02話「仕事始め」
「あ、鍵開けるね」
今日は僕が一番最初だった。ホームルームが早く終わったお陰で生徒会室にも早く来れたのだが、鍵を持っていなかった。しばらく待っていると体企の山内さんがやってきて鍵を開けてくれた。
「どうもありがとうございます」
「いやいや、そんなかしこまらないで。同期なんだし」
「ありがとう」
彼女は気さくな人だ。鼻歌を歌いながら部屋の中に入っていき、体企のデスクのところに鞄を置く。そこが彼女の定位置のようだ。僕は特に鞄を置く場所にこだわりがないので適当な開いてるところを見つけてはそこにおいている。流石にこの埃にまみれた部屋に直置きする気は起こらない。
「ういっす」
扉が開いて鈴村副会長が入ってくる。彼は無造作に鞄を置くとスマホを取り出しておもむろにゲームを始めた。
「あの、鈴村?」
僕は彼に言う。「ここ、学校だからケータイは禁止だよ」
「いいじゃん別にここは治外法権ってことで」
えぇ……そんなのありかよ。
ぼんやりとしているのも時間がもったいないので鈴村は放っておいて過去の生徒会のファイルを見ることにした。僕ら後期生徒会が任される仕事はおおまかに言うと三つだ。部活動の予算、募金、そして予餞会だ。予餞会というのは三年生を送る会みたいな行事である。
「えっと……後期生徒会後期生徒会……」
棚を覗くも僕の役職『生徒会広報』というものは一向に見当たらない。
「鈴村、なんで生徒会広報のファイル無いか知ってる?」
「俺が知るわけ無いだろ」
冷たい。冷たいぞ。十一月だというのにまるで真冬並みの冷たさを放ってくれてる。
「……ああそう」
棚から離れて椅子に腰掛けた。寒い。足元が。ふと山内さんの方に目をやると彼女はノートパソコンを開いて何やら熱心に打ち込んでいる。足元にはストーブがついていた。
「山内さん、そのストーブ……」
「え? あ、あぁ……誰かが持ってきたんだよね。出力が弱いから私にしか当たらないんだけど……つ、使いたいの……?」
ええ是非とも……と言いたいところを何とか飲み込んで僕は首を横に振った。彼女はほっとため息をついた。
しばらくぼんやりと時間を潰していると野田先輩がやってきた。ネクタイが曲がっているのを軽く山内さんに指摘されてからやぁやぁと僕と鈴村のいる生徒会の机の方にやってきた。
「寒いね。ストーブがほしいくらいだ」
「奇遇ですね僕もそう思ってたところです」
「欲しいです」
三人の意見が一致した。山内さんの方を見るとやれやれと言った感じでストーブを受け渡してくれた。
言っていた通り風がほんのそよ風程度しか出ないので僕ら三人は必然的に寄り合う形になった。
「あの、野田先輩」
「はいなんでしょう」
「生徒会広報の仕事ってなんですか」
「お前知らずに立候補したの?」
「えぇまぁ……」
実を言うと、クラスで唯一一眼レフを持っていたため広報っぽいだろって担任の勧めで立候補したのだ。おそらく行事の写真を撮るものだろうと思っていたが……。
「仕事はないよ」
「え……?」
耳を疑った。ここまで来て仕事が無い……?
