閑話 爺と軌跡
お久しぶりです。
長々と間が開いてしまいましたが、ようやく通常営業に戻れそうです。
というわけで、リハビリも兼ねた閑話から。
※注意
この物語は、爺さんの圧倒的な力を見せつける物語だけではなく、爺さんが本能で生きている姿を見せつける物語です。
突拍子ない行動や我儘、暴走は基本装備であるのを承知しつつご覧ください。
「うーむ……ここも久しぶりじゃな」
旅をしながら剣を振り。
魔物と盗賊を斬りながら剣を振り。
そして剣を振りながらシリウスとエミリアを追いかけているわしは、闘武祭が毎年行われる町である、カー……ガ……。
「小僧。この町の名前はなんじゃったかのう?」
「……ガラフですよ。闘武祭で何度も優勝しているのに、何で町の名前を覚えていないのですか?」
「闘技場があって、戦える場所しか記憶に残っておらんからじゃな」
「自信満々に答えられても困るんですけど……」
とにかくわしはガラフへとやってきたのじゃ。
そうじゃな、小僧に言われて色々思い出してきたわい。
闘武祭に参加して何度も優勝を掻っ攫ってみたが、結局わしに敵う相手が現れなくて、終いには参加が面倒になったんじゃったな。
相変わらずこの町は様々な武器を背負った冒険者が多くて活気に溢れているようじゃが、やはりわしの興味を惹くような奴はいなさそうじゃな。
わしに挑んでくるような血気溢れる奴はおらんかのう……。
「むう……何故じゃ? 何故わしを見ると皆目を逸らすのじゃろうな?」
「そんなにもギラギラした目で睨まれたら、誰だって逃げ出しますよ」
「情けないのう。冒険者じゃったら、いきなり斬りかかってくる根性くらい見せてほしいものじゃな」
「いきなり武器を抜く時点でおかしいですから。そしてトウセンさんも武器を抜いたりしないでくださいね」
「心配するな小僧。相手が武器を抜かん限りは抜かんわい」
さっきからわしの後ろをついて回る小僧は確かベイオルフ……じゃったか?
とにかくこの小僧は、かつてわしが戦った剣聖の息子じゃ。
有名な剣士であった剣聖は病気で死んだのじゃが、最後に戦ったわしがある意味殺したようなものじゃ。世間的にも剣士として終わらせてやろうと、わしが殺した事になっておる。
そしてこの小僧はその剣聖の最後を聞きにわざわざわしを探しておったらしい。
最初はてっきり復讐かと思ったのじゃが、父親の最後を教えてやれば小僧はわしを恨むどころか礼を言ってきおった。
『最後まで父さんを剣士でいさせてくれて……ありがとうございます』
剣士の勝負とは常に命の取り合いじゃ。
相手が一般市民やただの冒険者であれば別じゃろうが、剣士同士となれば死ぬなんて合意の上で戦っておるのじゃからな。
じゃからこそ、こうして礼を言ってくるこの小僧は中々見所があるようじゃ。
実はわしを騙し打ちをしようと隙を窺っておる可能性もあるかもしれぬが、やるならいつでも来いと言っておる。そうなれば斬るだけじゃ。
話をしたら別れるつもりじゃったが、小僧はシリウスの弟子になるつもりらしいので、彼奴を追いかけているわしに同行する事になったわけじゃ。
わしは鍛錬しながら追いかけておるので一緒じゃと遅れると言ったのじゃが、色々勉強したいといって奴は勝手に付いてくるようになったのじゃ。
まあ食事の用意といった面倒な事をしてもらっておるから、正直に言えば助かっておるがのう。
「さて、闘技場で強そうな連中を探すとするかのう」
「それは後で出来ますから、まずは宿の確保をしませんか? いえ、その前に冒険者ギルドへ行って魔物の素材を買い取ってもらいましょう」
「面倒じゃのう……」
「今は宿どころか食事代も心許ないんですからね。ギルドにも強い人がいるかもしれませんよ?」
「それもそうじゃのう」
道は忘れたので、小僧の案内で冒険者ギルドの建物に入った瞬間……突如悲鳴のような声がわしにぶつけられた。
「ライオル様!? またこの町へ訪れてくださったのですね!」
「わしはトウセンじゃ! ライオルなぞ知らんわ!」
「失礼しました! トウセン様!」
わしを確認するなり、受付の席に座っていた嬢ちゃんが叫ぶ勢いで喜んでおったので、若干鬱陶しく感じたわい。じゃが、名前が違うと指摘すればすぐに対応する点は見事じゃな。
「ふん。あの嬢ちゃんは確か……闘武祭で実況をしていたビューテじゃったかのう?」
「そうですけど、トウセンさんが相手の事を覚えているなんて珍しいですね。やはり美人だからですか?」
「わしが闘武祭で優勝する度に結婚してくれとか言い寄ってきたり、宿どころかベッドにまで突撃してきおったからのう。嫌でも覚えるわい」
「僕も前に襲われかけたといいますか……とにかくあの人とあまり良い思い出がありませんね」
「わしは単純に面倒なだけじゃ」
男が好みそうな女なのじゃろうが、わしは女に一切興味はないと言っておるのにしつこくてのう。毎回追い払うのに苦労したものじゃ。
受付の席を飛び越えて迫る嬢ちゃんに、小僧はわしの背中に回って隠れおった。言葉通りこの女子が苦手なようじゃが、わしを盾にするとは……いい度胸じゃな。
「また会えるなんて光栄ですわ! ですが闘武祭はすでに終了していまして……」
「知っておる。今日は魔物の素材を売りに来ただけじゃ。ほれ、さっさと頼むわい」
「わかりました。って、おお!? そちらにいらっしゃるのはベイオルフ様ではありませんか! もしかしてトウセン様に弟子入りをー……」
「違います! ちょっと訳があって一緒なだけです。それよりもこちらの素材なんですが……」
相変わらず騒がしい嬢ちゃんじゃのう。
周囲の冒険者たちもわしに気付いて騒ぎ出しておるが、遠巻きに眺めるだけで何もしてこぬわい。
この嬢ちゃんを狙っていると思われる冒険者がこちらを睨んできておるが、わしが視線を向ければ慌てて逸らしておる。全く……そんな根性で女が手に入ると思っておるのか、たわけが!
