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各々の役割



 地を埋め尽くす魔物の軍勢が前線基地へと迫ってきたが、何故か魔物たちは一定の距離を取ったまま行進を止めていた。

 いや、止まっているのは先頭の魔物だけで、後方にいる魔物は忙しなく動き回っているのが確認出来る。どうやら移動によって乱れた陣形を整えているらしい。


「陣形を維持しながらの移動は厳しいようだな。魔物を操る精度はその辺りが限界……という事か」


 それでも数だけは十分過ぎるので脅威なのは間違いない。

 はっきり言って隙だらけなのだが、弓も魔法も射程外なので手は出せない。俺の狙撃魔法なら狙えそうだが、こちらも大部隊で動いているので指示がない限り下手な真似はするべきではあるまい。

 魔物が攻めてくるまで見ているだけなのかと思っていたが、一番高い位置から全体を見下ろしていた守衛隊長……カイエンから指示が伝えられた。


『作戦を変更する! 迎撃部隊、前へ!』


 風の魔法『エコー』で基地全体へ届かせたカイエンの号令により、防壁の上で待機していたジュリアと獣王が選抜した精鋭部隊が動き始める。

 レウスやジュリア、そしてアルベルトとキースを含めたその精鋭部隊は、防壁を登ってきた魔物や、空から攻めてくる魔物を迎撃させる役割だった。

 しかし大型の魔物が予想以上に多く、数を増やした大型のバリスタでは対処しきれないとカイエンは判断したのだろう、昨日と同じく直接正門を守る作戦に変更したようだ。


「出るぞ! 門を開け!」


 ジュリアの号令によって開かれた正門から数百を超える兵たちが飛び出し、馬車に載せた荷物が運び出されると同時に門は閉ざされた。

 門を閉じたらいざという時に退けなくなるが、戦闘中に門を開ける方が危険なので、運び出された荷物で正門の前に休憩所が作られていた。水や食料に加え医療品等と、物資が惜しみなく用意されている。

 巨大な盾を並べて簡易的な防壁も築かれているが、それでもあそこは戦場で最も危険な場所であろう。しかしあの場にいるのは選ばれた戦士たちであり、更にジュリアやレウスという御旗もあって恐れなど微塵もなさそうだ。

 休憩所が出来ると同時に向こうも準備が終わったのか、魔物たちが咆哮を上げて再び動き出す光景をジュリアは呆れた表情で眺めていた。


「開戦の合図もなく突撃とはな。無粋な連中だ」

「どれだけ人を模倣しようと、所詮は魔物という事です。ジュリア様と我々の敵ではございません」

「ほう、頼もしいではないか。その言葉に見合う働きを期待しているぞ」

「「「はっ! 全てはジュリア様の為に!」」」


 昨日と最も違う点は、最初からレウスとジュリアがいるだけでなく、城の出発直前で会話をしたジュリアの親衛隊が加わっている点だろう。

 強く気高きジュリアに心酔し、共に戦えるようにと己を鍛え抜いた二百を超える精鋭が加わったのだから、前線の部隊はこちらの援護が必要ないと思えるくらいに頼もしい。


「何だあいつ等? 中々強そうかと思いきや、変な連中だな」

「そうか? メアリーの前にいるお前等とあまり変わらねえと思うぞ」

「ああ!? 俺の妹は世界一なんだから、夢中になるのは当然だろうが!」

「まあまあ二人とも、もうすぐ敵が迫ってくるからその辺にしておこう。今は作戦通りに動かないと」

「わかってるよ!」

「おう! 後ろは頼んだぜ」


 昨日はレウスとジュリアが前へ飛び出し、破城槌を持つオーガを優先的に斬り捨てていたが、今回は正門へ近づく魔物の迎撃だけに専念するように決めていた。理由は遠距離攻撃手段が増えた事により、下手に動き回れば味方を誤射する可能性が高いからだ。