「うん。前までは新聞部の部員がいなかったから広報が書いてたりしたんだけど、今年から何故かコーラス部から大量に入ってくれてね。だから生徒会広報の仕事はない」
「え、じゃあ、僕は……?」
「他の役員の手伝いして。あとは……予餞会、ビデオ作ってみる?」
きらりと眼鏡の奥の瞳が光る。
「……考えときます」
「いやいやいや! 仕事ないなら遠慮しないで手伝ってくれていいんだよ!」
「あ、いやホントそのよく考えるんで一八〇日くらい悩んだら結論出すんで」
「つまりそれって断られてるよね?!」
ガラっと扉が開く。石川さんと笠川さんだ。
「こんにちはー」
軽く挨拶をして入ってきてこちら側に座る。これで全員一応揃った。
「じゃあ、軽く仕事始めていこうかー。会計の仕事なんだけど、今期から会計書記が一人ずつになったからそれぞれみんなが分担するという形でやってきます」
笠川さんがそういうとすかさず隣の鈴村が異議を申し立てた。
「俺は副会長だから副会長っぽい仕事をする」
いやだからさっきの話聞いてないだろお前……。
「ほう、例えば?」
石川さんが乗ってくる。
「ほら、生徒会の判子! アレを掲示物にバンバン押す仕事とかさ!」
「あ、ごめん黒瀬生徒会広報の仕事それあったわ」
「わかりましたー」
早くも鈴村撃沈。
「じゃあさ! 会長の隣で書類を持ち歩く仕事とか! 会長秘書」
コイツはいつになく生き生きとして話をしているがつまるところそれは雑用のポジションであり――
「――わかった。じゃあ鈴村は理沙ちゃんと一緒に回ってね」
理沙というのは石川さんの下の名前である。鈴村は納得したようで手元のスマホに目を落とした。副会長なのにやる気の無さはダントツである。
「それで、会計の仕事って何?」
石川さんが訊く。
「来年度の部活動予算の申請の処理」
「あー……」
早速面倒くさそうな仕事である。彼女は席を立ってパソコンの前に座り何やらワードのファイルを開いた。
「こういうのを配って、それで私達がその予算が適切かどうかを判断するの」
「なるほど……」
「そういえば理沙ちゃんて数字に強いの?」
「それなりには」
笠川さんが元の席につくと話題は次に移った。
「部活動予算もあるけど、ちっちゃい仕事としては募金がある。赤い羽根ってやつ」
「それも全員ですかー」
鈴村が顔を上げずに訊く。
「そうですよー。いい加減話し合いに参加しようねー」
野田先輩がぱっと鈴村のスマホを取り上げると鈴村は悔しそうにこちらを見てきた。なんで僕なんだ。
「仕事と言っても各クラスの議員が集めてくるお金の集計だからそう大変じゃないよ」
野田先輩が付け加える。
「そしてあと、予餞会があるけどそれはまた追々話し合うということで。来週の議会で小委員会を決めることになってるから自分がどの委員会の長になるか考えておいて」
笠川さんは話し終えると今日は部活があるから、ということで早々に帰ってしまった。彼女はバスケ部のマネージャーをやってるらしい。
しばらく石川さんや野田先輩と雑談をしていると扉が開いた。
「やっほー野田っちー」
「おぉ、金谷!」
やや小柄な男子生徒が入ってきた。初めて見る顔である。ネクタイがベージュ色であるので二年生だ。
「どう、寂しい?」
金谷さんが野田先輩に訊く。
「ああ……俺だけだもん二年生。なんでお前やんねーんだよ」
「いいじゃん俺ら全員動画制作入ったんだし。お前がいなきゃ生徒会とのパイプどうするんだよ」
「だけどさーあーうー」
野田先輩と金谷さんは結構仲が良いらしい。
「……野田先輩、私達の前とじゃ結構雰囲気違うね」
石川さんがこっそりと耳打ちする。
「そうかな……」
少しは違うように見えるけど、そう大して変わらない気がする。
「きっとあの二人デキてるんだよ……」
「……はっ!?」
「いやなんでもない」
聞かなかったことにしよう。
「僕はもうやることないし帰るけど、石川さんは? 部活?」
「……ううん、私部活もうやってないから。一緒に帰っていい?」
一瞬表情が曇った感じがした。僕は承諾すると鞄を背負って彼女と共に生徒会室を後にした。
◆◆◆
外は寒さが日に日に増しており、赤色に染まったモミジも段々消えていっていた。
僕らは暗くなってしまった道を運動部の帰りに混じりながら歩く。
「ねね、黒瀬くんてさなんで生徒会広報になったの?」
「いや担任に勧められてさ……石川さんは?」
「私はそうだね。自分を変えるきっかけが欲しかったからみたいな?」
「へぇー自分を変えたいだなんてなんか大人だね」
「そう……かなぁ?」
彼女は照れ笑いか少し笑うとそこで会話は途切れてしまった。
ぽつぽつとお互いのことを話す。趣味はなんだとか、先生の話だとか。
そんな他愛もない話をしているうちに駅までついた。
「じゃあ、私はここで。お疲れ様でしたー」
「お疲れ様」
僕は改札にmanacaを通すと少し振り返って彼女の姿を見た。
どこかに電話しているようだった。
しかしその表情はどこか苦しげで、悲しみに満ちているように見えた。
こんばんは、真夏夏です。
眠いです。受験生なので一応10時くらいまで勉強して11時や0時から執筆を開始してます……。
本作品はフィクションですが、実在の生徒会を元にして制作しています。脚色がかなり加えられていますので悪しからず。
それでは、また。