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百狼の果て




 ホクトから放たれた光は周辺を白く塗り替える程に強かった。

 しかしすぐに光は収まったので、ホクトの様子を確認しようと閉じていた目を開けば、先程まで倒れていた位置にホクトの姿はなかった。


「……ホクト?」


 百狼は謎が多い存在で、ホクト自身もよくわかっていない部分が沢山ある。目の前の百狼から聞いて初めて知った事も沢山あるからな。

 そして今回は強い光を放つどころか膨大な魔力が暴走していたので、まさか消滅でもしたのかと嫌な想像が頭に浮かんだが……。


「オン!」


 気付けば俺の真横に尻尾を振りながら待機しているホクトの姿があった。

 若干毛並みは乱れているが、今は何事もなかったように健康そうである。

 そういえば百狼が兆し……とか口にしていたので、何かホクトに変化があるのかと思ってもいたのだが、今のところ特に変わった様子は見られない。

 いや……若干だが全体的に小さくなっている気がするな。

 別に期待をしていたわけではないが、成長後と思われるあの百狼の姿から遠ざかっているホクトに首を傾げていると、ホクトが甘えるように擦り寄ってきた。


「クゥーン……」


 膨大な魔力を消耗して腹が減っているのか、いつもの魔力を催促しているようだ。

 百狼はまだそこにいるが、何も言わずに様子を見続けているので用意しても問題はなさそうである。

 念の為に百狼へ注意を向けながら魔力を集中させ、いつもより濃縮した魔力玉を生み出した俺は早速ホクトに食べさせた。


「クゥーン……」

「ふぅ……まだ欲しいのか?」

「オン!」


 一個で十分だろうと思っていたのだが、もっと欲しいとばかりに吠えてきた。

 そもそも百狼は大気中の魔力を吸収するので、本来なら俺の魔力を食べる必要はないのだが、食べる方が体に馴染むのが早いらしい。

 そして普段なら一、二個食べれば満足するか、俺に遠慮をして止めるのだが、今回は五つ食べてもまだ欲しがってきたのである。

 かなり重い魔力枯渇を繰り返しているので、体の負担がとにかく大きい。しかしこの戦いはホクトの試練みたいなものだと思うので、俺は共に戦うわけにはいかない気がするのだ。

 だからこそ、相棒として出来る限りの事をしてやりたい。

 呼吸を整えながら魔力を回復させ、六つ目を生み出したところで体がふらついてしまったが、横に立った妻たちが俺を支えてくれた。


「大丈夫ですか、シリウス様?」

「ほら、しっかりして」

「本当に不味かったら、きちんと言うのよ」


 心配はしているが、俺の気持ちを汲んで止めろとは言わない彼女たちの気遣いが嬉しい。

 エミリアが汗を拭き、リースがコップに水を用意し、フィアが背中から体を支えてくれる中、俺は再び魔力を集中させて七つ目をホクトへと差し出した。


「クゥーン……」

「遠慮するな。本気で戦うんだろう?」

「……オン!」


 それでようやく満足したのか、ホクトは礼を言うように吠えてから百狼へと向かって歩き出した。

 その背中は妙に頼もし気に見え、今度は負けないと語っているようである。

 先程から何も言わずに待ち続けてくれた百狼だが、少し距離をとって立つホクトを眺めながら納得するように頷いていた。


『まさか人から魔力を吸収しているとはな。だがあれ程の魔力を生み出せるのならば、お前が共にいるのも理解は出来る』

「ガルルルッ!」

『人をそのような目で見るなだと? 魔力を貰っておきながら何を言っているのだ。それに我にはどちらでもいい。予定外ではあったが、お前も進化出来たようだからな』


 そして百狼の言葉から察するに、先程見せたホクトの輝きは進化の合図だったらしい。

 見た目はほぼ変わっていないようだが、前より膨大な魔力を体に宿しているのがわかるので、強くなったのは間違いあるまい。

 そんなホクトを見て百狼は頷いてはいたが、次第に複雑そうな感情を抱き始めているのが何となくわかった。


『だが……一つ解せぬな。お前は何故小さいままなのだ?』


 やはりホクトが小さくなったのは気のせいではなく、百狼からすれば異質な進化らしい。

 進化とは周囲の環境に合わせて己の体を変化させる事でもあるが、ホクトの場合はホクト自身がこうなりたいと体を作り変えたものだろう。

 しかし全体的な底上げは別として、何故目の前にある見本……進化の先である百狼をホクトはなぞらなかったのか?

