訪問後の極秘訪問
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前話が個人的な事情で後半部分大幅に修正し、15日に投稿し直しています。
読んでいない方は気をつけてください。
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すいません、ちょっと投稿が遅れました。
エミリア、レウス、アマンダと別れた俺とフィアは、町の中心に建つ女神教の総本山である神殿へと向かっていた。
俺の隣を歩くフィアはマントに付いたフードをかぶらず堂々とその美しい顔を晒しているので、周囲を歩いている信者や冒険者達の視線を集めていた。そのほとんどが男性なのは言うまでもない。
フィアの珍しさと美貌に惹かれて声を掛けようとする者もいたが、肩で風を切って歩き、上流階級にしか見えないマントを着けている俺の連れだとわかると諦めていた。
「そこのお嬢さん。君が向かっている先は女神教の神殿だけど、もしかして女神教に興味があるのかい? 私で良ければ色々と教えてあげようか」
中には女神教について話しかけてくる信者もいたが、目の前に現れた男は明らかにフィアを狙っているとしか思えない目であった。
そんな男に対し、フィアは事務的な笑みを浮かべながら軽く頭を下げていた。
「お断りします。私はこちらの方の命令以外に動く事ができませんので」
すでに俺の秘書としてのキャラを作ろうとしているらしい。
フィアの事務的な態度に相手はたじろいでいたが、今度は矛先を変えて俺に視線を向けてきた。
おそらく俺が来れば彼女もくるだろうと、打算を含めて話しかけてきたのだろうが……。
「すまない、良ければ君も女神教にー……ひぃ!?」
俺の殺気を含ませた目を向けられ、全力で逃げ出していた。
くだらん用事で俺達の足を止めるなと言わんばかりに鼻を鳴らしていると、隣のフィアが小さく笑っていた。
「ふふ……冷静に見えるけど、中は火傷しそうなくらいに熱そうね」
「当然だ。さっさとリースに手を出した罪を教えてやらないとな」
このままだと冗談抜きで王様とリーフェル姫の手によりエリュシオンから精鋭が送られてくる可能性が高い。女神教は完全に滅ぼされ、アシェリーが戻っても立て直す事すら出来なくなるだろう。
それに、いつリースが下種の毒牙にかかるかわからない。気になったので、突入前にもう一度『コール』で確認しておくか。
「リース、そっちはどうだ?」
『……はい。部屋に閉じ込められたままだけど、私は無事です。何だか外が騒がしいので、私に構っている状況ではないようです』
リースの話では神殿に連れ去られた後、とある部屋へ閉じ込められてそのままだそうだ。
いきなり放置するとは変な話だろうが、神殿へ戻るなりヴェイグルは豪華な法衣を着た男に声をかけられ、連れて行かれてそれっきりらしい。
おそらく素直に連れて行かれた様子からして、その男が大司教であるドルガーだろう。
「そろそろ神殿に邪魔するから、大人しく待っているんだぞ」
『はい! 待っていますね』
声色からして不安や恐怖を感じている様子はないようだ。少なくとも現時点で強行突破する必要はなさそうである。
神殿までまだ距離があるので、俺はフィアと精霊魔法について話しながら歩いていた。
具体的に言えば、リースが負けた原因についてだ。
「なあフィア、精霊魔法は周囲に存在する精霊の数によって威力が変わるんだよな?」
「そうよ。同じ属性の精霊が多ければ多い程、威力と発動の早さが増すわ」
そもそも精霊魔法というのは、術者が魔力を精霊に与える事によって精霊が活性化し、力を貸してくれる事により発動する魔法だ。そして精霊は近くにいる同じ精霊同士で協力する習性を持つらしい。
「さっき空を飛んだ時に思ったけど、この辺りは風の精霊が少ないみたい。以前なら十の魔力で十分だったのが、ここだと十五必要みたいな感じね」
「リースも水の精霊が少ないと呟いていたし、この辺りは火の精霊が多いというわけか?」
「私は風の精霊しか見えないけど、それで間違いないと思うわ。以前にも話したけど、精霊魔法は使えば使う程に精霊が活性化し、同じ精霊の数が周辺に増えるのよ」
例えば、風の精霊魔法を使う度に風の精霊が活性化し、同じ属性の精霊を呼び寄せる。それに比例して他の属性は逃げるように余所へ移動するそうだ。もちろん集中するのも限度はあるらしく、全て同じ精霊で埋め尽くされることはないらしい。とある本で精霊は世界のバランスを無意識にとっているだとか載っていたが、それが正しいかどうかは判明していない。
