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逃げ道なし

※お手数ですが、前話の最後辺り(ラムダが逃げるシーン)を7月1日くらいに少し書き足したので、6月終わりから見ていない人は確認してみてください。

 読むのが面倒な方へ簡単に説明すると……シリウスがラムダたちをあえて逃がしたのは、相手がその気になれば城を破壊する策を持っていると気付いたから……という感じです。




 前回までのあらすじ



 サンドールで英雄と呼ばれていたジラードは、過去にサンドール国に仕えていたラムダであり、彼は国への復讐に燃えていた。

 しかしシリウスが正体を突き止めると同時に城から逃げ出し、不穏な言葉と共に空の彼方へと消え去る。

 その後、城で緊急の会議が行われる中、宛がわれた部屋で休んでいたシリウスたちだが、そこでフィアがシリウスの子を妊娠しているのが明らかになった。



 最初に気付いたのは、フィアが二日酔いになった朝だった。

 朝食を食べ終わり、二人きりになった後でフィアの体を『サーチ』で詳しく調べていたら、彼女が懐妊していると判明したのだ。


『……しばらく酒は禁止だな』

『えっ!? 確かに体はだるいけど、そこまで酷い筈がー……』

『もう君だけの体じゃないって事だよ。体への負荷は控えるようにしないとな』

『それって……あっ!?』


 その言葉と俺の視線で察したのだろう、自分のお腹に触れているフィアを俺は優しく抱きしめていた。


『おめでとう。遂にやったな』

『ふふ、まだまだ時間が必要だと思っていたけど、こんなにも早いとは思わなかったわ。私こそ……ありがとう』


 以前、懐妊したと判明したノエルを抱えて喜んでいたディーの気持ちがよくわかる。

 しかしまだ本調子ではないフィアに負担を掛けるわけにもいかないので、俺の気持ちが伝わるようにとフィアを優しく抱きしめた。


 そのまましばらく抱き合った後、すぐに皆へ懐妊を報告しようかと思っていたのだが、フィアが待ってほしいと言い出したのである。

 どうせならリーフェル姫たちも一緒に……という提案があり、夜に全員集めて報告しようと決めたところで、ジラード……いや、ラムダからフォルト将軍の暗殺を持ちかけられたわけだ。

 怪しんでいたとはいえ、他国の事だからあまり関わるまいと考えてはいたが、こちらを巻き込もうとしているのならば黙っているわけにもいかなくなった。

 というわけでフィアだけには事情を説明し、ラムダに従った振りをしていたわけだが……正直なところ、フィアが人質と聞かされた時の俺はかなり心が乱されていた。

 前世では保護した子供を育てたりはしたが、血の繋がった父親になったのは初めてだったからだ。聖樹の加護でラムダの盛った毒が効く筈がないと思っていたとはいえ、師匠から問題はないと言われるまで心から安心出来なかった。

 だからエミリアが膝枕で落ち着かせてくれなければ、何か致命的な失敗をしていたかもしれない。従者として、何より奥さんとしてエミリアの機転には助けられたものだ。


 そこまで説明を終えたところで、エミリアとリースが穏やかな笑みを浮かべながらフィアへと近づいていた。


「ああ……シリウス様の子供が遂に! おめでとうございます、フィアさん!」

「おめでとう! ねえ、お腹を触ってみてもいいかな?」

「さすがにまだ何も変化はないわよ?」

「私もお願いします。まだ早いのは理解しているのですが、どうしても触りたくて……」

「ふふ、いいわよ。ついでにこの子が健やかに育つよう、貴方たちの元気を送ってちょうだいね」


 普段は姉のような立ち位置であり、エミリアとリースの事を妹のように接しているフィアだが、今は母親を思わせる優しさに満ち溢れていた。早くも母親としての自覚が出始めているのかもしれない。

 そしてフィアのお腹に触れた二人が喜びの声を上げている中、近くの椅子に座っていたレウスが何か迷っているように尻尾を振っている事に気付いた。


「もしかして、レウスも触ってみたいのか?」

「あ……うん。そうだけど、男の俺が触るのはあまり良くねえよな?」

「貴方は私の義弟だから遠慮なんかする必要はないわよ。ほら、レウスの元気も分けてちょうだい」

「……おう! へへ、兄貴とフィア姉の子なら、すげぇ強い子に育つんだろうな!」


 新たな家族が増える喜びを噛み締めているのか、レウスはフィアのお腹に触れて満面の笑みを浮かべていた。

 そんな弟子たちに続き、リーフェル姫たちもやってきて祝いの言葉を送ってくれた。


「全く、リースより先になんてやるじゃない。さすがにこの年でおばちゃんと呼ばれるのは嫌だから、私の事はお姉さんと呼ぶように教育しないと」

「姫様。ここは素直におめでとうと言うべきでは?」

「子を成した事はありませんが、子育ての経験はあります。私でよければいくらでもご相談ください」


 何だかんだ言いながらも、心から祝福してくれるリーフェル姫たちに自然と笑みが溢れる。

 ラムダの件といい、ここ数日は気が抜けない事ばかりだったが、皆へ良いニュースを届けられて何よりだ。

 気が早いがそのまま名前について話し合おうかと思ったところで、フィアは笑みを浮かべながらエミリアとリースの肩を叩いた。


「随分と待たせちゃったけど、次は貴方たちの番ね」

「はい……と、言いたいところですが、私はもう少し待とうと思います」

「そう? あんなにも欲しがっていたじゃない」

「私たちが同時に子を生しては負担が大きいので、せめてフィアさんの赤ちゃんを見てからでも遅くはないと思います。何よりシリウス様との赤ちゃんならば、私はすぐさま授かれる自信がありますから」


