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幸せな妄想

 光熱費のお金、ちょっと強引だっただろうか。風岡さんに少しでも楽になってほしかった。直接手渡しだと風岡さんは遠慮して絶対受け取らないだろうなと思い、あえてこっそり置いてきたんだけど、早々に見つかってしまった。その話になり強引にラインを切ってしまったけど、感じ悪かっただろうか。風岡さんは人に甘えるのが苦手だ。再会直後よりは気を許してくれている感じがするけど、まだ完全ではない。

 やっぱりやりすぎた!? 余計なお世話だったかも。どうしよう。

 風岡さんはずっとそうやって生きてきたんだろうか。結婚していた頃、旦那さんに対しても? 風岡さんはずっと親を避けているようだし今も実家に近づきたくなさそうだけど、親の方はどうなんだろう。娘が苦しい生活をしていただろう間も、連絡など一切せず放置していたのだろうか。

 風岡さんとは知り合ってそこそこ経つ。とはいえ、知らないことの方が多い。再会してそれを思い知った。俺は今まで風岡さんの一部分しか見ていなかったんだな……。これからはもっといろんなことをお互い知っていって、関係を深められるだろうか。

 それにしても、別れ際の寂しそうなあの顔、キュンとした。行かないでほしいと言わんばかりの伏し目。風岡さんでもあんな顔をするんだって、正直意外だった。仕事で知り合ってからずっと、あんな心もとない表情は見たことがない。風岡さんは会うといつも笑顔か微笑で、そうでなければ無心そうな凛とした涼やかな顔。それが風岡さんの全てのように錯覚していたけど、そうではないよな。

 昨夜はなかば押しかける形になり、やりすぎだったかと反省もしたけど、結果良かったのかもしれない。気のせいかもしれないけど、アパートには住民とは別の何か違和感のある気配もしたし、俺がいることで防犯対策になれたなら何よりだ。本当なら風岡さんの会社に行くまで片時も離れずそばにいたかったけど、準備がある。着替えをしたり社長とのやり取りを脳内で整理したり、そこも抜かりなくやりたかった。会社側から決して舐められないように。

 風岡さんを一刻も早く楽にしてあげたい。少しでも心の重荷を取り除いて、これから楽しい毎日を送ってもらうんだ!

 名残惜しい気持ちで風岡さんとのラインを終わらせると、タイミング良く父さんからの着信が鳴った。

「はーい」

『おはよう。元気か誉』

「うん。元気だよ。あ、苺ありがとね。母さんにもお礼言っといて」

『おお、そうかそうか。良かった。そういや誉、来月ちょっと時間取れるか?』

「え、何? 大丈夫だと思うけど」

 来月か。風岡さんにオーナー業務を任せて少し経っている頃か。それなら俺の方も落ち着いているだろう。

『そうか。ならな、ちょっと会ってほしい人がいるんだ』

「え? 何? 改まって」

『まあ、端的に言うとお見合いってやつだな』

「お見合い!?」

 何を言ってるんだ父さんは。

「ちょ、急すぎるよ。何でいきなりそんな話に?」

『いやな、いつだったか、誉とても寂しそうにしてただろう? それがずっと気になっててな』

 ああ、そっか……。風岡さんへの想いで煮詰まっていたあの頃。会社を辞める少し前のことだったか。俺は一生独身だと思う、みたいなことを父さんに言ったんだった。風岡さんとの再会に浮かれて、そんなことすっかり忘れていた。父さん、いまだにそのことを気にかけていてくれたのか。これまでそんな素振り全然見せなかったのに。

『いやな、そのままでもいいならそれでも全然いいと思うんだけど、父さんの知り合いにな、ちょうど年頃の娘さんがいていい人を探してるっていうものだから、誉と会わせてみようかって話になって。そんな堅苦しいもんじゃなくていいんだけどな、誉に相談してから決めるって返事をしてて』

