闘い終わって(4)
「最初に残った金貨八十五枚の分配を決めましょう。」
兵衛が言う。
「五人で分けると・・」
紅蓮坊が最初に声を発したが、僅かに考えた。
「十五を源三様に・・後の分は・・・」
「私はいらない。
先ほども言ったように私は二番隊の隊員ではない。
それに今日からは一番隊の隊長だ。
この通り俸給も頂いておる・・・金貨二十五枚だそうだ。」
源三は革の金袋を懐から取りだした。
「五枚を寄贈いたそう。
だがこれからは私は一番隊隊長、目を掛けるのは彼等になる。寄贈はこれが最後です。
この子を頼みます。」
源三は自分の膝の上で眠るかえでの頭を優しく撫でた。
「今まで通り、この金は巴に預かって貰ってはどうだ。」
紅蓮坊が床にある大きな金袋を叩いた。
それでいい・・・兵衛がすぐに言った。
「こんな金子は無理よ。」
それに対して巴は異を唱えた。
「以前預かったのは金貨十枚程度だったらこそっと持ち込めたけど、これだけの量となるとあそこの小父さん小母さんに隠して持ち込むのは無理よ。」
そうか・・・紅蓮坊は溜息をついた。
「そろそろ我が弟子、槇野信繁をご信用頂いても・・・」
源三は笑いを含んだ顔で言った。
「信用はしていますが、あそこは余りに人の出入りが多く・・・」
巴が難色を示す。
「地下蔵があります。
蔵の鍵は三つ・・その一つは私が持っています。後の二つは家にあります。
それを巴殿に持って貰い一つは家の中に隠します。
それでいかがでしょう。」
「隠すとは如何な考えで。」
「私と巴殿・・もしどちらかが鬼に敗れた時には、遼河と紅蓮殿にその在処を教えます。
残した金は遼河とかえでの為に・・そして紅蓮殿には二人を護って欲しい。」
死ぬなんて言うな・・・紅蓮坊は目を怒らして兵衛を睨んだ。
「そんな事もあるかも知れないね。」
巴もしんみりと言った。
「俺は死んでもお前達を護る。」
「と言う事はあんたが死んでいるんだろう。」
「だれもしんじゃあダメ。」
眠っていたはずのかえでがガバッと飛び起きてそう叫び、そしてまた源三の膝の中に沈んだ。
「寝言か・・・驚かせる。」
紅蓮坊はまじまじとかえでの顔に己の顔を近づけた。
「寝言とは思えません。
我等の会話に入って来ています。」
兵衛はかえでの頭に手を置いた。
「遼河、最近かえでに変わった事は無いか。」
紅蓮坊はすぐに遼河に目をやった。
「眠っている事が多くなった。
昼間でもふと気付くと居眠りをしていたりする。」
「いつからだ。」
「鬼若との戦いの直前くらいから・・」
「多分鬼との対峙に神経をすり減らしていたのであろう。
そして戦い・・・この子はこの子なりに、鬼と戦っていたのであろう。
そしてまだその昂ぶりが残り、気が休まる暇も無いのであろう。」
源三がしみじみと言った。
どうすれば・・・巴も心配そうにかえでの顔を覗き込む。
「出来るだけ早く山科に戻る事だ。
信繁の道場で小平次や小太郎、それに道場に来る子等と遊ばせる事だ。
それで徐々に心の重荷は消えるだろう。
明日にでも・・・」
巴と兵衛が頷き、遼河はそれを見ていた。
「ちょっと待て。問題がある。」
紅蓮坊が大きな声を上げた。
「俺の失敗で、俺達が金を持っている事が知れた。それに俺達の顔もだ。
兵衛、巴、俺、それに遼河とかえでの顔もだ。」
紅蓮坊は怒鳴るように言う。
「済まぬ・・俺のせいだ。」
そして紅蓮坊は深々と頭を下げた。
「山科に帰るには低いとは言え山を越すか、南に大回りするか・・・
山を越すには少しは退治したとは言え、山賊がいる。
南に大回りすれば一泊は免れない。さすれば野盗の襲撃の恐れがある。