そしてヴェイグルは、フォニアの周辺で魔物退治と称した鬱憤晴らしで精霊魔法をよく使っていた。
「そのヴェイグルって男は、頻繁に精霊魔法を使っていたんでしょ? だったらこの辺りは火の精霊が多いんでしょうね」
「……ただでさえ精霊の数が少なく、そこへホクト並の魔物も加われば負けても仕方ない……か」
おそらく炎狼もおらず、対等な精霊条件であればリースは間違いなく勝てた筈だ。しかし世の中で対等に戦える状況なんて、遊びかルールによって決められた試合ぐらいだろう。
弟子達も強くなり、三人で固まっていれば上級冒険者の集団か伝説級の魔物でない限りは大丈夫だろうと思いこんでいた。
少しばかり想定が甘かったと一人反省していると、目を細めたフィアが俺の肩を叩いてきた。
「こーら、貴方がそこまで落ち込む必要ないでしょ。リースには悪いけど、今回はあの子が自ら動いた結果なんだから」
「落ち込んでいるわけじゃないが、少し油断していたのも事実だ。次で活かさないとな」
「前向きね。余計な心配だったかしら? でもね、精霊が見えない貴方ではどうしてもわからない部分もあるし、本当にしっかりするべきなのは私とリースよ。シリウスはどーんと後ろで構えてくれていたら私達は安心なんだから、いつもの貴方でいてちょうだい」
「そうだな。ありがとうフィア」
「ふふ、どういたしまして。こう見えてお姉さんですから」
軽く片目を瞑りながら、任せてと言わんばかりの笑みを向けてくれるフィアに頼もしさを感じた。
そして俺達は女神教の中心である女神神殿の前までやってきた。
近くで見る女神教の神殿は大きく、神殿の天辺に付いている女神教のシンボルである太陽の紋章が少し見上げないと見えない程である。
王がいるわけでもないのにこれ程大きい建造物がある点から、予想以上に女神教の規模は大きいのかもしれない。
アシェリーの話では、神殿にある大きな正面扉を通れば巨大な礼拝堂になっていて、そこまでは一般の信者でも普通に入れるそうだ。
正面入り口の横にある、人が二人通れる程度の広さの扉の先は住居区画になっているらしく、女神教で位が高い信者しか入れないらしい。
当然ながら入口を警備している信者が二人立っていたので、俺達はゆっくりと近づいて声を掛けた。
「こちらは女神教の関係者しか入れません。女神様へ祈るなら、あちらの礼拝堂へどうぞ」
「至急、女神教を取り仕切っている者と面会を求む。取り次ぎを頼みたい」
「そのような予定は聞いていません。大司教様は忙しいので、礼拝堂の信者に話を通して予定をとってください」
至極当たり前な対応で追い返されそうになるが、俺はマントに描かれたエリュシオンの紋章を信者に見せつけてやった。
さて、ここからはったりの時間だな。
「私はメリフェスト大陸、エリュシオン国次期女王リーフェル様の近衛である。このフォニアには、さる御方の護衛としてやってきた」
「は、はぁ……」
「しかし、私が目を離した隙に護衛対象者を見失ってしまってな。町の人達の話によれば女神教の聖騎士と呼ばれる者に連れ去られたと聞いてこちらにきたのだ。私より頭一つ分小さくて青髪が美しい女の子だが、知らないだろうか?」
「い、いえ……私は……」
最初は胡散臭そうにこちらを見ていたが、リースの特徴を挙げた瞬間に僅かだが表情に変化が見られた。
ヴェイグルと一緒にここを通った可能性が高そうだし、動揺している内に畳み掛けるとするか。
「私はその御方がこちらに来ていないか直接聞きたいだけだ。このまま面会出来ねば、私は女神教から門前払いされたとエリュシオンに報告しなければならない」
「しょ……少々お待ち下さい!」
エリュシオンの名がここまで届くかどうかわからないが、俺の堂々とした態度に紋章が刻まれた立派なマント、そして希少なエルフを連れていれば、たかが警備が偽物だと決めつけて追い返すのは難しいだろう。
判断に困った信者は一人をその場に残し、もう一人は神殿内へ入って確認を取りにいった。
明らかに偉そうな地位の者だと言わんばかりの態度を崩さず、腕を組んだまま静かに待ち続けていると、大司教への面会の許可が下りたらしく中へ案内された。
「ど、どうぞ。こちらの部屋で大司教様がお待ちしております」