 俺が言うのも何だが、凄い自信だ。

 その自信がどこから来るのかわからないが、エミリアなら当然では……と思えるから不思議である。

 そんな淀みなく答えるエミリアと違い、リースは頬を染めながらも夢見る乙女のように目を輝かせていた。


「私も焦らずにゆっくりと……かな? お母さんになるのってまだ全然想像出来ないけど、赤ちゃんは可愛いんだろうなぁ」

「妹に先を越されたらちょっと悔しいけど、リースの子供なら私も楽しみだわ。父さんなら人前でも泣いて喜びそうね」


 リースの父親……カーディアスは娘を溺愛しているからな。もしリースが懐妊すれば、王としての威厳を忘れて泣き叫びそうだ。

 しかしまずは結婚の報告という一騒動が待ち受けているなと考えていると、窓から外を眺めていたレウスが何かに気付いて声を上げた。


「なあ、兄貴。カレンはホクトさんに預けたままでいいのか?」

「後で城の会議に呼ばれる予定だからな。それが終わったら迎えに行くつもりだが、カレンならとっくにー……んっ?」


 カレンなら寝ているだろうと思いながら『サーチ』で位置を調べてみれば、俺たちの馬車で寝ていた筈のカレンが移動している事に気付いた。

 ホクトが傍にいるので安全だとは思うが、あの位置は……。


「シリウス様、どうかされたのですか?」

「いや、どうもカレンとホクトが馬車の付近にいないようだ。今いる場所は……ラムダたちと飛び去った竜が飼われていた小屋だと思う」

「それって不味くないかな?」

「危険であればホクトが騒ぐだろうし、それがないという事は何も起こっていない状況だとは思うが……」

「セニア、何か聞こえる?」

「…………内容まではわかりませんが、その周辺で何か怒鳴るような声が聞こえますね」


 聴力に優れたセニアの報告を聞き、もう一度『サーチ』を放って調べてみれば、カレンとホクトは複数の反応と対峙しているのがわかった。

 危険な状況ではなくても、すぐに様子を見に行った方が良さそうだ。


「レウスとリースはここでフィアを守っていてくれ。エミリア、行くぞ」

「はい、お供します!」

「フィア姉は任せとけ」

「カレンをよろしくね」

「まだまだ気が抜けそうにないわね。気を付けて行ってらっしゃい」


 何かあれば『コール』の魔道具を通じて連絡してくれと伝えてから、俺はエミリアを連れて部屋を出るのだった。




 さて……カレンが心配で出てきたとはいえ、客人である俺たちが勝手に城内を歩き回るのはあまりよろしくはあるまい。

 しかし城の一部を破壊されたり、外に無数の植物が生えてきた状況のせいで城内は慌ただしく、俺たちに構っている余裕はなさそうである。

 念の為、人と出会わないように移動を続けた俺とエミリアは、カレンの反応があった竜を飼っていた小屋へとやってきた。敵となったルカと初めて会ったのもここだ。


「いつもなら寝ている時間なのに、何故あの子はこのような場所へ来たのでしょうか?」

「時折だが、勢いのまま行動をする子だからな。まあ今回の場合はラムダの騒ぎが元凶だとは思うが」


 ラムダたちと竜が起こした破壊音は城中に響き渡っているので、カレンが目を覚ましてもおかしくはあるまい。

 そして目覚めたカレンは竜たちの安否が気になり、ホクトを説き伏せて小屋へと向かったのだろう。竜と一緒に育ってきた子なのだから十分あり得る行動だ。

 しかし小屋で飼われていた竜たちは、竜奏士であるルカの手によって全て連れ去られているので、すでに一体も残っていない筈である。

 更に竜たちは小屋の天井を突き破って飛び出したらしく、目的地に到着した俺たちの目に飛び込んできたのは、完全に倒壊してしまった小屋であった。

 そんな崩れた小屋の前にカレンとホクトの姿があったのである。


「駄目! それ以上近づいたら、許さないから!」

「ええい、邪魔な小娘めが! おい、早く追っ払え!」

「む、無茶を言わないでください!」

「あんな化物、俺たちでどうにか出来る筈が……」

「……オン」


 カレンとホクトの前にいるのは、城に仕える貴族と二人の兵士だと思われる。

 何やら不穏な空気だが、ホクトが大人しくカレンの横でおすわりしている様子からして、直接的な被害はなさそうだ。

 というわけで、現時点で一番気になるのはカレンの行動だろう。

 好奇心が旺盛でも人見知りな子なのに、怒鳴る貴族に怯むどころか、両手を大きく広げて相手をしっかりと見据えているからだ。

 普段は見せない必死さに首を傾げながら近づけば、ホクトが俺たちの存在を教えるように小さく吠えた。


「オン!」

「ひっ!? くそ、この魔物さえいなければー……ん? 貴様は誰だ?」

「その子の保護者であり、従魔の主です。申し訳ありませんが、一体何があったのか説明していただけないでしょうか?」

「その人たちが、ヒナちゃんを苛めようとするの!」


 貴族が答えるより先に、毛を逆立てて威嚇する猫のようにカレンが吠えた。

 ヒナとは確か……ルカと一緒に竜の世話をしていた少女の名前だったな。

 それを思い出すと同時にカレンの背後へ視線を向けてみれば、怯えた目で何かを抱きしめている一人の少女……ヒナの姿があったのである。


「そこのお前、何でもいいから早くそこの小娘と従魔を連れて行け!」

「もちろん連れて行きますが、奥にいる女の子はどうするつもりですか?」

「知れた事を。あれは此度の騒ぎを起こした仲間なのだから、罪人として捕まえるに決まっているだろうが!」


 状況はどうあれ、あの子がラムダたちと関わっていたのなら話を聞く必要はあるだろう。

 だからヒナを確保するのは理解出来るのだが、この貴族……何か妙だな。

 考えている内にエミリアがカレンへと近づいていたので、俺は彼女たちを守るように貴族の前へと立った。


「あの子は町で雇われた子供ですから、何も聞かされずに竜の世話をしていただけと思いますよ。罪人として考えるのは早過ぎるかと」

「そんなものは聞いてみないとわからんだろうが。それに子供とはいえ、あいつが抱えているのは竜だぞ? 暴れる前に捕まえるのが当然だろうが!」

「竜ならうちの従魔が押さえてくれますし、怯えている子供に尋問したところで碌な証言は得られないと思いますよ? そこで提案ですが、うちの子はあの女の子と仲がいいので、少し時間をいただければー……」

「黙れ! 余所者が我々のやり方に口を出すな! いい加減にしないと、お前等も反逆罪で捕まえるぞ!」


 言っている事は正しいのに、やけに焦っているのが目立つ。

 高貴そうな身形と偉そうな態度からして、この貴族は城の重鎮かそれなりの爵位を持った者だとは思うが、そもそも彼は何故このような場所にいるのだろうか?


