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破壊者

※2018年7月3日 後半部分を多少修正しました。



「ジラード……いや、かつてこの城に仕えていた、魔法技師のラムダ……だったな。その男の目的だよ」


 かつてサンドールには、天才と呼ばれた魔法技師……ラムダという男がいた。

 平民でありながらも独自に魔法陣や魔道具について学び、自発的に魔道具を作っていたらしい。

 その能力が認められて城に召し抱えられた後も、ラムダは奇抜ながらも有能な魔道具を生み出してサンドールの発展に多大な貢献をし、二十歳という若さで魔道具開発の最高責任者となったそうだ。

 だが……その出世も長くは続かなかった。

 ラムダは城の財産を許可なく研究費として使用したり、罪のない人を攫って人体実験をしている事が判明したのである。

 膨大な財産が使われた事と、能力の高さを妬んでいた周囲の者たちの後押しにより、極刑が下されたラムダは歴史から姿を消した。


 そのラムダであると俺がはっきりと告げれば、ジラードと名乗っていた男は困惑した表情を浮かべながら杖を握り直していた。


「突然何を言い出したかと思えば、私がラムダ……ですか? シリウス様はもう少し聡明な方だと思っていましたが……」

「貴方、正気なの? ラムダなら私も知っているけど、彼はとっくに死んでいるのよ?」

「はは! ならジラードはもうおっさんってか? 闘武祭の優勝者ってのは、考え方もぶっ飛んでいやがるんだな!」


 三人から心底呆れた目を向けられるが、俺の考えは変わらない。

 情報屋のフリージアから聞いた通りならば、それは二十年近く前の話なので、もしラムダが生きていたとしたら彼はもう五十歳は過ぎている筈なのだ。

 しかしジラードはどう見ても二十歳前後の男なので、年齢を誤魔化すのも限度はある。

 何よりラムダに下された刑は、サンドールで『島流し』と呼ばれる極刑だ。

 正に名前の通りの刑で、送られる場所が魔物がはびこる魔大陸な上に、罪人は縛られた状態で小舟に乗せられて運ばれるとか。

 碌な装備もなく、拘束された状態で魔物の巣窟へ送られるので、普通なら生きている筈がないのだが……。


「もちろん、それを承知で俺は言っている。だが島流しとなった罪人の中で、ラムダだけは様子が違っていたそうだ」


 島流しの刑は、沖合の船で待機している執行者が、魔物に襲われる罪人を確認してから完了となる。

 本来なら、魔大陸の浜辺に着くと同時に襲われてすぐに終わるのだが、ラムダだけは到着と同時に拘束を解き、魔物に追われながらも近くの森へ逃げ込んだらしい。

 もちろん森にも多くの魔物が潜んでいるので確認しに行ける筈もなく、碌に戦闘経験のないラムダが生き残れるわけがないという事で、ラムダは死亡したと判断された。

 当時、彼を妬んでいた者たちが最後を見届けようと一緒だったらしく、その連中から娼婦を通してフリージアへ伝わったわけだ。

 つまり……ラムダは生存しているとは思えないが、明確な死亡が確認されていないわけである。


「何せ魔道具を作っていた男だからな。こっそり忍ばせていた魔道具を使い、生き延びていたという可能性は十分あり得る」

「シリウス様は随分と想像力が豊かなようですね。いえ……魔大陸を知らないから、そう言えるのかもしれません」


 もはや呆れるどころか、憐んでいるような視線を向けられていた。

 傍からすれば突拍子のない妄想としか思えないし、そう捉えられても仕方がないだろう。

 実際のところ、ほとんど俺の勘だからな。

 だが……これまで数々の死線を潜り抜けて鍛え抜かれた勘だ。

 それを無視する事が出来なくて個人的に情報を集めていたわけだが、今回の件で確証へと変わりつつあった。


「人の手が入っていない大陸だ。俺たちでは予想も付かない事が起こる事もあるだろうさ」

「はぁ……わかりました。では仮にラムダが生きていたとしたら、一体何だというのですか?」

「地獄から生きて戻った男が何をするか……という話だよ」


 罪人であるラムダだが、実は冤罪の可能性が高い。

 傍から見れば人付き合いが苦手で、魔道具の事ばかり考えている変人だったそうだが、実際は家族想いの優しい男でもあったらしい。城に自室が用意されたのに、わざわざ家族のいる実家で寝泊まりしていたとか。