 疑問を浮かべる俺たちを余所に、百狼だけは理解に至ったのか僅かに笑っていた。


『……そうか。百狼の果てを目指すではなく、あくまで人と共にあろうとするか。本当に変わった奴だ』

「オン!」

『ふん、いいだろう。今度はもう少し楽しませてもらいたいものだな』


 今度は前のようにはいかないと吠えたのだろう。

 そして戦闘の為にホクトが魔力を開放すると再び光を放ち始めたが、それもすぐに収まり……。


「ホクト……か?」

「見て見て、ホクトの髪が長くなったよ!」

「あれは髪じゃなくて、たてがみよ。よくわからないけど、ホクトの雰囲気が変わったわね」


 他の毛より少しだけ長かった筈のたてがみが、今は尻尾の先端付近まで伸びていたのである。

 更にたてがみだけでなく、全身の毛が陽炎の如く不規則に揺れてもいた。

 体の大きさは変わっていないが、あれはホクトが戦闘形態に変身したと考えるべきだろうか?

 先程から続く怒涛の展開に呆然としていたせいか、周囲に起こっている変化に気付くのが少し遅れてしまった。


「なあ、兄貴。なんか急に熱くなってきた気がしないか?」

「いや……気のせいじゃなさそうだ」


 冬ではないが大陸特有の気候で肌寒かった筈なのに、突然暖かくなってきたのである。

 それも当然だろう。何故なら、ホクトの全身から凄まじい勢いで炎が噴き出しているからだ。まさに全てを焼き尽くすような勢いである。

 ホクトの毛が幻のように揺れて見えたのは、毛が炎のように変化しているのだ。


「おお!? 俺の炎より何倍も強そうだぞ!」

「あれは変身なのかしら?」

「ねえリース。一応いつでも水を出せるようにしておいた方が……リース?」

「シリウスさん。あれはもしかして……」

「ああ。俺も同じ考えだ」


 俺たちは過去に、まるで生きているかのように炎を操る存在を見た事がある。

 それは炎の精霊が見える男と、その男と共にしていた赤の狼……。


「まるで炎狼……だな」


 ホクトから炎狼は確実に仕留めたと聞いたが、その際に炎狼の魔力を無意識に取り込んでいたのだろうか?

