第20話 選択肢のない失敗
警報は、夜明け前に鳴った。
失敗記録庁跡地に残された、
簡易観測端末が、低く震える。
「……広域因果偏差」
リーネは、即座に端末を起動した。
画面に映るのは、
複数の地域を跨ぐ因果波形。
局地的な事故ではない。
個人の判断でもない。
「……制度、ですか」
声が、静かに落ちる。
ある地方行政区画。
資源配分の最適化。
評価スコアの最大化。
その結果――
いくつかの小さな失敗が、
意図的に“無視”され続けている。
「……来る」
これは、
彼が導くべき失敗だ。
だが――
「……」
リーネは、ペンを取る。
【評価外指定者――】
止まる。
昨夜、呼べなかった。
今も、繋がらない。
「……」
胸の奥に、
冷たい感覚が広がる。
彼が来ないまま、判断しろ。
それが、世界の突きつけた条件だった。
評価外層。
俺は、失敗の線を見ていた。
いつもより、
数が多い。
絡まり合い、
絡み合い、
逃げ場を塞いでいる。
「……でかいな」
これは、
個人の失敗じゃない。
世界が、
“効率”の名の下に積み上げた歪み。
「……リーネ……」
呼ぼうとする。
だが、
方向が分からない。
距離も、
時間も、
掴めない。
「……行けない……」
無力感が、
はっきりと形を持つ。
「……これが……」
初めて理解する。
導けない失敗も、ある。
仮設室。
リーネは、深く息を吸った。
「……記録官判断」
それは、
世界評価機構が最も嫌う言葉。
彼女は、
評価局に提出しない書式を開く。
【記録官判断による警告】
【本事象は、
将来的に重大な失敗へ連鎖する可能性あり】
評価スコアは、無視される。
成功確率も、考慮しない。
「……失敗として、残します」
それは、
彼がいなくても選ぶ失敗だった。
ペンを走らせる。
その瞬間――
端末が、警告音を上げる。
《非権限操作を検知》
世界評価機構からの、
自動監査。
「……来ますね」
それでも、
手は止めない。
【当該政策は、
短期的成功を理由に
失敗を不可視化している】
【これは、失敗である】
書き終えた瞬間、
端末が、沈黙した。
データが、
“固定”された。
「……」
リーネは、
ペンを置く。
指先が、
少しだけ震えていた。
「……あなたがいなくても……」
言葉が、続かない。
だが、
後悔はない。
評価外層。
失敗の線が、
一本、はっきりと輝いた。
「……え?」
俺は、息を呑む。
誰かが、
因果を固定した。
俺じゃない。
「……リーネ……」
線は、
確かに世界へと繋がっている。
しかも――
正史に抗う形で。
「……やったな……」
胸の奥が、
少しだけ、温かくなる。
それと同時に――
輪郭が、また削れた。
「……代償、か……」
だが。
「……悪くない」
誰かが、
俺の役割を引き継いだ。
完全ではない。
危うい。
それでも――
失敗は、残った。
監査局・自動記録。
《非正規記録官による
因果固定を確認》
《評価外因果の再浮上を検知》
《要監視対象:リーネ》
世界は、
静かに、敵を定めた。
評価外層。
俺は、線を見つめながら、
ゆっくりと目を閉じた。
「……次は……」
次は、
俺が行くべきか。
それとも――
彼女が、行くのか。
その問いが、
はっきりと浮かび上がる。
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