 事前に矢や魔法を飛ばさない位置は決めてあるので、レウスたち迎撃部隊は正門より少し前へ出たところで陣形を組んで待機する。

 その間もゆっくりと前線基地へ迫る魔物たちだが、射程範囲に入る直前でカイエンは再び『エコー』を発動させて指示を飛ばした。


『弓兵、バリスタ用意!』

「「「全体、構えっ!」」」


 守衛隊長から部隊長へと指示が流れると、まるで機械のような正確さで一斉に弓とバリスタが構えられる。

 そして十分に魔物を引きつけたところで……。


『放て!』

「「「放てぇぇ――っ!」」」


 矢の雨が魔物たちへ降り注いだ。

 点ではなく面で放たれた矢が次々と魔物たちに命中し、少し遅れて放たれたバリスタの巨大な矢が大型の魔物へと刺さる。聞くところによると、前日は元守衛隊長が焦るあまり射撃の指示が明らかに早く、ほとんどの矢や魔法が当たらなかったそうだが、今回のはほぼ命中したようだ。

 更に矢を受けた魔物が転ぶ事により、後続の魔物が躓いて全体の足が僅かながら鈍ったので、カイエンは続けて新たな指示を飛ばす。


『各隊、掃射を続け! 三番、四番、バリスタ二番は空だ! 魔法隊は詠唱開始! もっと引きつけてから放てい!』

「「「続けて、放てっ!」」」

「射線変更! 左翼空中の魔物目掛け……撃てぇ!」

「俺たちは右翼の空だ! 手前等、よく狙えよ!」


 絶え間なく放たれる矢によって魔物を次々と仕留めていくが、それを上回る勢いで魔物が攻めてくるのできりがない。

 正に焼け石に水な状況だが、こちらは最大の利点である防壁を利用して地道に削るしかない。魔物の規模は不明なままだし、こちらの心が折れたら負けだな。

 一つのミスが全体の崩壊を招きかねない……そんな綱渡りのような状況ではあるが、カイエンの指示に迷いは一切感じられない。

 その堂々とした指揮と、ジュリアの勇猛果敢な戦いぶりが部隊全体を鼓舞しているらしく、恐れもせず戦い続ける兵士たちを見た獣王は感心するように唸っていた。


「知将カイエン……老いてもなお見事な指揮だ。我々も負けていられんな」

「ええ、小さいのは任せて大丈夫そうなので、俺は大きい奴を狙っていきましょう。マリーナはエミリアの援護を頼む」

「わ、わかりました。邪魔にならないよう、頑張ります!」


 さすがに前線へ出るのは危険という事で、レウスに言われて俺たちと合流していたマリーナは、離れた場所で身構えているエミリアの下へ向かわせた。

 血が繋がっていなくとも、姉妹のように語り合う二人を確認した俺は、射線の邪魔にならない位置に陣取り、狙撃に特化した魔法『スナイプ』の照準を空から近づく無数の魔物たちへ向ける。

 狙いは生半可な魔法や矢では対処が難しい、一際大きい飛竜や翼を持つ魔物である。手前は兵士たちの矢や魔法が蹴散らすので、奥の方で悠然と飛んでいる奴を優先にだ。

 中にはバリスタの矢でさえ弾きかねない鱗を持つ飛竜もいるようだが、この特殊な弾丸を放つ魔法ならば……。


「どれだけ体が頑丈だろうと、生物ならば弱点はある」


 放った弾丸は寸分狂いなく飛竜の目へと吸い込まれ、体内へ食い込むと同時に破裂して衝撃波を生み出す。

 体内かつ頭部に近い箇所での衝撃波に耐えられる筈もなく、目と口から血を噴き出しながら目標は地上へと落下していった。


「次弾……装填」


 普段よりかなり強力な弾丸なので、一発に込める魔力量とイメージを精密にしなければならないので連射速度が少し落ちるのが欠点だ。

 それでも『アンチマテリアル』よりは素早く撃てるし、魔力の消耗も少ないので、現時点において妥当な攻撃だろう。

 ある筈もない薬莢が排出される音までイメージしながら、俺は次々と目標へ弾丸を撃ち込み続ける。巨体ゆえに落とせば地上の魔物たちを潰せるので、タイミングを考えて落とす事も忘れない。

