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切なる祈り


 さよならしたばかりなのに、もう会いたい。

 風岡さんを自宅アパートに送った帰り道。一人で運転する車内をとても空虚に感じ、俺はすでに来た道を引き返したい気持ちでいっぱいになった。

 風岡さんのアパートに到着してしばらく立ち話をしていると、そこの住人らしき人が俺達の横を通りすぎていった。住人同士の交流が希薄そうな雰囲気の物件だったが、風岡さんは俺達の話し声を気にしてはじかれたようにさよならを告げた。時間的に仕方ないが、もっと話していたかったので名残惜しい。二階の自室アパートに向け階段をのぼっていく風岡さんをずっと見ていた。振り向いてくれないだろうか。彼女の背中を見送りつつ、すでに引き止めたくなっている。延々とドライブしておいてなんだが、風岡さんさえ許してくれるのならこのまま彼女のそばにいたい。離れたくない。やっと会えたから。そして、少しの罪悪感が胸に沈殿していた。

 ウソついてごめんなさい。

 二階の共用部からこちらに向かって手を振り返してくれる風岡さんに、心の中で謝った。

 風岡さんの部屋がある二階の通路。そこから階下は見通しが良く、お互いの姿がよく見えた。

 一緒の時間を引き伸ばしたくて、わざと遠回りしていたのは本当。助手席に風岡さんがいるというだけで、寝不足を忘れるほど運転がはかどった。でも、さすがに風岡さんの方は疲労困憊こんぱいだろう。俺自身のワガママに付き合わせるのは良くないと思い直し、ドライブの延長は最初の三十分だけにするつもりだった。

 名残惜しい気持ちで風岡さんの自宅らしきアパートに到着する。教えてもらった住所をナビに入力してから出発したので、迷うことなくスムーズにたどり着いた。

 ここが風岡さんのアパートか。うちから少し離れているものの、この距離なら毎日でも会いにこられそうだ。

 ウキウキした気分で停車しようとするも、そこに留まっていいのか一瞬迷った。築五十年ほど経っているそのアパートは、車幅に気をつけながら細心の注意を払ってようやく対向車とすれ違えるほどの狭い道の脇に建っていた。車線もない。あまり整備されていないのか、ところどころ穴だらけの地面。路上駐車すると近隣の人にけっこう迷惑になりそうだ。スマホで近辺のマップを見てみる。近くには月極駐車場のみで、臨時のコインパーキングなどはなさそうだった。早めに風岡さんを降ろして立ち去るべきかもしれない。そう考えていると向かいから軽貨物自動車がやってきて、ちょうど風岡さんのアパート前に停まった。宅配便の人だろうか。うちの前にもたまに同じような車が停まっているのを見かける。軽貨物自動車の運転手を見ると、気のせいだろうか、風岡さんが昨日着ていたのと同じようなポロシャツを着ている。

 注意深く見ていると、車のエンジンはつけたままで運転席から若い(といっても俺よりは少し歳上と思われる)男性が降りてきた。精悍せいかんな顔つき。その人は運転席の扉にもたれる格好でタバコに火をつけた。配達の仕事中なのかと思ったがそうでもなさそうだ。ただタバコを吸いつつ、二階をしきりに見上げている。

 嫌な予感がした。

 凝視し、その人に話しかけるべきか様子見するか、しばらく考えた。あまりにジッと見ていたせいで、その男性はこっちに気付いた。俺の顔を見て、次に助手席で眠る風岡さんを見やった。その瞬間、ビックリしたように目を見開いてこっちに駆け寄ってきた。吸っていたタバコなんてどうでもいいといった感じで地面に放り投げながら。俺は緊張感たっぷりに運転席から降り、その人と向かい合った。

「君は? 風岡さんの弟?」

「……婚約者です」

「婚約者!?」

 つい、そんなウソをついてしまった。それくらい焦ってしまった。この人はきっと風岡さんと同じ職場の人で、風岡さんに会うためにわざわざここへ来た。そう直感したからだ。さすがに俺の返しがデタラメだということをその人は見抜いた。大袈裟なくらい笑っては、

