浪漫艶話♯番外編『嘘と真実(まこと)』
栄木と和泉の日常を書いてみたらこんな感じになっちゃいました。
昼休みの社員食堂で、和泉は栄木の隣に座るなり、唐突に口を開いた。
「栄木、彼女いるんだって?」
「ーーは?」
なんだ、その既に決定事項のような断定的な言い回しは。
栄木は癖になりつつある眉間の皺を更に深めた。
「聞いたぞ〜〜。スーパーモデル並みの美人だって話じゃんか。いつの間に射止めたんだよ?」
和泉は「水くさいじゃねぇか」と付け加え、Aランチのミートボールを一つ口に放り込んだ。
「なんの話ですか?」
全く身に覚えのない話に、栄木は怪訝な顔のまま、聞き返す。
「しらばっくれるなよ。総務の星野さんから聞いたぞ。お前、彼女いるんだって、星野さんのこと断ったんだろ?」
「ああ。あれですか」
遡ること一ヶ月半。バレンタインデーに栄木は星野という女性から、チョコレートを渡されたことがあった。
一見して本命と思われる気合いの入った包み紙に、栄木は「好きな人がいるから」と即座に返したのだ。
星野は社内でも評判の美人で、可愛らしい顔立ちの小柄な彼女に憧れている男性社員は少なくない。
しかし、栄木にとっては女性の容姿がどれだけ良かろうが、どうでもいいことだった。
「嘘も方便と言うやつですよ。好きな人が他にいるからと言えば、チョコレートを受け取らなくても相手も傷つかないかと思いまして」
つるつると言ってのける栄木に、和泉は呆気にとられたようにポカンと口を開けた。普段から猛禽類を思わせる鋭い眼光が今は驚きに丸くなっている。
「なんで彼女いないのに断るんだよ? しかも、スーパーモデル並みの美人で、頭も性格も良いとか言ったらしいじゃないか。全部嘘かよ」
「スーパーモデルと言った覚えはありませんが、背の高いほっそりした人で、頭が良く気さくな性格でこちらが心配になるくらいのお人好しーーと、言いましたが?」
「よくそんなでっち上げを思いつくな」
和泉は呆れた様子で肩を竦める。そんな彼のちょっとした仕草に、栄木は目を細めた。
「貴方のことですよ」
「は? 俺?」
咄嗟に何のことか理解出来ずに、和泉は聞き返す。
「背が高くてほっそりしていて頭が良く気さくな性格でお人好しーー自分で思い当たらないんですか?」
和泉の呆れた顔が更に怪訝そうに歪む。なぜだかほんのりと頬が紅潮しているように見えるのは、栄木の気のせいだろうか?
「なんだそりゃ……俺をモデルにしたってのか?」
「ええ」
と、栄木は事も無げに頷く。
「モデルと言うより、貴方そのものですけどね」
和泉は付け合わせのブロッコリーを箸で摘まんだまま、硬直した。
「どういう意味……」
「だから、好きな人ですよ。貴方のことです」
箸の先からブロッコリーがこぼれ落ちる。
「なに言ってん……」
「貴方が好きなんです。だから、星野さんの気持ちには応えられません」
真剣な眼差しの栄木に、和泉は怒るというより、怯えたように見つめ返す。
胸の奥で、栄木は少しだけ後悔した。
和泉は過去の経験から、同性に恋愛対象として見られることに怯えている。栄木もそれを知っているから、今までずっと、自分の気持ちを伏せて来たのだ。
「冗談……だよな?」
栄木はこれ以上ないくらいの満面の笑みを顔に貼り付け、怯える和泉の手を取った。
和泉がびくりと身を強張らせる。
「若……」
低く響く声で、そっと囁く。
和泉は逃げることも出来ず、救いを請うように栄木の焦げ茶色の瞳を見つめた。
「今日が何の日か、知ってます?」
「ーーえ?」
「今日は何月何日ですか?」
「三月……あ、今日から四月か。四月……一日……」
言いながら何かに思い当たったのか、和泉の顔が見る間に赤くなる。
「そう、四月一日です」
栄木は喉の奥でくつくつと笑いを洩らした。
「エイプリルフールかよ!!」
思わず叫んだ和泉に、食堂にいた社員が一斉に振り返る。
さすがに和泉は居たたまれない様子で、小さく首を竦めた。
「じゃあ、今の嘘かよ?」
ホッとするのかと思いきや、和泉はなぜだか不満げに口を尖らせる。
「嘘じゃない方が良かったんですか?」
ニヤリと口の端で笑う栄木に、「そんなわけあるか」と、和泉は怒ったように吐き捨てた。
騙された気恥ずかしさか、怒りのせいか、真っ赤になった和泉の横顔を見ながら、ふっと笑みをこぼす栄木のそれは、どこか切なさを滲ませていた。
おわり。
四月一日開催のJ.Gardenにちなんで、エイプリルフールのネタをと思い、書いてみました。相変わらず、この二人はくっつきそうでくっつかない人たちですが、生温い目で見守っていただけると嬉しく存じます。J庭当日は、この作品も無料配布していると思います。もしもお越しの際には、お手に取っていただけると幸いに存じます。