 そうして大型の魔物を順調に落としていく中、近くで魔物たちを睨んでいたホクトは……。


「オン!」

「おおっ! ホクト様が飛んでおられるぞ!」

「ホクト様っ!」

「いいか! ホクト様に決して当てるでないぞ!」


 俺の『エアステップ』を真似た移動法で、空を飛ぶ魔物たちへ正面から突撃していた。

 あの集団に突撃なんて無謀もいいところだが、心配は無用のようだ。その証拠に魔力の足場だけでなく、迫る魔物を踏み台にしながら敵陣の中で存分に暴れているからな。

 ちなみに俺はそんな指示を出した覚えはないので、あれはホクトの独断である。


「うーむ……何と頼もしき姿よ。しかしシリウスよ、あれは放っておいて良いのか?」

「構いませんよ。昨日と違い、今は対策が十分ですから」


 壁をよじ登ろうとする魔物の対策として、丸太や岩を落とすだけでなく油も撒いているからな。少なくともホクトが壁を走り回って掃除する必要はあるまい。

 そもそもホクトは呼べば即座に戻ってくるので問題はない。更にこちらの矢や魔法が届かない遠距離で戦っているので、例外である俺が誤射しなければいいだけの話だ。

 舞うように空中を飛び交うホクトは、飛竜の一撃を躱すと同時に相手の首元へ尻尾の一撃を叩き込んでいた。

 岩すらも軽々と砕く尻尾の叩き付けにより、あり得ない角度で首が曲がった飛竜は絶命し、落下し始める前に飛竜を足場にして次の魔物へと迫っている。

 やはり俺と同じく小物は兵士たちに任せるらしく、大物狙いで空を駆け回っているようだな。


「魔法による攻撃だけでなく、幻で足並みを崩すのです!」

「はい! 私の力を存分に味わいなさい!」」


 マリーナは数本の『フレイムランス』を同時に放つだけでなく、幻で炎の槍を無数に見せながら魔物たちを牽制していた。

 そうやって敵の列を乱し、あぶれた魔物をエミリアが魔法で仕留めるという、即興でありながらも見事な連携を見せている。


「槍隊、魔物を近づけさせるな! 魔法隊! 上級魔法の準備に入り、合図を待て!」


 カイエンに負けじと獣王も兵たちへ指示を飛ばし、槍衾での迎撃や、巨大な竜巻を起こす上級魔法『テンペスト』で、地上と空を同時に攻撃する準備をさせている。

 そして射撃の合間に地上へ視線を向けてみれば、正門を守るレウスたちが存分に暴れ回っており、正に鉄壁と呼べる頑強さを見せているようだ。

 今のところは順調……いや、全部隊が期待以上の働きを見せており、多少ながら余裕も生まれつつある。

 後は互いのミスを補いつつ、この状態を維持し続けられればいいのだが、魔物の後続が途切れる様子は全く見られないので油断は一切出来まい。

 今回の黒幕は、この状況を見ながら悔しがっているのか? それともほくそ笑んでいるのだろうか?