途中で武器を預け、妙に緊張している信者を先頭に神殿内を歩き続け、俺とフィアは神殿の一番奥にある部屋に案内された。途中で『サーチ』を発動させてみれば、リースは神殿の中庭にある建物にいるのがわかった。
「かなり奥まで歩いたが、ここはどういう部屋なんだ?」
「えーと……大司教様の執務室でもあり、それ相応の地位を持つ者との面会部屋でもあります。聖騎士様も中でお待ちしております」
そう言って信者は足早に去ったので、俺は少し警戒を強めながら部屋の扉をノックし、返事があってから室内へと入った。
「ようこそ、エリュシオンからの客人よ」
部屋に入れば、十人近く集まって会議にでも使われそうな大きな机の前に、大司教と思わしき男が椅子に座って笑みを浮かべていた。
年齢的には四十代くらいだろうか? 豪華な法衣を着ていて、貫禄のある髭をたっぷり生やして柔和な笑みを浮かべている姿は、孫に小遣いを上げる優しそうな爺さんだった。
とてもアシェリーを嵌めて女神教を牛耳るような男に見えないが、部屋に入った瞬間にこちらを観察するような鋭い目つきが向けられていたのを俺は見逃さなかった。
大司教の隣に先程遠目で確認したヴェイグルが無表情で立っている中、俺は罠を調べながら椅子に座って自己紹介から始めた。
「初めまして。私はエリュシオン国次期女王の近衛、シリウスと申します」
「女王の近衛、それに……シリウス? 確か、先日闘武祭で優勝した者の名前がー……」
「私です。ですが今の私は、エリュシオン国次期女王の近衛として来ています。それより忙しい中、突然の面会を申し込んでしまったようで」
「いいえ、かの有名なエリュシオンだけでなく、闘武祭の優勝者とあれば拒む理由はありませんよ。遅れましたが、私の名前はドルガー。ここ女神教で大司教を務めています」
笑みを浮かべたドルガーが机越しに手を伸ばしてきたので、俺はその手を取った。
ふむ……手の状態からして、この男は武器を握っているような男ではなさそうだ。完全に内政向けの者だろう。
そして隣に立つフィアを紹介したところで、ドルガーの目がフィアに向けられた。
「これは……警備の者に聞いた通り、美しいエルフをお連れになっていますな」
「はい。私の秘書でもあり、恋人でもあります」
「初めまして。私の名前はフィアと申します」
「おお……その若さでこれ程美しいエルフを恋人にするだけではなく、一国の近衛に闘武祭の優勝ですか。シリウス様は素晴らしい才能をお持ちのようですな」
若干だが、フィアを見るドルガーの目に欲望の色を感じる。
そんなドルガーと違い、ヴェイグルは隠そうとせずにフィアを物欲しそうに眺めていた。
「こちらは私の息子でもあり、私の近衛隊長でもあるヴェイグルです。ほら、挨拶をしなさい」
「ヴェイグルだ。あんた、綺麗なエルフを連れているじゃないか」
「こら! お客に失礼な事を言うでない! 口調も汚いぞ!」
同じ人を欲しがるあたり、似た者親子ってやつだな。
「いいじゃねえか。綺麗なものを綺麗って言って何が悪いんだよ。なあエルフさんよ、そこの男より俺とー……」
「お断りします。私はシリウス様にぞっこんですので」
出直してこいと言わんばかりに笑みを向けるフィアと、その態度に面白そうな笑みを浮かべるヴェイグルから火花が飛び散っているような気がする。
それよりフィアよ、お前は秘書と言うよりエミリアの真似をしているだけじゃないのか?
どこか緊張感を漂わせてきたので、俺は一度咳払いをし、空気を変える為にドルガーへ質問をしてみた。
「そういえば、女神教には聖女と呼ばれる女の子がいるそうですね? 私はそれとは別の聖女を知っているのですが、こちらの聖女と一度会ってみたいものです」
「それは無理でしょう。お恥ずかしい話ですが、今や彼女は女神教の聖女ではなく、背信者として追われる身なのです」
「追われる身? 何とも物騒な話ですね」
それからドルガーはアシェリーが追われる身になった理由を語ったが、概ねアシェリーが説明した内容と変わりはなかった。
違う点は、俺が聖女の事をよく知らないと理解するなり、アシェリーが全ての悪だと決めつけるように説明してくる点か。
「愛だと口にして笑顔で困った人達に手を差し伸べておきながら、後にお布施と称した恐喝を行っていたそうです。まだ若いのに、非常に嘆かわしい話です」
「女神教を隠れ蓑にして色々とやっていたわけですか。それは女神様も怒るわけですね」
「女神様は平等な愛の女神ですが、己を汚す者には容赦はありません。なので私に背信者に裁きを下せと神託を授けるのも当然かと」