「わかりました。すぐに撤収しますが、その前に一つ質問があります。今は城で緊急会議が行われていると聞きましたが、そちらに参加しなくても大丈夫なのですか?」

「だからその会議に奴の仲間を連れて行くつもりだったのだ。しかしそこの小娘と魔物に邪魔をされてしまってな」

「つまり会議室より先にここを訪れた……という事ですか?」


 上に頼まれてやって来たと言うのならわかる。だが会議室より先に来たと自ら語り、竜が危険だと知っていながらも数人の兵士しか連れていない時点で怪しいものだ。

 なら何をしにここへ……というわけだが、貴族の視線がヒナへ……いや、彼女が抱えている子供の竜へと向けられている事で察した。

 竜を欲しがる好事家は結構いるので、貴族の狙いはヒナではなく竜という可能性が高い。

 重要な会議を後回しにするどころか、どさくさに紛れて欲しい物を確保しにくるとは、随分と欲望に忠実な御方のようである。

 しかし俺と問答を続けている内に苛立ちも限界に達したのだろう、遂に貴族は背後の兵士たちへ剣を抜くように命じていた。


「これ以上、貴様等に構っている暇はない! おい、こいつ等を捕まえー……」

「止めよ!」


 困惑しながらも剣を手にしていた兵士たちだが、背後から響いてきた地鳴りのような大声によって動きを止めていた。

 振り返ると、一人の大男が凄まじい威圧感を放ちながらこちらへ近づいてきたのである。

 レウス以上に大きい体躯をしており、髪どころか眉や髭も綺麗に剃った禿頭の男なのだが、俺は非常に見覚えがあった。


「今の声は貴様か! 私を誰だと思ってー……」

「そちらこそ私がわからぬとはな。見た目でしか相手を判断出来ぬ貴様は、本当に王へ仕える者なのか?」

「ん……ま、まさか!?」


 そう……すっかり外見が変わってはいるが、ほんの数刻前に俺が殺したふりで眠らせたフォルト将軍である。偽物の首を作る為とはいえ、顔のあらゆる毛を剃ってしまったので罪悪感が半端なかったりする。

 そんなわけで、実にすっきりとした顔になったフォルトは、不機嫌な表情を隠しもせず貴族の前へと立った。

 先程までの偉そうな態度が嘘のように消えているので、貴族は完全にフォルトの圧力に屈しているようだ。


「それで、貴殿は何故ここにいるのだ? すぐに緊急の会議が行われると全員へ通達があった筈だ」

「それは……そちらも同じであろう! 貴様こそ、このような場所へ何をしに来たのだ!」

「私はジュリア様の命を受けて客人を探しにきたのだ。ここは私に任せて、貴殿はすぐに会議室へ向かうがいい」

「いや……私は……」

「城の一大事より大切なものがあると言うならば、是非教えていただきたいものだな」


 俺たちの会話が聞こえていたのだろう、フォルトの言葉に何も言い返せなかった貴族は、兵士を連れて逃げるようにその場から離れて行った。

 これで邪魔者は消えたが、安心するにはまだ早い。

 ジュリアと会った後なら事情は聞いていると思うが、ふりとはいえ俺は彼の命を奪おうとしたのだ。

 恨まれていてもおかしくはないので静かに警戒を高めていると、フォルトは厳しい面持ちのまま俺を見下ろした。


「……先程話した通りだ。ジュリア様が呼んでいるので、貴様は私と一緒に会議室へ同行願おう」

「それは構いませんが、少しだけ時間をいただけませんか?」


 エミリアが渡した手拭いでヒナの涙を拭いているカレンに視線を向けたところで、フォルトは俺が言いたい事を察してくれたようだ。

 しかし厳格そうな彼が許してくれるかどうか怪しいところである。


「あの小娘は確か……奴の関係者だったか?」

「その通りです。しかしラムダたちに置いて行かれた点から碌な情報は持っていなさそうですし、何よりあの子は完全に怯えております。うちの子なら落ち着かせて話を聞けるかもしれないので、少しだけ任せてもらえませんか?」

「……ならばお前たちに任せよう。何か情報を得られたらすぐに報告するのだ」


 その予想外の返答と同時に、フォルトの威圧感が消えた事に気付く。


「サンドールと関係のないお前たちが、ジュリア様たちの為にここまで動いてくれたのだ。それにジュリア様からあれだけ信頼されているお前たちの意見を蔑にする事は出来ん」

「下手すれば、俺は貴方の命を奪っていたんですけどね。それに髪や髭も……」

「全ては私が弱かっただけの話だ。結果的に私は生きているし、顔の毛だけで反逆者を追い出せたのならば問題はない。私の手で解決出来なかったのが心残りだが、貴様がどうしても気になるのならば……」