 確認しようにもそれらしき存在が戦場に見当たらないので、まだその時ではないという事だろう。

 俺は時期を見誤らないよう、全体に注意を払いながら魔物の処理に専念するのだった。




 ――― レウス ―――




「はああああぁぁぁぁ――っ!」

「うおりゃああああぁぁ――っ!」


 雄叫びを上げながら、ジュリアとキースが正門へと迫る魔物たちを次々と蹴散らしていく。

 今はあの二人が前に出ているので、俺は少し後に下がって二人が倒し損ねた魔物を斬る役目なんだけど、ほとんど抜けて来ないから退屈なくらいだ。


「作戦とはいえ、こんな所で暇になっているのも変な話だな」

「交代で休む為なんだから、レウスはもっと力を抜いたらどうだい? それと……ジュリア様が少し前に出過ぎているから下がらせた方がいいと思う」

「確かにそうだな。ジュリア、前に出ているからちょっと下がれ!」

「むっ!? ああ、わかった!」


 乱戦のせいかジュリアとキースが自然と前へ出てしまう事が多いから、俺たちの位置をしっかり見てくれるアルベルトがいて助かるな。

 俺の声に気付いたジュリアが少し下がったのを確認したところで、アルベルトが近くの魔物を斬りながら声を掛けてきた。


「レウス、気付いているかい?」

「……ジュリアの事か?」

「ああ。少し張り切り過ぎていないか? 戦い始めてから一切休まず戦い続けているし……」


 俺たちの役割は正門へ近づく魔物を倒す事だ。

 でもずっと戦っていると疲れちまうから、周りの兵士たちと同じように俺とジュリアとキースは交代しながら戦う話だったのに、ジュリアは一向に交代しようとしない。

 さっきみたいに下がるのは聞いてくれるけど、交代だけは断られてしまうので、今のところ俺とキースが数回交代しただけだ。


「おそらくジュリア様は王女としてだけでなく、皆の英雄として勇猛果敢に振る舞おうと必死なのだろう。けど一人で無理をし過ぎるのも良くはないし、そろそろ強引にでも交代した方が……」

