空の覇者たちと……
ラムダの策略によってジュリアが負傷し、前線から退いた事によって正門を守る部隊に大きな動揺が走った。
しかしジュリアが抜けた穴を埋めようと、鬼神の如く戦ったレウスの活躍により、正門部隊の損害は最小限で済んだ。
それに対し、防壁上で戦っていた俺たちの被害はそれなりに大きい。
壁を登る魔物と空からの同時攻撃を対処しきれず攻め込まれ、負傷者が増えているからだ。
それでも周囲の援護で何とか立て直し、夕方に魔物が退いて今日も襲撃を乗り切る事が出来たが、誰一人として明るい声を上げる者はいない。どれだけレウスが活躍しようと、皆の御旗でもあったジュリアが返り討ちにあった影響は拭いきれなかったようだ。
全体的に重い雰囲気で、怪我人の治療と防壁や兵器の補修が進められる中、俺は会議室で行われた作戦会議に参加していた。
「シリウス殿、ジュリア様の容体はどうなのだ?」
「全身に火傷を負う重傷でしたが、リースの治療によって命は取り留めました。ですが、これまでのように戦うのはしばらく厳しいでしょう」
作戦会議の前にジュリアの診断をしてきたのだが、奇跡的に後遺症が残る事はなかった。
しかしリースの魔法で火傷は癒えても、限界を超えた動きによって骨にまで影響が出ていたのか、完全回復には数日の安静が必要だろう。
その診断結果を皆へ伝えたところ、カイエンと集まった部隊長たちが深い安堵の息を吐いた。
「……そうか。それでもジュリア様が生きて戻られた事は本当に幸いだった。レウス殿だけでなくリース殿には感謝しきれぬ」
「それとジュリア様の幸運にも、ですな。あの爆発を受けて生き延びられるなんて、やはりジュリア様には幸運の女神が微笑んでおられるのですな」
「…………」
念の為に渡しておいたペンダントの魔石に、膨大な魔力の発散……つまり爆発に反応して衝撃波を放つ魔法陣を刻んでいなかったら、ジュリアの体は跡形もなく吹き飛んでいたかもしれない。
とはいえ魔石が上手く発動するとか、あれ以上の威力であればどうなったかわからないので、ジュリアの運が良かったという点は確かだ。
ちなみに獣王だけは、何か確信するような視線をこちらへ向けていたが、俺は首を軽く横へ振って黙っていてほしいと伝えていた。色々と説明がややこしくなるし、俺の技術を下手に知らしめるのは不味いからな。
「ジュリア様が無事だと判明したところで、我々の置かれた状況を整理するとしよう。各隊、報告を」
「我々、二番隊はかなりやられました。ですが、明日には問題ない程度には回復出来ると思います」
「四番隊は、満足に戦える者があまり残っていません。口惜しいですが、このままだと明日を乗り切れるかどうか……」
「八番隊はあまりやられちゃいないが、物資の消耗が予想以上に多い。すぐに補給させてくれ」
各部隊から被害状況と要望が伝えられ、カイエンは内容を素早く纏めながら対策を立てていく。
人数が減った部隊は他の部隊と統合させたり、部隊の再配置で全体の立て直しがある程度済んだところで、空気を変えようとした部隊長たちが明るい口調で語り出した。
「口惜しい事はありましたが、裏切者であるラムダを倒せたのは大きいですな」
「うむ、あれ程の爆発ならば生きてはいまい。これで少しは戦況が変わるだろう」
「いや……あまり悪い話をしたくはないが、ラムダはまだ死んではおらんようだ」
あのラムダが偽物だと知っているのは、魔道具で話を聞いていた俺と、直接対峙したジュリアと護衛を含めた四人。そしてイアンから報告を聞いたカイエンだけである。
人の皮を被った植物の塊でありながら、確かな知性を持つ化物だったとカイエンから説明された部隊長たちは一斉に首を傾げていた。
「ラムダでありながら、ラムダではない……と? 一体どういう事でしょうか?」
「私にもわからん。だがジュリア様が漏らした言葉によると、ラムダと話しているようにしか思えなかったそうだ。あの御方の感覚が間違っているとは思わないが……」
