表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
190/214

死線



 前日と同じく、夜の時間帯に魔物たちの奇襲はなく、前線基地は静かに三日目の朝を迎えた。

 激戦によって治療魔法ではどうしようもない怪我で戦えない者も出てきたが、サンドール本国から送られてきた人員と物資の補充もあり、初日とほぼ同じくらいの戦力は維持出来ている。

 しかし魔物たちの方は尽きる事を知らないように現れ、日を跨ぐ度に大型や特殊な魔物が増えていくのだが、今日に至っては遂に山まで現れたのである。


「動く山、ギガティエント……か。私がかつて見た個体より大きいようだな」

「あれが……ですか。名前くらいなら資料で見た事はありますが、実物は想像以上ですね」


 獣王が口にした『ギガティエント』とは魔大陸に生息する魔物らしく、その姿を一言で表すならば、前世に存在したラクダと呼ばれる動物に近い。

 しかしあくまで全体の形が似ているだけで、細かい点はラクダとは違っている。

 まず足は六本もあるし、首が異常に太く、おまけに鼻の辺りには鞭のようにしなる長い触覚が二本も生えているからな。

 そして最大の特徴は体の大きさだろう。

 これまで俺が見てきた魔物の中で群を抜く大きさを誇り、高さだけでも俺たちが立つ防壁の上部まで届きそうである。山が動いているという表現は過言ではなく、こうして眺めていると距離感がおかしくなるくらいだ。

 だが迎撃しようにも攻撃するにはまだ遠過ぎるので、その間に獣王が魔物について説明してくれた。


「見た目は大きいが、あれは比較的温厚な魔物だ。下手に手を出さなければ襲ってこないそうだからな」

「魔大陸のみに生息すると聞きましたが、何故あれの情報があるのでしょうか? 魔大陸に人が入った事はほとんどないと聞いていますが」

「極稀であるが、魔大陸から海を渡って来るそうだ。気まぐれか、それとも他の魔物から逃げてきているとも言われている」


 確かにあの巨体ならば、浅い部分であれば海の底を歩くぐらいは出来そうだ。

 しかし温厚ならば放っておいても良さそうな気もするが、防壁を障害物だと認識して体当たりする事例があったらしく、基本的に現れたらすぐに対処するらしい。

 つまり初めての相手ではないので多少は気が楽なわけだが、それはあくまで単体での話である。

 今回に至っては見える範囲で二体も確認出来ているので、部隊全体に不安と緊張の色が走っているようだ。


「大きいだけあって、背中に魔物を乗せているな。防壁に取りついて、直接ここを叩くつもりらしい」

「その前に倒さなければいけないのですね。ですが、あれ程の巨体となると私の『テンペスト』でも足止め出来るかどうか……」


 攻城塔……等と呼ばれる、この前線基地のような高い位置へ攻め込む為に開発された城攻め用の兵器があるが、連中はそれをギガティエントで代用しているわけか。

 とにかく接近される前に必ず仕留めるべきだと決めたところで、カイエンの指示によって正門から出ていたジュリアたちに動きが見られた。

 昨日は正門を守る為の物資以外は用意していなかったが、今日は機動力のある馬が用意されており、部隊もまた大きく二つに分けられていたのだ。


「皆、よく聞け! これから我々は一本の槍となる! 眼前の敵を全て薙ぎ払う槍だ!」


 馬による高機動が可能となったジュリアと、その親衛隊によって作られた突撃部隊である。

 専用の防具を装備した立派な馬に乗ったジュリアは、自分の背後にいる兵士たちへ大声で語り掛けていた。


「勇敢なサンドールの兵士として、そして私と共に戦う同士としての誇りを見せてみよ。さあ、図体だけの魔物を討ち取りに行くぞ!」

「「「はい!」」」

「「「我等はどこまでもお供します!」」」


 ジュリアたちの役割は、魔物の群れに突撃してギガティエントを撃破する事だ。

 前日の作戦会議にて、今よりもっと巨大な魔物が現れる可能性を見越したカイエンが突撃部隊を提案し、ジュリアが即座に立候補したのである。

 王女自ら死地へ飛び込むのは危険過ぎると止める者もいたが、彼女の決意は固く、士気向上の意味も含めて自分以外の適任はいないと押し切ったのだ。

 こうして多少揉めながらもジュリアの突撃を認められたのは、やはり彼女の実力を皆が信頼しているからだろう。レウスとキースを除き、魔物の大群に突撃して無事に帰ってこられる可能性が一番高いのはジュリアだからな。

 もちろん俺たち……特に大型への攻撃手段を持つ俺とホクトが対処しようかと提案もした。


『シリウス殿とホクト殿は空に専念していただきたいので、地上の魔物は接近された時だけお願いします』


 用意した作戦が通じなかった場合に備えていてほしいと言われたので、俺は同意するように頷いた。要するに俺たちは保険というわけだ。

 こうして突撃部隊を率いる事となったジュリアが檄を飛ばして部隊の士気を上げていると、俺の用事を受けたレウスが馬上のジュリアへ声を掛けていた。


「ジュリア、これを持って行ってくれ」

「な、何っ!? このような時に贈り物とは、私の将来の伴侶は憎い演出をしてくれるな」

「俺のじゃねえって。これは兄貴が作った物で、ジュリアに渡してくれって頼まれたんだよ」

「レウスのではないのか……」

「そんな落ち込むなよ。いいか、このペンダントはな……」


 レウスが渡したペンダントに付いた魔石には、幾つかの機能を持たせた魔法陣が刻まれている。

 突撃するジュリアの為に急遽用意した物で、前線の状況がわかるようにと周囲の音を拾って俺へ届けるように調整してあるのだ。

 状況が状況とはいえ盗聴と思われたくはないので、事前に説明して渡すように頼んだが、ジュリアはレウスからのプレゼントじゃない点に落ち込んでいるだけで、特に拒絶しているわけではなさそうだ。