 しかし今まで炎を使う素振りは一切見せなかったので、進化する事によって使えるようになったのかもしれない。


『何故お前がその力を? まあいい。その程度の炎で我を焼く事など……』

「オン!」


 まだ終わりじゃないと言わんばかりに吠えたホクトが前足で地面を強く踏み締めれば、体から噴き出していた炎が地面へと伝わって広がり始めた。

 それはまるで炎の絨毯のようで、ある程度広がったところで止まったが、そこからホクトの形をした炎の塊が次々と現れたのである。

 まさか炎で分身を作るとはな。どうやらホクトは炎狼以上に炎を自在に操っているようだ。

 俺たちが驚いている間にも炎の分身は増え続け、およそ百を超えたところでホクトは再び吠えた。


「オン!」


 それを合図に炎の分身は一斉に駆け出し、百狼へと襲い掛かっていた。

 本体には劣るが分身の速度は中々のもので、更に散開して統率された動きを見せながら百狼へと飛びかかっている。

 どれだけ体が大きくて強かろうと、四方から同時に攻められては一溜まりもあるまい。

 だが……無数の分身に一瞬驚きはしたものの、百狼は冷静そのものだった。


『面白い使い方だが、この程度で我を崩せると思っているのか?』


 動揺するどころか余裕そのもので、それを体現するように百狼は無数に迫る分身を事も無げに対処していた。

 ライオルの爺さんが振るう剣に匹敵する速度で爪や尻尾が振られ、まるで羽虫を落とすかのように分身は迎撃されていく。

 ホクトもただ分身を生み出すだけでなく、分身に触れると爆発するようにしているのだが、百狼は魔力で全身を守っているのか体には焦げ目すら付いていない。

 つまり全く効いていないように見えるのだが、それでもホクトはその場から動かずに分身を作り続けていた。


 見方によっては、百狼はその場から動けずにホクトが押しているように見えなくもない。しかしこのままでは駄目だとホクトは気付いている筈だ。

 おそらく百狼がその気になれば、分身をものともせずに正面から突破する事も容易いからだ。

 ホクトの魔力はまだ残っているとは思うが、とてもじゃないが百狼の方が先に尽きるとは思えない。

 このままではジリ貧なので、油断している内に何か行動を起こすべきなのだろうが……依然としてホクトは動きを見せない。


『いつまでこのような真似を続けるつもりだ。もう我には無駄だと気付いている筈だろう?』


 それからも分身は奇襲やフェイントを交えた様々なパターンで攻め続けるが、全て百狼の爪や尻尾によって防がれていた。

 おそらく消された分身は二百を超えているだろう。

 だが百狼は疲れた様子を全く見せず、むしろ迎撃する事に飽きてきたのか、いい加減にしろとばかりにホクトへ語りかけ始めた。

 いつ百狼が攻勢に出てもおかしくなさそうな状況の中……遂にホクトは動いた。


「アオオォォ――ンッ!」


 ホクトは己の体を炎で包み、周囲の分身と同じ姿に変わると同時に前へ飛び出したのである。

 もちろん他の分身も止まらずに攻め続けているので、その中に紛れてしまえばホクトを探すのは困難を極めるだろう。

 俺の場合は遠目から眺めている上に、ホクトの考えが何となくわかるので位置を掴めてはいるのだが、攻められる側からすれば本物を特定するのは不可能に近いと思う。

 愚直とも言える勢いで分身を作り続けたのもこの為であり、相手が油断し始めた隙を突く良い攻めだと思うが、百狼の鼻と直感はそれを上回っていた。


『愚かな。またも小細工とはな』


 裏の裏を突いて正面から攻めようとした本物をあっさりと見極めた百狼は、前足を振り下ろしてホクトを地面に叩きつけていた。

 地面が砕ける程の一撃だろうと百狼であるホクトなら致命傷にはならないと思うが、攻撃は失敗に終わった。

 百狼は魔力で防御をしているのか、炎の塊であるホクトに構わず地面へ押さえ続け、負けを認めなければこのまま踏み潰すと呼びかけていたが……。


『これでー……むっ!?』


 そこで違和感を覚えた百狼が力を込めれば、ホクトは炎を残滓を散らしつつ完全に潰されてしまった。

 本体が潰れれば分身も消え、それで戦闘は終わる……筈なのだが、周囲の分身は未だに健在である。

 それも当然だろう。何故なら百狼が踏み潰したのは本体ではなく、ホクトを象った魔力体に炎を纏わせた囮だったからだ。百狼の体の大体が魔力で構成されているからこその囮だろう。

