04話「失踪」
「今日は集金した募金を数えるよー」
生徒会室に入って開口一番笠川さんはそう言った。僕達男子三人と石川さんはやることもなかったので大富豪に興じていた。
「片付けて」
笠川さんが鞄を椅子の上に置きながら言う。
「あと少し……」
僕がそう言うと、彼女はこくんと頷いて椅子に腰掛け、僕らの様子を眺めていた。
勝負に決着がつくと野田先輩は米びつの中から集金の封筒を取り出した。なぜそこに入れているのかは不明だが昔ながらの風習らしい。よくわからない。彼もよくわからないらしい。
「大事なものは米びつに入れろっていう言い伝えなんだ」
「えと……生徒会室になぜ米びつが……?」
「知らね」
バラバラと広い机の上に小銭をぶちまける。大半が十円玉でたまに百円、五百円が混じっている。
僕らはそれを選り分けて十枚ごとに積み上げた。
一時間もしないうちに選別作業は終わった。中々の額が集まったものだと思う。
「まぁこんなもんだろ」
野田先輩はそう言って白い箱のなかに全部入れて部屋を出て行った。竹澄さんのところへ届けるそうだ。
「笠川さん、今日はもうやることない?」
「うん。特にないよ。私は部活行くね」
「りょーかい」
彼女は鞄を引っ掴んで生徒会室から姿を消した。
「石川さん、どうする? 帰る?」
「え、ああうん。帰ろー」
僕と彼女は鞄を持って部屋を出た。中にまだ山内さんが残っていたので鍵はかけずに。というか彼女はそんなにやることがあるのだろうか。後期の体企の仕事はスポーツ大会しかないはずだが……。
生徒会室を出ると、ひんやりとした廊下が続く。三年生が隣の部屋で受験勉強をしているのでそこを離れるまでは騒がないようにした。
下駄箱を出ると、日はもう暮れていて下校する生徒がちらほらと見える。
「石川さんてさ」
「うん?」
隣をちらりと見る。三つ編みをしていない日はその長くて真っ直ぐな髪の毛が街灯の光をまっすぐ反射して見える。
「何か好きなものとかある?」
うわお、適当に言い過ぎた。こんなどうでもいい話をするだなんて。後悔の念に押される。
「えっと……それはどういう意味?」
「食べ物とか」
「うーん、そうだね。あ、あそこの坂の途中にあるラーメン屋さん。あそこのラーメン屋さんすごい好きだよ」
「へぇ、行ったことないな」
「今度一緒に行かない? 放課後さ」
「ああうん。いいよ」
「やった……! 一人でラーメン屋さんてちょっとハードル高いんだよね」
そんなことを話しながらのんびりと学校坂を降りる。駅について僕は彼女と別れ、改札をくぐった。
「おや、奇遇だね……」
声をかけられて振り返ると、大村さんだった。だいぶもう寒いのに片手にはアイスクリームが握られている。
「石川さんとは付き合ってるのかい?」
「え?」
「いやだってさっきまで一緒に歩いていたじゃん仲良さそうに」
「いや全然」
「あー、そうなのか」
彼はむしゃむしゃとアイスクリームを食べ終え、構内のゴミ箱に入れる。
「どう? 動画制作。やってみない?」
「…………やります」
「え、まじ!」
「はい」
ずいぶんと悩みはしたが、特に断る理由もなかったのでこれを機会に写真部の活動を広く知らしめることができるだろうと考えての結論だ。
決して悪い話ではないはず。
「へぇー、じゃあ野田に動画制作のSkypeのグループ入れてもらって」
「Skype……なんですか。ラインじゃなくて」
「うん。私達はライン使わないから」
そんな微妙なこだわりでもあるのだろうか。
電車がホームに来るアナウンスが入る。
「ああ、そういえば。私がここに来るとき……石川さんが何か男に囲まれていたけど、何かあったのかね」
「ちょ、そういうこと早く言ってくださいよ!」
ぱっと頭を切り替え、改札口への階段を駆け下りる。
「気をつけろよー、ガラの悪そうな奴らだったからー!」
背中に大村さんの声がかかる。気にしてられない。なぜだかわからないけど、何かが僕を動かす。
manacaを改札に再び通し、駅前のロータリーへとつながる階段を駆け上がる。
辺りを見渡す。
噴水、ベンチ、ティッシュ配りの人、おっさん、女子高生、子供、リーマン、東進、河合、コンビニ、ケータイショップ……どこにも石川さんの姿は見えない。どこへ行ったのだ。
大村さんが言ってた時間からそうは立っていないはずだ。
どこへ行った。
少し走ってみる。何か彼女は隠している。あの時だって、あの表情はきっと。
いない。
どこだ。
彼女は何を隠しているんだ。
あの表情の理由は?