「……別にいいんじゃねえか? ジュリアが前で戦い続けたいのなら、好きにさせてやろうぜ」


 苦戦どころか疲れている様子もないし、一人じゃなくキースが一緒だから平気だろう。時折だけど笑いながら剣を振っているしな。


「しかし、このまま彼女だけに無理をさせるわけにはいかないぞ」

「だからジュリアにも立場ってやつがあるんだろ? それだけ頑張っている奴の邪魔を俺はしたくないし、幾ら何でも倒れるまで剣を振るう馬鹿な真似はしねえだろ」

「確かにそうだが……」

「それに俺たちが近くにいるんだ。いざとなれば無理矢理でも代わればいいし、何かあればいつでも飛び出せるように身構えていようぜ」


 俺たちに経験をさせようと、後から温かく見守り続けてくれる兄貴みたいにな。

 それに、ジュリアが戦っているのは故郷を守る為だ。

 もし銀狼族の……俺の故郷が残っていて魔物に襲われたりしたら、俺は自分の手で守りたいと思う。だからなるべくならジュリアの邪魔をしたくないんだよな。

 そう考えながらジュリアを避けてきた魔物を真っ二つにしていると、俺を見ているアルベルトが穏やかな笑みを浮かべている事に気付いた。


「……不思議だな。一瞬だが、レウスが先生みたいに見えた気がしたよ」

「そうか? 兄貴ならもっと先を読んで動くと思うぜ?」


 実際、兄貴は空を飛ぶ魔物を手当たり次第に狙っているように見えるけど、他の魔物を多く巻き込める場所に狙って落としているからな。

 ジュリアが危なくなったら飛び出す……とか答えている俺とは全然違うだろ。

 つまり兄貴と並び立つにはまだ色々と足りねえってわけだが、焦っても仕方がないのもわかっているので、俺は俺で出来る事をやっていくだけだ。


「後へ回ろうとする奴等を一体たりとも近づけさせるな! ジュリア様の背中は我々が守るのだ!」

「そこ、抜けが出始めているぞ! キース様の邪魔をさせるなよ!」

「三番隊、下がって休め。一番隊が入るぞ!」


 とはいえ、ジュリアとキースの兵士たちが二人を守るように動き、アルベルトが状況を見て交代の指示も出しているので、俺の出番はほとんどなかったりする。

 本当ならキースと交代してもらい、ジュリアと一緒に剣を思いっきり振り回したいところだけど……。


「ただ待つ……ってのも少し辛いもんだな。けど今は我慢だ、我慢!」


 俺が全力で戦う時は必ず来る筈だ。

 なるべく力を温存しつつ、ジュリアの動きに気を付けながら俺は戦い続けた。




 それから昼食を食べる時間が過ぎ、数えきれない程魔物を倒し続けていたけど、正門……いや、前線基地に攻めてくる魔物が尽きる事はなかった。

 俺は時折キースと交代しながら魔物を斬っていたが、ジュリアだけは食事の時に一度休んだだけで、ずっと前で戦い続けている。

 さすがに半日近く剣を振り続けているジュリアの調子が気になってきたが……。


「なあ、そろそろキースと交代したらどうだ? せめて水くらい飲んでこいよ」

「心配してくれるのは嬉しいが、私は平気だよ。一日中剣を振っていた時に比べたら、これくらい軽いものさ!」


 魔物の返り血で体が汚れていても笑みを浮かべるどころか、何かライオルの爺ちゃんみたいな事を言いだしているし、本当に大丈夫そうだな。

 兵士たちの中には怪我人や疲れた奴が出ているけど、それも少しだけなので大きな影響はない。寧ろジュリアの戦いぶりに引っ張られているのか、少し休憩したら元気になって戻ってくるから不思議なくらいだ。

 もちろん俺もキースもまだまだ戦えるので、正門の守りは完璧だろう。二日でも、三日でもかかってきやがれって感じだ。

 他の守りはどうなっているのかと空を見上げてみれば、空中を飛び回りながら大型の魔物を倒すホクトさんの姿が見える。地上と同じく空の魔物も次々と現れるけど、兄貴とホクトさん、そして防壁から放たれる無数の矢や魔法によって被害はほとんど出ていない。

 そして正門を避けて防壁をよじ登ろうとする魔物たちだが、上から落とされる丸太や岩によって次々と叩き落とされるどころか、何もしていないのに滑り落ちる奴も結構いたりする。ただの油でも、上手く使えば便利なもんだな。

 けど倒した分だけ魔物が下に積み重なり、それを足場に登ろうとする魔物もいたので、時折だが風の上級魔法『テンペスト』による巨大な竜巻で壁を登る奴ごと地上が薙ぎ払われていた。


「今のはエミリアさんの『テンペスト』だな。威力だけでなく、竜巻を生み出す位置が絶妙だ」

「へっ、あの馬鹿野郎が逆らえないわけだぜ」


 兄貴から新たな連絡はないし、俺たちに下がれという指示もない。

 このまま戦い続けて問題はないと考えていたその時、俺たちの前に妙な魔物が現れたのだ。

 見た目はただのゴブリン……だと思う。

 でもよく見ると体に不思議な模様があったり、あまり嗅ぎたくない匂いを放っていた。おまけに周りの魔物たちが、そのゴブリンだけを避けている気もする。

 剣を一振りすれば倒せそうな魔物でも、本能が危険だと叫んでいる気がしたので、そのゴブリンに斬りかかろうとしたジュリアの肩を俺は反射的に掴んで止めていた。


「ちょっと待て! あいつに近づいちゃ駄目だ」

「確かに怪しいが、今は警戒している手間も惜しい。攻撃する前に斬ってしまえば問題はあるまい?」


 先に斬ればいいという気持ちはわかるけど、どうしても気になって仕方がない。

 少し不満気なジュリアを落ち着かせながら、近づかれる前に魔法を放とうとしたところで、突然ゴブリンの片足が吹き飛んだのである。


「むっ!? 誰の魔法だ!」

「今のは……兄貴か?」


 風の魔法にしては速過ぎるし、後の兵士たちが放ったように見えなかったからな。

 けど兄貴だとしたら、何で頭じゃなくて足を狙ったんだ?

 兄貴が狙いを外すなんて思えないし、空の魔物に集中しているのにわざわざあいつを狙ったって事は、何か意味があるに違いない。


「何だよ、まだ生きてるじゃねえか。ちゃんと仕留めろよな」

「いや、先生はおそらく動きを封じる為に足を狙ったんだ。下手に近づかない方がいい」


 アルベルトも変だと思ったのか、前に出ようとするキースを止めてくれていた。

 そして倒れたゴブリンを避けて迫る魔物を数体斬り捨てたところで、再び放たれた兄貴の魔法によってゴブリンの頭が吹き飛んだ瞬間……魔物の体が炎を撒き散らしながら爆発したのである。

 衝撃波による爆発はしても、炎を撒き散らす魔法を兄貴は使えたっけ?