 見事に騙された百狼は再び本物を探すが、すでにホクトは大きく回り込み、分身を盾に百狼の後方から飛びかかるところだった。

 体に纏わせていた炎は消えていたが、その速度は以前より増している。


『中々やるではないか。だが、まだ遅い!』


 だが百狼は即座に反応し、ホクトを叩き落とそうと尻尾を振りかぶっていた。

 進化で能力は上がったものの、やはりあの百狼の能力は桁違いというわけか。

 これでは先程の二の舞だが、ホクトの狙いはそこにあった。


「シリウス様! ホクトさんが!」

「心配はいらない。あいつは……俺と一緒に成長してきたホクトだぞ?」


 そう……ホクトはあえて、百狼に尻尾の一撃を放つように誘導したのである。

 もし爪や尻尾による直接的なぶつかり合いとなればホクトは確実に負けるだろう。

 そんな圧倒的な百狼にホクトが勝っているものは、師匠や俺との付き合いによって鍛え抜かれた技術や、強者を相手に立ち回る経験だ。

 つまり普通に戦えば百狼の動きに付いていけないが、現時点で唯一反応出来る可能性があるのが尻尾の一撃なのだ。

 直撃は受けたものの、一度は見た攻撃。

 どれだけ速い攻撃だろうと、二度目ならば対応可能な技術と経験がホクトにはあるのだから。


 更にこれまで行った布石で百狼を動揺させた事により、その一撃は僅かだが繊細さを欠いていた。

 その結果、百狼が振るう尻尾に合わせー……いや、予想していた分だけ先にホクトが尻尾を振るえば、百狼の力が乗り切る前に互いの尻尾がぶつかった。

 すると重い打撃音が響き渡り、その一撃によって発生した衝撃波は周囲の分身を全て吹き飛ばしていた。


「オン!」

『むっ!?』


 そのまま押し合いになると百狼は思っていたのだろうが、ホクトの狙いは受け止めるのではなく力を流す事だ。

 俺がよく使う受け流しの技術を応用し、尻尾の軌道を僅かに逸らしながら回避すれば、ホクトの目の前にあるのは百狼の背中である。

 そして遂に百狼の無防備な背中に到達したホクトは……。


「アオオォォ――ンッ!」


 百狼の背中に着地するなり、勝ち鬨を上げるように遠吠えをしていた。

 てっきり攻撃を叩き込むのかと思っていたが、戦闘前に百狼が一撃でも与えれば褒めるみたいな事を口にしていたのを思い出した。

 背中に乗った時点でそれは満たしたも同然だし、下手に攻撃をして本気で敵対する事になったら俺たちにも危険が及ぶと思い、あえて何もしなかったのだろう。何より百狼はホクトを試しているだけのようだしな。

 その予想通り、百狼は深々と息を吐きながら背中に乗ったホクトへ顔を向けていた。


『お前は本当に変わった百狼だな。だが……見事だった』

「オン!」


 そして互いの奮闘を称えるように語り合っているのだが……。


「なあ、兄貴……」

「言うな。俺も同じ気持ちだ」

「可愛いね」

「カレン、そういうのは心の中でね」

「ふふ……でも、そうね。私もそう思うわ」

「はい。何だか親子みたいです」


 大きい百狼の上に小さい百狼が乗っているという光景に、自然と表情が緩んでしまうのだ。

 真面目に会話をしている二人……いや、二狼には悪いが、あの親亀の背に子亀が乗っている感じが微笑まし過ぎる。

 笑みを堪えている内に話は終わったのか、ホクトは百狼の背中から飛び降りてこちらへと戻ってきた。

 その途中、走るホクトの体が光ったかと思えば、ホクトは変身する前の姿に戻っていた。


「オン!」

「よくやったー……ぐふっ!」

「シリウス様!?」

「兄貴!」


 そして喜びのあまり、体当たりする勢いで突っ込んできたホクトに俺は潰されていた。普段なら受け止められたかもしれないが、今の俺は魔力枯渇の繰り返しによって体に力が入らないのである。