「そっか。ライバルかー」

と、なんだか余裕ありげな表情で見てきた。ウソがバレても気まずさはなかった。この人に負けてしまわないよう次の一手を考えるのに集中する。

「あ、俺、平川ひらかわね。風岡さんずっと彼氏はいないって言ってたし、今も恋愛興味なしって感じだったからさ、婚約者はありえないと思って」

「可愛です。今言ったことが本当になるよう、動きます」

「わかるよ。風岡さんカワイイもんね。でも君けっこう若いでしょ? どういう知り合い?」

「以前同じ職場でした」

「ふーん。一緒に出かけるくらいには仲良いんだ」

 勝手に勘違いしてくれているから、そういうことにしておこう。本当は再会したばかりなんだけど。そんなことを知られたらこの人……平川さんに勇気を与えてしまいそうだから。助手席で眠る風岡さんに視線をやり、平川さんは言った。

「でもさ、君と風岡さんは合わないと思うよ」

 気の毒そうな目線を俺に向ける。

「生まれから環境から何から何まで全て違う感じ。言っちゃ悪いけど、君はたいして苦労もしてなさそう。サラッサラ。良く言えば爽やかで純粋そうな感じ。その車もさ、自力で買ったんじゃないでしょ? 多分住んでるとこも」

「それ関係ありますか?」

「あるよ」

 平川さんは鼻で笑う。

「モテないわけでもないだろうにね。今まで彼女どんだけいた?」

「年相応には」

「誰とも続かなかったでしょ」

「……はい」

 この人は何が言いたいんだろう。俺みたいなやつに風岡さんは似合わないから諦めろ。と、牽制けんせいしたいんだろうか。「自分の方が風岡さんに合う」とでも?

「そりゃそうだ。君なんの魅力もないもん。男から見てもさ」

「平川さんの言う魅力って何ですか?」

「内からにじみ出る人生観ってやつかな。誰の力もかりず自分で何かを成し遂げたとか、成功体験みたいなもの。可愛君からはそれを感じない。あるものの恩恵を受けて運良くここまで順調にやってこれてる。だから善人で純粋そう。良くも悪くも」

「純粋かどうかは知りませんが、否定はしません。俺には特に自慢できるような成功体験も、力ずくで勝ち取ったものもない人生でした。おっしゃる通り、環境に恵まれてきたと思います」

「やっぱり。それじゃあ女の子の気持ちはつかめないよ」

「世間一般の女性はどうか知りませんが。俺は風岡さんさえいてくれたらいいです。彼女のためになるなら何だってするつもりです」

「それを風岡さんが望むかな?」

「どういう意味ですか?」

「社員からちょっと聞いたんだよ。風岡さんの親戚って男からイチャモンつけられたって。風岡さん前向きに仕事頑張ってたのに、その親戚のせいで社長をはじめ社内での評価は一気にガタ落ち。今後は女性を雇うのを控えようかって話まで出てる」

「たしかに出過ぎた真似をしました。それは申し訳なく思います。俺のことは何を言われてもいいです。でも、風岡さんが悪く言われるのは納得いきません。おかしくないですか? こちらからすると、会社の体質に大いに問題があるように見えるのですが」

「そうは思ってないんだよ。社長も、事務所の社員達もね。風岡さんが異物、そう見なしてる」

「平川さんは? わざわざこんな所まで来て風岡さんを待ち伏せしてるのは、そうやって風岡さんを責めるためですか?」

「んなことするわけないじゃん。俺は風岡さんの味方だし」

 見るからにチャラい。でも、単に軽い人ってわけでもなさそう。仕事もできて、運送業界での立ち居振る舞いもよく理解している賢いタイプなんだろう。世間に揉まれたがゆえの強い精神力。俺には無いものをたくさん持っていて、きっと知識も経験も豊富。

「よく分かりました。でも、決めるのは風岡さんです」

「まあ、そうね」

 その人はタバコを取り出し、煙をこちらにやらないよう気を遣いながら話を続けた。

「俺もさ、絶対付き合えるって自信があるわけじゃない。可愛君よりは可能性あるかもってだけ。ただ、仲良いからって過度な期待はしない方がいいよ。風岡さんは多分、誰とも結婚しないから」

「それこそ風岡さんが決めることです。どうしてあなたが決めつけるんですか?」

「うーん。悪あがきかな」

「え?」

「風岡さん言ってた。たとえ奇跡的に相手が見つかったとしても、もう私は誰とも結婚はしない。って」

「……それって」

 風岡さんはこの人の告白を断った、そういうことか? 好きな人ができても結婚はしない。そう決めていると?