 それにラムダは、平民から魔道具開発の最高責任者に成り上がっているのだ。

 彼を妬む連中は多かった筈だし、家族を人質にされて反論すら出来なかった……なんて事も想像が出来る。

 要するに俺が言いたい事は……だ。


「ラムダは国に戻ってきて、名前と姿を変えて復讐の機会を窺っているとは思わないか?」

「ふむ……多少強引ですが、全くないとは言い切れませんね。ですが、私がラムダだと言うのはさすがに無理があると思いますよ?」

「ちょっと、客人だからっていい加減にしてほしいわね。誰よりもサンジェル様を支えている彼を、罪人と一緒にするなんて信じられないわよ!」


 我慢出来ないのか、ジラードを心から慕うルカが殺気を放ちながら俺を睨み始めていた。

 確かに彼等の言う通り、ラムダの正体がジラードという証拠はない。

 そして俺へ暗殺を依頼したように、サンジェルを王にする為ならば非道な手段であろうと辞さない覚悟を持っているようだが、俺はそこに違和感を覚えているのだ。


「本当に支えているのか? 俺から見ると、お前がやっている事は中途半端としか思えないんだがな」

「それは聞き捨てなりませんね。私はサンジェル様の為にー……」

「神眼と呼ばれる能力を持ちながら、邪魔な連中を未だに排除出来ていないのにか?」


 植物に詳しいと話した時点で確信したが、この男が城や国中の至る箇所に伸びた植物の根から人の位置を確認したり、人々を監視しているのは間違いないだろう。

 そして相手の位置が把握出来るのなら、不正や怪しい談合をしている現場を押さえて弱味を握り、敵対する連中をどうにかする事も出来る筈だ。

 だというのに、連中は好き勝手に振る舞ってサンジェルの頭を悩ませているのが現状である。


「サンジェル様を王にする義務とか言いながら、お前は明らかに加減をしている。いや、意図があって動いていると言うべきか」


 俺に暗殺を依頼する程の覚悟を持っているわりには、小物を放置しているといった抜けが多い。

 革命を起こそうとしているのはフォルトではなく、実はこの男という考えも浮かんだが、それも何か違う気がするのだ。

 考えれば考える程に違和感が生まれ、俺なりに調べ続けた結果……。


「お前は主のサンジェルだけでなく、敵対している連中とも組んでいるんじゃないのか?」


 どちらにも与して情報を流し、継承権による争いを激化させるだけでなく、全体の流れを操作する。

 つまり情報屋のフリージアが語った黒幕の正体は、この男だという事だ。こいつなら一番辻褄が合う……ともいうな。


 次に考えたのは、こんな事をする目的である。

 もし彼が玉座を狙っているのであれば、サンジェルを王にさせる方が一番手っ取り早いからだ。

 すでにサンジェルとは十分な信頼を築けているのだから、王にさせた後で裏から操ったり、毒を盛って継承権を譲る遺書を書かせたり等と、方法は幾らでもある。

 なのにこの男がやっている事は、ただ国を混乱させているだけなのだ。


「自ら住まう国を荒らしているんだ。サンドールを憎んでいる可能性を考え、お前がラムダだと睨んだのさ」


 これ程の事が実現可能な能力や、魔道具を用意出来そうな者。

 サンドールや、特定の誰かに強い恨みを持つ者。

 そして情報屋から聞いた生死が不明瞭な点から、ラムダの可能性が一番高いわけである。

 そこまで説明したところで相手の返答を待っていれば、返ってきたのは控え目な拍手であった。


「実に素晴らしい推理でした。そう……貴方の言う通り、私の目的は国を混乱させる事です」

「ジラード! それを言う必要は……」

「ここまで気付いているのなら、彼も真実を知るべきでしょう。ですが、一つだけ違う点があります。私はラムダではなく、ある国から派遣された間諜なのです。このような事は本意ではないのですが、故郷の家族を人質に取られてやむを得ずー……」

「誤魔化すのもその辺にしたらどうだ?」


 他国の間諜?

 俺の推測より現実的だし、十分あり得そうな話である。

 しかし似たような世界を生き、数々の同類と相対してきた者からすれば、そんな気配を纏う存在が間諜なんて到底思えないからだ。

 お前の正体は……。


「お前は……破壊を望む者だ。そのどす黒い感情を奥底に秘めた目を、俺はよく知っている」


 そもそもこんな妄想のような思考を始めたのは、目の前の男とよく似た存在を知っていたからだ。


 全てに絶望し、己の目的を遂げる為に泥を啜りながらも成り上がり、大企業の頂点に立って世界を破壊しようとした復讐者。

 そう……この男は、前世で俺が死ぬ直前に戦っていた、あの復讐者の目と同じだったからだ。


「答えたくないのなら、俺が答えてやろう。ラムダであるお前の真の目的は、この国を崩壊させる事だ」


 復讐となれば特定の誰かになるだろうが、ラムダにとっては国全体が復讐の対象となっているのだろう。

 サンジェルに取り入り、裏で暗躍する回りくどい事をしているのが証拠の一つでもある。

 あくまで強気に、そしてはっきりと断言してやれば、目の前の男は笑いを堪えるように口元へ手を当てていた。


「ふふ、ははは! 僅かな手掛かりでそこまで辿り着くとは……貴方は予想以上の御方だ」

「ようやく認めたか?」

「はい。貴方の仰る通り私はラムダであり、国の崩壊を望んでおります。それにしても、その名で呼ばれるのも久しいですね」


 そう語るジラード……いや、ラムダは、口を三日月みたいに歪ませながら笑っていた。

 残忍かつ、暴虐さを剥き出しにしたこの笑み、これがラムダの本性というわけか。

 底なし沼のように暗い闇を秘めた目と、得体の知れない雰囲気を隠す事なく曝け出しているが、その変化に最も動揺していたのは隣に立つルカとヒルガンだった。


「よ、よろしいのですか? このような男に明かしても……」

「あーあ。こりゃあ生かして帰すわけにはいかねえよな。俺がこいつを始末してやるから、あの女たちは俺に寄越せよ?」

「貴方たち、少し落ち着きなさい。彼が私の正体を知ったところで、もはやどうしようもないのですから」


 そんな二人とは違い、ラムダは余裕の笑みを浮かべながら椅子の背もたれに体を預けていた。


「あまりにも飛躍し過ぎた内容ですし、ただの冒険者が……いえ、今や国の重鎮を殺した逆賊の彼と、国の英雄である私たちの言葉……周りはどちらを信じるでしょうね?」


 依頼されたとはいえ、実際に手を下したのは俺なのだから言い逃れは出来ない。

 ラムダに関する話も、魔大陸から生き伸びて戻ってきた者がいるとは思えないだろうし、認めてしまえば国の恥を晒す行為でもあるのだ。

 例え真実だとしても、俺の言い分は間違いなく無視されてしまうだろう。


「そして私には貴方を黙らせる秘策があります。理解していると思いますが、勝手な行動は慎んでもらいますよ」

「秘策……か。やはりこの薬は」

「はい。その薬を使おうと、貴方の奥さんを蝕むものは完全に消えません」


 本人の意志は失わなくなるが、ラムダの命令だけは従ってしまう効果は残るらしい。

 半ば予想はしていたが、実際に説明されると怒りが湧いてくるな。

 思わず殺気を放ってしまうが、それを軽々と受け流したラムダは予想外の事を語り出したのである。


「ですが、貴方のやる事はすでにありません。私の邪魔さえしなければ気にしないので、このまま何も語らず、奥さんを連れて国を出て行きなさい」

「……見逃すってわけか。もっと厄介な事をやらされると思っていたんだが」

「計画は最終段階に入っています。それさえ終われば、後はどうでもいいのです」


 復讐が遂げられればどうでもいい……という事か。

 その計画とやらまではわからないが、国への復讐となれば禄でもない事に違いあるまい。

 おまけに俺の力を利用するどころか、この国から遠ざけるという点からして、すでに準備が整いつつあるという意味でもある。

 まだ不明な点は多いが、現時点での目的は達した。

 どこか遠い目をしているラムダへ、俺は殺気を抑えてから告げていた。


「せっかくの慈悲なんだろうが、無理な話だな」

「おや、私の話が信じられませんか? 気持ちはわからなくもありませんが、貴方が選ぶ道は一つしかありませんよ。一度奥さんの顔を見て、考え直してみてはどうでしょうか?」

