公爵令嬢ナターシャは自分のことをちょっと間が悪いと思っている~庶民派を騙る第一王子は、婚約者が平民から「昼飯の女神」と呼ばれて慕われてることを知らない~
途中で、名もなき平民生徒視点あり。
わたくし、公爵家の長女ナターシャ・ロフスカヤは残念ながら、少々間が悪いところがあります。
出先でいつも、昼食を摂り損ねた平民の方に出会いますのよ。
居た堪れませんので、いつでも差し出せるように、侍従にお弁当を持たせるようになりましたわ。
昼食を摂り損ねた二人目に出会うようになってからは、日持ちのする焼き菓子を侍女に持たせるようにしましたわ。
わたくしは、貴族子女が通う学園に通っております。
教室は高位貴族と異なりますが、平民の方も全生徒の三分の一くらい通っております。
昼休憩の時間になりましたわ。
今日は天気が良いので、中庭の奥にある高位貴族専用のガゼボで、昼食にしようと思います。
侍従には、わたくしたち用のお弁当と何かあった時用のお弁当を持ってもらっております。
ガゼボに向かおうとしたところで、珍しいピンクブロンド色の髪の女生徒がやってきて、転びかけて、手にしていた紙袋を噴水に落としてしまいましたわ。
「わ、わたしのごはん~~!!」
慌てたのか、噴水に入り込んで拾おうとしていますわ。
「お待ちなさい!!」
「ナ、ナターシャ様」
「噴水になんか入るものではありませんわ」
「で、でも、朝ごはんのパンを落としてしまって……」
「朝ごはん?」
「朝、食べてこられなくて、持って来たんです」
つまり、このままでは、二食続けて食事抜きになってしまうんですのね。わたくしったらなんて間の悪い……
侍従に目をやると、軽く頷いてお弁当のバスケットを女生徒に差し出します。
「お弁当よ、お食べなさい」
「あ゙、あ゙り゙がどゔござい゙ま゙ず~。ナ゙ダージャざま゙、や゙ざじ~」
え、いや、そんなすごい泣き方されなくても……、侍女にハンカチを渡してもらいましたが、鼻水すごくて、侍女もわたくしも腰が引けてますわ。
ハンカチは返さなくてよろしいですのよ!!
ガゼボに向かうことにしましたわ。
近くにいた他の生徒たちから「『昼飯の女神』!」「さすが『昼飯の女神』だ!今日も神ってる」という囁き声にしては大きめの囁き声が聞こえます。
ええ、恥ずかしながら、わたくしのことです。ほぼ毎日、平民の生徒にお弁当を渡していたせいで、こんな呼ばれ方をされるようになりました。悪意ではないのは分かるのですが、恥ずかしいですわ。恥ずかしいから面と向かって呼ばないでほしい、とお願いしたら、聞いてくれたのですが、平民の方たちは囁き声も大きいんですのね。意味無かったですわ。「カミッテル」が何かは分かりませんが、聞いてもいいことが無いような気がして、調べておりません……
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昼休憩だ。特にやることもなく友人と窓を眺めていたら、ピンクブロンドの少女が中庭の噴水の方に走ってきて、けつまずき、倒れはしなかったが、手にしていた紙袋を噴水に投げ入れてしまった。
「ありゃー、今日のピンイチかな」
ピンイチというのは、ナターシャ様から弁当をもらう権利がありそうな今日一番可哀そうなヤツ、の意味で学園の平民の間だけで使われている言葉だ。
ナターシャ様はご存じないようだが、平民は普通、昼食を摂らない。おもに金がないせいである。あの子みたいに弁当を持ってきているのは、食いそびれた朝飯を持ってきてるだけである。
だから、ナターシャ様が平民にくれる豪華な昼飯や美味しい焼き菓子の機会は、平民なら全員が狙っているので、誰かに機会が偏らないように、お互い見張りあっている。それで、ナターシャ様からもらっても、周りが納得するような可哀そうなヤツから順に、ピンイチ、ピンニ、ピンサンと呼んでいるのだ。
「ナターシャ様だ!こんな場面にちょうど出くわすなんて、さすが『昼飯の女神』!今日も神ってる!」
ナターシャ様のすごいところは、いくつもある。
一番困ってるヤツの、一番困ってるとこに出くわす。
困ってるヤツを助けられるように、常に準備がある。
腹を減らしてるかどうか、見ただけでわかる。しかも、食べるあてがあるかどうかも見ただけでわかるらしい。
「まさに『昼飯の女神』」
学園の平民は大概、ナターシャ様を慕っている。貴族の生徒も、令嬢を中心にそうらしい。
違うのは、ナターシャ様の婚約者の王子だけだ。あの王子、庶民派を謳ってる割に、選民意識がスゲー強いんだよな。平民はみんな近づかないようにしてる。
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本日も昼休憩の時間になりました。
普段は交流のない、婚約者のミハイル第一王子殿下にお呼び出しを受けておりますので、少々急いでおります。
一体何があったのでしょう?