「だから俺もそうなるだろうって?」

「知ってる? 風岡さんバツイチなの」

「はい。聞いてます」

「あ、そうなんだ。大丈夫? 君ももしかしてバツイチとか?」

「いえ、未婚です」

「ああ、そうなんだ。だったらなおさら、壁はありそう。君んちの親はどう思うんだろうね?」

「…………」

「結婚ってさ、恋愛の末の幸せな結果ってみんな思ってるけど、それは一要素に過ぎない。単に好きだけじゃやっていけやしない。結婚はお互いの家同士のつながりなんだ」

「実感こもってますね」

「体験してるからね。俺もバツイチで。風岡さんと同じで子供はいないけどね。まあ、そんなこともあって、風岡さんとは会った瞬間から通じ合うものを感じたよね。同じ痛みを知ってる者同士、似た空気感っていうのかね。そういうのって、不思議と初対面で分かるもんなんだよ」

「それってそんなに特別な共通項ですか?」

 離婚している、そんな人、日本中に五万といる。知り合いにも、不動産管理している物件の居住者さんにもまあまあいる。その点だけ取り上げて平川さんが勝手に風岡さんを特別扱いしているのは嫌な感じだ。風岡さんにはそれだけではない、他の要素もたくさんある。

「言うねー。でもさ、可愛君には絶対踏み込めない、理解できない傷が、風岡さんにはあるんだよ。それを、可愛君の親はわかってる? このさき可愛君の望み通り風岡さんと順調に付き合っていけたとして、将来親は自分の息子かわいさに風岡さんにひどいこと言ったりしない? ただでさえ一度目の結婚で傷心してるのに、幸せになりかけてる場面でさらに追い討ちかけられたらどうするの?」

「そんな風に絶対なりません」

 父さんも母さんも、俺が独身なのを気にしていそうではある。口には出さないが、内心では結婚して幸せになる姿を強く期待していると思う。女性と付き合っても実家には連れていったことがないので、恋愛すらしたことない息子だと思われているかもしれない。

「俺も将来のことを具体的に考える年齢です。言われなくても考えてます。たとえ両親が風岡さんを悪く言ったとしても、俺はずっと風岡さんの味方です」

 もし仮に父さん達に風岡さんのことを良く思われなかったとしたら。ひょうきんな父さんとサバサバした母さん。あの二人に限って風岡さんをいびるとか悪質なことをする場面なんてうまく想像できないが、もしもそうなったら……。胸が苦しくなる。ひどく悲しい。だからといって風岡さんを遠ざけるつもりはない。親が相手だとしても、風岡さんを傷つけるのなら俺は盾になり風岡さんを守る。そのために俺はここにいる。風岡さんと付き合うのなら、彼女の人生に責任を持つ覚悟も必要だ。わかっている。だけど、それは今ではないのだろう。風岡さんは俺の好意に困惑していた。そんな時にこちらの気持ちを一方的に押し付けたくない。風岡さんの気持ちや生活の立て直しが最優先だ。その先で二人の関係をどうしていくか、一緒に考えていきたい。まだ友達宣言したばかりで、先のことなど見えないのはたしかだけど。

 五年間ずっと進まなかった時間。あの頃のままストップしてしまった感情。想い。そこにようやく光が射した。今はただ前だけ見て歩きたい。

「平川さんこそ、どうしてこんなところまで? ストーカーですか?」

「ストっ!? 悪意なんてまるでないって顔してズケズケ言うじゃん」

 半分げんなりした顔で引きつった笑いを見せる。

「社長に風岡さんの説得を頼まれたんだよ」

「説得? こんなところまで?」

「今ほんと人手足りなくて、新人でも辞められると困るんだって。俺は風岡さんが入った時から世話係みたいなこと一番多くやってきて、しゃべる機会も多かったから。社長もそれで俺に頼んだんだろ。前に現場帰りにここまで風岡さんを送ってきたことがあって家も知ってたしね」

「なるほど」

「そしたらさ、爽やか青年が高級車で風岡さん送ってきてる。そりゃこっちは普通じゃいられないって。ダメージでかいわ。あわよくば風岡さんと特別に仲良くなれるチャンスーとか思ったのにさ。だから痛み分け」