「わかりました。そのような悪人は私も見過ごせません。私も見つけ次第報告しましょう」
「逃走したまま未だに捕まっていませんので、協力していただけるならお願いします。ですが、決して殺さぬようにお願いします。女神様の御前で然るべき裁きを下しますので」
俺はドルガーの眉や視線に注視し、表情の僅かな変化から嘘か本当を見分けてドルガーの人となりを予想していた。
そうしてしばらく会話を続け、ある程度ドルガーの人となりが固まったところで隣のヴェイグルが苛つき始めたので、爆発する前に本題へと入る事にした。
「シリウス様、そろそろお嬢様の件を」
「おっと……女神教の話が面白くてつい本題を忘れるところでした。気になる事があるとそちらに熱中する癖がありまして」
「いいえ、女神教に興味を持って下さるなら幾らでも話しますよ。先程私に説明した警備の者によると、人を探しておられるとか?」
「ええ、エリュシオンで聖女と呼ばれている女の子でして、エリュシオン国の次期女王だけではなく、かの有名な魔法を極めし者からも可愛がられている存在です」
「……なっ!?」
表情は変わらないが、僅かだが眉間に皺が寄った時点で俺の説明した人物がリースだと気付いた筈だ。
一国だけではなく、今やケーキ中毒者だが、魔法を極めし者が懸想するという内容は無視できなかったようだな。ちなみに魔法を極めし者であるロードヴェルとリースはケーキ限定の食仲間なので嘘は言っていない。
俺は返答する間も与えず、一気に畳み掛ける。
「私は修行の旅に出る彼女を護衛しろと、リーフェル次期女王から命令されて付き添っています。しかし彼女はお転婆であちらこちらに歩き回る癖がありまして、今回も少々目を離した隙にはぐれてしまいました。彼女を探して町で聞き込みを続けていたら、聖騎士と呼ばれる者に連れ去られたと聞きましたので」
「なるほど、それは……」
「もし彼女の身に何かあれば、魔法を極めし者が乗り込んでくる可能性もあります。大事になる前に探したいのですが、彼女に見覚えはありませんか?」
「そ、それならー……」
「知らねえな」
遠回しにリースを返せと伝えたところで、ヴェイグルは机に手を叩きつけながら不快だと言わんばかりに俺を睨み、はっきりと拒絶してきた。
「な!? ヴェイグル!?」
「いきなりやってきたかと思えば、俺が人攫いだぁ? 見てもいないのに決めつけるなんて、エリュシオンだとかの近衛が聞いて呆れるぜ」
確かにいきなり人攫いだと決めつけられれば不快だろうが、町の人達による目撃情報も多いし、証拠は十分揃っている気がするんだが。ああ、炎を使って脅せば情報操作はどうとでもなるか。
「……本当に知らないと?」
「当たり前だろうが。青髪の女なんてどこでもいるし、俺が連れていたのは別の女だ」
「ではその女性に会わせてもらえますか? その子が探している子かどうか調べたいので」
「ちっ……そいつならすでに追い出しちまったよ! まだそこら辺にいるんじゃねえのか?」
言っている事が子供レベルで、何かあると言っているようなものだが、こいつは今まで強引に押し通してきたのだろう。実際、それが出来る程の力を持っているしな。
ヴェイグルの魔力が高まり、今にも周囲に炎が生み出されそうで、室内の気温が若干だが上がっている気がする。
ドルガーはヴェイグルの暴走を止めようとしたが、炎が怖くて近づけないらしい。
「精霊魔法ってのは時々面倒でな、俺が怒ったり面倒な事になると勝手に炎を出しちまう時があるんだよな。というわけで、俺の手が滑って燃やされる前にー……」
「わ、わかりました。すでにいないのならば、これで失礼したいと思います」
情報も得れたので、俺は脅しに屈した振りをして引き下がった。
こいつがリースを返す気が無いのがよくわかったし、情報屋の行っていた通り、ヴェイグルはもはや親のようなドルガーでさえ手綱を握れていないのも判明した。
リースがエリュシオンや魔法を極めし者と関係あると言った時にドルガーは明らかに動揺し、リースの事を口にしそうになっていたからな。
俺はテーブルに手を置いてから立ち上がり、相手に向かって頭を下げた。
「では聖騎士殿の言う通り、もう一度町へ探しに行こうと思います。時間を取らせて申し訳なかった」
「私は特に問題はありません。よろしければ礼拝堂で女神様に祈ってみてはどうでしょうか? 女神様の愛によって見つけられるかもしれません」
「そいつはお転婆なんだろ? 町の外へ出ている可能性もあるんじゃないか」