 もしかしたら新しい魔法……何て考えたりはしたけど、同時に聞こえてきた兄貴の『コール』で違うのがわかった。


『妙な魔力反応を感じて試したが、死ぬと自爆するようになっているのか?』


 独り言のように聞こえるのは、俺へ情報を伝える意味もあるんだろうな。

 魔物を斬りながら兄貴の声に耳を傾けている間に、またあの怪しいゴブリンが現れたので、先程と同じように兄貴の魔法で動けなくさせられていた。


『レウス、魔物の体に魔石らしきものが埋め込まれているのが確認出来た。それが爆発した理由のようだ』


 炎が散っていたのは、魔石に刻まれた炎の魔法陣が発動したってわけか。

 そして死ぬと発動する……というのを確認する為に、兄貴がその魔石を撃ち抜いた後で頭を狙って止めを刺せば、今度は爆発せずにゴブリンは死んでいた。


『近くにいるお前から見て、あれはどう思った? 詳しく聞かせてくれ』


 遠くから見えても、近くじゃないとわからない事もあるからな。

 要望通り俺がゴブリンから感じていた事をチョーカーの魔道具で伝えれば、考えをすぐに纏めた兄貴が説明してくれた。


『他の魔物を遠ざける匂いで同士討ちを避け、体に描いた魔法陣で生死を判断しているのかもしれん。つまりあれは自爆させる為だけに改造された捨て駒ってわけだ。巻き込まれないように遠距離から仕留めるか、体にある魔石を狙え』

「わかった!」


 兄貴の『コール』は俺にしか聞こえなかったので、今の内容を皆へと伝えた。

 突然始めた俺の説明に首を傾げる奴も多かったけど、すぐに信じてくれたジュリアとアルベルトの御蔭で皆納得してくれたみたいだ。

 つまり、近づいてくる魔物を手当たり次第倒すのと違い、これからは自爆する魔物に気を付けながら戦わなければいけないわけか。

 あの爆発は中級魔法並なので、下手に食らってしまえばしばらく戦えなくなるだろうな。


「ジュリア様、また例の奴が出てきましたぞ! 我々が魔法で仕留めてー……」

「必要ない!」


 普通に考えたら遠距離から倒すべきだと思うけど、俺たちは魔法よりも武器で戦ってきたんだ。どれだけ的が小さくても、狙った場所を斬るなんて難しくはない。

 俺と同じ考えだったのか、兵士たちが止めるのを気にせず爆発する魔物へ近づいたジュリアは、相手の体に埋め込まれた魔石を正確に斬り裂き、返す刃で首を斬って止めも刺していた。


「……なるほど、確かに爆発しないな。この程度の手間なら問題はなさそうだ」

「お、こっちにも来やがったな! おらあああぁぁぁ――っ!」

「少し不本意だが、ここは逆に利用させてもらおう」


 一方、キースはトマホークの一撃で魔物を魔石ごと真っ二つにし、アルベルトはあえて止めを刺さず、死ぬ直前で敵陣の中へ蹴り飛ばして他の魔物を爆発に巻き込んでいた。斬るばかりの俺たちとは違うぜ。

