逃亡(2)
「見事な人選でございます。」
珍しいことに前村兵部ノ尉教貫から派遣されたという男が追従を言った。
「今回活躍したのは全て晴海様の眼鏡にかなった者達ばかり。
それを選んだのは、晴海様。
私はほとほと感心しております・・晴海様の眼力には・・・。」
なぜこのような者を送り込んだのか・・晴海は訝しがった。
その男の名は吉田次郎左右衞門信時と言った。
「雉はまだ帰らぬか。」
晴海はその男に表を見てくるように言った。
(部下が少なすぎる・・手足のように使える部下が・・・)
その男を追い出し、晴海は小声を漏らした。
(雉だけでは足りぬ。
雉の部下を使うか・・・しかし奴等は陰の者達、表だって使うには・・・)
晴海の考えは纏まらない・・そこに、
「雉殿が帰って参りました。」
先程の男が大声と共に部屋の中に入ってきた。その後ろに雉の姿が見えた。
「何をして居った・・二日も屋敷を空けるとは・・・」
晴海は雉を睨んだ。
「晴海様のご用の後始末です。」
雉はそうとだけ答え、頭を下げた。
「まあ良かろう・・・
そこの男、寺の者に言って膳部を運ばせろ。」
晴海は次郎左右衞門に顎をしゃくった。
「あの男・・素性を調べろ。
教貫からの贈り物じゃ。」
次郎左右衞門がその場を去ると、晴海は雉に向かっていった。
膳部が運ばれてくる。
晴海が上座に座り、その下手に雉が座った。
「何だお前の分がないではないか。」
晴海は次郎左右衞門に笑いかけた。
「同席など滅相もございません・・私は他の部屋で・・・・」
次郎左右衞門は尻込みをした。
「なに、構わぬ。
そちの膳もここに構えさせろ。
次郎左右衞門は恐縮しながら、自分の膳を持ってこさせた。
しかし、それが置かれたのは、次の間の縁・・
「そこでは話しが遠い。近う寄ってよいぞ。」
次郎左右衞門が膳を捧げ持ってくる間に、晴海はちらっと雉に目配せをした。
人を見る・・・雉にはその意味は解っていた。
次郎左右衞門は下座ではあるが晴海の正面に座り、雉はその顔を横から盗み見た。
小坊主・・・晴海は部屋の外に声を掛け、ぱんぱんと二つ手を打った。
酒を持て・・・駆けつけ平伏する小坊主に晴海は命じた。
酒が運ばれてき、晴海は杯を口に当てた。
「そちは飲まぬのか。」
晴海は柔らかい目で次郎左右衞門を見た。
拙者は・・・彼は口淀んだ。
「遠慮せずともよい。」
晴海は雉に顎をしゃくった。
雉が調子を手に次郎左右衞門ににじり寄り、その手に杯を持たせて酒を注いだ。
存分にやろうぞ・・・晴海は恐縮する次郎左右衞門に朗らかな声を掛けた。
男は杯を干し、それを雉に渡そうとした。
雉はそれを掌で押し止めた。
「その男は何があっても飲まん。
どれ・・・」
晴海は男の側に身を進め、その男の真っ正面に座った。
「その杯、儂が貰おう。」
晴海は手を差し出した。
それから何回か杯は二人の間を往き来し、ほどよく酔いが回ってき、二人とも徐々に饒舌になった。
「晴海様が選んだ者達・・・ここにいらっしゃる雉殿を始め、二番隊の面々。
一番隊の鬼木元治殿・・」
話し出した次郎左右衞門の言葉を晴海は心地よさげに聞いている。
「それに近衛組の国立清右衛門殿。そうそうその総帥であられる、斉藤長光殿も晴海様の御推挙と伺っております。」
「まあ・・そうだ。」
(それは、教貫のはずだが・・・)
雉は晴海に気付かれぬよう、鼻で笑った。
「ついこの間は木村一八殿を前村様の下に送り込み、あの方も活躍なさった。」
それにも晴海はにやにやと笑い、又、杯を口に運んだ。
「そうそう、芳川喜一郎と言う男も居りましたな。それにわっぱとは言いながらも渡辺遼河。」
益々、晴海の頬が緩む。
「三人とも大和への旅で見いだした。」
「三人も一度機に・・・」
次郎左右衞門は驚きの声を上げた。
「じゃが、喜一郎についてはしくじった。」
「どうしくじったのでございます。」
「御所の奥に走って鬼の姿となり、国立清右衛門に斬られたと聞いた。」
そんなことが・・・次郎左右衞門はここでも驚きの声を上げた。
「お主は知らなかったのか。」
「その頃はまだ拙者は京見廻組の一員でした故・・奥の事は・・・・」
そう言って次郎左右衞門は晴海に話しを促した。
「素性は知って居った・・・」
「知っていたのですか。」
晴海の言葉に次郎左右衞門は言葉を被せた。
「だが・・・」
「そうですか。知っていたのですね。」
その時、亥の刻を告げる鐘が鳴った。
「これは・・思わず時を過ごしてしまいました。」
次郎左右衞門は深々と頭を下げ、立ち上がった。
まだよいではないか・・・次郎左右衞門は晴海のその声を背中に立ち去った。
× × × ×
「首尾は。」
晴海が住まう寺を出た次郎左右衞門に女が寄り添った。
「貴方様のお力で知れずに済みました。」
「よし、これで晴海は終わりだろうよ。
お前はすぐに教貫の下に報告に走れ。
鬼を伐つ力を持つ者を見分ける者などを生かしてはおけぬ。」
その女に頭を下げ、侍所に走る次郎左右衞門の左腕は鉄の腕に変わっていた。
「呪符は忘れるなよ。」
女はその後ろから声を掛けた。