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第4話 最初の因果再編

「……宝の山、ですか」


リーネはそう言ったが、否定の響きはなかった。


彼女は机の上の記録束を手に取り、慎重にページをめくる。

先ほどまで「失敗」と分類されていた事例は、どこを見ても破綻がなかった。


討伐成功。

被害軽微。

事後評価――問題なし。


「おかしいですね」


「だよな」


俺は椅子に深く腰を下ろし、天井を仰いだ。

頭の奥が、じんわりと熱を持っている。


「この記録、さっきまで確かに失敗だった」

「それを俺は“惜しかった”と思っただけだ」


「……評価はしていませんね」


「ああ。評価なんてしてない」


俺は、ただ思った。

成立してもよかったはずだ、と。


それだけだ。


「通常、失敗記録は固定されています」

「評価外因果であっても、“失敗した事実”だけは変わらない」


リーネは続ける。


「ですが今は、

失敗そのものが消えています」


「失敗が、最初から存在しなかったことになってる……」


俺は乾いた笑いを漏らした。


「世界、相当いい加減だな」


リーネは否定しなかった。


彼女は記録束を抱え直し、静かに言う。


「もう一度、確認します」

「意図的に、別の記録を見てください」


「実験、ってことか?」


「はい」


案内されたのは、さらに奥の書架だった。

埃を被った棚。

誰も触れていない記録。


札にはこう書かれている。


――《未採用魔法理論・第四案》


俺はその一冊を取った。


中身は、魔法陣の設計図だった。

理論は完成している。だが最後の一行に、赤字でこうある。


『因果安定性に欠けるため、採用不可』


「よくある話だな」


「この理論は、三十年前に棄却されました」

「以後、参照された形跡はありません」


俺はページをめくりながら、思考を巡らせる。


理論は荒い。

だが、間違ってはいない。


「……これ、使えるぞ」


「評価官も同じことを考えました」


「でも捨てた」


「再現性が低すぎる、と」


俺は目を閉じた。


失敗でもない。

成功でもない。


ただ、「世界が怖がった」だけの可能性。


「なあ、リーネ」


「はい」


「これ、成功したらどうなる?」


彼女は少しだけ考えてから答えた。


「世界的には――

“最初から、この理論が存在していた”ことになります」


「じゃあ」


俺は、指先でページを軽く叩いた。


「存在していいって、思えばいいんだな」


次の瞬間だった。


視界が、歪んだ。


魔力の奔流も、光もない。

ただ、世界が一拍、呼吸を止めたような感覚。


本のページが、ひとりでにめくられていく。


赤字の「採用不可」が、薄れていく。

やがて、それは最初から書かれていなかったかのように消えた。


リーネが息を呑む。


「……因果、再接続完了」


棚の奥で、別の記録が音を立てて崩れた。

紙が舞い、分類札が落ちる。


「何だ?」


「連動しています」

「別の魔法理論が……失敗扱いに移行しました」


俺は舌打ちした。


「等価交換、か」


成功が生まれれば、

どこかの可能性が切り捨てられる。


世界は、そうやって帳尻を合わせる。


「……今のが」


リーネが、震える声で言う。


「あなたの力、ですか?」


俺は、しばらく黙っていた。


確信はある。

だが、認めるのが少し怖かった。


「たぶん、そうだ」


俺は、ゆっくりと立ち上がる。


「評価外だから、評価に縛られない」

「失敗だから、誰も触れない」

「……だから俺は、世界の“保留箱”を開けられる」


リーネは、俺をまっすぐ見た。


「それは、危険です」


「だろうな」


「世界評価機構が知れば、

あなたは即時処分対象になります」


俺は笑った。


「もう処分されてる」


それも、完全に。


リーネは言葉を失ったようだった。

だが、次の瞬間、彼女はペンを取った。


「……記録します」


「何を?」


「今起きたことを」

「失敗記録として」


俺は目を細めた。


「成功じゃないのか?」


「いいえ」


彼女は、はっきりと言った。


「これは、世界にとって失敗です」

「評価制度の想定外ですから」


その言葉に、背筋が震えた。


失敗として記録される限り、

この因果は消えない。


俺は、思わず笑った。


「最高だな」


失敗記録庁。

世界が捨てた場所。


――だがここは、

世界を書き換えるための、裏口だった。


そのとき、遠くで警鐘が鳴った。


低く、重い音。


リーネが顔を上げる。


「……監査部の接近信号です」


俺は肩を回した。


「早速、来たか」


世界は、気づき始めている。


自分が捨てた因果が、

牙を剥き始めたことに。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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