 姉弟の手によって助けられた俺は、調子に乗って反省しているホクトの頭を撫でてやった。


「クゥーン……」

「俺は平気だから心配するな。それよりも、よく頑張ったな」

「そうね、凄く格好良かったわよ」

「炎もホクトが使うとあんなにも頼もしいんだね」

「ホクトさんの雄姿、この目でしかと見せていただきました」

「俺より凄い炎だったぜ!」

「オン!」


 俺だけでなく皆からの賞賛に、ホクトは尻尾を振りながら喜んでいた。

 しかし毛並みが大分乱れてしまったので、今日は念入りにブラッシングをしなければと考えていると、百狼もこちらへ近づいているのが見えた。

 敵意は感じられないが、その迫力に自然と身構えている俺たちの前に百狼はゆっくりと伏せてから語りかけてきた。


『人よ、警戒する必要はない。元より我は人を襲うつもりはない』

「そうは言うけどさ、さっき俺たちを襲うとか口にしていたー……いましたよね?」

『そこの百狼を本気にさせる為だ。それにしても、魔力を集めるどころか人と寄り添う情けない未熟者かと思っていたが、ここまでやれるのならば考えを改めなければなるまい』


 上下関係に厳しそうな口調ではあるが、それは長年生きてきた百狼の癖みたいなものらしく、こちらが失礼な事を言わない限りは気にしないようだ。

 というか、今までの殺気は何だったのかと言いたくなる気軽な接し方に、何だか親近感が湧いてきた。

 もう戦うような雰囲気ではないので、早速百狼について色々聞いてみるとしようか。


「という事は、ホクトは貴方に認められたという事ですね? えーと……」

『うむ。少々不本意だが、我に力を見せたのだからな。それと我に名前はない。人の好きなように呼ぶがいい』

「では百狼様……と。それで百狼様が俺たちの前に現れたのは、ホクトを鍛える為という事でよろしかったのでしょうか?」

『そのようなものだ。久しぶりに見つけたと思えば、あまりにも情けない姿に我慢が出来なくてな。百狼としての誇りを取り戻してやろうと喝を入れに来たのだが、まさか進化をするとは思わなかったぞ』


 他にも百狼は進化について色々と教えてくれた。

 大気中から吸収した魔力が体内で結晶のように蓄積し、それが一定の大きさになったら結晶が砕け、膨大な魔力が溢れだして進化が始まるそうだ。

 それが砕ける切っ掛けは様々だが、一番わかりやすいのは危機に陥ったり、何か強烈な覚悟を秘めた時に起こるらしい。

 戦う前の会話で、百狼は魔力の満ちた土地を巡るものだと口にしていたが、それも全て進化の為というわけか。

 そして自分の事なのにわからない部分が多かったのが気になっていたのだろう。ホクトがもっと教えてほしいとばかりに吠えたので、百狼は呆れた様子を見せながら語り始めた。


『本来なら本能で理解するものだが、仕方があるまい。百狼とは各地で魔力を集め続けて進化を繰り返し、最後には精霊へと昇華する存在である。それが百狼の運命さだめだ』

「え……精霊になるの?」

「そんな話、あの子たちから聞いた覚えはないけど」

「ねえねえ、精霊になったらどうなるの?」

『その先はわからぬ。私もまだ道半ばであり、精霊となった後の百狼を知らぬからな』


 その後も幾つか質問をしてみたが、隠す必要もないのか百狼はすんなりと答えてくれた。

 最初に俺たちが百狼の存在に気付けなかったのは、目の前の百狼がすでに何度も進化を繰り返して精霊に近い存在になっているからだそうだ。

 ホクトが変身したように、今の百狼は精霊に近い状態に変わる事が出来るので、その状態になって気配を殺しながら俺たちを観察していたらしい。

 それなら精霊が教えてくれそうだが、精霊からすれば仲間がいると思っているだけなので違和感を覚えないらしい。


 そんな風に新しい情報が次々と飛び出してくるので実に面白い。

 特に好奇心が旺盛なフィアとカレンは楽しくて堪らないのか、会話の途中で何度も頷いていた。


「本当に興味深い話ばかりね」

「もっと聞きたい!」

「ああ。進化するとか、百狼は不思議なところが多くて面白いな」


 要するに百狼の進化とは、己の体を精霊へと近づけていく事らしい。

 徐々に己の体を精霊へと変質させていき、最終的に精霊と同一の存在になるわけだが、ホクトもいずれそうなるのだろうか?

