逃亡(1)
昼前に前村教貫と晴海は花の御所に呼ばれた。
今日はいつもの侍所ではなく、寝殿の東にある小御所であった。
ドンと太鼓が一つ鳴った。
将軍のおなりである。教貫と晴海は床に額をこすりつけた。
「畏まらずともよい。面を上げよ。」
あれ以来よく眠れているのか、義政は快活に言った。
「おかげで鬼の夢を見る事もなく、よく眠れて居る。」
将軍の前に居る二人は深く頭を下げた。
「そこでだ・・・」
義政は二人の頭の上に声を掛ける。
「先だってはああ申したが、もう鬼を討つ隊は不要かとも思う。
既にここの鬼は討ち斃した。」
「・・と仰いますと・・・」
教貫は不安げな声を上げた。
「ここ十日、鬼の出現も無く、静かなものじゃ。御庭廻組を解散してもよいかと考えている。」
それは・・・晴海は絶句し、教貫は俯いた。
「教貫、その方は兵部ノ丞の名を変えよ。
音は同じだが、尉を与える。」
義政は自身で書いたであろう紙を掲げて見せた。
「これよりその方は兵部ノ尉・・その印を使え。」
義政は自分の手元の印を教貫に投げ与え、
ははーっ・・・教貫は床に頭をこすりつけた。
チッ・・それを横目に晴海は頭を下げたまま軽い舌打ちを漏らした。
「晴海。」
義政は次に平伏する和尚を見た。
「そちの宗派は天台宗であったな。」
晴海は頭を下げたまま頷いた。
「三井寺でどうじゃ・・・長等山園城寺でどうじゃ。」
「そこの座主で・・・」
座主・・・・義政は大声を上げて笑った。
「そち程度の得度で座主とは大きく出たものだな。」
晴海は上げた顔を、又床に向け舌打ちをした。
「話しはしておく・・そちはそこで己を磨け。」
晴海はその言葉に唇を噛んだ。
ホホホホホ・・・渡り廊下から女のような笑い声が聞こえた。
「それは如何なものでおじゃるかの。」
声の主は中御門経衡であった。
「鬼の出現が無いと言っても、僅か十日でおじゃる。
それを以て、鬼を全て滅したと思うのは、愚かでおじゃる。」
経衡の言葉は将軍に対しても辛辣であった。
「・・・」
それに対して義政は何かを言い返そうとした。
「我が兄。」
経衡はそれに大声を被せた。
「中御門宣胤が言っておったが、此度の騒動・・帝にもいたく御振謹を痛められたそうでおじゃる。
それに、今後又このような事が無いかとご心配の体じゃと聞き及びまする。
その中にあって、将軍様が京の守りを放棄なさるとは・・・
これは兄の口より帝に伝えて貰わなければなりませんな。」
脅しとも言える言葉に義政は厭な顔をした。
「よかろう、もう暫くこのままで行く。」
「それでは我等の褒美はいかが致しますかな。」
「その方等には金二十を与え、護皇隊には五十を与える。
それ以上は出せんぞ。」
それだけ言って義政は横を向いた。