「そうじゃない。すでに手遅れだからだ」


 すると、その言葉を継げると同時に、この部屋へ近づいてくる激しい足音が聞こえてきたのである。

 足音の正体に気付いたラムダが冷静にジラードとしての仮面を被り直していると、部屋の扉が蹴破る勢いで開かれた。


「……ジラード」


 現れたのは、複雑な表情を湛えたサンジェルであった。

 全力で走ってきたせいか呼吸が激しく乱れているが、それを整える間もなくサンジェルはラムダへと詰め寄っていた。


「サンジェル様、どうかなされたのですか? 彼等とのお茶会で何かー……」

「なあ、お前は……本当にこの国を壊したいのか?」

「っ!?」


 さすがにその言葉は予想がつかなかったのか、微笑を浮かべていたラムダも激しい動揺を見せていた。

 今頃奴は、何故だと必死に考えているだろう。

 そもそも弟子たちとサンジェルがお茶会をしていた部屋はここから十分に離れており、叫ぶ勢いでなければ声が届く筈がないからだ。


「なあ……答えてくれ! 答えろよ! お前は……お前は!」

「落ち着いてください! 一体何の事かー……くっ! 貴方は何をしたのです!」


 だというのに、俺たちの会話を聞いていたかのようにサンジェルは荒れ狂っているのだ。

 感情のまま胸倉を掴むサンジェルにより、碌に弁明もさせてもらえないラムダはされるがままであった。


「シリウス様。こちらは万事予定通りでございます」

「兄貴、こいつを殴るなら俺もやらせてくれよ」

「ちょっと二人とも、急ぎ過ぎだよ。フィアさんはまだ本調子じゃないんだから」

「大丈夫よ。軽く走るくらいなら問題はないわ」

「何を言っているのよ。ちゃんとリースの言う事を聞きなさい。そういう油断が駄目なのよ」

「姫様。貴方も過去に似たような事をしていましたよね?」


 サンジェルに続き、ホクトに預けているカレンを除いた俺の仲間たちも現れたのだが、その背後にはリーフェル姫とメルトだけでなく……。


「どこか怪しいとは思ってはいたが、まさかこれ程の事を企んでいたとは」

「こりゃあ、予想以上に不味い状況だな」


 サンドール王の長女と次男である、ジュリアとアシュレイの姿もあった。

 王の子供たちが勢揃いとなる状況に、ラムダたちの混乱も極まっているようである。 


「こ、これは一体!?」

「余所見してんじゃねえ! お前は俺を王にしてやるって……剣になるって言ったじゃねえか! あれも嘘だってのか!」

「兄上。気持ちはわかるが、少し落ち着くのだ!」

「うるせえ! お前たちは黙ってろ!」 

「いいから離れろって。兄者がそんなんじゃ話が進まねえだろ」


 もはや手がつけられない程の暴れっぷりであるが、サンジェルがそうなるのも当然かもしれない。

 誰よりも信頼していた臣下であり、友のような存在であった相手に裏切られたのだから。

 とにかくサンジェルは妹と弟によって強引に引き離されたが、まだラムダは状況を完全に読めていないようなので、俺はエミリアが隣に控えたのを確認してから説明を始めた。


「もう理解しているんじゃないのか? さっきまでの会話は、全てここにいる全員へ筒抜けだったという事にだ」

「魔法を発動した形跡はなかった筈……」

「発動させていたさ。ただし、お前が想像も付かない魔法だがな」


 遠くの相手へ声を届けたり、聞こえるようになる風の魔法は、発動させると風と魔力の流れが生まれるものだ。

 それゆえ勘が鋭い者ならすぐに気付かれてしまうが、俺が使っていた魔法は針の穴さえ通せる極細の『ストリング』で、魔力の流れは皆無に等しい。

 更に城には魔力を持つ根が無数に伸びているので、それに糸を紛れさせておけば気付けというのも無理な話だろう。

 たとえ気付いたとしても、魔力の糸だけでここまでの事が出来るなんて想像もつくまい。


「『ストリング』……ですか? たかが糸でそのような事が出来るわけが……」

「そうでもないさ。この魔力の糸は俺が持っているこの魔石と、彼女が持つ魔道具に繋がっているんだが……エミリア」

「はい、いつでもどうぞ」


 エミリアが手にしていた蓄音機のような形をした魔道具を起動させたところで、ベルトから外した魔石……周囲の音を吸収する魔法陣を刻んだ魔石へ声を掛ければ……。


『このように、魔石周辺の会話が魔道具から聞こえるわけだ』

「なっ!?」


 以前……ミラ教の騒動の際に、同じ魔石で盗聴器のように使っていたが、あれは『ストリング』を繋いだ俺にしか聞こえないものだった。

 これでも十分使える代物だが、念には念をという事で、受信専用の魔道具を作って周囲の人たちにも聞こえるようにしていたのである。


「へぇ……本当にそれを通して聞こえていたんだな。俺も一つ欲しいところだ」

「国を破壊なんて、皆がからかっているのかとも考えたが、こうして己の目と耳で知った以上は信じるしかあるまい」

「色々と使い道がありそうな魔道具ね。今回に至っては、国の一大事を救う切っ掛けとなったみたいだし」


 真実を知るのが俺一人ならどうにか出来たかもしれないが、これだけの王族たちに聞かれてしまえばさすがに言い逃れは出来まい。


「……このような魔道具があるとは。どうりで素直だったわけですね」

「余裕がある程、油断が生まれやすいものだ。ましてや、取り返しのつかない弱味を握ったとなれば尚更だな」


 ただ問い詰めたところで、奴は自分がラムダだと認めはしなかっただろう。

 だからこそ俺は相手に従った振りをし、あえて弱点を握らせて油断を誘ったのである。

 正直気乗りしない事ばかりであったが、その甲斐もあって俺が聞きたかった言葉を自白させる事に成功したのだ。


「お、お待ちください、サンジェル様! その者はフォルト将軍を手にかけた者ですよ? そこに証拠の首もございます!」


 何も言い返せずにいるラムダに代わり、前に出てきたルカが足元の赤く染まった袋を指しながら訴えかけていた。

 皆が来るので袋の口は閉じておいたが、真っ赤な染みと匂いによってそれが何であるか察せるだろう。


「お前等……」

「全てはそこの男に唆され、ジラード様は仕方なく言わされていたのです」

「そうだ! この野郎は、俺たちを脅してきやがったんだぞ!」

「これまで貴方を支えてきた私たちではなく、このような残酷な男を信じるのですか!? いえ、私たちの事はどうなっても構いません。せめて貴方の友であるジラードだけでも信じてー……」

