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始まりの時

前回までの、大雑把過ぎるあらすじ


 サンドールの王様が目覚めて、堕落した城の連中を矯正し始める。

 レウス……ノワール(ロリ)とマリーナ(ツンデレ)に続き、ジュリア(剣馬鹿姫)から告白される。




 サンドール国の王女である、ジュリア・フィル・サンドール。

 彼女は王族の身でありながら剣の道を志し、現サンドールにおいて最強と謳われるフォルト将軍と唯一渡り合える剣士である。

 誰もが振り返る程に容姿端麗であり、輝く金髪を靡かせて戦う姿は、男性だけでなく女性をも惹き付ける魅力を放っているそうだ。

 そんなジュリアを伴侶にしたいとプロポーズする者は数多く現れたが、彼女は全て断ってきた。

 中には強引な手段に出る者もいたそうだが、ジュリアの剣技によってあっさりと叩きのめされるので、正に高嶺の花と呼ばれるに相応しい女性でもあった。

 彼女とは剣以外に結婚出来るものがいないのでは……なんて噂が立ってしまう程のジュリアから、レウスは伴侶になってほしいとプロポーズされたのである。




「……そのような事情があったのですね」

「ああ、王の引退や継承者の決定も合わせて、あの場は完全に混沌と化していたな」


 会議室を騒然とさせたジュリアのプロポーズから数分後、俺たちは仲間たちが待つ自分の部屋へと戻ってきていた。

 そして戻ると同時にエミリアが紅茶を用意してくれたので、一旦落ち着いてから会議の内容を報告したわけだが、予想を超える展開に皆もどう反応すればいいかわからないようだ。

 王の継承やラムダの問題も大事ではあるが、今の俺たちにとって一番気になるのはレウスとジュリアの件であろう。

 何かを誤魔化すようにテーブルに置かれた菓子を食べ続けているレウスへ、姉であるエミリアは鋭い視線を向ける。


「それで? 貴方はジュリア様の告白に何て答えたのでしょうか?」

「いきなり言われてもわからねえから、ちょっと待ってほしいって……」

「うーん……さすがに今回はレウスの気持ちがわかるかも」

「そもそもあんな場で告白するのが変なのよ。で……貴方は何でここにいるのかしら?」

「もちろん、レウスの親族に改めて挨拶をする為さ」


 当然のようにレウスの隣で座っているジュリアへ皆の視線が突き刺さるが、当の本人は全く気にする事もなく優雅に紅茶を飲んでいる。


「それとあのような場で告白をしたのは、私の気持ちがどうしても押さえきれなかったからだ。情けない話だが、まだまだ心が未熟な証拠だよ」

「思い立ったら即行動か。貴方らしいわね」

「あの、ジュリア様は王様の下にいなくても平気なんでしょうか?」

「シリウス様の話によれば、向こうでは重要な話し合いが行われているとお聞きしましたが?」


 今頃サンドール王は、次期継承者であるサンジェルと一緒に重鎮たちを一人一人審問している筈だ。

 ジュリアが絶対に必要とは言わないが、せめて王族として会議室にはいるべきだと思う。

 しかしその問い掛けに対して、ジュリアは気にした風もなく笑うだけである。


「父上から必要はないと言われているから問題はない。寧ろ運命の相手を見つけたのならば、意地でも手に入れて来い……と言いながら快く送り出してくれたよ」


 確かにあの王ならば言いそうである。

 それでいいのかと思わず首を傾げるエミリアとリースであるが、そんな二人へジュリアは王子様のような爽やかな笑みを向けていた。


「それと一つ頼みがあるんだ。臣下がいない場では、私の事を様付けで呼ぶのを止めてほしい。特に貴方たちは、将来私の義姉さんになるかもしれないからね」

「……呼び方については追々話すとして、今はレウスの事を優先しましょうか。この際はっきりとお聞きしますが、ジュリア様は何故レウスを伴侶に選んだのでしょうか?」

「そうね。相手がいなければ剣と結婚するしかない……なんて冗談を言っていた貴方が、いきなりそんな事を言い出すんだもの。是非とも理由を聞きせてほしいものね」

「やっぱりジュリア様ー……さんを守ってくれたからですか?」


 これまでの状況から考えるに、ジュリアは強い男が好みだと思う。

 そしてレウスはジュリアとの模擬戦で勝つどころか、ヒルガンの手から彼女を救った上に、敵の攻撃から身を挺して守ってくれたのだ。

 だからジュリアが惚れるのもわからなくはないが、彼女の様子からそれが決めてではない気がするのである。


「確かに私を守ってくれたレウスに心を動かされたのは事実だ。しかし伴侶にしたいと思った一番の理由は、私の尊厳を……髪を守ってくれたからなのだ」


 己の髪を慈しむように撫でるその姿は、彼女が初めて見せる実に女性らしい仕草でもあった。

 剣士を志す者にとって長い髪は邪魔なので、何故切らないのか疑問には思ってはいたが、その理由をジュリアはゆっくりと語り始める。


「幼い頃に亡くなった母上は、私を誰よりも可愛がってくれた。王の妻という立場でありながらも、私の世話を侍女に任せたりはせず、毎日のように私の髪を櫛で梳きながら綺麗だと褒めてくれたのだ」

「それは……素晴らしいお母様ですね」

「私のお母さんも毎日梳いてくれたなぁ……」

「私が剣を習いたいと言った時も、やりたい事が出来たのなら精一杯やってみなさいと背中を押してくれた。私にとっては父上より尊敬する御方でもある」


 あの王の妻だけあって、芯が強そうな女性のようだ。

 すでに思い出としてふっ切れているのか、悲しそうな雰囲気をジュリアは見せなかったが、真剣な表情で己の髪に巻いた小さなリボンに触れていた。


「そんな母上がよく言っていたのだ。強くなる事は大切だし、男の子みたいに振る舞うのは構わないけど、貴方もいつか好きな男性を見つけて結ばれる女の子だから……とね」

「やはり母親として、その辺りを心配はしていたようね」

「もしかして、髪を大事にしているのは理由って……」

「ああ、髪の手入れだけは怠らないようにと、母上は亡くなる間際まで口にしていたのだよ。貴方の綺麗な髪に惹かれた男の子たちの中に、運命の相手が見つかるかもしれないからと」