そんな風にわしが周囲を見渡しておると、小僧から素材を見せてもらった嬢ちゃんが妙に驚いておった。
「こ、これはもしかして、あの山奥にしか生息しない竜の角ですよね? それもこんな沢山……」
道中、険しい山を大きく迂回する街道があったのじゃが、面倒じゃからと山を真っ直ぐ進んだら見つけた魔物の角じゃな。
戦うにしても、そして肉として食べるのも中々歯応えがあって美味しかったからのう。しばらく山に籠って何十匹も狩ってしもうたわい。
途中で小僧が魔物に囲まれて何度か死にかけたが、まあ良い経験じゃろう。
「えと、寄り道でちょっと……」
「あそこは有数の危険地帯ですし、寄り道で行くような場所じゃないと思いますけどね。しばらくお待ちください」
魔物の素材は血生臭い物もあるので、本当はそれ専用の部屋で渡すべきじゃろうが、希少な角じゃからと小僧はここで渡したようじゃ。
そして素材を預けてしばらく待っておると、嬢ちゃんは少し緊張した面持ちでわし等の前に戻ってきおった。
「トウセン様。申し訳ありませんが、ギルド長が話がしたいと……」
「話じゃと? わしと話がしたいならそっちから来るべきじゃろうが」
「面倒だからってそんな事を言わなくても……」
「……お前さんならそう言うと思っていたから、来てやったぞ」
「ギルド長!?」
「どうだ。話くらい聞いてくれるだろうな?」
「むう……仕方ないのう」
これから闘技場で強そうな奴を探す予定じゃったが、自ら来たのなら無視するわけにもいくまい。
わしは溜息を吐きながら、ここのギルド長でもある禿爺の後について行くのじゃった。
「それで、わしに何の用じゃ?」
「まあ焦るな。どうせお前さんたちが持ってきた角の査定には時間がかかるんだ。ほら、軽食と菓子を用意させたからこれでも食ってろ」
「うむ…………おかわりじゃ!」
「大食いも相変わらずか。おい、もっと持ってきてくれ」
「わかりました! トウセン様、すぐにご用意しますわ」
確かこの禿爺の名前はバドムじゃったのう。
わしと年が近く、闘武祭で優勝する度に顔を合わせておったから、彼奴とは気兼ねなく話せる間柄じゃ。
とにかく禿爺であるギルド長に連れられ、わしと小僧は建物の奥であるバドムの部屋に連れて来られたのじゃが、何故この嬢ちゃんまで付いて来ておるのかのう?
「小僧。ぼけっとしておる間にわしが全部食っているぞ?」
「……僕の事は気にせずにどうぞ。こういう時でも周囲を気にしない貴方が本当に羨ましいですよ」
「この爺さんは色んな意味で規格外だからな。それにしても、闘武祭で活躍したお前さんが一緒とはな……」
「目的が一緒なので同行しているだけですよ。同行……しているだけなんですよねぇ……うう……」
ふむ……またのようじゃな。
「おい、大丈夫か? 目が死んでいる気がするが……そんなにも酷い目に遭ったのか?」
「そうなんですよ! 散歩気分で盗賊のアジトを潰しに行ったり、人より何倍も大きい魔物が何体いようと笑いながら突撃するせいで、僕は魔物の群れの中に置いて行かれて何度死にかけた事か。そして暇だからって模擬戦と称した殺し合いをー……ああぁ……」
「これ、しっかりせい!」
「はっ!?」
わしが背中を叩いてやれば、小僧は軽くむせながらも正気を取り戻した。
最近はこの状態になるのも減ったようじゃが、わしの行動に慣れるまでまだ時間がかかりそうじゃのう。
「ああ……すいません。また取り乱しました」
「……苦労しているようだな」
「はい。ただ同行しているだけなのに、僕はこの短期間に色んな意味で強くなったと思います。特に精神が……」
「だろうな。お前さんも少しは手加減してやれよ」
「わしはいつも通りに動いているだけじゃ」
小僧は死んでおらんから問題はあるまい。
そもそも小僧はシリウスと再会する以外にも、わしの強さを知りたいと思って付いて来ておるのじゃ。わしが好きに振る舞って何が悪い?