 しかし当のホクトはピンとこないのか首を傾げている始末なので、百狼は頭を横に振りながら溜息を吐いていた。

 何故わからん……と、悩んでいる姿が妙に微笑ましいなと思っていると、リースが何かに気付いて質問をしていた。


「あの、さっき百狼には親がいないって聞いたけど、それならどうやって数を維持しているのかな?」

「そっか、番がいなきゃ子供が出来ないもんな」

「精霊になった時点で百狼ではなくなるのかもしれないし、それだと数が減るだけよね?」

『我々は人とは違う。進化を何度か行った百狼は、蓄えた魔力を使って己の分体を生み出す時があるのだ』


 例え方はあれだが、つまり百狼はスライムのように己の身を分割し、それが独立して新たな百狼になるらしい。

 己の魔力を削って生み出している時点で親のようなものだと思うのだが、百狼の感覚からすると違うようだ。

 だからこそ、今までの言動によって俺はある確証を得ていた。


 口にはしていないが、この百狼がホクトを生みだした親のような存在なのだと。


 まず目撃情報の少なさと希少性から、百狼の生息数は明らかに少ない。

 それなのにホクトが生まれた直後を偶然見つけ、偶然再会し、ホクトの姿に呆れはしても面倒を見ている上に助言までしてくれたのだ。

 同じ種族だからなのか、それが百狼の特徴……という可能性もあるが、本能で理解しろと言うわりにここまで構うのも妙なのである。

 何より突き放すような言葉の節々から、過去に出会ってきた親たちのような優しさを感じるのだ。


「クゥーン……」

「はいはい、後でブラッシングしてやるからな」

『はぁ……お前は百狼の誇りをどこへやったのだ?』


 もはや憐れんでいるような目を向けているが……きっとそうだろう。






 それから百狼が去るのを見送った俺たちは、近くに良さ気な場所を探して野営の準備をしていた。

 時間的にまだ移動は可能だが、進化して急激に魔力を回復させたり、百狼と本気で戦ったりしたホクトの疲労を考えたゆえである。

 そして俺もまた魔力を何度も振り絞ったせいで疲れていたので、野営の準備をせずに休んでいろと皆に言われた。

 というわけで、俺は焚き火の番をしながらホクトのブラッシングをしていた。


「それにしても、とても強いのに不器用な御方でしたね」

「ああ。どちらにしろ心配するのは悪い事じゃないのにな」


 のんびりとブラシを動かしていると、俺に紅茶を持ってきたエミリアが百狼を思い出して笑みを浮かべていた。

 別れ際にホクトの事について質問したのだが……。



『あの、これは俺の推測ですが、貴方はもしかしてホクトのー……』

『では達者でな』



 百狼は逃げるように走り去ってしまったのである。

 あれは答えたくないというより、恥ずかしがっているような気がするな。

 本来なら手出し無用なのに、我慢出来なくて構ってしまった……そんな親馬鹿の人と同じ空気を感じたのだ。


「カレン、大きなホクトに乗ってみたかった……」

「何でもかんでも乗ろうと考えては駄目ですよ」


 残念そうにしているカレンが薪を焚き火に放り込んだところで体の片側が終わったので、俺は向きを変えるように指示をした。


「クゥーン……」

「まあ……百狼が心配するのも無理はないかもしれないな」


 俺の前でだらしなく寝転がり、無防備に腹を見せながらブラッシングを堪能している姿を見てしまえば、情けないと口にしたくなるのもわからなくはない。

 百狼と戦っていた時の勇ましさはどこへ行ったのやら。


「ふむ……やはり毛の質感が変わっている気がするな。これも進化の影響か?」

「ねえ、今更聞くのも何だけど、さっきまで炎が噴き出していたのに熱くはないの?」

「それは大丈夫だ。それに前より暖かくなっているし、手触りも良くなっているぞ」

「どれどれ? あら……本当だわ」

「私もよろしいでしょうか?」

「俺も触っていいか?」

「クゥーン……」


 だらしなく返答してきたホクトによると、変身した時は鉄をも溶かす炎を出せるが、普段は前と同じような毛並みらしい。

 それでも体から放つ熱の調整はある程度出来るらしく、焚き火の近くにいるような。