 ジュリアの母親は運命と口にしているが、そこまで深い意味はなかったと思う。

 おそらく剣に夢中なジュリアを、少しでも多くの男が興味を持ってもらえるような苦肉の策みたいな気がする。

 実際、彼女の輝くような金髪は男女問わず魅了しているからな。


「私にとって髪は母上との絆なのさ。だがその髪を……あの痴れ者は遠慮なく掴んだ」

「髪を切るのを躊躇っていたのは、そういうわけだったんだ」


 散々迷ったが、身の安全より髪を優先すれば母親に怒られそうだとジュリアが決意を固めたその時、レウスが飛び出してきてヒルガンの腕を斬り飛ばしたわけだ。


「あの場では私の髪を斬った方が確実だった筈なのに、それでもレウスはヒルガンの腕を斬ってくれた。そして髪を粗末に扱うヒルガンを本気で怒ってくれたのだ」

「あれは……俺があの野郎が許せなかっただけだよ。ジュリアの為だけじゃねえし」


 最初に斬りかかった時、二人の剣をヒルガンは生身の腕で止めていたからな。

 だから腕を狙ったのはジュリアの髪だけではなく、純粋に悔しかったからだとレウスは言いたいらしい。


「だが、私の為に怒ったのは事実だろう? あの時、君が怒りながら発した言葉は私の心を激しく揺さぶったんだ。自分が女だというのを、これでもかと思い知らされたよ」


 自分より強く、他人を守れる優しさに溢れ、女性の髪の大切さを知っている。

 つまりジュリアにとってレウスという男は、直球とも言える程に好みだったわけだ。正に運命の相手が現れたようなものだろう。


「思えば君の真っ直ぐな剣を受けた時から、この気持ちは芽生え始めていたのかもしれない。だが私は怒りに任せて君を追いかけ回すという、実に無様な姿を晒してしまった。我ながら本当に情けないと思うよ」


 これで頬を染めて恥ずかしそうにしていれば、さぞ多くの男たちを魅了したかもしれないが、相変わらずジュリアは凛々しい表情で頷くだけである。

 そんな微妙なこと考えている俺と違い、エミリアたちはジュリアの真剣な想いを理解したのか、自然と表情が和らいでいた。


「どこか抜けている私の弟を、そのように思ってくれて嬉しく思います」

「まさか貴方がレウスを選ぶとはね。まあ色々と鈍くて子供っぽいところはあるけど、将来いい男になる素質は持っていると思うわよ」

「でも、レウスには……」

「はい。ジュリア様にはきちんと伝えるべきでしょう」


 そこで言葉を止めたエミリアは、貴方から話しなさいと言わんばかりにレウスへ視線を送っていた。

 そんな姉の目線に怯みはしたものの、怒ってはいない事に安堵したレウスは、少し考える素振りを見せてからジュリアへと体を向けた。


「あ、あのさ。ジュリアの気持ちは嬉しいんだけど、俺にはもう恋人がいるんだ」

「ふむ、何人いるんだい?」

「へっ!? え、えーと……二人……かな? ノワールとマリーナって子なんだけど……」


 思わぬ返答と、もっとはっきり言いなさいと訴える姉たちの視線に困惑しながらも、レウスは何とか答えていた。

 俺たちにとって家族のような存在であるノエルの娘……ノワール。

 そしてレウスの親友であるアルベルトの妹……マリーナがレウスの恋人である。

 気になるのは、ジュリアが当然とばかりに人数を聞いてきた点だが、これは予想していたという事なのだろうか?

