さすがにこの場所に呼ぶのは厳しいので没になりました。
 