「君たち、フォルトは死んでいないぞ」


 だが……その訴えもジュリアの一言によって覆る。


「フォルトなら、私たちがいた部屋で寝ている。しばらく目覚めないそうだが、五体満足なのは皆が確認している事だ」

「そんな筈は!? 確かに奴の首が……」

「どけっ!」


 苛立ったヒルガンが袋を拾おうとしたが、それより先に俺が回収していた。

 大方中身を見せびらかそうとしたのだろうが、家の女性陣にはあまり見せたくないものだからな。


「心配しなくてもこれは偽物だ。準備に手間取った分、よく似ていただろう?」


 これはフォルトの頭部ではなく、本当は彼と似た体格をした人型魔物の頭だ。

 もちろんそのままだとすぐにばれるので、フリージアの店にいた男……もとい、女のローズが化粧や死体を弄る技術に優れていると聞き、俺が持ってきた首から作ってくれたものである。

 フォルトの特徴的な輪郭や古傷を作ってもらい、仕上げにフォルト本人から毛髪類と鮮血を貰って頭全体に付ければ、近くで見ない限りは本物に見えなくもない。

 人は顔全体ではなく、目立った特徴で相手を判断してしまいがちだからな。フォルトのような目立つ古傷があるなら尚更だろう。

 そしてラムダに至っては、逆に相手の能力を利用させてもらった。


 先程から妙にラムダが大人しいのは、生きていると知ってフォルトの反応を探っているからだろう。

 そしてジュリアの言葉が真実であると気付き、拳で机を叩いていた。


「……何故です!? 奴の命は確かに消えた筈なのに……何故反応がある!?」

「もちろん死んだからさ。ただし一時的に……だがな」


 己が渡した毒を使用したと思っていたのだろうが、あいにくと俺が使ったのは生命活動を極限まで下げる……所謂、仮死状態にさせる薬であった。

 本来は敵地で相手の目を逃れたり、虚を突く為に死んだふりをする為に作っていたものである。

 実はまだ改良の途中で、下手に使えば本当に命を失う危険性があるのだが、すぐにリースの精密な治療を施せば後遺症もなく蘇生出来るのだ。つまりリースがいないと意味がない代物だったりする。

 とまあ、かなり危険な賭けではあったが、こうして俺は何とか騙す事に成功したわけだ。

 更に……。


「こんな筈では……いや、まさか!?」

「気付いたようだな。人質を取って有利になったつもりだろうが、お前は根本的に勘違いしているのさ」


 最も気にすべきフィアの件だが、実のところ全く問題はなかったのである。

 研究者の性か、それだけ己の研究結果に自信があったのだろうが、通じない可能性も考慮しておくべきだったな。


「あいにくと、俺の妻は普通のエルフとは違うんでね。お前が飲ませたものなんて全く効いていないのさ」


 何故なら彼女の体内には、規格外の存在である師匠の……聖樹の種があるのだから。

 次代の聖樹を選ぶ種は、宿主を守る為に加護を与える。

 実際、あれからフィアは全く病気にかからないどころか、毒物に対する耐性が非常に高くなったからな。

 つまりどれだけ植物の研究を重ねようと、植物の頂点に立つであろう聖樹の加護を誤魔化すなんて簡単ではないのだ。


「えーと……つまりフィア姉は体調が悪い振りをしてたってわけか?」

「ええ。体の調子を見てもらった時に、なるべく部屋から出ないようにってシリウスに言われていたのよ。まあ……二日酔いになったのは本当なんだけどね」

「「フィアさん……」」

「貴方ね……」


 可愛らしく舌を出しているフィアだが、周囲からの目が痛そうである。

 一応、密かに確保していたあの時のワインを師匠に浴びせて調べてもらったが、全く問題はないと言ってくれた。代わりに、よくも不味いものをかけてくれたなと凄く怒られたが。


「さて、これだけの証人がいれば正体を隠す必要もあるまい。ついでにお前の計画とやらを聞かせてもらおうじゃないか」

「はぁ……見事です。ここまでされては、もう笑うしかありませんよ」

「ジラード。 なあ……頼むから冗談だって言ってくれよ。俺を王にする為の試練だったとかよ……」

「貴方は本当に救いようがありませんね。実際に聞いておきながら、まだ私を信じているのですか?」


 悔しそうに拳を握っていたラムダだが、もはや取り繕う必要もないと判断し、先程と同じ笑みを浮かべながらサンジェルを見つめている。

 そのまま椅子から立ち上がるなり、手にした杖の先端で床を叩こうとするラムダだが、俺は咄嗟に『マグナム』を放って杖を撃ち砕いていた。


「それ以上下手な動きを見せれば、次は体を狙う。何もしていないフィアを狙ったんだ、相応の覚悟はしているんだろうな?」

「おお、怖いですね。でも残念ながら、そちらではありませんよ?」


 人数差に加え圧倒的に不利な状況だというのに、ラムダの表情に焦りは見られない。

 魔法の発動させる鍵らしき杖は破壊した筈だが、何か他に策があるのか?