「お前は黙っていなさい!」
「なるほど、どちらも候補に入れておきましょう。それでは失礼します」
俺は二人の言葉を適当に流しながら執務室を出た。
ドルガー達と長く話していたせいか、神殿を出れば外は薄暗くなっていた。
預けていた武器を返してもらった俺達は神殿を離れ、町を歩いて宿を探す振りをしながら今後の予定を話し合っていた。
「ねえシリウス。貴方の事だから考えていると思うけど、リースは助けないの?」
「勿論助けるさ。けど奴等にリースを攫った危険性を教えたら、どう反応するか聞いてみようと思ってな」
「あの大きな子供に逆切れされたじゃない」
「いや、俺達がいなくなった後の反応だよ。実は今、奴等の言動は俺に筒抜けなんだ」
俺は執務室を出る前に、テーブルの裏へ特殊な魔石を設置して出てきた。
その魔石には俺が作った魔法陣が刻まれていて、発動させると周囲の音を吸収する特性を持っているのだ。『コール』の魔法陣を作ろうとして偶然できた失敗作の一つである。
魔石には極細の『ストリング』を繋いで伸ばし続けているので、『ストリング』を耳に当てれば魔石周辺の会話が聞き取れるわけだ。つまり有線式の盗聴器である。
状況によって非常に便利な物だが、一度発動すると魔石に籠った魔力を消耗し続けて、一時間も保たずに魔石の魔力を食い潰してただの石へと成り果てる。外から魔力供給できるように細工しても、消耗の方が激しいので意味をなさないのである。
更に『ストリング』を発動させ続けなければならないし、希少な魔石の値段を考えると懐が痛いので、この魔石はほんの少数しか作っていない。
そんな盗聴器モドキから聞いた奴等の会話はこんな感じだった。
『ヴェイグル……何を考えておるのだ! このままあの女を返さなければ、国どころかあの魔法を極めし者を敵に回すのだぞ!』
『おいおい、あの野郎がエリュシオンへ帰って魔法を極めし者に伝えたとして、ここへ来るまでどれだけかかると思うんだ? いざとなったらあの女を人質にする手もあるし、奴等が来るまでに俺達へ服従する調教をしちまえばいいだろ?』
『……もしできなければ、どうするつもりだ?』
『それに、その話はあの野郎が国に報告すればの話だ。俺の炎があれば、あの野郎だけ始末するなんて軽いもんだろ?』
『だが奴は闘武祭の優勝者だ。そう簡単に始末できると思わんぞ?』
『へっ! 闘武祭ってのは武器で戦うのがメインだろ? 何でもありなら俺の炎が上に決まってんだろうが』
『た、確かにそうだが……』
『それに男を始末すればあのエルフも手に入るんだ。お前が見惚れていたのを知っているぜ俺は?』
『むう……仕方あるまい。だが町の真ん中でやるなよ。余所者で闘武祭の優勝者となれば、証拠を消すのが難しいからな』
『うるせえな、俺のやり方に口出しするな! てめえはいつまで俺に命令しやがる!』
『お前を拾ってここまで育てたのは私だ! 親の言う事を聞くのは当然だろうが! それに最近は命令以外の事ばかりしおって。揉み消しにどれだけ苦労しているのかわかっておるのか!』
『俺の炎を使えば何でもできるって教えてきたのはそっちだろ? それを実践しているのに、何で俺は怒鳴られたり邪魔されたりされなきゃいけないんだよ!』
『限度があるだろうが! 脅すだけでは物事が回るわけー……』
『説教はもう沢山だ!』
その後……ヴェイグルは炎を使い、ドルガーを脅して無理矢理黙らせていた。今の会話は奴等の本性であり、つまり……どうしようもない下種だと判明したわけだ。
魔石の魔力が切れたのか声が聞こえなくなったので、『ストリング』を切って今の会話をフィアに伝えれば、心底呆れた顔をしながら神殿へと顔を向けた。
「育て方を間違えると、あんなアホに育っちゃうのね。私達の子供が産まれたら気をつけましょうね」
厳し過ぎず、甘やかし過ぎず……教育とは難しいものだ。
俺の場合は甘やかしているが、それは弟子達が俺の期待に応えてくれるからだ。弟子達も甘えているだけでは駄目だと自覚もしているので、あまり怒る必要がないとも言う。
勿論今回のリースみたいに失敗する時もある。
しかし失敗を身を以て知り、学び、悩みながら答えを出して次で活かせばいい。それが出来れば十分である。
何か期待するような視線を向けてくるフィアから視線を外しつつ、俺は一度咳払いをして空気を変えた。
「それはいずれ……な。というわけで、リースを助けてくるか。奴等はここにはいないってはっきり言ったんだから、リースが消えたって問題ないだろう」