「つまりラムダは二体いたってわけか? いや、体が植物なら魔物だったのかよ?」
様々な憶測が飛び交うが、俺はラムダのクローンだと思っている。
正確には違うだろうが、己と同じ知性を持って行動が出来る時点で似たようなものだ。
しかし魔法がある世界とはいえ、科学技術の結晶であるクローン技術がこの異世界で実現出来るのかと疑問に思うが、やり方次第では可能だと睨んでいる。
そう考えられたのは、かつて俺の隣に座る獣王の国で、人の体内に入って宿主を操る存在と戦ったからだ。
そして俺の魔法で体外に摘出したそれの正体は、小さな魔石だった。
魔石に命が宿った……という考えもあったが、あれは自我を魔石に埋め込んでいたのではないかと睨んでいる。姉弟がすぐに破壊したが、あの魔石には見た事もない複雑な魔法陣が描かれていたような気がする。
つまり魔石に己の自我を刻める方法と、植物を操れるラムダの能力があれば、今回のようなクローンを作れるわけだ。
とはいえ、これは特殊な生まれと経験をしてきた俺だからこそ浮かんだ仮説に過ぎない。
細かく説明すればきりがないし、現状において必要な情報だけでも伝えるべきだと考えていると、カイエンが部隊長たちを黙らせて纏めに入った。
「わからぬ事は多いが、ラムダと同じような存在が複数いると考えて間違いあるまい。国の内情を知るだけでなく、英雄と呼ばれる程の知恵を持つ相手がな」
「つまり、また偽物が出てくるわけか?」
「くそ、我々が不利になっていくだけではないか。向こうは一体どれだけの戦力を秘めているのだ!」
「それでも、我々は諦めるわけにはいかない。たとえラムダが無限に現れようとな」
「……無限ではないと思いますよ」
割り込むように放たれた俺の言葉に、全員の視線がこちらへ向けられる。
中には俺たちの活躍を妬んで不快な表情を浮かべる者もいたが、守衛隊長であるカイエンが何も言わないので、そのまま続きを語らせてもらった。
「簡単に己の分身を増やせるとか、または数を揃えているのであれば、もっと頻繁に姿を見せる筈です。四日目で初めて姿を見せたかと思えば、たった一体でジュリア様を狙う始末。もし俺なら一体ではなく、最低でも二体くらいはぶつけさせますね」
体に爆発用の魔石を無数に仕込む徹底さも凄まじいが、ジュリアの実力を知っているのならそこまでの保険は用意しておくべきだと思う。
あの時は一対一になったとはいえ、連れて行った護衛によっては共闘して押し切られていた可能性もあったからな。
「そもそもラムダと同等の力を持つ存在が大勢いるなら、とっくにサンドールは滅んでいると思います。わざわざ時間を掛けて、内部から国を弱体化させる必要もないかと」
「……一理あるな。本当に数に限りがあるのなら助かる話だ」
「それと偽物が植物の塊だと知った今なら対策も考えられませんか?」
「うむ、それは私も考えていたところだ。各隊、火の魔法に優れた者を数人選別しておいてくれ。植物に詳しい者に毒薬を作らせておくのも有りか」
これまでの活躍で信頼は得ているのか、俺の推測を前向きに捉えてくれるようだ。
そのまま会議は続き、話が纏まったところで解散となったのだが、弟子たちと合流した食堂ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
皆が座っているテーブルの前で、ジュリアの親衛隊であるイアンと数名の若い男女が、今にも殴りかかりそうな剣幕で食事中のレウスへ詰め寄っていたのである。
「だからさ、何でそんなに怒っているんだよ?」
「当たり前だろうが! お前はジュリア様に選ばれた男なのだぞ!」
何事かと思いつつ近づくとエミリアが迎えてくれたので、案内された椅子に座りながら詳しい事情を聞いてみた。
「ジュリア様が目覚めていない状態なのに、看病するどころかマリーナと一緒に食事をしているレウスが許せなかったようです」
「まあ、傍から見れば女性を軽んじているように見えなくもないが、レウスはそうじゃないんだろう?」