 もちろん俺も狙いを外さず魔石を破壊しているけど……何か嫌な気分だ。

 攻めてくる魔物は俺たちの敵だから、同情しているわけじゃない。

 でも碌に戦わせないどころか、こんな命を軽々と捨てるようなやり方をさせる奴がどうしても気に入らねえ。

 それはジュリアも同じ気持ちなのか、少し悔しそうな表情を浮かべながら剣を振るっていた。


「剣士として、戦いもせず果てるなんて屈辱以外なんでもない。それが敵である魔物だろうと、見ていて不愉快だ。このような運命を与えた連中を絶対許さんぞ!」

「……ああ!」


 兄貴の予想では、あのラムダって野郎が一番怪しいと睨んでいるけど、それを考えるのは後回しだ。

 こんなくだらねえ事を仕出かす連中に一撃食らわせてやる為に、そして……こんな俺でも好きだと言ってくれた三人の為にも、生き残る事を優先しないとな。




 ――― シリウス ―――




 それからも激戦は続き、日が沈み始めた頃……昨日と全く同じ時間に魔物たちは突撃を止めて一斉に逃げ出した。

 魔物たちが逃げる姿に兵士たちが勝ち鬨を挙げているが、本気で喜んでいるのは少なく、明日への不安を覚え始めている者も多々見られる。

 そして前日と同じく会議室で明日に向けた作戦会議を行い、ホクトが持ってきてくれた獲物の肉で夕食を作った後、俺たちは食堂で本日の状況について語り合っていた。


「被害は出たが、何とか今日を乗り越えられそうだな」

「はい。昨夜と同じく夜の襲撃がなければ……の話ですが」


 俺たちは大きな怪我もなく全員無事であるが、兵士たちの死傷者はそれなりに出ているようだ。

 しかしこれだけ大規模な戦闘にも関わらず、被害は圧倒的に少ない。これも部隊全体の働きとカイエンの作戦、そして怪我人を救った治療魔法使いたちの御蔭だろう。

 その治療の中心となっていたリースだが、やはり負担が大きかったのか、俺たちと合流するなり空腹と眠気に襲われ、今は寝ぼけ眼で食事をしていた。


「もぐもぐ……もっと……」

「ああ……これだけでもここへ来た甲斐があったわね!」

「このような機会は滅多にありません。リーフェル様、存分に堪能しましょう!」


 食事と言っても、リーフェル姫とセニアによって食べさせてもらっているのだが、どちらも幸せそうなので放っておいて良さそうである。

 『スキャン』で確認したところ、リースの体調は単純に疲労が溜まっているだけなので、栄養を摂ってゆっくりと休めば朝には回復している筈だ。


「兄貴、リース姉が平気なのはいいけどさ、ジュリアは本当に大丈夫なのか?」

「私も心配……かな。あの人はレウスよりずっと戦い続けていたし」


 最早当たり前のように俺たちと一緒にいるマリーナが、レウスと一緒に俺を見ていた。

 実は先程までジュリアも一緒だったのだが、彼女は食事が済むなり自室へと戻ったのである。

 疲れている様子はなかったが、食事休憩以外は一日中戦い続けていたので、やはり疲れが溜まっていたのだろう。

 だったらわざわざ食堂へ来ず、部屋に食事を運ばせれば良かったのではと質問するレウスに、ジュリアは爽やかな笑みを浮かべながら答えた。


『私がレウスとマリーナと一緒に食事したかったからさ。どれだけ疲れていようと、愛しき者たちとの語り合いを忘れるなんてしたくないからね』


 そう恥ずかしげもなく語ったジュリアは、こちらの返事も聞かず立ち去ったのである。

 前日の宣言通り、レウスだけでなくマリーナにも全力で好意をぶつけてくるので、まだ慣れていない二人はどう反応すればいいか迷っているようだな。

 しかし今回に至っては状況が状況なので、二人はジュリアの健康状態が気になって仕方がないようだ。


「心配しなくても、疲れを明日に持ち越すような子じゃないさ。その為にいつもより早く部屋へ戻ったんだからな」

「でもさ、せめてリース姉……は疲れているから駄目だけど、兄貴の力で調子を整えてもらえば良かったのに」

「それが必要ないくらいだったから安心しろ」


 許可を得て触れた『スキャン』による診断の結果、ジュリアは肉体より精神面での疲労が大きいようだ。ずっと気を張り続けていたのだから当然の話でもある。

 あれだけ戦い続けて五体満足どころか疲れている程度で済んでいるので、普段から体を鍛えているのがよくわかる。レウスから聞いた、一日中素振りをしていた時より楽だ……という話は本気なのだろう。


「だから今後もお前の思った通りに動けばいい。その為に備えていたんだろう?」

「……おう!」


 戦闘中、ジュリアの猪突猛進な行動をあまり止めないどころか、何かあれば即座に飛び込めるように体力を温存しているように見えたからな。

 それだけジュリアの立場と体調を気に掛けるのはいいのだが、隣のマリーナは少しだけ不満そうだ。

 頭で理解はしていても、女性として嫉妬はしてしまうのだろう。


「あ、もちろんマリーナも気をつけろよ。兄貴や姉ちゃんの傍からなるべく離れないようにな」

「私より危険なのは貴方の方でしょ? リースさんの負担をこれ以上増やさないように気をつけなさい」

「わかっているって。でもマリーナが元気じゃないと俺が心配だし、肉も焼いてもらえないだろ? マリーナの焼く肉は美味いんだから、明日も作ってくれよ?」

「私は飯炊きじゃないわよ!」


 言葉とは裏腹に、少し嬉しそうにしているのは気のせいではあるまい。どうせなら、毎日俺の為に肉を焼いてくれ……何て言っても良かったと思うが、さすがにそれは高望みし過ぎか?