お兄様の事情が王家に伝わってしまったのかしら?
お兄様はわが公爵家の後継ぎなのですが、三年ほど前に婚約者の方を流行り病で亡くしてしまいまして、お相手探しを兼ねて隣国に留学しておりました。
この度、帰国されたのですが、隣国で公爵家の後継ぎのご令嬢と恋仲になったらしく、婿入りすると言い出してしまったのですわ。あちらも、お兄様と同じようにお相手の方を亡くしてしまったとの事。
わが家には、お兄様とわたくししか子がおりませんので、お兄様の望みを叶えるためには、わたくしが婚約を解消して婿を迎えるか、ミハイル殿下に婿入りしていただくかしかありません。
どちらも、ミハイル殿下のご生母の側妃様が、お許しにならないでしょうね。
側妃様は、賢いというか、なかなか策士な方です。本来は国王陛下の妃となるには、少し家格が低いのですが、「庶民派」という言葉を創り出し、身分が低い分、平民に寄り添うことができる、と謳って平民の支持を集め、側妃の立場を勝ち取った方です。
側妃様は嫁いですぐに、ミハイル殿下を授かりましたが、長らく王女殿下しかおられなかった正妃様にも男児がお生まれになり、現在、どちらが王太子となられるか微妙な情勢です。
ミハイル殿下とわたくしの婚約は、ミハイル殿下を立太子したい側妃様の要望による政略です。公爵家たるわが家に、後ろ盾になれ、ということですね。
呼び出しを受けた中庭に着きましたわ。
「ミハイル殿下、お待たせいたしま「ナターシャ・ロフスカヤ!貴女との婚約を破棄させてもらう!!この愛らしいミラーナをはじめ、何人もの平民を毎日のように泣かせているようだな!!貴女のような者は国母には相応しくない!!このような婚約、無かったことにさせてもらおう!!」……」
見れば、ミハイル殿下は、ピンクブロンドの髪の女生徒の腕をきつく掴んでおります。
ミハイル殿下の言葉からすると、ミラーナさんなのでしょうが、おそらく先日、噴水で出会った方と思われます。先日は鼻水まみれでしたお顔が、本日は真っ青ですわ。
ところで、言われました驚愕の内容ですが、これはもしかして、わが家にとっても渡りに船なのでは?
「婚約の白紙撤回、承りましたわ!!平民の方を泣かせたのは、一部事実のようですが、責められる謂れはございません!!むしろ、今、ミラーナさんに暴力的なのは、ミハイル殿下の方では?わたくしは、急ぎ婚約の撤回手続きに参りますので、御前失礼いたします」
言いたいことを言うだけ言って、撤退いたします。足があまり早くありませんので、急ぎませんと。ちらりと後ろを振り返ると、平民の方々が数え切れない程大勢で、殿下との間に割って入ってくれております。少し心配ですが、お任せしましょう。とにかく早く帰って、手続きを済ませなくては!!
正妃様がお産みになったセルゲイ殿下は、ミハイル殿下より五歳も年下ですので、年齢的にはかなり不利ですが、隣国の王女であらせられた正妃様と、わが家とは別の公爵家の婚約者の方による後ろ盾は、ミハイル殿下よりも有利です。
隣国との取引の多いわが家としては、本音はセルゲイ殿下派になるのが一番、次点で中立派です。
側妃様にしてやられた格好ですね。
わたくし個人としても、何かと合わないミハイル殿下との将来の婚姻は憂鬱でした。
帰宅のための馬車の手続きと同時に、お父様への早馬での緊急連絡を入れておりましたので、わたくしが帰って間もなく、お父様もお帰りになりました。
「……そのようなわけで、ミハイル殿下から婚約破棄、または、婚約の白紙撤回を言いつけられましたので、白紙撤回を了承いたしております」
「でかした!!これで私が婿入りできる!!」
お兄様が割り込んでこられました。こんなに情熱的でしたっけ?