「はい。あの子は黙々と食事を続けていましたし、マリーナもあまり話し掛ける事なく世話を焼いていました」
レウスが食事に集中しているのは体力の回復に専念しているからだが、冷静さを失っているイアンたちにはそう見えないようだ。
敵に追い込まれつつある現状に加え、心酔しているジュリアを守りきれなかった無念と苛立ちから情緒不安定なっているのかもしれない。
それ故に眠るジュリアを放っているレウスが見過ごせず絡んでいるわけだが、あれではほとんど八つ当たりみたいなものだ。絡んでいるのは若い連中ばかりなので、感情の制御が難しいのはわからなくもないがな。
「敵の罠に嵌り、あの御方も相当な悔しさを覚えた筈だ。悔しいがその心の傷を一番癒せるのは、ジュリア様を救出したお前だろう。頼むから、もっとジュリア様を気に掛けてくれ!」
「……なあ、お前等はジュリアが落ち込んでるって本人から聞いたのか?」
「それは……」
「まだ寝てるから無理だよな? というかさ、ジュリアはそんなに弱くねえよ。それは俺よりお前等の方が詳しいだろ?」
「「「…………」」」
レウスの的を射た指摘に、親衛隊たちは何も言い返せないようだ。
そして相手が多少冷静になったのを確認したレウスは、レウスは歯を見せるような笑みを浮かべながらイアンを真っ直ぐ見つめていた。
「治療した兄貴とリース姉が大丈夫って言ったんだから、ジュリアは大丈夫だ。俺は明日に備えて食べているんだから、あまり邪魔をしないでくれよ」
「…………すまない」
「おう! でもまあ、お前等の言いたい事もわかるからさ、後でちゃんとジュリアの顔を見に行って来るよ」
少年のようなレウスの笑みで完全に怒りが抜けたのか、親衛隊たちも反省して頭を下げていた。
こうして和解し、レウスが再び食事を再開したところで、近くに座っていたアルベルトが俺へと話し掛けて来たのである。
「これも皆さんの疲労と不安が募っているせいですね。基地内の雰囲気もかなり重くなっています」
「やはり彼女が倒れたのが致命的か。もしレウスが間に合わず命を落としていたら、すでにここを引き払っていたかもしれないな」
「ええ、レウスの行動はジュリア様だけでなく皆も救ったのですね。友として誇らしいですよ」
「いや、アルベルトとキースたちが正門を守っていたからこそ、あいつは飛び出す事が出来たんだ。レウスだけじゃなく、皆が踏ん張った御蔭だよ」
どうしてもレウスが目立ってしまうが、その場で踏み止まり戦い続けるキースと、周囲を見ながら臨機応変に動くアルベルトがいなければ正門の守りはとっくに崩れていたに違いない。
性格上、己を過小評価してしまう弟子を褒めてやれば、アルベルトは照れ臭さを誤魔化すように頭を掻いていた。
「ところで師匠。レウスがギガティエントの首を斬った剣は何だったのですか? 明らかに刀身が届かない首を真っ二つにしていましたけど」
「あれは剛破一刀流の奥義……みたいなものだ。基礎を剛剣本人から見せてもらい、レウスが自分で作り上げた技だよ」
昔、俺が生まれた屋敷を出る直前……レウスが最後にライオルの爺さんと会った頃の話だ。
その時、爺さんはレウスへ一つの技を見せた。
まだ未完成の技らしく、傍目にはただ剣を振り下ろしているようにしか見えなかったが、いずれ奥義に至らせる技だと爺さんは言ったのである。
その剣をレウスが自分なりに磨き上げて完成させたのが、あの『剛破一刀』である。
「とはいえ、体力だけでなく魔力もかなり使う技だからな。これ以上巨大な魔物が増えれば、明日は俺の出番があるかもしれない」
「師匠は空で手一杯でしょう。ジュリア様が無理そうならば私とキースが突撃部隊に入りますし、ホクトさんを頼ってみては……」
「ホクトは無理だ。今は前線基地にいないし、明日の戦いに参加すら出来ない可能性があるからだ」
「え!?」
その後、食事をしながら皆に作戦会議での情報を共有し、交代で休憩に入った後、俺はエミリアと一緒に前線基地の最上階へとやってきていた。