「それよりわしを呼んだ理由は何じゃ? 世間話をするくらいなら強者を一人でも多く用意せんかい」
「ああ、すまんな。実は今日行われている闘技場の試合に出てほしいんだ」
「ふむ……今日とは急じゃな。出るのは構わんが、闘武祭はもう終わった筈じゃろう?」
「闘武祭程じゃないが、闘技場では色んな試合を頻繁に行っていてな……」
どうやら今の闘技場では五対五のパーティー同士による試合が行われているらしいのじゃ。
その試合は昨日から始まり、今日にはパーティー戦の優勝が決まるそうじゃが……。
「お前さんにはその優勝者と戦ってほしいんだ」
「ほう。その連中は強いのか?」
「まあ……強いな。個々では中級冒険者レベルだろうが、パーティーとなれば上級冒険者にも迫る連中だ」
「つまりトウセンさんが出るのは余興みたいなものですか?」
「建前としてはそうだが、本音は別にある。その連中の性格がちょっとな……」
武器を一切使わず魔法だけで戦っているパーティーらしいのじゃが、どうも周囲からの受けが悪いようじゃ。
「魔法こそ至上主義な若造共でな、剣士や武器を使う者を見下している連中なんだ。魔法が強力なのは認めるが、その印象だけを周囲に植え付けられても困るんだよ」
「闘技場は武器同士によるぶつかり合いが主ですし、要するにバランスが大事……という事ですね?」
二日に亘って行われているそうじゃが、昨日の試合では武器を持った連中は肉の壁にしかならないとほざいておったらしい。
ふむ……そんな事をほざける連中ならばそれなりの実力を持っていそうじゃな。ちょっとだけ興味が湧いてきたわい。
「そういうこった。魔法だけが優れて闘技場に武器を使う冒険者が減っても困るからな。そういう偏った考えしか出来ない若造共にちょっと現実を思い知らせてやろうと、上級冒険者のパーティーを雇って戦わせようと思っていたんだが……あいにくと誰も捕まらなくてな」
「それでわしかのう?」
「そうだ。手っ取り早く言うなら、前線に立つ者たちを軽んじている若造共の性根を叩き直してほしい。俺が出ても良かったんだが、立場の問題で色々と面倒でな……」
「トウセンさんが出ると、叩き直す程度で済むと思えないんですが……」
「他にも理由があるんだが、とにかくこの爺さんが一番良いんだよ。相手を殺さないようにすればお前さんの好きにしていいからよ。どうだ?」
「ふむ……いいじゃろう。受けてやるわい」
「受けるんですか?」
「最近は魔物ばかりで魔法を使う相手と戦っておらんからのう。ちょっとした鍛錬じゃな」
あの腹が立つエルフには遠く及ばぬじゃろうが、そろそろ魔法を斬る感覚を思い出しておかねばならんからな。
「助かるぜ。これは個人的な依頼でもあるから、報酬として金貨を幾つかとー……」
「私との結婚でどうでしょうか!」
「いらぬわ!」
菓子を持ってきた嬢ちゃんが急に割り込んで来おったが、わしは興味がないと言っておるじゃろうが!
『今から闘技場へ向かえば決勝戦に間に合うと思うぞ。どんな戦いをする連中か直接見てきたらどうだ? 俺も後で向かうからよ』
そんなわけで、ギルドから出たわしと小僧は闘技場へとやってきたのじゃ。
歓声が聞こえている様子から今も試合が行われているようじゃが、わしは闘技場の正面入口の前で首を傾げていた。
「ふむ……何じゃこれは?」
入口には闘技場を守るかのように存在する狼の石像があったからじゃ。
以前来た時は無かった筈じゃがな。妙に存在感のある石像なので、思わず立ち止まってしもうたわい。
首を傾げるわしに、何故か付いてきておる嬢ちゃんが説明してくれたのじゃが……受付の仕事はどうしたのじゃ?
「これは前回の優勝者が連れていた従魔ですね。獣人族の有志がお金を出し合って建て、今では闘技場の守り神とも言われる像ですわ」
「前に説明しましたよね? シリウスさんが連れていた狼で、名前はホクトと言うそうです。神の御使いとも呼ばれる神聖な狼、百狼だそうですよ」
「ほう……これが百狼か。中々強そうじゃのう」
「実物大に拘って作られたのですよ。こんなにも立派な狼を従わせるシリウス選手とはもっと親密になりたかったです……」
「百狼はトウセンさんが思っているのより遥かに強いですよ。レウスはこの百狼に時々稽古をつけてもらっているみたいでしたけど、未だに一撃も与えられないと聞きました」
「ほほう! それは歯応えがありそうな相手じゃな!」
これはシリウスたちと再会する楽しみが増えたわい。
そして将来を楽しみにしながら闘技場に入ろうとしたところで、入口から少し離れた広場にもう一つ大きな石像が建っておるのに気付いたのじゃ。
「あの石像は何じゃ? でかい剣を持っておるし、何だかわしに似ておる気がするのう……」
「似ているんじゃなくて、あの石像は貴方ですよ」
「そうですよ! 石像を建てるって、トウセン様が闘武祭を三回優勝した時に説明したじゃないですか!」
「そうじゃったかのう?」
三回目の優勝時?