 いや……違う。

 ラムダは囮で、本命は……。


「あんたたち!」

「ほらよっと!」


 ルカとヒルガンだったようだ。

 全員がラムダに気を取られていた隙にルカは大きな口笛を吹き、ヒルガンは背後の壁を殴り壊して外への道を作っていたのである。


『……――ォォォンッ!』


 同時にホクトの警戒を促す遠吠えが聞こえたので、おそらく竜奏士であるルカが竜を呼び、壊した壁から逃走を図るつもりなのだろう。

 この状況……前にも覚えがある。

 サンドール王に埋め込まれた石といい、この連中は獣国アービトレイで暴挙の限りを尽くしたベルフォードの仲間に違いあるまい。

 連中を逃すわけにはいかないが、個人的な事情を含めて聞きたい事が山ほどある。

 ゆえに頭部ではなく足を撃つべく狙おうと手を向けるが、それよりも早くレウスとジュリアが飛び出していた。


「逃がさねえぞ!」

「これ程の事をしておきながら、逃げられると思っているのか!」

「へっ、やってみやがれよぉ!」


 剣を抜いてラムダへ迫るレウスとジュリアだが、不敵な笑みを浮かべたヒルガンが立ち塞がっていた。

 武器を忘れたのかヒルガンは丸腰であり、更に達人級の剣士を二人同時に相手をするなんて無謀にも程がある。

 二人の実力であれば、一撃で終わるだろうと思いきや……。


「「なっ!?」」

「はんっ! この程度かよ?」


 ヒルガンの左腕を狙ったジュリアの剣は折れ、右腕を斬り落とそうとしたレウスの大剣は腕の斬る半ばで止められてしまったのである。

 ジュリアの剣は細身なので折れるのもわからなくはないが、レウスの振るう大剣を腕の筋肉だけで止めてしまうのは明らかに異常だ。


「ほらよ、出直してきなぁ!」


 そして二人が動揺している間に、ヒルガンは刺さった大剣を掴んでレウスごと近くの壁へ叩きつけていた。

 その力は想像以上で、頑丈な壁を何枚も破壊しながらレウスは城の奥へと消えてしまったのである。

 レウスの安否は気になるが、今は構っている余裕はない。

 本能で不味いと察したジュリアが距離を取ろうとしたのだが、巨体に似合わない速度で迫ったヒルガンに捕まっていたからだ。


「ぐっ!? は、放せ痴れ者が!」

「へへ……ようやく手に入れる事が出来たぜ」


 ジュリアの美しい金髪を乱暴に掴みながら、ヒルガンは舌舐めずりしながら見下ろしていた。

 女性に目がない男だ。前々からジュリアを狙っていたのだろうが、ラムダによって止められていたのかもしれない。


「ちと性格に難はあるが、極上の女には違いねえからな。連れて帰ってから、じっくりと調教してやるよ」

「お、おのれ! 剣士として最低な男だとは思っていたが、貴様はそれ以前のクズだったようだな!」

「最低だぁ? お前こそ、この無駄に長い髪は何だってんだよ?」


 確かに、ジュリアの長い髪は剣士としては褒められたものではあるまい

 剣士であれば近接戦闘が主になるので、今のように髪を掴まれてしまうからだ。

 しかしジュリアがそれを理解していないとは思えないので、おそらく何らかの事情があって髪を伸ばしているのだろう。

 窮地に陥っているのに、ジュリアは折れた剣で己の髪を切ろうとしないのだから。


「女だから馬鹿にするなとか言いながらよ、女を捨てらんねえ半端者が剣士とか名乗ってんじぇねえ」

「黙れ! 貴様に何がわかる!」


 痛みに堪えながらヒルガンの腕を斬りつけているが、浅い傷が付くだけで意味を成していない。

 さすがに放っておくわけにもいかず、俺は『マグナム』を放ってヒルガンの頭部と胸を撃ち抜いていた。


「ん? 今、何かしたか?」

「やはり通じないか」


 レウスが斬った時点で予想はしていたが、どうやら痛みすら感じていないようだ。

 それ以前に頭部と心臓を撃たれながらも平然としているどころか、目に見えて傷口が塞がっていくので、もはや人ですらなさそうである。

 問題はジュリアを捕まえているあの頑丈な腕だが、超音波カッターの原理を応用した『ストリング』なら切断出来るかもしれない。

 早速行動へ移そうとしたその時、ある事に気付いた俺はヒルガンの顔面へ『インパクト』を直撃させていた。


「ぶっ!? 何しやがる!」

「母上……すまない」


 そしてジュリアが覚悟を決めるような言葉と同時に、大きな破壊音と共に銀色の弾丸が放たれたのである。


「いい加減に……しやがれぇっ!」


 銀色の正体は城の奥から戻ってきたレウスで、その身はすでに呪い子と呼ばれた狼の姿であった。

 俺の『インパクト』による目晦ましの隙を突き、一足でヒルガンへと迫ったレウスは全力で剣を振り下ろし、ジュリアの髪を掴んでいた左腕を切断した。


「どらっしゃああぁぁ――っ!」


 間髪入れず、剣から片手を離したレウスは、全力のウルフファングをヒルガンへ叩き込んだ。

 しかし残った片腕で防御されてしまい、渾身の一撃はヒルガンを少し後退させるだけであった。

 それでもジュリアの救出は成功したので、レウスはすぐさまジュリアの髪からヒルガンの腕を外し、忌々しげに睨む相手の足元へ放り投げていた。


「この犬野郎! 俺様の邪魔をするとはいい度胸だな!」

「うるせえ! お前……女の髪を軽く見てんじゃねえぞ!」

「はぁ? 一体何を言ってー……」

「俺は詳しく知らねえけどよ、ジュリアが髪を切らねえのは大事な理由があるからに決まってんだろうが! そんな事も気付かねえ野郎が、女の髪に軽々しく触れてんじゃねえ!」