「そもそも合わせる必要もないわよね」
「違いない。エミリアとレウスはすでに馬車へ戻ったようだから、フィアも馬車に戻っていてくれ」
エミリアとレウスには、ドルガーと敵対する信者達に情報を伝えたら俺達の馬車へ戻るように言ってある。
どうやらアマンダも連れて行っているようだが……問題はあるまい。
「わかったわ。しっかりとリースを攫ってきてね」
「当然だ。行ってくる」
路地裏へ入り、マントとロングコートを脱いでフィアに預けた俺は、人目を避けながら神殿へと戻った。
俺の技術に『エアステップ』と『ストリング』が合わされば、この世界で潜入できない建物はほぼないだろう。
しかし俺は神殿の前まで戻ってきたが、建物の陰に隠れたまま静かに待機していた。
すでにリースの位置は掴めているし、ヴェイグルはどうとでもなるのだが……問題は炎狼だ。
奴はホクト並に探知能力が高そうなので、神殿に潜入すれば気付かれる可能性が高い。
炎狼とヴェイグルを現在の装備で同時に相手をするのは少々厳しいので、炎狼には神殿から退場してもらう事にした。
先程『コール』で伝えた内容を理解したなら、そろそろ行動を起こしてくれる筈だが……。
「……ォ……ォン……」
風に乗って僅かに届いたホクトの遠吠えが聞こえた瞬間、炎狼は神殿の屋根に姿を現すなり町へ飛び出し、家屋の屋根を足場にしながら移動して町の外へ消えて行った。
そう、ホクトに炎狼を誘導する役目を頼んだのだ。
馬車には姉弟が戻っているので、クリスとアシェリーの護衛をしていたホクトの手が空いたからだ。
そしてホクトには炎狼と戦わず距離を取って逃げるように伝えてある。奴等と本格的に戦うのは、リースを救出してから予定している手順を踏んだ後だ。
「頼んだぞホクト。それじゃあ、行くとしますか」
最後に無理だけはするなと伝え、俺は『ストリング』を屋根に引っ掛けて神殿内部へ潜入した。
リースとヴェイグルの位置は先程と変わっていないようなので、俺はすぐに救出へ向かわずに神殿内部を歩き回っていた。
例え見張りが多くても『サーチ』で位置が確認できるので、時に避けたり、隠れてやり過ごしたりして、誰にも見つかる事なく資料室や倉庫を調べる事ができた。
別に金目の物を盗もうとしているわけではなく、不正を行っている証拠品を物色しているのである。
それを行動の邪魔にならない程度に回収した頃、リースの下へヴェイグルの反応が移動し始めたので俺も続いた。
リースが囚われている場所は神殿の庭にある建物で、信者の話によればヴェイグルの私室だそうだ。
そこへ俺が到着した頃、ヴェイグルは庭の見張りをしている者に声をかけている最中だった。庭に誰も近づかないように命令していたらしく、周辺に誰もいなくなったのを確認してからヴェイグルは建物へと入っていった。
先に入られてしまったが、ヴェイグルにも用があるので問題はない。
俺の名前を呼ぶリースの声が脳内と目の前の建物から聞こえる中、静かに建物へ接近して窓から内部を覗いてみれば、リースがヴェイグルに言い寄られている光景が飛び込んできた。
「さっきからシリウスだとかうるせえ奴だ。残念だが、あの野郎ならお前がいないって知るなり帰っちまったぜ?」
「シリウスさんが素直に帰ると思っているんですか?」
「ははは、残念だが事実だ。ついでに明日になったら、あの野郎の死体も持ってきてやるよ」
「……貴方はそれ程の力を持っていながら、どうしてそんな使い方しか出来ないんですか! 精霊は貴方の命令を聞くだけの道具ではありません!」
「いや、道具だろ? 俺の命令なら何だって聞いてくれるんだからさ」
「道具ではありません! 精霊は……友です!」
向こうは気付いているのか知らないが、リースは同じ精霊が見える者としてヴェイグルの行動が許せないのだろう。
口論が続く度にヴェイグルは機嫌を悪くしていくが、リースは臆する事なく立ち向かっていた。
安心できる状況ではないが、普段は優しく滅多に怒らないリースがあんなにも怒っているのだ。俺はすぐに突入はせず、彼女を見守りながら仕掛ける状況を待つ事にした。
「人は脅せば何だって言う事を聞く存在だってドルガーから教わったんだよ。そもそも俺に負けた雑魚が何を偉そうに説教してんだ!」
「脅しているだけで人は生きていけないのよ! そんな事を繰り返していたら自然と人は離れて、貴方は誰にも理解されなくなるわよ!」