俺はお前達に人を殺しては欲しくない・・当然遼河にもだ・・・
全て俺の失敗・・・
俺が先に行き、盗賊を全て成敗する。
それまで待ってくれ。」
「私はあんたにも人は殺して欲しくないよ。」
巴が口を挟む。
「殺しはしない、懲らしめるだけだ。」
「人数が多かったらどうする。
あんたは力任せに金棒を振り回すだろう。」
紅蓮坊は巴の言葉に頷いた。
「私はあんたにも人を殺して欲しくないんだよ。」
同じ言葉を言い、巴の目尻には僅かに涙がにじんでいた。
ちぇッ・・・紅蓮坊はその顔から眼を逸らし、
じゃあどうするんだよ・・と紅蓮坊は渋い声を上げた。
幸い・・・源三の声が聞こえた。
「幸い、私は此度一番隊長を拝命した。それを利用し、兵を申し受けましょう。」
「兵をですか・・・」
兵衛がその話に溜息をついた。
「兵に護られて山科の家に入れば評判を呼びます。
さすれば、盗賊共の耳にもそれが入ります・・何かがあると・・・
次々と押し寄せる盗賊からは、まず護り切れぬと思います。」
言葉は柔らかいが、それは源三の意見に異を唱えるものであった。
沈黙に落ちる。
「雉さんに頼んではいけないんですか。」
長い沈黙を遼河が破った。
「今日もそうですが、雉さんはいつも部下が・・と言います。
それであって俺達は雉さんの部下という人達を見た事がない。
いつの間にか物事が片付いています。
山科に帰る護衛を雉さんに頼んではいけないんでしょうか。」
それは名案・・すぐに源三が手を打った。
「雉殿に頼めば、我等が知らぬ裏で事をし済ましてくれましょう。
さすればいつものように牛が牽く荷車と紅蓮坊殿、巴殿、遼河、かえでだけで山科に帰れます。
巴殿は自分の間借りの農家で別れ、紅蓮坊殿は山科に降りる前の山寺で別れる。残るのは遼河とかえで・・二人はいつものように遼河が牽く荷車で山科に帰る。
最高の策だと思いまする。」
「ですがそれを雉殿が受けてくれましょうか。」
これ次第でしょう・・・源三は親指と人差し指で輪を作った。
「どれ位になるのか・・これは窮地と言えば窮地です。」
兵衛が声を上げた。
「私が話しをしてみます。」
源三がそれを取りきった。
「となれば俺達の俸給の事だな。
みんな金袋を開けて見よう、いつものように一人金五は供出と言う事でいいだろう。」
紅蓮坊は明るい声を大声を上げ、その声にかえでが目を覚ました。
みんながそれぞれ金十・・それを畳の上にひろげた。
「わあ、すごい。」
遼河の金袋から出てきた金子を見てかえでが嬌声を上げた。
「こんなにキラキラしたおかね、みたことがない。」
かえでの声はますます大きくなり、金貨の数をゆっくりと算えた。
「ななまいもあったよ。
りょうがすごい。」
七枚・・・兵衛がその数を口にした。
「遼河もこの新年から金貨十と聞いていたが・・・」
「あのくそ坊主、くすねやがったな。」
紅蓮坊が大声を上げた。
「くすねるってなに。」
かえでが紅蓮坊に声を尋ねる。
うーん・・・紅蓮坊は首を傾げた。
「こっそりと盗るってことよ。」
「こっそりとったらいけないよ。」
「だから紅蓮のおじちゃんは怒っているのよ。」
「ふーん・・わるいひとはかえでがわかる・・・そしてりょうががやっつける。」
そこまで言って、かえでは大欠伸をした。
「寝なさい。」
巴はその瞼に手を当て、かえではすーっと眠りに落ちた。
「何かしたのか。」
紅蓮坊は巴を見た。
「何もしていない・・・今のも寝言の一種よ・・・」
巴は心配げにかえでを見た。
そこまで・・・兵衛達三人は心配げにかえでを見た。
「早く山科に戻るべきですな。
そこで同じ年頃の子達と遊ばせるのが一番でしょう。」
源三も大きく溜息をついた。