「……ふぅ。もともとはあちらから無理を言ってきたのだがな……。側妃殿下に横槍を入れられる前に、撤回手続きを済ませよう」
「良かったわね、ナターシャちゃん」
「……お母様。ありがとうございます」
「次の婚約を急いだ方が良いかもしれん」
「ホホホ、こんなこともあろうかと準備を進めてありますわ」
「うむ、幸せになりなさいナターシャ」
「お父様、ありがとうございます」
その後、お父様の迅速な対応のおかげで、ミハイル殿下との婚約は無事、白紙撤回になり、側妃様に割り込んでこられなければ、成立していたはずの、幼馴染の侯爵家五男の方との婚約が成立いたしました。
「は~良かった~」
「フフッ、気を抜きすぎじゃない?」
「ホッとしましたし、こんなこと言ってはいけないんでしょうけど、マキシムが売れ残ってて良かったわ」
「侯爵家とは言え、五番目なんて政略結婚があるわけないでしょ。……まぁ、もしかしてって思って待ってたのもあるけど」
「良かった~」
「うん」
「良かった~」
「これから、公爵家後継の勉強が待ってるけどね」
「あああ……」
「一緒に頑張ろうね」
「……ハイ」
あの翌日、学園で平民の方々の無事を確認いたしました。皆、無事で良かったですわ。
ミラーナさんとも仲良くなりました。
あの日は、前日の夜から食べ損ねていて、感極まってしまったとの事。
仲良くなったミラーナさんは、実は貴重な光属性魔法の使い手だそうで、教会から聖女に、王宮から宮廷魔術師の話があったようなのですが、それを断ってまで、わが家に仕えてくれることになりました。
今は、貴族家に仕えるには足りないマナーと、光属性魔法を使うのに有利な医療の勉強に励んでいますわ。
彼女以外にも優秀な平民の方々が、是非にと言って、わが家に仕えてくれることになっておりまして、嬉しい限りですわ。
ミハイル殿下のその後ですが、わたくしとの婚約が白紙撤回されたために、王位継承がほぼ絶望的になっていたのですが、さらに王太子を僭称していたことが発覚し、継承争いの火種になるとして、側妃様ともども王族籍を剥奪、側妃様のご実家の伯爵家に戻されることになりました。
かつて平民人気を利用した元側妃様ですが、実際は選民思想の方で、その影響を受けたミハイル元殿下は、学園で平民に嫌われていた上に、元側妃様が把握しきれなかった独断の暴走で、元側妃様の動きも出遅れ、挽回できなかったようです。
元側妃様のご実家は、元側妃様のお兄様が継いでおられまして、お二人の立場は、かなり肩身が狭いと聞き及んでおります。
わたくしとの婚約の撤回をさらに撤回しようとされていたこともあるようですが、隣国への婿入り準備をしていたお兄様が、置き土産だと言って、すごい勢いで阻止してくれましたわ。お父様とマキシムも動こうとしていてくれたのですが、お兄様の勢いがすごすぎて敵わなかったようです。ちょっと笑ってしまいましたわ。
今は後継の勉強で大変ですが、幸せですわ!!
読んでくださってありがとうございます。
ポイントやブクマ、いいねしてくださった方、ありがとうございます。
読んでもらえるかどうかも分からないのに、書くのに丸一日かかって、ちょっと落ち込んでいましたが、思っていたよりずっとずっと多くの方が読んでくださったようで、本当に嬉しいです。
誤字脱字報告もありがとうございます。助かります。
別視点、前日譚書きました。もしよろしければ、お付き合いください。
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マキシム視点(完結、ざまぁ充実回)を書きました。単独でも読めるようにしたら、文字数が増えてしまいましたが、よろしければ、お読みいただけると嬉しいです。
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