確か戦った相手が今一じゃったからやる気がなくなって、質問されても適当に返事をしていた覚えはあるわい。
そうか、これはわしじゃったのか。
これを見てから何か違和感を覚えるのじゃが……そういう事じゃったか。
「……偽物じゃな」
「あの……トウセンさん? 剣を握って何をしようとしているんですか?」
「や、止めてください! 職人が一生懸命作った石像なんですよう!」
「ぬう!? 何をするか!」
わしはただ、剣の形が違うから少し斬って調整しようと思っただけなんじゃがな。
二人掛かりで押さえつけられてしもうたので、さすがに止めざるを得なかったわい。
「うへへ……逞しい筋肉ですぅ……」
この嬢ちゃんは止める気がなさそうじゃな……。
闘技場に入ったわしたちは、一般の観客席から隔離され、周囲を気にせずに試合を見物出来る特別な席へとやってきたのじゃ。
普通なら大金を払ったり、身分が高い者ではないと使えない席じゃが、一時的という事で嬢ちゃんが交渉して使わせてもらえたわけじゃな。
そして運が良かったのか、ちょうど決勝が始まる直前じゃった。
「ほう……確かによく見える場所じゃな」
「ふふふ、実況をやっていると色々顔が利くんですよ」
「助かりますよ。見てください、あの奥に見える方たちがギルド長の言ったパーティーではないでしょうか?」
小僧の言う通り、試合場には武器を一切持っておらん五人が立っておった、
見たところまだ若い連中のようで、小僧より少し年上といったところかのう?
わしがそう思っておる内に試合は始まり、様々な武器を握った相手側のパーティーが一斉に走り出しておった。
相手が魔法を使うとわかっているならば、発動前に潰すのが戦術の基本じゃからな。その選択は間違ってはおらんわい。
じゃが……。
「……見事な連携でしたね。戦い方が上手いです」
「そうじゃな」
試合はあっという間に終わってしもうたわい。
三人が初級魔法を無数に放ったり、土の壁を作って相手を足止めしている間に、残りの二人が詠唱の長い中級や上級の範囲魔法を放って一網打尽じゃった。
相手側も決して弱くはなかったのじゃろうが、魔法を使った連中は皆それなりの実力を持ち、そしてきちんと連携して動いたからじゃろう。
あの禿爺が言った通り、確かに強いのじゃろうが……。
「じゃが、初級魔法を軽く凌げる相手とぶつかれば終わりじゃろうな」
「ですね。今回はそういう飛び抜けた実力者がいないようですし」
「この試合はあまり大きなものではないので、集まるのは中級冒険者レベルの人たちばかりなのですよ」
武器や盾を手にした壁役がいればもっと安定するじゃろうが……あれは無理そうじゃな。
五人揃って魔法しか使わないと言わんばかりに軽い装備じゃし、ローブや服に隠れてよく見えんが、わしが軽く小突いた程度で折れそうな体じゃというのはわかる。もっと剣を振れとか、体を鍛えろと言いたくなるのう。
あの魔法馬鹿なエルフでさえ、接近された場合に備えて体を鍛えておるのじゃぞ?
『我々の放つ魔法の前に敵はない! どのような優れた武器や技術があろうと、接近出来なければ意味がないのだ!』
そしてリーダーと思われる小童が、わざわざ己の魔法で声を響かせながら宣言しておる。
『だからこそ武器を持つのは愚かな事なのだ! 人には魔法がある! 武器を持った戦士なぞ、魔法の前ではただの肉の壁に過ぎん!』
ふーむ……確かに極端な奴じゃな。
わしの勘じゃが、あの小童は武器を持つ相手を嫌っておるようじゃな。あの禿頭が面倒な奴だと言うわけじゃ。
それにしても……あのリーダーらしき小童から妙な違和感を覚えるのう。
どこかで会ったような……駄目じゃ。思い出せんわい。
「彼の言う事を全て否定するつもりはありませんが、あれは少し言い過ぎですね」
「私もそう思います! それに闘技場の戦いは、己の力と力が全力でぶつかる時こそ尤も輝くものです! 私はあんな一方的な魔法戦は認めたくないです!」
「以前の僕みたいに、彼等は自分の力に溺れているのでしょう。トウセンさん。僕と一緒に、彼等には本当の剣士というものを見せてあげましょう」
「何を言っておる? あんな連中に小僧なぞ必要ないわ。そこで黙って見ておれ」
「えっ?」
「もしかして……飛び入り参加ですか! それならば私にお任せ下さい!」
「ちょ、ちょっと二人とも!? 何か嫌な予感がするんですが、一体どちらへー……って、誰かあの二人を止めて!」
小僧の制止を無視し、嬢ちゃんは実況席へ、そしてわしは観客席から飛んで試合場の四隅にある柱の上に降り立っていたのじゃ。
突然現れたわしに観客は困惑しておったが、わしが剣を抜いたところで歓声が闘技場に響き渡ったのじゃ。どうやらわしが誰なのかと気付いたようじゃな。
じゃが試合場に立つ小童共は、観客が騒ぎ出した状況に少々戸惑っているようじゃ。
「っ!? あの爺は……」
「おい、どうなってんだ! 優勝じゃねえのかよ!?」
「誰かあの爺をさっさと追い出せよ!」
「ふむ、ならば力ずくで追い出してみるがよい。小童共の魔法でやれるならのう?」