「なるほど。前線の情報は大事だし、シリウス殿の力になるなら持っていくとしよう。レウスからのであれば最高だったのだが……」

「ああもう、わかったよ。落ち着いたら何かやるから、元気出せって」

「本当か!? 贈り物でこんなにも胸が弾むのは何時以来だろうな」


 レウスからの約束に、やる気が目に見えて上がっているようだ。

 先程まで勇ましい戦乙女だったジュリアが、年頃の可愛らしい笑みを浮かべているので、レウスも苦笑しながら忠告していた。


「楽しみにしてくれるのはいいけどさ、張り切り過ぎて退き際を間違えるなよ」

「もちろん、皆の命を預かっているのだから無理はしないさ。レウスこそ気を付けるのだぞ?」


 ちなみに突撃部隊にはレウスも立候補したが、部隊を分けた状況で正門を守るのは厳しいという事で残る側になっていた。


「こっちにはキールとアルベルトもいるし、ジュリアが帰る場所は俺たちに任せとけ」

「うむ! だが一つ間違えている事があるぞ。今の私が帰るべき場所は、レウスとマリーナの隣なのだ。レウスがいないと意味がないのだから、君も無事で私の帰りを待っていてほしい」


 そんな見つめ合う二人を、近くに立つアルベルトとキースは複雑な表情で眺めていた。


「うーん、戦地へ向かう夫婦のようなやり取りだけど……」

「色々と逆じゃねえか、あれ?」


 馬上のジュリアを地上からレウスが見上げている構図だからな。

 別に間違ってはいないが、アルベルトとキースの気持ちはわからなくもない。まあ当の本人であるレウスとジュリアが気にしていないので、誰も口を挟む者はいないようだ。

 そして部隊の準備が整ったので、部隊の先頭に立ったジュリアは剣を掲げながら号令を出した。


「決して足を止めず、私の背中だけを追いかけてこい! 行くぞ!」

「「「おおおぉぉぉ――っ!」」」


 魔物たちとの距離はまだ遠いが、向こうの陣形が整って動き出す前にジュリアたちは突撃していた。悠長にしていたら味方の矢と魔法が降り注ぐので、その前に射程外まで進む為だ。

 まずは左翼にいるギガティエントを狙うらしく、方向を変えながら移動を続けるジュリアたちは、魔物たちの先頭に近づいたところで一気に加速し、躊躇なく群れへと突撃していた。


「凄まじい勢いですね。立ち塞がる魔物たちを薙ぎ払っているのに、ほとんど速度が落ちていません」

「ジュリアだけではなく、部隊全体の実力が優れている証拠だろう。さて、俺たちもそろそろ攻撃開始のようだが、向こうは上手くいくかどうか……」


 こちらの心配を余所に魔物の群れを突破し続ける突撃部隊は、脱落者を一人も出さずギガティエントへと迫っていた。

 さすがにあの大きさを討ち取るには手間と時間が掛かりそうだが、幸いな事にギガティエントの周囲には魔物がいなかった。おそらく巨体ゆえに動きが大きいので、巻き込まれない為に距離を取っているのだろう。

 敵の接近に気付いたギガティエントが鼻の触覚を伸ばして迎撃しようとするものの、それよりも先にジュリアたちは左側面へと回り込み、触覚の範囲外へ移動していた。

 そして踏み潰そうとする魔物の足を避けたジュリアは、三本の足に狙いを付けながら指示を飛ばす。


『分散して足を狙え! 踏み潰されるなよ!』


 魔石を通じた声が俺に届く中、ジュリアたちは駆け抜けながらギガティエントの足へ攻撃を加えていく。

 次々と刺さる槍や剣と、深々と肉を斬り裂くジュリアの剣により、遂に自重を支えきれなくなった三本の左足が崩れ、ギガティエントの体勢が大きく下がった。

 その隙を逃さず、馬から飛び上がったジュリアはギガティエントの体を一気に駆け上がり、背中に乗っていた魔物たちへ剣を向ける。


『この魔物が先へ進む事はもうない。速やかに飛び降りるか、私に斬られるか好きに選べ!』


 乗り込んできたジュリアを追い払おうと魔物たちが迫るが、魔物の背中という不安定な足場でも剣の鋭さに乱れはなく、あっという間に全ての魔物を斬り倒して背中を確保していた。

 その間に突撃部隊の一部がロープを使って次々と乗り込んでいるのを確認したジュリアは、そのままギガティエントの首へと向かって走り、頭部までやってきたところで足を止めた。


『首を落とせれば早いが、今の私では厳しいか。しかし、次こそは……』


 彼女の実力を持ってしても、さすがに己の剣よりも数倍長い首を斬り落とすのは難しいらしい。

 あくまで一太刀での話であり、何度も斬れば切断可能だとは思うが、一撃で仕留められなければ首を激しく振り回しそうなので、これから行う作業どころではなくなるからだ。

 性格上、斬ってみたいのを自制しているであろうジュリアは、彼女を追いかけて来た青年の一人に声を掛けた。


『どうした、イアン? まだ武器が重いのか?』

『もう手足のように扱えますって。ジュリア様が身軽なだけですよ』


 イアンと呼ばれた青年は、頑丈そうな全身鎧と身の丈はある巨大なハンマーを装備した兵士である。

 俺より少し年上という若さでありながら、ジュリア親衛隊にある重戦士部隊の副隊長を務めているらしく、将来有望だとジュリアが前に説明してくれた男だ。

 こんな状況でも軽口で返したイアンは、何度かバランスを崩しながらも数人の仲間と共にギガティエントの頭部へと到着していた。


『お待たせしました。すぐ準備に入ります!』

『頼んだぞ。焦らず確実にこなすのだ』


 ジュリアへ報告しつつ作業に入ったイアンたちが用意したのは、鉄で作られた大きな杭だった。レウスが持つ大剣よりも長い鉄杭で、先端が普通のより鋭く作られた特注品らしい。