 おまけに嫉妬どころか残念そうにする素振りも見せていないが、マリーナの名前を聞くなり何かを思い出したかのように頷いていた。


「マリーナとは確か……アルベルト殿の妹だったかな? そうか、あれ程しっかりした彼女ならわからなくもない」

「ジュリアはマリーナと話した事があるのか?」

「面と向かって話した事はないが、アルベルト殿の傍に控えて色々と補佐している姿を何度も見たよ。そうか、つまり私は三番目というわけか」

「さ、三番目!?」

「ノワール殿の事は知らないが、二人の後に告白したのだ。私が三番目なのは当然だろう?」


 どうやら恋人が複数いる点は気にしていないようである。

 色々と突っ込みたい部分はあるが、まだレウスの本音が伝わっていないので、俺たちは口を挟まず二人のやり取りを眺めていた。


「なあ、そもそも俺はジュリアの事が好きかどうかさえわかっていねえんだぞ? いきなり伴侶とか言われても困るって」

「む、それもそうだな。高揚するあまりにレウスの気持ちを考えていなかったよ。すまなかった」

「そっか。じゃあしばらくはー……」

「では改めて聞くが、どうすれば私を伴侶にしてくれるんだい? 今まであまり意識はしていなかったが、周りの反応から私は男性に好まれる顔と体つきをしているぞ?」

「だから急に決められねえって!」


 少しでもレウスの気を惹けるならばと、ジュリアの攻めは続く。

 しかし普段のレウスならもっとはっきり断ると思うのだが、どこか迷っているように見える。

 おそらく心のどこかではジュリアを好ましく感じており、振り払う事によって嫌われてしまうのを恐れているのかもしれない。

 レウスの好みは見た目ではなく人の本質なので、それだけジュリアの真っ直ぐな性格と好意がレウスの心を揺さぶっているのだろう。

 とはいえ、この王女様は色んな意味で規格外な女性だからな。

 初対面が模擬戦という剣士同士のやり取りから始まったせいか、ジュリアの事を女性としてではなく、友のような感覚でいたから戸惑っている可能性が高い。


 まあ、その辺りは時間が解決しそうだが……一つ大きな壁がある。

 三人も妻を娶った俺が口を挟む資格はなかったが、同じ考えをしていたリースとリーフェル姫が代弁してくれた。


「あの……ジュリアさんはレウスを婿に迎えるつもりなのでしょうか?」

「そうよ。私たちは別に反対しているわけじゃないけど、レウスとの結婚は貴方の立場的に色々と厳しいんじゃないの?」


 気さくに俺たちと接してくれても、彼女が王族という点は変わらないのだ。

 それゆえの質問だというのに、ジュリアは特に動揺もせずあっさりと答える。


「婿になってくれるに越した事はないが、私はどちらでも構わないと思っているよ」

「つまり婿になれば俺はこの国の王族になるって事か? 別になりたくはねえんだけど」

「そうか。ならば私が嫁に行くとしよう。次の王は兄さんで決まったから、私はある程度自由にしても構わないだろう」

「そんな簡単に決めていいのかなぁ……」

「もう少し悩むとか、周りと相談してから決めなさいよ」

「父上は私に伴侶が出来るのを諦めていたから全力で応援してくれるだろうし、レウスの実力を知れば周りも納得するだろうさ」


 国の王女が政略結婚に使われる話を聞くが、ジュリアの場合はそれに当てはまる事はなさそうである。

 それにあれだけいた重鎮全員が碌に反論出来なかったサンドールの現王……ジュリアの父親が応援している以上、身分差による問題は本気で心配しなくても良さそうだ。

 そうなると後はレウスの心次第というわけだな。

 問題があるとすれば、レウスの恋人であるノワールとマリーナがどういう反応を見せるかだが、こればかりは実際に会わないとわからないので、今はどうする事も出来まい。


 とりあえずレウスとジュリアは互いをよく知る為に、テーブルを挟んで話し合う事となった。

 エミリアたちも会話に加わって(監視して)いるので、何だか保護者同伴のお見合い……いや、状況からしてお見合いみたいなものだろう。


「えーと……ジュリアの趣味は何だ?」

「私の趣味か? もちろん剣を振る事さ」

「俺もだ。剣を真上から真っ直ぐ振り下ろしていると、何だか心が落ち着くんだよな」

「その気持ちはよくわかるぞ。やはり剛破一刀流になると、剣は振り下ろす事が主体になるのかい?」

「まあな。ライオルの爺ちゃんから、基本だからって散々叩き込まれたからな」


 お見合いとは程遠い会話だが、話は弾んでいるので間違ってはいない……と思う。

 あれならしばらくは放っておいても大丈夫そうなので、俺は席を外して部屋のベッドに座っているフィアの前へやってきた。

 フィアが会話に参加していなかったのは、彼女にカレンとヒナの様子を見てもらっていたからだ。

 近くで伏せていたホクトの頭を撫でながら、フィアの隣にあるベッドへ視線を向けてみれば、カレンと竜を抱きしめたヒナが仲良くベッドに潜り込んで寝息を立てていた。


「……よく眠っているようだな」

「ずっと気を張っていたみたいだからね。ここが安全だって理解したら、気絶するように眠っちゃったわ」

「そしてカレンも限界を迎えたわけか」


 どちらにしろ、子供ならすでに眠っている時間だからな。

 まだ解決していない問題は多いが、今は何もかも忘れてゆっくりと休んでほしいと思う。

 そして穏やかに眠る二人を眺めるフィアの隣に座ったところで、俺は声を潜めながら報告を聞いた。


「それで、何か分かった事はあるかい?」

「あまり会話は出来なかったけど、少なくともヒナちゃんはこの町の子供じゃないって事だけは判明したわ」


 ラムダと共に逃げたルカの説明によれば、ヒナは町に住んでいた子供を雇ったと言っていたが、実際は別の大陸で奴隷として売られていた子供らしい。

 本人は当時の事をあまり覚えていないそうだが、この国に仕える前のラムダたちに買われた後、彼女はずっと言われるがままついてきたそうだ。


「けど、ヒナちゃんは命令された通りに竜の世話をしていただけで、重要な事は何も聞かされていないみたい。ただ……腕や足に怪我とは思えない傷痕が幾つもあるのが気になるわね」

「実験の結果……かもしれない。おそらくラムダたちは、この子の能力に気付いたからこそ連れ回していたんだろう」

「危険はないって言っていたけど、シリウスはヒナちゃんの何を知ったの?」


 真剣な表情でこちらを見るフィアに俺はゆっくりと頷く。

 ここへ戻る途中に行った『スキャン』で、ヒナの体内にラムダの手が加えられた形跡はなかったが、彼女の体は……。


「どうもこの子には、竜の血が流れているみたいなんだ」

「それってまさか……」

「ああ。見た目は人族だけど、ヒナからは竜族と同じ反応を感じたのさ」


 己を竜族と人族のハーフと語ったルカだが、おそらく嘘の可能性が高い。

 実際に彼女の体に触れて調べていないので確実とは言えないが、体中の鱗を弾丸のように放ったり、己の角を自ら引き抜いて爆弾のように投げてきた時点で竜族とは思えなかった。

 ゼノドラやアスラードに聞いた話によると、竜にとって己の角は魔力を集中させる大事な器官である。

 いくらラムダを害されて怒っていたとはいえ、あんな使い捨てのように消耗するなんてあり得ないのだ。

 だからルカを……いや、あの三人を人や竜族という括りで考えては駄目だろう。

 ……と、少し考えが逸れた。

 とにかく真の人族と竜族のハーフはヒナであり、ラムダたちは彼女の血や肉体を調べて竜を操る術を見つけた……と、俺は考えているのだ。


「殴られた痕は見られないから、過剰な虐待をされていないのがせめてもの救いかもしれないな」

「そうね。もしこの子が大人だったら、間違いなくあの大男に襲われていたわね。あの子みたいに……」


 犠牲となったエルフの事を思い出しているのか、フィアの表情に少し陰が見られた。

 ラムダたちの命令がなければ、会話どころか食事すら出来ない人形になってしまったフィアの同胞は、現在ラムダの仲間だと怪しまれて城の牢屋に入れられている。

 しかし自我を消された彼女が何も語る筈もなく、尋問している者たちも困り果てているそうだ。ジュリアがしっかりと周りに言い聞かせておかなければ、間違いなく拷問も行われていただろう。