「そっか、そういうこと……」

 やっぱり、かなり心配かけていたんだな。今は受け継いだ資産なども一人で全て回せている。一人暮らしも順調で、それなら大丈夫と勝手に思っていたけど、親の気持ちは違ったんだな。

「父さんありがとう。心配かけてごめん。でも大丈夫。その話、悪いけど断ってくれる?」

『そうか。まあこっちのことは気にするな。誉がそう言うなら大丈夫なんだろうけど、無理してないか?』

「してないよ。実はいま好きな人がいて。他の人のことは考えられないんだ」

『えっ、そうなの初耳!』

「だよね。今まで言ってなかったしね」

『ん? その人とは知り合って長いのか?』

「うん。会社勤めしてた時に知り合った人だよ」

『そうか。そんな前から。じゃあ、今度うちに連れてきたら?』

「いやいや、まだ付き合う段階でもないのにそれは無理だからっ」

『無理なもんか。昔はよく友達を連れてきてたじゃないか。そんな感じでサラッと呼んだらどう?』

「いや、サラッとって」

『美味しい物いっぱい用意するし』

「ちょいちょい、待ってって」

 父さん、めちゃくちゃ嬉しそうだ。声のトーンが弾んでる。好きな人がいるって言っただけでこの反応か。やばいな。

 風岡さんとは友達。一応そういうことになったけど、知り合い以上友達未満みたいな、気持ちは知られてるけど付き合ってはいないみたいな、ラベリングしづらい関係。そんな風岡さんを実家に招くなんてハードルが高すぎる。俺が良くても風岡さんはドン引きするかもしれない。

「これからちょっと出かけるから、もう切るね」

『おい、待てっ。どんな子? 家近いの? そこんとこもうちょい教えてっ』

「急いでるから、じゃ!」

 めっちゃ質問してくる! 食い気味な父さんには申し訳ないけど、逃げるように電話を切った。本当はまだ時間に余裕があるけど、どうしていいのか分からなくて。父さんはいったい何を考えてるんだ。たしかに子供の頃は島君やその同級生の子達もよく家に来てたし、クラスの友達が出入りすることも多かったけど。高校生になってからは学校から家が遠いのもあり、そういうのはすっかりなくなった。大人になってからは人を呼ぶ用のマンションに集まってもらうことは何度かあったけど、実家には春海ですら来たことがない。

 風岡さんを実家に呼ぶ、か。俺は全然いいけど、むしろそんな妄想を幾度したか分からないくらい大歓迎だけど。結婚に及び腰な風岡さんだ。きっとこんな話をしたら構えてしまう。重いと思われたくない。今はただでさえ色々なことが重なってしんどい気持ちのはずだ。俺とどうこうより、まず風岡さんのメンタルケアが大事だ。毎日を心安らかに過ごせるように。

 よし、気合い入れて退職の手続きに行くぞ!

 にしても、突然見合いの話なんて。これまで全然それらしい雰囲気見せなかったのに、内心そこまで心配かけていたなんて、なんだか申し訳なくもなる。父さんも母さんも、あえて何も言わず見守っててくれたのか。そういえば春海の親も結婚式で泣いてたな。春海もそれにビックリしていて、普段は親の涙なんて見たことがないって感じだった。親ってそんなに子供の結婚が嬉しいものなんだなと、少し胸に刺さったワンシーンだった。父さんと母さんもそうなんだろうか。……風岡さんの親はどうなんだろう。風岡さんは一度結婚しているけど、その時はどんな感じだったんだろう。

 俺が出会った時、風岡さんはすでに結婚していて、結婚の瞬間は過去のことだった。

 もし、奇跡的に風岡さんと結婚できたら……。ああ、幸せすぎてもういつ死んでもいいかも。ああいけないいけない。妄想が過ぎた。頭に浮かんだウエディングドレス姿の風岡さんが綺麗で、次の瞬間こっ恥ずかしくなり、慌てて打ち消した。こんなこと、風岡さんに知られたらそれこそ引かれまくるよな。変な言動してしまわないように気をつけよう。



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