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第3話 失敗記録庁の日常

失敗記録庁の中は、想像していたよりもずっと静かだった。


いや、正確には――

音があるのに、気配が薄い。


紙をめくる音。

ペンが走る音。

遠くで扉が開閉する軋み。


確かに人はいる。

だが誰も、互いに干渉しようとしない。


「まずは、こちらを」


リーネと名乗った少女は、無表情のまま歩き出した。

俺はその後ろについていく。


廊下は迷路のように入り組んでいる。

左右に並ぶ扉には、番号と簡単な札だけが掛けられていた。


――《未達成討伐記録》

――《棄却魔法理論》

――《王位継承失敗事例》


どれも、表の世界では決して語られないものばかりだ。


「質問は?」


歩きながら、リーネが言った。


「……いや」


正直、どこから聞けばいいのか分からなかった。


俺は世界から切り離された。

評価も、名前も、意味も。


今さら説明を求めるのも、どこか滑稽に思えた。


やがて、ひとつの部屋に通される。


天井まで届く書架。

壁一面に積まれた記録束。

紙、紙、紙。


「あなたの仮配属は、因果整理係です」


「整理?」


「失敗記録は、そのままでは使えません」

「……もっとも、使われること自体ほとんどありませんが」


淡々とした口調で、残酷なことを言う。


リーネは一冊の記録を取り出し、机に置いた。


「これは、三年前に起きた地方討伐の記録です」

「結果は失敗。部隊は撤退、被害多数」


俺はページをめくった。


戦術判断、地形、魔獣の行動。

どれも見覚えのある内容だ。


――いや。


「……妙だな」


「何がですか」


「この判断、悪くない」


リーネは一瞬だけ、こちらを見た。


「ですが、失敗しています」


「結果はな。

でも、因果の流れ自体は……」


言葉を選びながら、続きを見る。


失敗とされている分岐。

だが、その直後の記述が、どうにも引っかかる。


「この魔獣、撤退後に自然消滅してる」


「はい」


「それって、実質――」


俺は口を閉ざした。


“成功”と言いかけて、やめた。


この場所では、その言葉は不適切だ。


「……参考値止まり、ってことか」


リーネは何も答えなかった。

だが、その沈黙が肯定に近いことは分かった。


俺は記録を机に戻す。


「つまりここは、

成功になり損ねた正解が積まれてる場所か」


リーネは少しだけ首を傾げた。


「その表現は、公式には使われません」


「だろうな」


世界は、正解を一つしか許さない。


それ以外は、たとえ救いがあっても“失敗”だ。


作業は単純だった。

記録を分類し、要約し、保管する。


だが、奇妙なことに気づく。


どの失敗記録にも、

「あと一歩で成立していた因果」が含まれている。


致命的なミスではない。

ほんの僅かなズレ。


評価が下された理由は、いつも同じだ。


――再現性なし。

――正史に採用するには不安定。


俺は、ふと手を止めた。


「なあ、リーネ」


「はい」


「ここにある失敗ってさ……

本当に全部、ダメだったと思うか?」


彼女は即答しなかった。


しばらくしてから、静かに言う。


「私は、判断しません」


「記録官だから?」


「はい。

失敗を評価するのは、世界の役目です」


なるほど。


記録する者は、意味を与えない。

意味を与えるのは、評価する側だけ。


……だからこそ、この場所は歪んでいる。


そのときだった。


机の上の記録が、微かに震えた。


ほんの一瞬。

紙が、風もないのに揺れた。


「……今の、見たか?」


リーネは即座に答えた。


「はい」


彼女は記録束に手を置き、眉をひそめる。


「記録の因果参照値が……変動しています」


「変動?」


俺は、さっき読んでいたページを見た。


――記述が、違う。


さっきまで「撤退後に自然消滅」と書かれていた部分が、

「討伐成功。被害軽微」に変わっている。


「……おい」


心臓が、嫌な音を立てた。


「これ、書き換えた覚えはないぞ」


「私もありません」


リーネは珍しく、戸惑った表情を浮かべていた。


「評価外の因果は、固定されないはずです」

「それが……勝手に……」


俺は、指先に妙な感覚を覚えた。


さっき、この失敗は「惜しかった」と思った。

成立していても、おかしくないと。


――まさか。


「……なあ」


俺は、自分の手を見つめる。


「俺がここに来てから、

この記録が“成功したことになった”?」


リーネは、しばらく沈黙した。


そして、はっきりと言った。


「記録上は――

最初から、そうだったことになっています」


背筋が冷える。


これは偶然じゃない。


世界から意味を剥奪されたはずの俺が、

意味を持たなかった因果に、意味を与えている。


評価外だからこそ、

評価の枠外から、因果に触れている。


俺は、ゆっくりと笑った。


「……なるほど」


失敗記録庁。


世界が捨てた場所。

誰も期待していない部署。


――だが。


「ここ、宝の山じゃねえか」


リーネは、じっと俺を見ていた。


その目だけが、

初めて感情を宿しているように見えた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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