 そう……カイエンが立てた作戦とは、ギガティエントへ乗り込み、あの鉄杭によって直接急所を叩く事であった。

 何せ相手は上級魔法でも簡単に仕留められないし、巨体ゆえに武器も通じ辛いので、こういう戦法が生み出されたわけである。

 非常に危険で、それ相応の実力と技術が必要な作戦だが、ジュリアとその親衛隊ならば十分可能だと判断され実行に移したわけだ。

 仲間の一人が鉄杭の先端を頭部へ向けていると、人が増えて不快感を覚え始めたのか、ギガティエントの長い触覚がイアンたちへ伸びてきた。


『させん! もう少し大人しくしてもらおうか』


 しかし近くで控えていたジュリアが剣を振るい、触覚を斬り飛ばしてイアンたちを守っていた。同時に空を飛んでいた一部の魔物が反応して襲い掛かっていたが、そちらもまたジュリアが全て対処している。

 そしてジュリアが守ってくれると信じているのだろう、イアンたちは周りを見向きもせず作業に集中していた。


『急所は……ここだな。よし、やっちまえ!』

『待ってたぜ。うおりゃああああぁぁぁ――っ!』


 そしてギガティエントの頭部に浅く刺した鉄杭目掛け、イアンはハンマーを全力で振り下ろした。

 中心を正確に打たれた鉄杭は肉を容易く貫き、骨すらもぶち抜いて脳へと到達したのか、ギガティエントは一瞬だけ体を震わせると同時に、前のめりになりながら地面へと崩れ落ちていた。

 その光景を眺めていた前線基地の兵士たちは歓声を上げ、ギガティエントの登場で下がり気味だった士気が再び上がったようだ。


「お見事です。この勢いならば、シリウス様とホクトさんの手は必要なさそうですね」

「ジュリア、大丈夫かな? 頭の上なら潰されるとは思えないけど、もし途中で落ちてたりしたら……」


 エミリアの近くに控えるマリーナだけは心配していたが、地上を歩いているジュリアたちの姿を見て安堵の息を吐いていた。どうやら魔物が地上へ倒れるタイミングを見計らって飛び降りていたらしい。

 しかしまだもう一体残っているので、すぐに仲間たちと合流したジュリアたちは正門へは戻らず、右翼のギガティエントへ向かって行った。


「……っと、そろそろのんびり眺めている暇はなさそうだな。こちらも始めるとしよう」

「わかりました。では行きましょうか、マリーナ」

「はい!」


 前線基地に配置された弓隊が構え始めているので、空の連中がメインである俺たちも戦闘開始だ。

 そしてジュリアたちが右翼のギガティエントへと迫ると同時に、俺たちは一斉に攻撃を開始するのだった。




 その後、先程と同じように右翼のギガティエントを仕留める事に成功したジュリアたちは、戦場を少し駆け回って魔物全体の足並みを乱してから正門へと戻った。

 多少の犠牲は出たものの、部隊の大半が五体満足で戻ってきた上に、目標であるギガティエントは全て撃破したので、作戦は間違いなく成功であろう。

 十分な功績を挙げた突撃部隊は少し下がって休憩を取っていたが、やはりジュリアだけはすぐさま前線に戻りキースと共に剣を振るっていた。


「帰ったばかりで張り切り過ぎだろ。少しは後ろで大人しくしていやがれってんだ」

「イアンたちと違い、私は剣を振っていただけであまり疲れていないからな。気にしなくても平気だ」


 互いに無事を確認し合ったレウスと交代し、次々と魔物を斬り捨てていくジュリアによって正門前の戦力は十分のようだ。

 一方、防壁の上で攻撃を続けている俺たちの方は芳しくなく、徐々に押されつつある箇所が生まれ始めていた。


「くそ、矢が切れた! 誰か持ってきてくれ!」

「こっちの隊は魔力切れだ。一旦下がるぞ!」

「左翼、敵の殲滅速度が落ちているぞ! 後方の部隊を回せ!」


 魔物全体の質が上がったのもあるが、連日の激戦によって体力が限界を迎えている者がいるからだ。

 夜は交代で寝る事が出来ても、先の不安と緊張状態によって満足に眠れる者は少なく、精神的な疲れが溜まっているのである。

 たとえジュリアたちの活躍で士気は維持できても、疲労による判断力の低下により、矢の残数や周囲の状況に気付くのが遅れてしまうわけだ。

 そうした細かい不注意が積み重なった結果、空の魔物や、壁を登り切った魔物の接近を許している部隊が出ていた。


「慌てるな! 接近されたという事は、我らの力を存分に叩き込める時でもあるのだ。わざわざ懐に飛び込んできた連中を後悔させてやれ!」

「岩が駄目ならお湯でも何でもいい! 壁から引き剥がしてやれ!」

「こちらの詠唱がそろそろ終わります! 巻き込まれないよう、気を付けてください!」


 それでもまだ獣王や各隊長の素早い指示と、周囲の助け合いによって何とか対処出来ている。

 全体から見れば……五分五分といった状況だろうか?