「理解されなくて結構だ。俺の炎に焼かれればどんな奴も燃え尽きて終わりだからな。つまり、強者ってのは一人なんだよ!」
「いいえ、貴方は世界を知らない。貴方より強い人なんて世界には沢山いるわ!」
「けっ、生意気な事しか言えねえ女だぜ。二度とくだらない事が言えないように今すぐ躾けてやるよ。まずは火で炙ってやろうか? それとも動けなくしてから体で教え込んでー……」
「ならお前を動けなくしてやろう」
「ん、誰だー……あああああぁぁっ!?」
こっそり伸ばしていた『ストリング』をヴェイグルの足首に巻きつけ、そこから自分の魔力をヴェイグルへと一気に流し込んだ。
自分のではない異質の魔力を体全体に流してやれば、まるでスタンガンを当てたように体全体が激痛と共に痺れるのである。相手を強制的に無力化させる方法の一つで、魔力によるスタンガンみたいなものから『スタン』と名付けている。ちなみに本気でやれば体内から肉体を破壊してしまうので、無力化させる程度の加減が難しい。
「あ……がぁ……」
「よしよし、ちゃんと意識はあるようだな。なあ、俺の言葉がわかるか?」
どうにか首と目だけは動かせるらしく、近づいて来る俺を忌々しそうに睨んできた。声はちゃんと通じているようだな。
「てめぇ……は……さっき……の……」
「自慢の炎も放てなければ意味があるまい。どうだ? 格下だと舐めていた奴にやられて、見下ろされている気分は?」
「こ……ころし……て……やる」
ヴェイグルは歯を食いしばって立ち上がろうとしているが、完全に体が麻痺しているせいで悶えるのが精一杯のようだ。
おそらく一時間もあれば立てるようになるだろうが、俺の用件を伝えて逃げるには十分な時間である。
「ここへ来たのはリースの救出以外にも、お前に言いたい事があったからだ。まずはー……」
振り返れば、手を伸ばしたまま立ち止っているリースの姿があった。どうやら俺達に迷惑をかけた事を気にして素直に飛びこんでこれないらしい。
なので俺がおいでと言いながら両手を広げてやれば、リースは笑みを浮かべながら俺の胸元へ飛び込んできた。そのまま抱き締めて頭を撫でてやると、リースは涙を浮かべながら俺を見上げてくる。
「シリウスさん……ありがとう。それと……ごめんなさい」
「ああ、リースが無事ならそれでいいさ。もう大丈夫だからな」
「はい!」
人を惹きつける自然な笑顔を見せてくれたリースに笑みで返していると、足元で倒れているヴェイグルが悔しそうに呻いていた。
「そ……そいつは……俺の……物……だ……」
「違う、リースはお前のものじゃない。俺のものだ」
女性をもの扱いするのはあまり好きじゃないが、こいつにははっきり言っておかないと気が済まなかった。
そして俺の言葉を聞いたリースは顔を真っ赤にし、それを隠すように俺の胸元に顔を埋めて悶え始めた。まあ……喜んでいるようなので問題はあるまい。
しばらくすると落ち着いたのか、まだ頬を赤く染めているリースは俺から離れて背後に控えてくれた。俺が何かしようとしているのを汲んでくれたらしい。
そんなリースの頭を撫でてやった後、俺は虫けらを見るような冷たい目でヴェイグルを見下ろしてやった。
「さて、自分がどれだけ狭い世界にいたか、よく理解したか?」
「あ……いつめ……どこ……へ……」
「炎狼なら今頃、町の外で俺の相棒と追いかけっこしているだろうさ。精霊や周りの者に頼り過ぎているからこうなるんだ」
「俺の……炎……なら……てめえ……は……」
「まあお前のような奴は、能力を使った状態じゃないと負けを認めるわけないよな? だからチャンスをやろうじゃないか」
ここでヴェイグルを始末するのは簡単だが、後に予定しているアシェリー達の作戦を考えると始末には少し早い。
「フォニアの南東に岩が転がるだけの荒野があるだろう? 明日の朝、そこへ炎狼とお前だけで来い。俺と相棒だけでお前の相手をしてやる」
しかし一番の理由は……俺の我儘だ。
こいつには精霊魔法を使える状態で完全に降し、心の底から後悔させてやりたいのである。
「これは試合じゃなく殺し合いだから、炎狼以外の仲間を連れてくるのはかまわん。その場合、お前は自分の力に自信がない弱者に成り下がるだろう」
「……なめ……んなぁ……」
「今の無様な姿、誰にも見られたくも知られたくもないだろう? よく考えて来るんだな」
プライドの高いこいつならここまで挑発しなくても来るだろうが、念には念を入れ、俺に対する怒りを可能な限り高めておく。