ここへ来たのはホクトを呼ぶ為ではなく、少しだけ風に当たりたかったからだ。
夜空や周囲の景色を眺めながら、エミリアとのんびりと会話をしていると、俺たちの前に突如カイエンが現れたのである。
「っと、これは失礼。若い者の逢瀬を邪魔するつもりはなかったのだが……」
「ちょっと風に当たりたかっただけですので、気にしないでください。そちらこそ、作戦の見直しで忙しかったのでは?」
「少し気分を変えたくてな。作戦に一つでも穴があれば、全てが崩れてしまう状況なのでな」
ここにいるのは俺たちだけのせいか、少し遠慮がない言い方である。
何だかんだで俺たちの実力は知ったので、隠しても仕方がないと思っているのかもしれない。
「やはり厳しいですか?」
「すでに語るまでもあるまい。そう思っているからこそ、お主も百狼を動かしたのだろう?」
現在、ホクトはこの前線基地にいない。
今日の戦いが終わってから書いた手紙を持たせ、援軍を呼んでもらいに行っているからだ。アルベルトにホクトがいないと言ったのはその為である。
早くても明日には戻ると思うが、戦闘前にはまず間に合わないだろうと会議時に語れば、会議室はちょっとした騒ぎになった。露骨に頼るような言動はなかったが、それだけホクトの戦力が重視されている証拠だろう。
中には貴重な戦力を勝手に動かすなと怒鳴る者もいたが、そもそもホクトは俺の相棒なので行動を縛られる理由はない。
伝手を頼って強力な援軍を呼ぶ為だと補足すれば、部隊長たちは複雑な表情を浮かべながらも発言を止め、カイエンが余所の戦力に頼り過ぎるなと一喝して話は終わったのである。
「あの百狼に頼んだ援軍だが、本当に信用出来るのか?」
「数は期待出来ませんが、ホクトに勝る戦力となってくれるでしょう。後は向こうが了承してくれるかどうかですが、俺は来てくれると信じています」
「……そうか。これだけ貢献してきたお主を疑うわけではないが、私は指揮官として曖昧な希望に縋るわけにはいかんのだ。この様な態度で申し訳ないと思う」
「ええ、わかっています」
敵は魔物を操れるどころかクローンを作る等と、この異世界において一際飛び抜けた技術を持っている。
さすがに出し惜しみをしている場合ではないので、こちらも切り札を一つ切らせてもらったわけだ。
今の俺を悩ませている、空を我が物顔で飛び回る魔物たちを蹴散らしてくれる存在をな。
「最早本国から送られてくる人員や物資以上に我々の消耗は激しい。会議でははっきり言わなかったが、私の勘では明日で命運が決まると思っている」
「つまりここを放棄する可能性もあるわけですね」
「口惜しいが、そうなるだろう。いいか、決して号令を聞き逃すでないぞ。お前たちがジュリア様を必ず本国へお連れするのだ」
俺たちにジュリアを託すという事は、カイエンは最後まで残って時間を稼ぐつもりなのだろう。
最後に、私より先に死ぬなと告げてからカイエンは去って行ったが、その後姿をエミリアは複雑な面持ちで見送っていた。
「よろしいのですか? あの御方はまるで……」
「別に死に急いでいるわけじゃない。皆を束ね、命を預かる指揮官として最後まで務めを果たそうとしているんだろう」
己がもう高齢だと自覚しているので、死んだら死んだで構わないと考えているのかもしれない。前世の俺が最後の作戦に出た時と同じようにな。
その覚悟は理解出来ても、命を軽んじているのをエミリアは寂しく感じているらしい。そんなエミリアの頭に手を置きながら、俺は安心させるように笑いかける。
「まあ、ここを放棄したところで戦いは続くんだ。ジュリア様も逃げるのを渋るだろうし、強引に運ぶ人数が一人や二人増えたところで変わらないと思わないか?」
「シリウス様……」
「全ては状況次第だが、手が届くのなら拾えるだけ拾ってみるとしよう。さあ、明日に備えて休むとするか」
「はい!」
その答えに満足してくれたのか、エミリアは笑みを浮かべながらそっと俺の手に触れてきた。