 これまでが上手く行き過ぎていただけで、本来はこれくらいが当たり前だと思う。

 そんなわけで俺は危なそうな部隊へ援護をしつつ、空の魔物を落とし続けていたわけだが、魔物たちの動きを見ている内にある疑問が浮かんでいた。


「……この程度なのか?」


 どれだけ倒しても、尽きる事なく現れる魔物たち。

 冷静に考えて、このまま戦い続けていれば数日も経たない内に詰みとなり、前線基地を放棄する事となるだろう。

 だが……妙に大人し過ぎないか?

 確かに今日はギガティエントという巨大な魔物が現れたが、結局のところ敵の強さの段階を上げただけに過ぎない。

 もしこの状況が敵のお遊びだとしたら、そろそろ飽きて変化を加えたくなっても不思議ではないかと思うのだ。

 向こうは魔物に陣形を組ませるような指揮官なのだから、何かもっと別の作戦があるのではと思考しながら魔法を放っていると……それは現れたのである。


『前線に伝令! ジュリア様、突撃の準備をもう一度お願いします!』


 常に冷静だったカイエンが慌てて指示を飛ばすのも無理はあるまい。

 魔物たちが現れる遥か地平線に、再びギガティエントの姿が確認出来たからだ。

 だが俺が気になっていたのは、今度は三体同時という点ではなく、ギガティエントの背中に乗っている人影の存在だった。


「まさか本人が直々に来るとはな……」


 視力の強化を限界まで高めて確認したところ、人影は今回の元凶だと思われるラムダ本人だ。

 揺れる魔物の背中で、戦場にいるとは思えない穏やかな笑みを浮かべており、それが異様な雰囲気を醸し出している。

 奴が連れていたルカとヒルガンの姿がないのは気になるが、ようやく明確な目標が現れたので、戦況を変える好機でもあった。

 やがて近づいて来たギガティエントとラムダの存在に気付いたジュリアは、再び組んだ突撃部隊の先頭で剣をラムダへ向けながら語り掛けていた。


『私たちの前に現れるとはいい度胸だな。余裕の表れか?』

『さあ、どうでしょうか? 貴方たちの様子を見に来ただけなのですが、予想以上に元気そうですね』


 魔法『エコー』により、距離が離れていても二人の会話は問題なさそうだ。

 どこか挑発するように語るラムダだが、ジュリアは不敵な笑みを浮かべながら言い返す。


『生憎だが、私たちは見ての通りだ。お望みであればもっと近くで見せてやろうではないか』

『ふふ、いいでしょう。じっくりと見学させていただきましょうか』


 ラムダが言葉通りの理由で現れたのかどうかは不明だが、少なくとも逃げるつもりはないらしい。

 もちろん罠の可能性も十分あるが、どちらにしろギガティエントは倒さなければならないし、可能であればラムダを生け捕りにして情報を得なければならないので、攻めないわけにもいかないのだ。

 十分に気を付けるべきだとレウスとカイエンから伝えられたジュリアは、再び部隊を引きつれて魔物の大群へと飛び込むのだった。


 傍目には挑発されて飛び出したかのように見えるジュリアであるが、彼女は動きは冷静そのものだった。

 ラムダが乗る中央のギガティエントからではなく、まずは他の二体から攻めていたからだ。

 先程と同じように左翼のギガティエントを仕留め、そのまま右翼へと狙いを付けたようだが、指示を飛ばすラムダがいるせいか、これまで真っ直ぐ前線基地へ迫るだけだったギガティエントが、明らかにジュリアを狙って進む方向を変えたのである。

 このままでは二体同時を相手にする羽目になりそうな中、ジュリアは迫る魔物を確認しながら仲間へ告げていた。


『この動き……狙いは私たちか。いいか、私がラムダを狙って時間を稼ぐから、お前たちは大きい方を頼んだぞ!』

『お一人では危険です! せめて護衛だけでも連れて行ってください』

『ふむ、ならばそこの三人は私についてこい』


 ジュリアは素早く親衛隊のイアンと他二人を護衛を選び、右翼側へ向かう部隊から別れて中央のギガティエントへと突撃していく。

 僅か四人でも難なく魔物の群れを突破したジュリアは、ラムダの乗るギガティエントの股の間を駆け抜けながら足を数回斬りつけて動きを鈍らせた後、魔物の体を駆け上がってラムダと対峙するのだった。




 ――― ジュリア ―――




「たった数日だが、こうして会うのも随分と久しぶりに感じるな」

「私もです。貴方の強さは理解していたつもりですが、予想以上の粘りを見せているので驚いていますよ」

「それは私だけの力ではない。我が国の精鋭と仲間たちの御蔭だ」


 皆がいたからこそ、ここまで戦える事が出来たのだ。一つでも欠けていれば、この前線基地はすでに押し込まれていたであろう。

 しかし遂に、仕留めれば戦況を大きく変えられるだろうラムダが現れたので、強引に魔物を突破してギガティエントの背中にやってきたのはいいが、護衛のイアンたちが遅れているので私とラムダによる一騎打ちのような状況になっていた。

 装備が多いイアンたちが遅れるのは当然であり、本音を言えば剣士としてこのまま一騎打ちと行きたいところだが、奴との戦いは万全を期すべきだ。

 私はイアンたちを待つ為に、駄目元でラムダに交渉を持ちかけてみた。


「ラムダ、家族を殺されたお前が復讐に燃えるのはわかる。しかし元凶はお前を嵌めた連中であり、国まで憎む必要はあるまい。そちらが求めるのであれば、主犯の連中を差し出しても構わないと父上は言っていた。戦いを止め、交渉の場に応じてはくれないか?」