 いざとなれば暖房器具にもなれますよ……と、誇らし気に語るホクトの献身っぷりは嬉しくもあるが、それでいいのかと一抹の不安を覚えたりする。


 とまあ、幾つかの発見をしながらもブラッシングを続け、ようやく終わったところで急にホクトが立ち上がった。

 いつもならしばらく余韻に浸って動かないのだが、とある方向に頭を向けて固まっているので何かあるらしい。

 『サーチ』で調べても周囲にそれらしい気配はないが、これはもしかして……。


「呼んでいるのか?」

「クゥーン……」

「そうか。ならこっちの事は気にせず行って来るといい。お前たちだけで語りたい事もあるだろう?」

「オン!」


 呼んでいる相手が誰かとは説明するまでもあるまい。

 成長の証を見せたし、もう戦う理由もないと思うので遠慮なく送り出せる。

 俺の言葉にホクトは感謝するように吠えて、森の奥へと消えていくのだった。





 おまけその1 子沢山



 今日、百狼は番がいなくても子供を生み出せる事が判明した。

 正確に言うと子供ではないかもしれないが、とにかくそうやって百狼は数を増やしているわけだ。

 そんなわけで、いずれホクトも小さい百狼を生み出すのかもしれないが……。



 ※※※※※



シリウス「ブラッシングの時間だぞー」

 

ホクト「オン!」

リトルホクト「「「オンオン!」」」

ミニホクト「「「キャン!」」」

スモールホクト「「「ワン!」」」

エミリア「シリウス様ーっ!」

レウス「兄貴ーっ!」

エミリアの子供「パパー!」

レウスの子供「おじちゃーん!」



 ※※※※※



「ホクト。新しい子を生み出す時は計画的にな?」

「オン?」


 俺の一日がブラッシングだけで終わりそうだ。







 おまけその2 俺の仕事



 百狼と別れた後、良い場所を見つけた俺たちは野営の準備に入った。

 そしてリースとフィアが料理の準備を進める中、紅茶を淹れようとしたエミリアは木を組んで焚き火を作ろうとしていた。


「レウス、種火を出してくれますか?」

「おう。フレイー……」

「オン!」


 するとレウスより早く動いたホクトが、前足を木に乗せれば火が点いたのである。

 あっさりと火が点いてエミリアは嬉しそうにしているが、レウスの心中は穏やかではなかった。


「止めてくれよ、ホクトさん!」

「オン?」

「だって狩りも警戒もほとんどホクトさんがやっているだろ? 俺の数少ない仕事まで取らないでくれよ!」

「オン!」

「弱肉強食って何だよ!? 今日の夕食は肉なのか!」


 レウスの訴えはしばらく続くのだった。







 おまけその3 超進化?



 ホクトから漏れていた光が消え、そこに立っていたのは……。


「はっはっは! 強そうな奴がいるではないか!」


『……何だ、この大きい剣を持った人は?」


「いやいやいやいやいや!? 何で爺さんがいるんだよ! ホクトはどこへ行った!?」



 投げっ放しのまま……完






 雑記


 ホクトが進化によって得たもの。



・魔力・体力上限……上昇

・変身能力・炎狼モード(仮名)……追加

・炎属性・炎耐性……追加

・燃費……上昇


・主への甘えっぷり……測定不能(以前と変わらず)

・ブラッシング……常時ウェルカム(以前とー……略)

・フリスビー……どんとこい(以前ー……略)



 余談ですが、今回の百狼は数年おきにホクトの様子を見にきていた……という裏設定があったりします。

 前回様子を見に来たのがシリウスと出会う前なので、百狼がシリウスたちを見たのは今回が初めてです。

 まあ要するに……ツンデレな親なのです。



 今回、百狼の事について幾つか書きましたが、ホクトは普通の百狼とは少し違う方向に進んでいるので、将来どうなるかは未定になります。

 炎を操れるようになったのも、ホクトが実際に炎狼と戦い、その魔力を偶然吸収したからこそ使える……という感じだったり。

 もう少し詳しい説明は次回にて。



 次回でこの章が終わる予定ですが、更新は未定となります。

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