第5話 厳格な修道院に身を委ねたかつての正妻予定婚約者 だが事情が変わった!
「本日の祈りも、勇者ラスロ様に届きますように……」
大陸の北の果て、
雪の降り積もるマベルス修道院で私、聖者アリナは儀式続ける、
聖水に打たれながらの厳しい、厳しい祈りの儀式……あの時、私の光魔法があと一歩届いていれば!
(私はラロス様の魂に、懺悔し続けるしかない……)
十二年繰り返す儀式は生きている間の修行、
死ぬまで続けないと黄泉の国でラスロ様に再び会う事は出来ない、
教皇様がそうおっしゃられるのを信じて、ただ毎日ひたすら祈っている私……
「アリナ」
「はい、聖女ラフテ様」
「勇者ラスロを名乗る悪魔が面会に来ています」
……??
(突然のその言葉は、意味がわからないわ)
たまに飛んでくる問答でしょうか。
「それは……教えですか」
「いえ、面通し間で待たせております、確認なさいますか」
「悪魔ということは、偽物、なのですね?」「アリナの話が正しければですよ」
(私達を護るため、魔王と共に溶岩へ落ちた、という誰もが知っている話……!!)
しかし、こうやって呼びに来たということは見ろということだと取った私は、
何を試されるのか不安にも思いながら、これもラスロ様と再び会うための試練だと感じ、
急いで身体を拭いて、まだ冷えたまま修道服に身を纏い、聖女ラフテ様について行く。
「……こちらですよ」
私はこちらからは部屋が見えるが向こうからは鏡にしか見えないという、
不思議な『面通しの間』へ入った、そしてそこで見た、向こう側には……!!
(そんな、でも、雰囲気からして、え、ええっ?!)
何度も目を凝らして見る。
「あれは、で、でも、ま、まさか」
「悪魔の話によると『溶岩は偽物、真実は魔界への道だった』と」
「では、あれは」「もしそれが本当であれば、あれは悪魔ではなく、本物の……」
私が死んで魂になったと思っていた、
愛する愛しのラスロ様が……生きていた?!
「えっ、嘘?! こんなことしている場合じゃないわ」
「お会いになられますか」「もちろん!」
「ただし規則で、あそこで丸七日待っていただく事になりますね」
なんて無茶なルールなの!
「私はここを出るわ」「いえ、一度入った者は生涯、出られません」
「入ったのが間違いだったのよ!」「厳格な規則です、教皇様の絶対命令です」
「ラスロ様はいつから」「早朝にいらして今は夕方ですから、かれこれ半日以上は……」
見ると一杯だけ出されたであろう水はもう無い、
おそらく食事も出ない、そう、七日間あそこで待って、私と会える時間までは。
「そんな、ラスロ様にそんな事をさせ……あっ!」
「帰られるようですね」
「ラスロ様! アリナです、あなたのアリナですっ! ラスロ様ーー!!」「聞こえませんよ」
私は……私は、
何としてでも、何をしてでも、
絶対に、今すぐにでも、ラスロ様の元へ!!!
「事情が変わったわ……私をここから出しなさい」
「無理ですね」
「そう……わかったわ、なら、私がここから出るわ」
あと何年かで得られた『聖女』の称号なんかよりも、
今、私が欲しいもの……それは、ラスロ様に再会する、自由よ!
「……アリナ?」
「私の『聖女に最も近い』とされた力、今、ここで使う時だわ」
さあ、道を開きましょう、
私の、私自身の愛に誓って、
……ラスロ様のためにっっ!!
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(樹に結んであるドラゴンが可哀想だから、帰ろう……)
夜になると冷えるからね、
人間の身勝手な都合で凍死はさせられない、
あの教会がきちんと暖かい場所で預かって、世話してくれるとも思えないし。
(結局、会えなかったかぁ)
入ってそうそう部屋に通され、
『こちらでお待ち下さい』
そうとだけ言って姿を消して、
途方もない時間を待たせる手口は以前、アリナから聞いていた、
何日か待たせるならまだしも、元から会わせる気が無いパターンも。
(無限に待つより、戻ってしなきゃいけない事もあるからね)
こうして俺は出てきた修道院を振り返り、
最愛『だった』アリナに心の中で別れを告げる。
(ごめん、さよなら……宗教の壁は、厚かったよ)
まさにハーレム崩壊、十二年後って感じだ。
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ラスロがドラゴンで南下し王都へ戻る最中、
西からのとある馬車では……
「これはこれはヨラン=ジョルジール侯爵夫人、
我がスタヴィック公爵領へようこそ、それでご当主様は」
「ここでは私が王都へ道を使うだけよ、通して頂戴」
険しい表情のヨランに公爵領の者が再び話す。
「しかしお迎えのパーティーや、今後についてのお話が」
「事情が変わった、これからのスケジュールは、いや私自体をキャンセルで」
「はあ」「馬車を走らせて、早く!」
南からのとある馬車では……
「あぁ、私は、私はなんてことを、とんでもない事をしてしまったわ、ラスロ……」
頭を抱えて後悔の念に駆られる。
(会って、抱きしめて……許して貰わなきゃ)
東からのとある馬車では……
「ラスロサマラスロサマラスロサマラスロサマラスロサマラスロサマ(以後繰り返し)」
そして遅れて北からは……
「ふう、やっと邪魔する方々を全員倒したわ、
教皇様もなんとかギリギリ倒せたし、って殺してないわよ?
そんなどうでもいいことよりも、後は近くの村から馬車を拝借して……」
そして旧ハーレムは、王城へと集結するのであった。