「貴方もサンジェルと同じでわかっていませんね。私は復讐ではなく、サンドールという国が存在している時点で許せないのです。無意味な応答は止めましょう」


 予想はしていたが、交渉は無駄のようだな。

 復讐を力尽くで押さえるのは趣味ではないが、奴の仕出かした所業は許せる事ではない。覚悟を決めるとしよう。

 そしてラムダの言葉が終わると同時にイアンたちも到着したので、私は剣を構えながら改めて宣言させてもらった。


「ならば仕方があるまい。サンドールの王女として、そして国を守る剣士として貴様を止めさせてもらう」

「その志は立派ですが、私一人にかまけていて大丈夫なのですか?」

「言っただろう? 私以外にも頼りになる者が大勢いるのだ。それに貴様が魔物を操っているという可能性もあるし、少なくとも無理してでも狙う価値はあるさ」

「ほう……やはりそう考えますか。中々の鋭さですが、後で無謀な突撃だったと後悔しなければいいですね」


 何やら失礼な言葉と共に右腕を上げているが、攻撃にしては隙だらけだ。

 その余裕と攻撃を崩す為、一息で相手の懐へ飛び込んだ私はラムダの右腕を斬り、返す剣で左腕も斬り飛ばす。前に義兄さんが切った時はくっ付ければ治っていたので、腕なら躊躇なく斬れる。

 もちろん首も狙えたが、この男にはどうしても聞いておきたい事があったので、剣を振り終わると同時に距離を取って様子を伺う事にした。


「やはり速いですね。ですが、まずは頭から狙うべきなのでは?」

「首を落とす前に聞きたい事がある。まず、魔物たちに自爆する魔石を埋め込んだのは貴様か?」

「その通りです。正確には、私とルカが考えた作戦ですね。少々手間が掛かりますが、無駄にやられるだけの魔物を上手く活用したいい方法でしょう?」

「貴様を斬る理由が増えたようだな。もう一つ聞くが、この魔物たちを止める方法はあるのか?」

「それを私が教える理由はありません。ああ、もしかしたら私が死ねば魔物たちは元に戻るかもしれませんよ? まあ元に戻ったところで、魔物が貴方たちへの攻撃を止めるとは思いませんけどね」

「……わかった。全てはお前を斬ってから考えるしかなさそうだな」


 どこまで本気なのかわからないが、余裕を見せている点からして何らかの策があるのだろう。

 今度こそ確実に仕留める為、背後で私を守るように並んでいるイアンに、槍使いのシェーン。そして火の魔法に優れたダイナの様子を確認してから機を伺い続ける。


「ジュリア様。両腕がなければ攻撃も限られましょう。一気に攻めるべきかと」

「いや、奴に対しては我々と同じように考えるな。腕がなくても何らかの策を隠し持ってー……腕?」


 妙だな。腕を斬ったにしては流れる血が少なくないか?

 それに血にしては赤色が薄いというか、私たちが流す血とは違うような気が……。


「ダイナ、奴のローブを剥げ!」

「はい! 風の刃よ切り裂け……『エアスラッシュ』」


 適性が火属性ながらも、風属性ならば中級まで使えるダイナの魔法により、全身を覆うローブを切り裂かれてラムダの肉体が露わとなる。

 そして改めて確認したラムダの肉体だが……とても人と呼べるものではなかった。

 何故なら頭部を除く全身が、植物の蔓が複雑に絡まって人の形になっているからだ。


「……心だけでなく体も化物になったか」

「化物ではなく進化と呼んでほしいですね。これは人という器の限界を超えた姿なのですから」


 これが進化……だと?

 確かにあのような状況で生きていられるのは進化と呼べなくもないが、人として大切な何かを捨てた姿に親しみが湧く筈もない。イアンたちも同じ気持ちらしく、嫌悪感を隠しきれないようだ。

 そんな私たちの反応に気を良くしたのか、ラムダは楽しそうに口元を三日月に歪ませながら語り続けた。


「ついでにもう一つ教えてさしあげましょう。植物とは生命力が強く、株が割れた状態でも地面に埋めれば育つ場合があります。つまりわざと割って育てれば、同じ植物を増やせるわけです」

「同じ植物? 同じ…………まさか貴様!?」

「はい、ジュリア様のご想像通り。ここにいる私はラムダであってラムダではないのですよ」


 つまり目の前のあれは、私たちと一緒にいたラムダではないというのか?

 だが本物に近いわけで……駄目だ、義兄さんとカイエンならばもっと上手く理解出来ただろうが、私の頭ではよくわからん。


「そして私の狙いはジュリア様……貴方です。連中の御旗である貴方が消えれば、これからもっと面白くなりそうですから」

「っ!? 下がれ!」


 不穏な言葉と嫌な予感を覚えてその場から大きく下がれば、私の足元から緑色に染まる無数の触手が飛び出してきたのである。

 そのまま私目掛けて迫る触手を剣で薙ぎ払ってわかったが、この触手の正体は植物の蔓らしく、偽ラムダの足がギガティエントの背中に根付くように沈んでいるので、あそこから伸ばされたものらしい。


「ああ、惜しい。やはりこの程度では難しいですか」

「貴様は魔物に宿る寄生虫だな。魔物への情けとして、すぐに刈り取ってやるとしよう」


 わからない事ばかりだが、奴の正体が何だろうと斬る事には変わらん。

 すぐに気持ちを切り替えた私は、迫る触手を斬り払いながらイアンたちと小声で話す。


「……どうだ?」

「もうすぐ彼女の詠唱が終わります。しかし魔法の範囲を考えると、奴まで届くかどうか……」

「十分だ。私が合わせるから、詠唱が終わり次第すぐに放て」


 素早く打ち合わせを済ませ、ダイナが火の上級魔法を発動させると、複数の炎の柱が生まれて周囲の触手を粗方焼き尽くしたので、私は炎の柱を避けながら前へ飛び出した。

 新たな触手が飛び出してくるが、その大半はイアンとシェーンが防いでくれたので、私は勢いを失う事なく駆け抜けられた。

 そして正面の触手を斬り払いながら懐へ飛び込み、偽ラムダの横へ駆け抜けるように奴の首を斬り飛ばした。


「よし! ここのギガティエントを仕留めて戻るー……」

「まだ終わっていませんよ」

「なっ!?」


 確かに首を斬った筈なのに、何故奴の声が聞こえる!?

