闘い終わって(5)
源三はまだ明ける前から街中を目指した。
行く先は晴海の屋敷・・相手は雉・・・日が昇る頃には源三は晴海の借宿に着いた。
「雉殿・・雉殿。」
源三はまだ闇が残る木陰に声を掛けた。
何事でしょう・・・雉は源三が予想もしない方向から現れた。
「おお・・そこにいらしたか。」
源三は雉の肩を掴んだ。
「頼みがある。」
そして言葉を続ける。
「遼河達の・・」
「護衛ですね。」
雉は皆まで言わせず、そう言った。
「なぜ・・・」
源三の眼がわずかに警戒の光りを帯びた。
「状況を考えれば解りますよ。」
雉は不敵に笑った。
「あなた方が多くの金を持っている事を飯屋で見られ、その上そこで騒動が起きた。その噂が広まらないはずは無い。
その金を持って山科に帰ろうとすれば、当然、盗賊達がそれを狙ってくる。
それを防ぎ、その上金は盗まれた・・との噂を振りまく・・・・それで宜しいのでしょう。」
雉はもう一度唇を歪めた。
「見返りは。」
「要りません。」
源三は怪訝そうな顔を見せる。
但し・・・その顔に雉が畳み掛ける。
「この貸しはいつか返して貰います。」
「どうやって・・」
「それはここでは言えません。
私の窮地であるかも知れませんし、そうではないかも・・・
ともかくその仕事・・引き受けましょう。」
翌朝早くに雉が源三の宿舎にやって来た。
「私の方の準備は整いました・・いざ出発を・・・」
雉は頭を下げその場から消えた。
他の道を行く兵衛はそこから手を振り、一行の姿が見えなくなると源三に頭を下げ、馬に跨がった。
巴が間借りする農家が近づいてきた。
ここで一行から巴が離れた。
その巴は戦闘の準備をして農家の屋根裏部屋をでた。
敵は人だけではない・・・巴はそう考えていた。
紅蓮坊が住み込む寺が近づいてきた。
おおい・・・向こうから小太郎の声が聞こえる。
「こたろだ。」
かえでが嬉しそうな声を上げた。
「おっさん・・かえでも一緒か。」
小太郎も明るい声を上げる。
駆け寄ってくる小太郎を紅蓮坊は抱き上げようとした。
「やめろ。がきじゃ無いんだ。」
小太郎はその手を素速く躱し、荷車の上のかえでの元に走った。
「かえで、大丈夫か・・けがはなかったか。」
「だいじょうぶよ・・りょうがとげんたがまもってくれたから。」
「この犬っころもがんばったんだな。」
小太郎はげんたに手を伸ばし、その手をげんたが嘗めた。
「いぬじゃないのよ・・おおかみなの。」
かえでが小太郎の言葉を怒ったように否定する。
「そうか・・狼か・・・」
小太郎は嬉しそうにげんたと戯れた。
「ここから先は山と原野、しかも日も暮れよう。今日はこの寺で泊まってはどうだ。」
紅蓮坊は遼河にそう勧めた。
「そうもいきません。既に兵衛様は山科に着いている事でしょう。急がねばなりません。」
「では小太郎を付ける。何かの足しにはなるだろう。」
遼河はそれに礼を言って、紅蓮坊と別れた。
紅蓮・・紅蓮・・
遼河達を見送った後、自分を呼ぶ声がした。
その声の主は巴。
「何事だ。」
紅蓮坊はその出で立ちを怪しむように見た。
「あんたも準備しな。
陰からかえで達を護るんだよ。」
巴は紅蓮坊にも戦闘の準備をする事を望んだ。
「相手は盗賊だろう・・そこまでの準備は必要無かろう。」
紅蓮坊はそれを受け流した。
「いや、盗賊だけとは限らぬ。
鬼若の一件でかえでの姿を人目に晒した。
中にはかえでの力に気付いたものもいるかも知れない。」
鬼か・・・紅蓮坊は唸った。
ああ・・と巴はそれに頷いた。
「待っていろ。すぐに準備してくる。」
紅蓮坊は寺にとって返した。