 まるで痛みなんて感じてなさそうだけど、風岡さんに気があるのは本当なんだろう。この人も昔の俺みたいに、あの手この手で風岡さんに近づこうとしているのかもしれない。風岡さんと接する機会が多かったのなら連絡先を教え合ったりもしているだろうに、メールで済ませられるような用事にわざわざ時間を割くなんて。

「受けて立ちます。あいにくその手の皮肉や嫌味は言われ慣れてるので、戦意喪失させようとしてるなら、すみません。全然平気ですから」

 笑みを顔に貼り付け、そう返した。

「ただ、説得するのだけは諦めて下さい。風岡さんはもう限界です」

「それで親戚のフリまでしたわけか」

「同じ職場なら、平川さんも何か変だと気付いたはずです」

「まあね、最近しんどそうだなとは思ったよ。でも、この業界あるあるだしねー。新人のうちは特に。誰もが通る道なんだよ」

「そうなのかもしれないけど、誰もが耐えられるわけじゃありませんから」

「だろうね」

 平川さんはため息まじりに煙を吐き、ポケットから出した携帯灰皿でタバコの火を消した。

「ホントに辞めるってなったら、もう会うこともないし。最後にちゃんとしゃべりたかったなー」

「諦めてください。風岡さんは見ての通り熟睡してるので」

「見た目に似合わず強情だね」

「もう我慢しないって決めたので」

「そう。でも、君で支え切れるかな?」

 挑戦的なまなざしで、平川さんは俺に向き合った。

「酸いも甘いも知らない君みたいな男が、風岡さんを本当に守り切れる? 支えられる?」

 先のことは分からない。今も、この人との会話で気持ちが波打っている。落ち着かない。だけど。

「好きな気持ちがあれば、二人でいれば、きっとなんとかなります」

「おお、前向き〜。それが悪い風に作用しないといいけどね」

「なんとでも言ってください」

「風岡さんによろしくね。一応俺が来たこと伝えておいて。社長命令でもあるから」

「はい。必ず」

 シレッとウソをついた。誰が伝えるものか。

 本当に風岡さんのことを思って動いている人ならともかく、平川さんは下心満載だ。絶対風岡さんに近づけたくない。社長の指示でここまで来たなんて、風岡さんが知ったらよけい嫌な気持ちになるだろう。風岡さんが辞めると知って気にかけていたのは本当だろうし悪い人ではないんだろうけど、マウント気質や縦社会に染まりきってる感がひしひし伝わってきてどうも苦手だ。

 やっと帰ってくれてホッとした。反動でドッと疲労感がのしかかる。平川さんの車が去るのを確認してから風岡さんを起こそうとすると、ぐっすり眠っている。今の会社に入ってからほよど緊張の日々を過ごしてきたに違いない。仕事中に平川さんみたいな人から好意を寄せられ、受け流すのにも労力を使っただろう。口では社長のせいにしていたけど、もしかしたら社長命令なんてのはウソで、平川さんは自分の意思でここまで来たのかもしれない。

 平川さんがいなくなってからも妙な胸のざわつきは収まらなくて、再び車を走らせた。深く眠ってしまった風岡さん。会話ができないのは少し寂しいけど、風岡さんが隣にいてくれるだけでその寂しさすら楽しさに変換された。高速に乗ってどこまでも行ってしまいたい気持ちになった。この状況でなければきっとそうしていた。

 のんびり走れる道を選んで走り、時折風岡さんの寝顔を見た。途中、車を停めて星空を見上げられそうな公園があったので、休憩がてら停車した。

 運転席からぼんやり夜空を見ていると、流れ星が流れた。一瞬で消えてしまい、願い事を唱える間もなかった。でも、真剣に願った。

 俺は人から評価されるほど純粋でも清廉せいれんでも真面目でもない。弱くてずるい臆病な人間だ。運だけでここまで生きてきた。平川さんの言う通り中身のないスッカスカの男。それでも幸せになりたい。どうか、風岡さんと一緒に。人の世を生きている限りきっとこの先も困難やトラブルは避けられないだろうけど、風岡さんと共に笑って生きていきたい。どうかそれだけはお願いします。