 そこまで語ったところで、フォルトは俺を真っ直ぐ見据えながら口元だけ笑みを浮かべたのである。


「状況が落ち着いたら、私ともう一度戦ってほしい。今度は負けぬ」

「……それならば喜んで。ですがその前に、うちのレウスと戦っていただきたいところですね」

「いいだろう。奴の剣を我が盾で受け止めるのが楽しみだ」


 どれだけ厳しい者だろうと、根は武人……という事か。

 それにしても、リースの治療を受けたとしても半日は碌に動けない薬だったのに、すでに歩き回っている時点で凄まじいものだ。

 どこぞの剣の変態と同類みたいなので、彼なら本気で振るわれるレウスの剣を正面から普通に受け止めてしまいそうである。


 とにかくこちらの行動を止めるつもりはなさそうなので、一旦俺はカレンの前で膝を折って目線を合わせた。

 勝手な行動をしていた自覚はあるのだろう。不安そうな面持ちでこちらを見るカレンだが、俺は優しく微笑みながらカレンの頭に手を置いていた。


「酷い事はされなかったか?」

「……うん。あの人たち怒ってたけど、カレンには何もしてこなかったから」

「そうか、ホクトがいてくれた御蔭だろう。色々と話を聞きたいところだが、ここだと落ち着かないから一旦俺たちの部屋に戻ろうか。もちろん、カレンのお友達も一緒にな」

「いいの?」

「ああ。ヒナちゃんの傍にいてあげなさい」

「うん!」


 部屋に連れて行くと勝手に決めてしまったが、フォルトは何も言わないので構わないようだ。

 一方、子供の竜を抱いて震えていたヒナであるが、満面の笑みを浮かべたカレンが手を伸ばせば、恐る恐るながらもその手を掴んでいた。


「一度部屋に戻って、あの子を俺の仲間たちに預けようと思います。それでよろしいでしょうか?」

「ならば私も行くとしよう。少し事情があるのでな」


 疾しい事はないし、寧ろ俺たちの事を知ってもらうにはちょうどいいので、同行を断る理由はないだろう。

 調子に乗ってホクトも一緒でいいかと聞いてみれば許可してくれたので、俺たちはフォルトを先頭に部屋へと戻るのだった。




 予想以上に人数が増えて戻ってきた俺たちに首を傾げていたものの、カレンが無事に戻ってきた事に皆が安堵の息を吐いていた。


「怪我は……ないみたいだね。カレン、あまり勝手な行動をしちゃ駄目だよ」

「ごめんなさい」

「まあまあ、反省はしているみたいだからその辺にしてあげなさい。ところで……その女の子は誰なの?」

「カレンの友達になったヒナちゃんだよ」

「…………」


 ここまでカレンに手を引かれてやってきたヒナであるが、リースとリーフェル姫たちの視線を受けるなり、カレンの背中に隠れてしまった。

 不安ばかりの現状に加え、周りが見知らぬ相手ばかりなのだから当然の反応か。ちなみに子供の竜はホクトに怯えているのか、呻き声すら上げず大人しくしている。

 まずはヒナを落ち着かせようとエミリアが紅茶を用意する中、ベッドに座っていたフィアが俺に手招きしていたので近づいた。


「……子供相手にあまりこういう事は考えたくはないけど、あの子を連れてきて本当に大丈夫なの?」

「ああ。ラムダが何か仕掛けた様子はなさそうだし、悪意に敏感なカレンが気を許した子だから危険はないと思う。それと俺は会議に出ないといけないから、状況を見て何か聞いてみてほしい」

「そう、わかったわ。こっちは任せておいて」


 ラムダが密偵として残していった可能性を考え、部屋へ戻る途中でヒナと子供の竜を『スキャン』で調べてみたが、特に怪しい反応は見られなかった。

 少なくとも、現時点では敵だと判断する理由はないと思う。

 とはいえ謎が多いのも事実なので、落ち着いたらカレンを通して色々と話を聞いてみたいところだ。

 一方、俺たちと一緒にやってきたフォルトだが、彼は部屋に入るなりレウスに話しかけていた。


「え? 俺も会議に出ないといけないのか?」

「そうだ。シリウス殿と一緒に参加してもらいたいのだ」

「行かねえと駄目なのか? 俺は姉ちゃんたちを守らないといけないんだけど」

「だから百狼を部屋に入れる許可を出したのだ。他にも私の信頼出来る部下を部屋の近くに待機させておこう」

「うーん……ホクトさんがいるなら平気か?」


 レウスが俺に視線を向けてきたが、ホクトがいるのなら守りは万全なので、問題はないと頷いておいた。

 そして許可が得られた事を満足気に頷いたフォルトは、部屋の扉を開けながら俺たちへ振り返る。


「では行くとしよう。急げとは言われなかったが、あまりジュリア様を待たせるわけにもいかないからな」

「あ、ちょっと待ってください。会議室の前に一つ寄りたい場所が……」


 俺の言葉に呆れた表情を浮かべるフォルトだが、理由を説明すれば即座に許可してくれたのだった。




 それから寄り道を済ませてから会議室へとやってきたわけだが、室内は怒号と困惑が入り乱れた混沌の場と化していた。

 騒いでいるのは武官や文官が入り混じった城の重鎮たちであり、その様子からして今回の事件について粗方説明が終わったところだろうか?

 会議室内の巨大なテーブルの上座に座っているジュリアは、真剣な面持ちで重鎮を宥めようと声を張り上げており、その隣に座るサンジェルは何もせず俯いたままであった。

 最後に、二人の弟であるアシュレイだけがこの場にいない事に気付く。

 王族として重大な会議に参加していないのもどうかと思うが、アシュレイの場合は日常茶飯事らしく、いてもいなくても変わらないという事で皆も諦めているらしい。実際、アシュレイがいない事を誰も気に留めていない。

 そして余所者である俺とレウスによって騒ぎが更に大きくなるかと思いきや、俺たちの後に入ってきたフォルトの睨みによって逆に静かになっていた。

 フォルトの放つ威圧感もあるが、彼の見た目が大きく変わった事に驚いているせいかもしれない。


「ジュリア様。彼等をお連れしました」

「来てくれたか。ではシリウス殿とレウスはそちらの席に座ってくれ」


 ジュリアが指したのは上座のすぐ横の席で、客人が座るとは到底思えない位置である。

 しかし指定された以上は座る他がないので、俺は改めて室内を見渡しながらレウスと並んで席に着いた。

 会議室に集まっている重鎮の数は、大体三十人くらいだろうか?