「彼女については後で王に相談してみる。もう少し待っててくれ」

「……お願いするわ。けど、この子も忘れちゃ駄目よ」

「ああ。カレンの友達になった子だし、何とか守ってやらないとな」


 ヒナの身柄を引き取る事が出来たら、カレンの故郷に戻ってゼノドラたちに相談してみるのもいいかもしれない。

 見た目と種族は違えど、姉妹のように仲良く眠る二人を眺めていると、俺の緊張も大分緩んできたのか自然と欠伸が出てきた。


「ふぅ……これ以上起きていてもやる事はないし、俺たちもそろそろ寝るか」

「貴方に任せてばかりで悪いけど、壁の中にある植物は大丈夫なの?」

「そっちはもう済ませているよ」


 ラムダが城中に張り巡らせた植物は、全て俺の魔力を過剰に流して枯らしておいた。これで奴に城が破壊される事もないし、情報が流れる事もあるまい。

 今はサンドール王の審問が終わるまではゆっくりと休ませてもらおうと、装備を外した俺は空いたベッドへと座った。


「先に眠らせてもらうよ。何かあったら……」

「いいから、こっちの事は気にせず朝までゆっくりと寝ていなさい」

「後は私たちにお任せください。私たちも頃合いを見て眠りますので」


 先程までレウスの隣に控えていたエミリアだが、俺が眠ると聞いてすぐに毛布を持ってきてくれた。

 そして手早く整えられたベッドに寝転がると、自然と添い寝をしてきたフィアが優しく俺の頭を抱きしめてきたのである。

 この優しい感じは、女性として俺を求めているわけではなく……。


「甘えさせてくれるのは嬉しいが、そこまで心は弱っていないぞ?」

「違うわよ。実際は聖樹様の加護の御蔭だけど、貴方が守った二人分の命よ。しっかりと感じてちょうだい」

「全く。子供の母親どころか、俺の親にでもなったつもりかい?」

「それが貴方の癒しになるのなら、私は何だってなってあげるわよ」


 フィアなりに俺を労っているわけか。

 少し恥ずかしさはあるが、俺の子を宿したフィアの鼓動と体温を感じる事は、今の俺にとって最も安心出来る行為だろう。

 こうして彼女と子供が無事だという実感が湧いてきたのか、次第に俺の瞼が下りていく。


「今日は本当にお疲れ様。ゆっくり休みなさい」

「おやすみなさいませ」


 最後にエミリアとフィアから向けられる優しい声を聞きながら、俺は眠りにつくのだった。





 こうして長い夜は終わり、外が明るくなり始めた頃……俺は目を覚ました。

 首を横に傾けてみれば、すぐ隣で寝息を立てているフィアの姿があり、その反対側では……。


「うふふ……おはようございます」

「……おはよう」


 俺の腕に抱きついて頬を摺り寄せるエミリアの姿があった。

 こんな風にエミリアが甘えてくるのは日常茶飯事ではあるが、いつベッドに潜り込んできたのか全く気付けなかったので、昨夜は俺も相当疲れていたようだ。

 そして匂いを十分堪能したところで起き上がったエミリアは、従者の顔に戻ってから俺が眠った後の事を報告をしてくれた。


「結論から申しますと、特に怪しい事はありませんでした。セニアさんとメルトさんもいてくれたので、部屋の警戒は万全でしたね」

「彼女たちは部屋に戻らなかったのか?」

「はい。リーフェル様がいざという時に備えて、全員が一か所に纏まっておいた方がいいと仰いまして」

「そうか。気を遣わせてしまったようで申し訳ないな」

「いえ、そうでもないかと……」


 複雑な表情を浮かべるエミリアの視線の先には、隣のベッドでリースを抱いて満足そうに眠るリーフェル姫の姿があった。

 一見すると仲睦まじい光景に見えるが、姉は無意識に力が入っているのか、抱きしめられたリースの表情がどこか苦しそうである。

 あれは起こすべきなのかと悩んでいると、目覚めの紅茶を用意していたセニアが会話に入ってきた。


「久しぶりにリース様と一緒に眠る事が出来たのです。もう少しだけ、リーフェル様の好きにさせてあげてくれませんか?」

「リースが苦しそうなんだが、あれはいいのかい?」

「最低限の加減はしていますので問題はありませんよ。幼い頃のリーフェル様は、添い寝をする私に抱き付いて中々離れなかったものです」


 リースも寝ている時に抱きつく癖があるが、リーフェル姫はそれを上回るらしい。

 もはや暑苦しい程の愛情に苦しむリースからそっと目を逸らせば、別のベッドで眠るレウスの姿が確認出来た。

 ジュリアの事だから寝床まで……何て考えもよぎったが、さすがにそこまでじゃなかったようだな。


「そしてジュリア様ですが、レウスとしばらく語り合ってから自分の部屋へとお戻りになられました。今度、一緒に剣の素振りをする約束をしたようです」

「彼女なりの情熱的なアプローチが続いているようだな。ところで、姉であるエミリアはこの件についてどう思っているんだ?」

「そうですね。レウスが複数の女性を娶るのは構いませんが、鈍感なあの子がジュリア様だけでなく、ノワールちゃんとマリーナにまで気をしっかりと回せるか不安を覚えています」

「中々手厳しいな。だが、気持ちはわからなくもない」

「でもレウスの性格を知った上で恋人になるんだから、大丈夫なんじゃない? 何かあれば女たちで話し合って決めればいいのよ」


 話している間に目が覚めたのだろう、フィアが欠伸を噛み殺しながら体を起こしていた。

 少し楽観的な気もしなくはないが、フィアの言う事も一理あるので、今は静かに見守るべきかもしれない。

 最後に部屋のソファーで休んでいるメルトを確認したところで、俺はベッドを降りて体をゆっくりと解し始めた。


「何もなかったって事は、まだ王の審問は終わっていないわけか」

「目覚めたばかりなのに、あの王様も元気よね。でもそれくらいの気概がないと王なんて勤まらないか」

「シリウス様。これからどうなされますか?」

「まずは朝食だな。どうせ彼女が朝一番でやって来ると思うから、そこで皆を起こして食事にしよう」


 何はともあれ、今日も色々とありそうだから食事で活力を得ないとな。

 そう伝えながら体の柔軟を続けている内に皆も目覚めたので、各々で朝の身嗜みを整えていると、予想通りジュリアが現れた。

 相変わらず元気一杯のジュリアだが、今日は一人ではなく朝食を手にした使用人を数人連れてきていた。


「父上が目覚めたものの、城内ではまだ混乱している者もいるからね。申し訳ないが、朝食は運んでもらう形にさせてもらったよ」

「こちらとしてもその方が助かります。それにしても、朝から肉ですか……」

「うむ。やはり朝はしっかり食べないと力が出ないからな。もちろん野菜や果物も沢山用意してあるので、皆は好きなものを食べてくれ」

「全部大盛りでお願いします」

「俺も」


 美女が朝から肉を大量に食べる姿は中々の光景であるが、うちには鋼鉄の胃袋を持つハラペコ姉弟(リースとレウス)がいるので大して気にはならない。

 一方、目が覚めるなり壁の隅へ逃げていたヒナだが、さすがに空腹は誤魔化せなかったのか、今はカレンと並んで朝食を食べていた。


「……美味しい」

「だね。でもお父さんやお姉ちゃんたちが作るご飯の方がもっと美味しいよ」

「本当?」

「うん。いいよね?」

「もちろんだ。近い内に作ってあげるよ」


 元気を取り戻しつつあるヒナに安堵しながら俺も肉を食べていると、レウスの隣に座っていたジュリアが食事を中断し、手にしているフォークを真剣に見つめている事に気付いた。


