第12話【ヨラン回想】十二年前の悲劇 ハーレム崩壊後、伝説の女剣士は喋る人形となる
「ラスローーーーー!!!」
あと一歩まで追い詰めた魔王、
魔界へ通じるとされた『魔の火山』で悲劇は起きた、
ラスロが……私の愛しき勇者、ラスロが魔王と共に溶岩へ、マグマへと落ちて行った。
(そして、その時の魔王の顔は……笑っていた)
私は慌てて火口へ身を乗り出すが、
大きな火柱が中へ落ちた事を示していた……
「そ、そんな、なんで……ラスロが……」
私はその場で崩れ落ちる。
(あぁ、身体が、火口へ……いいのもう、このまま、身を……)
そう、ラスロを追って、このまま……!!
「ヨラン!!」
私の両肩を引っ張り、
落ちそうだった身体を戻してくれたのは、
ラスロの正妻予定、魔王討伐後に聖女となるアリナだった。
「……ラスロが、ラスロが」
「私がっ! 私の魔法が、もう一歩、届いていればっ!!」
他の仲間、ラスロのハーレムの一員、
弓使いのエミリ、魔法使いのネリィも、
何かを言っているようだが私の耳には入らない……
(あぁ、ラスロが、私の愛しい勇者様が……魔王を道連れに)
……そこからどうやって戻ったかは記憶にない、
お城での出来事もうっすらと、ふたつだけ憶えている、
まずは国王陛下からのお言葉、私への労いの言葉と、そして……
「こういう事になってしまったが魔王討伐は成功だ」
「成功……だなん、て」「よってヨランには正式に『剣聖』の地位を授ける」
「……いりません」「なんと、本気か?!」「……本当に愛する人を護れずして、何が……」
ここで自分の立場を少し、思い出した。
「ヨランよ、辞退するのか」
「……許せないのであれば、どうぞここで首を刎ねて下さい、
さすれば私は愛する人の所へ旅立てます、さあ、どうぞ」「ううむ……」
結局、私は生かされてしまった、
そしてもうひとつ、その後のお城での一室、
ハーレム解散についてアリナが語っていた事は憶えている
「私は聖女を辞退しました、なぜなら聖女は人を導く立場になるからです、
しかし私はラスロ様の所へ導かれたい、ですので世を捨てる修道院に籠ります、
そして死ぬまで毎日、延々とラスロ様が安らかに居られるよう、生涯、祈り続けます」
涙も枯れ果て決意に満ちたアリナの表情は忘れていない。
「皆さんとの連絡も取れなくなります、いえ、もう皆は連絡を取り合わない方が良いでしょう、
ラスロ様の正妻として最後の命令です、私は正妻としてラスロ様を亡くした全ての罪を背負います、
ですから皆さんは、ラスロ様の本来受けるべきだった幸せを、新たなお相手と全うして下さい」「……ずるいぞ」
私はこの時、アリナを張り倒したくなった。
「はい、もうラスロ様は私が独り占めです、どうぞ恨んで下さい、正妻特権です、
その代わり、ついでに私の分も残りの人生、幸せになって下さい、そして……来世では、
来世こそは、また、ラスロ様とハーレムを……その時は、本当の笑顔で集まりましょう」
正妻特権……私はその言葉に逆らえなかった、
ラスロ亡き今、私がラスロのハーレムの一員としてするべき事、
それは残された正妻の指示に従う事……こうして私達は城を離れた、もう二度と会わないと誓って。
「ヨラン」「……アリナ」
「貴女は自分より強い男しか認めないタイプでしたわね」「……そうだ、った」
「でも剣を振るうつもりが無いなら、それはもう関係ないわ」「……わかった、剣は捨てよう」
その足で私は城の隣の騎士団本部へ報告に行き、
自慢の『豪剣』は城へ寄付したい旨と、
もう二度と剣は握らないと宣言をした。
(なぜなら、もう私の剣で、護るお方が居ないのだから……)
実家で抜け殻となっていた私に父上から話が来た。
「かなり西方になるが、上位貴族から縁談だ、といっても侯爵だが、
スタヴィック公爵領のさらに西にジョルジール侯爵家があってな、
あそこは代々、男児が弱くてようやく、成人まで持ちこたえた跡継ぎが居てな……」
私は父の話に返事をしたようなしなかったような、
そんな曖昧な状況のまま、意識がなるのに無いような状態で、
気が付けば長旅を終え、ジョルジール侯爵家まで運ばれていた。
「来たか、私がモリス=ジョルジールだ、話はついていると聞いた」「……」
「とにかく丈夫な子を産む事、あとは侯爵家夫人としての立場を完璧にこなす事、良いな?」「……」
「何かあれば今、この場だけ聞いてやろう、それ以降は拒否は許さん、良いな?」「……ひとつだけ」
ここでようやく自分の立場を理解できた。
「言うだけ言ってみろ」「……剣は、もう二度と握りません、それでよろしければ」
「なんだそんな事か、下らない条件だ、我が侯爵家には私兵も居る、余計な心配はするな」「……はい」
「では今後は『はい』しか許さない、良いな?」「……はい、あなた」「では婚姻の、結婚式の打ち合わせをする」
それからの私は、まさに人形だった……
愛する勇者ラスロを失い、一生想い続ける事すら正妻に奪われ、
私にラスロの分も幸せになれと……結局私は、結婚式を迎え、考えるのを、やめた。
(残りの人生は、もう、何もかも、身を任せて過ごそう……)
そう、これはもう愛する人を亡くしてしまった老後、
しろと言われた事は全て受け入れる、それが私の残された道……
口調を侯爵夫人に相応しくするのも、丈夫な男の子を産み育てるのも、そして……夫の命令に従うのも。
(そう、私は夫に『はい、あなた』とだけ言う、喋る人形のようなものよ)
良き妻を演じ続ける、いや演じるというより、そうなるしか無い、
たったひとつ、ラスロを思い出す剣を『握らないという』約束以外は、私は逆らわない……
そうこうして十二年、私は『ジョルジール侯爵夫人』という喋る人形を全うして、後は寿命を迎えるだけだった。
(そう……王家の使徒から、あの報せを受けるまで、は)