試合場へと下り立ったわしが剣先を向けながら挑発してみれば、小童共は実にわかりやすく睨んできおったわい。
そして審判と思われる男がどうするか慌てている中、実況席を見れば嬢ちゃんが実況の席に座って周囲へと何か伝えているようじゃ。
『観客席の皆様。今大会の優勝者はアジール選手率いるパーティー名、『炎の牙』に決まりましたが、ここでちょっとしたお知らせがあります。なんと……過去の闘武祭で三度の覇者となられたイッキトウセン選手がやって来たのです! 更に……優勝した彼等にたった一人で挑みたいと口にしているのです!』
そう嬢ちゃんが魔法で告げた瞬間、更に歓声が大きくなって観客が盛り上がり始めたのじゃ。ここへ来るのはそういう派手な事を好む連中ばかりじゃからのう、突然の状況だろうと平然と受け入れておるわい。
『ですが優勝はもう決まっていますから、炎の牙の皆さんがトウセン選手と戦っても何もありません。当然断る事も出来ますがー……』
「わしに勝てば金貨五十枚をやろう!」
『おおっと! トウセン選手が大きく出ました! 自分が負けた場合、自ら賞金を出すそうです! さあ、炎の牙の返答は如何に?』
「そんな金持ってないでしょうが!」
小僧の声が聞こえた気がするが、歓声でかき消されてしもうたわい。つまり、わしは何も聞こえなかったのじゃ!
ちと強引じゃろうが、挑発した上に金までちらつかせたのじゃ。
観客も期待しておるし、あれだけ大口叩いておったのじゃから逃げるつもりはあるまい?
「……いいだろう。だがよ、本当に爺さんは一人で戦うつもりなのか?」
「じゃからそう言っておるじゃろうが。でかい剣を持った爺に臆しておるのではあるまいな?」
「ちっ、後悔すんじゃねえぞ! 俺は武器を持った相手……特にでかい剣を持った奴が嫌いなんだよ!」
『決まったようです! 個人で戦う時は無類の強さを見せるトウセン選手ですが、炎の牙が放つ魔法の連携をどう切り抜けるのか? 皆さん、要注目ですよ!』
うむ、これで準備は整ったようじゃな。
本来の予定じゃと、あの禿頭が表彰式を行いながら連中を挑発し、許可が出ると同時にわしを登場させる流れだったようじゃが……最終的にわしと戦うのじゃから問題はあるまい。
いつの間にか嬢ちゃんの隣に禿爺がおり、仕方がなさそうに苦笑しておるから大丈夫じゃろう。
『上からの許可も出ましたので、試合を開始したいと思います! 試合場の皆様、準備はよろしいですか?』
「わしはいつでも良いが、お主等の魔力はどうじゃ? 残り少ないなら休憩時間をやってもよいぞ?」
「舐めるなよ。初級や中級を少し使った程度で俺たちの魔力が尽きるか! こっちもいつだってやれる!」
『それでは……試合、開始です!』
そしてわしと小童共が一定の距離をとった後、嬢ちゃんの宣言で試合が始まったのじゃ。
開始と同時に三人が各々の初級魔法を無数に浮かべ、残りの二人が長い詠唱を行っているようじゃが……わしはその場から一歩も動いておらんかった。
『これはどうした事でしょう? トウセン選手が動きません! 魔法を使う相手に接近せずにどうするというのか?』
「爺さんがどれだけ強いのか知らねえが、これだけの魔法を前に剣一本でどうにかなると思うなよ!」
「二番、三番、狙いを付けつつ順次発射だ! 一番は避けた瞬間を狙え!」
三人が発動させた初級魔法は数にして二十は近い炎や岩の塊じゃった。
先程の試合ではそんな初級魔法を連続で放ち続けて、上手く相手の足を止めておったのう。
その魔法が全てわしへ向かって放たれるが……。
「ぬおおおおっ!」
全て叩き斬ってやったわ。
同時に飛んでくるなら別じゃが、順番に飛んでくるなら難しくはないわい。
飛んでくる魔法に合わせて剣を素早く振るだけじゃからな。
「は? 当たった……筈だよな?」
「ひ、怯むな! 元より初級は足止めだ。とにかく近づかせないように放ち続けろ!」
ふむ……やはり魔法でも違うものじゃな。
あのエルフが放つ魔法は妙な手応えを感じるのじゃが、小童共の魔法は空気を斬ってる感じじゃ。
魔力の濃縮具合が違うのかのう? まあ、無駄に長生きしておるあれと比べるのも可哀想じゃろうな。
そして斬った魔法が三十を超えた頃、残った二人が放とうとしていた中級魔法の詠唱が終わったようじゃ。
「束縛の鎖を咎人に与えよ! 『地鎖縛』」
「地より現れし岩の槍にて貫かん! 『岩投槍』」
ほう……わし一人じゃから、範囲魔法ではなく束縛魔法できおったか。
飛んできた最後の初級魔法を斬り捨てると、足元から無数に生えてきた岩の鎖によってわしの体が縛られてしもうたわい。
同時に、わしの腹を容易く貫きそうな岩の槍も飛んできおったわ。
直撃すれば死にそうな魔法じゃから嬢ちゃんと観客が騒いでおるが、この緊張感こそ戦闘じゃろう。一々騒ぐでない。
それに……。
「わしの命を取るには足りんなぁ!」
体に巻き付いた鎖を力ずくで引き千切り、迫る岩の槍を叩き斬ってやったわい。
動揺したのか小童共の攻撃が止んだので、わしはその間に一歩だけ前に進んだのじゃ。
「次じゃ!」
「え……は?」
「次の魔法をさっさと放ってこいと言うておるのじゃ! 魔法に自信がありそうな事をほざきながら、これで終わりとかほざくつもりじゃなかろうな?」