「レウス。実は先程、私の身支度を手伝ってくれる侍女たちに相談をしたんだ。意中の相手と仲を深めるには何をすればいいのかと」

「お、おう。いきなりそんな質問をされたから、凄く驚いたんじゃないのか?」

「うむ。遂にお嬢様が……と、泣いて喜んだり殺気を放つ者もいたが、仲を深めたいなら是非やるべき事があると教えてもらったのだよ」


 そう説明を続けながら、ジュリアは小さく切り分けた肉をフォークで刺してレウスへと向けたのである。


「こうして私の手で食べさせるそうだ。まるで幼子相手にするような行為なのだが、これで本当に正しいのだろうか?」

「兄貴と姉ちゃんがよくやっているし、間違ってはいないと思うぜ」

「そうか。なら早速……」


 普段から俺とエミリアのやり取りを見ているせいか、この行為を恥ずかしいとレウスは全く思っていない。

 そんなレウスに後押しされるかのように、ジュリアが手首に力を込めたかと思えば……。


「……はぁっ!」

「うおっ!?」


 相手を仕留める勢いでフォークを突き出したのである。

 咄嗟にレウスは顔を逸らして回避したが、この場にいた全員が唖然となったのは言うまでもあるまい。


「何すんだよ!?」

「恥ずかしくても、勇気を持って突き出せと言われたのだが……違うのか?」

「どう見ても俺を刺すとしか思えなかったぞ!」


 侍女の助言を独自に解釈した結果がこれらしい。

 何にしろ、あのレウスが突っ込み役に回るってのも珍しいものだ。


「もちろん刺さる直前で引き戻すつもりだったさ。これはお互いの実力を信頼し、息を合わせて相手へ食べさせるのではないのか? 私は鍛錬の一つではないかと睨んでいるのだが」


 刺さらないように相手の口内へフォークを素早く抜き差しをし、タイミングを計って肉だけを歯で齧る……とでも言うべきだろうか? とにかく互いの実力が備わっていなければ到底出来ないやり方だろう。

 根っからの武闘派というのは、何気ない行動を鍛錬へと結びつけてしまうのかもしれない。


「だから違うって! ああもう、俺が手本を見せてやるからさ、ちょっと口を開けてくれよ」

「では合図を頼む。その肉が口に入ると同時に、私は見事齧り取ってみせよう」

「普通に食べればいいんだよ!」


 とにかく、正しいやり方でレウスから肉を食べさせてもらったジュリアは、満更でもなさそうな表情を浮かべて深く頷いていた。


「……なるほど、これは悪くないな。言葉で上手く表現は出来ないが、とにかく嬉しいのはわかるよ」

「ほら、次はジュリアの番だぞ。突き出すんじゃなくて、普通に食べさせるんだからな」

「うむ。任せておけ」


 レウスの新しい恋人候補は、色んな意味で大変そうである。

 現時点で一つわかる事と言えば、二人が夫婦になる道は果てしなく遠い……という事だな。





 そんな騒がしい朝食が終わった後でも王の審問は終わっていなかったので、レウスはジュリアと昨夜の約束通り剣の素振りに出掛け、俺はリースとセニアを連れて城の調理室へとやってきていた。

 今が非常事態なのは理解しているが、現時点において何もする事はないので、昼食用として少し時間のかかるものを作ろうかと思ったのである。

 それにカレンとヒナに食事を作る約束もしたし、ラムダたちを騙す為に用意してもらった薬の材料……もとい、香辛料類を使わないと勿体ないからな。


「というわけで、カレーを作ろうと思う」

「じゃあ必要な材料はこれとこれと……あ、この野菜とか合いそうじゃない?」

「ならそれも入れてみるか。セニアは鍋の準備を頼むよ」

「お任せください。それにしても、お二人は手際だけでなく息も合っていますね。誰が見ても夫婦にしか見えませんよ」

「も、もう! いつもやっているから慣れているだけだってば! それにセニアこそ、いつの間にシリウスさんから呼び捨てされるようになったの? 前はさん付けだったよね?」

「先日からですよ。シリウス様はリース様の旦那様なのですから」


 心から楽しそうにしているセニアに茶化されたりしながらも、俺たちは和やかな雰囲気で料理を進めていく。

 途中、カレーの匂いに惹かれてやってきた城の料理人たちに質問されたりはしたが、中々有意義な時間を過ごす事が出来た。


 昼前には大鍋二つ分のカレーが完成し、皆に振る舞って食べ終わった頃……王の使いが現れて審問が終わったと報告してきたのである。

 これから会議室で審問の結果を発表するそうだが、その前に一度話がしたいと言われたので、俺は一人でサンドール王が指定した部屋へと向かった。

 そして兵士が守る扉を抜けた先には、テーブルに着いているサンドール王と、長男のサンジェルが食事を済ませたところであった。


「もう食わねえのか? なら俺が全部食っちまうぞ」

「十分食ったよ。親父こそ、寝起きでそんなに食って大丈夫なのかよ?」

「食わねえと回復しねえだろうが。というか、こいつならいくらでも入っちまいそうだ」


 徹夜明けのせいか、サンジェルの表情には濃い疲労が窺える。

 それに対し、病み上がりな筈のサンドール王は疲れを見せるどころか、元気な様子でカレーにパンを付けて食べ続けていた。

 あのカレー……もしかして俺がさっき作ったやつか?