 風岡さんと別れて帰宅すると、待ち構えていたようにラインを開いた。本当はずっと打ちたくて仕方なかったのに打てなかった。ひそかにお気に入り登録しておいた風岡さんのアカウント。まっさらなトーク画面を新鮮に思い、ドキドキしながらメッセージを打った。

《お疲れ様です。今帰りました。体調はどうですか?》

 長時間連れ回してしまった。風岡さんは本調子じゃなかったのに、俺は自分のことばかりだった。

《不思議と元気! 可愛さんちでたくさん養生してもらえたからかな。心配してくれてありがとう》

《いえいえ。それならよかったです。何かあったらいつでも連絡くださいね》

《おかずいただいてるよ。おいしい! 保冷剤まで、丁寧な対応に感謝!》

《おかげで帰り道長く一緒にいられたので、保冷剤入れてよかったです!》

《私ほとんど寝てたけどね。運転ほんとにありがとう》

《全然!家近いし、いつでもドライブしたいです!》

《私も!可愛さんの運転めっちゃ乗り心地いいー。最高。次はちゃんと起きてたいな。海とか見たい》

《海、いいですね!もうすぐシーズンだし》

 風岡さんとドライブデートか。楽しみすぎてワクワクする。海か。行くなら水が綺麗なところがいいかな。景色を楽しむなら観光もしたい。どこへ行こう。何を食べよう。何を見よう。どういう時間になるだろう。具体的に今すぐ計画を立ててしまいたいが、やっぱり風岡さんの体調が気がかりで弾けきれない。

《楽しみのために、まずは風岡さんの体調を治しましょう!今日は諦めたけど、やっぱり病院へ行ってください。心配です》

《その事なんだけど…肉体労働してたのにタンパク質が不足し過ぎてた(笑)最近いろいろあってご飯をまともに食べてなくて、倒れたのそのせいかもしれない。と、可愛さんのおかず食べながら思った》

《ええっ!そうなんですか!?体は資本です。これからも回復魔法をかけます》

《可愛さん魔法使いだったの?笑》

《実はそうなんです!次のメニューは鶏の唐揚げとかどうですか?タンパク質ならヒレカツもありかも!揚出し豆腐にキノコのあんかけもいいかな》

《仕事やめる人間に、それは贅沢すぎでは?笑》

《全然ありです!たくさん食べて英気を養いましょう!》

 ラリーはどんどん続く。楽しい!

 ここ数年、ラインは友達と必要最低限の連絡を取り合うツールでしかなかったのに、こんなにも簡単に胸が弾むものなのか。今さらながら大きな発見だった。

 そうかもとは少し思ったけど、風岡さんはやっぱり栄養不足だったんだ。これからいっぱいおいしいご飯を食べてもらって、元気になってほしい。もう倒れたりしないように。あの時は俺がたまたま見つけたからよかったものの、もしまた風岡さん一人の時に倒れたら……。女性だし、時間帯や地域によっては何があるか分からない。危険だ。

 風岡さんの返信を待たず、追加でメッセージを送った。

《居場所共有するアプリ、一緒にやりませんか?》

《それはちょっと……。若い子の間で流行ってるとは聞いたけど。抵抗あるかな》

 距離を置くような、引かれたかもしれないと思える文面にヒヤッとした。間違えた!

《そうですよね。急に変なこと言ってごめんなさい。もしまた何かあったらと心配で、提案してしまいました》

《ありがとう。そうだよね。可愛さんは優しいね。それは前からだけど。今日もずっと気遣ってくれてありがとう》

《いえ。俺は何も。変なこと言って本当にゴメンなさい》

《ううん。可愛さんは悪くないよ。こっちこそごめんね。私が自己管理なってなかったから心配かけたよね。今後は気をつける。笑》

 うんと近づけたと思ったのに、また遠のく。そこで風岡さんとの初やり取りは終わってしまった。

〝風岡さんは多分、誰とも結婚しないから〟

 平川さんの言葉が頭に響いた。俺は焦っているのだろうか。今この時を精一杯に生きて対応していきたいのに、敵の言葉にまんまと囚われている。

 ダメだダメだ。呑まれるな!

 楽しかった念願のライン。やっと交わせた大好きな女性とのメッセージ。それなのに、心の奥にこうもざらつきを残すのはなぜだろう。静かな夜は更けていく。風岡さんが寝ていた布団に寝そべり、しばらくぼうっと天井を見ていた。











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