わしの宣言に闘技場内が一瞬だけ静かになり、小僧と禿爺が呆れた様子で溜息を吐いておるようじゃが、ここへは魔法を斬る練習をしに来たようなものじゃ。
確かに禿爺の依頼もあるが、わしとしてはそっちの方が主じゃわい。
「わしは小童共が魔法を放たん限り前に出ぬ。範囲魔法じゃろうと何じゃろうと遠慮なく詠唱して放ってくるがいい!」
「……ど、どうする?」
「確かに動いていないが……」
小童共は困惑する様子を見せておるが、わしが言葉通り動かぬと理解したところでようやく詠唱を始めたのじゃ。見れば禿爺が観客に被害が出ないように指示を出しておるようじゃし、外は気にする必要はなかろう。
さて、今度は上級魔法くらい放ってほしいものじゃな。
「爺が! その余裕が命取りだぜ!」
「範囲魔法を斬れるものなら斬ってみやがれ!」
「魔法の方が強いに決まっているんだよ!」
そして詠唱が終わった小童から次々と範囲魔法や上級魔法が放たれるのじゃった。
試合場の床石が左右同時に飛び出し、中心に立つわしを押し潰そうとする土の上級魔法は、その場で剣を一周させて岩を斬り捨て、広範囲を風の刃で薙ぎ払う中級魔法は剣を振り下ろした風圧で吹き飛ばしてやったのじゃ。
そしてわしを完全に覆い尽くす程に大きい火球を生み出す上級魔法も放ってきおったが、わしからすればただのでかい炎に過ぎん。少し力を込めて剣を振れば容易く斬れたわい。
そんな風に様々な魔法を斬り続けながら、わしは小童共へ一歩ずつ確実に近づいていったのじゃ。まるでわしという壁が迫るように……じゃな。
何歩進んだか忘れたが、わしが小童共の目の前に立った頃には、リーダーの小童以外は魔力枯渇で気絶しておったわい。
小童も魔力枯渇で膝を突いているようじゃが、何とか意識は保っているようじゃな。
中々に根性があるようで結構じゃ。
「もう終わりかのう?」
「はぁ……はぁ……ふざ……けんなよ! 俺は……まだ……」
……不思議じゃな。
何だかわしが弱い者苛めをしておるような気が……。
「……まあいいじゃろ」
殺しは無しの試合じゃろうが、戦いは戦いじゃからな。
迫られた瞬間にギブアップしたり、場外に逃げるような事をすれば殺さない程度にぶっ飛ばしてやろうかと思うたが、魔力枯渇で倒れるまで粘ったその姿勢は褒めてやろうではないか。
とにかく、これで魔法が全てではないと理解したじゃろう。
最後に頭で軽く小突いて気絶させようと思うたが、わしを見上げている小童を目の前で見て、ようやく違和感の正体に気付いたのじゃ。
「ふむ……お主、もしやケリュプス家の一族かのう?」
「……ようやく思い出したか」
「本人ではないから仕方あるまい。それで、お主はあのアホの何じゃ? 子供にしてはでかいのう」
「俺はあの人の弟だ! 兄は貴様への恨み事と共に病気で死んだんだ!」
わしは興味を持った相手以外を覚えるのが下手じゃが、ケリュプス家のアホはよく覚えておる。
剣に興味がないのに、箔を付ける為だけにわしの弟子になった貴族の一人で、わし自ら集めて育てていた弟子たちを嫉妬で殺したアホじゃ。
国では相当な身分を持つ貴族じゃったが、片腕を斬り落とした後は王の下へ放り投げてそれきりじゃったわい。
それにしても……あのアホは逝きおったか。
じゃからこの小童は武器を……特に剣を持った奴が嫌いになるわけじゃな。
「剛剣ライオル! 貴様が兄の腕を斬り、王へ進言したせいで我が家は地に落ちたのだ! 絶対に許さんぞ!」
「何を言うておる? 元はアホがわしの弟子を殺したからじゃ」
「弟子にしておきながら、我がケリュプス家を蔑ろにするからだ!」
「やかましいのう。碌に素振りもせんくせに、強くしろと吠えるアホに目をかけるわけがなかろうが。冒険者まで堕ちていながら、それすらわからぬか。たわけが!」
その自分しか考えない性格はあのアホとそっくりじゃな。間違いなく血が繋がっておるわい。
どちらにしろこんなアホな跡継ぎしかおらん家なぞ、わしが手を出さんでも勝手に滅んでおったじゃろうな。
あのアホを斬った時は、怒り以上に虚しさしかなかったが……。
「じゃが、今は僅かじゃが感謝しておるわい。その御蔭でわしはライバルと出会い、以前より充実した人生を送っておるからのう」
「ふ、ふざけるな! 我が家を陥れておきながら、よくもそんな口をー……」
「もはや問答すら面倒じゃ。復讐したいならいつでも来るがよい。わしはいつでも受けてたとう」
わしが殺気を放ちながら剣を上段に構えれば、小童は尻もちを突いて怯えた表情でわしを見上げてきおった。
その怯えた目もアホとそっくりじゃが、安心するがよい。
「じゃがな、次はないと思え? 今は試合じゃから殺しはせぬが、今度はこの剣がお前を真っ二つするからのう」
振り下ろした剣は、小童の頭に触れる直前で止めてやったわい。
ちなみにこの寸止めは、小僧と何度も戦って覚えた技じゃ。
振り下ろした剣の風圧によって、試合場の砂埃や小石が激しく舞い散っておるが、小童は無事じゃった。額から少し血が流れておるが……無事じゃ!
