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「あれえ?」
フォウは目をぱちぱちさせた。
続いて、尻から響いてきた激痛に呻いて、その場へうずくまる羽目になった。
どうやら、高いところから落ちて尻を打ったらしい。
打ったのが頭でなくて幸いと思うべきだろうが、油断していたので受け身も取れず、危うく尻の骨を割るところだった。
ひとしきり尻を押さえて悪態をついて、おもむろに顔を上げてみて驚いた。
「和彦さん……」
「まったく、君というやつは!」
怒り顔の和彦に腕をとられ、フォウは立ち上がった。
改めて、周囲を見回してみる。
満天の星。さわさわと音をたてる春の柔らかな草木。
丘の下には牛小屋が見えている。まだその小屋には電気が点き、人の行き来している影も見える。
あれは九条先生だろうか。
「和彦さん」
フォウはもう一度言った。
改めて、キョロキヨロとあたりを見回しながら。
「ファラは? ムルスは? 俺、どうしてここに?」
「だから!」
なぜだか和彦はますます腹を立てたらしかった。
「君はどうしてそうやって無茶ばかりするんだ! ファラとムルスだなんて……彼らは確かに、僕とは関わり合いがあると言えなくもないけれど、君にとってはただの異世界の住人でしかないじゃないか!
それなのに君は、そんな連中のために命を賭けるなんて……わかってるのか? あのまま誰にも知られず、異世界の地獄へ閉じ込められてしまったかもしれないんだぞ!」
「ありゃあ?」
フォウは間抜けな声を出して、頭をがりがりとかいた。
「なんで和彦さん、全部知ってるんだ?」
「そこじゃなくて!」
また叱られてしまった。
「いいかい、フォウくん。一人で外出したとたんにこんな大変な事件に自分から跳びこんでしまうようでは、僕は二度と君から目を離せなくなってしまうよ。寿命が縮まると村の老人たちはよく言うけれど、その慣用句の意味がようやくわかった。君はそんなに僕の寿命を縮めたいのかい!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
ものすごい形相で詰め寄られて、フォウは困ってしまった。
そもそも和彦は、自分がなぜ全ての事情を知っているのか説明してくれていない。
それに、あの氷の剣。
フォウとムルスの危機を救ってくれたのは、間違いなくあの剣だった。
だが、あれがどういういきさつで、なぜあそこに届いたのかもわからない。
とりあえず、フォウにわかっているのは。
「ありがとう、和彦さん」
「な、なんだよいきなり」
「だって、和彦さんが俺たちを助けてくれたんだろ?」
真正面から感謝されて、さしもの和彦も鼻白んだ。
発するつもりだった怒りの言葉を途中で呑みこみ、まじまじとフォウを見つめるしかない。
目に手を当てて夜空を仰ぎ、溜息をついた。
「とにかく……フォウくん。無事でよかった」
要するに、ムルスの独断専行はファラに筒抜けだったということだろう。
そしてファラは、ムルスがフォウを巻き込んだことを知り、それを理由にして和彦へ助力を頼んだ。
そういう意味では、巻き込まれてよかったなとフォウは思う。
ファラだってムルスのことは心配だったのろうが、ムルス一人だけが危険に陥ったとしても、それを助けに行く大義名分に困ってしまっただろうから。
リューンの人々がそういう面倒臭い考え方をすることを、和彦との付き合いでフォウも知っている。
今しも和彦は、空き巣狙いに大事な宝をかっさらわれそうになったケチンボのように、フォウの肩をしっかりと掴んで放さない。
なんなら、研究所に戻るまで手を放してもらえないかもしれない。
「ま、いっか」
厳重に護送されつつ、フォウはくすっと笑った。
ここにムルスはいない。ファラもいない。
ムルスの手の中へ収まった目が、ファラの元に無事、戻ったかも定かではない。
けれど。
きっとなにもかも、うまくいったはず。
「あー」
丘を下りたところで、フォウは急に頭を抱えた。
「バイク! どうしよう」
フォウのバイクは今頃、郵便局の駐車場に放り出されたままだ。なんならすぐ戻る気だったので、鍵も差したままだ。
お使いの品もポケットの中で、包装紙ごとぐしゃぐしゃにつぶれている。さすがに温厚な氷浦教授も、この惨状を見れば目を覆ってしまうだろう。
「参ったなあ……」
途方に暮れつつも、フォウは和彦と肩を並べて、夜の中へと歩き出した。
使命を果たした満足感と共に。
夜空には星が美しくまたたいていた。
ファラの目の輝きのように。
あの魔物の愛した、異世界の乙女のように。




