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不幸の手紙の行き着く先

作者: 神崎 月桂

 最初は、ただのイタズラだろうと思っていた。


「クッソが。なんでこの地獄みたいに暑い中で走らなきゃいけねえんだよ」


 真夏の照りつける日差しの中、俺は必死になりながら走っていた。

 こうなったのも、全部アイツのせいだ。最悪な置き土産を残しやがって。


 友人のSが、変なものがポストに投函されていた、と。そう言いながらに面白半分に持ってきやがったものは、一通の手紙。切手や消印もなく、明らかに通常の郵便物と違うことがわかる。

 中身を見せてもらうと、その文面に思わず二人して笑い飛ばしてしまった。


 もはや懐かしいとまで感じたその文章は、かつてチェーンメールと呼ばれていたものだった。

 別名不幸の手紙ともよばれていたそれは、ある意味では都市伝説として。ある意味ではただのイタズラとして。

 仕組みとしては至極単純。このメールを二十四時間以内に知り合い十人に配らなければ自身に不幸が降りかかる。というもの。人数云々については差異はあれど、大枠については変わりはないだろう。

 しかし、単純ながらに好い仕組みをしていて。……いやまあ、イタズラにその仕組みを導入するのはどちらかというと厄介なのだが。

 もちろん、こんな手紙をまともに取り合わない人もいるし、一度受け取った人に再度配られるケースもある。だからこそ、例えばこれによって三人に上手く渡されるとして。それがずっと続けば、三倍、三倍と受け取り手が増えていくわけで。

 三人ずつ増えていくわけではない。一人から三人に、三人から九人に。九人から二十七人に。……と。まあこのように鼠算式に膨れ上がっていく。


 ただ、このチェーンメールをまともに取り合う人にとっても、冗談と一笑に付す人間にとっても。最大の特性はこれらが電子メールであるということだった。

 だからこそ、容易に再送信が可能であり、広まりやすかった、と。


 では、ここで一つの可能性の話なのだが。

 この不幸の手紙が、現実のものとして現れたとしたならば、どうだろうか。


「ったく、最悪すぎる!」


 噴き出す汗をも気にせずに、ひたすらに走り続ける。

 たしか、Sはこの手紙を、昨日の朝にポストの中から発見したと言っていた。

 そうして面白がって、これを俺に見せに来たのが、昨日の昼。

 中を開くと、同様の封筒が十通入っていて。つまりはこれを配れ、という話だろう。


 あまりにもチープすぎる冗談に、二人して笑っていたのが昨日の夕方。


 そして、今朝俺の耳に飛び込んできたのは。

 Sが交通事故で死んだというものだった。


 嫌な、予感がした。

 なにせ、冗談混じりにSは「一つお前にやるよ」と、そう言いながらに一通の封筒を俺に押し付けてきたのだ。

 恐る恐るに封を開けてみると、Sが持っていたものと同様に、十通の封筒と、不幸の手紙の文面が書かれた便箋とが入っていて。


「……悪いな、ホントに」


 中学時代の知り合いの家の前につき、そのポストに向けて封筒を押し込む。それほど仲も良くなかった相手だが、どうしても罪悪感が湧き上がってくる。


 だがしかし、そんなことを言ってられる状況じゃない。タイムリミットが手紙を受け取った時間とするのなら、俺に残された時間はあと二時間。

 それ以内に、残りの五通を配りきらなければいけない。


「ああ、ほんと。なんでたって、こんなことに……!」


 背後から、得体のしれないナニかが追いかけてきているような、そんな焦燥感に駆られつつ。次の家へと向けて走り続ける。

 いくら、走っただろうか。最後の一通を押し込んだその時には。日差しと脱水とで熱中症になった身体が、ふらりと傾くのが感ぜられた。


 だが、やり切った。十通すべて、配りきった、


 塀に手を付きながら、まともに動かない身体になんとか鞭を振りつつ、家に帰る。


 とりあえず、水を飲もう。それから、エアコンで冷えた部屋の中で、休んで――、


 家についた、そのとき。なにを思ったのか、ふと、ポストが気になった。

 気にしなければよかったというのに。なのに、なぜか、確認しなければいけないような、そんな気がして。


「……」


 しかし、その手を止めることは。茹だった頭で、正常な判断はできず。


 ハラリと落ちた、一枚の封筒。

 切手も消印もない。しかし、見覚えばかりはある、封筒。


 チェーンメールの最大の特性は、尋常ではない広まり方。

 まともに取り合り合わない人が確実にいる中で、少しでもそれを真に受けた人たちによって。倍々に増えていくそれらは。

 しかし、知り合いなど共通の人が存在してしまっているコミュニティの中では、同じ人に届く、ということが普通にあり得る。

 こういったことは、本来のチェーンメールであれば、収束へ向かう一手になり得るのだが。


 だがしかし、仮にこれが現実のものであったとして。

 そして、本当に不幸を訪れさせるとするならば。


 再び、自身へと、送られてくる可能性も。自分が再度、十人に配らなければならない可能性も、十二分にあるということ。


「嘘、だろ」


 ――絶望感が、ひたひたと、自身の背中へと回り込んでくる。

 あと、何度。制限時間二十四時間を繰り返さなければ、いけないのだろうか。

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