「うむ。わしも手加減が上手くなったわい」
「血が出ている時点でどうかと思いますが……」
僅かに聞こえる小僧の呟きを無視してわしが実況席に視線を向ければ、嬢ちゃんは目を輝かせながら頷いてくれたわい。
『き……決まりました! 圧倒的勝利です! やはり闘武祭の覇者は相手が何人であろうと関係なかった!』
嬢ちゃんの宣言によって試合は終了したのじゃが、喜んでいる観客は半分くらいで、残りは困惑しておる感じが見られるわい。中には小童共のプライドがへし折られた様子を見て清々しておる奴もおるようじゃな。
なにせわしは魔法を斬りながら歩いていただけじゃからな。武器のぶつかり合いを好むような観客には物足りなかったかもしれんわい。
『ですが、戦った炎の牙も見事でした。一撃の強さだけでなく豊富な魔法は、様々な可能性を見せていただきましたね?』
『その通りだ。今回は武器を振るうトウセンが勝利したが、あれは剣を極めた者だからこその強さだ。武器も魔法も状況によって変わるので、決して片方が優れているのではないのを理解してほしい』
敗れはしたが健闘した小童共を嬢ちゃんが称え、禿爺も魔道具を使って実況に参加しておるわい。
小僧が言ったように、バランスとやらをとる為に長い話を続けておるが、その間にわしはさっさと試合場から姿を消すのじゃった。
『あれ……ちょ、ちょっと待って下さい! インタビューと、私との熱い夜についての返事をー……トウセン選手ーっ!』
わしはもう存分に魔法を斬って満足したし、なにより面倒じゃからな。
「お爺ちゃん、レウスのお兄さんと同じ剣を持っているんだね」
「はっはっは! 弟子ではないが、その小僧に剣を教えたのはわしじゃからな。おかわりじゃ!」
「すぐに用意しますね。それにしても、こんなにも食べるなんてあの人たち以来だわ。カチア、少しだけトウセンさんをお願いね」
「任せて!」
後始末を全て丸投げして闘技場を出たわしは、溜息を吐きながら追いかけてきた小僧と合流し、小僧が勧める宿へ泊まる事になったのじゃ。
ここは町に滞在中の彼奴等が泊まった宿らしく、中々の賑わいを見せておる宿じゃった。
そして嬉しい事が一つあったのじゃ。
「やはり彼奴はここでも料理を残しておったようじゃな。ここでこいつを食べられるとはのう」
「唐揚げ美味しいよね!」
「うむ。少し独自の味付けじゃが、これもまた良いものじゃ。この宿を選んだ小僧の御蔭じゃな!」
「……なら、僕の分まで食べないでくださいよ」
「早く食わんからそうなるのじゃ!」
斬られる前に斬る。
食われる前に食う……剣と同じじゃろうが。
苦笑している小僧は放っておきながら、わしはコップに注がれた酒を飲み干したのじゃ。
「あの……それかなり強い酒なんですけど、一気に飲んで大丈夫ですか?」
「普段飲んでいるのが水みたいなものじゃからな。わしにはこれくらいがちょうどいいわい」
「凄いなぁ。それを一気に飲めたのって、トウセンさんで二人目だよ?」
「ほう、もう一人おったのか?」
「うん。レウスお兄ちゃんと一緒だった、エルフのお姉さん」
この町は冒険者が集まるせいで強い酒が多いからのう。
それに宿を経営している夫婦の娘がわしを怖がらず酌をしてくれるせいもあり、わしは上機嫌で酒を飲み続けておった。
「うう……トウセン様は子供の方が好きなのですか? わ、若さはさすがに……」
「違うわ! それより何故嬢ちゃんがここにおる?」
「それはもう! トウセン様のお相手と夜這いに来たのですわ!」
「ええい離れぬか! じゃからいらんと言うとるじゃろうが!」
「あ、諦めませんよ! 諦めるかあああぁぁぁっ!」
わしの腕に抱き付いてくる嬢ちゃんを振り払おうとするのじゃが、中々にしぶといのう。
この細腕のどこにこのような力を持っておるのじゃ。荒くれ者共が集まる町でギルドの受付をするだけはあるようじゃな。
「お、落ち着いてトウセンさん。ほら、もう一杯」
「仕方ないのう。いただくわい」
エミリア程ではないが、この娘も素直で可愛らしい子じゃな。
それにしても……エミリアは今頃何をしておるのかのう?