「レ、レウスなの……か?」


 狼状態のせいで興奮しているせいか、言葉が少し荒い。

 だが……師として誇らしい行動なのは間違いない。特に女性を理解している点は大きな成長だと思う。


 そんなレウスの怒りを面倒臭そうに聞いていたヒルガンは、落ちていた腕を切断面にくっ付けながら舌打ちをしていた。


「たかが髪如きでうるせえ犬だな。女ってのはな俺様のような強い男に抱かれ、奉仕するのが最高の名誉なんだよ」

「もういい。これ以上、お前とは話したくねえ」


 語るだけ無駄だと、レウスは再びヒルガンへと斬りかかっていた。

 ちなみにヒルガンがくっ付けた腕は何事もなく動いていたが、レウスも予想はしていたのか動揺する事なく攻めている。

 変身したレウスなら力で負けないだろうが、得体の知れない相手なので、俺は援護の隙を狙いつつ意識をラムダとルカへ向けた。

 あの二人はエミリアとリースが足止めをしている筈なのだが……どうも状況が芳しくないようだ。


「その程度かしら? ラムダ様、今の内にどうぞ竜にお乗りください」

「さすがは竜族……といったところでしょうか」

「でも、何か変じゃない?」


 エミリアとリースが放つ無数の魔法を、ルカが体を張って全て受け止めているからだ。

 竜族の頑強な体は生半可な魔法を弾く上に、多少通じたとしてもヒルガンと同じように再生してしまうので、ラムダへは未だに一発も届いていないようである。


「上手く説明は出来ないけど、学校で戦った竜族の人とは違う気がしないかな?」

「私も同意見です。気にはなりますが、今は足止めを優先しましょう。私は彼女を」

「うん。あの人は任せて。皆……お願い!」


 城内という事で加減をしていたらしいが、それでは通じる相手ではないと二人は気持ちを切り替えたようだ。

 エミリアは遠慮なく『エアショットガン』を連射してルカの視界を塞ぎ、合間を縫って放たれたリースの『アクアカッター』がラムダの片足を切断したのである。


「ラムダ様!? き、貴様等あああぁぁぁ――っ!」

「騒がしいですよ。貴方が盾になれなかった点は後で話すとして、早く足を持ってきなさい」


 どれだけ攻撃をその身に受けようと冷静だったルカだが、ラムダが負傷した事で一番の動揺を見せている。

 己よりラムダが最優先なのは理解していたが、俺たちが思っている以上にルカはラムダに心酔しているようだ。


「も、申し訳ございません! すぐに持ってまいります!」

「大丈夫ですよ。後で私が治してあげるからー……えっ!?」


 リースにしては強引な手段であるが、切断面が綺麗なら彼女の治療魔法でくっ付ける事が可能なので、治療を持ちかけて逃走を阻止しようとしたのだろう。

 しかし足が運ばれてくるなり、切断面から無数の植物が伸び始め、切られた足と結びつくとラムダは平然と立ち上がっていたのだ。

 ルカやヒルガンとは違うが、どちらにしろ驚異的な再生速度である。

 あれでは『マグナム』を放ったところで、あまり効果が見られないだろう。


「全員が再生能力を持ちか。厄介だな」

「あまりよろしくない状況ね。向こうが逃げるつもりだから、こちらへの危険は少ないけど……」


 メルトに守られているリーフェル姫が、全体を観察しながら呟いていた。

 フィアは体調が万全ではないし、ホクトはカレンと馬車を守るように命じているので呼ぶわけにもいかない。

 更にリーフェル姫だけでなく、未だ冷静になっていないサンジェルや、彼を羽交い絞めで押さえ続けているアシュレイを守らなければいけないので、攻めに転じるのは厳しい。


「姫様、危険ですからもう少し私の後ろに」

「フィアも俺の後ろから離れるなよ」

「ええ、無理をするつもりはないわ。とにかく、連中の再生能力を上回る一撃を叩き込まないと駄目ってわけね」

「シリウスが使うあの魔法ならいけるんじゃないの? ほら、叔父様が出した山も砕いた一撃なら……」

「可能だとは思いますが、少々位置が悪いですね。関係のない人々を巻き込む可能性がありますし、何より連中から聞きたい事があるので、なるべく生け捕りにしたいところです」

