第22話 最後の選択
評価外層が、静かに崩れ始めていた。
音はない。
衝撃もない。
ただ――
距離が、縮んでいく。
失敗の線と線の間隔が、
わずかずつ、狭まっている。
「……まずいな、これ」
俺は立ち止まった。
いや、
立ち止まれた“つもり”だった。
足場そのものが、
もう曖昧だ。
失敗因果は見える。
だが、それを囲っていた“余白”が、消えかけている。
評価外層。
世界が不要と判断した因果を、
一時的に置いておくための層。
――世界が、整理を始めた。
「……そろそろか」
理解は、妙に冷静だった。
この場所は、永遠じゃない。
俺が介入を続けたせいで、
世界は“放置できないゴミ箱”だと気づいた。
「……リーネ」
名前を呼ぶ。
声は出ない。
だが、意味は向こうに流れていく。
返事は、ない。
それが、答えだった。
今、彼女は
世界の内側で一人、立たされている。
俺が触れられるのは、失敗因果だけ。
人には、直接触れられない。
だが――
選択は、できる。
「……俺が戻れば」
思考が、自然とその結論に向かう。
世界の内側に、
評価外指定者として再接続する。
短時間だが、
監査局の網を破れるかもしれない。
そうすれば――
リーネは守れる。
世界評価機構は、
“危険因子を管理下に置いた”として満足する。
その代わり。
「……失敗は、消える」
失敗因果は、
再び“正史の外”に押し出される。
評価外層も、
完全に閉じられる。
世界は、元に戻る。
成功だけが残る世界に。
「……はは」
小さく、息を吐いた。
分かりやすい二択だ。
彼女を守るか。
失敗を残すか。
「……皮肉だな」
ずっと、失敗を残すために動いてきた。
その結果、
一番守りたい人を
切り捨てる選択肢が、目の前にある。
「……」
失敗の線が、一斉に揺れた。
世界の内側で、
何かが動いている。
おそらく、
最後通告だ。
「……ああ、分かってる」
誰にともなく、言う。
「俺が戻れば、
この話はきれいに終わる」
評価外指定者は、管理下へ。
記録官は、矯正。
失敗は、再び“なかったこと”に。
「……でもな」
俺は、線の一つに触れた。
小さな失敗。
誰にも評価されなかった判断。
橋を渡らなかった、あの男の直感。
「……これを消してまで、
世界が守る価値のある正解って、
何だ?」
答えは、出ている。
「……ない」
世界は、正しい。
だが、正しすぎる。
だから――
間違いを許さない。
「……それは、
人が住む世界じゃない」
俺は、ゆっくりと手を離した。
失敗の線が、
静かに元の位置へ戻る。
「……戻らない」
その選択を、
言葉にした瞬間。
評価外層が、
一段、崩れた。
輪郭が、
大きく欠ける。
「……はは」
笑う。
「……選択、したら
ちゃんと代償が来るのは、
フェアだな」
意識が、
少し遠のく。
だが、
後悔はない。
「……リーネ」
最後に、
もう一度だけ名前を呼ぶ。
「……お前なら、
分かるだろ」
失敗を、失敗のまま残す意味を。
「……頼む」
それは、
世界への願いじゃない。
彼女への、引き継ぎだった。
評価外層が、
音もなく、さらに縮む。
その中心で、
俺は静かに立っていた。
戻らない選択をしたまま。
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