 その半数以上が、席に座った俺たちへ怒りと疑惑の目を向けているのだが、レウスとフォルトの睨みによってすぐに逸らされる。

 こんな鬱陶しい視線をぶつけられても不愉快なだけなので、妻たちまで招かれなくて本当に良かったと思う。

 最後にフォルトがジュリアの背後に控えたところで、重鎮の一人が俺たちを睨みつけながら口を開いた。


「ジュリア様。先程説明したのが、その者たちですか?」

「そうだ。国の反逆者として暗躍していたジラード……いや、ラムダの策を暴き、最悪の結果を回避してくれた恩人たちだ」

「……本当にそうなのですか?」

「ですな。その者たちはサンジェル様に取り入ろうと、卑劣な手を使ってジラード殿を追い出してのかもしれませんぞ?」

「うむ。あのジラード殿がそのような事をするとは思えません」

「英雄である彼等より、得体の知れない冒険者たちを信じろと言うのですか?」


 まあ、予想通りの反応である。

 自分が胡散臭いのは自覚しているし、ジュリアとサンジェル以外はラムダの裏切る現場を見ていないので、そう思われるのも仕方がないとは思う。

 だが国を治める王の子たちが言い出した事なのだから、少しは危機感を覚えてもいいと思う。

 なのに大半の重鎮が即座に否定して言い返している点から、ラムダがじっくりと浸透させた堕落の毒は想像以上に酷いようだ。

 仕舞いには俺たちを断罪すべきだと言い出す者まで現れるが、全ての野次を跳ね返すようにジュリアが声を張り上げた。


「彼等は断じてそのような者たちではない! もしシリウス殿が敵であれば、すでに我々は制圧されているからだ」

「ご冗談を。たかが冒険者の一人や二人……」

「我が国最強のフォルトを倒し、彼の髪や髭を剃ったのが彼だとしてもかい?」


 目の前に実物があり、本人も否定すらせず黙っているのだから非常に説得力があるようだ。

 そして畳み掛けるように、ジュリアは俺とレウスへ掌を向けながら不敵な笑みを浮かべる。


「もし君たちが言うように、シリウス殿が元英雄たちを嵌めたと言うのならば、彼はジラードより賢く、ヒルガンをも退かせる力を持っている事になるな。私は彼等の人柄を知って友になりたいと思ってはいるが、君たちはあくまで敵対すると思っていいのだな?」

「う……」

「それは……しかし、我々はジラード殿がやったかどうか見ていませんので、急に信じろと申されても……」


 反発する連中の大半は、ラムダから甘い汁を吸わせてもらっていた者たちだろう。

 他人からもたらされた楽な道ばかり進んだせいで、己の決断力が鈍っているというか、誰かに依存しなければ一人で前へ進めなくなっているのかもしれない。

 それでも反骨精神は残っているらしく、萎縮しながらも言い返す者が見られるが、フォルトが抑えていた威圧を放ちながら語り出した。


「実際に奴が騒ぎを起こしたからこそ、ジュリア様はこのような時間にお前たちを集めたのだ。非常事態というのが判断出来ぬ程に寝ぼけておるのならば、私が目を覚ましてやろうか?」

「「「うっ……」」」


 城に勤めている以上、フォルトの厳格さを嫌でも知っているのか、彼の怒声と威圧感から冗談ではないと重鎮たちも認め始めたようだ。

 結果的に脅しみたいな感じになってしまったが、余計な茶々を入れられても鬱陶しいだけなので、ジュリアは止める事をしなかった。

 こうして全員が黙ったところで、改めてジュリアは語り出す。


「さて、城から逃げたラムダたちの行方はわからないままだが、サンドールの滅亡を企んでいるとはっきり口にした以上、必ず何か仕掛けてくるだろう。皆には警戒を強めるようにお願いしたい」

「何を言っているのです! 我が国に弓を引いた者ならば、すぐに追っ手を差し向けて斬り捨てるべきかと!」

「竜に乗った相手をどう追えというのだ? 飛び去った方角へフォルトの部下を向かわせたが、奴の知力が優れているのは皆も承知な筈だ。易々と尻尾は見せないと思うので、常に備えておくようにと私は言いたいのだ」

「……そういう事ならば、我々も気を引き締めるとしましょう」

「うむ。ではすぐに城内へ通達をー……」

「お待ちください。その前に問い質す事がありますぞ!」


 伝達の為に兵士を呼びつけようとする重鎮たちだが、その中の数人が手を上げながらサンジェルへと視線を向けていた。


「サンジェル様。此度の責任、どうお取りになるつもりですかな?」

「…………」

「黙っていても結果は変わりませぬぞ? 正体がどうあれ、奴が貴方の臣下であるのは周知の事実です」

「うむ。主として、臣下が起こした暴挙の責任を取るべきかと」


 俺の次はサンジェルを狙いに定めたか。

 言っている事は間違っていないが、責任を全てサンジェルへ押し付けようという魂胆が見える。

 余所者である俺が口を挟む資格はないだろうが、まだ若いサンジェル一人だけを攻め続ける光景は見ていて不快だし、弾劾する連中は己がどれだけ不味い状況にいるという点を未だに理解していないようだ。

 少しばかり口を挟ませてもらおうかと、俺が声を掛けようとしたその時……。


「いい加減にしやがれ!」


 ずっと俯いていたサンジェルが、机に拳を叩きつけながら叫んだのである。

 会議室を揺るがす程の怒声に全員が驚く中、サンジェルは机を叩いた勢いのまま立ち上がって重鎮たちを睨みつけた。


「黙って聞いていれば好き勝手言いやがって。てめえ等もジラードに頼っていたくせに何を言っていやがるんだ!」

「何を言うのです! サンジェル様の臣下である彼を我々が頼る筈が……」

「俺は知っているんだよ! 親父が眠ってから急にてめえ等の仲間が増えてきたのは、裏であいつが手を貸していたって事をなぁ!」

「何を証拠にそのような事を。苦し紛れも程々にしていただきたいですな」

「それを問い詰めたら、本人が否定しなかったんだよ! なら聞くが、てめえ等は親父が倒れた後の手際が凄く良かったよな? あの行動の早さは、親父が倒れるのを知っていたかのような動きとしか思えなかったぜ? そこんとこを詳しく教えてくれよ」