「そうね。何か弱点はないのかしら?」

「あるとは思いますが……ん?」


 今までの経験上、こういう相手は体内のどこかに核のような物がある筈だ。

 せめてその核の位置が特定出来れば有利になれるかもしれないが、どうやら探している暇すらなさそうである。


「やはり簡単に逃してくれませんか。ルカ……やりなさい」

「わかりました」


 ラムダの命を受けたルカが両腕を広げると、体中に無数の魔法陣が浮かぶなり、膨大な魔力を放ち始めたからだ。

 エミリアとリースが阻止するよりも早く、ルカの全身に生えた鱗が逆立つのを見た俺は反射的に叫んでいた。


「全員、防御だ!」

「っ!? 貴方たち、防いで!」

「お願い!」


 そして俺たちを包む水と風の防壁をリースとフィアが生み出したと同時に、ルカの鱗が周辺へと一斉に発射されたのである。

 数百を超える無数の鱗は鋭い棘となって一帯へと突き刺さり、部屋中が穴だらけになっていたが、俺たちは二人の魔法によって事なきを得た。

 気になるのは、ヒルガンと戦っていたレウスと、離れていたせいで防御魔法の範囲から外れてしまったジュリアだが……。


「……大丈夫か?」

「あ、ああ。君の御蔭で無事だ。君こそ平気なのかい?」

「これくらい、大した事ねえさ」


 嫌な予感がして、咄嗟にヒルガンを突き飛ばして距離を取っていたレウスが身を挺して守ったようだ。

 そのせいで背中や肩に鱗が幾つか刺さっているが、変身後の頑丈な肉体によって傷は浅いようだ。あれならすぐに治るだろう。


 予想外の範囲攻撃によって周囲が散々となったが、全員無事で何よりである。

 だがその間にラムダたちは移動をしており、こちらの状況を確認し終わった頃には、連中は飛竜の背に乗って空へ飛び上がった後だった。


「では、私たちは失礼させていただきますよ。これから忙しくなりそうですから」

「待てよ。そんなに急がなくてもいいんじゃないのか?」


 少し距離はあるが、あの位置ならまだ間に合う。

 逃さないとばかりに放った魔力の弾丸はラムダの右腕を貫いたものの、傷口はあっさりと塞がってしまう。

 しかし今のが攻撃ではないと、ラムダはすぐに気付いただろう。

 『ストリング』で繋いだ魔力の弾丸……通称アンカーショットにより、奴の右腕を魔力の糸で絡め取った事にだ。


「これは……さっきの糸ですか?」

「もう少し話を聞かせてもらいたいのさ。お前たちの能力、本当に自分だけでー……」

「お断りします」


 だがラムダは躊躇なく左腕を振るい、手刀で己の右腕を切り捨てていた。

 まるで玩具のパーツを外すような気軽さから、肉体にそこまで執着がないのが見て取れる。

 連中を生け捕る必要性も更に上がるわけだが、このまま黙って見過ごすわけにもいかない……か。

 空ならば問題はないので、『アンチマテリアル』を放つ為に魔力を集中していると、ラムダの前に立っていたルカが殺気を放っている事に気付いた。


「ラムダ様の足だけでなく腕までも! お前たちは、絶対に許さない!」

「ルカ、いい加減にしなさい。この程度の事で貴方は騒ぎ過ぎなのです」

「しかし! いえ……わかりました。ですがせめて……」


 ラムダたちを乗せた飛竜が上昇していく途中、ルカが己の頭部に生えた角に手をかけたかと思えば、肉を引き裂きながら強引に引っこ抜いたのである。

 異常な光景に皆が息を呑む中、頭から血を流したルカが角をこちらへ放り投げてきたので……。


「エミリア、飛ばせ!」

「はい!」


 エミリアへ角を遠ざけるように指示を飛ばしていた。

 そして魔法による竜巻で遥か上空へと運ばれた角は、激しい炎を辺り一面に撒き散らしながら爆散したのである。

 竜族にあんな能力があるとは聞いた事がないが、置き土産とはやってくれる。


 いや……あれはもう竜族ではないのかもしれない。

 鱗を飛ばした時に見せた体中に浮かんだ魔法陣からして、改造人間という方がしっくりくるだろう。

 連中を尋問する理由が更に増えたので、俺は奥の手を発動させるべく、夕方から発動させ続けていた『ストリング』へ魔力を流した。


「逃がさん!」


 飛竜による逃走経路を予想し、外に仕掛けていた魔石が『ストリング』を通して発動すれば、魔力の糸による網が空一面へ広がったのである。

 広範囲をカバーする分、膨大な魔力を秘める魔石でも数分が限界だが、足止めとしては十分だろう。

 更に『ストリング』の多様性を見せていた御蔭もあり、警戒したラムダが飛竜の進みを止めていたので、俺たちは距離を詰めるべく駆け出していた。


「仕方がありませんね。あまり使いたくはなかったのですが……」


 しかしラムダが何かを呟くと同時に、周囲の地面から無数の木の根が飛び出したのだ。

 驚いて足を止める俺たちを余所に、まるで生物の触手みたいに動き回る木の根は、魔力の網へと殺到して強引に引き千切ったのである。

 数の暴力とはいえ、魔力の網は竜ですら一時的に封じる代物なのだが……あれは予想以上の力を秘めているようだ。

 そしてラムダが意味深に微笑みんでいるのを見た俺は、ある考えに至り叫んでいた。


「全員、止まれ! これ以上、奴を刺激するな!」

「何でだよ! あの野郎を逃がしていいのかよ!」

「私の上級魔法ならまだ届くと思います」

「いいから止まれ! 城に伸びていた根を思い出せ!」


 使うのを渋ってはいたが、下手にラムダを追い詰めれば、城中に張り巡らされた根を動かして城を破壊する可能性も十分あり得るのだ。

 城に思い入れがあるわけではないが、さすがにそうなってしまえば寝覚めが悪い。

 城の根は俺の魔力を流し込めば枯らす事が出来そうだが、とてもじゃないがそれをする暇もない。

 悔しいが、今はラムダたちを見逃すしかなさそうである。

 そして俺の言葉の意味に気付いて皆が悔しそうに足を止めるが、まだ諦めていない者がいた。


「兄者! もう行っちまうから、諦めー……うぐっ!?」

「待ちやがれぇ! ジラードォォ――っ!!」


 アシュレイの羽交い絞めを力付くで振り解いたサンジェルが、飛び去るラムダたちを追いかけながら叫んでいた。

 友への想いか、裏切られた怒りか……気持ちに整理がつかないまま必死に走り続けるサンジェルを、ラムダはただ冷たい目で見下ろすだけである。


「最後まで情けない姿ですね。どれだけ言葉を重ねようと、私には意味がないと認めたらどうです?」

「うるせえ! さっさと下りてきやがれ!」

「貴方は良き駒ではありましたが、考えが甘過ぎて逆に使い辛い面もありましたよ。そんな甘さで国を支えるなんて、未熟者もいいところです」

「そんな事は知るかよ! ぶん殴ってやるから、戻ってきやがれってんだ!」

「さようなら……サンジェル」

「畜生があああぁぁぁ――っ!」


 やり場のない怒りを晴らす事も出来ず、悲しみに満ちた男の雄叫びは……夜の闇に虚しく響き渡るのだった。






 サンドールの英雄……謀反す。

 ラムダたちとの騒ぎによって眠りに付いていた城は目覚め、城内は混乱状態に陥っていた。

 少しでも混乱を鎮めようと、ジュリアとアシュレイが城の者たちに事情を説明している中、俺たちはジュリアたちに言われて自分たちの部屋へ戻っていた。


『皆へ情報が伝わり次第、すぐに会議が開かれるだろう。それまで君たちは部屋で休んでいてくれ』

『…………』

『兄者、しっかりしろよ。へこんでる場合じゃねえだろ?』

『……ああ』

『本来なら国の一大事を救ってくれた君たちに恩賞を授けるべきだが、今はその余裕もないようだ。それと非常に厚かましい頼みだが、君たちも会議に参加してもらえないか? 色々と意見を聞きたいのだ』