 まあ、きちんとマリーナを気に掛けてはいるので、横を見れば及第点だと言わんばかりにエミリアが頷いていた。

 とりあえずリースとジュリアに問題はないと結論が出たところで、今後について話し合う事となった。


「シリウス様、明日はどのように動くつもりでしょうか?」

「現時点で何とか対処出来ているから変更はない。状況に合わせて臨機応変にだ」

「……それで本当にいいのかしら?」


 するとリースに食事を食べさせていたリーフェル姫が会話に入ってきた。

 まあ苦戦する程にリースの負担が増えるわけだし、そんな曖昧な考えで大丈夫なのかと心配にはなるだろう。

 ちゃんと先を考えているんでしょうねと訴えるような視線を向けられたので、俺は肯定するように頷く。


「策は幾つかあります。ただ実行するには早いものもあり、また他国の問題に俺が出張り過ぎるのはよくありませんから」

「言いたい事は理解出来るけど、あまり出し惜しみするのもどうかと思うわ」

「はい。シリウス様が何も考えていないとは思えませんが、もう少し安心させていただきたいものです」

「ああ。ここには姫様とリースがいるのだからな」


 遂にはセニアとメルトまで目を細めていたので、少しでも安心させる為に現時点で考えている策を幾つか告げる事となった。


「……なるほどね。信じていないわけじゃないけど、本当に大丈夫なの? 間に合わなかったじゃ済まないわよ」

「どうしようもなければ、サンドールへ一時撤退ですね。俺とホクトが殿を受け持ちますから、いざという時はリースを頼みます」

「言われずとも連れていくわよ。まあ今の私たちは碌な手伝いも出来ないし、退き際をきちんと考えているなら、これ以上何も言わないわ。その策とやらを使う事態にならないよう祈っているわよ」


 個人的にあまり使いたくない手札だし、未だに本命の姿が見えないので、今は耐え忍ぶしかあるまい。

 とはいえ、ジュリアの活躍もあって基地全体の士気は十分高いし、サンドールから補充の人員と物資が何度も届いてはいる。

 少なくとも今日以上の戦力で攻められたとしても、前線基地が落とされる可能性は低い。

 まだ切り札を切るには早いと結論付け、俺たちはいつもより早く眠りにつくのだった。




 だが……物事ってのは予想通りに進まないものが多い。

 人員と物資が十分であり、入念な準備と作戦を立てていたのだが、三日目にして綻びが生まれ始めたのだ。

 魔物たちの猛攻が更に激しくなったせいもあるが、一番の問題は……。


「なっ!? す、すぐに盾と槍を前面へ押し出せ!」

「急げ! 盾がないのならば身を持って防げ!」

「何としてもジュリア様を守るのだ!」


 誰よりも前で戦い、兵士たちを鼓舞していたジュリアが前線から下がる事になったからである。



 自分で書いておいてなんですが、守る側は防壁という有利な点があるのに、わざわざ正門前に出て迎撃するのって危険過ぎると思うんですよね。

 しかしファンタジー世界では、どれだけ頑丈な門でも破壊出来そうな大きい魔物が沢山存在しますし、レウスやジュリア等といった一騎当千な実力者もいるので、この話では敢えてそのような作戦を取っています。

 というか、そうしないとレウスが活躍出来ないという作者の都合だったりしますが。

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― 新着の感想 ―
[一言] それは確かに思ったw 歴史上の防壁も流石に魔物は想定してないですしねw もしいたら砦の形なんかも変わってたのか?
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