 匂いからして間違ってはいないと思うし、そもそも何で王が食べているのかと首を傾げていると、俺の存在に気付いた王が笑みを浮かべながら手を上げた。


「兄ちゃん、このかれーってやつは最高だな! 余っているなら、もっと食わせてくれ」

「構いませんけど、その料理を作ったのをどこで知ったのでしょうか?」

「さっき昼食を持ってきた料理人たちから美味そうな匂いがしたからよ、聞いてみたら美味そうだったから用意させたんだ」


 カレーが完成した時、見学していた城の料理人たちが食べたいと言ってきたので、場所を使わせた礼も兼ねて数人分は分けてあげたが、彼はそれを食べているわけか。

 確かにカレーの香りは強いが、他の料理と混ざった僅かな匂いに気付き、躊躇いもなく用意させるとはな。まるで犬みたいな嗅覚である。

 若干呆れ気味な俺を余所に、カレーを全て平らげた王は水を飲み干してから満足そうに息を吐いた。


「ふぅ……食った食った! これで酒があれば最高なんだがなぁ」

「まだ起きて半日程度なのに、随分と元気になられたようですね。一体どれだけ食べたのでしょうか?」

「軽く五人分だよ。普通なら寝起きでそんなに食える筈がねえってのに、化物かってんだ」

「俺の腹はそんなに弱くねんだよ」


 数ヶ月近く寝たきりで、最低限の食事しかしていなかったのだ。本来なら胃が受け付けないと思うのだが、本人は至って平然としている。

 念の為、『スキャン』で診断をしておいた方がいいかもしれないと考えていると、俺を呼んだ理由を思い出したサンドール王は少し真剣になってこちらへ視線を向けてきた。


「わざわざ呼びつけてすまねえな。ラムダの野郎に騙された連中へ処分を下す前に、兄ちゃんには聞きたい事があったんだよ」

「こちらもお聞きしたい事もありましたし、俺の答えられる範囲で良ければ」

「そうか。なら結論だけ聞くが、あの野郎と関わりがあるヒナって嬢ちゃんは、本当に何も知らなかったんだな?」


 その件は今朝ジュリアにも説明したので王にも伝わっている筈だが、彼は己で確認しないと気が済まない性質なのだろう。

 言葉を間違えてしまえば、恩人相手だろうと首を刎ねそうな凄みがある眼力に緊張感が走る。

 常人であれば目を背けてしまうだろうが、彼のような相手にそれは悪手だと思うので、俺は真っ直ぐ見返しながら返答する。


「はい。あの子はどこかの町で買われた奴隷であり、理由も知らされず命令された事をやっていただけのようです。しかも連中の実験に使われた傷痕が幾つも見られたので、どちらかと言えば被害者の立場でしょう」


 確証はないが、ヒナが竜族のハーフという点は説明していない。

 しかしそれはラムダたちの情報とは別問題だし、寧ろ戦いに利用されてしまう可能性も高いので、俺は全力で隠すつもりである。

 そんな風に一切引く姿勢を見せない俺の態度が功を奏したのか、やがて王は不敵な笑みを浮かべながら己の髭を摩りだした。


「ふん……何かあるようだが、俺が聞きたいものとは関係ないってところか?」

「俺が言える事は、あの子はラムダの事を何も知らないって事だけです」

「……いいだろう。助けてもらった身だし、今はそれで納得しておいてやる」

「ありがとうございます。それと……俺から王にお願いしたい事があります」

「ん? 言ってみろ」

「ラムダと関係がないと判断していただけたのなら、私がヒナを保護してもよろしいでしょうか? あの子を受け入れてくれそうな場所に心当たりがありますので」

「いいぞ」

「それと、牢に入れられたエルフの女性もー……」

「おう、好きに連れて行け」

「親父!?」


 さすがに何か言われるかと思っていたのだが、この反応はちょっと予想外だな。

 俺としては話が早くて助かるのだが、さすがに見過ごせないのかサンジェルが待ったをかける。


「そんな簡単に決めていいのかよ! 俺もあまり言いたくはねえが、二人はあいつと関わっているんだぞ?」

「どうせ何も知らねえか、口も開けやしねえんだろ? 下手に確保しておいて、突然内側から暴れたりしたら面倒だろうが。それとも何だ? 反撃も出来ない子供と女性を苛めて楽しみたいのかよ?」

「そんなわけあるか! 言いたい事はわかるけどよ、周りがそれで納得するのかよ?」

「納得してもらうさ。あるかどうかもわからねえ情報より、今の俺たちにはやるべき事があるんだからな。現状がわからず吠えるような足手纏いはさっさと消えてもらうだけだ」


 城に勤める臣下たちの大半は堕落し、国が見えない所から徐々に崩壊を始めている状況だからな。

 これではラムダたちと戦う以前の問題なので、王は国の立て直しを最優先に考えているのだろう。


「それに子供には子供、エルフはエルフに任せておくのが一番だ。どうやらこの兄ちゃんは色々と手伝ってくれるようだし、適材適所ってわけだな」


 要するに、二人の身柄はくれてやるから、必要な情報があれば即座に教えろと王は言いたいわけだ。

 言いたい事はこれで終わりなのか、食事が出来ても歩くのは辛い王は、椅子を運ばせる兵士を呼びながら不敵な笑みを浮かべていた。


「それじゃ、いっちょ腑抜けた連中共に喝を入れるとするか! ついでだから兄ちゃんも一緒にー……っと、こいつを言い忘れていたな。兄ちゃんに嬢ちゃんとエルフの身柄を預けても構わんが、一つ条件がある」


 さすがに見返りもなく二人の身柄を預けてくれるのは虫が良すぎるか。

 なるべく面倒な願いではないと祈りつつ、俺は静かにその条件を待つ。


「俺が食ったかれーの作り方を、うちの料理人共に教えてやってくれ。今度はあれを腹一杯食いたいからな!」

「……了解しました。材料の調達方法も含め、知る限り教えておきますよ」


 それくらいならお安い御用である。

 その言葉で満足そうに笑う王とサンジェルと共に、俺は再び重鎮たちが揃う会議室へと向かうのだった。





 王が決めた通り、重鎮たちは昨夜からずっとこの部屋で待機をしていたのだろう、会議室は独特の緊張感に包まれていた。

 長時間の緊張により、疲労困憊といった様子で座っている重鎮たちだったが、王が現れた事によって即座に背筋を整える。

 サンジェルとフォルト、そして途中で合流したジュリアに挟まれたサンドール王は、息を呑んで待つ重鎮たちを見渡しながら口を開いた。


「さて……てめえ等から色々と聞いたが、実にくだらねえ話ばかり判明したな。よくもまあ、この短期間でここまで堕ちたもんだ」

「「「…………」」」

「俺もまんまとやられちまったからあまり強くは言いたくねえが、ちょいとばかり大掛かりな掃除が必要なのは確かだな」


 掃除と聞いて生唾を飲み込む重鎮たちを眺めながら、王は一人一人の名前を挙げていく。

 その中には子供の竜を奪おうとしてカレンに阻止された男もおり、名前を呼ばれるなり顔を青白く染めながら震え始めていた。

 結果……全体の半数近くが名指しされたところで、冷酷な目を向けながら王は告げた。


「今呼ばれた奴は、各自の部屋で俺の命令があるまで待機だ。城の勤めに関わるどころか、部屋を出る事すら許さん」

「き、謹慎……ですか?」

「本当にそれだけで?」


 安堵する重鎮たちの反応からして、地位の降格どころか首を切られる可能性もあったのかもしれない。

 しかしこの場で平然と王に進言出来るジュリアは、一部の者たちを代表するように疑問をぶつけていた。


「父上。さすがに謹慎だけなのは処分が甘いのでは?」

「細かい罰は後で考えるんだよ。数が多いからって、纏めて同じ罪ってのは文句がきそうだからな」

「では何故そのような処置を?」

「俺の勘だが、今呼んだ奴は敵に寝返る可能性があると判断したから、一切の情報を断つ為に閉じ込めるわけだ。温いってんなら俺は牢屋でも構わねえぜ? 少なくとも一番安全だろうしな」