「……この短期間で、私の部下が何人も城から出て行った。実に不思議だとは思っていたが、その辺りの手腕も聞かせてもらいたいものだな」


 サンジェルとフォルトによる、全てを見透かしていると言わんばかりの視線を受け、一部の者が誤魔化しきれないと察したらしく言葉を詰まらせている。


「状況はどうあれ、あの野郎は逃げ出した。つまりてめえ等も俺と同じく騙されていたってわけじゃねえのか? だったら俺に文句を言う資格はねえよな?」

「しかし上に立つ者として、責任を取らなければ下の者への示しが……」

「だからよ、今は責任だとかそういう問題を言い合っている場合じゃねえんだよ! 何でジュリアがそいつを呼んだと思っていやがる!」


 もはや逆切れに近いが、怒りによってサンジェルの調子が少し戻ってきたようだ。

 これは言い争いが続きそうだと密かに溜息を吐いていると、そこで思わぬ人物が会議室に現れたのである。


『……無様だなぁ』


 決して大きくはないが、身が引き締まるような重く威厳溢れる声だった。

 その馬鹿にするような声に重鎮たちが怒りの声を上げ始めるが、開かれた扉から現れた声の主を確認するなり、全ての重鎮たちが金縛りに遭ったかのように口を閉ざしていた。


「ったく……ちょっと寝ていたら、随分と情けない状況になっていやがるな」

「ち、父上!?」

「……親父」


 口調は荒々しいが、この場の誰よりも威厳に溢れた男……サンドール王が部屋に入って来たのである。

 長い間眠り続けたせいか頬は痩せこけ、獅子の如き立派な髪と髭は艶を失っており、更に神輿のように兵士たちが抱えている椅子から立ち上がれないようだが、王としての貫録は微塵も失ってはいないようだ。

 その証拠にあれだけ騒いでいた重鎮たちが一斉に頭を下げ、王がジュリアの横にやってくるまで呻き声一つ上がる事はなかった。


「父上。お目覚めになられたのですね」

「ああ。気分は最悪だが、ようやく動けるようになった」


 どうやら眠っているように見えても意識はあったらしく、サンドール王は自分のおかれた状況をある程度は理解していた。

 俺がそれを知っている理由は、実際に彼から聞いたからである。

 そう……会議室へ向かう前に寄り道した場所は王の寝室で、彼が眠っていた原因を取り除く為だったのだ。


「よう、兄ちゃん。大人しくしてろとは言っていたが、やっぱり我慢出来なくてな。ちょっと邪魔させてもらうぜ」

「……わかりました。せめて体だけはあまり動かさないようにしてください」


 眠り続けていたせいで体が碌に動かせない筈なのに、笑みを浮かべて軽く手を上げている点から、彼は凄まじい精神力を持っているのがわかる。

 何せ昏睡の原因だった異物を俺が排除すると同時に目を見開いたかと思えば、腹が減った……だからな。武か知力のどちらかと聞かれれば、間違いなく彼は武闘派の王であろう。

 そんな王が椅子ごとジュリアの横にやってきたのだが、サンジェルは先程の勢いを失ってまた落ち込み始めたのである。

 ラムダに裏切られた事に加え、城を滅茶苦茶にされてしまった己の不甲斐なさを情けなく思っているのだろう。


「ほう、娘と違ってこっちは随分としょぼくれてやがんな。さっきまでの威勢はどうした?」

「……うるせえよ」

「何があったのかは大体は聞いているぜ。まあ俺が言えるのは、裏切られた程度でぐだぐだ悩むなってところだな」

「っ!? ふざけんなよ! 親父に何がー……」

「はん! 怒鳴る元気はあるじゃねえか。言っておくが、王になれば裏切りなんて当たり前だぞ? 落ち込むなとは言わんが、それを表に出しているんじゃねえよ」


 親友だと思っていた相手に裏切られたのだから、サンジェルが落ち込むのは当然だろう。

 だが王として多くの者と関わり、多くの者と戦ってきた父親の言葉は重かったのか、サンジェルは何も言い返せずにいた。


「まあ王としては未熟だが、俺の国を守ろうとする心意気は立派なもんだ」

「……守れてねえだろ」

「だから心意気だけって言ってんだろうが。てめえはまだ餓鬼なんだから、失敗すんのは当たり前なんだよ」


 そんな中、ようやく金縛りから立ち直った重鎮たちが、緊張した面持ちで王へ語り掛け始めた。


「お、王よ。無事に目覚めて何よりでございます」

「ん? おお、すまんすまん。話の途中で割り込んで悪かったな」

「悪いなどとは。王が目覚めたのならば、些細な問題でございます」

「ですな。しかし王よ、先程の言葉は一体どういう事でしょうか?」

「無様と申していましたが、まさか我々の事ではありませんよね?」

「ああ? てめえ等に決まってんだろうが。話を聞いていると反吐が出るくらい情けなかったからよ」


 何を言っているんだとばかりにサンドール王は心底呆れた表情で答え、重鎮たちを見下しながら続きを口にする。


「責任とかほざいてばかりで、国がやばいって事に気付いていねえ無能ばかりだってんだからな。逃げたのがどういう連中なのか、もう一度よく考えてみやがれ」

「ご冗談を。かつて英雄と呼ばれていたとはいえ、たかが三人ですぞ?」

「明確な敵となれば、我が国の戦力の前では大した相手ではありませぬ」

「そんな奴に好き勝手やられていたのはどこのどいつだ? それにてめえ等は随分と腑抜けちまったみたいだし、今なら正面からぶつかっても勝てねえ気がするぞ?」

「王よ、それ以上我々を愚弄するのは止めていただきたい」

「貴方に尽くしてきた臣下への言葉とは思えませぬぞ!」

「そうかぁ? 餌を待つばかりの老犬がどれだけいようと、牙を研ぎ続けた狼に勝てるとは思えねえがな」


 王として、以前の彼等を知っているからこその言葉なのだろう。

 ラムダの魔の手が伸びるまでは、王から見れば有能な者たちだったのかもしれない。


「俺はてめえ等の貪欲さを買っていた。飢えた狼のように手柄を立てて、俺の玉座を狙う意気ってやつをな。だがちょっと見ない間に、他人から貰った手柄で踏ん反り返る腑抜けになっちまった。俺の城に、牙も爪も抜けちまった怠け者はいらねえよ」