従者としての立場故に俺を一番に考えてしまうようだが、その他者を思いやる気持ちだけは忘れないでほしいと願う。
そして……魔物の襲撃が始まってから、五日目の朝を迎えた。
早朝に目覚めたジュリアは何とか戦える状態まで回復したので、無理はしないを条件に前線へ戻る事になり、全体の士気がかなり上がっていた。
こうして全部隊が配置に就いたところで魔物たちがやってきたわけだが、目の前の光景を確認するなり首を傾げる者が多数見られた。
俺が想像した通り数に限りがあるのか、どこを探してもラムダらしき姿がなかったからだ。
更にギガティエントは二体しかおらず、魔物の種類も大きな変化はないので、兵士たちの中には何とかなりそうだと安堵の息を漏らす者も出ている。
だが、いざ戦いが始まると、前日との明確な違いを嫌でも理解させられた。
「また来るぞ! 盾を構えろ!」
「いや、受けるんじゃない! 避けながら攻撃を続けるんだ!」
「油断するな、まだ生きているぞ!」
これまでオーガのような大型の魔物が岩を投げてくる事はあったが、今の地上は手頃な岩が投げ尽くされているので、遠距離攻撃の脅威は少なかった。
しかし今日に至っては、大型が足元を走る他の魔物を投げるようになったのである。
大半は防壁の上まで届かず壁に激突したり、俺たちがいる場所に落ちても衝撃に耐えきれず絶命するが、中には生き延びて暴れ回る奴が出ているのだ。
最悪なのは、魔物を投げている大型が固定砲台のように足を完全に止めている点だろう。これまでは何があろうと突撃は止めなかったので、接近したところを集中砲火で倒す方法を取っていたからな。
時折レウスとキースが突撃部隊を率いて撃破しているものの、砲台となった魔物は戦場に幅広く存在しているので駆逐するのは難しい。
弾数が無限に近い遠距離攻撃の出現と、極稀であるが例の爆発する魔物が飛んでくるという脅威に陣形が崩される部隊がちらほら出ており、大きな被害が早々に出始めていた。
「ちっ、さすがに数が多過ぎるか!」
残念ながらホクトはまだ戻っていないので、こちらの負担は当然ながら増えている。
ホクトが抜けた穴を補うように魔力の消耗を考えず弾丸を放ち続けているが、明らかに手が足りていない。
だからと言ってホクトがいれば覆せるような状況ではないので、今の俺が出来る事は攻撃を続けて時間を稼ぐくらいだ。もちろん退き際を見誤らないよう、『マルチタスク』で常に周りを確認しながらである。
「もう一度行きます、マリーナは援護を!」
「え、さっきやったばかりじゃ……はい、すぐに!」
エミリアは大規模な魔法を発動させる間隔が短くなっており、マリーナが生み出してくれる幻を上手く利用しながら戦い続けている。
長期戦には向かない戦い方だが、彼女の御蔭で部隊の態勢を整える余裕が生まれ、何とか戦線を維持出来てもいた。
「ぬん! ここは私に任せ、お前たちは他へ向かうのだ!」
「「「は!」」」
獣王も指揮だけではなく戦闘にも加わり、危険に陥った部隊の援護に回っている。
王でありながら戦闘能力が高く非常に頼りになるが、残念ながら彼は格闘戦が主なので、防壁を登ってきた、あるいは空から接近してきた魔物しか対処出来ないので少し相性が悪かった。
「姉様、今度は向こうに怪我人が」
「任せなさい! ほら、私たちの邪魔をするんじゃないわよ!」
「姫様、前へ出過ぎないでください!」
「文句を言う暇があるならお二人を守りなさい!」
そして怪我人を治療室に運ぶ暇もないのか、リース一行は治療室から出て怪我人を探すようになっていた。
正門前を除いた最前線の少し後方を駆け回り、怪我人を手当たり次第治療している。
どう考えても危険としか思えない行動だが、リースには精霊だけでなく、火の魔法で牽制するリーフェル姫とその頼もしき従者二人がいるので何とかなっているようだ。
最後に正門を守っているレウスたちだが、向こうは俺たちよりはまし……と言ったところだろうか?