 慌てて振り返れば、胴体から落下している偽ラムダの首が笑っている事に気付き、私は反射的に首へ向けて剣を振りかぶった。

 しかし隣に残った奴の胴体が視界の隅に入った瞬間、剣の切っ先に迷いが生まれる。


「まさか貴様もか!」

「この体だと発動に少し時間が掛かるのが欠点なんですよね。さて、猶予はどれだけ残されているでしょうか?」


 胸元の蔓が蠢いて出てきたのは、戦場で何度も見た自爆用の魔石だったからだ。しかも魔物に使っていた物より一回り大きく、巻き込まれるのは不味いと嫌でも理解出来る。

 だが逆に考えれば好機でもある。この偽ラムダは放っておけば自滅するのだから、魔石が爆発するよりも先に私たちがこの場から離れてしまえばいい。


「撤退だ! 全力でここから離れろ!」

「当然の選択ですね。しかし、貴方の性格を知っている私から逃れられますかね?」


 何か話しているが、貴様に構っている暇はない。

 下手すれば飛び降りる破目になりそうだと考えつつ駆け出すが、イアンたちの様子に私は足を止めざるを得なかった。


「何だ、急に動きが!?」

「皆さん、早くこちらへ! きゃっ!?」

「次から次へと! 奴は死んでねえのかよ!」


 振り返れば、イアンたちが偽ラムダの触手に足を絡め取られていたからだ。

 それでもシェーンとダイナは槍と魔法で触手を切る事に成功しているが、私から一番近いイアンは不味い状況に陥っていた。

 何故なら彼の武器はハンマーであり、触手を切断するのには適していないのだ。予備のナイフを振るってはいるものの、使い慣れていない武器では次々と巻き付く触手への対処が間に合わないのである。


「あははははは! どうですか、逃げられませんよね? 貴方は己を慕う部下を犠牲に出来ない、気高く誇り高い精神の持ち主なのですから!」

「く……そ。ジュリア様! 私に気にせずお逃げください!」


 他人に己を語られるのは気にくわないが、奴の言葉を否定出来ないのは事実だ。

 考えるまでもなくイアンへと近づいた私は、彼を拘束する触手を斬ると同時に体当たりを食らわせ、拘束から逃れたばかりのシェーンとダイアの下へ突き飛ばしていた。


「「「ジュリア様!?」」」

「先に行け! こいつの狙いは私だ」

「しかしジュリア様を置いて行くわけには!」

「いいから行くのだ! 下で私を受け止める準備をしていろ!」


 こちらを分断するように飛び出す触手に加え、私が本気で怒鳴っているのを見て邪魔になっていると理解したのか、イアンたちは悔しそうな表情で魔物の背中から降り始めた。


「……すまない」


 私を守りたいという志を無下にするようで申し訳ないが、相性の悪い奴の前では逆に利用されるだけだ。

 イアンは言わずもがなで、シェーンはどちらかと言えば守りが得意であり、ダイアは先程の魔法で魔力が残り少なかった。連れてきたのが剣士であれば違ったかもしれないが、そもそもイアンたちを選んだのは私だ。己の失敗に部下を巻き込むわけにはいかない。

 そうこうしている内に、無数の触手によって私の退路は完全に塞がれていた。強引に突破出来なくもないが、魔石の爆発に間に合うとは思えない。

 ならば……。


「ここまで予想通り過ぎると呆れてしまいますね。王族とは下を犠牲にしてでも血筋を残す責務があるのですよ?」

「理屈はわかるが、私は己を偽るような事はしたくないのでな」


 それよりも先に魔石と偽ラムダを斬るのみ!

 しかし触手に阻まれているので、奴との距離は数歩程度でも一息に斬るのは厳しい。

 とはいえ考えている時間も惜しく、捨て身で攻めるしかないと剣を握り直したその時、私の真横を何かが通り抜けたかと思えば、今にも発動しそうだった魔石が砕けたのだ。


「……この距離でも当てますか。全く、彼がこの国を訪れたのが最大の誤算ですね」

「彼? まさかシリウス殿か!?」


 シリウス殿の魔法は、敵がどこにいても命中させるとレウスが誇らしげに自慢していたが、ここまでだったのか?

 それに空の魔物で手一杯な筈なのに、私の援護までしてくれるとは……何とありがたい事か。

 いや、感謝するのは後だ。この隙を逃さず、奴の首と体を細切れにして止めを刺してくれる。


「ですが、まだ甘いですね」

「くっ!?」


 ここまで用意周到とは。一体こいつはどれだけ先を見据えているのだろうか?

 触手を斬りながら走る私の目の前には、胸に穴が開いた奴の体が残っているのだが、今度は手足からも先程と同じ魔石が出てきたのだ。

 魔石は全部で七つあり、一息で六回斬るのが限界の私では厳しい。


「恐れるな! 弱き心に剣は応えない!」


 かつて剛剣は『斬破』という技で、八体の魔物を同時に斬っていたのだ。

 それに比べて私は一つ少ない程度。決して不可能な数ではない!