「お、お待ちください! 全てはジラード……いや、ラムダの策略でございます!」

「これからは心を入れ替えて……」

「奴から何を吹き込まれたかは知らねえが、楽な道を選んだのはてめえ自身だろうが! とりあえず、後でてめえ等から色々聞かせてもらうから、余す事なく吐けよ。処分を決めるのはそれからだ」


 もはや死刑宣告のような言葉に、身に覚えのある重鎮たちは絶望の表情を浮かべるが、王は不敵な笑みを浮かべながら更に言葉を重ねる。


「それと先に言っておくが、向こうに寝返るのは止めといた方がいいぜ。なあ、兄ちゃんよ?」

「……そうですね」


 ここで俺にバトンを渡すときたか。

 本来なら、己が崖っぷちにいるかという事をじっくり理解させていこうと考えていたのだが、王によって完全に流れが変わってしまったな。

 しかし手間が省けたのは事実なので、俺はこの会議で伝えるべく重大な説明を始めた。


「私的な見解ですが、今のラムダは憎しみのあまりに心が壊れていると言っていいでしょう。そうでなければ、わざわざ国の英雄になったり、復讐すべき相手を助力するという回りくどい手段を取る筈がありませんから」

「しかしラムダたちは内部から国を弱体化させようと動いていたのだ。サンドールの戦力を甘く見ていないがゆえの行動ではないのか?」

「それもあり得ますが、もっと別の理由があると思います。ジュリア様とサンジェル様が見たように、ラムダたちの能力は未知数です。その気であれば、城を軽々と破壊出来る策もあったみたいですし」


 そこで許可を貰い、近くの壁に穴を開けて内部に伸びる植物を皆へ見せた。

 この植物は城中に張り巡らされているので、同時に動かせば城の破壊も可能だろう。城の外には俺の『ストリング』を破る為にラムダが伸ばした巨大な植物が残っているので、あれを見れば俺の言葉が妄想だとは思えまい。


「国に大打撃を与えるどころか、復讐対象者をいつでもラムダは狙えた筈なのです。だというのにラムダは手を出さずに暗躍し続け、正体がばれるとあっさり逃げ出した。その詳しい理由まではわかりませんが、現時点で判明している事が二つあります」

「ふん……一国すら相手取れる秘策か、戦力があるってわけか。笑えねえ冗談だぜ」

「あの化物のような能力と竜を操れる仲間がいる以上、無視は出来ない戦力になるな。ところで判明した事が二つあると言っていたが、もう一つは何だい?」

「己を陥れた相手に絶望を味わわせる事でしょう」


 人は喜びが大きい程、失敗した時の不満が大きくなるものである。

 サンジェルを隠れ蓑にし、憎んでいる相手に裏から手を貸していたのは、夢である玉座が届く地位まで成り上がらせた後で、全てを破壊するつもりなのだろう。

 つまり上げてから落とすという事を、本気でラムダは行っているわけである。

 こんな面倒な事、心が壊れる程に憎んでいなければ到底出来まい。


「要するに目的は復讐なんだろ? その連中を全員引き渡せば解決するんじゃねえのか?」

「「「っ!?」」」


 数人の犠牲で国が守れるのであれば、王である彼は躊躇なく差し出すだろう。

 その冷徹な言葉に反応する重鎮が見られたが、俺は首を横に振って否定した。


「最終計画とか不穏な言葉を口にしていましたし、最早ラムダは止まらないと思います。憎しみによって考えが歪み、復讐の対象は国すら含まれていると考えていいでしょう」

「しかし、何故そう言い切れるのだ? 私は君がラムダの仲間だとは微塵も思ってはいないが、そこまで自信を持って答えられる理由があるのかい?」

「昔……復讐によって狂い、世界すら憎んで滅ぼそうとした者を見た事があるのです」


 前世で最後に戦ったあの破壊者は、本当に狂っていた。

 穏やかな声で、全てを破壊したいと笑顔で語り続けた狂気は今でも鮮明に思い出せる。

 あれの生まれ変わりなのかと思う程にラムダは似ているので、証拠がなかろうと忠告しておくに越した事はない。

 俺の真剣な声色に生唾を飲む音が聞こえたが、言い返す者はいなかったので話を続ける。


「それと逃げたところで地の果てまで追ってくると思うので、どちらかが滅ぶまで戦うしかないでしょう」

「へ……過去はどうあれ、ここまで俺の国を荒らしたんだ。逃げるつもりなんか微塵もねえな」

「私もです、父上。あんなにも信頼していた兄上を裏切った者を許せませんし、ヒルガンのような痴れ者は斬らなければ気が済まないからな!」


 実に頼もしい王とその娘であるが、問題はここに並ぶ重鎮たちの方だな。

 一部は王に同調して意気込んでいるが、不安気な表情で必死に考えを巡らしている者も見られる。

 そんな逃げ腰な連中を狙うように、俺ははっきりと告げた。


「もしラムダたちから接触があったとしても、決して話に乗らない事ですね。用が済めば、死ぬより辛い目に遭うのが目に見えていますから」


 手を貸せばお前の命だけは助けてやる……とでも囁かれてしまえば、簡単に乗ってしまいそうな者が多そうだからな。隙を突いてラムダが内部の者と通じ、土壇場で裏切られては困る。