「くそ、あっちにもいやがったぞ! もう一度突撃だ!」
「駄目だ、部隊を再編制させるからキース殿は一旦下がれ! レウス、準備はいいかい?」
「おう、いつでも行ける!」
ジュリアは剣だけでなく指揮官としても優れているのか、レウスとキースを巧みに操りながら戦っている。
しかし上から見ている限りだと、やはり現状維持が精一杯のようだ。
「まだ戦闘は続けられるし、戦う事を諦めていない者は多い。だが……」
時間が経つに連れ、状況が悪化していくのを肌で感じる。
こちらが消耗しているのもあるが、最早籠城しても防ぎようがない物量と攻撃に晒されているからだ。
もちろん俺だけでなく、弟子たちや戦の経験豊富な者たちはまだ戦えるだろうが、大軍同士での戦いから見ればすでに負け戦である。どれだけ粘ろうと半日が限界だろうな。
カイエンも同じ判断なのか、昨夜話した通り、俺たちが戦っている裏で密かに前線基地を放棄する準備を進めさせていた。
身の回りの世話や料理人等といった僅かな非戦闘員と、負傷が激しい者たちを乗せる馬車が用意され、定員になり次第サンドールへ向けて出発させているようだ。
つまりここに残っているのは、壁役となって逃げる者たちの時間を稼ぐ戦士たちだけである。カイエンだけでなく、ここを死ぬ場所だと決めている者は多い。
「それでも犠牲は少ない方がいい。なるべく多くを生かす為にも、そろそろ決断しないとな」
このまま状況が改善されなければ、近い内に全軍撤退の号令を出されてしまう。
そうなれば死を覚悟した者のみが基地に残って敵を防ぎ、俺たちは最後まで残りたいとごねるジュリアを強引に連れて逃げる事になるだろう。それだと面倒事が増えそうなので、その前に動く必要があるのだ。
ホクトが戻ってくれば即座に動くつもりだったが……間に合わなかったか。
「出来れば奴との戦いに取っておきたかったが、仕方があるまい」
今の状況で使う手段ではないが、少なくとも戦線を維持する事は出来る筈だ。同時に弟子たちにジュリアとカイエンを確保させ、逃げる時間どころかホクトを待つ時間も稼げる。
すぐさま必要な装備を確認し、師匠のナイフを握ったその時……。
「アオオオォォォ――ンッ!」
『『『くらえぇぇ――っ!』』』
聞きなれた遠吠えと共に空を切り裂く三本の光が走り、俺たちの頭上を飛ぶ多くの魔物を薙ぎ払ったのである。
振り返れば空の彼方から凄まじい速度で迫る三体の竜と、その背中に乗るホクトの姿が確認出来た。
「来たか! 随分と待たせてくれるじゃないか」
これまで戦ってきた竜種より一際大きい体に、其々の全身が赤と緑、そして黄色で彩られたあの三体は、カレンの故郷を守っている上竜種……アイ、クヴァ、ライで間違いあるまい。
そして魔力を収束したブレスを何度も吹きながら俺たちの頭上を通り過ぎた三竜は、空の魔物たちを相手に暴れ始めた。
もちろん魔物も応戦するが、アイたちはものともせず飛び回って次々と返り討ちにしている。上竜種は空の覇者……なんて呼ばれる時もあるそうだが、その名に相応しい見事な強さを見せつけているな。
『皆、落ち着け! 現れた空の竜たちは援軍だ! 間違えて攻撃をするでないぞ!』
援軍の詳細は知らされていなかったので、上竜種の登場に慌てふためく兵士は見られたが、カイエンがすぐに伝達してくれたので大きな混乱には至らなかった。
とはいえ白兵戦になっている部隊も多く、歓声を上げる余裕もなさそうだが、空からの負担が減った事で多少の余裕が生まれているようだ。
これだけでも十分過ぎる援軍だが、三竜に遅れて更に二体の上竜種が飛んできたのである。
『手紙の通り、随分と数を揃えているではないか。確かにあれでは人の手では余りそうだな』
『久々の下界だ。余所の魔物はどれ程か、見せてもらうとしよう』