最後に蔑むように笑い、俺はリースを連れて建物から出た。
建物から出ればすでに日は完全に落ち、外は暗くなっていた。この暗さなら空を飛んでも目撃される可能性は低いだろう。
俺はリースを横抱きで抱えてから『エアステップ』を発動し、神殿より高く飛び上がって脱出した。
こうして俺はリースの救出と、ヴェイグルへの果たし状を叩きつける事に成功した。
おまけ
リースを救出しに行くシリウスと別れ、一足早く馬車の下へ戻ったフィアは姉弟に出迎えられていた。
「おかえりなさいフィアさん」
「おかえりフィア姉。あれ……兄貴は?」
「リースを攫ってから戻るそうよ」
「それならばすぐに戻ってきそうですね。あ、フィアさん。それはシリウス様のコートとマントですよね? 畳んでおきますので、私が預かりますよ」
「そう? ならお願いね」
コートとマントを満面の笑みで受け取ったエミリアは、それを大切に抱き締めながら馬車へ向かって歩いていた。その途中、エミリアがコートの匂いを嗅いで尻尾を振りまわしていたのは説明するまでもない。
そんなエミリアの後ろ姿を眺めていたフィアは、昔を思い出しながら呟いていた。
「銀狼族って……夢中になれば、皆あんな風になるのかしら?」
フィアが一人で旅をしていた頃、数回だが銀狼族の冒険者と出会った事がある。
仲間思いではあったが、エミリアのように主人に夢中で、嬉しそうに尻尾を振り回す者は一人もいなかった。
そんな思いから出た呟きを、近くにいたレウスは拾っていた。
「それは違うぜリース姉。あれは姉ちゃんだけで、相手が兄貴だからだよ」
「なるほど。じゃあレウスは違うのかしら?」
「俺と兄貴は本当の兄弟みたいに深い関係だからちょっと違うな。男同士による、深い絆に結ばれた仲ってやつだぜ! 最終的には、ホクトさんみたいな相棒と呼ばれるようになりたいんだ!」
『兄貴ーっ!』 ←尻尾を振りながら。
『兄貴の作る飯はやっぱり美味ぇ!』 ←尻尾を振りながら。
『兄貴、もっと投げてくれよ!』 ←尻尾をー……以下略。
「貴方も一緒よ」
「何でだ!?」
むしろただの愛玩動物にしか思えない……とは口にしなかった。
今日のホクト
ホクト君は現在、馬車から遠く離れたフォニアの町を見渡せる高台にいました。
そしてご主人様からの命令を受けたホクト君は、頃合いを見計らい、高らかに遠吠えをあげました。
「アオオオォォォ――ンッ!」
ホクト君の使命……それは神殿にいる炎狼と名乗る魔物を誘い出すことです。
まだ遭遇していませんが、自分と似た雰囲気だと聞いているので、ホクト君は若干警戒しながら待ち続けます。
そして……変化はすぐに訪れました。
町から赤い光のようなものが、物凄い速度でこちらへと迫ってきているのです。
間違いなくあれだと判断したホクト君は、相手の姿を確認しないまま背を向けて走りだしました。
何故ホクト君は相手を確認しないのか?
それは相手が何だろうと関係ないからです。
ホクト君はただご主人様の命令通り、炎狼を誘い出して時間を稼げばそれで良いのです。
どうやら足の速さはホクト君の方が上のようです。
なので、お互いの姿を何とか視認できる距離を維持しながらホクト君は走り続けます。
距離を離し過ぎて相手が諦めると困るので、偶に距離を詰めたりと工夫を凝らすのを忘れません。
苛立った相手が何度も炎の玉を飛ばしてきますが、ご主人様の『マグナム』に比べればハエが止まって見えます。振り返る事すらせず、ホクト君は跳躍を繰り返してあっさりと避けます。
こうして、ホクト君にとっては作業、相手にとっては腹立たしい追いかけっこは一時間に亘って続きました。
そこでご主人様からの『コール』によって撤収の合図がきたので、ホクト君は一気に加速して炎狼との距離を大きく広げました。
風のように疾走するホクト君に炎狼は諦めたらしく、相手が立ち止まったのを確認してからホクト君も立ち止まりました。
『腰抜けが! 覚えておれよ! 今度会ったら、貴様を骨まで焼き尽くしてくれるわ!』
最後に負け惜しみのような遠吠えが聞こえ、炎狼は町へ向かって遠ざかっていきました。
「……オン!」
心配せずとも、お前とはすぐに戦うだろうさ。
ホクト君はそう呟きながら、ご主人様の待つ馬車へと戻るのでした。
※その後……無茶苦茶ブラッシングしてもらった。
本当ならもう少し先を書いていたのですが、長くなりますし、どうしても一部分が纏まらなかったので、ここで一度切る事にしました。
次の更新は六日後になります。