 それにラムダは多くの者に裏切られたのだから、裏切者を決して許さないだろう。

 殺気を含めた脅しを含めつつ、俺は全員へ念入りに釘を刺すのだった。




 こうして俺の説明が済んだところで、会議も終わりが見えてきたようだ。

 ラムダと関わりのあった重鎮たちの処分は、王が直々に取り調べてから下すそうなので、俺がやる事は城内に伸ばされた植物の処分と、ラムダの奇襲に備えるくらいだと思う。


「方針が決まるまで、無断でこの会議室から出ようとしたり、城を離れようとする者は裏切者と見なすぞ。疾しい事がないのなら大人しくしていればいいし、身に覚えがある奴はどちらにつけば命が助かるか、よーく考えておくんだな」


 これから王は一人一人別室に呼びつけて審問を行うらしい。

 この場で問い詰めてもいいのだが、個人なら保身の為に他との繋がりを吐き易いだろうと考えての事だ。

 様々な表情を浮かべ、緊張した面持ちで椅子に座っている重鎮たちと王は徹夜確定だろうな。

 俺たちは特に何も言われなかったので、そろそろお暇させてもらおうかと考えていると、王が自分の髭を撫でながら突然呟き始めた。


「さて、審問を始める前に俺も責任を取るとするか。何も出来ず暢気に寝ていたのは事実だからな」

「親父がそんな事をする必要はねえだろ。悪いのは、いいように振り回されていた俺たちだ」

「父上は卑劣な手で眠らされていただけです」

「いや、そもそも俺がしっかりと決めていなかったのが原因でもあるんだ。というわけで、近々俺は王を辞めるから、次の王はサンジェルで決定な」

「「「…………はっ?」」」


 国の一大事でもある王の引退と継承宣言を、王は夕食の献立を決めるようにあっさりと言い放った。

 一般的に考えて、長男であるサンジェルが継承するのは別段おかしくはないのだが、今の状況で決めるのはどうなのかと思う。

 そんな唐突過ぎる発表に誰もが唖然とする中、王はサンジェルの背中を叩きながら豪快に笑っていた。


「心意気だけは十分なんだ。後はてめえ等が支えるか、鍛えてやれば一端の王になれるだろ。何せ俺の子だしな」

「ちょ、ちょっと待てよ! 今の俺にそんな資格があるわけねえだろが!」

「資格がどうとかは俺が決める話だ。それに、奴に騙されていた連中の中でお前は苦労していたそうじゃねえか?」


 誰かが楽をすれば、その分だけ他に皺寄せがいくものである。

 楽な仕事ばかりしていた重鎮たちの不足分を、これまでサンジェルが補ってきたのだ。一人だけでやっていたとは思わないが、サンジェルの負担は相当なものだっただろう。

 それも全てラムダの暗躍によるものだが、少なくとも俺はサンジェルが楽をしている光景を見た事がない。


「それに失敗や苦労を味わっている奴は強くなれるもんだ。けどお前がそんなに嫌だって言うなら、ここにいないアシュレイか?」

「アシュレイは……無理だろ。あいつは王になる気は微塵もねえし」

「ならジュリアだな。おい、お前はサンドールの女王になるつもりはあるのか?」

「いえ、私はやはり剣が合っているし、兄さんがいるのならば玉座を継ぐつもりはありません。それに……私は遂に見つけましたから」

「見つけたって……まさか!?」

「ほう、お前の目に適う奴が現れたのかよ?」

「その通りです!」


 そこでジュリアは清々しい笑みを浮かべ、レウスへと体を向けながら高々と宣言したのである。


「レウス。この言葉はサンドールの王族ではなく、一人の女性としての言葉だ。心して聞いてほしい」

「ん? よくわからねえけど、聞けばいいのか?」

「ああ。私はレウスに結婚を申し込む。どうか私の伴侶になってくれないだろうか?」

「…………え?」


 会話を振られる事もなく、会議に呼ばれた理由がよくわからなかったレウスだが、ここにきてようやく判明した。

 それにしても、レウスの前で片膝を突いたジュリアが、王子様のように相手の手を取りながら告白している光景は実にシュールである。


 軽々と宣言された王の引退と継承者の決定に加え、王女の求婚宣言。

 サンドールの長い一日はまだ終わらないようだ。




 おまけその一 竜の谷のカレン



 場面……カレンがヒナと子竜を庇っているシーンにて



「駄目! それ以上近づいたら、許さないから!」

「やはり竜がいたのか」

「渡しなさい」

「何で? この子は悪い事なんかしていないよ!」

「竜と人は同じ世界には住めないのだよ」

「駄目なのーっ!」




※今回の話を書いている内に、ふと浮かんだので投下。

 意味がわからない、パロディーが嫌いでしたらすんません。






 おまけその二 とあるエルフとその妹分の話



「お、お姉様が妊娠!? これは……お姉様と家族になる最大のチャンスなのでは? もしお姉様の子が男だとして、結ばれればお姉様と本当の家族に……うへへ」

「私はどっちでもいいと思っていたけど、女の子の方がいいような気がしてきたわね」

「お姉様!? ち、違うんですよ! ほんのちょっと思っただけで、本気でやるつもりはありませんから。何となく男の子が見たいかなぁ……って」

「冗談よ。きちんとお互いに好きになれたのなら、私は全然構わないわよ?」

「さすがはお姉様です!」


「……シリウス様、あれは突っ込むべきところなのでしょうか?」

「正に長命なエルフだからこその会話だな」








 お待たせしました、ようやくの更新となります。

 前に話しの下準備が整ったと書きながら、未だに説明的な流ればかりなのは、広げた風呂敷を畳む事に苦労している証拠でございます。

 前話といい、どうも脳の回転が悪いのか、致命的な矛盾や説明忘れがありそうでビクビクしていたり。


 最後に……9月25日にワールド・ティーチャーの書籍9巻が発売となります。

 活動報告に表紙のイラストと、ちょっとした小話を書いていますので、興味があればどうぞ。

 それでは。

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