 国を救った英雄たちの目的が、国を破壊するという真実を説明するには時間が必要だろう。

 今頃、城の重鎮たちへ話が伝わり、緊急会議の準備が進んでいるのだろうが、『サーチ』で反応を調べてみると思わず溜息が漏れてしまった。

 この異常事態だというのに、会議室への集まりが悪いどころか、未だに部屋から出ていない者も見られるからだ。

 わかってはいたが、これがサンドール国の現状か。

 とても世界最大の国で仕えている者たちとは思えないが、おそらくこれもラムダの仕業だろう。

 サンジェルを隠れ蓑とし、欲望に忠実な連中と裏で接触し、密かに協力してフォルトのような真面目な者たちを城から追い出していたのだ。

 そして残った連中はラムダの誘導によって堕落させられ、サンドールは内部から徐々に弱体化させられたのだ。

 実に面倒な方法だが、それだけラムダが国を憎み、人々を絶望へと叩き落とそうと企んでいる証拠かもしれない。


 サンドール国の行き先は不安であるが、それはサンジェルたちの仕事でもあるので、俺は一度思考を切り替えてこれからについて考える事にした。

 あの明らかに一線を越える化物染みた能力と、ワインを調べる時に聞いた師匠の言葉から、連中の秘密についてある程度は推測出来ているからな。



『何だろうねぇ……癪だけど、連中から私と似たものを感じるよ」



 フィアに手を出した件もあるが、師匠と何らかの関わりがある時点で放っておけるものではなくなったので、ラムダたちと戦う覚悟はすでに決まっている。

 問題は、相手が予想以上に厄介な存在というところだな。

 リーフェル姫が提案したように、俺の『アンチマテリアル』なら核ごと撃ち抜けそうだが、放つ魔法の大きさから一回で体の半分しか吹き飛ばせそうにない。

 あの再生速度を考えると、上半身を吹き飛ばしてから次を放つ前に再生してしまいそうだし、連中への対策が早急に必要である。


 それに……戦う理由はもう一つある。

 傷は癒えても、未だに部屋の隅で落ち込んでいるレウスだ。


「はぁ……畜生……」


 力は互角でも、ヒルガンは素手だった上に、二つ名である天王剣とやらも使っていないのだ。

 退けはしたものの、レウスからすれば負けに違いあるまい。

 そんなレウスを、部屋にやってきていたリーフェル姫たちが慰めていた。

 余談だが騒動の最中、セニアは眠っていたフォルトを見守っていたのだが、今は城の者と交代してリーフェル姫の傍で控えている。


「そんなに落ち込まないの。貴方はジュリアを守ったんだから、寧ろ誇るべきよ」

「それはいいんだけどさ、あの野郎……まだ力を隠している気がするんだ。手加減された感じがして、何か凄く悔しくてさ」

「だが、生きているならば問題はあるまい。剛剣殿と戦った事のあるお前なら、その意味がわかるだろう?」

「レウス様らしくありませんね。また戦う機会がありそうですし、気持ちの切り替えは素早くでございます」

「……だな。次は負けねえ!」


 落ち込んではいるが、闘志は衰えていない。

 レウスにとって、すでにヒルガンは避けて通れない相手となっているのだ。


「ところでさ、何で俺の耳を触っているんだ?」

「ん? 少しは落ち着くかなと思ってね」

「落ち着くのはリーフェ姉だけじゃねえのか?」


 まあ……レウスは獣耳フェチなリーフェル姫に任せておいて問題はあるまい。

 部屋のテーブルに着いて静かに思考を続けていると、紅茶のおかわりを注ぐエミリアと、向かい側に座っていたリースが俺をじっと眺めている事に気付いた。


「シリウス様。少しよろしいですか?」

「……どうした?」

「えーと、何て言えばいいかな? 何だか、いつものシリウスさんらしくない気がするの」

「先程の戦いでも、シリウス様らしかぬ行動が目立ったのですが、何か問題でもあるのでしょうか?」


 確かにラムダたちとの戦いにおいて、俺はあまり攻撃に参加せず守りに徹していた。

 非常時だというのに、積極性が足りていなかったのは間違いあるまい。

 ちなみに逃げようとするラムダたちへの攻撃を中断したのは、城を破壊される危険だけでなく、こちらの能力を見せるべきではないと判断したからだ。

 ラムダ本人ではなく飛竜を撃ち落す案もあったが、飛竜は他にも数体いたので、落とした端から乗り換えるだけで意味があるまい。


 そして連中の裏には……何者かが潜んでいる可能性もある。

 あれ程の能力をラムダ個人で生み出したとは思えないので、彼に知識を授けた謎の存在や、仲間がもっといるのかもしれない。

 このまま終わるとは思えず、確実に仕留められない状況ゆえに手札を温存していたと二人に説明するが、二人の表情からしてまだ納得はしていないようだ。


「それだけではありません。他にもお聞きしたい事がございます」

「うん。フィアさんを人質にされたとか、途中まで私たちに作戦を秘密にしていた負い目かなって思っていたけど、落ち着いて思い出してみれば、今朝からそんな状態だった気がするんだよね」

「特にフィアさんを見る目が明らかに違います」

「別に嫉妬とかじゃないよ。こう……何か過剰に心配しているというか」

「あー……それは……だな」

「ふふ、心配なのはわかるけど、シリウスがそうなるのも仕方がないと思うわよ?」


 我ながら、らしくない部分があるのは十分理解している。

 大切な人たちに順番を付けるつもりはないが、今はどうしてもフィアを意識してしまうのだ。

 思わず言葉に詰まってしまう俺の代わりに、隣に座っていたフィアが己のお腹に手を添えながら答えてくれた。


「だってシリウスは、お父さんになるんだからね」

「「「「「……えっ!?」」」」」


 そう……フィアのお腹には、俺の子供が宿っているのだから。



 今日のホクト



 シリウスによる大掛かりな作戦が行われていた夜……ホクト君は主の所有する馬車の近くで静かに伏せていました。

 そんなホクト君の背中には、主から守ってほしいと命じられたカレンちゃんの姿があり、今は静かな寝息を立てて眠っています。


「……すー」

「……オン」


 この子の母親から頼まれた大切な娘を自分に預けたのだ。

 それだけ主に余裕がない証拠でもあるので、余計な心配をさせない為にもホクト君は警戒を強めていました。


 そしてしばらくすると、城内で飼われている竜が動き始めた事にホクト君は気付きました。


「アオオォォ―――ンッ!」


 主なら気付いているとは思いますが、せめて警戒だけでも……とホクト君は遠吠えをしましたが、同時に寝ているカレンがいる事を思い出したのです。

 気持ち良く眠っている子を起こしてしまい、申し訳ない気分で己の背中へ目を向けてみれば……。


「……うにゅ……もっと……」

「……クゥーン」


 自分の遠吠えでも目覚めない危険意識のなさを咎めるべきか。

 それとも、この状態でも全く動じない眠りっぷりに呆れるべきか。

 ほんの少しだけ、カレンちゃんの将来が不安になるホクト君でした。










 ようやく更新となりました。

 一月近く、モヤモヤさせて申し訳ございません。

 しかしシリウスがラムダたちを逃したりと、新たにモヤモヤさせてしまう感じですが、本格的な戦いは後ほどで。


 ちなみに身も蓋もない言い方ですが、初っ端から『アンチマテリアル』をぶっ放せば勝てたかもしれませんね。

 ですが、シリウスはパパになる瀬戸際でちょっと冷静じゃないですし、得体の知れないラムダを必要以上に警戒しているせいで慎重になり過ぎていたので、このような結果となりました。


※後日、あっさりとラムダを見逃しているのはどうなんだ……という指摘もあり、ラムダを見逃す理由を追加しました。


 あとがきで補足説明をするのもどうかと思いますが、説明が抜けている可能性も考え、軽くまとめてみました。




 そして……前話で悩んでいたのは、ラムダの正体を見破る過程で迷っていました。


 ラムダを油断させる為にフォルト将軍の首を見せていましたが、初期案の段階では……シリウスの後を付けていたセニアが登場する流れでした。

 そしてリーフェル姫に報告すると言い出したセニアを、シリウスがナイフで刺して仕留める。

 その冷酷な行動に上機嫌となったラムダが、秘密をぺらぺら……という感じでした。


 種明かしですが、フォルトに盛った仮死薬をセニアが口に仕込んでおいて、シリウスが刺したのは押せば先端が縮むギミックナイフ。

 そしてギミックナイフを刺す場所には、血の入った袋が服の下に仕込まれており、シリウスが刺すと同時にセニアは仮死薬を飲む。

 この場合、仮死状態から復活させる蘇生薬もシリウスは作っており、ラムダが自白したところで、シリウスが『ストリング』でこっそりと蘇生薬を飲ませ、セニア復活……という流れでした。


 恋人同士ではなく、裏稼業における仕事仲間みたいな二人ならこれくらいやれるだろ……と、いう考えから生まれたネタです。

 ちなみに、その時考えていたセニアの台詞はこんな感じ。


「まさか最初の命令が死ぬ事とは思いもよりませんでした。これは責任を取っていただけなければなりませんね」


 ですが……ただでさえ文字数が多い作品なのに、これ以上説明するべき個所を増やすのは不味いかな……と。

 何より辻褄合わせが難しく、これ以上の更新が遅れるのは……という感じでセニア登場は没となりました。


 簡単に言えば、小難しくし過ぎたせいで風呂敷がたたみ切れていない状況ですね。まだまだ腕が足りない証拠です。


 とまあ、異様に長くなりましたが、今回でこの章における下準備は整ったと思うので、そろそろ佳境に入れそうかなぁ……と。


 それでは、今回はこの辺りで。

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