 どれだけ言い聞かせていようと、敵の甘い言葉で流されてしまう精神が脆弱な者だけを選別したらしい。

 内乱を防ぐ為の一時的な処置だろうが、おそらくラムダの異常さを知って警戒もしているのだろう。あの男ならば、城内だろうと想像も付かない手段で接触してくる可能性も考慮しているのだ。

 とはいえ、当然ながら問題はある。


「ラムダの問題が片付くまで暇をくれてやる。今度俺と会うまでに性根が治っていたら、元に戻してやる事を考えといてやるよ」

「うぐ……く……」

「わかり……ました」

「ですが王よ。彼等を庇うわけではありませんが、このままでは不味いかと」

「一人二人ならとにかく、半数近くの者が動けなくなるのは厳しいですよ」


 仕事を誰かに投げたり、下に命令するだけであっても、彼等は城での勤めを多少ながらもこなしていたのである。

 だからこれだけの人数が同時にいなくなれば、個人の負担が大きくなって城全体の機能が回らなくなる可能性があるのだ。

 この王ならば根性で乗り切れ……とでも言いそうであるが、当の本人は微塵も動揺する事なくフォルトへ視線を向けていた。


「要は人が足りねえって事なんだろ? なあ、フォルト」

「はっ!」


 王の呼び掛けに敬礼で応えたフォルトは、徐に会議室の扉を開くなり廊下へ向かって声を掛けていた。

 そしてフォルトが定位置に戻るなり、開いた扉から大勢の人が現れたのである。

 周りの重鎮たちと同じような服を着ているが、髪や髭をだらしなく伸ばした集団の乱入に皆が騒ぎ始める。

 そんな怪しい集団の先頭に立っているのが……。


「「アシュレイ!?」」

「よう、兄者に姉者。それと親父もようやく目覚めたようだな」


 王族でありながらも会議に参加していなかった、次男のアシュレイである。

 突然の登場に驚くサンジェルとジュリアであるが、アシュレイ本人はいつもの軽い調子のまま父親の前までやってきた。


「へっ! いつまで経っても姿を見せねえかと思ったら、お前はそっちの道を選んだのかよ?」

「ああ、これも愛ゆえにってやつだ。彼女と結ばれる為なら、俺は王族の身分なんかいらねえさ」

「親父といい、さっきからお前は何を言っているんだ? それとアシュレイ、一緒にやってきた者たちは一体誰だ?」

「見覚えないか? ほら、少し前まで一緒にいたじゃねえか」


 アシュレイの言葉により、サンジェルだけでなく重鎮たちも思い出したのだろう、やってきた者たちを眺めながら信じられないとばかりに目を見開いていた。

 冷静なのは王とフォルトだけで、特に王は現れた集団を見渡すなり高らかに笑い始めたのである。


「はっはぁ! フォルトの禿げ頭を見た時も笑ったが、お前等の面も笑っちまうくらい変わっちまったな!」

「お戯れを。ですが我が王よ、この時が来るのを待っていました」

「全く。久しぶりに会ったかと思えば、我々を笑っている場合ではないでしょうに」

「まあまあ。どれだけ寝坊しようと、王の性根は変わらんって事ですよ。我々からすれば、王こそ面白いくらいやつれていますけどね」


 彼等の正体はラムダの暗躍によって追い出された、かつてこの城に勤めていた重鎮たちである。

 そして王を相手に絶対的な忠誠と、気さくな態度を取っている点から、金や地位ではなく義によって仕える臣下たちなのだろう。

 まるで戦友のように王と固い絆で結ばれている者たちは、すでにやるべき事は理解しているのか、挨拶もそこそこに会議室を出て行った。

 おそらくこれから抜ける重鎮たちの穴を埋めるように、元の役職へと戻って以前の状態へ戻す為だと思われる。

 一方……追い出した筈の臣下が戻ってくる事態に、残った重鎮たちは開いた口が塞がらないようだ。


「父上、彼等は一体どこへいたのでしょうか?」

「俺も国から出て行ったと聞いていたぞ。アシュレイだけじゃなく、親父とフォルトも知っていたのかよ?」

「まあそういう事だ。あいつ等がそう簡単に俺の国から消えるかよ」

「お二人には伝えられず、申し訳ありませんでした。何分、非常時の備えですので」


 面と向かって話した事はないが、実は彼等の姿を俺は見た事があったりする。

 それは国を囲う防壁の外にあった集落で、只者ではない雰囲気を纏わせながら俺たちを見ていた浮浪者たちである。

 彼等は城を追い出された後も王への忠誠は失わず、外の集落に身を潜めて機を待ち続けていたというわけだ。

 そんな彼等を匿い、留めていた人物こそ、情報屋の長でもあり集落の統括者……フリージアである。

 初めてフリージアと出会った時、城の状況に対して備えはあると口にしていたが、その一つがこれなのだろう。アシュレイが彼等を連れてきたのは、フリージアの為に一肌脱いだってところだろうな。