わしに勝った彼奴ならば大丈夫とは思うが、もしエミリアを泣かしておったら……わしが叩き斬ってやるわい。
じゃが彼奴が相手となると斬るのも一苦労じゃからな。もっと鍛えねばなるまい。
「やはり小さい子が好きー……」
「ぬうん!」
「じょ、冗談ですよ!? ですからその腕に力を込めー……痛い痛い! 中身が出る!」
「安心せい。中身が出る前に小僧の命が終わるわい」
「ぐ……うう! 僕も負けてばかりじゃ……ない!」
「ほう?」
わしに頭を掴まれておった小僧じゃが、強引に抜け出したかと思えば、窓から外へ飛び出して剣を構えておった。
全力ではなかったとはいえ、わしの拘束を力ずくで抜け出しおったか。実に良いぞ。
「はっはっは! その意気じゃ! どれ……ちと食後の運動といこうかのう」
「酔っ払ってる今の貴方なら……勝てる筈!」
「わしに一撃でも当ててから抜かせ小僧が!」
「ああ……その自信も素敵ですわトウセン様!」
そしてわし等にとってはいつも通りである戦いが始まったのじゃ。
ちょっと酔っているのは確かじゃが、気合いを入れれば酔いなぞ吹っ飛ぶわい。
じゃがその途中……。
「いつでもって……言ったよなぁ!」
「もらったぞ!」
「死ねぇぇっ! 糞爺がぁ!」
「邪魔じゃあ!」
「「「「「ぎゃあああぁぁぁ――っ!?」」」」」
背後から魔法を放ってきた小童共がおったが、わしの放った衝破によって魔法ごと吹っ飛ばされて消えてしもうたわい。
何者かは知らぬが、先に攻撃してきたのは向こうじゃからどうでもいいじゃろ。
結果……戦いによって町にちょっと被害が出てしまい、依頼の報酬がパーになってしもうたわい。
おのれ、小僧のせいで始まった戦いじゃというのに……。
「解せぬ!」
「僕も多少ですが払っているんですよ? それに町の物を壊していたのは、全部トウセンさんの剣ですからね?」
「……知らぬわ!」
「開き直らないでください!」
おまけ1
それからわしと小僧は旅を続け、大きな湖……ディーネ湖に面した町、パー……パラダイスへとやってきたのじゃ。
「……パラードですよ」
「何じゃ、わしはまだ何も言うておらんぞ?」
「いえ、また間違えた名前で覚えている気がして……」
妙に浮かれた町じゃなと思っていたが、そうか……パラードじゃったか。まあ名前くらいいいじゃろ。
そしてパラードの町から湖を挟んだ向かい側にロマニオと呼ばれる町があるそうじゃが、集めた情報によると小僧がロマニオで英雄的な活躍をしたと掴んだのじゃ。
というわけで、わしはロマニオへとやってきたのじゃが……。
「……この石像はなんじゃ?」
「これかい? 英雄様と共にこの町を守ってくれたホクト様さ。頭を撫でると御利益があるそうだぞ」
ここにも百狼の石像があったのじゃ。
町の人に聞いてみたのじゃが、獣人たちの有志によって建てられ、今では戦や旅の守り神として称えられているようじゃ。
「シリウスさんより、この百狼の跡を辿った方が良さそうな気がします」
「早く戦ってみたいのう……」
おまけ2
ある日、噂に名高いイッキトウセンの旅に付き合う一人の青年がいるとの情報が入った。
そして我々は遂に、その青年との接触に成功したのである。
『質問ですが、彼と冒険をなさってどのような事がわかりましたか?』
※プライバシー保護の為に、青年の声は加工されています
「基本的に本能で動き、剣や食事に夢中な……そう、例えるなら野生の魔物ですね。多少の毒が含まれた野草や肉を食っても平気みたいですし、もうわけがわからないお爺さんです」
『なるほど。では、今までどのような目に遭ったかお聞きしても?」
「一言で表すならば……地獄ですね。盗賊退治ー……蹂躙は当たり前で、強そうな魔物がいそうだと叫びながら危険そうな山や魔物の巣へ平然と入っていきますし、僕は何度も……何度も……ああっ!?」
途中で青年が発狂し始めたので、今回の接触はここまでとなった。
一見すると物忘れが激しい爺さんにしか見えませんが、彼は記憶に残らない事はどうでもいい……つまり本能で生きている性格だからです。
彼の脳内比率を10で区分けすると……
剣・闘争・ライバル……6
エミリア……2
食事……1
小僧……0,5
その他……0,5
みたいな感じかと。
この度は、一ヶ月近く間を開けてしまって申し訳ありませんでした。
色々とありましたが、何とか書籍の状況も一段落し、アクシデントがなければ来月には3巻が発売出来そうです。
近々とある事が片付き次第、書籍の話と、この一ヶ月の間についての事を活動報告で挙げたいと思っています。
次回の更新は7日後になります。