「はあああああああぁぁぁ――っ!」


 限界を超えた動きに体が悲鳴を上げ、今にも膝が崩れ落ちてしまいそうな中で振り抜いた剣は……七つの魔石を全て斬り砕く事に成功した。


「お見事です。では最後にこれはどうでしょう?」

「あ……」


 そして私が見たものは、人の皮が剥がれて植物の塊だと判明した偽ラムダの首と、その口から吐き出された魔石だった。

 それに反応するよりも早く魔石が発動し、炎と衝撃波が私を…………。





「……ぁ、ぐっ!?」


 僅かに意識が飛んだが、私は生きているらしい。

 何故あの爆発を受けて生きていられたのかわからないが、それを考えるのは後回しだ。

 目は霞み、周りの音もよく聞こえないのだが、風を切る肌の感覚からして私はギガティエントの背中から落ちているのだけはわかるからだ。

 これで私を始末するという、奴の作戦は成功したと言えるだろうが……まだ終わりではない。

 私が生きている限り、本当の成功ではないからだ。

 剣は……まだ握っているし、力も魔力も僅かだが残っている。

 後は地上に上手く着地出来るかどうかだが、この高さと落下の勢いでは受け身を取っても危ういし、そもそも地上までの距離すらわからない。

 だが、焦るな。目と耳が頼りにならないのであれば、己の勘と経験を信じろ。

 魔物の気配で地上までの距離を予測した私は、地上へ激突する寸前で勘を頼りに剣を振るった。


「衝……破っ!」


 かつて剛破一刀流を齧っていた者から聞いた技……『衝破』。

 剣を振り下ろすと同時に放たれた衝撃波により落下の勢いを殺す事には成功したが、完全には無理だったらしく、私は地上に叩き付けられると同時に地面を転がる破目になった。

 それでも……何とか生き延びた。背中を打ったせいで呼吸が上手く出来ないが、皆と合流すれば……。


「は……全く、今度はお前たち……か!」


 これだけの危機を乗り越えても、まだ私を休ませてはくれないらしい。

 魔物の群れの中心に落ちてきた私を狙い、近くにいたオークが棍棒を振り下ろしてくるが、横へ転がって避けながらオークの足を斬りつけた。

 その勢いで起き上がり、膝立ちで剣を構えた頃には目と耳の調子が戻ってきたものの、完全に孤立しているという状況が判明しただけだ。

 けど、まだ希望はある。


「…………槍を……押し出せ……」

「……げ! 盾が……のなら……って防げ!」

「……ジュリア様を……のだ!」


 魔物の呻き声に紛れ、私の部隊が助けに来ている声が微かに聞こえるからだ。

 後は救援が来るまで持ち堪えられればいいのだが、もう剣を握っている事さえも辛い。

 それでも……生きて戻らなければならない。

 剣士として、女として身を預けられる二人の下へ戻ると私は約束したのだ。

 しかしその気迫すらも魔物には通じず、容赦なく全方向から襲い掛かる魔物へ剣を振るおうとしたその時、側面の魔物が大きく吹き飛ぶと同時に彼が私の前に現れたのだ。



「邪魔するぜ! どらっしゃあああぁぁぁ――っ!」



 何故、君がここにいる?

 正門は任せておけと、あんなにもはっきり答えてくれた君が、何故私を助けに来てくれたのだ? しかも敵陣深くに、たった一人で。

 私の困惑を余所に、飛び込んできたレウスは竜巻の如く剣を振り回し、周りの魔物を次々と斬り捨てていく。

 そして私の安全を確保してから、彼に似合わない悔しそうな表情でこちらへ振り返った。


「すまねえ、助けに来るのが遅れちまった」

「あ……遅れるも何も、十分過ぎるくらいなのだが」

「でも本当はジュリアが落ちる前に助けたかったんだ。マリーナみたいに出来なくて悪いな」


 それは少し残念な気はしなくもないが、レウスが謝る必要なんてない。

 敵の策略に嵌ってしまい、多くの者を心配させた私の方が謝る側だというのに。


「正門の守りは……どうしたのだ?」

「アルベルトとキースが頑張っているから心配しなくてもいいぜ」

「……そうか」


 く……指揮官としてレウスの行動を見過ごせないせいか、素直に礼を言い辛い。集団行動において、勝手な行動を簡単に許すわけにはいかないからだ。

 おまけに疲弊しているせいか感情を隠しきれず、不満が表情に出てしまったのだろう。そんな私を見てレウスが首を傾げていた。


「ん? 来たら不味かったのか?」

「そ、そうではない。正門の守りを頼んだレウスを、己のせいで持ち場を離れさせてしまった自分が腹立たしいのだ」

「持ち場も何も、俺はジュリアの部下じゃねえから、どこへ行こうが勝手だろ?」

「……確かにそうだな。すまない、また情けない姿を見せた」


 共に並んで剣も振れず、ただ守られているだけのせいか、今の私は自己嫌悪に陥っているようだ。

 こうしている間も剣を振りながら私を守り続けているレウスは、少し真剣な声色で語り掛けてきた。


「この三日間、ジュリアは碌に休まず前で戦い続けているだろ? 今日から俺が代わるから、完全に治るまで剣を握るなよ」

「何っ!? この程度、治療して少し休めばすぐに復帰出来る……」

「なあ、責任とかそういうのがあるんだろうけど、少しは俺に任せてくれてもいいんじゃねえのか? まだそうじゃねえけど、夫婦ってのは楽しい事や辛い事を分かち合うものだって、兄貴やリース姉が言っていたぞ」