 ちなみに余談であるが、先日彼女を診断した時にちょっとした事実が判明してたりする。


「アシュレイ様。彼女の容体は如何でしたか?」

「リハビリの時は苦しそうにしているけど、明らかに改善が見られているぜ。この調子なら、いつか町でデートが出来そうだな」

「……そうですか」


 雪のように白く儚げだったフリージアだが、実はフォルト将軍の孫娘のようなのだ。

 フォルトと彼女がどうしてこのような状況になったのかは知らないが、家族で王と国を守ろうとする姿勢は実に立派だと思う。

 孫娘とデートしたいと願うアシュレイを、何とも言えない微妙な表情でフォルトが眺める横で、王は混乱した場を収束しようと口を開いた。


「これで人数は十分だろ? そんじゃま、俺の国を狙う連中と喧嘩の準備をー……」



「伝令! 伝令! 至急、王への御目通しを願う!」



 そしてようやく改善への一歩を経て、ラムダたちへ対する本格的な準備に入ろうとした矢先……会議室に一人の兵士が飛び込んできたのである。

 会議中でも平然と飛び込んでくる点から、余程の緊急事態なのだろう。

 すぐさま王は発言を中断し、慌てふためく兵士を宥めながら報告を促せば……。



「ぜ、前線基地から緊急連絡でございます! 魔大陸とこの大陸が突如繋がり、地を埋め尽くす程の魔物がサンドールへ迫っているそうです!」



 後に俺は思うだろう。

 この世界に転生してから、俺にとって最も大規模な戦いはこの時から始まったのだと。




 シリアスな状況だろうと、小ネタ話は浮かんでしまうものでして。

 頭を切り替えて、おまけ話をお読みください。


 おまけその一  一進一退の恋模様



 シリウスが城の調理室でカレーを作っている頃、レウスはジュリアと一緒に訓練場で素振りをしていた。

 ジュリアから妻だ嫁だの迫られて微妙な気分であるレウスだが、剣を振っている時だけは無心になれたので、二人は言葉を交わす事もなく黙って剣を振り続けていた。

 そして互いのノルマを振り終わったところで、タオルで汗を拭っていたジュリアが提案をしてきた。


「やはり体を動かすのは気持ちがいいな。一休みしたら模擬戦でもしないか?」

「いいぜ。でも……」

「わかっているさ。寸止めでも怒らないし、あくまで軽くだよ」


 そのまま二人は、戦いを楽しむように模擬戦を始めた。

 とても恋人同士とは思えないやり取りであるが、二人は充実した時を過ごしたのである。

 そんな模擬戦を二、三度繰り返したところで、ジュリアは今朝も見た事のある表情で語り掛けてきた。


「レウス。侍女から聞いたのだが、剣を使った恋人同士のやり取りがあると聞いたのだ。少し試してみないか?」

「……まずやり方を詳しく説明してほしい」

「うむ。突き合ってくださいと叫びながら、お互いに剣を突き出してぶつけるらしい。見事剣先が拮抗すれば、互いに相性が良いという事で恋が実るそうだ」

「なあ、ちょっとその侍女を連れてきてくれねえか?」

「何故だ?」


 実はジュリアに本気で恋をしている侍女がいて、突如現れた泥棒猫……もとい、泥棒狼を遠ざけようと、恋を知らないジュリアへ余計な事を吹き込んでいたのである。

 そんな侍女たちの嫉妬をレウスは知る由もなく、どうしたものかと頭を抱えるだけであった。


「互いを信頼するだけでなく、技術も身に付くという素晴らしい行為だな。早速試してみようじゃないか」

「まず座らないか? そして落ち着いて俺と話し合おう」


 二人の仲は進んでいるように見えて、全く進んでいなかったとさ。






 おまけその二  でも私は蜂蜜(高い位置から垂らしながら)



 暇な時間でカレーを作って皆に振る舞ったわけだが、初めて見る料理にヒナは首を傾げていた。


「これ……なに?」

「カレーという料理だ。少し辛いが、食べてみると美味いぞ。もしかして、辛いのが苦手だったか?」

「ちょっとだけ……」


 そこまで辛口ではないが、子供には少し厳しいかもしれない。

 こんな時はあれの出番なので、俺は馬車から持ってきた蜂蜜入りの容器を取り出した。


「なら甘口にしようか。この蜂蜜を混ぜれば食べやすくなると思うぞ」

「カレンも!」

「はいはい。でも、入れるのは俺だからな」


 以前、カレンに容器を渡したら、カレーじゃなくて蜂蜜ライスになっていたからな。

 適量の蜂蜜をかけながら他の人たちを見てみれば、リーフェル姫たちだけでなく、初めて食べるジュリアも満足そうにカレーを食べていた。

 そしていつもの宣言が行われるわけだが……。


「おかわりお願いします」

「俺もおかわり!」

「私もお願いする!」


 ハラペコ姉弟に仲間が増えていた。

 将来ジュリアが加わる可能性が高いので、俺たちのエンゲル係数は更に増えそうだな。


「蜂蜜おかわり!」

「カレーを食べなさい!」






 今夜のホクト



 レウス君とジュリアちゃんがお見合いのような状況の中、エミリアちゃんはシリウス君を世話する為にその場から一度離れました。

 そんなエミリアちゃんと交代するように、ホクト君はレウス君の横にやってきて、二人の様子をじっと見守っていたのです。

 しかしレウス君は女性との付き合いを苦手とするので、趣味から次の話が中々浮かんでこなかった。


「えーと……趣味はさっき聞いたから、家族はー……いや、いきなりそこは踏み込み過ぎかな?」

「……オン」


 女性の扱いは難しいものだ。

 そしてお前はそういう部分を苦手としているのだから、尚更大変だろう。

 あの二人はお前に上手く合わせてくれたかもしれないが、目の前の女性は恋に関する知識がほとんどないので、この場は経験があるお前がリードしてやるべきだ。

 それでも難しいと思うのならば、我が主を思い出せ。

 あの御方のように、臨機応変な対応を心掛けるのだ。


 ……という内容を、ホクト君はそっとレウス君へ伝えるのでした。


「……ホクトさん、もっと短くお願いします」

「オン!?」


 しかし情報量が多過ぎて、緊張しているレウス君にはほとんど伝わっていませんでした。

 そして目の前にいる本人を無視して内緒話をするという光景に、ジュリアちゃんも呆れているかと思いきや……。


「ふふふ。伝説の狼と会話出来る伴侶も悪くはないな」


 寧ろ評価が上がっていたとさ。


「……オン」


 この人は自分の知る知識が役立たない相手かもしれない……ホクト君はそう思うのでした。







 予想以上に長い前振りとなりましたが、ここから大戦と呼ぶような戦いへと進む展開となります。

 問題は、作者が書きたいものを上手く表現出来るかですので、頑張っていきたいです。


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[気になる点] 他の女の子と協議なしで恋人増やすってかなりあれな行為では?
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