第2話 追放処分
評価外指定が告げられたあと、俺はそのまま大広間の端に立たされた。
もう審査の対象ではない。
評価水晶は、最初からそこに俺が存在しなかったかのように沈黙している。
名前が呼ばれることもない。
呼ばれる必要がない。
「評価外」という処理は、そういう扱いだ。
審査が終わると、候補生たちは一斉に動き出した。
次の配属説明、祝賀、将来の約束。世界が用意したレールに、それぞれが乗っていく。
その流れの中で、俺だけが完全に浮いていた。
――いや、違う。
浮いてすらいない。
視線が合わない。
ぶつからない。
まるで俺の周囲だけ、薄い膜で隔てられているようだった。
「評価外指定者、こちらへ」
声をかけてきたのは、審査官とは別の男だった。
黒い外套。表情のない顔。役職名すら分からない。
案内されるまま、裏手の通路へ向かう。
中央審査庁の表側は白く、明るい。
だが裏側に入った途端、空気が変わった。
壁の色はくすみ、照明は最低限。
足音がやけに大きく響く。
「……俺の処遇は?」
そう尋ねると、男は淡々と答えた。
「追放です」
「正式な登録名、称号、評価履歴はすべて抹消されます」
あっさりしたものだった。
死刑宣告よりも軽い口調で、存在の削除を告げられる。
通路の奥に、小さな部屋があった。
中には台座と、水晶端末がひとつ。
「手を」
言われるまま、台座に手を置く。
冷たい。
水晶が淡く光り、何かが引き抜かれていく感覚がした。
胸の奥が、すっと軽くなる。
……いや、違う。
空いた。
「これで、あなたの識別情報は世界評価網から切り離されました」
男は事務的に続ける。
「今後、あなたの行動は世界因果に影響を与えません」
「功績は記録されず、失敗も参照されません」
俺は眉をひそめた。
「それって――」
「俺が何をしても、誰も“覚えない”ってことか?」
男は一瞬だけ間を置いた。
「正確には、“意味を持たない”です」
なるほど。
覚えられないのではなく、最初から意味が付与されない。
世界にとって、俺は背景以下になった。
部屋を出ると、外套の男は一枚の書類を差し出した。
「移送命令書です」
「行き先は――失敗記録庁」
やはり、そこか。
廊下の向こうで、声がした。
「――待って!」
振り返ると、セラフィナが立っていた。
周囲の空気が、彼女の存在を中心に整っている。
世界が彼女を守っているのが、はっきり分かる。
「あなた……本当に……」
言葉を探している。
だが、見つからない。
俺は肩をすくめた。
「悪いな。成功ルートから外れちまった」
セラフィナは唇を噛みしめた。
「……違う。あなたは――」
だが、その先は続かなかった。
外套の男が一歩前に出る。
「英雄候補殿」
「評価外指定者との不要な接触は推奨されません」
セラフィナの表情が、わずかに歪む。
――ああ。
そういうことか。
世界は、彼女に“正しい距離”を教えている。
俺は小さく手を振った。
「気にするな。
お前は正しい選択をした」
セラフィナは、何も言えなかった。
それでいい。
成功しか知らない人間に、これ以上の言葉は必要ない。
移送は、簡単だった。
転移陣。
最低限の魔力。
送り先は、地図にすらまともに載っていない場所。
光が視界を覆う。
次の瞬間、足元が不安定になった。
――暗い。
湿った空気。
古い紙の匂い。
「……ここが、失敗記録庁か」
目の前にあったのは、古びた石造りの建物だった。
中央審査庁とは、あまりにも対照的。
派手さも、威厳もない。
ただ、積み重なった時間だけがある。
入口の扉は重く、軋みながら開いた。
中は静まり返っている。
人の気配はある。
だが、誰もこちらを気にしていない。
――当然か。
ここに来る人間は、
世界から「外された者」だけだ。
そのとき、背後から声がした。
「新しい方ですね」
振り返ると、少女が立っていた。
灰色の制服。
無表情。
手には分厚い記録束。
「失敗記録庁・因果保管課のリーネです」
「これから、あなたの業務を説明します」
俺は苦笑した。
「……業務、ね」
少女は淡々と続ける。
「ここにあるのは、世界が採用しなかった因果」
「成功になれなかった選択」
「名前を失った人生の記録です」
そして、静かに言った。
「――ようこそ。
成功から外れた人の、行き止まりへ」
俺は、その言葉を否定しなかった。
だが同時に、胸の奥で何かが微かに動いた。
理由は分からない。
ただ、この場所には――
まだ、誰も触れていない何かがある気がした。
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