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プロローグ:空白を埋めた贋作師

【小説概要】


贋作師がんさくし——それは、美術史の裏側を生きる者。

有名画家の “もしもの一作” を、本物と見紛うほどに描き上げ、市場へと忍び込ませる。

偽物でありながら、その筆致ひっちには、時に “本物以上の真実” が宿ることもあるという。

本作は、20世紀の美術界を揺るがせた “天才贋作師がんさくし” をモデルに描く、ストーリーである。

再現したのは過去ではなく、“もしも” の世界だった。


騙すためではなく、語るために描いた絵。

空白を埋めるために、他人になりきった人生。

芸術と嘘の狭間に生きた一人の画家の、静かで鮮やかな闘いの美生(美しいストーリー)。




プロローグ:空白を埋めた贋作師



──私は、罪悪感なんて感じていなかった。

少なくとも、「芸術」に関しては。


贋作がんさく」という言葉が、いつも滑稽に思えた。

私が描いたのは、存在しなかった“かもしれない”一枚。

誰にも描かれなかった空白に、私はそっと線を引いた。

まるで、沈黙の続きにメロディーを添えるように。


それが“嘘”だというのなら、

この世界は、ずいぶんと嘘で満ちている。

誰もが信じ、誰もが見惚れたあの絵に、私は魂を吹き込んだ。


──だから私は、描き続けた。

たとえ、そのすべてが「名前を持たない絵」だったとしても。



「わたくし、アーダルベルト・ヴァイスは、14の贋作を描き──」


法廷に響いたのは、低く、よく通る声だった。


「──総額、数十億円規模の詐欺を行いました。すべての人が本物だとうなずき、感激し、『これはとても素晴らしい』と……それを楽しんだのは間違いありません」


陪審員たちは資料に目を落としたまま、表情を変えない者もいれば、眉をひそめる者もいた。

傍聴席では、報道カメラのシャッター音が規則的に鳴り続けていた。


彼はまるで自室のアトリエにでもいるように、静かに語った。

長く波打つ銀髪が肩にかかり、無精髭が口元を覆う。

肩がやや落ちた、柔らかい仕立てのグレーのジャケット。ざらついたツイード調の生地で、その下には、胸元までボタンを開けた清潔感のある真っ白なシャツ──ノーネクタイのまま、ラフに着崩している。

左手の小指には、長年筆を握ってきた者に特有の角度があった。わずかに内へ曲がり、関節の皮膚は固く光っている。


彼は法廷という場においてさえ、“芸術家としての自分”を脱がなかった。


その顔に、後悔の色は見えなかった。



裁判所の正面玄関。報道陣が押し寄せ、フラッシュの嵐が彼を迎えた。


「ヴァイスさん、最後に言い残すことは!?」


一人の記者がマイクを突きつけたその瞬間、


男はゆっくりと顔を上げ、記者を見た。


そして、静かに、しかし確信をもって言い放つ。


「──恍惚感が、たまらなかった」


一拍置いて、口角を上げる。


「私は、美術史に名を残す人物だ。それを消し去ることはできない」


ヴァイスは不適な笑みでこちらを見ている──まるで、それが当然であるかのように。

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