水色と赤色の上竜種……ゼノドラとメジアまで来てくれたのか。
ゼノドラは来てくれると思っていたが、まさか俺とは複雑な立場であるメジアも一緒とはな。
そもそもの話、良くて二、三体だと思っていた上竜種たちを、まさか五体も寄越してくれるとは思わなかった。上竜種は数が少ないので、毎日有翼人たちや縄張りを守る為に忙しいからだ。
俺の唐突な要請に応えてくれた事に礼を言いたいところが、それは後回しだ。
変わりつつあるこの流れに乗らない手はない。
「エミリア、俺は地上の援護に回る! お前は引き続きー……」
だが……事態の変化は更に続く。
上竜種にも負けないであろう、完全に予想外だった存在がやってきて……いや、文字通り降って来たのだ。
「ぬりゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」
それはレウスたちが戦っている地上へと落ち、落下と同時に凄まじい衝撃波を放ったのである。
前方の魔物を盛大に吹き飛ばし、瓦礫の山を築き上げたあの技は、過去とは比べようがない程に進化した『衝破』のようだ。
一体どれだけ鍛えてきたのかと呆れていると、模擬戦で嫌という程聞かされたご機嫌な高笑いが響き渡った。
「はっはっは! 小僧! 久方ぶりに会ったかと思えば、随分と楽しそうな事をしておるではないか!」
なるほど……援軍が遅れた理由は、あれを拾っていたからか。
様々な意味で頼もしく、そして未知数なお土産に苦笑しながら、俺は全部隊へ聞こえるように『エコー』を発動させた。
『全部隊へ通達! 正門前に剛剣ライオル! 繰り返す、剛剣ライオルが援軍に来たぞ!』
おまけ 教えて、剛破一刀流・その1
「皆さん、こんばんわ。司会のエミリアです。このコーナーは、剛破一刀流の技を皆さんへ紹介する時間となります。早速ですが、剛破一刀流の生みの親、剛剣ライオル様をお招きしたいと思います、どうぞ」
「よくわからんが、わしはここにいればいいんじゃな?」
「それで構いません。さて、今日紹介する技は、今回の話で放った『衝破』です」
「うむ、全力で剣を振り下ろす技じゃ!」
「ライオルお爺ちゃんの剣は全部それでは? えーと……詳しい原理はわかりませんが、剣に魔力を込めて地を叩く事により、扇状に広がる衝撃波を放つみたいです。一つ質問ですが、どのようにしてこの技を完成させたのでしょうか?」
「確かこの技は、崖から飛び下りた時、予想以上に高かったから反射的に剣を叩き付けた事が始まりじゃったな。それ以来、高い所から下りるのに重宝しておる」
「えーと……魔物を相手に編み出した技では? こう、纏めて薙ぎ払う為とか……」
「何でじゃ? 纏めて薙ぎ払っては、斬る分が減るじゃろうが?」
「…………」
「ところでエミリアよ。後でお茶でも行かぬか? わし、良いお茶が飲める場所を知っておるのじゃ」
「では今回はこの辺で。皆さん、さようなら」
「だからお茶……」
教えて、剛破一刀流・その1……完
必殺技……『衝破』
コマンド入力(キャラ右向き時)
下 → 右下 → 右 → 斬ボタン
画面端まで届く、地を這う衝撃波を放つ。 ※イメージは、どこぞのギアさんの、ガン○レイブ
多段ヒット技で、レウスの場合は最大3連続ヒット。ライオルは最大5ヒット。
はい……ようやく本編の裏でこそこそと剣を振り回させていた爺さんが合流となりました。
もっとピンチな演出をさせて投入させるかどうか迷ったのですが、まだ逃げる場所がありますし、大軍が逃げるのは非常に手間と時間が掛かる以上そこまで粘るとは思えないので、まだ多少の余裕がある状態での援軍となりました。
それと次回ですが、書籍化作業がありますのでちょっと未定となります。