「っ!?」


 そうか……あれだけレウスと結ばれたいと宣言していた私が、夫婦になるという事を一番わかっていなかったのか。

 レウスは共に寄り添う相手なのだから、私はもっと甘えるという事も覚えなければな。


「……わかった。私の代わりに皆を勇気付けてやってほしい。遅れたけど、助けてくれて……ありがとう」

「おう! 俺はもういいけど、兄貴にはちゃんと礼を言っておけよ。あの爆発から守ってくれたんだからな」

「守ってくれた?」


 爆発によってぼろぼろになった己の体に目を向けてみれば、鎧の胸元部分だけは妙に損傷が軽い事に気付く。

 ここには突撃前に貰った義兄さんのペンダントがあった場所だが、気付けばそこには何も残っていなかった。


「魔石から衝撃波を放って威力を相殺した……とか、まあ詳しくは兄貴から聞いてくれ。もう少しでジュリアの仲間が来るから大人しく待っていろよ」

「……ああ」


 どうやら私に落ち込んでいる暇はないようだ。

 義兄さんと私を救おうとしている部隊の皆に、こんなつまらない顔で礼を伝えるわけにはいかない。

 気付けば心が随分と軽くなった頃、魔物の群れを突破してきた突撃部隊が流れ込み、私を中心に円を描くように走り続け全方位への守りを固めていた。


「防御陣、急げ!」

「壁を作れ! ジュリア様を守る肉の壁となるのだ!」

「ゴブリン一匹たりとも通すなよ!」


 私と別れた後で合流できたのか、部隊にはイアンたちの姿もあったので安堵の息が漏れる。

 そして皆が必死に魔物を押さえている中、親衛隊の隊長が近づいてきて私の前で涙を流しながら跪いていた。


「よくぞ……よくぞご無事で!」

「ああ。醜態を晒してしまったが、皆の御蔭で命を救われた。感謝している」

「勿体なきお言葉! ジュリア様の御身は我々がお守りしますので、後は全てお任せを」

「頼む。だが……そうもいかないみたいだな」


 地響きに顔を上げてみれば、一体のギガティエントがこちらへ迫っていたのだ。

 聞けば部隊を向かわせた方は片付けたそうなので、あれは偽ラムダが乗っていた奴となる。爆発によって背中が抉れていても生きているとは、予想以上にしぶとい。

 だが、ここにはレウスがいる。

 彼に部隊の半数を預けて奴に向かわせるか、義兄さんとホクト殿に任せて全員で退くかと考えていると、剣を肩に担いだレウスがギガティエントを見ながら言い放った。


「ジュリア。皆を連れて先に戻ってろ。俺はあれを斬ってくる」

「ま、待て。ならば部隊から数人連れて……」

「一人で十分だ。それと出来れば、逃げながらでいいから俺を見ててくれよ。ライオルの爺ちゃんから教わった、本当の剛破一刀流を見せてやる」


 そして私への返事もなくレウスは駆け出し、ギガティエントへと正面から突っ込んだのである。

 普段であれば、誰かついて行けと周りに叫んでいたかもしれないが、彼の言葉に私は何も言えずただ見送ってしまった。

 気にはなるが、レウスを信じて退くとしよう。

 私の指示で陣形が整えられ、隊長に抱えられて移動を始めようとする中、魔物を蹴散らしながらギガティエントへと接近していたレウスは、放たれた触覚を避けるどころかそれを足場にして高く飛び上がっていた。

 その勢いで魔物の頭上を飛び越え、胴体を繋ぐ太い首の前まで来たところで、レウスは雄叫びを上げる。


「剛破……一刀!」


 そして振り下ろされたレウスの剣が輝いたかと思えば、剣よりも数倍長いギガティエントの首を一太刀で斬り落としたのである。

 あれが……真の剛破一刀流?

 何と力強く、美しい太刀筋なのだろうか。

 あの剣こそが私の到達するべき場所なのだと心が震え、こんな状態だというのに剣が振りたくて仕方がなかった。


「私も……いつか……」


 だがレウスの雄姿と剣を目に焼き付けている内に緊張の糸が切れたのか、私はそこで意識を失った。





 おまけ 最後の一撃は……。


 イアンたちがギガティエントの頭の上で、止めの一撃を放とうとした時である。


『急所は……ここだな。よし、やっちまえ!』

『待ってたぜ。うおりゃああああぁぁぁ――っ!』


 サ……ク…… ←刺さる音 ※スローモーション


「……何か、せつない音楽が流れそうな場面だな」

「石ではありませんが、相手は巨大ですからね」

「何故知っている!?」







 レウスが助けにくるのはちょっと見え見えな展開ですが、ジュリアが微妙に死亡フラグを立てたので、フラグブレイカーである彼の出番となりました。

 そしておそらく、ジュリアメインの語りはここで終わりになると思います。そろそろ佳境になるので。


 ちょっとした裏話ですが、実はジュリアは剛破一刀流についてはあまり知りません。

 適当に習った事がある者から聞いたり、なんちゃって剛破一刀流を見た事があるだけで、全て自己流で剣を磨き上げてきたのです。

 つまり天才ってやつで、もしジュリアが剛剣本人から直接剣の手解きを受けていたら、レウスを超える剣士になっていた可能性もあります。


 作者の脳内設定上、剛破一刀流の奥義『剛破一刀』は、シリウスたちと別れた後にライオルが完成させた技となります。

 ならその『剛破一刀』をレウスが使える理由は……次回にて説明する予定です。

 あとは、偽ラムダの考察も……かな?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